まだ本当の意味で人を好きになった事が無かった あの頃。
君はいつだって、オレを見つめてくれていたよね。





「僕は・・・・・・・、・・・黄瀬くんが好きです」





「ーーーはっ?」







それはあまりにも突然で。頭に稲妻が走るくらい衝撃的で。

君の震える指先とか 零れ落ちそうなくらいに揺れてた瞳とか、
目に焼きついて離れないくらい非現実的で。

言葉を紡いだ後に 君が俯いてしまった意味さえも、
あの頃のオレには 解らなくてーーーーーーー。






「えっ・・・・?ーー・・・・えぇっっ!!?マジっスかッ、−−−??!!」





こくり、とゆっくり頷いた君の気持ちを
推し量るみたいに言葉の羅列は無粋に虚空へと散漫していって・・。





「ーー・・あ〜・・・、スイマッセン。お、オレ・・・そっち系はちょっとーーーー・・・」





安易(やすい)言葉で君を傷つけたオレを




「・・・・・・・・・。・・・はい、・・・・迷惑かけてすみませんでした」




あの時 君は 自嘲し(わらっ)て赦してくれたよね。





「く、黒子っち!そんな深刻なカオしなくていいっスよ!!
オレあんまそういうの気にしないタイプだし、いつも通りまた 楽しくバスケしよっ!?」






オレはただ 君とバスケができれば それでよかった。







「・・・・・・・・・・・・はい。ーーーありがとう、・・・黄瀬くん」







君の気持ちなんて お構いなしに、
あの頃のオレの頭には それしかなかった。






「いいんス、いいんス!暗い顔はナシっスよ黒子っち!」










それがオレの、世界だったんだ・・・





























スクリーンアウト

[ACT、1 始まり]
























「・・・・タオル、ないんですか?」



青々とした木々が揺れる新緑の季節。
キュッキュッ、と館内に響き渡るバッシュの音がどこか心地よく耳につく放課後。
木漏れ日がゆらゆら目に眩しくて思わず目を細めている生徒を背後に、
オレはインターバル中 外へ抜け出して 水道場までやって来ていた。

蛇口を捻り、ひんやり冷たい水を頭から勢いよくかぶると 
吹き出た熱が一気にひいて、纏わりついていた不快感が洗い流される。
ついでに顔を二、三度擦って 軽く洗えば 些細な爽快感がそこに生まれた。

蛇口を締め、カオをあげて空を仰げば 青い空に白い雲がふわふわ
気持ちよさそうに浮かんでいる。

透き通った風がオレの肌についている水滴を微かに揺らせば
妙な冷たさが肌を駆け抜けていった。体温が少しずつ下がり始めている。
程よく 熱を取り除こうと来たオレだったけど、今更ながら気づく。


そういえば、オレ ・・タオル持って来てない。



シャツで顔拭くのもいいけど、汗臭いし、清潔感にかける。
変なところが潔癖だと自分自身で思いながら どうしたものかと辺りを
見回していた そんな時。

何処からともなく 聞き慣れた声が耳をよぎった。




「へっ・・・?」



キョロキョロ、とどんなに周囲を見回しても姿が視界に入らない。
これは もしかしなくても、こんなことが出来るのって。
オレは思い当たる人物の名を ーー姿を捉えるその前に、口走っていた。





「黒子っち?」



やけに染み渡るように響いた自分の声は、いとも簡単に
相手の耳へと届いたようで。




「・・・はい、ここです」




君は、ぽんっ、と軽くオレの背中を指先で押して
自分の居場所を優しくオレに知らせてくれたのだった。


ちょうどオレの背後に いつの間にか回りこんでいた君。
視線を下に落とせば その丸く淡い水色の瞳と、オレのそれとが交わりあった。




「黒子っち!いつから居たんスか?・・オレ全然気づかなかったっスよ」




オレは張り付いた前髪を軽く右手でかき上げて、彼の方へと
体を改めて向き直した。無理な姿勢は体に禁物だ。



「今、です。・・・それより、タオルないんですか?風邪引きますよ」


物静かな声が宙にふわふわと、浮かぶ。
あの空に浮かんでいる雲みたいだ。



「あ〜・・・・、タオル鞄の中に忘れてきちゃって・・・」


へへっ。照れ隠しに頭をかいてみせた。
なんか地味にオレ、かっこ悪いかも。
そんなことをぼんやりと考えていた そのとき。




パサッ、と無機質な音が空気に溶けて 一瞬で消えた。
頭に被された それの感覚は柔らかいもので、驚いた。
洗い立ての石鹸と 花のように甘く優しい匂いが 
何処からともなく香っては鼻をくすぐった。

視界が一瞬、閉ざされる。
被された それを横にずらすと、すぐに君の小柄な姿が
視界に飛び込んできた。オレは はっ、として 今の状況を呑み込んだのだった。




「く、黒子っち・・・このタオル・・・・?」



「・・・僕のです。−−よかったら、使ってください・・。
まだ使ってないんで、綺麗ですよ」



オレの問いに、黒子っちは、ふっと視線を外して少しだけ俯いた。
・・部活であんなに筋トレして、 合宿で日に晒された下できついメニューを
こなしているというのに どうしたらこんな真っ白で透き通った肌を保つことが
できるのだろう。ーーどうすれば女の子みたいに しなやかな筋肉を
そんな風に手に入れることが可能なのだろうか。


言葉にすれば かなり失礼なことを今、オレはつらつらと考えていた。
黒子っちは、男の子だし、たぶん そんなことオレが口にしようものなら
黒子っちの右ストレートが確実に オレの腹部に一発 お見舞いされること
この上ない、のだが。どうしても考えてしまう。・・そんな華奢な姿を見せ付けられると。

白くて、柔らかな体躯。
女性なら きっと喜ぶであろう 言の葉。
オレは 思わず溢れそうな その言葉と表現たちをぐっ、と喉下で抑えると
タオルを貸してくれた黒子っちに お礼をいうため 軽く頭を下げたのだった。


「ありがとっス、黒子っち!!!」


明るく紡いだ自分の声が 相手にストレートに届いた。
黒子っちは クスッ、と苦笑して ”どういたしまして”と小声で
オレに返してくれた。オレの声に圧倒されてしまったのだろうか?
控えめに笑う黒子っちの体が 半歩後ろに下がったのが解った。

黒子っちは たまに同い年とは思えない仕草を時折みせる。
そんな仕草を見つけては 自分と比較して・・”ガキっぽいかも”、と
自分を見つめ直したり していることも、時たま、ある。




オレはつらつらと 物思いに更けながら 渡されたタオルで
髪の毛や 顔を丁寧に拭いてみせた。
さっきのいい匂いは、どうやらこのタオルが醸し出していたようだ。

くんくん、と香ってみると やはり 石鹸と甘い花のような香りが漂ってくる。
優しい、香りだ。ーーーオレ、この匂い好きっぽい。



「黒子っち、このタオル いい匂いっスね」



思ったことを そのまま言葉にしてみせた。
別にこれなら 差し障りない、はず。



「・・そう、ですか?・・それなら良かったです。
よく使うタオルなので、臭かったら どうしようかと・・」



気にしながらも 貸してくれた 何気ないタオル。
オレはなんだか、そんな小さな気遣いが嬉しくて。
今度は大して考えずに
思ったことを そのまま 言葉にしてしまったのだった。



「そっかぁ〜。これ、黒子っち愛用なんだ?
じゃあ、このタオルの匂いは、黒子っちの匂いなんスね!!」



明るく そう口に出した途端 ヤバッ、と思った。





だって目の前の黒子っちの顔が、見る見るうちに
真っ赤に染まり上がったから、だ。


今の表現、結構際どかったのだろうか?
オレ的にはセーフな気がするけど・・・?




「あ、の・・・・黒子っち・・・?」






オレはちょっと遠慮気味に名前を呼んでみた。
すると黒子っちの身体が オレの声に反応して ビクッ、と反応をみせた。
あ・・・・・、なんか小動物みたいで、可愛いかも。
と安易に考えていたのも束の間。

黒子っちは、右手で顔を軽く隠すと、プイ、と視線をオレから外して
その水色の綺麗な瞳を 風にゆらゆらと 揺らしていた。

動揺している。明らかにわかる動作だった。
現に 恥ずかしさから逃れるために、赤い顔を手で隠している。


オレは悪いことしたかも、と心の中で思いながらも
密かに ”ちょっと可愛いかも”と思ってしまった。
野郎相手に可愛いとか、普通ありえねーって思ったりするけど
黒子っちはまた、別次元の人、に思えたのが不思議だった。

他の野郎とどう違うかと問われれば、なんとも言いがたいのだが、
やっぱり見た目が 一番大きいと思う。こんな薄くて、ちまっとしてて
女の子みたいに華奢な身体だと どうにもオレらと比較するには
程遠い存在に思える。・・・・まぁ、黒子っちにはホント悪いとは思うけど。



「ーー、そ・・そろそろインターバル終わる時間ですよ。
黄瀬くんも 戻った方がいいです・・・」


黒子っちはそういうと、踵を返して オレに背を向けた。
オレは もうそんな時間なのかと ぼんやり気づいて、
”待って黒子っち!オレも行くっス!!”
そう声をかけて、置いて行かれないようにと すかさず彼の右隣をキープした。


ゆっくりと二人、歩き始める。



「このタオル、洗って返すんで・・」


さりげなく声をかけてみる。



「・・・・はい」



さっきよりも冷静な声音が、オレへと返ってくる。



オレはほっとして、 今更ながら ずっと疑問に思っていたことを
言葉にしていた。



「そういえば黒子っち・・・、黒子っちは何しにここへ来たんスか?」



水を飲みに来たわけでも、頭を冷やしに来たわけでも
なさそうだ。手を洗いに来たわけでもない。
だって彼は水に触れていない。その証拠に、タオルが濡れていないのだから。




「え・・・・・・?・・・あ、僕は・・・・・気分、転換にーー・・・・・」




”風に・・あたりたくて”




語尾は小さく虚空へと消えていった。
歯切れの悪い答えに、オレはちょっとした興味が湧いてしまって。
自分でも悪い癖だと思うのに、冗談と本音を また容易く言葉にのせて
形に変えてしまったのだった。



「気分転換って、こんな遠くまでっスか?わざわざ日にあたる場所選んで・・
おまけにタオル持って・・??」



”ははっ、変なの〜”




乾いたオレの笑いと突っ込みが空気中に散漫した。
黒子っちは、ぎくっ、としたように 歩みを瞬時に止めて、
オレとの距離を 意図的に作ったように思えた。

オレはそんな黒子っちがやっぱりどこか可愛くて、
意地悪したいとかそんなんじゃないけど、もうちょっと
つっついてみたくなったのだった。


だって黒子っちって、普段超冷静でクールだから
滅多にこんな動揺したような姿みれないし、しない。
オレは 色んな顔の黒子っちが見れる事が 密かに嬉しくて
ついつい 突っ込んだ発言を撒いてしまった。後先、考えずに。





「ははーん、さては黒子っち・・オレを追ってここに来たんスね?
オレがタオル忘れてるの知って、わざわざタオルまで持ってきて・・?
オレ、もてもてじゃないっスか〜〜・・」




きっと、そんなわけないと 突っ込んでくれると思っていた。
自意識過剰です、とか 思い上がってます?とか。
キツめのコメントが返ってきて、オレはそれに泣き落としで謝って。
それが当たり前だと思っていた。それが普通だって、思っていた



・・・のに。







黒子っちが、何も言わずに 俯くから。






何にも言わないで、ただ 黙っているから。








オレは、





「黒子っ、・・・ち・・?」







何にも言えなくなる。











 それが事実なんだと、
肯定されてしまったような雰囲気が 


オレと彼の周りに こびり付いて・・・離れようとしない。








オレは内心焦っていた。



だって、こんな展開 想像してなくて・・・




”いつもどおりのオレら”に戻れたと
確信していたから。














三週間前、屋上で。
オレは黒子っちに告られて。
オレはちゃんと 断って。
気まずくなって一緒にバスケ出来なくなるの
嫌だから、何もなかったみたいに 振舞って、
また・・・いつもどおり 楽しくバスケ 出来るように
黒子っちにも言ったつもりだった。




それで全部上手くいくはずだったのに・・。









バカだ、オレ。
調子乗りすぎた。





黒子っちが普通に接してくれてんの、真に受けてた。










人の気持ちって、そう簡単には
消えないものなんだって・・・女の子に貸して貰った
どっかの易い少女漫画で言ってたっけ。




オレ自身、正直 本気で人を好きになったことなんてないから、
・・・黒子っちの気持ちとか、その少女漫画でいってるようなこと

いまいちピンとこないけど・・・でも。



それと黒子っちに対しての 今のオレの態度は
一緒にしちゃいけないと思うから・・・同じじゃないから。
だからーーーーーー。








オレは、沈黙を続けている黒子っちとの距離を、縮め始めた。


とりあえず、謝る。
謝って、そんで・・・・どうすればいいか まだわかんないけど、
とりあえず謝るしか、頭になかった。


開いていたオレたちの距離が 一気に縮まって、
黒子っちの目の前に オレは立った。





「あの・・・・黒子っち、−−オレ・・・・」




謝ろうと、俯いた顔を覗き込んだ。





けど、その瞬間。






心臓を 鷲掴みにされたような衝撃を、受ける。










だって・・・・・黒子っち・・・、










くしゃっ、て泣きそうな顔して
顔、真っ赤にして・・・胸の辺り
苦しそうに押さえてた。








水色の瞳が、零れそうなくらい湛えてた。














ドクンッ。









訳が解らない感情が、胸の中から競り上がって来て、
血液が逆流したんじゃないかって思うくらい、熱を帯び始めて
体中を駆け巡っていた。







そんな、弱弱しい黒子っち・・・・初めて、みた。
















多分、オレは・・ 黒子っちの気持ちに・・心のどこかで
気づいていたんじゃないか?





まだ、オレのこと 好きなんじゃないかって。





じゃなきゃ、あんな冗談出てくるはずない・・・。
けど、もう何でもないって信じたかったのかもしれない。




いつもどおりのオレら。





それが一番だって、自分の中で思ってて・・・、
だからーーーー





知ってても、見て見ぬふり、してた。









「ご、・・・・・・ごめん・・・・オレーー・・・」










だって 自分でも どうすりゃいいのか
わかんねー・・。







どうすりゃよかった?








「ホント・・・・無神経で・・・・・・」






どうすりゃ 正解なんだよ。
・・・・・きっとガッコの先生だって 答えてくんない 絶対。






「ごめんっス・・・・・黒子っち」








オレの口から出てきた言葉は、ホント
情けないけど ありふれた言葉ばかりで。


黒子っちのこと、今オレ どんな顔で見てんだろ、とか
黒子っちは今、オレのこと どう思ってんだろ、とか。
そんなことしか考え付かなかった。

ただ、謝ることで 少しでも この空気を変えたかった。









「・・・・せ、くんは」






瞬間。




長い沈黙を破って、黒子っちが何かを零した。



オレはよく聞こえなくて、聞きなおすように
その言葉を促した。




「え・・・?なんスか・・・?」





ちょっとした焦りが声の端を揺さぶる。
こんな風に自分が動揺するなんて、思わなかった。





オレの言葉に一呼吸おいて、
黒子っちは 俯いた顔をあげて、言った。





まだうっすら赤い顔をそのままに。
くしゃっと泣きそうな顔が 苦しそうに
僅かな笑顔へと移り変わる。

胸を押さえていた手に力が篭っている気がした。








「黄瀬くんは・・・離れていかないんですね」







「え・・・・・・?」








言われて、よく意味がわからなかった。





何でそんなこと言ったのか、
何を指して そんなこと言ったのか・・。



全然、わからないけど。













「ありがとう・・・・、黄瀬くん」











眩しそうに瞳を細めて、微かに笑う 黒子っちが











切なくてーーーーーーー・・・、綺麗だった。





















確かにオレは 黒子っちを傷つけたはずなのに

黒子っちは それでも 多分、オレのために・・笑ってくれて、


”ごめん”って言った言葉に、”ありがとう”って 返してくれた。






訳わかんないし、どうすりゃいいのか戸惑うけど









でも ひとつだけ 確かなことがある。



















黒子っちは、ホントにオレのことが好きなんだってこと。













そしてオレは
























・・そんな黒子っちに、惹かれ始めてるんじゃないか






















ーーー・・・なんて、思ってみたりした







新緑の昼下がり。


















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お久しぶりです、青井聖梨(あおいせり)です。
UPが実に一年以上ぶりで 随分あいだが空いてしまいました。

初の黄黒で少し舞い上がってます。
しかも連載って(笑)どんだけ無謀なんですか自分。
このお話は黄←黒って感じで書いてます。この二人で切ない話描いてみたかった!
まだはまりたてのCPなんで 大切に育てたいと思います。
それでは、この辺で!続きも読んでいただけると幸いです。失礼しました。


青井聖梨 2010・5・20