「女ばっか連れ込みやがって・・!てめー、ちゃんと仕事しろっ!!」





保健室から聞こえてくる声は、乱雑な言葉に低めのハスキーボイス。
嫌悪感を振り撒きながら、保健室の椅子に寄りかかるその存在は、どこからどうみても不良そのもの。
そんな彼に怯えるわけでもなく、保健室の主であるドクター・シャマルは煩わしそうな瞳で
少年を流し見た。さっさと出て行け、とでもいうように。

「うるせ〜なぁ。手当てが済んだなら さっさと出てけ。忙しいんだよオレは。
女の子と仲良くすんのも仕事のうちなんだ。おめーにゃ、わかんねぇだろうがな」






「わかりたくもねーよッ!!このエロオヤジがっっ」





三限目の体育で、少々擦り傷を負った獄寺隼人は、自分が敬愛するボス・沢田綱吉に
促されるまま 保健室へと赴いた。大した怪我ではない。彼からいわせれば、
名誉の負傷ともいえる勲章である。綱吉が丁度ボールに当たりそうになった所を
すかさず庇って、ついた掠り傷なのだから。獄寺としては、嬉しい傷、である。
自分のボスを守れた証みたいで誇らしくて堪らないのだ。

だが、彼の意思とは裏腹に綱吉にとってはあまり良いものとは思えなかった。
自分を庇ったせいでついてしまった傷。大抵の人ならば、罪悪感を感じるであろう。
綱吉も、その大抵な人の部類に入る人間だということは 当たり前のことなのかもしれない。

本当に小さな怪我、だというのに 親身になって心配してくれる10代目 沢田綱吉に
獄寺はいたく感激したが、それが一般的な心情であると察することが出来ない辺り、
彼が大抵の人に該当しない例外であるということをまざまざと見せ付けている。

自分で手当てをし終えた獄寺は、スクリ、と立ち上がるとジャージのポケットに手を突っ込んで
ゆらりと歩き出したのだった。そんな獄寺に、背後から緩い声が途端にふりかかる。




「お前ももうちっと色気ださねーと、男が腐るぞ」




ひらひらと手を振って 扉附近で足を止める獄寺に別れの挨拶を送っていた
ドクター・シャマルの言葉に短気な獄寺は 途端にカチン、とくる。


「うっせーな!!てめぇにゃカンケーねぇ!!」





噛み付くように叫べば、シャマルは苦い顔をして
あきれた声を漏らしたのだった。


「あ〜あ、情けねぇなァ。負け犬の遠吠えにしか聴こえねーぞ。
悔しかったら好きな女一人、恋の罠にでもかけてみろよ」



「あぁっ?!」





まるでお前の実力をみせてみろ、と言わんばかりの挑発に
獄寺は声を荒げて虚空に吐き出した。
コイツにだけは、負けたくない、と意気込んで。




「上等だ、受けて立つぜ!!!」




それが最初のきっかけだった。












恋の罠

















プルルルル・・・プルルルル・・・プルルルル・・・・カチャッ!



三回目のコールで、その人は電話に出た。






「はい、もしもし・・?」



いつも聴いている、愛しい人の声。
耳元で甘く浸透する、その疼きに 思わず身を竦めてしまった。

答える声が、緊張する。



『じゅ、じゅうだいめっ!!おれっス!!!夜分にすみません・・』


意気込んで言えば、驚いた声が返ってくる。





「獄寺くん?!どうしたの、こんな時間に?」


時計の針は11時。そろそろ綱吉は眠りに着こうとしていた時間。
お風呂から上って、丁度二階の自室へ向かおうとした矢先に
静寂を破って 電話が鳴り響いてきたのだ。

こんな時間に滅多に電話なんてならないというのに
毎日顔を合わせている友人から電話なんて、本当に珍しいと思った。
大抵、用があるときはいつも、直接自宅に来てしまう彼だからーーー。




「なにか急用?」

用件の核心を促せば、獄寺はいつになくモゴモゴして言った。




『あ、・・・・とくに・・急用ってわけじゃ、ないんスけど・・・』



「うん?」

言いづらそうに相づちを返せば、獄寺は殊勝な声で言った。



『10代目が良い夢みられるように、その・・・・・な、・・ナイトコールっす!!』






「・・・・・・・・は?」


あまりにも意味不明なことを獄寺が言い放ったので
綱吉はあっけにとられた声音を零すこととなったのだった。


『こっ、・・これから毎日10代目が寝る時間前に、ナイトコールしますね!!
10代目の安眠を守るのも、右腕の仕事ですからっっ』




先程より強烈な意気込みで そう訴えてくる自称、右腕の意図することが
全く持ってわからない綱吉であったが、これから毎日寝る前に彼から電話が
かかってくるーーということだけはわかったのであった。



「ちょ、・・獄寺くん、・・いいよそんなことしなくて」



ありがた迷惑とはこのことである。
もっといえば、小さな親切大きなお世話、の部類に入る。

綱吉は軽く呆れ気味にそう零した。
が、彼はいつもの 何かしら事件に巻き込む調子で 綱吉の言葉を遮ったのであった。



『いいえ!!ご心配には及びません!!!オレが好きで
やってることなんで、10代目、お気遣いなく!!!』


ちょっ・・、なんでそうなんだよ?!
っつーか別に気遣ってないし。
君が好きでやってること、おれに押し付けてるじゃん 明らかに!!

変な会話になっている獄寺の暴走をなんとか食い止めようとした
ボンゴレ10代目ではあったが、相変わらずの思考を持つ彼への対応が
僅かに出遅れたばっかりに、そのまま流されて電話を切ったのであった。





「あぁぁぁぁ〜っーーーーー・・、なんでこうなんの?!!」



頭を抱えて その場に蹲る綱吉を二階から そっと見つめた黒帽子の赤ん坊は
ニヤリ、とひと含みした微笑をみせると、ぼそり、と小声でいった。







「最初の一手、だな」









+++













それからというもの、寝る前に必ずかかってくる電話が一本
綱吉の頭を悩ませていた。


面白いくらい絶妙なタイミングでかかってくるナイトコール。
モーニングコールならある意味寝坊しなくてすむから嬉しいけど、
ナイトコールって意味あんのかよ?

そんなことを意識の底で考えている綱吉。だが、何だかんだ言っても
電話が鳴れば、出てしまうのが性であり、世の風習であった。
居留守は出来ない。こんな時間だし、何より本人が”この時間に電話します”と
わざわざ予告してくるのだから、逃げるに逃げれない。


そんなこんなで悩んでいるのも何処へやら。
綱吉の日常の一部になりつつある、ナイトコールと化していったのであった。
いいかえれば、これは”慣れ”である。



プルルルル・・・・プルルルルッ・・・カチャッ。


いつもどおり、11時に鳴る機会音は いつもどおりの人から
いつもどおりの言葉が聴こえてくる。




『じゅうだいめっ!!おれっス!!夜分にすみません!!!』


そう思うなら、やめればいいのに。
と意識の奥で想いながら相づちを打つ。





「うん、わかってるよ。こんばんは、獄寺くん・・」


『はい、こんばんは!!10代目、お変わりないっすか?!』




つい何時間前に会っていたのに、そうそう変化など
あるはずもなく、綱吉は小さなため息と共に苦笑いを零した。


「うん、大丈夫だよ。何にもないからーーー」





子供を宥める母親みたいな声が自分から出ている気がした。
綱吉は 少しだけ いつもと変わらない くったくのない声に
変な親しみを感じている自分がいることを自覚したのだった。




『良かったっス!!・・・それではまた明日、お迎えにあがります』


「・・んー。宜しくね」





彼の日課である 迎え、にもいつの間にか慣れてしまった自分。
自分の日常の中に獄寺の存在が大きく関係していることに 今更ながら気付いた。



『おやすみなさい、10代目!良い夢を・・』


「・・・・うん、おやすみ獄寺くん」






カチャッ。


いつもそこで会話は途切れた。
それが受話器を置くタイミング。

今まで近くで聴こえていた声が ふっといなくなる感じが
少しだけ今は寂しいと想えるのは 彼の献身的なナイトコールの賜物
であろうと想った。

たしかにメンドクサイけど、
獄寺の一生懸命さが近くに伝わってきて、反面・・嬉しくもある。






綱吉は、電話の時間が終わると 大きな伸びをひとつして
”さぁ、寝よう!”と一言 明るく呟いた。


その様子をはたまた何処からか見ていたリボーンは
綱吉の表情に 独特の明るさが滲み出ていることを察知し、
また不適な微笑をみせるのであった。










+++













「獄寺、ナイトコール もうやめろ。
ツナの安眠を邪魔すんな」









いきなり 廊下で出会い頭にそういわれて、獄寺は驚愕の顔に包まれていた。
まさか、リボーン伝いに そんなことを聞かされるとは夢にも思っていなかったのである。


「え、・・・・あ、のっ・・・?」




大きな動揺をみせる獄寺に対し、アルコバレーノである黄色いおしゃぶりを持った
赤ん坊は 鋭くこう言い放った。


「お前からの電話がかかってきてから、ツナの睡眠が中途半端になっちまってるんだ。
寝る前に”電話がかかってくる”っていう緊張感が生まれるせいで、電話切ったあとも その緊張感が
永続的に保たれるんだ。緊張感がとぎれねぇ限り ツナは中々眠れねぇ。お前、それわかってやってんのか?」







「っーーーーーー・・!!!」


棘のある言葉たちに 傷ついた顔をみせて、獄寺は途端に俯いた。

知らなかった。10代目の安眠を一番に妨げているのは自分だったなんて。

獄寺は顔を歪めて、拳を握り締めるばかりであった。
最初はシャマルの言葉がきっかけだった。
好きな人を”恋の罠にはめる”なんてそんな大それたこと
最初から考えてはいなかった。けれど、少しでも好きになってもらえたらいい、と想った。
少しでも自分の気持ちが伝われば、恋に近づけるんじゃないか、−−と。

浅はかな願いと知りつつも、最初から恋の罠にはまっている自分に
気づいてほしかった。気づいて貰えたなら、どんなにいいだろうと。

だから自分なりに考えて、自分の一途さを認めてもらえる方法をとった。
けれどそれは やはり一方的な押し付けでしかない。
相手の気持ちを、体調を、考えていない身勝手なものでしかない。
ただの傲慢さが、我が儘が 大切な人を苦しめているーーーそれだけだ。


獄寺はきつく瞳を閉じると、深々とリボーンに頭を下げて 謝った。






「すいませんっっ!!!!オレ、10代目の体調すら気遣うことが出来ず、
自分のことばっかでーー。電話、もうやめます!!!10代目にこれ以上、
ご迷惑はおかけしませんので、ご安心下さい・・!!」





表情を歪め、痛みを吐き出した獄寺は廊下を突如駆け抜けると、すごい勢いで学校を飛び出したのだった。
小さくなっていく獄寺の背中を見つめ、リボーンは柱の影に隠れている人物へと視線を移した。



「わかってんだろうな?これでツナが罠にかかったら、お前の負けだぞ」





「わ〜かってる。ったく、・・アイツの好きなやつがボンゴレ坊主とはな。
・・・・・・おまえがそこまでいうってことは、ボンゴレ坊主はもうすぐ落ちるってことかぁ・・?」


頭をぽりぽり掻きながら、ドクター・シャマルはため息を盛大についたのだった。


「やべーーー。賭けなんかしなきゃ良かったぜ。これじゃあ金がスッカラカンになっちまう・・」










+++










そうしてその夜から。
いつもの時間、いつもの人から、いつもの電話がかかってこなくなった。



「・・なんだツナ、もう寝ろ。そんなところで突っ立ってんな」


「・・・・・・・・・・・・・・・・んー。」






電話の前で 何かを待つように じっとしている綱吉に
リボーンは注意を促したが、一向にどこうとしない彼へ、ほとほと厭きれると
リボーンは自分だけ二階へと上って行ってしまったのだった。


電話が来なくなって三日目。
朝はいつもと変わりない。普段の授業中だって、お昼だって
いつも一緒だし、さして態度も変わりない。
下校だって、いつもと同じ。ただ、時折寂しそうな顔をみせるだけで・・
そう、ただ一つを覗いては。






「なんで、・・・電話のこと、触れないの・・?」





見えない相手に疑問を投げ掛ける。
電話越しに聴こえた声が 今はない。


電話をしなくなって この三日間、ナイトコールについて
彼はなにも触れなかった。
電話がなかった一日目は、寝過ごしたのだろうと思って
別段気にしなかった。けれど二日目になって、また同じことが起きたとき
生真面目な彼が果たして忘れるだろうか?と考え直した。
むしろ、一日目にしたって、寝過ごしたなら きっと次の朝彼なら謝ってくるはずなのに。

考えれば考えるほど訳がわからない。
自分がなにかしてしまったのか、それとも電話できない理由が
他にできてしまったのだろうか? 居心地が悪くて、気分がすっきりしない。
いつもの時間はもうとっくに過ぎている。深夜。
やはり電話がかかってこない。

何だかよく眠れない・・・。電話がかかって、・・・・こない、から。


綱吉は急に寂しさを覚えると 無意識に受話器を手に掴んでいた。
彼に繋がる番号は、すでにもう暗記していたのだった。



トゥルルルル・・・・・

一回目のコールが鳴り終ったと同時に、目的のひとが
電話口から声を紡いだ。







『じゅうだいめっ??!!!どうしたんスか??!!!』


思い切り大きな、驚いた声。
顔が浮かぶようだ。






「ご、・・・獄寺くん・・・・」


あまりの電話に出る速さにびっくりした。
が、いつもの彼の声が電話越しから聴こえてきて、綱吉は
心なしかほっとしていたのだった。






『こんな深夜に、なんかあったんスか?!!!もしかして、トラブルッすか?!!』


真剣な声色が耳の奥でじん、と鳴り響く。
綱吉は いつの間にか受話器を持つ手に力が篭っているのがわかった。


あぁ、・・・なんだかオレ・・すごく・・・。







「うん・・・・・・・・、トラブル、だよ」


声を沈めてそういえば、受話器越しの相手は 強張った声で答えてきた。





『なっ・・!なにがあったんスか・・・・・?!』





いつもよりワントーン高い声が鼓膜に訴えかけてくる。
貴方が心配です。大丈夫ですか?と。






「獄寺くんから電話がかかってこない・・・・・」








綱吉は緩やかな、甘い声で彼を誘うようにぽつり、と零した。
瞬時に受話器の向こうの 空気が変わる。







『ーーーーーーーーーー・・・・・・・え?』


何を言われたか解らないというような声音だ。
綱吉は 自然と赤くなる頬に力を込めて
口から勇気を落として言った。




「--------獄寺くんの声が聴けなくて、寂しかった・・」








そう。言葉にして、初めてわかった。
おれ・・・寂しかったんだって。


獄寺くんのこと・・・・・・すごく、大事に想ってるって。
日常の一部として当たり前に存在する彼が こんなにも大きい存在だって、今わかった。






『じゅう・・・・だい、め・・・・・・』


雰囲気の変わった彼の声は、ハスキーボイスに低く大人びた色を
帯びた空気を纏っていた。とても胸に響く、かっこいい声。
そして。








『オレ・・・迷惑じゃない、ですか?10代目にこうして電話すんの・・・。
安眠妨害、してませんかーーー・・・?』


優しい、獄寺くん。






「してない!・・・・最初はちょっと、あれだったけど・・・
今は全然そんなことないよ・・。獄寺くんの声、聴かないと・・よく眠れないんだ」




出来るだけ、柔らかくそう呟いた。
すると電話越しから 温かな微笑みが伝わってきた。
瞬間に胸が、跳ねる。







『ありがとう・・・・ございます・・・』





途切れ途切れに言った彼の声は、今日一番嬉しそうな声だった。











後日、色々と話を聞いてみたけれど、結局のところ
よく理由はわからなかった。


ただ、わかるのは 獄寺くんが嬉しそうにしていたことと
シャマルがリボーンにお金を取られていたことくらい、だろうか。

リボーンにどうかしたのか聞いてみると、賭けをして勝ったらしい。
なんでも、煽った獲物が罠にかかったのがどうのって言ってたから
意味わかんないし、あんま関わりたくないから そのまま聞き流してしまった。


まぁ、平和が一番ってことかな?


とにかくオレは日常が平和ならそれでいいし、
それにーーーーーーーーーー。







「10代目!!!かえりましょ〜っ」














遠くで手を振ってくれている
君が笑っていれば、それでいいや。



























NOVEL


青井です、こんにちは!!!

今日はツナのお誕生日です!!おめでとうツナvvv
だけどバースデーに程遠い内容となりました。
後日なんか誕生日に副ったお話など書ければと思っております。



さて、このお話で罠にかかったのは誰でしょう?
ツナ?獄寺?それともシャマル・・・?
答えはリボーンのみぞ知る(笑)


それではこの辺でvv


青井聖梨 2007・10・14・