意味はあったんだ
的確な言葉が見つからなかっただけで
桜づもり
〜2〜
あの唇の熱は今も忘れられない、オレの宝物だった。
そして、桜の木の前で 凛と立った儚い彼もまた、
オレにとって何よりも変え難い記憶の欠片だったのだ。
君がいなくなって、幾つもの春が通り過ぎていった。
君が傍らにいなくなって 一年目の春。
夜に一人で桜を見に行って、一人でひっそりと
お花見をした。忙しない毎日だったけれど、
それだけはどうしてもしておきたかった。
君と過ごした去年の春を忘れないようにと。
二年目の春。
伝統芸能の稽古が厳しさを増していき、夜桜を見に行く
余裕がなくなってしまった。だから、学校終わりの帰宅道、誰にも
見つからないように 一人でいつもの川沿いを通って
遠くから あの桜の木を眺めた。稽古の時間が
迫っていたから、遠くから見つめることしか出来なかったけれど
それで充分だった。
いつも変わらずに佇む桜の木の美しさと花弁に
引き寄せられたオレの心は 哀しいくらいに癒されていったんだ。
三年目の春。
高校進学のことで、親と丁度もめていた時期。
家業を継ぐか、それとも父のように評議会議長を目指すか。
国を治めるものとして、立派な立場を守りたい一心で
父親は オレを羽交い絞めにするように縛り上げた。
断ち切られそうな未来。自らの意志で進みたいと願う自分。
家や親に寄りかかりたくはなかった。
この頃、既に自分は注目を浴びて・・いや、考えれば
幼少時から注目は嫌というほど浴びてきたつもりだ。
慢心なんかじゃない。
幼い自分がそれを理解するのには、少しだけ時間が必要だった。
今は充分すぎるほどわかる、沢山のプレッシャーと
有り余りすぎる妬み、嫉妬、期待、賞賛。
才に優れ、人を伝説のように扱い、奇蹟と歌う民衆たち。
オレは普通の人間だ。
なのに、周囲の口々からは ”ザラ家の当主”になるのは
時間の問題だーーーと噂され、父親のように
国をもその手中に治めるつもりだと 耳が痛くなるような声が聞こえて来た。
精神的に追い詰められていたその春。
オレは自分が見えなくなっていて、
丸一日 桜の木の下で過ごした。
稽古をサボったのも、このときの一回きりだ。
桜の近くにいると、
気持ちは自然と落ち着いて、君の声が聴こえた気がした。
『・・・・アスラン・・・僕・・桜になりたい』
本当に君が桜になったように思えて、
・・・君が近くにいる気がして
その場を離れることが出来なかった。
桜は相変わらず 切ないくらい、綺麗に咲き乱れる。
その散り逝く桜を見届けて、
オレは一つの決断をする。
君を探そう。
そう、心に強く、思った。
『アスランの傍に・・・、ずっと居られる・・っ』
君を探して、今度こそ 傍に。
何故そんなこと、思うんだろう。
意味を考えることすら忘れていた。
それほど無心に 探し続けた。
そして、漸く。
漸く手がかりを見つけた。
ほんの小さな、僅かな手がかりだけれど。
プラント神聖高等学校に
入学するかもしれない、という
知人のまた知人の曖昧な情報だけれど。
消息を断った君の足跡が目の前に
頼りなく横たわる。
もう、縋るしかないと思った。
父親に その高校を受けたいといえば、
父は飛びつくように喜んだ。
プラント神聖高等学校。
プラントの中では名門中の名門高校だ。
他国との親睦も深く、将来有望な生徒が極端に集まると
言われている高校で いくらお金持ちだろうが、両親の肩書きが
凄かろうが 関係ないほど、その生徒たちの実力のみで
知名度が上がったと称される学校だった。
父はこの高校に行きたかったらしいが、
ハイレベルなため、行けなかったらしい。
本当に切磋琢磨している生徒たち。実力が試される場には
あまりにも残酷だといわれる。その差がはっきりと出すぎてしまうからだ。
そんな学校に キラがいくかもしれない、という
曖昧な風の噂に頼るしかない自分。
少し情けないと思いながら、希望は捨てず・・受験した、冬。
そして、
季節は再び廻り、君がいなくなって
四度目の春。
オレは名門、プラント神聖高等学校の
学び舎前に佇んでいた。
受験して、合格して、初めてわかった。
自分がなんのために この学校を選んで
何をここでしようとしているのか。
すべて、君に再び廻り逢うためだ。
わかっていたことなのに、
当たり前すぎて わからなくなっていた。
そうだよ、オレは・・・・君をーーーーーーー
『・・・・・・攫いに来て、アスラン』
攫いに来たんだ。
+++
「ザラ君。こちら、プラント神聖高等学校理事長の愛娘、
ラクス・クラインさんだ。以後お見知りおきをーーー」
「・・・・・・・は、い」
入学式がもうすぐ始まる。
その前に、校長に突然呼び出されたオレは、
一体なんだと疑問に思いながら 応対してみれば
唐突に 応接室へと案内された。
室内に入れば、重々しい雰囲気を醸し出している、威厳ある
表装をした男性と隣には可憐に咲く一輪の花が
高そうなソファーに腰をかけて こちらの様子を窺っていた。
二人はすくり、と立ち上がり 軽くオレに向かって会釈をした。
こちらも、返して 軽く受け流す。
すると、オレの横にいた校長が雰囲気を一層するように
口を開き、自己紹介を始めたのだ。
「はじめまして、ラクス・クラインと申します。
仲良くして下さると嬉しいですわ」
にこり、と涼しげに微笑んだその少女に、
オレは少しの威圧感・・いや、絶対的なオーラを感じた。
なるほど。
この高校の理事長の娘か。
神々しい、というか 光のようなオーラを
身に纏っているように見える。
洗練された 彼女の才能が彼女自身を形作っているように
みえる。一筋縄ではいかないような女性だろう、きっと。
オレは圧倒されながらも、衝撃は受けなかった。
いつの間にか精神的に強靭な己を手に入れていたのだ。
それこそ、環境が 今のオレを形成してしまったのだけれど。
「娘をどうぞ宜しく、アスラン・ザラくん」
彼女の横で薄っすらと微笑む歳が過ぎた男性。
見た目の堅苦しい格好とは似ても似つかないほど
柔らかく笑う、その人。
彼こそがこの学校の理事長、シーゲル・クライン だ。
政界にも顔が利き、尚且つ国の三大勢力の一つ
を担っている クライン家。まさか彼がこの場に
顔をみせるとは さすがにオレも思わなかった。
父とは古くからの友人と聴いている手前、
無碍に扱うことなど許されるはずもない。
「・・・・・こちらこそ、宜しくお願いします。
父がいつもお世話になっていますので、僕で宜しければ
微力ながら 力になりたいと思っています・・・」
形式ばった言葉たちが口から零れる。
まるでお見合いの顔合わせのようだ。
早くこの場を去りたい。
ここから出て、キラを探したい。
逸る気持ちを偽りながら オレは流し目で
周囲を見回し、時計を確認する。
今は、丁度九時を回った時間だ。
入学式は十時からだから、ギリギリ十分前に整列するとして
あと五十分は探す時間に当てられる。
こうしてここにいるのがもったいない。
多少胸の中でモヤモヤを感じつつ、
オレは深々と頭を下げて 言った。
「すみません、少し校舎を見たいので・・もう行っても宜しいですか?」
さっぱりした挨拶と共に 素っ気無い言葉が
周囲に木霊した。
目を丸くした校長は、突然慌て出した。
「ざ、・・・ザラ君?!けれど君、いいのかね・・?
今せっかくクラインさんが・・・・」
そう。この国ではクライン家との繋がりはかなり重要なのだ。
というか、喉から手が出るほど 皆望んでいることなのだ。
国の三大勢力である、クライン家は 医療や学問に飛び、
国家機関で重要な役割を担っている 由緒正しい家柄。
故に、皆 繋がりを持つことで多大な利益と安定した生活を
手に入れたいと願って止まない。それを約束できる、
つまり保障できる上級華族なのだ。
ここでクライン家とより深い交流を結ぶのは
ザラ家にとってこの上ない至福だろう。
しかし、それはオレにとっては ただの労費。
無駄な時間なのだ。
この学校に入学を決めたことだって、
クライン家と交友を持つことで決めたわけではない。
オレは 校長に薄く笑って、一礼すると
有無を言わさず その場を離れた。
部屋を出て行く際、クライン嬢と瞳がぶつかったが
彼女はただ、驚愕の顔をしたあと、ふっと柔らかく
顔を綻ばせただけだった。
まるで安心したかのように穏やかな顔を見せる彼女。
きっと、・・多分、
彼女もオレと同じで 気がかりな事が
あったのだろう、とそのとき強く思った。
+++
春風が髪を攫うように空へと上げ、
オレの目の前を遮った。
視界を奪いつくす花弁たちは、太陽さえも
隠していった。花嵐が校舎を不意に襲ったのだ。
桜の木が沢山並ぶ 校舎裏、大きな池には
自由気ままに泳ぐ鯉たちが顔を覗かせる。
波紋を幾つも造って 水面は波打ち、
オレの心をざわめかせた。
木々たちの声が聴こえる。
サワサワと揺れる葉擦りさえも、今は心地よい。
「キラ・・・・・・・」
思えば、思うほどわからなかった。
恋しい、切ない・・・・、寂しい。
何度会いたいと思っても足りない、
幾度春が過ぎても 君はいつまでも鮮明で。
攫われたのは、もしかしたら
オレの方かもしれない。
心が、まるで自分のものではないようで、
夢の中にいる気分だった。
「どこに・・・・いるんだ・・・・?」
想いは桜のように、降り募るばかり。
止め処なく、溢れ止まない。
瞳を閉じて、両手で顔を隠す。
見えない何かを感じ取るように
大切なものを 探すように。
ザァッ・・・、と何度目かの花嵐が吹き荒れた そのとき。
ゆっくりと目蓋を開き、視界を覆っていた手をどける。
すると 桜が降り積もる、木の陰に 寄りかかる
人影を見つけた。
自然と、足はそちらへと動いた。
一歩、また一歩と。
カサッ、と地面に落ちた葉を踏む音すら聴こえてこない。
瞳を瞑って休む、その姿に 眼球が奪いつくされたからだ。
酷く疲れたように、休む 彼。
傷ついた羽を 独りで癒そうとしている、君。
何年ぶりに見た その姿。
華奢で、白い肌が光に透けて見えた。
亜麻色の髪は サラリ、と風に揺れて
瞬く音に消えた。
柔らかそうな唇からは寝息が漏れ、
桜の木に寄りかかっていた背は 酷く靠れかかりながら
くたり、と力を失くしていた。
よく見れば、あちこちに傷がある。
一体どうしたというのだろう。
「キ・・・・・・・ラ・・・・・・?」
震える声が、虚空に零れる。
それ以上は言葉にならなかった。
オレの声に、反応を見せる彼の身体。
その大きな瞳がゆっくりと開いていく。
触れるほどの距離なのに。
躊躇われた。
きちんと、確かめたいと思ったから、触れなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・アスラン・・・?」
映ろう瞳の彼方に、微かな希望のような
灯火が 彼の紫玉に映りこんだ。
「−−−−−−−−・・・・僕を、攫いに来てくれたんだね・・・・」
伸ばされる、手。
彼の意識は朦朧としているように見えた。
だけど。
触れ合えば、きっとわかる。
そう信じてるから。
「・・・・・・・・・そうだよ、キラ。・・・・待たせて ごめん」
溢れそうな涙が、瞳を潤す。
目を細めて、君をしっかりと見つめた。
君は まだ、まどろみの中のオレと会話しているように
うつろで、夢見心地に 言った。
「うん、・・・・・・・・・・ずっと 待ってたよ」
淡く微笑むキラの瞳がすぅっと、息づく。
そうして透明な涙が一筋、彼の想いを零していった。
空を切る、腕。
その腕を 力強く掴んで、オレは
あの日のように
「今度こそ、・・・・傍にいるから」
掠めるような、キスをした。
キラ・・・、オレ
ようやく、わかった。
意味はあったんだ。
あのときも、今も。
的確な言葉が見つからなかっただけで
多分、オレは ずっと
・・・・ずっと、君を愛してた。
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青井聖梨です、どうも〜。
今回、久しぶりにアスキラ連載をUPしました!
間が空いてしまって、申し訳ないです(汗)
今回、幼少時代から高校時代に移り変わる話だったのですが
残念ながら二人の関係、態度まで詳細に書くまでには至りませんでした。
次回こそ!少しずつ書いていきたいです。
不定期ですが更新してこうと思ってますので
長い目で見て頂けると幸いです。
それではこの辺で〜。
青井聖梨 2007・8・14・