白い地面が、赤く染まっていく。多分それは、誰かの血だ。
自分の拳をみれば、あちこち擦りむいている。−−微かに腫れている気もする。
空からは、涙のように降り注ぐ雨が せわしなく降ってきている。
地面に顔を埋めて倒れる自分が惨めで、まるでこの世界には自分しか存在していないような感覚。

止め処なく降り注ぐ雨と響き渡る雨音に耳を済ませて、痛いくらい胸は軋んだ。


自分の傷ついた拳を見て想う。
また、この手は誰かを傷つけた。−−−−−−もう、確信するしかなかった。













「・・・・オレ、まだーーー生きてる・・・・」






しぶとく、醜くもがいてる。












「・・・・・・・・・・・。
オレ・・・・生きてる意味、あんのかな・・・」





















この手は、誰かを傷つける事しか出来ないんだ。
そう、傷つける事しかーーーーーーーーーーーーーーー。



































雨の日に、君を請う。














冷たいアスファルトに幾筋もの雨が当たり、とても痛そうに見えた。
次第に地面には大きな水溜りが出来ている。
季節柄、日本は雨期にようやく入り、眩しい夏を待ちわびているようだった。

獄寺はというと、心も頭の中も雨期に入ったかのように憂鬱で、今日一日はこの空みたいに
どんよりと重い空気を漂わせては ため息を殺していた。





「チッ・・!煙草が湿って火がつかねぇ・・!」







懐から煙草を出すも、雨期で湿気の多いせいか、煙草が湿っぽくなり 
ライターの火が煙草を拒んで仕方ない。次第に・・というか大分いらついていた。

こんな日はなにをやっても駄目だ。
なにもかも、上手く行かない日だった。

獄寺はそんなことを考えながら、役立たずな自分を叱咤して貶めてやりたくなった。
今日は本当に散々な日だ、と想い返してみる。





朝、綱吉を迎えに行っている獄寺だが、今日に限って目覚めが悪く
気付けばもう一限目の授業が始まっている時間であった。
つまり朝のお迎えを果たすことはできなかったのだ。

それだけではない。いつもは屋上で昼ごはんを気持ちよく食べているのに
大雨でそれは叶わず、教室で食べる事になってしまったのだ。教室では女子生徒がうるさく
自分に付き纏ってきてどうにも邪魔でならなかったのだった。せっかくの綱吉とのお昼時間を
のんびり過ごせなかったという憤りは彼の中で果てしない。

おまけに今日は綱吉は補習で放課後残ることになった。それも山本と二人きりの補習。
それが一番許せなかった獄寺は自分も参加する気満々だったのに、綱吉からは
”獄寺くん、先に帰ってて”とのお達しでーーーー。彼にとっては絶望的な宣告であった。
だが、その綱吉の言葉にもめげず、健気にこうしてボンゴレ10代目を昇降口で未だ待ち続ける
哀れな一人の少年がここにいたのだった。

もう下校時間は過ぎており、生徒は殆ど姿がみえない。どの部活も終わったらしく、
生徒の声は聞こえない。響くのは止め処なく振り続ける雨音のみである。

獄寺はぼんやりと空を見上げ、ずっと朝から泣き続けている空に想いを馳せるのだった。






「・・・・おまえ、なんでそんなに泣いてんだよ。
ーーーーーーいつまで泣く気だ」






ふと、空に話しかける自分がいた。
雨の日は苦手だ。過去の記憶が鮮明に蘇るから。


今日の出来事が全部悪い方向へ行ったのはきっと、この雨のせいだ。
そして、−−−あの夢のせい、・・・だ。




獄寺はそんなことを薄れがちな意識で考え始める。






そうだ。大体雨ってのは、山本みてーなもんだ。
あいつは雨の守護者だし、雨はもともと好かねぇ。
オレは大空が好きなんだ。青々とした大空。気持ちが、軽くなる。





獄寺は瞳を静かに閉じて、大空を思い描いた。
けれど耳に入ってくる雨音が現実を知らせ、今朝見た夢の映像が
残像のように獄寺のイメージを歪ませて割り込んでくるのだった。





「・・・・・くそっ、−−−−今日はついてねぇぜ」







吐き捨てた言葉に怒気が弱々しく響いた。
けど頼りないものだった。
獄寺は身体に力が入らない自分の身体を昇降口のドアに寄せて
ズルズルと滑り落ちるように座り落ちた。うな垂れるみたいに膝を軽く抱え、蹲る。
まるであの頃の自分に戻ったようだ、と心の中で想い出した。




今朝、昔の夢をみた。
家を出て、色んな町を放浪していた自分。
あの頃は独りだった。周囲がみんな敵にみえた。
マフィアにただなりたくて、でもなれなくて・・荒んでいた。
裏路地で、いくつか大きな喧嘩にも遭遇した。
その度に誰かを殴って傷つけて、・・・真っ暗で、何も見えなかった。
自分が何をしていて、何を求めているのかも。

何で生きているのかも。
そのまま、死んでしまえばいい。誰か息の根をとめてくれ。
心の中でそんな情けないことを思う弱い自分が惨めで嫌いだった。
あの頃ーーーーー自分は敵と戦っていたんじゃない。

孤独と、戦っていたのだ。





暗い過去の思い出の中、自分がはっきりと自覚した瞬間があった。

海が近くに見える賑やかな町で、喧嘩に絡まれた時。
その日は雨が振っていて、三人くらいに囲まれて、突っ張っていた自分は
立ち向かっていった。三人を殴り飛ばして、自分もやられて、冷たいアスファルトに身を
埋めた。あのときに見た自分の傷ついた手と、地面の冷たさと、広がる誰かの血。
雨音が、自分に最終警告を下しているようだった。

”この手は誰かを傷つける事しか出来ない”−−−−−と。





ふっ、と走馬灯のようにかけていく想い出が獄寺の頭を過ぎっていった。
持たれかけた身体の芯が冷たくなっていくのがわかる。
埋めた顔は暗闇で、何も映さなかったあの頃に戻ったようだった。





「・・・なんだよ・・・っ、誰も守り方なんて、教えてくれなかったじゃねーか・・・っ」







傷つけ方は知っていても、守り方を教えてはくれなかった大人たち。
自分のダイナマイトの師匠であるシャマルでさえ、身を守る方法すら教えてくれたものの、
大切な誰かを守る方法なんて、教えてはくれなかったのだ。


オレには今、守りたいお人がいる。
その人のためなら、百回だって、千回だって 死ねるっていうのに。
肝心なところ・・オレは、10代目をお守りする度量も力も据わってねぇ。
傷つけ方は知ってても、どう守っていいかわからねぇ・・・。
オレの手は汚れてる。−−−あの人を、いつか傷つけちまう・・・!汚しちまう!
ーーーーどうすればいい。どうすれば・・・・。






張り詰めた感情が憤りと濁った感情を連れて来た。
思いがけない感情の波に、胸は今まさに潰れそうだった。
瞬間ーーーーーーーーーーーー・・。





「獄寺くん!!」





遠くから、今一番求めていた声が、聴こえてきた。
夢か現実か分からない響きに 獄寺は顔をあげる。

すると、階段を小走りして降りてくる綱吉と後ろをついてくる山本の姿が
みえたのだった。獄寺は、少し複雑なーーでも、確かに救われた表情を浮かべた。
暗闇に落ちそうになった自分を助けてくれたのは、紛れもない彼の声。
守るどころか、自分が守られている事に気付き、苦笑する。




「じゅうだいっ・・・あ、危ない・・!!」





声をかけようとした そのとき、綱吉が急ぎすぎてバランスを崩し、
階段に足を滑らせたのだ。





「ぅあっっ?!」





身体が動くも、まだ数十メートルも距離のあるその人を 助ける事は皆無に等しい。
が、動き出した身体は止める事が出来ず、急いでその人の傍まで駆け寄る。

と、次の瞬間 獄寺の目の前ではっきりと 飛び込んできた大きな手。
力強いその腕が、転びそうになっていた綱吉を掬い上げ、支えたのだった。


ーーーーーーー山本・・。

心の中で、呟いた。
今日一番、惨めな瞬間だと思った。







「あっ・・・!ありがとう山本!!」








振り返り、笑顔をみせてお礼を言う綱吉に
山本はなんでもない風で短く、”おう!”と答えるだけだった。


あいつの手は・・・10代目をお守りすることが出来る手、だ。
ーーーじゃあオレは?オレの手は・・・・・。−−−・・そんなの、決まってるよな。


はっきりと自覚してしまった差に、呆然とするも、心のどこかは驚くほど冷静だった。
わかりきっていたことだから、なのかもしれない。きっとーーーー。



ぼんやりと、佇む獄寺の方に、再び駆け寄る綱吉の足音が近づく。
はぁはぁ、と息を弾ませ驚きながらも少し困った表情をして、声を・・かけられる。





「やっぱり獄寺くん待ってたんだね?先帰っててっ、ていったのに・・」





「ーーーー・・・・あ、はい。・・・・・すみません」





”言いつけを守れなくてすみません””守って差し上げられなくてすみません”
色々言わなければいけないことがあったのに。−−言葉はそれしか出てこなかった。
今日は・・・・何をしても裏目に出そうな気がして、駄目だった。

山本の方が、オレに勝ってることを自覚するのが怖かった。
10代目に怒られても、待っていようと思ったのはーー10代目を想う気持ちくらいしか
奴に勝てるものがなかったから・・・だから、これを手離してしまえば、オレはもう・・・。

”用済みだ”


心の中で毒づいた言葉に、自分で深く傷ついた。
何やってんだオレ。何のためにいるんだオレ。

拳を深く握り締めて、心の中で呪文のように唱えていた。






「ツナさ、教室の窓からお前のこと探してたんだぜ?中々昇降口から獄寺出てこねーから、
絶対自分のこと待ってるって言ってて、急いで頑張って補習のプリント終わらせたんだぜ!」






「や、山本!いいよ、その話は〜・・」






しどろもどろになりながら、うっすらと頬を赤くした綱吉。話題の中心に自分がいるというのに
獄寺には仲睦まじい二人がじゃれあってる様子にしか映らなかった。
それほど、獄寺には見えていなかったのだった。





「ーーーーー・・・・・10代目、オレ・・・すみませんーー今日は先に・・」





『帰ります』
そういいかけた所で、獄寺の声は更に大きな声に阻まれてしまったのだった。





「いっけねぇ〜〜!!!このあと俺部活のミーティングだわ!ツナ、獄寺、またなっ!!」


そういうと山本は蒼い顔をしてそそくさとその場を後にしてしまった。
綱吉が慌てて、”またねーー!!”と叫ぶと、ひらひらと後姿のまま手を振って走る山本がいた。
一通り姿が見えなくなると、綱吉は獄寺に向き直って「行こうか?」と声をかけてきた。

獄寺は言い欠けた言葉を呑んで、心なしか声を張って、苦笑を漏らし、”はい・・”と一言答えた。
いつもと違う反応の獄寺に、綱吉は同じく苦笑いを返すだけであった。









++++

















「ーーー今日、元気ないね・・・。何かあった・・?」


心配そうな声と表情が傘越しに覗き込んでくる。
頼りない自分。守られている自分。心配されている・・自分。
オレンジ色の傘の持ち主は オレと対して距離を取らずに寄り添って歩く。
オレの心に一生懸命踏み込もうとしている気がして、寂しくなる。
山本のように、境界線がない奴は、10代目にこんな負担をかけることもないだろうに。
ーーー・・情けなくて、泣きそうになる。







「あ、・・・いえ・・たいした事じゃないっスよ・・」




作り笑いが張り付いている。10代目が訝しげな顔をみせた。
あ、やべっ。ちょっと・・・怒らしちまった・・・?





「ーーーたいした事ないなら、いつもの獄寺くんはどこいっちゃったの・・?」






今度は哀しそうな顔になる。
オレ、・・・ホントなにしてんだろう。


10代目を傷つけてまで・・一緒にいる意味、あんのかな・・。







オレは自己嫌悪でどうにかなりそうな自分を抑えて、なんとか答えを返した。







「あ、・・・その・・嫌な夢、みてーー・・・」




「夢?・・・・・・どんな?」



「あ、・・・・その・・・オレの手、が汚れてる夢・・・で」






ぎこちなく答えるオレ。この人に嘘は吐きたくなかったから。
精一杯言葉を選んで、説明した。





「なんつーか、今日一日・・気分悪くて・・・」





それ以上言葉がでなかった。
10代目は、不思議そうな顔をして、オレに言った。





「・・・・不思議な夢だねぇ・・。でもそれって夢だろ?
実際の手は綺麗だし、大丈夫だよ!」




「・・・・・・・・・・・。そう、っスね・・・」








違う。








違うんです10代目。










あれは本当にあった出来事なんです。
オレの手は今も汚れ続けてるんです。




この手はいつか貴方を傷つける手かもしれない。
・・・・・この手じゃ、貴方を守れない。




もう、この手の汚れは落ちないからーーー・・。
だったら。










「10代目!」








「ーーーうん?」



オレはピタリとその場に止まり、まっすぐ10代目に視線を落とした。
唐突に息を吹き返したオレの声に身体を竦めると、10代目はオレを見つめていた。
少し、驚いた表情で。





「オレ・・・マフィアなんで、・・・実際も綺麗な手じゃないっス。
この手で、・・・沢山の人間を傷つけてきました」



真実を言って、貴方からオレを遠ざけてもらうしかない。
ずっと一緒に居たかった。けど、今のオレには・・こんな形でしか貴方を守れない。
情けない話です。−−−でも、お願いだ。赦してください・・10代目。
貴方の事が好きなんです。







「・・・10代目、ーーー汚いオレを傍に置くより・・」






”山本の方が・・・”





言いかけて、ーーーーーーー制された。
貴方の優しい唇が、オレの言葉を遮ったのだ。







「ーーーーっ、・・・・じゅ、っ・・・」


だいめ。









オレは瞳を瞠り、目の前の人を見つめる。
オレの黒い傘が手から零れ落ちる。貴方のオレンジの傘が通りに舞う。
二人とも、傘を手離し、相手との距離を詰める。

数十秒のキスから唇が解放されたとき、目の前の華奢な貴方が
オレの腕に飛び込んできた。




















「・・・好き」


















「ーーーえ・・・?」















突然、雨音に紛れて聴こえてきた、一言。
オレは耳を疑った。







「おれ・・・・獄寺くんが、好き。−−−−・・大好き」







「ーーーーー・・・っ、・・・・10代目」







「ーーー君は、沢山人を傷つけてきたって・・言ったよね?」







「ーーーーーーーはい・・」







「でも多分、一番傷ついたのは、君自身なんじゃないかな・・・?」







「ーーーーーーーーーーー・・・・・・・え?」







「だからそんな顔、してるんだろ?・・・誰よりも傷ついて、苦しんでる」








「じゅ・・・・だい、め・・・・」










声が擦れる。駄目だ。泣くんじゃねーよ!男だろ。
10代目の前でみっともない姿みせんな。・・・縋るなよ。

何度も自分に言い聞かせた。けど、貴方の体温は温かくて
貴方の優しい腕は心地よくて、まるで大空に抱かれているようで
びしょぬれなのに、気持ちよかった。








「そのままの、君が好きだよ・・」







振り続ける、雨。辺りに響く、雨音。
優しい貴方の声が胸に染み込んで 温かく灯る光になる。







あぁ・・そうか。
今、やっと気づいた事がある。

あの日、あのとき、あの場所で。
記憶の彼方で自分の弱さと醜さに傷ついたオレのために雨は
ずっと振り続けてくれたんだ。冷たさを教えたわけじゃない。






人の温もりの優しさを、教えてくれたんだ。
そして、−−−−オレの代わりに泣いてくれていたんだな。







10代目を力いっぱい抱きしめる。
10代目もオレに答えるみたいに力強く抱きつく。
そのとき、不意に思い出す。雨に重なる人物を。






あの時間。どこの部活も終わっていたことに。
あれからミーティングなんて有り得ない。残ってる生徒の気配すらなかったのだから。


「・・・・・・・アイツ」






「ーーーー・・・え?」








気を利かせたつもりかもしれない。
けど、礼は言わないつもりだ。自分にも意地ってもんが、ある。
ただーーーーーーーー。











「ーーーーーーいや、・・・なんでもないっス」
















明日の朝、会ったら
挨拶くらいはしてやろうと 獄寺は思ったのだった。



















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青井です、どうも!SSの方で使おうと想ってたネタなのですが
長くなってしまったので、こちらの方へと移行する形にしました。
少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。

もっさんはいい奴!さり気無くキラーパスをくれる友達!
そしてそんなパスを黙って受け取るのがごっくん。
ツナが大好きだから、案外あっさり受け取っちゃうごっくんなのです。
今回の話は獄ツナ+山本って感じで宜しくです!

青井聖梨 2008・06.03.