もし誰かに、”なんで総士なんだ?”と訊かれたら、
おれはなんて答えるのだろう。
blind lover
〜side一騎〜
図書室の窓から見える、優麗に浮かぶ月の彩色が
あいつの瞳の色に似ていて、哀しくなった。
焦がれて已まないその人は、無口で無愛想で端麗な面立ちをしていて、
頭がよくて冷静沈着で、どう見ても その存在は異彩を放っていた。
惹かれても惹かれても、尽きることはないくらい
おれはその人を多分、見つめ続けていたんだと思う。
玲瓏な月の瞬きが、ここまで響いてくるように
優しい月明りは、図書室内にいるおれを
鮮明に浮かび上がらせ、照らし仰いだ。
包むように、支えるように 胸の中に沁みる
その淡い光は、目の前すら闇に閉ざされ見えなくなっている
おれの悲しい未来を 赦してくれるようで、淋しくなった。
永遠を望んでいるわけじゃない。でも、少しでも長く、
その人と触れ合うことが赦されるのなら。
おれは喜んで、身を委ねてしまうだろう。
おれの身を、差し出す代わりに
おれが彼から得たものは、彼の時間だった。
おれが必死で手を伸ばして掴んだものは、
彼の肩ではなく、彼の意識だった。
おれの手に残ったものは、空を切るだけの
その感覚だけ。
おれが本当に欲しかったものは
一体なんだったのだろう?
おれが本当に
欲しかったものは・・・・・・
欲しかったものはーーーーー・・
+++
「っ・・・、はぁ・・ッん・・」
纏わりつく彼の匂いが愛おしくて、
愛撫一つされるたびに 感じた声が喉から零れた。
「ぁ、ッ・・・あぁ、ン・・・!」
悲しくもないのに、涙が零れる。
これは悲哀からくるものじゃない。
まさに”歓喜”そのものだ。
「そうしっ・・・そうしぃ、ッ・・・・ーー!!」
激しく求めるように彼の名を呼べば、
口の端を薄っすらと上げて彼はおれに微笑んだ。
「おいおい、そんなに締め付けるなよ。
・・・・っ、これじゃ僕が動けない」
肌蹴たシャツを煩わしそうに直しながら、
総士はおれの肩口に長い髪を触れさせて
大人の声色で こちらを見つめてきた。
「あっ・・・・だっ、て、・・・・・ッ・・」
気持ちいいんだ、仕方ない。
口には出さないけれど、きっと表情で分かってしまうのだろうな、
と意識のどこかで思っていた。
おれに覆いかぶさる総士の瞳がすぅ、っと満足そうに細められている。
あぁ、・・やっぱりわかってるんだ。
おれの気持ちなんて、この人にはお見通しなんだろう。
気持ちだけでなく、”イイトコロ”も、きっと。
「・・・一騎、っ、・・声、もっと僕に聴かせてくれよ」
秘部を容赦なく攻め立てるその律動が
腹部に直接刺激を促して、おれの欲望が悲鳴をあげる。
「ひゃぁぁ、ぁンッーーー!!、あ、あぁ、ッ・・・
ダ、メっ・・・でちゃう・・・・!!!!」
総士の大きな手が、おれの中心を厭らしい動きで擦りあげたり、
ひっかいたりする様を おれに見える位置で仕掛けてくる その人。
意地悪というよりもう、おれの興奮を掻き立てる要因を
作っているとしか思えなかった。
「まだだ。お前はもっと我慢できるはずだぞ・・?一騎・・」
耳元で囁くように吐息交じりに そう呟かれた。
途端に背筋がぞくり、と震え、快感と羞恥心が 同時に鬩ぎ合い始めた。
「はっ、ンッ・・・・総士っ・・・そうしっ・・・・!!」
馬鹿みたいに何度も名前を繰り返す。
どれだけ抱かれていることに喜んでいるか、それだけで
解かるように。伝わるように。
「ここ・・・お前のイイトコロだぞ?わかるか・・・?」
絶妙の感覚で繋がっている内壁の最奥を突き上げる総士。
その衝撃で、身体が自然と仰け反ってしまうのは云うまでもない。
「はぁぁあ、っ・・・・・ンンッ!!!」
高揚する肌。淫らな髪の乱れ。
卑猥な揺れる腰。締め付ける足、内膜。
飛び散る汗が、寝ている床に敷いた総士の
ジャケットに染み込んだ。
「・・・は、ぁっ・・・・今日のお前、・・・ほんと淫らだな」
いつもよりも激しく昂ぶる中心。
いつもよりも多めに零れ落ちる涙。
甲高い声は空気に溶けて、微かに震動を起こす。
目の前の銀色に自分の恥ずかしいところも、見られたくないものも
すべて明け渡しながら視姦されているようで 余計に想いは昂ぶりをみせた。
「そ、うしっ・・・・ん、ッ・・・キス・・・−−したい、っ」
「・・・・・・・いいよ」
抱き込むように、大好きな 彼の匂いが近づいてきた。
総士の腰付近に自分の足を絡ませて、離さないとでも
感じさせるほどの欲求は 頂点を越えて、言葉になって彼へと届いた。
飛びつくように、総士の口づけを求める。
待ち侘びた感覚に 背筋が張る。
どくん、と脈動を打つ中心は、キスの最中も愛撫を
受け続けていた。
「ンッ・・・ふっ、・・ぅ、っ・・・はぁっ」
激しく、何度も角度を変えて 恋人同士のようなキスをする。
違うとわかっていても、より深く 相手を欲してしまうのは
欲求を満たすためだけじゃない。そんなこと、とっくの昔に
気付いていた。けれど、総士は違う。
「ふぁっ、・・・・・ん、っ・・・ぅ、ん・・ぁ、っ」
総士はおれと、違う。
ようやく離れた俺たちの唇を繋ぐのは
薄い銀色の糸。愛の印みたいで嬉しかった。
・・でも少しだけ胸は痛んだ。
「お前のここ・・もう限界だな?」
くちゅっ、と淫行を促す水音は 妖艶な色素の薄い髪の持ち主を
追い上げるように 駆り立てていた。
おれはただ、総士が与えてくれる快感と刺激に
半ば、酔いしれるように身体を預けるのみだった。
そうしなければ、やりきれないと思った。
「は、やく・・・総士・・・・おねがっ、・・・ひゃッ・・・!!?」
懇願を口にする前に 激しく律動はおれの身体を揺らし、
中心に送られた刺激と愛撫は 零れ落ちる愛液すら
無視するみたいに 擦りあげられる。
「ぁっ・・・あぁぁっ・・・・ひゃンッ・・・!待って、・・はやぃ、・・ぃっ」
突如開始された奇襲に、身体が着いていけず、
軽い痙攣を起こし始める、肢体は小刻みに震え、意識は
茫漠とした彼方に消えうせていく感覚に襲われそうになった。
「やぁっ、・・・・・はっ、ァ、あぁンッ・・・・!!」
ぎゅうっ、と総士の肩口に顔を寄せると 総士は
少しだけ浮いたおれの背中を両腕で包み上げ、
抱き締める態勢をとって おれに言葉を紡ぎ出した。
「いいよ、お前の中・・・すごく・・・気持ちい・・・っ」
荒い息をひっそりと整えて呟く、その人の少し擦れた
低い声は どうしようもなく おれを、ときめかせた。
早まる鼓動に潜む思慕など、この目の前の男には
届くはずもなく ただ、行為のみに意識を向け続けていた。
「っ、・・・あ、・・あ・・、あぁぁっ・・・・!!」
追い詰められる中心、そして後ろ。
粘着部分から既に先走りの蜜が零れ落ちて 床を汚している。
「呼吸を整えろ・・。今、楽にしてやるからーー」
合図をするかのように総士はおれの目元に唇を合わせ、
そして 薄っすらと微笑んだ。
「一緒が・・・いい、よ・・ッ」
キスのお返し、と云わんばかりに おれは
総士のうなじに赤い跡を残して言った。
「−−−・・そうだな、一騎がそうしたいなら
オレはいいよ・・・・」
一人称が”オレ”に変わったときの総士は
酷く大人で、『男』だった。
色気が漂い、扇情的な眼差しでこちらに
視線を移して おれの息の根を止める。
高鳴りは、最高潮だった。
「総士・・・・・・」
窓から入る月明りの優しさとか、二人の重なり合う影とか
絡みつく長い髪と視線の熱さとか。
ひとつ、ひとつが全身を締め上げるみたいに
おれの全てを拘束していく。
涙が溢れて、留まらない。
この人と、両想いになれたら・・・どんなに。
「一騎、オレを見ろ。・・・月なんて見るなよ」
天窓から見える 蒼白い月は満ち足りていた。
誰かに聞いたことがある。
蒼い月は、願いを叶えてくれるって。
今、おれの願いを口にしたら・・・お月様は
叶えてくれるだろうか?
ずっと、ずっと 胸にしまっていた苦しい想いを
形に変えてくれるだろうか?
こんな、行為とは別の・・おれが本当に欲しかったものに。
「総士が・・・っ、・・・欲しい、・・・・」
『彼の心が欲しい』
お願い、・・・お願い・・・・
お月様。
「・・・・・・・一騎っ、・・・く!」
「やぁぁぁ、っ・・・・ンーーー総士ぃぃっ・・・・!!!」
思い切り爪で引っかかれた、おれの中心は
解放を許された喜びで 一気に白濁とした蜜を辺りに散漫させた。
その勢いに乗じて、密着部分も震動を糧に
腹圧がかかり、とろけそうな内壁が総士のソレを
思い切り締め上げた。
その締め付けで総士の膨張するそれは、
おれの中に欲望を吐き出すようにぶちまけたのだった。
蒼い月はおれたちの秘密を見透かしていた。
そしておれの願いは届けられた。
悲しむように光る、最後の一滴と共に
おれの想いは、空に昇っていったんだ。
+++
おれたちの秘密の場所は、
決まって夜の図書室だった。
一階建ての離れた旧校舎。
そこに図書室はひっそりと佇んでいる。
二人の逢瀬には、充分すぎるほどの場所だ。
情事を重ねる日の約束事は、月が空に浮かんでいて、
巡回の先生と警備員が午後九時までに学校を出たとき。
それから、明日の授業に体育とアルヴィスの訓練がないとき、だった。
今日はその条件がすべてクリアされた日。
おれにとっては至福な瞬間。至極感傷的になる時間、でもあった。
幸せなのに、辛いなんて。
口が裂けてもいえない。
失うのが怖いからだ。
おれは 総士が好きだった。
なんで好きだとか、言われても困る。
だって理由なんてなかった。
知らない間に 好きだった。
まるでそれが当たり前みたいに、
生まれてきたときから決まっていたみたいに。
それは呼吸より自然で、歩くよりも容易い
感情の流れみたいに思えた。
そんなおれと、幼馴染の総士が どうして身体を
繋げることになったか。
それはとても簡単な理由だ。
総士と遅くまで残って、図書室で調べ物をしていたとき。
そう、情事を決行する条件と同じ状況が一番最初に在った日のこと。
そのときは、先生の許可を得て、学校に残っていた。
月明りが肌を照らすように明るく、天窓から差し込む
月の眼差しに瞳を細めた あの夜。
おれたちは、不意に重なる手と手の熱に、動揺していた。
『ご、ごめん・・・』
『あ・・・・・、いや・・・・』
互いの温もりと向き合った瞬間、沈黙が二人の間に流れた。
トクン・・トクン・・
おれの胸は高鳴った。
だって、ずっと好きだった。
こんなに近くに総士がいることが、信じられないくらい ずっと。
刹那、沈黙を破ったのは、総士の方で。
『キス・・・・・しようか』
それは疑問系じゃなかった。
はっきりとした、意志が篭もっていた気がする。
おれは頷いた。
すごく、すごく嬉しかったから・・。
夢みたいに、驚いたけど。
身体がふわふわ、するみたいな感動だったけど。
涙は、想いを伝えてから 流そうと思った。
唇が重なるそのときまで、これが現実か
確かめないといけない。そう感じた。
おれたちを照らす月が天窓から見つめていた。
二人の行く末を見届けてくれるように、優しい光で包んでくれていた。
その距離が縮まるたびに、おれの胸は
さざ波のように震えた。
待ち焦がれた瞬間を 手放したくはなかった。
そして。
二人の影が重なって、唇の感触を確かめ合って
その温もりを受け入れた、あのとき。
・・あのときが、一番幸せだった。
言葉はなくても、繋がれたことに 酷く泣きたくなった。
嬉しくて・・幸せな瞬間だったんだ。
でも。
離れた薄い唇が 紡いだ言葉は。
『・・・一騎、セックスフレンドって・・・知ってるか?』
『・・・・・・・・・・・・・・・え?』
気持ちが、揺らいだ。
みっともないよ、おれ。
身体だけでも愛してもらえるなら、と
思ってしまった。
惨めでもいいことを、選んでしまった。
それからだ。
総士と身体を繋げる関係が始まったのは。
心が繋がらないことが、こんなにも苦しいなんて
知らなかった。
深夜零時。
この時間に、総士はいつも決まって先に
学校を出る。
手際よく後始末をして、まだ腰の立たないおれに
背を向けて 自分の着衣を整える。
秘密の関係がばれないように、と
時間差を作って 図書室を出ようと口にしたのは総士の方だ。
丁度零時十分前に彼は図書室を後にし、
零時丁度に学校を離れる。いつも図書室から見える、
その時間と彼の様子に ”変に几帳面なんだな”と
苦笑を漏らして その背中を見送る自分が
なんだか やりきれなくて、・・・淋しくて。
溢れ出そうになる涙を
胸に抱えながら 蹲る。
どうしてこうなってしまったのだろう。
心の中で、何度も繰り返しながら、
唇を噛み締めた。
天窓からおれを見る、お月様に
泣き声を聴かれたくはなかった。
おれはいつも後悔ばかりしている。
たった一つの言葉が言えないばっかりに
こんな風に自分を追い詰めてしまった。
「ははっ・・・・馬鹿だ、おれ・・・・」
蹲った身体を、近くの本棚に靠れかけさせる。
すると、カタン、と音を立てて本棚が揺れた。
その拍子に一冊の本が空から落ちてきた。
月の光がその本を照らし仰ぐように
鮮明に映した。
おれは今にも消えそうになる心の灯火を
必死で奮い立たせていた。
虚しいとか、悲しいとか・・・
そう感じることに疲れてしまった。
落ちてきた本を手に取る。
見れば、古びた本だった。
ぺらぺらとめくって見る。
「詩集か・・・」
昔の日本の、詩集だった。
今はない、日本の・・。
本の中に、丁度図書カードが挟んであった。
誰かが本の一番最後のページにしまうことを
億劫に思ったのか、カードは本の途中のページにしまわれていた。
その途中のページを開いてみる。
偶然、月明りに照らされて その字が綺麗に浮かび上がっていた。
≪月夜の浜辺≫
月夜の晩に、ボタンが一つ 波打際に、落ちてゐた。
それを拾って、役立てようと 僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず 僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、ボタンが一つ 波打際に、落ちてゐた。
それを拾って、役立てようと 僕は思ったわけでもないが
月に向かって それは抛れず 浪に向かって それは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、拾ったボタンは 指先に沁み、心に沁みた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?
「・・・・・・・・・・」
その詩を読んで、はっとした。
どうしてこの人は、ボタンを捨てられなかったんだろうって。
役立てる・・わけでもないのに。
・・・どうしておれは
この関係を捨てられないんだろうって・・・・。
恋人同士でも・・ないのに。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ、・・」
我慢してたのに。
ずっと、我慢してたのに。
溢れる想いが、不意に頬を伝って零れ落ちた。
「わかんないよっ・・・・、
なんでおれ・・・・・捨てられないのっ・・・?」
想いは、言葉となって 空気に響いた。
今、もし誰かに・・
もし誰かに、”なんで総士なんだ?”と訊かれたら、
おれはなんて答えるのだろう。
いっそ無かった事に出来たらいいのに。
この想いごと、すべて。
そしたらこの瞳はきっと もう
皆城総士を映さないのに。
裏NOVELに戻る
こんにちは!!!青井聖梨です。
ここまで読んで下さって、ありがとうございました。
すれ違う悲恋モノを久しぶりに書いて見ました。
いかがだったでしょうか?
エロも少しだけ入れました。でも、エロくないですよね(笑)
今回はお話の中に、「中原中也」の『月夜の浜辺』を織り込ませて
いただきました。この詩、深くてとても好きな詩なんですよ。
中原中也詩集に載っているので是非、確認してみて下さいませ。
このお話、総士サイドも考えているのですが
何分暗い・・というかすれ違いラブ兼悲恋モノなので
気が進まない方もいらっしゃるかもしれませんね。
追々、書けたら・・・書きます(未定)
あ・・・でもひとつだけ。
やっぱり私には、完全な悲恋は書けないかもしれません(汗)
それではこの辺で失礼します!!
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました!!!
青井聖梨 2007・6・15・