お前は、僕のモノだ。
僕のモノでいてよ。
〜Act1、君は悲しき玩具〜
それは夢のような瞬間だった。
僕の左目に、はっきりと付いた大きな傷。
裂けるように出来たその傷は、僕にとっての一筋の光だった。
今にも消えそうだった僕を、救ってくれたのは確かに君。
僕の目の前で小さな手を赤く染めて、小刻みに震える、小さな君だったんだ。
君に傷をつけられた瞬間。−−まるで夢のようだった。
其処には居ない僕が、確かに居た。
その瞬間、僕は生まれた。
この傷を君に貰ったとき、初めて誰かに認められた気がした。
君はここに居て欲しいと、僕に訴えているようだった。
”消えないで”と、君に言われた気がした。
そのとき僕は、震える君を見ながら
自分の居場所を手に入れた気がした。
僕を置いて去っていく君の背中を見つめながら、
僕は ・・・君が僕のモノになった気がした。
そんな気がしたんだ。
なのに、ーーーー運命は残酷だ。
+++
「あ、のっーー・・総士・・もう、・・・いいの?学校に来て・・」
まだ包帯の取れない僕に、躊躇いがちに声を掛けてきた君は
瞳を微かに揺らしつつ、視線を彷徨わせながら、僕に訊いてきた。
「うん。心配かけたけど、もう大丈夫。・・それより久しぶりだね、一騎?」
薄っすらと微笑みながら、僕は君にそう問いかけた。
すると君は身体をビクッ、と一瞬反応させて 途端に俯くと、
か細い声で”うん・・”と答えた。
君は僕に怯えているようだった。
無理も無い。あの事件の真実は、僕と一騎の二人だけしか知らない。
二人だけの秘密なんだ。
そんな秘密を一騎と持てた事が嬉しくて、このとき 僕は少し舞い上がっていた。
でもこのあと、まもなく 自分に用意された過酷な運命を知ることになる。
神様、これが運命の悪戯ってやつなのーーー?
だったら随分と
残酷な事をするんだね・・・
「違う、・・・クラス?」
久しぶりに学校へと登校してきた日。
校門近くで偶然会った一騎と軽い会話を交わしながら、
学校の外に立っている掲示板へと足を向けた。
僕は見えない左目をグルグルに包帯で巻きながら
左目とは対照的に よく見える右目で、その事実を何度も確認してみる。
竜宮小学校は、変則的なクラス替えを行なう。
去年は五月頃にクラス替えを行なった。
今年は春先に行なわれるはずだった。なのに、
どういうわけか、九月の夏休み明け。丁度今。
ーー今頃になって行なう事になった。そう、今頃というのは事実上、”今日”を差す訳で・・。
「うん・・・。総士は・・二組、だね。ーーーおれは、一組みたいだ・・」
まだ幼く、甲高い声色は 掲示板に張り出されている事実を
たどたどしくも、はっきりと僕に告げた。
そんな中 僕は、動揺を隠せないでいた。
”なんで・・・こんな、嘘だ・・・”
顔に出てしまうほど、僕は青ざめていた。
突きつけられた運命に、明らかに踊らされていたのだ。
「そう、し・・・?大丈夫・・・?」
僕の横に並ぶ君が、僕の異変に気づくと、心配した面持ちで
こちらを遠慮がちに覗き込んで来た。
僕は瞬間ーーーハッ、とすると すぐさま笑顔を作って
一騎へと微笑みかけた。
「大丈夫、なんでもないよ・・・・」
そう、なんでもない。
こんなこと。
たかがクラス替えひとつに動揺してどうする。
僕たちの関係が、こんなモノで壊れるはずもない。
僕にはこの左目の傷がある。
これは一騎が僕を必要としてくれている証。
この傷さえあれば、僕たちはいつでも繋がっていられる。
繋がっていられるんだ。
君は、僕のだ。 この傷がそう、教えてくれる。
ーー僕のモノなんだ。そうだよ。
だから平気、・・なにも心配要らない。
離れる時間が多くなっても、僕らは何も変わらない。
変わらないんだ・・・・
一騎、僕 間違ってないよね?
+++
いつもと変わらない日常。
左目が包帯に包まれている以外は、
変わらない日常のはずだった。
けれど、残酷にも 現実は 僕を打ちのめし始めた。
こんな気持ち、・・・僕は知らない。
「この六角形を二倍の大きさにして、平行四辺形の隣に並べて書いてみて下さい」
「「「「はーーいっ」」」」
季節は、驚くべき早さで移り変っていった。
クラス替えをして二ヶ月が過ぎた。
ーーー今は丁度十一月の初めだ。
窓際の一番前の席から二番目に座る僕。
左目が包帯で隠れているため、・・・いや、正確には左目が見えないため、
先生方の配慮で 前の方に席を取ってもらい、授業を受けていた。
片目で見る、秋真っ只中の校庭は、紅葉もほぼ終わり、少し物悲しく見えた。
もうすぐ冬が来る。街路樹の木々の葉が最近やたらと地面に落ちているのを
見かけた。吹き抜ける風が、いつの間にか冷たくなっていて肌を刺すように痛く感じた。
僕の周りは、冬の匂いがした。
着ている服装にもやたらと変化が見られる。
厚手のコートを羽織る人やセーターを着てくる人。
マフラーを見につけてくる人も時にはいた。
教室内には最近、ストーブが設置されて、今か今かとその出番を待ち侘びている状態だ。
皆も、もうすぐ訪れる冬に想いを馳せつつ、冬休みの予定やクリスマスイベントの話題を
持ち出しては 明るい声で笑い合っていた。
だけど。
だけど僕ひとりだけは、・・そんな気分にはなれなかった。
だってーーーーーーー。
君が居ない。
僕の近くに
君が、居ないんだ・・・。
淋しくて、淋しくて、・・仕方なかった。
こんな想いに負けたくないと思いながらも
どうしても淋しくてーーーー。
あのとき、君とひとつになれていたら、
こんな思いをしなくても良かったのだろうか、なんて
どうしても考えてしまう。
最近、一騎がやたらと僕を避けているように見える。
僕の気のせいといえば、それまでだけど
でもーーー前よりもっと、視線が合わなくなった。
会える数も、少なくなった・・・。
一騎・・・・
お前は僕のモノだ。
お前が僕から、離れていくはず、・・・ないよな?
僕はそう信じながらも、どこか不安で
思わず、一騎からもらった傷を包帯越しに指先でなぞる。
確かに傷は、ここにある。
僕らの絆は繋がっている。
確かめるように、僕は手で傷がある事を確認していた。
瞬間ーーーーーーーー。
校庭に、見慣れた人影が現れた。
柔らかそうな黒髪に華奢な白い肌。
僕より少し低い身長。まだ幼くも甘い声色。
羽織っているジャージがブカブカだ。
ほっそりとした美脚が顔を出して、
年相応の色気を放っている気がした。
久しぶりに、まともに見る一騎の後ろ姿。
二階から、しかも片目で眺めているというのに
君だけは こんなにも鮮明でーーーーーー。
鳥篭に捕らえてしまいたくなる。
心が、ざわめく。
僕は、窓越しから微かに聴こえる君の声に
耳を澄ませながら、瞳を細めて 君をしっかりと
視線の先に捉えた。
いつまでも、いつまでも色褪せない
僕だけの君。
切なさで、胸が焼ける。
このまま、永遠に時間が止まればいいのに。
君を瞳に映したまま 死ねるなら、僕は本望だ。
でもそんな事、所詮 綺麗事に過ぎない。
本当は君に近づきたい、触れたい、もっと声が聴きたい。
君は僕のモノだ。
いつも繋がっているはずだった。
いつも一緒のはずだった。
なのにどうしてだろう。
ねぇ、神様。何故なのーーーー?
ぼくのモノなのに、
君はこんなにも遠いーーーーーーーー・・・。
+++
ザァァァーーーーーーーーーーッ・・・・
その日は、雨が強い日だった。
いつもよりグラウンドはぬかるんでいて、
まだ朝だというのに 辺りは薄暗かった。
一時間目は理科の実験で、第一理科室に移動だった。
何だか全てが、憂鬱に思えた。
教科書を手に持ち、廊下を歩いていると
後ろから、急に担任に呼び止められた。
「皆城、ちょっといいか?」
「・・・・はい?」
こんな憂鬱な日に、大声で明るく元気に話す男性教師。
僕は少し顔を歪めながら、足をその場で止めて 勢いよく振り返る。
「これなんだが・・」
そう言って担任の先生は僕に一つの小さな鍵を手渡した。
「これは・・・?」
僕が訝しげにそう訊くと、先生は少し間の抜けた感じで
微笑みながら僕に言った。
「皆城、今日おまえ日直だろう?悪いんだが、放課後
社会科資料室の戸締りを頼めないか?」
先生はそう言って、僕にやたらと頭を下げつつ
申し訳なさそうに言った。
「仕事が溜まっててなぁ・・。出来れば早く家に帰りたいんだよ。
だから、今日放課後まで残っていられる時間がなくてなぁーー・・」
しどろもどろに続ける先生を前に、僕はため息をひとつ吐くと
”わかりました”といって、鍵を受け取った。
こういう日に日直に当たるなんて、・・本当に今日は憂鬱極まりない日だ。
先生と別れてから、僕は急いで第一理科室に向かった。
駆け足で、近くの階段を上る。
第一理科室は三階だった。三階まで上りきった僕は、少し息を切らせながら
右に曲がったーーーーーーーーそのとき。
向かい側から、僕が焦がれてどうしようもない人が
こちらに向かって歩いてきた。
その瞬間、僕の鼓動は歩く速さよりも速く鳴り響き、
僕を憂鬱な空間から解放してくれた。
はずだった。
でも、現実はやはり僕を無残にも打ち砕く。
一騎の隣に、・・僕の知らない奴がいた。
しかも、一騎の肩に軽く手を置きながら、寄り添うように
こちらに向かってやって来る。
今、僕が見ている光景は、一体なんなのだろう・・?
僕は、隠れる事も忘れて 棒立ちになって その場に佇んでいた。
すると、声が聴こえてくる。
「いやぁ〜、真壁!お前やっぱスゲーよ!!ウチのバスケ部に入ってくれよ!!
今日の朝練お前が出てくれたおかげで、スゲェ盛り上がったじゃん!!」
「あ、・・いや・・・ごめん、おれ部活とかはーーー・・」
控えめで何処か甘さを含んだ君の声。
その穢れの無い透き通った栗色の大きな双眸は、
僕でない、誰かを 瞳に映していた。
許せない。
あんなにも求めて・・・
あんなにも焦がれていた君が、もうすぐ僕の横を通り過ぎようとしていた。
僕の心臓はドクン、と大きく脈を打つ。
すると、相手に気を取られていて やっと正面を向いた一騎が
僕の存在に気づいた。
”あっ・・・”
言葉にならない声が、一騎の口から零れたようだった。
表情が、一瞬にして曇る。
僕を見つめた途端、一騎の身体が強張ったように見えた。
・・・・・・・・・・・・・なんだよ、その態度。
僕は、荒波のように 押し寄せる激情を
胸の中で押さえつけるのに必死だった。
僕を見て、以前よりも怖がっている一騎。
クラスが離れて 今は、見知らぬクラスメートと
仲睦まじく肩を寄せ合って こちらへと歩いてきている。
何なんだ、これは?
僕たちに何が起こっているというんだ。
すれ違うまであと少し。
一騎は僕の刺すような視線に気づいたのか、
近くにいるクラスメートから距離を置こうと必死になっていた。
でも、隣のクラスメートは、”おいおい、そんなに急がなくてもまだ授業に間に合うよ”
などと、呑気な事を言いながら、一騎と出来た少しの距離をまた縮め始めた。
そして、次の瞬間ーー・・・・・・僕たちはすれ違った。
一騎は無言で僕の横を俯き加減に通り過ぎる。
その表情は、苦しそうに歪められていた。
僕は、そのまま呼び止めることもなく、通り過ぎていく一騎を
背後から見送った。
「一騎・・・僕じゃない誰かを選ぶの?」
気が付けば、消える背中に
そう呼びかけていた。
+++
理科の実験では、人の生態について今日は勉強した。
薄気味悪い人体模型を使って先生が 臓器の紹介と仕組みについて
熱心に説明している。
今日の理科は、何だか少し保健体育も入っている感じがした。
僕は理科の授業をちゃんと聴き取りながらも、
その合間に ノートの切れ端に少し荒々しくメッセージを書いていた。
それは手紙と呼ぶにはあまりに御粗末な外見をしていたが
そんなことを気にしている場合ではなかった。
沸き起こる激情と、絆を裏切られたような錯覚が
僕自身を呑み込んでいく。
抑えられない凶暴なこの気持ちの矛先は、
先程すれ違った 傷をつけた張本人に向かっていた。
ザァァァーーーーーーーーーッ・・・
窓の外の雨は、次第に強く、そしてもの凄い騒音を立てて
降り続き、周囲を圧倒し始めた。
この雨が留まることを知らないように、
僕の中に潜む、ドス黒い感情も留まることを知らずに
僕の胸へと流れ込んでくるようだった。
憂鬱な今日という日。だけど、この後起こることが
その憂鬱さを少しでも取り除いてはくれないものかと、僕は想いを馳せつつも
授業が終わってまもなく、一騎の下駄箱に先程書いたメッセージを
乱暴に放り込んだのだった。
”放課後、社会化資料室で待つ”
それは僕にとって、初めて君に書いた
短いラブレターだった。
一騎、お前を誰にも渡さない。
僕だけを見ろ。
僕のことだけを考えろ。
そうしてお前も味わえばいい。
どうしようもない、この淋しさを。
どうしようもない、この
・・・・・愛しさを。
裏NOVELに戻る 〜2〜
こんにちは〜、青井聖梨です!!
この度は、管理人の夢の中へようこそ★☆(爆)
知ってる方もいらっしゃると思いますが、これは管理人の
夢の中で放送された裏ファフナー・・というか総一のR指定ファフナーです(笑)
夢で見た内容をこうして小説にしております。日記で一部をご覧になった方のご要望
にお応えして、今まさに書いております。
設定などは日記を見れば載っているのですが、簡単に説明すると、幼少総士が鬼畜っぽく
幼少一騎を襲う話です(爆)これじゃあ簡単すぎますか?今後の展開として刺激的になってくるので
純粋な裏を(?)読みたい人はご遠慮ください!!それでは次で、お会いしましょう!!
いよいよ総士が一騎を襲うぞ!!(萌)
青井聖梨 2005.11.16.