会えない時間がもどかしい。
まるで病気だと思ったーーーーーー。
すれ違う夏
「あら、一騎くんならさっき帰ったわよ?
皆城くんが委員会あるってきいてすぐに・・」
「あ・・・・そうですか」
「そういえば皆城くん委員会は?」
「担当の先生が急に出張で、延期になりました」
「そうなの?それなら残念ね。一騎くんと一緒に帰れたのにねぇ」
「・・・・失礼します」
弓子先生の世間話を途中で切って僕は徐に職員室をあとにした。
もしかしたら、一騎にまだ追いつけるかもしれない。
そんなことを安易に考えていたからだ。
夏休みが始まって、僕らは殆ど会わなくなっていた。
学校で会えなくても、アルヴィスの演習で顔を合わせることが
あると思っていた僕だけど 夏休みを利用して新しい訓練の導入がなされたため、
担当が僕から羽佐間先生に一時変わってしまったのだ。
そのため、一騎とは全くといっていいほど接点がなくなってしまった。
本当に時々だが、窓越しに一騎の姿を遠くから覗き見る程度が
一度アルヴィス内で合ったくらいで話してはいないし、顔もはっきりとは見ていない。
そんな日々がもう三週間も続いている。
いい加減ストレスが溜まってくる。
一騎に会いたい。一騎に触れたい。僕の内なる衝動がそう叫んで
僕の脳内までも支配していく。まるで病気だと思った。
電話を何度かかけてみたけれど、いつも一騎はきまって留守だ。
一騎にどうしても会いたくて、家の前で待ち伏せもしてみたが
そんな日に限ってアルヴィスに泊りがけで訓練に行ってたりする。
自分のタイミングの悪さに幾度腹が立ったか気が知れない。
そんなとき、一騎が補習に出ると遠見先生から訊いた僕は
委員会の仕事を理由に学校までやってきた。
そうして、一騎とやっと会えると思って期待を膨らませていたのに・・これだ。
なんでこうなるんだ。
委員会の仕事は大体午前中で終わらせた。
それなのに、まさか午後に委員会の会議が予定されていたなんて。
一騎は午前中で補習を終えて、昇降口で僕のことを待っていたと先生から聞いた。
けれど僕は会議に出なくてはいけなくて・・せっかく会えるチャンスだったのに
委員会の話を聞いて、一騎は諦めて帰ったようだし・・。
なのにその委員会の会議が延期になるなんて、
どこまで僕はついてないんだ・・。
僕と一騎はこの夏、ずっとすれ違いばかりだ。
会おうと努力しているにも関わらず、何故こんなにすれ違いが起こるんだろう。
会いたいという想いは 深まるばかりだというのに。
「・・・くそっ!」
僕は夢中で走り出した。
今日会わなかったら、もうずっと一騎に会えなくなる。
そんな気がしたからだ。
風を切るように空間をかけぬける僕は
まるで体を宙に溶かしてしまったような感覚に襲われる。
通り抜ける景色を目の端で捉えながら、ぐんぐんと加速度を増して
時間を越えていく。
君の背中に追いつくために、息継ぎすら忘れるほど
夢中で坂道を駆け下りた。
次第に夕闇が刻々と僕の後ろから顔を出し始めた頃。
僕はふと、足を止めた。
海岸線の防波堤の上をゆっくりと歩いている見慣れた・・いや、懐かしい姿。
黒髪がキラキラと夕焼けの赤に溶けて 空へと舞い上がっている。
瞬間、栗色の双眸が 息を切らして佇んでいる僕の方へと途端に向いた。
その刹那に僕は 一瞬体を強張らせる。
「・・・総士!!」
あぁ。
少し甲高い君の声色。
久しぶりに聴いた。
僕を見つけるなり、近くまで駆け寄ってくるその姿。
愛しくて、愛しくて・・その微笑が恋しくて・・・。
僕は途端に瞳を細めた。
まるで目の前に太陽が突然現れたかのように、
眩しそうに 瞳の色を少しだけぼやかしながら。
「一騎・・・!やっと会えた」
近づいてきた彼を目の前に、僕は力強く引き寄せた。
こうすることが当たり前とでもいうように。
一騎は抵抗することなく 僕にされるがまま 抱きしめられていた。
「総士・・・」
嬉しそうな、少し恥ずかしそうな一騎の声が胸元から
聴こえてくる。
華奢な体が微かに震えて
僕のぬくもりを受け止め切れずに戸惑っているようだった。
そんな君が可愛くて仕方がない。
すれ違う夏を互いに過ごしていた僕ら。
だけど、今やっと僕らの夏が重なった。
会えない時間が僕らに教えてくれる。
お互いがどれだけ大切な存在かということを。
愛がどれほど深いものかということを。
改めて、思い知らせるかのようにーーー。
こうして僕らは”すれ違う夏”から”互いを求め合う夏”へと
カタチを変えて 生まれ変わらせた。
「総士・・・今日はずっと一緒に・・・いてくれる、か?」
「−−−もちろんだ。ずっと一緒にいよう・・一騎」
愛という名の力で。
僕らはすれ違う夏を越えていくんだ。
二人で、これからも・・ずっとーーーーーーーーー。
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