ねぇ、アスラン。

あの月が欲しくて、僕が君を困らせたこと・・



君はまだ覚えてる?











                           月を君にあげる











「キラ!!危ないって!!早く降りて来いよ」



「平気、平気!大丈夫だよアスラン。もう少しで手が届きそうなんだ・・」




「バカ!!!月に手が届くわけ無いだろう?!」





この街一番に高い木の上に上った僕は 軽い笑みを零しながら、
真夜中の闇に紛れて 頭上に高々と手を伸ばしては背伸びをしてみた。

すると、下からアスランの悲鳴に似た叫び声と真っ青な顔が高い木の枝まで
響いてくるように伝わってきたのだった。

僕はそんなアスランを横目でチラッと見つめると、”余裕”のサインを彼へ送った。
僕の軽率な行動に、顔面蒼白になったアスランは、半ば呆れ顔だ。

なんだよ〜、その顔。失礼だなぁ。僕だってやるときは やるんだぞ!!
今に見てろ。この空にぽっかり浮かんでる月を絶対、僕が手に入れてやるんだから。

僕は安易な考えを三割り増しくらい膨らませては 頭上に光る玲瓏な月に更に手を伸ばしてみた。
すると木の下から、アスランの悲鳴に似た・・ではなく、悲鳴がまさに木の上まで届いてきた。




「キラ!!!!危ないだろ、よせっっ!!」




慌てふためいたアスランは、僕が落っこちるのではないかと木の陰でワタワタしていた。
挙動不審のアスランなんて、何年ぶりだろ?悪いとは思いながらも、少し笑ってしまった。

そのときーーーーーーー。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーミシッ・・・・!!


僕が乗っかっていた木の枝が音を立てて、鳴った。
と、いうか・・・・・折れた、のだ。



「ぅわっ!!!」




僕は途端に宙に投げ出されたように地面へとかなりのスピードで
落下し始めた。






「キラッーーーーー!!!!!」



アスランの切羽詰ったような驚愕の声が辺りに響き渡る。







ーーーーーーーーーーーボスンッ!!




柔らかい音を立てて、堕ちたと思った僕の身体は、たくましい腕に救い上げられた。
そう、アスランの腕に丁度僕は 堕ちたのだ。

お姫様が王子様に抱き上げられるようなカッコ、といえば伝わるだろうか。
そんなカッコで僕はアスランに抱きかかえられた。
地面に叩きつけられる事はなく、無傷で地上に降り立ったのだ。

僕は アスランの再三の注意を無視した手前、アスランの今している顔を直視出来ずに居た。
バツが悪いし・・、少し情けなくて・・恥ずかしくもあったからだ。



「キラ」




アスランの少し低い声が聴こえてくる。
僕はお姫様だっこされながら、アスランの腕の中でビクッと肩を一瞬竦めた。
きっと怒鳴られる。−−そう思って、恐る恐るアスランの瞳を上目遣いに覘いてみると



「・・・よかった」




アスランの酷く安心した声と共に憂いを帯びた優しい瞳が
僕の心臓を一瞬で射抜いた。




「アス、ラン・・」




本当に心底心配をかけてしまった。
そう、思った。


僕はアスランの嗜めるより先に見せた安堵顔に胸を打たれ、
深く反省するのだった。




「ごめん・・・・アスラン。僕、月がどうしても欲しくて・・」




萎れた声で、僕が言葉を紡げば、アスランは次の瞬間、ふっと優しく微笑んだ。




「まったく・・仕方がないな、お前は」




厭きれたように笑うアスラン。
胸が締め付けられるほど優しい顔だった。

アスランは、僕をゆっくりと地面に下ろすと、”着いて来い”と一言いって、
僕を海辺へと案内した。

一体どうしたんだろう?

さざめく夜の海。アスランはその中に、躊躇することなく豪快に入っていった。
僕は何が起きたかわからずに、ただアスランの背中を見つめるばかりだった。

浅瀬に足を踏み入れたアスランは、月の映る水面に両手を侵入させると、途端に海水を
掬い上げて、僕にこう言った。





「ほら!見てみろよキラ。・・月、手に入れたぞ」





掬い上げた海水の水面に、ゆらゆらと映る銀色の月。
アスランは誇らしげに、自慢げに瞳を細めると その手の中に納まった
”小さな月”に優しく口付けをしてみせた。

僕は、あまりにも幻想的で華麗なアスランの様に、酔いしれるみたいに
ボーっと見つめてしまった。

ずっとその姿を見ていたいような、消えてしまいそうで怖いような・・
不思議な感覚だった。

アスランはボーッとする僕にそっと優しく囁いてくれた。





「この月をおまえにやるよ・・」






そう言って、近くまで来るとアスランは
僕の手に零れ落ちる月の水面をそっと明け渡した。

そして、少し悪戯っぽく笑っていった。





「小さいけどな?」






僕の心が、キュッと苦しくなった瞬間だった。





本当はあの夜、空に浮かんでいたものは本物の月ではなかった。
だって僕らは月に住んでいるのだから。
でも、何の惑星にしろ、あのときアスランから貰ったモノは

僕にとっては月だった。
ずっと欲しかった、月だったんだ。



ねぇ、アスラン。

月が欲しくて、僕が君を困らせたあの時のこと・・



君はまだ覚えてる?




もし。もし僕がまた、欲しいって言ったら君はどうする?


きっと君なら、あきれたように微笑んで”仕方がないな”って
言ってくれるんだろうな。

でもね、あの時ともう、欲しいものが変わってしまったんだよ。

僕、僕ね・・・・今は



君が欲しい。




君が、欲しいんだ・・アスラン。




そういったら、今の君は何て言うだろう。
あの頃のように、微笑んでくれるだろうか?
あの頃のように、”仕方がない”と優しく言ってくれるだろうか?


それとも、それともーーーーーー。
そんな事を記憶の奥で、慈しみながら 今日も僕は戦場を駆け抜ける。







あのとき貰った小さな月を、てのひらに 握り締めながらーーーーーーーーー。











SSに戻る