初めて、あのひとを抱いた。




カーテンから漏れた夕焼けの紅い光が
あの人の肌を一際輝かせていた。

密室の空間に 艶かしい水音が響いたのも覚えている。


擦れ合う肌の熱と、鼻を掠める あなたの甘い髪の匂い、
汗ばんだ肌の感触。
甲高いあなたの声音は オレにとって極上の音楽だった。

華奢な身体を思いきり抱きしめたこと。
潤った唇を激しく奪ったこと。
桃色の乳房に何度も吸い付いたこと。
あなたの中心を何回も扱いたこと。

すべて、鮮明に覚えている。


あなたを容赦なくオレで貫いて、 泣かせてしまった事だって
ちゃんと忘れていないんだ。



全てが愛しい あなたへと繋がる、記憶。




オレ達が恋人だった 証。






ねぇ、10代目。
オレ あなたをオレの全てで
守りきってみせますから。


そうして、いつまでも あなたの傍にいて
”今日も幸せでした”と あなたに 伝えるんです。









聴こえますか?



10代目  ・・・大好きです、オレ










貴方の事が、こんなにも。
大好きなんです・・・




だから、オレ。








・・オレはもう 独りじゃない。




















独りじゃ、ないんですね・・・・


















crescendo〜5〜














夏が、始まる。


























「あれ・・?獄寺くんは・・・?」



真夏の暑い日差しが、焼け付くようにアスファルトに染み込み、
辺りの気温を上昇させていく。じりじりと痛いくらい肌に張り付く熱気と息苦しさに
軽い眩暈を感じながらも これから遊びに行く先の涼しさを思えば多少なりとも
気が楽になる想いで綱吉は右隣の寂しさに否応なくも気づかざるを得なかった。


「あー、・・なんか用事があるとかで今日も行けねェって断られた」


ぽりぽり、とバツが悪そうに頭をかるくかきながら、山本は綱吉の顔色を
窺いつつ、作り笑いを瞬時に浮かべて 場の空気を盛り上げようと必死に言葉を紡いだのだった。


「しっかし、珍しいよなぁ〜、アイツが来ないなんて。ツナが来るってちゃんと言ったのにさ・・
よっぽど大事な用事があんだな、あいつ!もしかして・・好きな女でも出来たのか〜?」


ははは。乾いた笑いを浮かべて 冗談交じりに雰囲気を変えようと思った山本だったが
その山本のジョークを笑い飛ばす訳でもなく、強張った表情で聞き耳を立てていたのは
獄寺本人からつい最近”好きです”と告げられたばかりの張本人であった。

その場の空気が悪い方へと一気に変わる。




「・・・山本、お前の天然さはある意味脅威だゾ」


山本の大きな肩に易々と乗りながら、寛いでいた黒づくめの赤ん坊が
横槍を入れるかのごとく、手厳しい口調で一言彼へと洗礼を送れば
山本は小さな声で”すまん・・”と零して 綱吉を心配するみたいに覗き込んだ。



「ツナ、ワリぃ・・・俺そんなつもりじゃ・・・」


悪意のない冗談ほど性質が悪いものはない。
綱吉は山本なりの思いやりだとわかっていながら 素直に冗談として
笑い飛ばせない自分の小ささを密かに妬ましく思った。
もっと自分でなんでも気づいて、対処できるようになりたいと思う。
こうして心配されるばかりでなく、たまには自分が心配してあげられるくらいの
大きな力量と視野を持つような寛容さと柔軟さを少しずつでも育てなければ。

綱吉はぐっ、と右手を握り締めるときゅっ、とお腹に力を込めて
大げさにリアクションをとってみせたのだった。
今の自分に出来る、精一杯のお返しだと 痛いほどわかるくらいに。


「ほんと、獄寺くんてば薄情だよね!せっかく山本が流れるプールのただ券もらってきて
くれたのにさ!その前の誘いも断ってくるし・・おれ達より女の子の方が
よっぽど好きなのかもね!あぁ〜、あ・・・やんなっちゃうよねーまったく・・・」


山本の冗談に乗ってはみたものの、胸の奥がちくちく痛んで 苦しくなった。

面と向かっては言っていないけれど、おそらく山本は自分と獄寺くんの関係が
変わった事に気づいている。知っていて、知らないフリをしてくれている。
自分達の関係が不自然なものに変わらないように、見守ってくれているのだ。

いつだって優しい山本。時々お兄さんのように強い大きな背中に見えるときがある。
そうして 頼もしい親友みたいに寄り添ってくれたりしてくれる。

綱吉は、感謝してもし尽くせないほど、山本からは沢山の勇気や優しさを
貰っている分 自分に返せるものが少ないということを改めて気づかされていた。
だからせめて、彼の優しさを無駄にしないようにと 噛み締めながら
彼の計らいを大切にするよう心がけたのだった。


だが、綱吉の心がけとは裏腹に やはり山本の視野はそれよりも大きく
寛大な心を彼よりも、圧倒的に持ち合わせている訳で。



「・・・ツナ、無理すんな。獄寺はお前の事、
スゲー大事に想ってるよ。見てればわかる・・・」


そういって、大きな手が 綱吉の頭を軽く交ぜ始めると、
綱吉はなんだか居た堪れないような、泣き出しそうな 歪んだ顔を
浮かべて ぐっと 流れ出そうな涙を 目頭の奥で留めては乾かした。



「・・・・・・・。・・・・夏休み入って 最近、獄寺くんに会ってないんだ。
携帯に連絡しても、電話出ないし・・・・マンションに行っても・・留守、だし・・・」



微かに震えた声が、悲しみと不安でいっぱいに染まった。
情けないけれど、やっぱり自分は 心配される側の人間なんだと
ーーーー・・痛感させられる。



「やまもと・・・・獄寺くん、電話出てくれた?どっかおかしくなかった?
おれ・・・避けられてるのかな・・?嫌われちゃったのかなぁ・・・・・」




あの日。

母さんに大量の買い物を頼まれた、あの日。
母さんやチビ達がプチ旅行にでかけた、あの日。


夕焼け色のキッチンで おれたちはキスをして、
抱き合って・・・互いの気持ちに気づき合った。



そして、おれの部屋のベッドで
・・・お互いの心に、触れ合った。



うなされる 彼の熱に身体中は歓喜して震えあがり、
嵐のような激しい彼の飢えに求められ、心は大きく奮えあがった。


獄寺くんの愛情に満たされ、埋め尽くされた あの一日は
おれの中で一生消える事のない 宝物として きっといつまでも生き続ける。



それほどにあの日を忘れる事なんて出来ないんだ。


欲望剥き出しの獄寺くんに抱かれたおれは
あのとき 確かに幸せで、確かな愛に胸を奪われていた。



だからこそ、




今・・・こうして獄寺くんに会えない日々が続くのが辛い。
もしかしたら、自分は厭きられてしまったのではないかと不安になる自分が嫌だ。

彼のあの日の真っ直ぐな言葉を 疑ってしまいそうになる自分が大嫌いなんだ。




会いたい、・・・会って少しでも話したい。
もう一度囁いて欲しい。”好きです”って、彼の甘い声色で。


身体が途端に熱くなる。
いつからこんなに自分はいやらしくなってしまったのだろう?


獄寺くんと肌を重ねあいたい、と想う欲求が全身を支配し始める。
一度快楽を知ってしまった体は 簡単に理性を殺して、呑みこんでしまう。
そうしてバカみたいに あの瞬間を希い、熱を孕み、彼を求め仰いでしまうんだ。



急な体の熱と、不安と、寂しさで 胸が、思考がパンクしそうになるおれを
隣で覗き込んでいた山本が 宥めるように優しく呟いてきた。

「・・・そんな訳ないだろ?・・・俺は多分たまたま運がよかっただけだ。
ツナ、もっと自身持っていいんだぜ?獄寺はお前しか見てねぇよ・・」



励ます山本の声に一瞬力が籠る。
それこそ絶対に、と言い切るみたいな声音に俺は そっと顔をあげて
泣きそうな自分を 心の奥で叱咤してみせる。



「・・・・・・・・・やまもと」




おれは情けない声を虚空に吐き出すと、ありふれた言葉しか
彼に返す事ができなかった。



「・・・・ありがとう」


作り笑いだったけど、これが今のおれの全部。
山本にお礼をいって笑って見せれば 山本は眉をよせて苦笑いを浮かべつつ、
おれの髪の毛を 今度は盛大にくしゃっ、と交ぜ始めた。



「うわわっ・・・?!」



あまりの勢いに おれは驚いて肩を竦めると 山本を上目遣いに見つめた。
すると山本は にこっ、と元気な笑いを返して おれに微笑んでくれたのだった。



ごめん、山本。
心配かけて。




おれは紡ぐ事のできない言葉を胸にしまい、胸の辺りをそっと抑える。
瞬間、山本の肩に乗っていたリボーンが 黒い帽子を目深に被ると
意味ありげな言葉を呟いた。



「・・獄寺がお前以上に大事な用事なんて持ち合わせてると思うか?ツナ」




「・・・・え?」




急に振られた言葉に、おれは反応しきれず 疑問を投げかけるしかなかった。
なんでそんなこと言うんだ・・リボーン?

が、おれよりいい反応をみせた人物が一人、リボーンを凝視していた。
・・おれの横で、肩にリボーンを乗せながら聞いていた山本、だ。

山本の表情が一瞬にして曇ったのだ。



「・・・小僧。獄寺のやつ、一体なにやってんだ・・・?」



それは先ほどとは打って変わって明らかに険しい表情だった。
真剣さを顔に滲ませた山本は 中学生らしからぬ雰囲気を醸し出していた。
そう。いうなれば、獲物を追い詰める瞬間に・・・・似ていた。




「やま、もと・・・?」


異変に気づいたおれの声音が微かに震える。



え・・・・?なに・・・?どういうこと・・?
思考が追いつかない。山本はさっきのリボーンの言葉から
何を読み取ったんだろう・・?おれ、駄目ツナだから・・全然わかんないよ・・。


一人蚊帳の外にいるおれ。
惨めとか、そういう気分を感じる前に、獄寺くんに何が起こったのか
不安でならなかった。−−−おれの好きな人は、一体どうしたというのだろう・・?


「さすがだな、山本。・・・・今の一言で気づいたのか・・・?」


リボーンはふっ、と口をあげて 笑いを零すと 近くのブロック塀にピョン、と
飛び降りて 即座に其処へ座り込んだ。
山本の肩より少し低い位置にあるその塀から リボーンはおれ達を見つめ
小さな息を吐いて こちらの様子を窺っていた。


山本は、そんなリボーンの仕草に また窺い返す様子で
言葉を密かに投げ返していた。今度は、おれにもわかるように。




「あいつにとって一番大事なのはツナだ。・・そのツナが、ここにいて あいつは来ない。
ツナもいるとわかっている誘いを、断ってくる。−−・・らしくねぇとは思ってたけど、妙・・だよな」



「・・・妙?それってどういう・・・」



「ツナ、獄寺はお前を常に守る気でいた。だから傍を離れなかった。けど、今は
お前の傍を離れ、尚且つお前を遠ざけてる。・・・大切なはずなのに、だ」



「・・・う、ん・・・・?」



「ーーー・・つまりこうは考えられねぇか?・・獄寺は今、お前を守っている。」




「ーーーーーーーーー・・・・え?いま、・・?」




「・・・・そうだ、今、だ。お前がいるという誘いに乗らないのは お前を巻き込まないため。
お前の傍を離れ、遠ざけてるのはーーそうする必要があるから、だ。
小僧がいった、お前以上に大事な用を持ち合わせていない獄寺がそうせざるを得ない状況下
にいるとするなら・・・・・・・・・・多分、あいつは」




山本がぎゅっと両手を握り締めている。
それほど言いよどんでいる何かが多分あるんだ。

大きくて、暗い、真実が。




リボーンがこちらを見つめながら じっとして動かない。
なんだろう・・・変な汗が体から流れ落ちる。
嫌だな、この空気。



一呼吸おいたあと、山本が 言葉を添えて口を開いた。




「ツナを守るために・・・・・今、誰かしらと戦っている、一人で」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・え?」











山本の言葉を、頭の中で反復する。
おれを守るために、戦っている・・・?




なん、で?





だって・・・戦う理由なんて・・・ないじゃ、ないか。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。








おれが”ボンゴレ10代目”候補・・だから?

それとも、駄目ツナだから・・?










小さな脳みそで ぐるぐると考えながら
ふと視線の先にいるリボーンの顔を見やった。






リボーンは黒い帽子を頭からとると、
つぶらな瞳をこちらに向けてきて、苦笑をそっと漏らして言った。










「お前ら・・・ホント似たもの同士だな。
何もわかっちゃいねぇ・・・・」











何故だろう、
そのときリボーンが初めて








・・獄寺くんを案じているように思えた。






+++

































毎夜、毎夜 夢に見る。





あの人が 笑っている映像を。



あの人が、オレの名を呼んでくれる瞬間を。












焦がれて、待ち焦がれて、

そしてオレの心(なか)に残るものは










・・・残った、人(もの)は。























ーーーーーーーーーーーーードォォォッゥンッ!!






荒れ果てた工場跡地で、大げさな黒煙が空中に舞い上がる。
数百メートル先で瓦礫に身を潜めていた 一人の少年が そろりと
体を揺らして瓦礫の残骸から顔を出すと、パチパチまだ燃え盛っている
炎のギリギリまで近づいて中を慎重に見回していた。

ごほ、ごほっ、と煙に軽くむせ込んだ少年は左腕から流れ落ちる鮮血を反対の手で
軽く抑えて目を鋭く細めて 辺りの気配を探った。

すると 燃え盛る炎から数十メートル付近で二人 大柄の男が倒れている姿を
少年ははっきりと視界に捉えたのであった。

まだ、微かに体を動かしている二人の男に 気配を消して近づく少年は
まるで静寂と同化したように無と化した存在に成り果てていた。 
どこまでも大人びた表情を浮かべ、少年は用意していた縄で二人の男を締め上げる。




「ぐあぁぁっ・・・!」


「ぎゃぁぁっ・・・・!!!」



大柄の男が小さな悲鳴と悲痛な叫びを漏らし、少年の鼓膜を震わせる。
少年は顔を歪めて、男達に こう呟いた。






「敵の罠にまんまとハマりやがって・・・・!
もうちっと頭使ったらどうだ・・・!?10代目がおめーらの
ボスを討つ訳ねぇだろ?!あの方はそんな真似、死んでもやらねぇお方だ・・!
むしろ、お前らを助けようとおっしゃって下さる方なんだよ!!よく覚えとけっ」





よろっ、と体をふらつかせながら少年は まだ意識のある男達に
そう言い放つと 背後に視線を向けて、今度は言った。





「・・・・どうせまたいんだろ?出て来いよ」




鋭い声で少年が言えば、少年の視線の先から
三人の男の影が浮かび上がって 近づいてきた。
コツコツ、と品のいい足音が やけに跡地付近に響く。





「やったな獄寺!コンプリート!」



そういって軽く手を叩く背の高い ほっそりとした体格の一人が
男達二人を従えて真ん中に陣取って立っていた。
眺めの金髪が風に靡いてキラキラと光り輝いている。
ライトブルーの瞳が宝石のように眩いきらめきを月の光に照らされて
徐々に露となっていく。それは闇に生きる人間に見えないほどの
鮮明さと清浄さを持ち合わせた容姿であった。

彼の右側に佇んでいた男が少年の近くに寄ると、地面で縛られ
蹲っている男二人の縄を引き上げて 少年に”いつもどおり あとはこちらで引き受ける” 
と零して、二人の男を連れて行った。





「やるじゃねーか、獄寺。一人で九人相手は
正直きつかったんじゃねーか?」



じりじりと近づいてきた金髪の青年は気軽な様子で
明るく少年に笑顔を振りまきながら 自らの華やかさを
虚空に振りまいて張り詰めた空気を一掃していった。

少年は恨めしそうな目を向けながら、目の前に近づいてきた
青年の顔を暗がりの中 見つめて言い放ったのだった。



「はっ!てめーじゃあるまいし、見くびってんじゃねーぞ跳ね馬!」


不機嫌な声音で少年は険しい顔を浮かべた。
少年の様子に 金髪の青年は軽い苦笑を浮かべると 大きな手を
銀髪の髪の上へと乗せて ぐりぐりと力強くその髪を撫で回すのであった。





「このっ!このぉ!可愛くねーけど、よくやったなぁ〜〜」




言葉とは裏腹に 動作では可愛がっている青年。
少年は子ども扱いされている事が悔しくて”やめろぉぉっ!”とギャーギャー
喚いたあと、再び大きくその場にヨロけた。



「おいっ?!スモーキンボム!?・・大丈夫か、おまえ・・・?!」


一瞬意識が途切れそうになりながらも
久しぶりに呼ばれた通り名に、はっとした獄寺は 意識を持ち直して
咄嗟に支えられた青年の腕を軽く振り払った。




「・・・大したことねぇよ。・・それより、エンリコ殺害の件、
お前にまかせて大丈夫なのかよ・・・?」



低めのハスキーボイスが明らかに
弱弱しくディーノの耳に届いては消えた。

何日間分の疲労と、怪我の様子から察するに 相当
身体の具合が悪い事が見受けられる。
ディーノは そんな状態でも尚、自分を強くみせようとする
今の獄寺の姿に、昔の彼の姿を重ね合わせて 瞳を眇めた。



「あぁ、・・まかせとけ。大体証拠は揃ってる。あとは
早々に実行犯を捕まえるだけだ。ツナやリボーンの
潔白も証明してみせるさ」



「・・・・・・・・・・・・そうか」




ディーノの淡々とした大人の声に、真実が見えたのか
獄寺は急にしおらしくなった。
そして、心から安堵したような表情で一息深く息を吐いた。





「悪かったな・・めんどーかけちまって。
・・・あんがとよ」




ぎこちなく、ぶっきら棒な声音と言葉。
けれど確かに彼の心が籠っている言い回し。


ディーノは 驚愕で目を瞠ったあと、月明りに照らされて
密かに息を細めて消えそうに儚く萎む存在に
確かな声を投げかけた。そこにお前は確かにいる、と示すかのごとく。




「いや、いいんだ。可愛い弟分や世話になった家庭教師の
力になれるのはオレも嬉しい。・・・・それより獄寺」


「・・なんだよ?」



急に名を呼ばれて、空気が変わる。




「お前、・・・ホント変わったな」



「ーーー・・・あぁ・・?」




訝しげに覗き見る獄寺の雰囲気に
微笑を零したディーノは 上手い言葉を
やっと見つけたといわんばかりに 改めて微笑んで見せたのだった。


「なんつーか、さ」


「なんだよ」









「もう、・・・・・独りじゃねーんだな」









柔らかく風にのって届いてきたその言葉。
暗闇に紛れても、その言葉だけは何故か明るく思えた。


月夜の晩、幾千の時の中で やっと廻り逢えた人の顔が
自分の中でこんなにも自然と思い浮かぶ。

こんな嬉しい事はない。



いつもゴミ置き場で突っ伏しながら、イタリアの夜空を見上げて
空っぽな自分に悔しくて 寂しくて・・情けなさを覚えては
瞳を閉じていた自分が。



もう、あの頃とは違う、大切な何かを持っているのだ。







「・・・・毎夜、毎夜 夢に見る。」






「ん?」






口元から 気づけば零れ落ちていた。
誰かに、無性にこの想いを伝えたくて。

・・聴いて欲しくて。





「10代目が 笑っている映像を。
10代目が、オレの名を呼んでくれる瞬間を」





「ーーーー・・・そうか」






返って来る声は、優しく
慈しんだ声。



彼もまた
大勢の部下を持ち、愛され続けている
立派なボスなのだ。








「長い・・・・長い時間の中で、・・焦がれて、
待ち焦がれて、ーーーーそしてオレの心(なか)に残るものは
・・・残った、人(もの)はーーー・・」









「ーーーー残った人(もの)は・・・?」








ライトブルーの瞳が優しく揺ら揺らとゆれて
こちらに直向な視線を送る。


その先の答えがわかっているみたいに
はっきりと 温かい表情で、迎えている。




獄寺は、そんなディーノの表情を見て
眩しいものでも見るかのように瞳を細めて
小さく小さく微笑んでみせた。











「ーーーーもったいなくて言えねぇよ・・・」


















10代目、聴こえますか?












早く貴方に 逢いたいです。











+++



















 

『・・・・・・・・・獄寺、お前一人で・・いいのか?』







いつかの放課後、音楽室。




リボーンさんと話していたときのオレ。
あのときオレは 独りだった。





『・・・・独りは、なれてますから』




たしかにあのとき オレは独りだったんだ。









『お前は何もわかっちゃいねぇ・・』









リボーンさんがそのとき呟いた一言が、今も胸に突き刺さっている。

























あぁ、・・リボーンさん。
オレ ちゃんとわかりましたよ。



わかったんです。














オレはもう独りじゃない。




















・・・独りじゃ、ないんですね
























オレたちの
・・・夏が始まる。

































「ーーーー・・・・く、ん」







遠くで、





「ーーーーーーーーー、らくん・・・」





遠くで
声がする。




懐かしいような、聴きなれたような・・・哀しい声。






「ーーーー、でらくん」





この声は。






「獄寺、くんっ・・・・・!」







この声は・・・・・・・・・














「獄寺くん!!!!」

















「ーーーーーーーー、・・・じゅう、だいめ・・・」










気づけば自然と口から零れていた。
その名前。ずっと焦がれていた、その人。





オレの心(なか)に残った、たった一人の希望(ひと)。





薄く、オレが瞳を開けると 大きな琥珀が目を瞠って
瞳に涙を浮かべて、ぽろぽろ・・ぽろぽろと 雫をオレの頬に零しては沁み込ませていく。



オレは不意に なんて温かい涙なんだと想いながら、
薄く微笑んでみせた。







「じゅう・・・だいめ・・・・・・・、おはようございます。」





”今日もいい天気っスね”





そう呟こうと想った。いつもの朝、日常みたいに。





でも目の前の貴方はオレの言葉に瞳を大きく揺らして、
余計に泣いてしまった。





「ごくでらく・・・・っ、うぅ・・・・・」




あれ?いつもの朝じゃないんだな・・・・
10代目、泣いていらっしゃる・・・・
泣かないで下さい。・・10代目、オレ、こんなときどうしたら・・・・





オレは10代目に手を伸ばす。




でもなんだか身体がおかしい。
上手く動かせない。鉛のように重いオレの身体。
身動きひとつ満足にできない。


でもそれでも諦めずに手を伸ばしてみる。



すると10代目は 僅かに動いたオレの腕に頬をすり寄せて
慈しむように瞳を閉じて オレの温もりを感じてくれた。




「獄寺く・・・よかった・・・ちゃんと、目・・開けた・・・」



たどたどしく紡ぐ言葉にオレは視線を周囲に向けてみる。
そこにはいつもの風景じゃない風景が広がっていた。



オレはどうやらベッドの上にいるらしい。
白いカーテンに消毒液の匂い。
体に包帯が巻きついている。近くに治療したあとなのか、血のついたガーゼやタオル、綿、
点滴・・・オレの衣服が乱雑に置かれていた。


まるで病院の風景をみているみたいだった。





「ここ・・・は?」




そう発すると、10代目は”ディーノさんの病院だよ”といった。



オレはその言葉に少しだけ納得する。
そうか・・・そういえばあの跳ね馬と話してた最中にオレ、倒れたんだっけ。

なんとなく蘇ってくる記憶の中で
10代目をあいつが呼んだんだろうなぁとか、手当てはあのヒゲのおっさんか?とか
色々考えていたけれど とりあえず目の前でオレを案じてくれているこの人の
涙を止めることが先だろうなぁと まだはっきりしない意識の中で考えていた。




「獄寺くん・・・・っ、君が無事でよかった・・・。
おれ、心臓・・・壊れるかとおもっ・・・・」




10代目は微かにしゃくりあげながら ぼろぼろと
涙を零してオレの掌に優しい頬ずりをしてくれて
確かにオレがここにいることを確かめてくれたのだった。



オレはこの人が愛しくて、可愛くて 
ぎこちなく動く腕を強引に曲げて 10代目の肩を掴み、倒れこませるように引き寄せた。


10代目は驚いたものの、オレにされるがまま、抱きしめられていたのだった。




「10代目・・・大丈夫です・・・オレ、ちゃんと生きてますよーー・・」





悲しませたりしない、と想っていたけれど
それは中々上手くいくものじゃない ということがわかった。


独りだとおもっていたからこそ、相手は悲しんだりしないと想った。
でもオレはもう独りじゃなくて、独りじゃないからこそ、悲しんでくれる人がいる。




そのことに気づいたオレは、
なんて幸せな奴なのだろうと思う。





「ばかっ・・・・、ばかばかばか・・・!ごくでらくんのばか・・・!
全然平気じゃないよ・・・ぼろぼろじゃないか・・・−−こんな、
怪我して・・・・っ」





最初から贅沢な悩みだと思ってた。




10代目の傍にいれたらどんなに
幸せだろう・・なんて。



10代目に、オレの事 大切に想って欲しい、なんて。





けど10代目はちゃんと オレの事見ててくれて・・・
オレの事・・・心配してくれて・・10代目にとって オレは



いつの間にか”大切”な存在になってた。



バカだな、オレ。
言葉より確かな涙(ことば)で気づくなんて。





ホント・・・










幸せ者だぜ、オレは。










「すいませんでした10代目・・・・・ほんとに・・・・ごめんなさい」










貴方のふわふわした、柔らかい亜麻色の髪が心地よくて
オレは何度も その髪を撫で続けた。

10代目は、オレの言葉にちょっとだけ困った表情を浮かべながら
言葉に詰まる。そして。



「もう・・!君はただでさえトラブルに巻き込まれやすいのに・・・
どうして自分からトラブルに飛び込むんだよっ・・!おれはっ・・・
獄寺くんが傷つく度に・・・いつも怖くて・・・こわくてっ・・・」




「10代目・・・・」




抱きしめる腕に力を込めた。



ベッドに寝ているオレの胸に伏せるような格好で
10代目はオレに抱きしめられている。


その10代目が急にオレと距離を取って 視線を合わせてきた。
相変わらず瞳には涙をためて、綺麗な琥珀を潤ませていた。

胸が、弾むようだ。
恋とは・・・そういうものなんだな。






「許さないんだからな・・っ」




「え・・・・・?」





「おれの知らないところで・・君をいっぱい傷つけた奴等なんて
・・・ぜったい・・・絶対許さないんだからな・・・・」





「10代目・・・・・・・」





胸がきゅん、と締め付けられた。



そんな強気なことを言っても 貴方はやっぱり優しくて。
多分、事情を知れば 自然と許してしまうのでしょうね。





オレは10代目の精一杯のキモチに
胸を震わせながら、10代目の大きな瞳にキスを送った。






「ん・・・・っ」




ピクン、と小刻みに揺れた目蓋が可愛い。
10代目は 頬を桃色に赤らめて、オレを見下ろしていった。







「まぶた・・・・・だけ、なの?」






恥じらいながら オレの見下ろす蜂蜜色の瞳にオレは
心臓を射抜かれてしまった。







オレはそっと彼の頬を両手で押さえ、引き寄せる。






あと数センチで唇が触れ合う瞬間ーーーーー。









10代目はオレに、呟いた。











「おれの心臓・・・・だんだん速くなってる。
この感じ、・・・・あのメロディーに似てる、ね」





突然そんなことを言われて オレは何のことだろうと
一瞬思考を停止させた。



が、瞬間 フラッシュバックのように 浮かんだ映像がみえた。







『10代目が、オレの初めての曲の命名者になって下さい』







オレが作った曲。名無しの曲にタイトルをつけるよう
せがんだオレ。小さな二人だけの約束。



『か、っ・・・・・考えておくよ!!!』








貴方はそう言って オレの気持ちに応えてくれた。






懐かしいような、今でも時々思い出す 二人きりの約束。







「・・・・ねぇ、獄寺くん。”だんだん速くなる”って・・音楽記号で、なんかある・・・?」






「音楽記号で・・?ーーーそうっスねぇ、・・・ありますよ。」






「なんていうの・・・?」





「”crescendo”って言うんですよ」




「へぇ・・・crescendo、かぁ・・・なんかいい響きだね」




「そうですねぇ・・・・」




10代目とオレは 互いに見つめ合いながらクスクスと笑いあった。
そして微笑が途切れたところで 10代目はオレに言ったんだ。






「決めた!あの曲のタイトルは”crescendo”
いいでしょう・・・?」



「え・・・?いいですけど、またどうして・・・?」




「ーーおれの心臓がだんだん速くなるときに頭の中で必ず流れるんだ、あの曲」





「・・・10代目」





「ね?・・・・駄目かなぁ・・・?」





「いいですよ、もちろん。ありがとうございます!
素敵な名前ですねーー・・・」




オレは10代目の満足そうで幸せな顔に
嬉しくなって そういった。





そうすると10代目はひっそりとオレの耳に囁いた。






「また、弾いてね?」















そうしてオレたちは
どちらともなく 唇を重ね合った。




































10代目、大好きです。




今も、これからも ずっとずっと 大好きです。






だからどうか 貴方にもずっとオレを好きでいてもらえるように。















オレは今日も、貴方のために あの曲を贈ります。






あなたが付けてくれた 素敵な名前。
あなたがオレを想うときに鳴り出す、鼓動の速さ。











”crescendo”

















それはオレと10代目にしか 
わからない

















愛言葉(あいことば)

























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青井聖梨です。いかがだったでしょうか?随分間が空いてしまった気がします。
無事に連載が終わり、一安心です。獄ツナは書いててもっと甘くしたいなぁと
思える貴重なカップルです!!他のカプってどうやっても哀しく終わっちゃったり
するんで、ほんと・・珍しいです。本当は裏とか入れようかどうしようか迷ったりしたのですが
この爽やかさといいますか、ほんわかさを残しておきたくて 裏のツナを泣かしちゃう獄寺くんのところは
削ってしまいました・・!すいみません!(笑)とにかく二人が幸せならば世界は平和なのだと
想いました。 ここまで読んで下さって ありがとうございました。
それではまた〜。


青井聖梨 2008・10・26・