「おれっ・・馬鹿みたいだ。
たった一度のキスなんかに浮かれて・・・」
「一騎、ちがっ・・」
「勘違いしてーー。前よりもっと、お前の事好きになったりして・・馬鹿みたいだっ!!」
「待ってくれ一騎!・・違うんだ・・」
「お前には、こんなこと大した事じゃないんだろ?・・」
「かず・・」
「たった一つの言葉ももらえないのに、オレ・・・ホント、馬鹿みたいだっっ」
「一騎!!!!」
ファーストキス
廊下を走る僕と一騎の音が、学校中に響き渡ったって構わなかった。
今はそんな事を気にしていられない状況下にある。
事の始めは、好奇心。
けれど確かにそこに愛はあったのだと、はっきり言える。
ただ不器用な僕には、僕の持つ愛を一騎に伝え切れなかった。
その術を見出せなかった。
ありふれた言葉でよかった、特別な態度でよかった。
小さな事でも良かったのに、変化を求めなかった僕は、本当に浅はかだ。
愛はそこにある。
きっちりと、カタチになって僕の目の前にあるというのに。
伝えるにはあまりに幼すぎて。僕は自尊心ばかりを主張していた。
一騎が傷つくのも無理はない。
一週間前。クラスメートの一人が、クラスメートの女子と恋仲になって、
ファーストキスをしたという世間話で盛り上がった。
僕は差して気には止めていなかったのだが、彼女の唇の柔らかさに心が揺れたと触れ回っていた。
その言葉を聴いて、僕はある好奇心を持つようになった。
人の唇とは、どんなに柔らかいのだろう、と。
そして、その触れ合う唇の感覚とは、どんなものなのだろう?と。
実に安易で酷く幼稚な考えだと今でも反省している。
でも確かにそこに愛は存在したのだ。
試す、というより。この人とそうなりたいと心底望んだ相手が一騎だったのだ。
僕は一騎が好きだった。
触れたい、と思った。
だから、誰も居ない資料室に授業の教材を運ぶ手伝いをしてもらったとき、
一種の衝動から、仕掛けてしまった。
ーーーーキス、を。
好きだったから。・・一騎が愛しかった。
それだけだったのに。
そのした瞬間は、御互い多少動揺していたし、一騎も嫌がらなかった。
赤い頬に少し熱っぽい声を上げて、ただ
「総、士・・」
と呟いただけだった。
その場は、普通に、でも甘い空気が流れただけだった。
でも後日、きちんと一騎に告白しなかった僕の態度が仇となった。
一騎の耳に、僕が聞いた雑談が入ったのだ。
一騎は案の定、僕が人の唇に触れてみたいという好奇心だけで、あんなことを実行したのだと
思ったようだった。つまり一騎は自分が実験台にされたと思っているのだ。
僕に詰め寄ってきた一騎。
第一声がこうだった。
「初めて、だったのに・・・」
ファーストキス。
一騎でもそうじゃない人でも、特別な その行為。
ちゃんと、いえばよかった。伝えれば、よかった。
好きだからしたんだって、君に。
「一騎・・!!!待ってくれ、話を聞け!!!」
僕はもう、無我夢中だった。
息を切らして、一騎の腕を掴むと
グイッとこちらに振り向かせて その場に木霊するほど大きく叫んだ。
「お前が好きだ!!!!!!」
窓ガラスが、微かにビリビリと揺れた。
反響して、廊下に声が木霊した。
二人の足音も、その声で途端に打ち消されてしまった。
「・・・えっ?」
呆気にとられた一騎が、食入るように僕の瞳を見つめると、
少しだけ泣きそうな顔を見せた。
僕は怯むことなく、言葉を紡ぐ。
「好きだからした。一騎の・・ファーストキスを奪った事に後悔はない!!悪いか!?」
堂々にしては行き過ぎた傲慢さが見え隠れしていた。
一騎は僕のあまりの言葉に
「悪いか・・って・・」
と困ったように少しだけ僕の言葉を反復した。
「・・でも、言葉足らずでお前を傷つけたことは
ーー後悔している。すまなかった・・」
頭を下げた僕は、掴んだ腕をそっと放した。
一騎は、うな垂れる僕を見て、ふっと 自然に微笑を零していった。
「・・・お前って、ずるいな」
一騎は柔らかな声で、僕に向かってそういうと、瞬間、
色鮮やかな黒髪を揺らしながら、栗色の瞳を輝かせた。
はにかんだ一騎を目の前に、僕はついつい 照れくさくなって
顔を背ければ、一騎は笑って言った。
「おれのファーストキスが、総士でよかった・・」
”おれも好きだよ”と言われた気がして
なんだか胸の奥がくすぐったくなった。
「一騎、お前が好きだよ」
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