君に、伝えたい





おれの気持ちを・・・










恋を知った少年























別に伝えることに怯えてた訳じゃねーんだ。
あの人との関係が壊れちまうことに不安を覚えた訳でも、
・・想いが届かないことに懼れてた訳でもねぇ。



ただ、オレが自分の気持ちを伝えたことで
あの人の心が折れてしまわないかと 不安で・・心配で
ーーーー考えただけで堪らなかった。


あの人の優しさに甘えて、自分がお荷物になっちまうなんざ、
死んでもできねぇって、本気で想った。




今まで募り募った膨大なオレの愛は 止め処なく、あの人に注がれ
そして死に逝くその一瞬まで輝き続ける。




10代目を想うと、オレは強くなれる。
10代目はオレの光の指針なんだ。
暗闇の中にいても 必ずオレを見つけ出して照らしてくれる、道しるべ。
小さくても、たった一握りでもいい。希望を携えてくれた人なんだ。


愛さずには・・・・いられねぇ。





いられねぇよ、そんなの。
オレにこんな あったかい気持ち・・・くれた人なんだ。
恋、だとか・・愛だとか・・・信じさせてくれた人なんだ。



教えてくれた人なんだよ。





だから 惨めでも、報われなくても、この想いひとつ
抱えて生きて行けるなら・・・オレに悔いなんてなかった。




想いの大きさに、重さに耐え切れず いっそ言っちまった方が
どれほど楽かと想ったことだって何度もある。
けど、それをしちまえば もしかしたら、10代目の笑顔を奪うことになるかもしれない。
傍に・・・いられなくなるかもしれないって、考えたら。



呼吸が速まって、胸が苦しくて、心が悲鳴をあげてた。





それでも。それでも伝える勇気はオレの中で失われなかった。
それはきっと、本当にあの人が好きだから、超えていけるんだと思う。
でも、10代目の心がどうにかなっちまうって、・・・想像したとき。







呼吸が、止まりそうになったんだ。










それだけは絶対に駄目だって、・・・・・・・・・・・・想ったんだ。


















10代目、10代目・・・




すみません。
オレの勝手な気持ち、・・押し付けちまって
すみませんでした。








10代目、
貴方の心は・・・無事ですか?








見えない何かに、押し潰されそうには
なっていませんか?



もし、貴方の心が折れそうになって いるのなら

オレは光を失っても構いません。





この想いを終わらせて、貴方の微笑を取り返す。















覚悟は、とうの昔に出来てるんです。


















貴方に恋した瞬間に・・・















+++























屋上から見える景色は 好きだ。

普段見慣れた風景が 違った角度から見渡せる。
季節の移り変わりをいち早く感じることが出来る。
何より、晴れた日の大空が・・・どこまでも広がって、綺麗に見える。



オレの想いが、空へと駆け上がって あの人のところまで
届かねーかな、なんて たまに自分でも砂吐きそうになることを考えるようになったのは
多分、オレ自身が”恋”ってのを知っちまったせいなんだと思う。

どんなにかっこ悪くても、どんなに情けなく映っても
手放せねぇんだ、こればっかりは。・・・理屈じゃどうにもならねぇことがあると
自覚させられたのも ”恋”によってだ。







だけど今、オレはオレ自身の覚悟を試そうとしている。








手放せないと、心の中で想っていても、理屈じゃないと考えていても
超えていかなきゃならねーときがあると 初めて知った。


そう、・・・今がそのときなんだ。












「まぁ、・・・いいんじゃね?
向かい合うチャンスができたってことだろ?」






暢気に軽く微笑みを浮かべる野球バカが
オレの背後から そう言ってきた。

オレは屋上のフェンスに手をかけながら、大空を見上げて
眩しそうに瞳を細めるだけだった。






「溜め込むよりはよっぽどいーと思うぜ?
前に進む一歩だって思えばさ・・」





確信めいた言葉が続く。
どこまでも真っ直ぐで、ポジティブな言の葉。
空に上がって 深い雲の切れ間へと突き刺さる気持ちよさがあった。




「山本」





オレは山本の言葉を制する形で一言、奴の
名前を呼んで 空気を変えていった。





山本は、”ん・・?”と妙に神妙な顔つきで聞いてきた。
こいつはこういう所が頭がいい。
人が取り巻く雰囲気に敏感で、対応力に優れている。
マフィアで必要な要素のひとつ、だともいえる。
けど、こいつにも鈍感なところは、ある。








「・・・おまえ、誰かを好きになったことあるか・・?」




敏感ゆえに、わかってしまう そのニュアンス。
”好き”ーーーーそれは一般的な意味の好意ではなく
特別な意味の好意であると逃れる事無く認識させられてしまうことなんだ。







「・・・・・・・・。ねーけど」




意味を理解した上で、そう答える山本が
少し困った顔をしたのは気のせいなんかじゃねーはずだ。


多分、奴にとって 自分の恋愛は苦手分野に属するんだと
オレは改めて知った。



「だろうな」





オレがそう短く答えると、山本は訝しげな顔をみせた。
何が言いたいのかみえてこないといったように。
先を催促されているような空気感に変わった気がした。




大空を仰いだ視線を、不意に山本へと投げかける。
山本は 静かにオレの言葉を待っていた。
重い、口が開く。





「・・・オレの好きは お前が考えてるよーな
綺麗なモンじゃねーんだよ」








夏の風が肌に触れて、通り過ぎていく。
青々とした木々の匂い、生暖かい温度。
強い日差しの中で、必死に生を全うしている蝉の声。
微かに滲む汗と 耳に入ってくる校庭の生徒達の声が
煩わしさを増徴して、オレの感情の起伏を激しく高めていった。




「・・・・獄寺?」




山本の問いが、言いたくないこと、見たくないものまで
呼び起こしていく。ドロドロとした感情の狭間に 真実はいつだって埋もれているんだ。




オレは肩を竦めて フェンスに寄りかかると
静かに瞳を閉じて、あの日の10代目を思い出した。









大きな琥珀の瞳がみるみるうちに、光を失っていく瞬間。
まるで何か恐ろしいモノに触れてしまったように硬直してしまった身体。


凍りついた、唇。











言ってはいけなかったんだ。
あのとき。




たとえ、あの人が望んだことだとしても。
いうべきじゃなかった。






オレはゆっくりと、あの日の残像を打ち消すように
瞳を開いて 世界の色を映しこんだ。

口から、ドロドロとした感情が、溢れ出す気がした。




「ーーーーオレはあの人を・・・・毎日夢の中で抱いてんだ」







自分が何を言っているのか、わかっているつもりだった。
たとえ、少し離れた場所にいる山本が絶句してしまったとしても。






「もう、自分じゃ抑えがきかねー・・・。いつか無理やり
オレはあの人を抱いちまう」





「・・・・・・・・・」








理由が必要だった。
オレにはあの人を諦める理由が。







「ーーーーだから、オレは決めたんだ。10代目への想いを・・・断ち切る」










誰もが自分の想いを捨てるために
納得できる理由。


・・・納得させられる、理由。







「・・・・・・・・獄寺」











最近、・・・オレを見て 戸惑う10代目も
接し方に困惑しながら オレに気を使う10代目も
途切れそうになる会話から 懸命にオレへの言葉を探す10代目も


もう、これ以上見たくない。




オレはあの人を困らせるために、言ったんじゃねーんだ。












オレはフェンスに寄りかかるのをやめると、
屋上を静かに後にした。




すれ違い様、山本がいった言葉に
耳を塞ぎながら オレは 再び、あの日の10代目を思い出していた。















二度とは会えない、”友達”だった頃の10代目を。
















『獄寺・・・・多分恋ってさ、断ち切らなきゃ
いけないもんじゃないと思うぜ?』














+++



























最近、・・・おれはオカシイ。















獄寺くんを見ると胸が
ーーー・・ドキドキしちゃうんだ。












おれ、どうしちゃったのかな・・・?
















「ツナ、どうした?箸進んでないぜ?」






大空の下、夏の風が気持ちよく吹き付ける、麗らかな午後。
屋上は人気がなく、静かで お弁当を食べる場所にはもってこいだった。



「あ、・・・・うん」



考え事をしていて思わず止まってしまった箸を再び動かしながら、
おれは隣でご飯を頬張っている山本に視線を映した。
山本はいつも元気で穏やかで、悩みなんて欠片もないような顔を
いつもしているけれど、実際はどうなんだろう・・?

おれは山本が少し羨ましくなりつつ、自分のお弁当の中身を
箸でつついて 口の中に少しずつ運んでいった。
と、不意に 屋上の重い扉が音を立てて開いた。

瞬間、自分の体と心が大きく跳ねあがるのがわかる。
彼、だ。彼が来た。

売店でお昼ご飯を買って帰ってきた彼が、戻ってきたんだ。



今まで空いていたおれの右側に
近づいてくる彼の気配を感じたおれは
自分の胸が高鳴っているのがわかった。

そう。最近おれはオカシイ。
獄寺くんが近くにいると、挙動不審になったり
上手く喋れなくなったり・・・こんな風に胸がざわついたり、する。



あの日。あの夕日の教室で 獄寺くんに告白された
次の日から・・・おれは少しずつ変わっていった。
なんでだろう?今まで意識したことがないことや気にしていなかったこと
なんかが気になるようになってきた。いや、・・気になって仕方がない。



それは本当に些細な事ばかりで、笑っちゃうくらいなんだけれど。


たとえば、獄寺くんの下駄箱に入ってるラブレターの数、とか
おれと話しているときの獄寺くんとおれの距離、とか。
さらさらの銀色の髪が光に透ける瞬間だとか、
薄い唇が優しい形に変わる時だとか。

今まで気にしたことなんて無い事がとても大切に思えるようになったり、
特別に感じるようになったり・・・・。とにかく、最近のおれは オカシイんだ。


告白されたせいかもしれないけれど、
獄寺くんが気になって、・・しょうがないんだ。



あんな風に傷つけたっていうのに。








おれは 獄寺くんを友達じゃない新しい何か別の
ポジションに置くことを 心のどこかで躊躇いながら
自分がどうしたいのか わからずにいた。





「遅かったな!売店混んでたのか?」





近づいてきた彼に声をかけて
山本は別段何も変わった様子も無く
いつもの笑顔を振りまいていたけれど。



「・・・・あぁ。まーな」





獄寺くんはというと、ぶっきら棒に答えながら
自然な動作で おれの右側に座り込んで 買ってきた袋の中身を広げていた。
瞬間、彼の視線を感じる。おれはドキン、と心臓を密かに飛び上がらせながら
獄寺くんの方へ おずおずと瞳を向けてみた。



すると獄寺くんは、いつものように にかっ、と明るい笑顔を見せて
おれに声をかけてくるのだった。





「じゅうだいめっ!これ見て下さい!たこ焼きパン!新作らしいっスよ?!
10代目も食べてみませんか・・?」



あの日以来、告白の話題には触れず、獄寺くんはいつもどおりだった。
何も変わった様子は無い。友達、として毎日おれの傍にいて
相変わらず自称右腕、として おれを守り続けてくれている。


おれはあの日の出来事が何もかも幻のように
失くなっていくのが怖くなっていた。


「おれはいいよ。・・お弁当あるし。
獄寺くん食べなよ」



不思議だ。言われた瞬間は 強張ってしまったくらい衝撃的
だったのに。今は・・・あの衝撃が薄らいでいくのが、悲しい。


たしかに。あの日の出来事がなかったことになる方が
都合よくいられる。友達のまま・・今までのまま 生活していける。
なのにおれは・・・・・おれ、はーーーーーーーーー。







いつの間にか、今までの関係を
望まなくなってしまったんだ。









悶々と頭の中で考えを廻らせる一方で
おれは獄寺くんの問いに 柔らかく答えている自分に驚いた。
おれ、前からこんな感じで獄寺くんに接してたっけ・・・?


自分の感覚に違和感と動揺を感じ始めたおれに
獄寺くんは気づく事無く ”そうっすか?”と遠慮がちに
答えながら 新作のパンを口へと運んでいた。



不意に、獄寺くんの手が止まる。





「・・・あの、10代目。オレ、今日ちょっと用事あるんで
ご自宅までお送りできません・・・」




「え、そうなの・・・?」






「ハイ、・・すみません!!」



そういうと、獄寺くんは頭を深々と下げて おれへと
沈んだ声で突然謝った。おれは訳がわからずに
そんなことで謝る謙虚な姿勢の獄寺くんを愛おしく想ったのだった。





「いいよ いいよ。気にしないで!おれ、別に一人でも帰れるし」




おれは自分の中に淡く灯った炎に気づきながら
知らぬフリを決め込んでいた。



だって、まだ  この炎の名前をおれは知らないんだから。





謝る獄寺くんを宥めるおれの姿を近くで見ながら
山本の表情が曇るのを おれは見逃していた。





多分それは 

右隣にいる、この銀髪の少年の存在が
大き過ぎたせいなのかもしれない。







+++


















真っ赤な夕焼けが、空一面に広がりを見せる頃。
ちょうど下校時間がやってきた。


おれは空を仰ぎながら、あの日の空に似ているな、と思いを馳せて
昇降口をあとにした。




そんなとき。




「ツナーーーーーーーーーーッ・・!!」




大きな声で、おれの名を呼ぶ 甲高い声が遠くから聴こえてきた。
おれはその声の方向に身体ごと向けると その声の主をすぐさま見つけるのだった。



「山本!」



グラウンドのフェンス越しに手をかけて こちらに何か話しかけようと
している仕草をみせるユニフォーム姿の山本の顔は 少しだけ焦った色を滲ませていた。
おれはなんだろうと想いながら 彼へと駆け寄ってみる。

近くまでいくと、山本は焦燥を声にのせて おれへと言の葉を
紡いだのだった。おれへ必死に伝えようとーーーー。






「ツナ!時間がないから手短に聞くぜ?」



真剣な表情を向ける山本。おれは彼の気迫に圧されて
無言にこくり、と頷いた。
山本はおれの意志を確認すると 口を開いた。






「ツナ・・・・獄寺のこと、好きか?」





「え・・・」




「友達の”好き”じゃないぜ。恋愛感情でいう”好き”の方だ」





まさか山本からそんな言葉を聴く日が来るなんて
思いもしなかったおれは 絶句して、その場で硬直してしまったのだった。
が、山本はそんなおれに構う事無く 話を進めた。




「どうなんだ?お前は獄寺のこと、どう想ってる・・?」



先を促す山本に、おれは言葉を思わず濁す。
まだ明確につけられないこの感情の名前を手繰り寄せるには
何かきっかけが必要な気がしたからだ。




「・・・わか、らない。わかんないんだ・・・正直」



視線を外し、うな垂れるように 俯くおれに
山本は透明な声音で おれに紡いだ。





「・・・獄寺、さーーー・・・ずっと悩んでたんだ。
お前のこと、好きになっちまったことに」



おれは山本の言葉に、顔をあげる。
そうか・・。やっぱり獄寺くん・・山本に相談、してたんだ。




「あいつから聞いたぜ。・・言ったんだってな、お前に。
ーーー好きだって・・・・」




「・・・・・・・・・・・・・う、ん」




あの日の光景が蘇る。
凍りついた自分の唇。目の前に傷ついた、彼。
忘れることが出来ない、夕焼け色の顔。







「あいつ・・・お前に迷惑かけたくなくて、
お前のこと・・・大切に想いすぎて・・・ずっと苦しんでたぜ」





「・・・・・・・・・・・・・・」






胸が、痛い。







平気そうに振舞っていた獄寺くんを想うと、
・・・・胸が痛いよ。



自分の顔が歪むのがわかった。
どうしてちゃんと、気づいてあげられなかったんだろうって・・
どうして追い詰めるようなことを・・おれはしてしまったんだろうって。
今更ながら、想う。






「ツナ、獄寺な・・・お前への想い、断ち切るって言ってたぜ。
多分、それ・・・今日なんじゃねェかと思うんだ」




「ーーーーーーーーー・・え?」





おれへの想いを・・・・断ち、きる・・・?





「あいつ昼間 用事があるとかいってただろ?
さっき部室向かうとき、保健室から獄寺の声が聴こえたんだ!
先生に何か頼み込んでる様子だったーーー・・もしかしたら、あいつ・・」






ドクン・・・・ドクン・・・





急激に心臓が脈動を打って動き出した。
激しく打つ 鼓動が今は息苦しくて、
少しだけ 悲しい。

凍りついた身体が 山本が紡ぐ未来への恐怖を
予感させているようで 辛かった。









「先生に・・記憶や感情を操作する薬、もらってんじゃねぇかな・・・?」









「ーーーーーーーー・・っ、・・!」






言葉が、出なかった。





あの日の光景が、彼の気持ちが
なくなってしまうなんて。




おれのこと、好きじゃ・・・なくなるなんて。








そんなの・・・・・・・そん、なの・・・・










「・・・・・・・・嫌だっ・・・!」








おれは耳を塞いで その場に蹲った。
身体が僅かに震えている。
何故、こんな感情が湧き出てくるのか わからないけれど
でも、今はっきりとわかることは 獄寺くんがおれを好きじゃなくなるのは
嫌だと想ったんだ。 だって・・・・・・・・だって、おれ・・・・は・・・・。



知らぬ間に、目の前が滲んで、雫が 地面へと零れ落ちた。
どうして泣いてるんだろう・・・おれ。
何がそんなに悲しいの・・・?自問自答しながら
きつく瞳を瞑る。 瞳の奥には あの日の彼が おれを見て
微笑んでいる。薄く、寂しそうに・・・・消えそうな獄寺くんが 今も
おれの心に佇んでいるんだ。




その場に蹲ったおれの頭に 柔らかい重みが降りてきて
ふと顔を小さくあげれば、フェンスに指を絡ませて おれの頭に
長い指を数本のせた 山本が眩しそうに笑って こちらへと
眼差しを向けて言った。







「ツナ・・・・・・今の言葉が、想いが・・・多分お前にとって
本当に素直な答えだと想うぜ」





山本は柔らかい声でおれの頭を数本の指でかき回して
もう一度おれへと真剣な眼差しを向けて 言の葉を響かせていた。





「・・・ツナ、獄寺のこと・・・・好きか?」










その言葉が、声が胸にじんと沁み渡り、瞳から
零れ落ちる涙に変わっていった。



おれは胸が詰まって、声が出なくなる自分に
悔しくなりながら 再び大きく頷いて
手の甲で、拭いきれない涙を 何度も何度も掬い上げた。








ねぇ、獄寺くん。





おれ、ちゃんとわかったよ。










おれ、君のこと








きみのことが・・・・・・・・・・・・











+++



























「獄寺くんっっーーー!!!」






ガラッーーーー。



開口一番 口にした名前の人を その場で探してみる。
けれど、目的の人の姿は既に無く 目の前が暗転していく。
もし、かして・・・・・・。





「おいおい、なんだ?ボンゴレ坊主じゃねーか。
保健室は静かに使うもんだぞ」


呆れた顔でそう呟く この部屋の主が薬棚から顔を出し、
こちらを覗いてくるや否や おれはすぐさま
彼の場所を目の前にいる白衣の人物へと訊ねたのだった。



「シャマル!!獄寺くんは?!どこいったの?!」



焦った口調でそう紡げば、シャマルはため息を吐いて
”しらねーよ”と飽き飽きした顔で椅子に座った。
おれは諦めずに 一番気になることをシャマルに問い詰め
真相を聞きだそうと試みた。



「シャマル!獄寺くんはどうしてここに来たの?
何しに来たの?!ねぇ教えて・・!!」



切羽詰ったおれの気迫に圧されたのか シャマルは
はぁ、とため息を零して おれへと素直に言い放ったのだった。



「・・・理由はしらねーが、恋情を消す薬はないか聞かれた。」




「!!」




「で、あるって答えたら その薬を売ってくれって頼まれた」




「・・・・・・・・・・・そ、それで・・・、シャマルは・・・・獄寺くんに
ーーーーーーその薬を売ったの・・・・・・・・・・?」




体が震える。耳鳴りがする。
まさか、本当にそんな薬があるなんて、思わなくて。
もし、その薬を獄寺くんが・・・・飲んでしまったとしたら。





「売りはしないが・・・一錠だけやった。
あいつがあまりに真剣な目してやがるもんだからよ。・・お情けだ」




すました様子でそう言ったシャマルは
机の上の書類に目を通すと、”用が済んだらさっさと帰れよ〜”
と暢気な声を出して おれから視線を外した。


おれは居ても立ってもいられず、保健室を飛び出した。

身体が面白いくらい勝手に、獄寺くんを探していたんだ。













彼はどこにいるんだろう・・・・?!
早く、早く見つけないと・・・・・・・・・・・・・・・!!!




胸が軋んで、苦しい。
感情が湧き上がって 目の前が霞む。
廊下の窓からは あの日の夕焼けに似た赤がみえる。






ーーーーーーーーーそうだ。
昇降口!昇降口にいってみよう!!靴があるかどうか
確認しないとーーーー!!!




おれは無我夢中で走り続けた。





息があがって、胸が苦しくて、どうしようもないけど。
それでも 伝えたい想いがある。
今は・・・今だけは たった一人の人のために
走っている自分が少しだけ誇らしく思えた。





想いを廻らせている間に、いつの間にか昇降口につく。
獄寺くんの下駄箱をみると まだ靴が入っていた。
おれは次に 教室をみてみようと思い立った。

もしその場所にいなかったら、普段彼が行きそうな場所に行こう。
音楽室や屋上や売店近く。


いっぱい探して、ぜったい獄寺くんを見つけるんだ。





そう息巻いて おれは再び止まった足を動かすのだった。























































夕焼け色の教室が あの日の光景と似ていて、
途端に胸が苦しくなった。



銀色の髪が 窓から入ってくる風に揺れて、きらきらと
瞬いているのが 見える。



グラウンドをぼんやりと眺めている その横顔が
いつかの彼とダブって見えて 視界が再び滲んだ。

机に頬杖をつきながら 獄寺くんはシャツを真っ赤に染めて
静かな瞳で教室の隅に佇んでいた。




おれは、急に熱くなる胸と目頭に 気持ちを大きく揺さ振られて
出るに出れなくなっていた。 教室に入って、君に伝えたいことがある。
なのに、あと一歩踏み出す勇気が ない。
こんなに近くにいるのに、遠いひと。


おれへの気持ちは、消えてしまったんだろうか・・・。




すると不意に、風に煽られて 前髪が目に入りそうになる。
おれは咄嗟に小さな悲鳴をあげて その場にいることを
彼へと示してしまったのだった。





「誰だ?!」



獄寺くんは ガタン、と椅子を立つと おれの方へと視線を向けていた。
その瞳におれの姿を映すなり、獄寺くんは瞳を瞠り、驚愕の声を出したのだった。




「10代目?!どうしたんスか?帰ったんじゃ・・・」




獄寺くんはいつもどおりの口調で にこにこしながら
おれの方へと駆け寄ってきた。

わからない・・・・。彼は、・・・・薬を飲んだのだろうか・・・?
おれのこと、どう思ってる・・・?


聞きたいのに、・・・すごく聞きたいのに・・・怖くて聞けない。






「あ!もしかして、忘れ物っスか?!」



獄寺くんは明るい声でおれの前に立った。
別に変わった様子も無く 本当にいつもどおり、だ。
そう・・・・友達だったころの彼、そのもの。
妙にすっきりした雰囲気。−−−−−もしかして。




「・・・う、ん」




おれは上手く言葉が紡げなくて 獄寺くんの言葉を
肯定した。すると獄寺くんは ”何をお探しですか?”と
元気な口調で呟いた。




「あ、・・・えっと・・・・・数学の・・ノート」




一瞬言葉を濁して紡いだおれに 不思議そうな顔をみせ、
獄寺くんは 真摯な瞳でいった。



「おれ、取ってきますよ!10代目はそこにいてください!」



踵を返して 再び教室の中に戻ろうとする獄寺くんの
後姿をみたとき、おれは心の中で
自分の駄目さ加減を嘆いた。





こうやって伝えることすら出来ずに
なにもかも なかったことにして



おれは大切なものすら 簡単に手放すんだ・・!





そう思ったら、身体が勝手に動いた。
目の前からいなくなろうとする その人の後姿を追いかけて、
消えそうな背中に飛びつく。




引き止めた背中を、おれは自分の両腕できつく
抱きしめると 大声で叫んだ。




「待って・・・!!!行かないで、獄寺くんっっ」





ギュッと抱きついた背中が面白いくらい 硬直した。
銀髪を靡かせて 彼が顔だけこちらに振り向く。
その碧色の瞳が驚愕で大きく揺れていた。




「じゅ・・・、じゅうだいめ・・・?」





低く沈む彼の擦れた声が耳に届く。
心地よくて、思わず身震いしてしまいそうだ。

しっかりとした体格。でも華奢にみえるスタイリッシュな獄寺くん。
身長が頭一つぶん 高い獄寺くんを仰ぎ見て、おれは
自然と零れ落ちる涙もそのままに、言い募っていた。




「おれ、・・・・・君が、言ったとおり、・・・・後悔した。
獄寺くんがおれのこと好きって、いってくれた日・・・
どうしてこんな風に引き止めなかったんだろうって」




神様、お願い。勇気を。
勇気をあと少しだけおれに下さい。







「どうして、あんな態度とっちゃったんだろうって・・。
君を傷つけたのに・・今まで謝りもしないで・・おれ・・・・・ほんと、駄目ツナだ・・っ」






好きな人がいるんです。




どうしても、伝えたいんです・・・・









「ーーーーーー・・・10代目」





するり、と解けたおれの腕。
力なく 肩を竦める。俯いた顔。
獄寺くんを見つめたいのに・・・情けなくて前が見えない。
ただポタポタと、床にシミが幾つもできて 自分の弱さを
確認させられているみたいだった。



彼の深い声が高いところから降りてきて、
いつの間にか獄寺くんの手が おれの頬に触れていた。



おれはそれを合図に、顔を再びあげると 碧色の双眸を覗き込んだ。



そこには、静かな炎を宿した獄寺くんが佇んでいた。








「・・・・・・・・獄寺、くん・・・・お、れ・・・」




途切れ途切れだけど・・・・・拙い言葉だけど
君に聞いて欲しい気持ちがある。













「獄寺くんが・・・・・好きだよ」









まだ、間に合うかな・・・・?












おれは大粒の涙を流しながら、やっと
自分の気持ちを形に変えた。


目の前の彼の瞳が大きく揺れる。




静かに 頬に触れていた彼の指が 顎に触れたかと
思うと 上向きにあげられて、おれは途端に


近づいてきた 獄寺くんの唇に吸い込まれていった。








「ーーーーーー、っ・・・ん、っ」






重なる唇の熱さに、眩暈がする。





いつの間にか回された彼の腕に 抱きしめられる。








おれは瞳をゆっくりと閉じると、零れ落ちた涙も
そのままに 優しいキスに 溺れていった。








刹那、彼の指先がおれの瞳から零れ落ちる涙を掬うと
自然と重なりあった唇は離れ、彼はその
低く甘い声色を 虚空に散りばめるのだった。









「よかった・・・・・・夢じゃ、なかった」








そう一言呟くと 獄寺くんはズボンのポケットから
白い錠剤を一粒取り出して 掌でそれを握りつぶした。






そして、おれたちは再び 見つめ合うと
寄り添うように抱き合った。











おれたちの 今の距離を、
確かめるみたいに。







+++



























夕焼け色の空の下


おれたちは今、手を繋ぎながら 家路についている。





何気ない小さな幸せ。
でも これ以上幸せなことなんてないと思えるくらい
おれの心は満たされていた。




それはきっと隣を歩く、彼のおかげなんだ。














あのあと。
教室でしばらく 抱き合っていた。
そして、獄寺くんから 本当の気持ちを、おれは聞いた。










「すいません・・10代目。オレどうしても・・・どうしても出来ませんでした。
・・・・出来なかったんです。」





「なにを・・・・?」





「オレやっぱり、貴方が好きで・・・・好きで・・・・・、
貴方が好きだって気持ち・・・消せなかった」




「獄寺くん・・・・」





「ーーーーー貴方を、諦められなかった・・・」





「・・・・・・・・・・・」






「醜いと想う気持ちの一方で、こんなに温かい気持ち・・知れた喜びを
手放すことなんて 出来なかった」




「ーーー・・・・うん」





「10代目・・・・・オレ」




「うん?」
















「貴方が好きです」











「獄寺くん・・・・」










「もう、オレ・・・・貴方を離しません。
ーーー離しませんから・・・」











「ーーーーーおれも、・・・だよ・・・おれもーーー」


























おれ達は こうして互いの気持ちを確かめ合って
今に至っている。


好きな人と同じ気持ちでいられる喜び。
大切な人と繋がっていられる幸福。



こんな駄目ツナなおれでも
努力すれば道は開けるんだ。










へへへ、とおれは思わず微笑を零してしまう。
すると隣を歩いていた獄寺くんが おれの声に気づいて


”どうかしたんですか・・?”




と覗き込んできた。






おれはついつい嬉しくなって、どうにか彼にも
この生まれ来る気持ちを伝えたくなったものだから



繋いだ手に力をこめて、おれは獄寺くんの
唇に 掠めるようなキスを贈った。







「!!?じゅ、じゅうだめ・・・?!」




獄寺くんは真っ赤になりながら
空いている手で口元を押さえた。










「えへへ・・・、幸せだね・・獄寺くんっ」












君にも伝わっているかな。
この気持ちが。

















恋を知った喜びが

















おれに勇気をくれるんだ。

















君もそうだろ?獄寺くん。























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青井聖梨です!!お疲れ様でした!!長くなってしまい、
大変申し訳ありませんでした!!!

サイト四周年記念ということでUPさせていただきます。
いかがだったでしょうか??獄ツナは一途な獄寺の気持ちにきゅんきゅんする
ツナとか好きです!原作でもそういうシーンあったらいいのになぁ(爆)
なんて夢見がちな管理人でした。

それでは、最後まで読んで下さってありがとうございました。

青井聖梨 2008・8・1・