＜片道切符＞











一生に一度の恋なのかな・・
















夕暮れの校舎裏、あいつは丁度ベンチに座って本を読んでいた。
おれはというと、丁度校舎裏の掃除当番で、ホウキを使って掃いていた。
熱心に隅々まで綺麗にして、ゴミや落ち葉をビニール袋に詰めて焼却炉に運ぼう
とした　そのとき。不意にあいつのことが気になって、振り向いてみれば、
いつの間にかベンチに深く靠れかかって　寝入ってしまった様子だった。

起こしてあげようと最初は思った。まだ残暑の残る秋だといっても、　
やっぱり外で寝ていれば風邪をひいてしまうはず。
きっと体によくない。そう思って近づいて、肩に手を置こうとした。
でも、あんまりにも深く眠っているものだから、起こし辛くなった。
普段みせない無防備な寝顔には、どこか無邪気さとあどけなさが残っていて
いつものキリリ、としたクールな顔が消えていた。

そんな幼馴染の寝顔に、おれはあっさりと絆されて
起こすのをやめて、自分が着ていた上着をかけて　その場を去ったのだった。
まだ日は出ているから　風邪はひかないはずだろう。
日直でまだ仕事が沢山残っているから、もしおれが帰る頃までに起きていなかったら
起こしてやればいいかな、と安易に考えその場を離れたおれだった。

そうして、夕刻から夜刻に切り替わる寸前の時刻。
日直の仕事も終わってそろそろ帰ろうという時。
ちゃんと途中で起きただろうかと様子を見に、カバンをもってベンチを窺えば
その人は　まだ眠っているようだった。

さすがにこれ以上は風邪をひいてしまう、と思ったオレは
幼馴染に近づいて　ゆっくりと、先ほど触れるのを躊躇った肩に手を伸ばした。


瞬間ーーーーーーーーーーーーーーー。


ざぁっ、と辺りがざわついたと思えば　腕を力強く掴む感触に
今度は出逢った。




「え・・・？」


驚いて、声が零れる。
見下ろしていた　目の前の人は、いつの間にか瞳を開いて
こちらを静かに見上げていた。


なんだ、起きてたのか。


「総・・」

名前を呼ぼうと口を開いた　瞬間。
強引に、力強く、相手の方へと引き寄せられた。


ギュッ、ときつく身体を抱きしめられる。
先ほどまで座っていた総士。
いつの間にか立ち上がって　おれを抱き寄せると
軋むほどきつく　おれの身体を奪ったのだった。

一瞬、なにが起こったのかわからず、抵抗するのも忘れて
体は硬直していた。やっと、事態が把握できた頃には
総士の方から、身体を放して　おれとの間に距離をとった。
けれど、片手は握られた、ままだった。


「・・やっぱり、お前だったんだな。これ」


そういわれて差し出されたのは　おれが羽織っていた上着だった。
総士の言葉に、色んな驚きのせいで声が出なかったおれは　こくり、と深く頷いた。
すると、総士はおれの肯定に顔を綻ばせて、瞳を薄く閉じていた。
おれの手を握る総士の手に、力が籠る。


「・・・−−これ、・・この上着が・・もし一騎のだったら、今日こそ
云おうと・・・・思っていたんだ・・」

殊勝な声が、校舎裏に響き渡る。ざわめく木々の葉擦れの音が
そよ風に優しくかき消されて　あたりを彷徨い始めた。

夕映えの影が地面に映り、くっきりと二人の姿を浮かび上がらせては揺れた。
目の前に佇む銀色の双眸が綺麗に揺らめいて、琥珀の長い髪を風に溶かしていた。

淡々とした時間の流れに咲く、目の前の幼馴染は　圧倒的な印象をみせつけ、
そして寛大に存在を植えつけていた。


「一騎・・」


端麗な顔が、薄い唇が紡ぐ、自分の名前。
低く擦れる声音がどこか心地よい。
言葉の先が、なんとなく・・・見える。



「一生に一度の恋だと想った。
・・・・僕はきっと、お前に出逢うために生まれてきたんだと思う」




指先から伝わる、想いの丈を
どう返せばよいのだろう。

まだ未熟な自分には、総士の真剣さだとか、純粋さだとか
すべてを受け入れるには　幼すぎた。
総士はきっと　今、人生最大の勇気を振り絞ってくれている、だろう。
だって・・・手が微かに震えているから。だからーーー余計、どう答えれば
正解なのか・・・わからなかったんだ。


「ーーーーーー・・・・好きだ」




胸に響く言葉、がおれの深くまで染み渡り、波紋を作った。

息ができなくなる。
じわっ、と湧き上がる何かに今、自分は追い詰められている。



「あ、・・・・お、れ・・・・っ」


うまく言葉が続かない。そんな自分がもどかしい。
ぎゅっ、と変わりに総士の手を握り締めてみる。
総士は驚いた瞳をして、次の瞬間には優しい、困った微笑でおれを迎えてくれたんだ。



「うん・・・・、わかった。おまえの気持ち・・・」


総士は何かを理解したようで、静かに瞳を閉じると　小さく微笑んでいた。
おれは何か言わなきゃ、という思いに瞬間、駆られた。


「あっ・・！・・・総士、・・・おれっ・・・」


焦がれるみたいに紡げば、幼馴染の優しい瞳と再び出逢った。


「いいんだ、・・今はいいんだ。何も云わなくて、いい」


穏やかな、総士の声が空へと昇っていく。



「・・・オレが云った言葉が、オレが伝えた気持ちが・・
いつかお前に届いたその時に・・応えをくれれば、いいんだ」


ふわりと優しい瞳が語りかけてくる。”急がない・・待っているから”ーーと。
総士のそんな些細な優しさに触れたとき、おれの胸は大きく揺れて　心は強く締め付けられた。
今はまだ　よくわからない、でもーーーー・・。

こんな感覚を感じるのは・・・感じて、しまうのは・・もしかしたら。





「これが・・・一生に一度の、恋・・・なのかな・・・」



「ーーーーーーーーーーえ・・？」



不意に零れた想いは、音となって辺りに沈んだ。
総士はまた驚いた顔をして　おれを見つめて、ふと手を放した。
おれは、総士に眼差しを向けると　甘く締め付けられる胸の痛みを感じた。


「・・・まだ、おれには総士の気持ちがよくわからないけど・・・でも、
いつか・・・追いつくから。それまで・・・応えは待っててくれる、か・・？」


真摯な瞳に負けないくらい、真剣な答えだった。
今の自分に応えられる精一杯。それを総士がどう受け取ったかはわからないけれど。
総士は吹き抜ける風に髪を靡かせながら、静かに笑ってくれたんだ。



「・・・・あぁ、もちろんだ」












本当の応えに辿り着く　未来への片道切符を
おれに差し出してーーーーーーーーーーー・・



















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