甘いチョコレートはいかが?







「アスラン、チョコレート食べない?」






それは館内でちょっとした話題を集めていたチョコレート。
なんでも巷では売り切れ続出の人気有名洋菓子店のホワイトチョコレートらしい。
女性は甘いものに目がないとはよくいったものだ。
人気と聞けば、すぐさま直行。努力を惜しまず、何時間も待って手に入れる。
惜しみない努力のお蔭で丁度アークエンジェルのクルーの手に、現品が渡ったと
いう訳だ。本当に敬意を表したい。女性とは、凄い。




「・・・おまえ、どうしたんだ・・それ?」


アスランは訝しげな表情で 僕が差し出した例のチョコレートを
見つめていた。まさかお前、買いに並んだのか?、といった無言の
メッセージが顔にありありと書いてある状態で。


「これ、今人気のホワイトチョコレートだよ」


「・・いや、知ってるよ。そうじゃなくて・・・」

アスランは察しろよ、といった瞳を僕に向けてきた。
解かってるってば。どこでどういう風に手に入れたか聞きたいんだろ、君は。
僕はアスランの聞きたいことをちょっとだけスルーして答えた。
なんか、聞かれたことに率直に答えるって、ボキャブラリーがないというか
こう・・なんていうか、心のキャッチボールみたいなものが もっと欲しい、というか。

僕は心の中であーだこーだ、考えながらも
アスラン・ザラという人は いつもストレートで生真面目で
冗談とかそういう類を苦手とする堅実な性格の堅物だと理解していた。
ので、彼が怒り始める前に もったいぶらず、彼の求めていた答えを導き出してあげることにした。


「女の子達が買ってきたんだって。わざわざ、僕達の分まで買ってきてくれた
らしいから、アスランも食べなよ?」

僕はちょっぴり刺々しいニュアンスで言の葉を紡いだ。
するとアスランは”ふーん”と素っ気無い声を出して、
”オレはいい”と短的に答えた。


アスランが甘いもの苦手なことは知っていたけれど、
せっかく買ってきてくれたのだから それはないだろう、と
ちょっとカチン、ときてしまった。好意を無駄にするのは優しさじゃない。


「アスラン!美味しいから食べてみなよ?そんなに甘くないし・・」

僕は強気に発言した。女の子たちの苦労を思えば
平和主義の僕が怒るのも無理はない、だろう。

珍しく食い下がる僕に驚いたアスランは、きょとん、と眼を丸くさせて
こちらを覗いてきた。そして刹那ーーー、アスランはふっ、と淡く微笑んで見せた。


「キラ、・・・おまえ、そのチョコレート食べたのか?」


突然微笑を零してくるアスランの意図が掴めない。
けど、魅力的な微笑みに、僕は胸を高鳴らせ、どぎまぎしてしまう。


「た、食べたよ・・さっき。−−−悪い・・・?」


しどろもどろになりつつ、上目遣いにアスランを見上げれば
翡翠の瞳が 目と鼻の先まで近づいていることに気がついた。


「っーーーーー、んっ?!!」


ゆらり、と揺れた紺色の髪が視界に広がる。
口付けられて 驚愕の声より先に 艶めいた甘い声が自分の中から漏れ出した。


うわっ・・・・、恥ずかしくて・・死にそうーー・・!!


目をきつく瞑る。
けれど、舌を絡め取ってくる粘着質な熱いアスランのそれは
いやらしいほど僕の口内を侵していった。
まるでゆっくり味わうかのようで 心臓が、もたない。

やっと放してもらえた、と思った唇の間に銀色の唾液が零れ落ちて
羞恥心に拍車をかけたのはいうまでも無かった。


「あ、っ・・・・アスラ・・・!!!?」

はぁはぁ、と肩で息をしつつ、濃厚なキスに酔った自分を責めた。
まるで自分がこのときを待ち望んだような声を出してしまったことが
何よりも許せなかった。


「・・・・うん、確かに美味い。甘さ控えめでオレでも食べられそうだ。」



アスランはさらり、とそんな見当違いなことを零した。


「ーー・・・・は?」

僕は素っ頓狂な声を出し、今まで自分の口内を侵した原因に視線を合わせる。
当の目の前の幼馴染はというと、けろり、とした顔をして 僕に何にもなかったかの如く
自然に語りかけてきたのだった。


「ひとつ、貰うよ。−−−−ごちそうさま」


箱に入った小さなホワイトチョコレートを指で摘んで再び唇に運ぶ。
もぐもぐと味わって食べている アスラン・ザラという人間がよくわからない。
自分の知っているアスラン・ザラは・・今までこんなことする人間だったろうか・・?


ぽかん、と佇む僕に向かってアスランは去り際に一言、付け加えた。



「・・キラとキスした方がもっと甘く感じたのは、気のせいじゃないよな?」



ふっ、と細められた翡翠が 獲物を捕らえるように僕の全てを その場で拘束した。
身動きのとれない僕に、そんなことを聞いてくるアスラン。




「・・・・・・・・・・・・・・そう、・・だね」



震える声と朱色に染まる頬もそのままに、
僕はぎこちなく答えた。


アスランは、僕の答えに満足した顔を作ると 踵を返してその場を去った。
僕はへなへな、とその場にしゃがみこんでしまった。
足に力が入らない。きっと骨抜きにされちゃったんだ。
かあっと熱くなる頬を必死で隠して、僕は自問自答を繰り返したのだった。




「・・・・アスランに喰われちゃったんだ・・・僕」





そう。チョコレートより先に、
僕自身が アスラン・ザラという人に
食べられてしまったのだと 


そのとき僕は、強く思ったんだ。















二人の想いが また、

出逢えるようにと。










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