いつまでも、変わらないモノは
ひとつだけーーーーーーーーーーーーー。
いつまでも変わらないモノは
長い、長い影を校舎に作り出す夕焼けは
いつもより赤く輝いていて、俺の心を見透かすように
世界に彩を与えたんだ。
目の前に居る、幼馴染の瞳の色がその世界さえ呑み込むかのように
一際力強く、どこか儚く揺れながら 俺を真っ直ぐ見つめては
捕らえて離さなかった。まるで金縛りにでもあったかのように、体が動かない。
心地よい緊張感が肌を差して 流れる鼓動が耳の奥で響いている。
総士の長い髪が風に掬われて空に一瞬舞い散った。光の中に溶けていく
琥珀の髪は俺の乱れた心を正常なリズムに戻してくれるほど綺麗だった。
そんな光景に胸を傾けていると、総士が沈黙を柔らかく破った。
「もう一度言う。・・・お前が好きだ」
再び紡がれた愛の言葉は、
一度目より深い声色で大切な宝物のように光り輝いた。
総士の息遣いも、鼓動の音も聴こえて来そうな
この距離で、そんな言葉をこんな場所で言えて居しまう総士の男らしさに
胸が張り裂けそうなくらいにドキドキしてしまった。
渡り廊下を渡る途中、正面から丁度総士がやって来た。
総士に声をかけようと気がそちらに向いていたせいか、グラウンド側から飛んできた野球のボールに
気づかなかった俺は 危うく当たるところだった。
が、総士がボールにいち早く気づいたおかげで俺は難を逃れることができた。
しかし難とは別に新たな出来事が俺の身に降りかかった。
危ないと俺を押しのけてくれた総士。
俺は総士がとった咄嗟の行動に柔軟な対応が出来ずに、
渡り廊下の壁際に倒れこんでしまった。総士も引きずられるように同時に俺へと
倒れこんでしまったのだ。そうして起こる、新たな波紋。
それは旗から観れば、ドラマチックとも呼べる展開。
俺たちは、渡り廊下の壁端で重なり合っていた。
唇のぬくもりを二人で共有しながらーーーーーーー。
「っ・・ンッ・・」
くぐもった鼻をぬけるような俺の声が辺りに響き渡る。
俺たちは物凄い距離で互いを見つめ合い、唇を合わせていた。
すぐさま離れようと俺が状態を起こして唇を遠ざけようとした、その瞬間。
総士の唇が俺の口内に深く進入してきたのだ。
「んっ・・・!!?ふぁ、ンッ・・」
舌先で巧みに内部を侵食し続けながら、俺の頬を両手で掴んで
さらに深いキスを仕掛けてくる総士。
俺はなにがなんだか分からないまま、ただその行為にされるがまま
翻弄され続けていた。
「ぁ、ッ・・・ふ、・・ッ、んん・・・」
上気した頬を少し冷たい総士の指先が優しくなぞって来る。
しびれるような快感と甘い疼きに半ば酔いしれつつ、唇を離して
そっと見上げた銀色の瞳。
深く妖艶な輝きと共に優しさに似た、狂おしいほどの愛しさを瞳の奥に宿して
いるような気がして、俺は総士から目が離せないでいた。
「そう、し・・・」
ため息のでるような長いキスのあと、目がうっとりしてしまうほど
息がまだ荒い中、俺は目の前の幼馴染の名を呼んだ。
その声が微かな期待と未来を彼に望んでいるようで少し、恥ずかしかった。
「一騎・・」
低く甘いその囁きに、耳の奥がジンとした。
少し冷たい彼の指先が俺の髪を優しく撫でる。
まるで愛撫されている錯覚に陥った俺は、羞恥心に心を奪われた。
サワサワと風が渡り廊下を通り抜け、壁際に追い込まれた俺たちの横を
爽やかに通り過ぎた。俺たちは暫く見つめ合い、それから総士はそっと俺の耳に囁いた。
「好きだ・・」
と短く。
俺は何を言われたのか、最初分からずにいた。
きっと、気の抜けた顔でもしていたのだろう。
総士が微かにそんな俺を見て、苦笑していた。
そしてまた暫くの顔を見つめあいながら、重い沈黙を破って
総士が言葉を紡いだのだ。先ほどの、言葉を。もう一度、ちゃんとしたカタチで。
こういうとき、なんて応えればいいのだろう?
やっぱり、スタンダードに”俺も”と答えれば、俺の気持ちは伝わるのだろうか。
けれどそんな短い言葉じゃ、俺の気持ちのほんの一欠けらも伝わらない気がして、
何だか言うのが躊躇われた。
もっとちゃんと伝えたい言葉がある。
だけどそれが何なのかは、まだ分からない。あまりにも
突然な出来事だったから、状況に順応できないでいるのだ。
どうすればいい?こんなとき、もっと自分が器用な人間だったら、と思う。
すると二度ほど俺に気持ちを真剣に伝えてくれた総士が、
壁際に押し込められている俺から少し距離をとって離れた。
俺はびっくりして総士の瞳を覗き見る。
そこには、悲しみと戸惑いを浮かべた総士が俺から離れようとしていた。
まるでそこに生まれた気持ちまでもが離れてしまうようで、怖くなった。
「総士・・?」
訝しげな表情を作りながら、疑問の声を虚空に散らした。
総士は先ほどより言葉を濁して俺につぶやいた。
「すまない・・いきなりこんな事。お前を困らせるつもりは、ないんだ・・」
告白してから暫くの沈黙を”気持ちに応えられない”と読んだのか
突然よそよそしい口調で銀色が哀しく揺らめいた。
俺はどうしようと焦っていた。このままじゃ、さっきの告白もキスも
なかったことになってしまう。そうして俺たちの関係に多大な変化が訪れて
疎遠になってしまうかもしれない。
違うのに。俺はただ、嬉しかっただけなのに。
少しでもこの想いを伝えられる言葉を、選んでいただけなのにーーー。
どうしよう、早く、早くなんか言わなくちゃ・・・。
俺はそのとき焦っていて、自分が何でそんなことを言ったのかは
わからないけれど、どこか確信をついた言葉だと、心の奥でそのとき思った。
「俺が言う答えで、総士と俺は・・変わっちゃうのか・・?」
か細く震える声。不安そうに揺れる瞳。今の自分がどんな姿をしているのかなんて
容易に想像できた。きっと捨てられそうになった犬みたいなんだろうな。
総士は、俺の言葉に瞳を大きく見開いてから 瞬間、ふっと微笑を零していった。
「・・そうだな。少なくとも、今までどおりじゃ居られないだろうな。
きっともう、戻れない。気持ちを伝える前にはーーーー俺たち」
”俺たち”と一人称を変えて呟く優しい総士の微笑みに、胸が締め付けられる。
変わっていくモノがあるのだと今、実感した。それはどうしても抗えない事実で。
時の流れと共に、移り変わっていくモノでもある。なんだか少しだけ、寂しい気分にさせられる。
「そう、か・・」
なんとも甘酸っぱい心持ちにさせられた俺は、それから言葉が続かなかった。
答えを紡ぐことが怖かった。次にもたらされる急激な変化に順応する自身がなかったのだ。
そのとき、総士がやけに落ち着いた深い声色で俺の瞳の中に飛び込んできた。
「だけど、変わらないモノもあるよ」
「えっ・・・?」
意外な総士の発言に、一瞬俺は戸惑った。
その銀色に隠された答えを知りたくて そっと顔をあげて
目の前の幼馴染を見つめなおした。
「お前を想う気持ち。・・これだけは、きっと変わらない」
はっきりとした口調に隠された情熱が 鼓動に共鳴して
再び耳の奥で鳴り響いた。頬が上気するのがわかる。
「たとえお前に今ここで振られたとしても、きっともう駄目なんだ。
お前を好きになった時間を消すことはできない。だから、何処にいても
何をしてても・・お前の姿を探してしまうし、考えてしまう。それだけのことだ。
気持ちは消えない。−−・・これだけは、きっと変わらない・・・」
瞳を細めて眩しそうに言葉を紡ぐ総士の
暖かい眼差しに、俺はもう 迷うことも忘れて 大きな腕に飛び込んでいった。
「・・・!?か、一騎・・??」
いきなりの俺の行動に、総士が躊躇いがちに身を竦める。
総士の言葉と気持ちが嬉しくて、・・俺は自分の気持ちを抑えられなかったのだ。
「総士・・」
色々悩んで、選んだ言葉を口にしたって、どうせそれだけでは
きっと想いの全部は伝えられなくて。だから、今想う素直な気持ちを
言葉にした方がいいと想った。この目の前の、愛しい人のためにも。
「変わらないモノ・・俺も見つけたよ。」
そう言って、俺は今度は事故ではなく、自らの意思で
総士の唇にぬくもりを押し当てた。
総士は瞳を見開いて、それから・・俺の背中に腕を回して瞳を閉じた。
きっと俺たちの一歩はここから始まる。
少なくとも、以前とは違う、何かが。
だけど変わらないモノがある。
そう、きっと・・
いつまでも、変わらないモノは
ひとつだけーーーーーーーーーーー。
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