いつからか、彼はカレンダーが大嫌いになっていた。









届かない春







「なぁ、キラ。ここに置いといたカレンダー知らないか？」

俺の声に僅かな反応を見せながら、同室に住む、俺の幼馴染がこちらを
向いて　微かに微笑んで言った。

「あぁ、それなら捨てといた」

「・・・・は？」

「だから、捨てたんだってば」

「・・・・・・・なんで？」


「別に必要ないでしょ。アークエンジェルにいるんだし」

「意味がわからないぞお前。・・そもそもなんで俺のもの勝手に
捨ててるんだよ！？お前にそんな権限はないはずだろうが？！」

「ルームメイトをもっと労わってよね。僕、カレンダー嫌いなんだ」

「なんだそれは？！・・・そんなの初耳だぞ」

ふてくされたように呟く、幼い頃からの幼馴染は何処か淋しげに俺から目をそらして、
床をただ見つめていた。不審に思った俺は、理由を聞いてみることにした。


「・・・いつから嫌いになったんだ？少なくとも、俺が居たときは
　そんなこと言わなかったよな・・？」

少しだけ落ち着いた口調でそう言葉を零せば、素直にコクリとキラは頷いた。
理由を詳しく聞きだそうと口火をきった俺だが、どこか躊躇ったように俯くキラに
あまり多くを聞き出してはいけない気がした。

キラの心の傷に触れているーーそんな気がしたからだ。

「キラ・・・その、・・俺が聞いてもいいことか？」

少し遠慮がちに訊いてみる。
するとキラは拗ねたような口調で、”自分の胸に聞いてみて！”と
大きなクッションをこちらに投げつけて、部屋を出て行った。

「なんなんだ・・・いったい？」

俺は訳がわからないまま、部屋を出て行ったキラの後を
すぐさま衝動的に追っていたのだった。



キラを探しに館内を見回して暫く、
話し声が遠くから聴こえてきた。
近づいてみると、キラとキラの友人、ミリアリア・ハウが
休憩室で話し込んでいるようだった。

二人の空気に入るタイミングをのがした俺は、そのまま
壁際に立ち尽くしていると　先ほどの話題が俺の耳を掠めた。


「そんなことがあったの。・・でもどうしてキラは
カレンダーが嫌いなの？」

核心に迫ったその質問。俺は不甲斐無い想いを胸に、聞いてくれた
ミリアリア・ハウに密かなお礼を心の中で呟いた。

その質問にキラは、少し深いため息と悲しみを噛み砕いたような瞳で
彼女を見つめていった。


「カレンダーを見るとね・・思い出すんだ。
　アスランと逢える日を夢見ていた自分のことをーー」


その声が、どうしようもなく壊れそうで　俺は息をつめた。


「”またすぐ逢えるさ”って・・約束したんだ、僕ら。
だけど・・・すぐじゃ、なかった。」

キラの瞳が暗く、辺りを照らす。


「アスランと別れたあと、僕・・いつもカレンダーを見つめてた。
いつ逢えるか分からないけど、”すぐ逢える”っていうアスランの言葉を
信じて・・・・カレンダーに想いを馳せて・・アスランを待ってた」


けれど現実はそう上手くいかないもので。
戦争がそのあと始まって、逢うどころではなくなった。
いや、互いの行方も定まらなかった。

自分の言葉を信じて待っていてくれた彼。
自分も確かにあのとき”すぐ逢える”と思っていた。
だけど。−−−母親が死んで、軍隊に入って・・・色々あった。

本当に色々。

キラを忘れたわけではなかった。
キラが部屋にカレンダーをかけてみつめていたように
自分も部屋にコルクボードをかけて、写真を手当たり次第に貼って飾った。


いつか逢える、大切な人を想いながらーーーーーーー。



「キラ・・・」


思わず身を乗り出していた。
小さな彼の心に傷を作ってしまった自分を苛めながら。
少しでも彼の心を癒したくて。

突然影から現れた俺に動揺したキラは、友人を置いて
その場から、また逃げた。今度は俺も身構えていたおかげで
容易くキラを拘束できた。


「やっ・・！なにす・・・」

腕を強く引かれて、キラは小さな悲鳴をあげた。
俺は構わずキラを胸の中に押し込める。


「ッ・・・・アスラン・・！」

高い声色が静かな館内に響き渡る。

俺はキラを離すまいと強く抱きしめた。
そして耳元でそっと呟いてみる。


「嘘じゃなかった。すぐにお前に逢えると・・そう思っていたんだ。
　だからあのとき・・・そういった」


「！！・・・アスラ・・」


「−−−でも・・」


俺は言葉少なに、自分の気持ちを伝えた。
あのときの桜並木が今ここで、蘇る。


「あのとき・・あぁ言わなければ、お前を繋ぎ止めておけないと思った」


抱きしめる腕に力が篭る。
キラは黙って聴いていた。


「俺の・・・精一杯の強がりだったんだ。・・・すまない」


「・・・・・アスラン」



君に逢えると思い続けながら、

君に届かない春を幾度過ごして来ただろう。


俺は、君の心に少しでもまだ、残っているのだろうか？


果てしない不安をぬぐい切れないまま、コルクボードに刺さった写真を
指先で何度もなぞった。


好きとも愛してるとも伝えられないまま、季節は移り変わっていった。


俺が居なくて泣いていないだろうか？
・・・俺が居ないと泣いてくれるだろうか？


君への想いで　巡って来る届かない春を何度も焦がれた。


幸せになりたいと思いながら、街角で君を探した。



めぐり合う時に、埋もれたいと何度も思った。



キラ・・・キラ



俺の声は君には届かない。




「アスラン・・・もういいよ」


不意に、彼を抱きしめていた自分に我に返った。
キラの腕がいつの間にか俺の背中に回されていた。


「キラ・・・？」


俺がキラからそっと離れれば、キラは擦り寄るように
俺にぴたりと自分からくっついては離れようとしなかった。


「アスランは・・ここに居るんだもんね。
　もう僕たち・・また出逢ったんだもんね・・」

自分にいいきかせるかのように呟くキラ。
温かい・・・・体温が俺のすべてを包み込んでいく。


「もう、それでいいよね？・・だって僕もアスランも
ーーーーここでこうして抱き合えるんだから・・・・・」


穏やかな声に微笑をのせて、キラは上目づかいに俺を見上げて
そうはっきりといった。

俺はキラが愛しくて、儚くて・・堪らなくなった。
気づけば、深く　キラを抱きしめていた。



「キラ・・・・」




「ーーーーアスラン」




焦がれていた、何度も。



この瞬間、このときを。





「幸せだ」







色褪せたコルクボードの写真も



君が見つめていたカレンダーも



もうここにはないけれど




・・その代わりに、君が居る。

君がこの腕の中にいる。だからもう、それだけで俺は



俺たちは







届かない春から、卒業することが出来そうだよ。









桜散る、あの日の瞬間と
君を待つ、あの日々に




さよなら　と微笑みながらーーーーーーーーーー。













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