「コーヒーの匂い、ってさ・・・総士の匂いだ」



「えっ・・・?」



「おまえ・・いつもコーヒー飲んでるだろ?
だから、服に匂いが残ってるんだーーいつも」



「あぁ・・・そういうことか」



「だから、いつも お前が忙しくて会えないときは
おれ・・コーヒー入れるんだ」



「え・・・」



「ーーー会えなくてもさ・・・総士がすぐ傍にいる気がするから・・・・・」









そう言って、困ったように はにかむお前の笑顔に
もう随分と会えていないのは















多分、


僕がお前に甘え過ぎていたせいなんだと思う。






































優しさは、きっと。





































カタカタ・・・カタカタ・・・





せわしなく指を動かしながら、画面に映る膨大なデータを整理していく少年は
もう夕方だというのに、まだ何も食べてはいなかった。
唯一少年が口にしたものといえば、強い香りを放つ ブラックコーヒー、それだけだった。


だからなのだろうか。
もう久しく顔を見ていない恋人の言っていた言葉が、顔が、脳裏を過ぎって離れないのは。


「・・・・・ふぅ」



小さく、長い息を吐く。
ようやく 少しだけ区切りのいいところまで整理できた。

少年は画面から視線をずらすと 近くにあったマグカップに手を伸ばし、
一口、二口とカップに残っていたコーヒーをすすり 
背もたれに寄りかかるようにして天井を仰いだ。


手に持っているカップからは 湯気と香りが室内に立ち込み、
少年が今まさに仰いでいる天井へと昇っていく。



不意に、耳の奥から 大切な人の声が蘇ってくる。







『だから、いつも お前が忙しくて会えないときは
おれ・・コーヒー入れるんだ』



『え・・・』



『ーーー会えなくてもさ・・・総士がすぐ傍にいる気がするから・・・・・』












いじらしく、そんなことを言いながら 困ったように はにかむ大切な恋人。





仕事に追われる日々で、もう随分と その声も、その顔も見ていない。
同じ島に住んでいるのに 同じクラスだというのに、姿さえ見かけないでいた。


それは自分が戦闘指揮官で、仕事に追われていて、ずっと自分の部屋に
篭りっきりの生活をしていたせいなのだと 皆城総士は改めて気づいたのだった。




「・・・一騎もコーヒー・・入れているだろうか」





最後に一騎に会ったのは二週間前。
ご飯を食べていかないかと誘われて、断ったのが最後。

あのときは 沢山抱え込んでいた仕事のことで
目の前にいる一騎を気遣う余裕がなかった。
いや、おそらく ちゃんと見てなかった気がする。

総士は別れ際の一騎を懸命に思い出しながら カップを机に置くと
ゆっくり瞳を閉じていった。





『あ、・・・ちょっと待って総士。
それなら 今タッパーにおかず詰めるから・・持って帰って食べればいいよ』






あぁ、・・・そうだ。そうだった。

一騎は 少しそっけない僕を気遣いながら、夕飯のおかずを
大きなタッパーに沢山詰めこんで持たせてくれたんだった。


総士は蘇る記憶を辿りながら、自分がふと知らぬ間に微笑んでいる事に気づいた。






不思議だ、と想う。
こんなちっぽけで些細なことを思い出すだけで 笑顔になれる自分が。

以前の自分なら もっと頑なで 追い詰められていて
こんな些細なことで笑うことなんて出来なかっただろう。

なのに、こうして 穏やかに微笑を浮かべられる自分でいられるのは
やっぱり支えになってくれる人がいてくれるからなのだと 想うより他になかった。



総士は 優しい記憶に心を包まれて、一息つくと
再び瞳を開き、姿勢を正した。




「もう少し・・・・・あと、少しだ」




呟くような小さな声で 言葉を紡ぐと
総士は再び パソコンの画面に視線を移し、没頭していった。











この仕事が終われば 一騎に会える。
会えるんだ。










そう、何度も 心の中で 繰り返しながら。









+++































「・・・・・・・熱?」





ざわついている教室に、一際響く声の主が 目の前にいる僕を
今にも叱ろうといわんばかりに 睨み続けている。
一触即発、というには あまりにも僕の立場は弱かった。



「そうだよ・・・・もう四日も休んでるんだよ一騎くん。・・知らなかったの?」



語尾は少し責める様な口調で 遠見は僕に呟いた。
瞬間、僕はぎゅっ、と拳を握る。

居た堪れない。というよりかは 後悔の方が強かった。
だってそうだろう?



恋人らしいことなんて 何一つしてこなかった。
・・・してやれなかった。




わかっていたのに、どこかで目を背けていた。
忙しさにかまけて 何も見えていなかった。







『おれ・・・ずっと総士のこと・・・・好きだったんだ』







あのとき貰った言葉に、僕は甘え続けていた。



都合のいいときに会って、恋人同士を楽しんで。
都合が悪くなったら、しばらく距離を置いて 待たせる。

支えてもらうときだけ 寄りかかるくせに、
一騎が寄りかかろうとするときには もう傍にいなくて。
・・・・いや、そもそも一騎は


一度だって 僕に寄りかかろうとなんてしなかった。







「・・・・ねぇ、皆城くん」



不意に、遠見が僕の名前を呼んだ。
その声色が どこか哀しげで 暗い色を含んでいて
少しだけ・・僕は怖くなった。





「忙しいのはわかるよ。・・島のために頑張ってくれてるって事も。
解かってるからこそ、一騎くんだって 何にも言わないんだと思う・・・でもね」



肩より少し短い髪が 一瞬隙間風に靡いて揺れたと思えば
強く聡明な視線に 心を射抜かれたようで 途端に僕は息苦しくなった。
遠見が紡いだ言葉たちが 今も空気に浮遊しているように思える。



「本当に必要なときに傍にいてあげられないのは・・傲慢だよ。
支えて欲しい気持ちに 気づいてあげられないのに・・恋人だなんて、・・・・ずるいよ」



さっきまで あんなに強く光っていた双眸が 萎んでいく。
肩を落とし、床を見つめ、遠見は小さく息を吐いた。
ーーーー彼女は、・・・一騎のことが 好きだった。



 「私、・・・・昨日お見舞い行って来たの。一騎くん、・・熱にうなされて苦しそうだった。
何か私に出来ることないか聞いたら、一騎くん言ったよ」



瞬間、グィッーーと両腕の服の裾を強く掴まれて 覗きこまれた。
切ない瞳が僕の視線とぶつかって、揺ら揺らと遠見の両手は僕の身体を揺さぶった。




「”コーヒーを入れて欲しい”って・・。・・・”総士に会えるから”って・・・
一騎くん、・・・・・言ったよ・・・・・!」




ぶつかった視線の向こうに、自分じゃ駄目なんだと切実に訴えかけてくる
遠見の見えない言葉が 僕の心を打ち砕いていく。


僕は、一騎の何を見てきたのだろう?
あいつの何を知っている?




まるで傍観でもしているかのようだ。
当事者なのに 何一つわからない。
わかって、やれなかった。




「私、そのときは 一騎くんが何言ってるのかわからなかったけど・・
こうして皆城くんの近くにいると、・・何となくわかる。
皆城くんから、コーヒーの香りがするってこと・・・・」




言って、彼女は僕から手を離すと うな垂れるように呟いた。



「一騎くんは いつだって皆城くんを探してる。傍に感じたいと思ってる。
・・・・これって凄いことだよ。きっと幸せなことなんだと、想う」



「・・・・・・・・・遠見」



声が少しだけ震えた彼女が ふと顔を上げて言う。
懇願に似た表情で 僕に訴えかけてくる。





「だけど幸せなのは・・想われてる方だけだよ?
・・・この言葉の意味もわからなかったら きっと皆城くんはもう・・
一騎くんを大切に出来ないひと、なんだと思う」





そういうと 遠見は 僕から離れて、自分の机の上に置いてある鞄から
一枚のマフラーを取り出した。



再び僕に近づくと すっ、と彼女は僕に差し出す。




「・・・これ、一騎くんの忘れ物。
昨日渡しそびれちゃったから皆城くんに預けるね」





淡い蒼穹色の柔らかいマフラー。
しわの一つもない 綺麗なマフラー。
一騎らしいと思った。



「あぁ・・・・渡しておくよ」



受け取って胸に抱きかかえて。



ふわっ、と掌に残る感覚に 身体が高揚した。
そして 同時にマフラーから漂ってくる優しい匂いに、
胸が・・・苦しくなる。






清潔な、石鹸の香り。
一騎の・・・・匂いだ。

















『だから、いつも お前が忙しくて会えないときは
おれ・・コーヒー入れるんだ』



『え・・・』















『ーーー会えなくてもさ・・・総士がすぐ傍にいる気がするから・・・・・』


































あぁ、・・・そうか。
そうなんだな。





本当に、お前がここにいるような気がする。








自分も同じ感覚を味わって、初めて わかることがある。























「・・・・・・・・・・・・・・一騎に会いたい」











それだけじゃないって、ことが。



















「ーーーーー・・・会いたいっ、・・・・」















相手の欠片を感じれば、立ち込める甘い香りに
息をつく間もなく 苦しくて





















余計、会いたくなるんだって。





















「会いにいってあげて・・・・一騎くん、きっと待ってる」


















マフラーを抱きかかえる 僕の傍らで 遠見が
少し微笑んで 立ち竦んでいた。











「すまない遠見・・・・・ありがとう」










駆け出した僕の背後。



教室を横切った隙間風たちが 僕の背中を押した気がして、
走るスピードに加速度がついた。






一騎が見せた、困ったように はにかんだ笑顔が蘇る。











今ならわかる。あの笑顔の意味が。





自分のことばかりで 僕は 何も見ようとはしなかった。











一騎はずっと 苦しかったんだ。
そして・・・・















一騎はずっと 











寂しさを隠し続けていたんだーーーーーーーーーーーーー。

















+++






























「・・・・・ありがとう、一騎」







むせ返る、熱い夏の日。
テトラポッドの並ぶ 長い海岸線に二つの影法師。

背後に見える木々は潮騒の残響に その姿を揺らす。
蝉たちの騒がしい声音と もうすぐ満ちるであろう波の高さが心を揺さぶる。
橙色の空に、もうすぐ隠れてしまう夕日が 強い光沢を放って 周囲を照らし仰ぐ。


静かな、でもしっかりした声で 隣に佇むその人は 確かに言った。



「総、士・・・」




期待、していた。


ずっと好きだった人に 好きだと伝えた その答えが
”ありがとう”だったことに。


その人が今 どういう立場で、どんな状況にいる人かなんて
考えもしないで 伝えてしまった。



けれど、後悔はしていなかった。


この先、どんなことがあっても この胸に芽生えた気持ちは
間違いじゃないとわかっていたから。

この胸に宿る気持ちが きっと支えになってくれると信じているから。








一騎は 総士を見つめ続けていた。
橙色の光に照らされて、顔半分が 色づいていく その人から
目が離せなかったのだ。

同時に、心はその人を求めるばかりだったのだ。




銀色の澄んだ双眸が 光に反射して 一際眩しく光り輝く。
そっと伸ばされた長い指先が 一騎の頬に寄り添うと
その温もりを確かめるみたいに 優しく纏わりついた。

少し長い、一騎の黒髪が潮風に揺れて 爽やかな色香を放つ。
総士は瞳を細めると、微かに届くような小さな声で囁いたのだった。





「恋人らしいこと・・・・あまりできないかもしれない。
・・・・・・それでも、いいのか?」




淡々と降りてくる言葉たちに 微笑むと、
 一騎は総士の手に自分の掌を重ねて言った。



「おれ・・・・総士に恋人らしいこと、して欲しいわけじゃないから」





心の隅に、そっと自分を置いてくれるだけでいい。
それだけで、おれはーーーーー。





「・・・・・・・そうか」







静かに微笑む 総士。
ゆっくりと顔が近づいてくる。







この恋が片想いだとしても 構わない。





総士は優しいから おれを傷つけないように
受け入れてくれたんだとしても ・・それでもよかった。





ただ この恋の終わりを 最後まで見届けたかった。













長い海岸線に佇むおれたち。
潮騒は留まることをしらない。

二つの影法師が重なり合った その日。




おれたちは恋人同士になった。






あのとき、触れ合った心が忘れられずにいる。



あのとき、重なり合った 総士の唇の冷たさが








今も唇に、残ってる・・・・・



























「ーーーーーーっ、・・・・ん、ッ・・・・」







つめ、たい・・・・










唇が、・・・・・冷たい。














自然と、意識が覚醒していく。



唇に残る懐かしい冷たさに 呼び起こされた気がして。







おれはゆっくりと 重い目蓋を開き、飛び込んできた視界を
しっかりと焼き付けていった。




けれど、おれの視界に入ってきたのは 景色なんかじゃなくて
綺麗な銀色の双眸に カーキ色の長い髪が 切なそうに揺れている 
その人の顔だけだった。






「そ、・・・・うし・・・・?」





二週間と少し 見つめることが出来なかった その愛しい人の姿。





ずっと・・・・会いたかった、ひと。








「一騎・・・・・具合、どうだ・・・・?」




心配そうに揺れる瞳が綺麗で、思わず見惚れてしまう。
不謹慎だとは思うのに、会えたことが こんなにも嬉しい。




「ん・・・・熱はまだ少しあるけど・・昨日よりかはマシ、かな」



薄っすらと微笑むと、 総士はぐっと何かに耐えるような表情を浮かべていた。
おれは心配になって 身体を布団から起こすと、隣でおれを覗きこむように佇んでいる
総士の髪にそっと触れた。



「総士・・・・どうしたんだ?」



不意に、目の端に見慣れた蒼穹色が飛び込んできた。
おれの枕元に マフラーが置かれている。
そのとき、あぁ、そうかーーーとおれは気づく。




「忘れ物・・・・届けにきてくれたんだな。・・・ありがとう総士」



微笑んで、総士を見つめると 今度は総士の顔が くしゃっ、と歪むのがわかった。
小さく総士の肩が竦む。





「ほんと・・・どうしたんだ総士?」




いつもと様子が違う総士に おれは少なからず動揺していた。




「ーーーあ!・・そういえば、お前仕事は?もう終わったのか・・・?
あまりおれの傍にいると風邪が移るかもしれないから離れーーー、」



言いかけて、強引な力が おれの腕を掴んで 引き寄せられたかと思えば、
いつの間にか おれは総士の胸に 抱き寄せられていた。










「ーーーーー・・・いいのか・・・?」




「・・・・・えっ?」




消え入りそうな声色が耳の奥に響いてくる。

いつもの総士とは違った、その声。
何かに迷い続けている、音だった。







「・・・・本当に、僕なんかが・・お前の恋人で・・・いいのか?」




「ーーーー総士・・・・・」






苦しそうに訴え続ける総士は 次第におれの身体を強く、また強くと
抱きしめていく。おれはされるがままに 総士の心の声に耳を傾けることしかできなかった。
・・・この温もりを、離したくはなかったのだ。




「・・・クリスマスも誕生日も、正月も、デートだってろくに出来てない。
必要なときに傍にいてやれない。−−−それなのに・・・本当に僕でいいのか?」



抱きしめられた指先が微かに震えているのは、
総士が 何かに怯えている証拠なんだと思う。


それが何なのか、・・おれには少しわかるよ総士。







「総士は・・・・・おれと一緒にいたいって・・想ってくれてるんだな」





言葉にして、嬉しくて、堪らない。
そうか。総士は おれのことが好きなんだ。





「ーーーー・・・ばか、・・・当たり前だろっ」




ギュッ、と 一際強く抱きしめられる。
その言葉に、 温もりに ・・胸がいっぱいになる。





「・・・・・よかった、・・・・・おれのっ、−−−独りよがりじゃなくて・・・」





声が、もう泣いていた。





恥ずかしいけど・・みっともないけど・・・・視界がぼやけて、
いつの間にか 頬から涙が零れ落ちていた。




総士は そっと身体を離すと、 おれの額にコツン、と自分の額を重ねて
おれの顔を覗き見ていた。

長い指先がおれの涙を拭う。
優しく目蓋に 冷たい唇が触れて、離れる。




「遅くなってすまない・・・・一騎、ずっと・・・会いたかった」








そういって、総士は 髪に、額に、頬に、うなじに
優しく唇を落としていく。



おれは 触れられたところが熱くて、次第に息があがっていく感覚に陥っていた。



熱のせいなのか、気分が高揚しているせいなのか
もう理由なんてわからない。




でも、総士が好きなんだって ことだけはわかる。









総士に触れて欲しいってことだけは わかる。







熱る身体に咲き誇る 赤い花のように

おれの愛もまた 降り募っては咲き乱れるのだと
沈むシーツの海の中で ふと想い返した。








抱きついた総士の肩越しから

芳しい 芳醇なコーヒーの香りがした。














この匂いを抱いて、寂しさを慰めるのは もうやめよう。













今は、・・・・・総士が抱きしめてくれるのだから・・・
















+++
































優しくなりたい




























「っ、はぁ、・・・・」





汗ばんだ体躯は 薄桃色に高揚したかと思えば、
瞬時に朱色へと色彩を変え、色鮮やかに華開く。

ぷっくり、と頭をもたげた赤い二つの果実は すでに総士の目の前で
露わになりながら、自己主張を始めていたのだった。


「かず、き・・・・」



情欲に濡れた低めの声が 一騎の耳元で そっと囁く。
身震いするほど 溺れた色を宿した言霊は 一騎の全てを高め、かき乱していく。




ちゅっ、と厭らしい音を立てて熟れた果実に口付けを落とすと、
総士は一騎の乳首を 口内で弄び始めた。



「んっ、ぁ、っ、は、・・・ぁ、ぁあ、ッ・・」



舌でコロコロと熟れた果実を転がしたかと思えば、
吸いついたり、舐めたりを繰り返す。

空いている手で、もう片方の果実を揉んだり、つねったり、軽く引っ掻いたりすると
一騎の肢体はビクビクッ、と大きく跳ね続け 軽い痙攣を引き起こしている。


「あっ、ッ・・・や、ァッ・・・!」



瞳に涙を湛えながら 淫乱に快楽へと溺れる その愛しい姿に
総士は自分の中心に熱い熱が集中していることに気がついていた。
けれど、愛撫をやめようとは 思えなかった。
目の前で咲く花が、あまりにも綺麗だったからであった。




「一騎っ・・・・・・可愛い、よ」






先端を甘噛みすれば 一際甘い声で啼く一騎。
一騎の中心が知らぬ間に頭をもたげ始めていく合図でもあったのだ。





「僕に見せてくれ・・・・まだ見たことのない、お前を・・・」





熱い呼吸を一度吐き出して、総士は一騎に深い口付けを贈ると、
一騎の肢体まで頭をずらし、顔を寄せていった。



「ぁっ、・・・・そ、・・・し・・・ダメ、だっ・・・!」



一騎はかぁぁっ、と頬を林檎色に染め上げると 総士が
今まさにしようとしていることを制止しようと試みた。

両手で総士の長い綺麗な髪に触れ、頭を離そうとするが
頑なに離れようとしない総士の頭は 次の瞬間、大きく揺れたのだった。

同時に、総士の口内に先端から愛蜜を溢れさせて びくびく、と
小刻みに震え続けている 一騎の中心が咥えられた形で侵入することとなる。





「ひゃァぁあっ、・・・ッ・・・!!」




ビクビクッーーと大きく腰が浮き上がったと思うと
一騎の両足は 今まさに刺激を与えた張本人を突き放すどころか
抱え込んで絡み付いていく。



この快感を手離すものか、と訴えかけてくるようだった。





「んっ、ァッ、ぁ、っ、・・・ぁァアア・・・ッ」




グチュグチュ、と熱い総士の口内で 蠢く自分の中心が
まるで水を得た魚のように躍動している。

一騎は敏感な部分を総士の舌で追い立てられて、感覚が麻痺したみたいに
声を漏らして 善がるばかりであった。




「あっ、ッ、あ、ぁっ、・・・総、士ぃっ、・・ーーー!!」



ギュッ、と総士の頭を抱え、痙攣する自分の肢体を眺めながら
競り上がってくる自虐心と羞恥心をどうにか抑えようと 一騎は零れる声もそのままに
身体を大きく捻った。瞬間ーーー、総士が舌先をどかしたと思えば 一騎の先端を
力強く吸い上げたのだった。




「は、ァぁ、ああああんっッ・・・!!」




急激に押し寄せた快楽の波に抗えず、
一騎は総士の与えた愛撫に 成すすべなく 屈服するしか
欲望の逃げ道がなかった。


勢い良く放たれた 一騎の愛蜜は 総士の口内に留まる事なく
顎や唇を 妖艶に濡らし上げたのであった。

一騎の中心を口内から出した総士は口元を拭うと
満足そうな表情で それを飲み干し、一騎に言った。



「嬉しいよーー、お前が僕を求めてくれていて」





ごくっ、と総士の喉仏が上下に動き、放たれた一騎の欲望を体内に吸収していく総士。
その様が猛々しい 野性味を帯びた姿に見えた一騎は 唐突に自分の最奥が疼いていくのがわかった。


いつの間にか 秘部がぬるぬる、と濡れ始めている。
急激に高まった敏感な部分と高揚していく肌に 
戸惑うしか自分を保つ感情が見つからなかったのだ。



「一騎・・・・・・・・っ」



低く擦れた声が近くで響く。
再び銀色の双眸は 一騎の栗色を射抜くように接近すると、
激しいキスの嵐を黒髪の可愛い恋人へと届けた。





「んっ、・・ぁ、っ、・・は、ァッ・・・ッ」




腿、腰、胸、首筋。
徐々にあがってくる 冷たい唇は 赤い花を見事に咲かせながら
攻め上がって来る。

そのたびに 睫毛を揺らしながら 一騎は切なく甘い声音で
総士を追い立てていった。



”もっと、もっと”と物欲しそうな瞳で 銀色の双眸を見つめ続け、
溜息交じりの情欲を 虚空へと散漫させていく。



濃密な空気と緊張感に 室内は包まれ、
絡み合い 交じり合いながらも お互いに溺れ続けていった。


堕ちるところまで、堕ちても かまわない
二人は自然とそう思えたのだ。









「っ、ンッ、・・・ん、っふ、ぅ・・・−−、」





ようやくたどり着いた一騎の唇。
濃厚に口内を貪り尽くす 総士の舌は
会えなかった日々を埋めようと 必死だったのかもしれない。

つっ、と銀色の糸が顎から垂れ、更に深くまで 相手を知ろうと
浸入の力を緩めない。



「ふ、ッ、んんっ・・・・ッ」



くぐもった鼻に抜ける 一騎の甘い声。
より一層 総士の集る熱を、感覚を、研ぎ澄ませ 駆り立てていく。
抑えきれない性欲に 総士は少し息苦しくなりながら、
一騎の歯列をなぞり、舌を強引に絡み取り 吸いつく。



「ぅ、ンッッ・・・ッ、は、ぁっ」



絡み合っていた温もりを 離したときには すでに呼吸は荒く、
どちらとも頬を上気させて 見つめ合っていた。




「・・・今日のお前、熱くてーー大胆だな・・・。熱のせいか・・?」






積極的に自分を求めてくる一騎が嬉しくて、
総士は 汗ばんだ一騎の髪を優しく梳いて、囁いた。





「ーーー・・・お前が好きだよ」










淡く煌く銀色の双眸がすっ、と細まり 静けさを湛える。


黒髪の恋人に柔らかく微笑みを浮かべ、触れるだけのキスを唇に贈る。
優しく梳いた艶やかな黒髪は シーツの上で瞬くように 光輝き散りばめられる。

総士は 自分が放った言葉に触れて、
途端に すっと 透明になっていく栗色に見惚れながら
額に唇を寄せて 呟いた。







「泣くな・・・・・・・傍にいるから」










両の掌で、その人の滑らかな肌に触れれば、小さく震えて肩を竦める。
上気した頬を 指先で包み込むと 流れ落ちた行く筋もの涙が
指先に触れては総士の心を熱くする。

組み敷くみたいに覆いかぶさっている総士は 自分を見上げる
壮絶なまでに 美しい栗色の双眸が涙に濡れ、今も尚 溢れ続けている様が
愛しくて、切なくて 堪らなかった。



 



こつん、と額をあわせる。
互いの温もりが 接触した部分に集中するようだった。





「笑っててくれ・・・・お前の笑顔がみたいよ」




擦れた声が辺りに散漫する。
もっと この気持ちを 上手く伝えたいのに。

ありふれた言葉しか、浮かばない自分が 歯がゆい。




総士はそっと 額を離すと ぎゅっ、と軋むほど強く一騎を抱きしめた。



「総士・・・・・・・」




温もりの心地よさに、抱きしめられた力強さに
安堵と 甘い痛みを抱えながら、一騎もまた 
総士の広い背中に腕を回して抱きしめ返した。





「おれも・・・・総士が好きだよ。
・・総士は、おれに恋人らしいことしてやれないっていうけど・・・おれ、
そういう事がしてほしくて 告白したわけじゃないんだ・・・」



「ーーーー・・・・・一騎・・・?」





ぽつり、ぽつりと 呟く声は どこまでも聡明で穏やかな声音で。
抱き返された腕の細さだとか、 包まれた優しい温もりだとか
一騎のひとつ ひとつが 自らの中に流れ込んでいくみたいに思えて
総士は 不思議な感覚に捉えられていたのだった。







「たまに・・・思い出して欲しくて」





「えっ?」






「・・・・おれが総士を好きって・・ただ知っててくれるだけでいいんだ」





殊勝な声が耳の奥を掠める。
一騎が今どんな表情でいるのかなんて、
その声色だけで 予想ができた。





多分、どこまでも 穏やかな 優しい微笑み。





「ーーー・・な、んで・・」

















そんなこと、言うんだ。





喉から出そうで、出なかった言葉。
何故だか 胸がつまった。


一騎がこれから 紡いでいく言葉たちは
どうしようもなく 僕を 甘やかすだろう、と


心の何処かで わかっていたから、だ。




もうこれ以上、甘えてばかりいては ダメだと
知っているはずなのに。



それなのに。






「だって、・・あったかいんだ」



「え・・?」





ふっ、と途端に一騎の腕が僕の背中から解かれる。
離れた体温を恋しいと思った瞬間、 ゆっくりと一騎は僕の身体を放して、
眩しそうに瞳を細めて 僕を仰ぎ見た。





「総士がおれのこと、少しでも気にしてくれてるって・・想うだけで
・・・・何だかここが温かくて、嬉しい」



そう言葉を零すと、一騎は自分の胸の辺りにそっと手をあてて、
静かに瞳を閉じて 言った。









「こういうの・・・・・幸せって、いうのかな・・・」

















「ーーーーーー・・・・・・・・」













優しくなりたい



























「・・・おれ、不器用だけど 一生懸命な・・・・ 総士が好きだよ」




































優しくしたいよ・・



































「ーー・・・・・総士?」























もっと、もっと・・
沢山の言葉で  方法でーーーーーー














君に優しくできればいいのに

















「・・・・・・・・・・・総士。泣いてるの、か・・・?」




















「ーーーーーーーー・・・・っ、・・」




















そんな、些細なことだけでいいなんて
幸せだって・・思えるなんて




お前はどこまでお人よしなんだ。




想って、自然と視界がぼやけていることに、気づく。
一騎の頬に、髪に、一つ また一つと落ちていく 僕の涙。






どうして自分が今、泣いているのか わからない。
でも・・・・もどかしいんだ。





僕は、君に 何を与えてあげられるだろう・・・







どうすれば、君に優しくできるだろう。











お前がこんなにも愛しいのに・・・。
それなのに。















刹那ーーーーー、





一騎の両手が僕の頬を包んで、自分の方へと引き寄せる。
そっと触れた唇が 熱くて、優しくて・・・息が止まるかと想った。 














「総士・・・・・おれの中に、来て?
ーーー・・・おれを感じて・・・・」








淡く、色香を放った 一騎が 僕を真っ直ぐ見つめると
その柔らかな声で 誘うように呟いた。



扇情的な体躯は すでに汗ばみ、桃色に色づき咲き誇る。
あちこちに 僕がつけたキスマークが くっきりと 一騎のしなやかな肌に
軌跡として 残光となって輝いている。



僕は 流れ落ちる涙も そのままに 瞳を閉じて 君の額にキスをした。















優しくなりたい。
優しくしたい。









多分僕は











誰よりも 君を、甘やかしたいんだーーーーーーーーー。



















+++




























「ひ、っあッ・・・・・!!!!」







一際甲高い声が室内に木霊した。


整理整頓された室内。生活感が表れている 一騎の部屋。
布団に組み敷いて 下を見下ろせば 涙を流しながら 豊潤な体躯を高揚させている
黒髪の少年が 懇願するような瞳で こちらを見上げてくる。



ぐちゅ、ぐちゅと 卑猥な水音を虚空に散りばめて、
摩れる布団の音にあわせて 律動を繰り返していた。

狭い秘部に侵入し、侵し、かき乱す その肉欲は留まる事を知らない。





「っーーーー、く・・・・ァ、ッ・・・狭、い・・・っ」




熱く 柔らかく、窮屈な内壁は 総士の中心を咥え込んで放さない。
その身震いするような締め付けられる感覚に 堪らず総士は 
快楽と貪欲なまでの征服欲に満たされていた。







「はっ、・・ぁ、ッ、あっ、ァああンッ、・・・・総士っ、・・そぉし、ぃっ・・ッ」





ガクガクと震える肢体。熱にうなされるように甘く轟く その響き。
熱を帯びた総士の肉塊は 一騎の中で奮えあがり 更に膨張し続ける。

愛しい人の 淫らな姿に 理性が途切れるのは時間の問題だった。
総士は 律動に合わせて自ら腰を上下に浮かせる 一騎のあられもない
その姿に興奮と同時に 酷くときめきを覚えていた。



一騎を こんなにも乱しているのは自分だ。
こんな一騎を知っているのは 自分だけだ、と。






「うっ、・・・ッくっ、・・・・ぁあ、っ・・一騎っ、・・・かず、きっ・・・」





次第に加速する 律動。
情欲に濡れる瞳。
ほとばしる、汗。



縋りついた声。
擦り合う熱。



交じり合う愛液も、怒涛のように押し寄せる快楽も
すべて 全て 重なり合う二人だけの ものだった。







「気持ちい、−−−−・・・最高だ、っ・・・ぁっ・・・」




ぎゅっ、と秘孔の締め付けが一際厳しくなっていく。
追い立てられていく総士の中心は 限界をすぐそこに感じていた。




「ぁ、あああっ、・・・・そ、しぃぃッ・・・・・」





自分の中で蠢く 総士の肉欲が 一騎の中で更に膨張し、成長していく。
一騎自身 これ以上かき乱される侵入者に 犯され続けるのは限界だった。







「か、ずきっ・・・・・い、っしょに・・・−−−−−」







長い指が布団をずっと掴み続けていた一騎の指と絡められる。
互いの手をぎゅっ、とつなぎ 重ね合わせながら 総士は


自然と零れ落ちる 一騎の涙を唇で拭い去った。






「っ、ぁ・・・・そう、しっ、・・・・・−−−」









何度も、何度も 角度を変えて 深い深いキスを重ねた二人は
お互いの限界の向こうを手繰り寄せると 息を荒げながら 互いの瞳に映る
姿を 眼球の奥に焼き付けたのだった。



今この瞬間を、宝物にでもするようにーーーー。









次の瞬間ーー、総士は善がる一騎の最奥を 力強く 目一杯突くと
刹那の瞬間 一騎の聞いたこともないような甲高い声が室内に響き渡った。










「あっ・・総、士・・・っぁあああっーーーひゃ、ぁああアアア、ンッッ・・・!!!」





感じたこともないような激しい内壁の締め付けと うねるように
纏わりつく 秘部の感覚に、総士は身悶えるみたいに 一騎の感極まった声と同時に果てたのだった。




「か、ずきっ・・・ーーー、っくぁああああッ・・・・!!!!!」












ビクンッ、−−と大きく反り上がる腰。ガクガクと震える肢体。
漂う 独特の香りに 開放感で意識が薄れていく。


肩で呼吸をしながら 襲い来る疲労が誘う眠気に呑み込まれていく二人は
自然と寄り添いあい 微笑を浮かべあうのであった。







「かず・・・・き、・・・」





精一杯声を絞りだし、呟く。
自らの腕に抱いた その重みが心地よくて 総士は
そっと汗に濡れた黒髪に唇を寄せる。






「そ、・・・うし・・・」





温もりを感じて まどろみの中 総士の名前を呼んだ一騎は
ふわっ、と鮮やかに微笑を零すと 総士の左目の傷をそっとなぞって 囁いた。


















「優しく、して・・くれて・・・・・ありがとう」
























すぅっ、と言い終わったと同時に 一騎は深い眠りへと堕ちていった。





















「ーーーーーッ、・・・・・・・・・」














無意識に黒い艶やかな髪に指を絡めていたと思えば、
傍らに眠る その人を 強く 強く、かき抱いていた。











ほのかに香る、石鹸の匂い。
一騎の、・・匂い。









総士は 抱きしめた一騎の華奢な肩に
顔を埋めて 声にはならない 言の葉を 心の奥で呟いた。




































優しさは、きっと・・・・





































いつだって
























 君の中に、ある。






























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青井聖梨(あおいせり)です、こんにちは!!
ここまで読んで下って ありがとうございました。


久しぶりの裏、ということで どうしようか悩みましたが
何とか書き上げることが出来てほっとしています。
今回テーマにしていたのは、”涙”です。

一騎が流す涙と総士が流す涙は、似ているようで違う。
それはもちろんのことなのですが 多分泣き所が違うんだろうなぁと
深く突き詰めて書いてみたつもりです。少しでも伝わればいいな。
それから、”匂い”で誰かを思い出すという設定も書いてみたかったので
今回取り入れてみました。いかがだったでしょうか?

少しでも楽しんで頂けることを祈りつつ、この辺で。
失礼しました!!!


青井聖梨 2012・1・15・