夕日が沈みかけた帰り道。


貴方と二人、特別な距離を取りながら 
オレは貴方の右側を歩く。



ふと、こちらに視線を送った貴方は





「綺麗な夕焼けだね」




と一言、言の葉を落とされた。






オレは貴方の言葉に促されるまま、さっきから
ずっと映してきた夕焼けを もう一度瞳の奥に映した。



すると先ほどとは明らかに違って見える、
壮絶なまでに美しい夕焼けがそこに聳え立っているのに
今初めて、オレは気がついた。



もう一度、貴方に視線を移してみる。




すると貴方は小さく微笑んで 
夕焼けを眩しそうに 眺めていらした。




夕映えに咲く、花のように



貴方は 目の前の夕焼けよりも綺麗で甘美な色をして
奇蹟のように 優しい豊かな表情を していらっしゃった。





その瞬間、オレは想ったんだ。













あぁ、オレ もう・・・・








この人 ナシじゃ、生きてはいけねぇ、って。




















crescendo〜2〜

















自分以外の誰かが、自分の世界の中心に
なるなんて、スゲェことだと思う。
そんなこと、絶対オレにはないって、思ってた。




いや、ありえないだろ。
肉親にさえ心を許したことねぇーのに、
血が繋がってる訳でもない 他人を自分の中に抱え込むなんて
天地がひっくり返っても オレには一生無縁の出来事だと思ってたんだ。



だけど。オレは出逢ってしまった。
天地がひっくり返るより、衝撃的で、運命的な出来事に。



初めて想った。
”生きててよかった”って。







ボンゴレ10代目、沢田綱吉さん。



オレが命を懸けて守るお人。
それほど魅力的で、偉大な 雲の上のお方。



10代目、オレ 必ずや貴方の右腕になってみせます。



いつも貴方の隣を歩いて、同じ世界で同じものを見て、
同じことを考えて・・そうして、同じように日々を過ごしていけたらって思っています。


それがオレの今の幸せです。





それがオレの、途方もない望みです。







10代目、お傍に置いてください。
きっと役に立ってみせます。






オレは貴方のことが





あなたの、ことが・・・・・・・・・・・・











ーーーーーーーーーおい、・・・・・・ちょっと待てよ。
そうじゃねェだろ!!




オレは、・・オレが10代目のお傍にいるのは、
あくまで部下として、・・・・で、そういう意味じゃ・・・・・。






心からお慕いしてる。それは間違いねぇ。
なのに、なんだ?



この、胸の奥になんかがひっかかってる感じ。



オレ、どっかオカシイんじゃねぇの?






違う。・・・違います、10代目!
オレ、そんな気持ちで貴方のことをお慕いしていたわけじゃ、・・




ーーーーわけ、じゃ・・・・・・・・・・・・・・・・・。










・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
なんで・・・・言い切れねぇんだよ、・・・・・・・・・・・・・・・オレ。









時々、胸が苦しくなるのは
10代目を見て、愛しいと想うのは・・



何故だ?




10代目の優しさに触れて、顔が熱くなるほど
嬉しくて 幸せな気分になるのは



何故なんだ?




山本が気安く10代目に触る姿を見る度に
心の奥で”自分も触れたらいいのに”と

羨ましく想っているのは・・・どうしてなんだ?







10代目、じゅうだいめ・・・っ!




オレ、わからないッス。





自分で自分が、・・・・わからなくなってしまいました。








オレ、確かに貴方の右腕になりたいはずなのに、
貴方とオレはボスと部下のはずなのに





”それじゃ足りねェ”って、叫ぶ声が
聴こえてくるんです。




喉が渇いて、・・・・仕方ないんです。







10代目、こんなオレが




貴方のお傍にいて、
果たして良いと・・・いえるのでしょうか?














10代目・・・・・・オレ







不安です。












自分の知らない間に 膨れ上がっている何かに
胸が押し潰されそうで、怖いです。











強大なオレの中にある何かが








いつか、貴方を傷つけてしまうんじゃないかと



オレ・・・・・、・・・・・。


















貴方を、決して 失いたくはないから。
























+++















「おはようございます、10代目!!
今日も暑いっすね〜・・」




オレの一日の日課は、10代目と朝の挨拶を交わす所から始まる。




「おはよ、獄寺くん。嫌になる暑さだよね〜」




登下校は勿論一緒。
学校の授業も一緒、昼食を取るのも一緒。
そのあと、10代目のお宅に伺う時間も一緒。


オレは常に10代目と一緒の時間を過ごしている。
片時も離れず、この方を全身全霊でお護りする、と
心に決めてんだ。それがオレの使命であり、役目なんだから。



少し前までは、誰かとつるむなんてウザくて出来ねェと思ってた。
一匹狼で名が通ってたせいか、誰もオレに寄りつかねェし、
むしろそれで満足だった。



オレはオレのやり方でマフィアとして生きていく。
誰の手も借りねェ。


そう、思っていたけれど、・・・・今は。





いまは、・・・・・違う。






「そういえばさ、獄寺くん」





今はこの人に仕えることが、
オレの喜び。






「はい!なんすか?」





名前を呼ばれて、オレはその人の方へと
視線を落として 声を放った。


10代目は大きな瞳を夏の日差しに溶け込ませて、
キラキラと輝くようにおっしゃった。




「夏休みの予定って、もう決めた?」





深緑の葉がざわざわ、と葉擦れの音を周囲に紡いで
音楽のように奏でていた。

夏風が肌を刺すように、暖かい。
強い日差しがオレと10代目を射抜くように ギンギン火照り、
逃げ場のない暑さまで気温を上昇させていく。



季節はいつの間にか夏を迎え入れ、
もうすぐ長い休みを連れてくる。



十代目は心なしか どこかウキウキと声を弾ませて
オレに語りかけて下さった。


オレは、そういえば考えてなかった 夏の予定を
そのまま10代目にお伝えすることにした。




「いえ、・・・・とくに予定はないっス」



少し間の抜けた声が辺りに響く。
もっと気を引き締めていないと、何時、何処で狙ってるか分からない
ファミリーを仕留めることが出来ない。

オレは自分を叱咤しつつ、10代目に話題を振ってみた。



「10代目はどうなさるおつもりですか・・?
ご家族で、何処か行かれたりするんスか??」


さり気無く、10代目の夏の予定を把握しておかなければ。
右腕として、部下として、貴方をいつでもお護りできるように。




オレの言葉に、10代目は首を大きく左右に振ると、
”実はおれもとくに予定・・ないんだ”と軽くおっしゃった。




そうして、オレに元気で愛らしいお声で、こう告げられたのだ。








「じゃあさ、今年の夏は・・・いっぱい遊ぼうよ!!!」






太陽に向かって背を伸ばす、向日葵のように
貴方は直向で 素直なお声を零しておられた。







こんな時、いつも不思議と胸は高鳴る。





トクン・・・・トクン。




聴こえてくる、自分の中の音。
どうしても鳴り止まない、響き。



甘くとろけるような優しい気持ちと
切なさで胸が焼け付くような痛切な気持ちとが


隣り合わせで オレの心を取り合っていた。





10代目と出逢うまで、こんな気持ちは知らなかった。
幸せと呼べる代物なのか、自分では理解しきれないところではある。



でも、確かにこの人の近くは温かくて、居心地が良いのだ。








「あ〜〜〜!楽しみ!!!一ヶ月以上まるまる休みなんて、
夢みたいだよ!!!!」



えへへ、と太陽の陽射しより眩しく笑うこの方を、
オレはずっと近くで見つめていたいと強く願った。











「・・・・・・オレは、・・・・・ずっと夢の中、に・・います」






不意に。




驚くくらい、自然に 言葉が声と共に零れ落ちた。








「へ?」






貴方の瞳に・・オレの姿が映る。




オレの尊敬して止まない、琥珀色の瞳に。
















「10代目がお傍にいて下さるだけで、
・・・・・・オレはずっと夢の中です」








その瞳が静かに、ゆらり、と大きく震えた。






零れそうな貴方の瞳。
掬い上げて差し上げたい。




・・・・のに、触れるのがーーーー怖い。







「ご、・・・・獄寺くん・・・・・」






貴方に触れるのが、怖いんです。








10代目は顔をいつかの夕焼けのように真っ赤に染めていらした。
美しい頬が上気する様は、実に意地らしくて可愛い。


不謹慎なことを思っていると自分でも理解してるつもりなのに
感情と言葉は止め処なく、心の底から湧き上がる。







「10代目・・・・可愛らしいです」







自分ではもう、抑えが効かない、なんて。
情けねェ・・・。







「なっ・・・!!なに、いってーーー・・・」











触れてしまえば、終わりだと思った。
あの人の肌に、触れたらーーー全ての枷が外れて
歯車は、逆に回り始めてしまうって。


溢れ出したら止まらない。
そんな気がしていた。



募り募った、心の奥ではち切れそうな感情は
この心臓を破って 貴方を奪い尽くしてしまうんじゃないだろうか?







護りたいと願いながら、心のどこかで





貴方の全てを侵したいと思っているのではないだろうか?








自分が怖い。何をしでかすか、わからない。
貴方に溺れて死にたい、なんて・・・・・・いつから思い始めたんだ?








こんなこと、どうして願える?











こんな気持ち、どうして手放そうと、しないんだ?










どうしちまったんだよ、オレ・・・・













オレを今しがた見つめていた琥珀色が
俯いて、地面を映してしまった。




もっと近くで 貴方を感じていたいのに。




ふと自分を映さなくなった、あの人の眼差しが
恋しくなったオレは 気づかぬうちに、指でその人を追ってしまった。





あ・・・・・・、ヤベェ。






触れちまった。






ーーーー・・・なにやってんだよ、オレ。








こんな気持ちで、貴方に 触れるなんて。
・・・・・・・・・・なんて、浅ましい。







「っーーー・・・、・・っ!」




ピクン、と小刻みに反応を見せた貴方はまるで
小動物のそれと一緒で 触れれば壊れてしまうような儚さだった。






オレの指先が、自然と10代目の頬に寄り添う。




ピタリ、とついた その指に 10代目は 瞳を震わせて
訴えかけてきた。随分と、殊勝な、声でーーーー。





「どうしたの・・・?ごく、でらくん・・・・・」




妙に熱っぽい声に聴こえる。
瞳が一際潤んでいるような錯覚に陥る。



10代目のおっしゃった言葉に、どう返せばいいのか
何を伝えたいのかーーさっぱり検討の付かない自分自身の行動に
オレは順応出来ず、そのまま硬直してしまった。





「あ・・・・・・、の・・・・・ッ・・・」




搾り出す声は微かに震え、崩れそうになる身体を
踏ん張るので必死だった。


目の前のお慕いするボスは、オレをただ一心に見つめ、
次の言葉を待っている。



どうすりゃいい。




・・・・どうすれば。








これ以上動いたら、何か10代目にしてしまいそうで
自制が利かなくなる気がして。






「ごくでら・・・くん?」






と、そのとき。














「ツナくん!!」








一際甲高い声が、背後から聴こえてきた。
聴いた事ある、その声。









10代目の気が、そちらに逸れたと同時に
オレは自分の手を引っ込めて、接触を中断した。



10代目は、離れたオレの手の温度に気づくと
再びこちらに視線を合わせてきた。





「獄寺く・・・・・」




貴方の形のいい唇がまた、オレの名を呼ぶ。
けれどその声は 途中から聴こえた声に、いとも簡単に
かき消されていった。




「ツナ君、おはよう!!」






「・・・京子ちゃん!!!!」







10代目に近づいてきた、その女は
10代目が密かに想いを寄せる、クラスメートの笹川京子だ。



いくらオレでも、そのくらい知ってる。
10代目の・・お心を占める人間の名前くらい。
どんなに・・・・・苦しくたって。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・、おいおい。
待てよ。






いよいよ、洒落になって来なくなったぜ。






なんなんだよ、これ。






胸が、軋むほど痛む、なんて。









「ツナ君、今日・・調理実習同じ班だよね?
宜しくね!!!」





朝の光の下、神々しく微笑む 笹川の笑顔に
10代目は 照れたように綻んだ。





「うん!よ、・・・宜しく!!!」





自分だけが空気になったように
所在無さ気に佇む滑稽さに、少しだけ笑えた。







こんな気持ちで、貴方の傍に・・・いることなんて、出来ない。






そう思ったオレは、10代目の肩を軽く叩いた。





先ほどとは打って変わって、驚くほど無感情に触れた、指先。
冷たくなっていくのがわかった。





けど、顔には、笑顔が張り付いている。
面白いくらいに・・。





「じゅうだいめっ!!オレ、日直なんで 先行きます!
ーーーーーーーーーーごゆっくりどうぞ!!!!」




これがオレに出来る精一杯、ってヤツだった。
情けねェけど、今のオレには・・・これくらいしか思いつかない。



どうすれば 貴方がもっと笑って下さるのか、
どうすれば貴方が・・・もっと幸せでいられるのか。




オレ・・・・そんなことばっか考えてたはずなのに・・・・







「え・・・・獄寺くん?!!!」






気持ちがもう、走り出していた。





呼び止められる声が虚空に木霊する。






だけど、オレは振り向かない。
・・振り向けない。










クソッ・・・!
オレ・・・・・−−−−なにやってんだ!!!







夏の風を肌に受けて、切り流す。
風速はどれくらいだ?


秒速、何メートルで この一瞬は過ぎ去っていく?



自分が何を考えてるのか、もう訳がわからない。





だけどいつも、辿り着く、答えはひとつ。






今まで、曖昧にしてきたけれど。
気づかない、フリを決め込んでいたけれど。





この胸の痛みが、心の全てを暴き出す。









「っ・・はぁ、はぁ・・・・−−はぁ、・・・・」







立ち止まった、曲がり角の石垣伝いに
身体を寄りかからせて、息を整えた。



そのまま、ズルズルと力が抜けていく。
身体が地面について、うな垂れるように頭を齎した。











「なん・・・・・・で、・・・・・・・っ、・・」











呟くように震わせた声は、頼りないものだった。












「なんでっスか・・・・じゅうだい、め・・・・」









今ーーーー、オレ、・・・・指先が寒い。








「オ、レ・・・・・・あなたといると・・・・・苦しい、ばっか、で・・・・」







淋しいのか?






・・・・−−−虚しい、のか?











「苦しいばっかで・・・・・・・・・」











いや、違う。








































































心細いんだ。























NOVELに戻る



青井聖梨です。どうも!!お疲れ様でした。
今度はごっくん視点でした。書き易いです、獄ツナ。

あ、でもまだまだ宙に浮いた感覚で書いてますので
拙い文章のままだと思われます(苦笑)


ゆっくりと自覚していく気持ち。
追い詰められたそのときに、何かが起こる予感。
そんな展開にしたかった、です!!

それではこの辺で、今度も是非宜しくお願いします。

青井聖梨 2007・9.9.