誰かの全てが欲しいなんて

想ったことはなかった























てのひらで、抱えきれない
表編





















彼は、いつだって綺麗だった。

その艶やかな黒髪。潤った淡い桃色の唇。
華奢でスラリとした体躯。凛と前を見据えた紫紺の瞳。
肌は透き通るように白く、声は心地よい音楽に聴こえた。
匂いは甘い誘惑を仕掛ける彼の罠。
人前では見せることのない笑顔が僕に向けられたとき
どれほど僕が優越感に浸り、最上級の快感を得ているか、彼は知らない。

醜く汚れきった自分の手が、いつか彼を汚してしまうのではないか
と毎日が不安との戦いである僕に
彼は事も無げに ある一言を言い放って僕の世界を反転させたのだ。






「スザクの手・・・好きだな」






「・・・・・え?」





些細な日常の中、容易く落とされた言の葉。
それがどんな意味を持っているのかも知らず、
僕は唐突過ぎる彼の一言に 意識を彷徨わせ、
息を止めて彼を見つめた。




「お前の手って・・・なんていうか、しっかりしてるな。
握力あるし、大きいし・・頼りになる男の手、だよな。
スラリと長い指で、少しごつくて・・温かくて、安心する手だ」




どこかあどけない顔つきで僕を見つめ、
優しい色の瞳を切々と輝かせていたルルーシュは
まどろむ午後の光に包まれて、窓際に立って呟いた。

僕は光と同時に彼へと引き込まれるのが
自分でも不思議なくらい解かった。
言葉が出てきそうで出て来ない、この苦しみが
どこから湧いてくるのか 戸惑いと共に焦燥が
僕の意識を支配していった。



「・・・・そうかな。こんな手、ありふれてると思うけど」




本当は当の昔に汚れている手。
決して綺麗だとは思えない手のひらを眺めながら、
僕は過去の暗い感情に胸が焼かれているのに気づいた。

目の前に佇む清浄且つ洗練された存在が向ける、
僕の手に関する好意的な印象は どこか滑稽で無機質な感情を
僕の深層で孕み、営み、地上へと侵略をみせていった。


僕のしたことを本当に彼は理解しているのか
甚だ疑問に思う。
僕が父親殺しの大罪を犯したことは 彼も認識している。
にも関わらず、いつもどおり僕に接し、尚且つ傍にいてくれる彼の真意が
僕には掴めなかった。




「そんなことはない・・、
お前の手、オレは好きだよ」







軍部に属した僕の手は、
今も尚、誰かを傷つけることしか知らない手だというのに。

命令ひとつで誰かを血の海に沈める残酷な手。
この手で誰かを守ることすら躊躇われる。
醜く汚れた手に救われる人が可哀想だ。
だからユフィーのことも、正直心の中では哀れだと思う。
こんな僕の手にその身を預けて、それでも微笑むことができる
彼女はある意味凄い女性なのかもしれない。

だけど同時にそんな彼女を見ていて、しんどいと思ってしまう。
荷が重い。・・・騎士であるが故の苦悩なのかもしれない。
近くにいればいるほど痛感する。綺麗な手を持つ彼女と
汚れきった自分の手。差がありありと目の前に浮かび、
気丈な態度でいるのが今は辛くて仕方なかった。

ルルーシュも、綺麗な手を持つという意味では
ユフィーと何ら変わりがないというのに
彼の場合、僕が持つ印象は彼女と大幅に違っていた。

何故だろう・・どこか僕と似通った印象を受ける。

綺麗な手のはずなのに、匂いは僕と似ている。
目に見えない汚れが 彼にはある。そんな気がするのは
僕の勘違い・・・否、思い過ごしなのかもしれない。



「・・・・・・ありがとう」






久しぶりに誰かから実直な”好きだ”、という言葉を聴いた気がする。
ユフィーも僕に好きだと言ってくれたけれど、
何故か心に響かなかった。

それは本当の意味の好きではない、と僕は独断と偏見で
見透かしてしまったからかもしれない。
ユフィーが放つ”好き”は大衆向けに用意された言葉の雰囲気と
同じに聴こえて、 僕の中に残るはずもなかった。
大体、違いすぎる出生、立場が弊害となって僕らの前に聳え立っていた。
かといって どうこうする気もないし、どうにかなるわけでもない。


とりわけ僕にとっては どうでもいい部類だ。



変に冷血漢な自分を時々怖いと感じる。
それだけでも まだ血の通った人間である証拠だから
少しは安心していいのかもしれないが、他者をどこか
突き放す自分を問題だと思っておかなければ
平静が保てないのが情けない。
過去に受けた傷は 思いの他自分を戒めていたことに
今更ながら気づくなんて・・僕も大概なヤツだと自分で自分に呆れ返った。






「はは、・・なんか嬉しいな。好き、だなんて云われると
その気になっちゃうよ。ましてや、ルルーシュに云われると格別だね」


照れ笑いを浮かべ、僕が軽く頭を掻けば、ルルーシュは
目を丸くして ちょっとだけ複雑な顔をして言った。



「変な奴。オレは単にお前の手が好きだと言っただけだぞ?
その気ってなんだ、その気って・・・」



窓際に立つ、一厘の華麗な花は 僕に直向な光を向けて
淡く煌びやかに華やいでいた。
清楚な印象と華やかな印象の鬩ぎ合いを目の前で見た僕は
眩しさに目が眩んだ。 こんな孤高の存在に、僕の汚れた手が
届くのだろうかと 挑戦したくなってしまう。


微かな好奇心が僕にその言葉を言わせた。
そう、言わされたんだ。もう一人の僕に。





「ルルーシュ、僕の手と付き合わない?」




「・・・・・・・・・・・は?」





その気、を言葉にしてみたくなった。
僕の心理としては それだけだった。




「僕の手、好きなんだろう?なら、僕の手と付き合ってよ。
好きなら交際するべきじゃない?」



ぽかん、とした顔で綺麗な紫紺が真っ直ぐに見つめてくる。
僕は対照的にあっけらかん、とした顔で応戦する。
何を言ってるんだコイツは。
今ならルルーシュが思っていることが手に取るようにわかった。
さすがについていけない、とでも言いたげな脳内が
ルルーシュの壊顔する表情から滲み出ていたのだった。



「・・・・・・・・手と、交際・・って・・・どういうことだ・・・?」


未だ理解に苦しむ天才的頭脳の持ち主、ルルーシュ・ランペルージ。
僕の大切な幼馴染は、時々可愛らしいことを僕に言ったり、幼い表情になったり
無防備な本来の姿をさり気無く僕へと見せてくるから また堪らない。



「僕の手とルルーシュが付き合うんだよ。
所謂、恋人同士ってこと。・・どう?面白い提案じゃない?」


面白い、というか異色ではあるな。
顔を一気に歪ませて、僕の思考を読もうと一生懸命のルルーシュが
また可愛い。不思議だな。普段はあんなにつん、としたイメージなのに
二人でいると 昔みたいに和やかな雰囲気が微かに流れる。
歳を取って、立場が違って、色々と歩んできた道も違うけれど
こうして再び出逢えたことが きっと僕らの全てを物語って
くれているんじゃないかと思う。こうして一つの流れに二人で乗れた喜びが
教えてくれる。僕らは運命共同体のようなもの。出逢えたのは
必然なんだって。



ルルーシュが考え中の間、僕は様々なことに
想いを廻らせていた。すると、突然にルルーシュが
重い唇を開いて、言の葉を紡ぎ出したのだった。




「・・・なるほどな。面白いじゃないか・・・
いいだろう。お前の手と、付き合ってやるよ」




考えが答えに至ったのか、ルルーシュは
意地悪気な瞳を見せて、薄っすらと微笑んだ。
僕の提案に乗ってくるなんて 意外だと本当は思った。
いつもなら”くだらない”とか”この体力バカが。脳みそがおかしくなったか?”とか
言いそうなものを。何故だか ルルーシュらしくもなく、そんな間逆の答えを
導き出して 僕の思案に便乗してきたのであった。


僕は少し驚くと、ルルーシュに訊ねた。
彼の真意を推し量りたくて。



「どういう風の吹き回し?」


遠まわしに僕が聞けば、含み笑いをして
彼は僕へと答えた。




「ま、簡単にいえば・・その気になった、ということだ。
お前の手とオレが恋人同士なんて、存外面白そうじゃないか」



ルルーシュは新たな楽しみを得た子供のように
イタズラっぽく笑うと 僕に向かって手を差し伸べる。



「これから宜しく。・・・オレの”恋人”」




僕は、差し伸べられた手を 反射的に視界に映すと
自分の手を自然と差し出して、彼の手と握手をした。






「・・・・・・こちらこそ」



それはゲームのような感覚。
曖昧に告げられた好き、の一言から始まった関係。
それなのに 不思議だ。
僕はそのとき唐突に想ったんだ。









あぁ、僕の汚れた手は
こんなに綺麗な君へ、・・ちゃんと届いたのだと。













+++
















それは単なる気まぐれ。



あいつがあまりにも余裕な顔で笑っているから
ぎゃふん、と言わせてやりたくて。
オレは交際、を承諾したんだ。


今は”スザクの手”とだけ交際しているが
そのうち「自分自身とも交際して欲しい」と言わせてやる
と最初のオレは意気込んでいた。


”手”だけでなく”スザク”自身と恋人同士になって欲しいと、
相手にそう思わせるのがオレの最終目標だった。
そう、これはゲーム。最初に『今の関係だけじゃ物足りない』
と考えさせられた方の負け。言葉にしてしまった方の負けなのだ。
本当に恋に落ちた方が負ける。相手をどれだけメロメロにするか
にかかっている。正直自分には自身がある。だから
勝算はオレにあるようなものだ。あとは時間の問題。
本気になってはいけない。そう考えていた。

新しい心理戦を得たオレは、面白い遊びを見つけた
子供みたいに 無邪気な気分でそれを楽しんでいた。
そう、・・そんなのは最初だけだと理解せずに、
オレはそのゲームに便乗したんだ。



勝算はオレにあったのではなかった。
そんなのはわかりきったことだったのだ。




何故なら、スザクは天然で・・オレは賢いから、だ。










軽くゲームを楽しもうとしている天然のスザク。
そして生真面目にゲームを攻略しようと策を巡らせているオレ。
差は歴然だった。




最終目的まで立てて、オレは一体何をしてるんだろう。
こんなの・・・













最初から本気でいるようなものじゃないか。







































「ルルーシュ、ご飯粒、口元についてるよ?」




隣で微笑む深緑の双眸。深みを増す、優しい声音。
心地よいフワフワの亜麻髪が微かに頬に触れては離れ、
長くしっかりした男性の指が口元の小さな米粒を掬い上げた。
唇を掠め、触れた指先。そのしなやかさに身震いが起こる。

昼休みの生徒会室。
二人だけで久しぶりの昼食をとる。

スザクの手と付き合い始めて二週間。
些細な事が、いちいち胸にくるのが気に食わない。


こうして、米粒を取られただけで、ときめいてしまう
自分がかなり許せない。
負けるもんかと頑張るけれど、変な気負いが裏目に出て
余計意識してしまう。羞恥心と高揚感が常に身体を支配していた。


さり気無い仕草。優しい指使い。
掬い上げた米粒を自らの口元に運び、もぐもぐと食べる彼は
無意識に恥ずかしいことを容易く行うことの出来る超天然系幼馴染。
勝算があると思って始めたこのゲームを、早くも断念したい気になるのは
このままでは自分が負けてしまうのではという 脆弱な心がそう
自分を追い込んでいるからだった。


「・・・・・・あ、ありがとう・・・」


いちおうお礼を口にする。
変な気恥ずかしさが頬を朱色に変化させ、気分まで赤く染めあげた。
スザクは 気に留めることもなく 微笑んで その大きな手を
ぺたっ、とオレの頬に擦り付けていった。



「いいよ、気にしないで」




手だけの付き合い、だからといって 侮っていた自分を悔いる。
手だけでなにが出来ると思っていたのに。
色んな活用法を見い出すスザクは根っからのたらし、に思えてならない。




例えば下校時。
さりげなく手が触れて、絡まる瞬間。


どれだけオレの心臓が跳ね上がっているのか コイツは知らない。




例えば穏やかな自習時間。
さり気無く髪を梳いてくるコイツの手が どれだけ温かいか
コイツは気づいていない。




例えば、こんな昼下がり。
二人きりで一緒にご飯を食べているとき。
不意に米粒を取ろうと伸ばされた指先が 唇に微かに触れて
どれだけ胸が締め付けられたか コイツはわかろうとしないんだ。






これはただのゲームで、本気になったほうが負けで。
そんなこと解かりきってるのに いちいち心が反応するのは
自分が既に負けているからなのではないか?
そんなことすら思えてしまう。






スザクは相変わらず変わりなく、オレの横で
微笑みながら 食事を楽しんでいるし、こいつにとっては
こんなのは容易いことで さして気に留めることでもないということは
明白だった。・・・オレばかりがなんだか空回りで カッコがつかない。

たしかに自分が引き受けたゲーム。
断らなかった自分も悪いが・・どうにも腹の虫が納まらないのは事実で。




だからオレは決心したんだ。
もっと自分を磨こうと。


この天然をメロメロにするには
もっと もっと・・気づいてもらえるまで
努力しなくてはいけないんだと。



変なやる気が起こり、オレは自分を少しずつではあるが
今よりもっと 魅力的な存在に磨き上げていこうと思った。
スザクに気づいてもらえるように。





スザクに・・恋してもらえるように。





この時点でオレは知らなかった。
気づかなかったんだ。




すでにオレの頭の中で









スザク自身が恋愛対象に変化しているということに。
バカだな・・オレは。










メロメロなのは、どっちだよ。















+++













「最近・・・ルルーシュ 以前にも増して、綺麗になったと思わない?」



「ね!私も思った!!すごいわよね〜・・。
あれって色気、よね!完全に」


「た、たしかに・・・ルルは綺麗だけど・・・でもどうしてイキナリ・・」


「ーーー・・よくいいますよね、恋すると女の人の場合は、綺麗になるって」


「おいおい、ニーナ。ルルーシュは男だぜ?
それにルルーシュが恋なんて・・・・なぁ?会長」


「そうねぇ・・・・想像つかないわよね。ナナリーもいることだしねぇ」


「そ、そうよね!!ルルが恋なんて・・・ちょっと複雑だけど
・・・ルルはまだ・・・だよね」




生徒会室の扉の向こうから聞こえる噂話は
どうにも知らないふりをすることが出来ない内容のように思われてならなかった。


開けようと思った瞬間に交わされていた言葉達。
少なからず自分に関わったことなのではないか、と思えるのは
当の本人と一番面識があり、原因に近い存在であり、
大いに渦中に首を突っ込んでいる自らであるからだと感じた。
決して 思い上がりではないと思えるのは確信がほのかに
頭を横切ったからだった。


ふわふわ、の亜麻色の髪が首を左右に振ると、目を醒ませと
言わんばかりに瞳を活目して 勢いよく扉を開いて
噂の渦の中に身を乗り出していった。



「遅れてすみません!」



第一声は謝罪の言葉。
そして第二声は・・・。




「あれ?ルルーシュは?」



今噂にあがっていた人の名前であった。







「あ、スザクくん。ルルーシュ、今職員室に呼び出しなんだ〜」


オレンジ髪のシャーリーが明るくそう答えると
席につくように スザクを促して こちらに合図を送ってきた。


「職員室に呼び出し?・・なんかあったの?」


聞き返すと、違うところから声が返ってくるのがわかった。



「んー、なんでも日直の仕事でどうのって、言ってた。
よくわかんないけど、今日ルルーシュ日直だし、頼みたい仕事あったんじゃん?」



「・・・・なんだろうね、仕事って。
僕で手伝えることだったら、日直じゃなくても手伝うのに」



「あ〜、やめとけって。科学の教員、ルルーシュのこと気に入ってるし、
どうせまたくだらない発明して 新作でもルルーシュに見せてるんだよ。
日直の仕事なんてただ名目だって!」


軽い口調と嫌味な顔で リヴァルがスザクに相槌を打って
頭上でてのひらをヒラヒラとひらつかせていた。
リヴァルの横でつまらなそうな顔をした会長は

「ルルーシュも大変ね〜」

と一言漏らして、仕事仕事と騒ぎ始めたのであった。




スザクは瞬間、胸騒ぎがしてならなかった。
職員室を今通り過ぎて来たが、ルルーシュらしき人を見かけなかったのも
ひっかかるし、何より科学の教師を聞いて 胸がざわついたのだった。

以前から薄々勘付いていたが、彼のルルーシュに対する目の色が
明らかに違っていたのだ。異色まがいな目つきと対応がひっかかっていた。
それは恐怖・邪念を呼ぶ類の瞳。鬼気迫る好意。
そんな彼がルルーシュを呼び出すのが 耐えられなかった。


スザクは すかさず、踵を返すと 扉を再び開けて、
会長に一言いった。




「忘れ物、取りに行ってきます!」




「へ??」




返事も聞かず、飛び出した亜麻色の髪は
虚空に瞬間 ふわりと浮かんで 心地よく靡いたのがわかった。


思わず想いが先走る。
長い足がものすごいスピードで廊下を蹴り上げる。
足音が学園内に響き渡り、風を切る スザクの姿を見かけた
女子生徒がスザクをカッコいいと思うのには時間はいらなかった。 
そして当のスザクは そんなことは知る由もなかったのであった。
























さて、どうしたものか。
この状況を打破するには 一番てっとり早い方法がひとつ。
ギアスを使う。この一言に尽きる。


ルルーシュは 目の前で息を荒くする科学教師を
軽蔑の眼で睨みあげた。


簡素な体育倉庫。室内は狭く、空気は湿っぽい。
何より薄暗い。何故こんな場所に来てしまったのかというと
答えはひとつ。内緒話をしにきたのだ。





「で、用件はそれだけですか・・・先生」




熱く血走る目の瞳が気持ち悪い。
吐く息が汚い。肩で呼吸をするほど興奮している意味がわからない。


最初は実験結果を見せたいと言っていた。
まぁ、アシュフォードの教員をしているくらいだし、頭脳と発想力は認めていたつもりだ。
発明した成果はそれなりにためになるものが数多くあったのを
踏まえて、今回も いちおう見ておこうと思った。

今後の黒の騎士団になにかしらの役に立つ発明でないとも
限らないわけだし、見るだけならと思っていた。
が、発明作品を体育倉庫に隠しているという時点で
怪しさが思考を横切った。絶対何かしらあるだろうと
予測して、身構えていたものの。

実際蓋を開ければどうということはない。
発明などまるで嘘。

ただ自分に向かって放たれた言葉は一言。



『ルルーシュ・ランペルージ君。
君のことが好きだ!!!』



ただの愛の告白であった。



引きこもり気質であり、引っ込み思案な性格に見える
この教員は ただ人目につかない場所を選んで
自分に告白してきたに過ぎず、それ以上の意味はなかったのであった。







「ずっとずっと・・好きだったんだ!最近の君は
以前にも増して綺麗で、・・誰かに奪われたらどうしようと
気が気でなかった・・・!!どうかこの想いを・・受け止めて欲しい」



情熱的に切々と言い募る中年男性に向ける軽蔑の眼は
冷淡に見えたに違いない。

ルルーシュは大きなため息を吐くと、”用件はそれだけなんですね・・”
と一言小さく零した。次の瞬間、驚くほどきっぱりと、教員に向かって
ルルーシュは断りを入れたのであった。




「すみませんが、先生とどうこうなる気はありません。
この話、聞かなかったことにします・・諦めて下さい先生」





そう一刀両断すると、ルルーシュは踵を返した。
ギアスで自分への感情をなくしてしまおうかと思ったが
暗がりでよく相手の顔が見えなかった。
というか、見るのも躊躇われた。
とりあえず外に出ようと 身体を表へ向けた途端。


「ランペルージ君・・!!!」



切羽詰る声が聴こえ、長い手がルルーシュの腕を制服越しに掴んだ。
強烈な力と同時に 激しい嫌悪感が身体中を走る。
拘束された手を 否応なく振り払うと ルルーシュは相手に牙を向いたのだった。




「オレに触るな!!!下衆がっ!!」



激しい怒号と共に相手を威嚇する眼差しは
教師の恋心を駆り立てる要因に成り果てていた。



「そんな顔も君はするんだね・・・、綺麗だ・・・!!」




「なっ・・!??この変態がっっ」




あまりにも気色の悪い言い回しに、鳥肌が立つと
ルルーシュは もう我慢ならないとばかりに
ギアスを使おうと試みたーーーー刹那。







「ルルーシュ!!!!」






聞き馴染んだ甘く囁くような響きに
我を忘れて振り向いた。



視線の先には 息を切らした その人が
額に汗を滲ませて、颯爽と現れたのであった。






「スザク!!!!!」



驚きと、意外さと、嬉しさで
声が少し上擦ってしまうのがわかった。


ルルーシュは早々に体育倉庫から出て、外の光の下、
佇む深緑の双眸を持つ少年へと近づいた。

背後から追ってくる教員より素早く外の土を踏み、
思わずスザクの背後へと身を隠す自分がいることに驚いた。
それはスザクに 守ってもらおうという意思表示を
示したことになる。そしてそれをすんなりと受け入れて
しまえる彼の度量が 最早、”優しい自分の恋人”にしか思えなかった。


手だけしか交際していないというのに・・。





「先生、ルルーシュに何をしようとしたんですか?」



怒りを含んだ彼の声は 普段の甘さを微塵も見せる事無く
無機質に響く冷涼な音源へと変わっていった。
ルルーシュは冷酷な顔で目先の人物を睨みつける
スザクが頼もしくて、誇らしくてたまらなくなった。

鼓動は、自然と高鳴っていく。
自分より僅かに背が低いというのに、今は広い背中と
凛々しい眼差しが それを感じさせずにいることが嬉しい。

とくん、とくん・・・早鐘のような自分の心に
湧き出 聖水の如く 心は潤いを見せて行った。





「いや・・・私は、別に・・・なにもーーー・・・」



しどろもどろに答える教員は 動揺を見せて
一歩後ずさると スザクに向かって言葉を投げた。



「君こそ、いきなりなんだね・・・!!出しゃばりやがって、イレブン風情がっっ!!!」


偏見と侮蔑の言葉がスザクを汚した。
ルルーシュは瞬時にカッと頭に血を昇らせた。
酷い言葉を返してやろうと思った。が、それを制したのは
優しい大きな手であった。

スザクに隠れていた身を前へと乗り出そうとしたのを
制したその手に 目を奪われる。



「ルルーシュ、いいんだ」


落ち着いた声が耳元に鳴り響く。
次の瞬間 スザクは 純粋な色で相手を一喝した。



「僕をどう言おうと構わない。けどルルーシュが嫌がることを
したら僕はあなたを許さない。・・・覚えておいてください」



透き通った声音は 風を誘い、柔らかな亜麻色を空へと靡かせた。
深緑の澄んだ瞳は世界を包み、空気を清浄なものへと変化させていく。

相手の教員は ぐっ、と口を噤むと スザクの真っ直ぐな瞳に
引け目を感じて その場を早足で去っていった。


ルルーシュとスザクは相手がその場からいなくなるのを
確認すると ほっ、と一息ついて 向かい合った。



「ルルーシュ、何かあったら僕にいって。
いつでも君を守るから」



言い零した言葉は、どこまでも直向で従順な色を宿していた。
スザクの慈愛に満ちた淡い心に身が竦む。
自然と触れ合った手が、熱い。



きゅっ、としっかりと握り締められた てのひらから
自分のありったけの想いが零れ落ちそうになった。


抱えきれなくなるほどに、膨らんだ想いの欠片に
気づかれても構わないとさえ 想ったのだ。




「す、・・・スザク」


俯き加減に視線を落とす。
恥ずかしくて目の前の人が見てられない。

ルルーシュは殊勝な声で スザクを呼ぶと 
意を決して相手の瞳を覗きこんだ。



するといつの間にか 慈愛から痛切な瞳へと
変わっていくスザクの表情が見て取れた。



「ルルーシュ・・・僕は」




そこまで言いかけて、長い綺麗な指が
そっと触れる。



その触れた部分が微かに震える。
甘く潤った唇をたどたどしくなぞる指先に
疼きと快感ともどかしさを覚えた。


もっとそれ以上、の何かが欲しくてたまらないのに
何も言えなくなる。

言葉に詰まったのは 溢れ出した想いがきっと
そうさせたのだとルルーシュは感じた。




「僕は・・・・・」





瞬間。






「おーーーーーーーーーーいっ!!」






二人の間を割って入る声に 二人は距離を取って
はじかれるみたいに互いから離れた。

声のする方向へ視線を向けると、生徒会のメンバーが
こちらに向かってきているのがわかった。
声の主はリヴァルであった。

ルルーシュは表情を崩すとむっと、ふて腐れた表情を作った。
とげのある声で皆を歓迎してみる。


「なんだ?何の用だ?!十秒以内に言え!」


「うぉっ?!機嫌悪いなルルーシュ・・」


刺々しい口調で睨まれたリヴァルは心外だと
言わんばかりの高い声で非難した。


「なんだよ〜。せっかくあの科学の先生につき合わされてる
お前を助けに行こうって皆で来てやったのに〜」


”職員室にいないから探すの大変だったんだぞ〜”
そう訴えてくるリヴァルにまぁまぁ、と宥めた声を投げかけて
シャーリーはほっと息をなで上げたのだった。


「でもどうしてスザクくんがここに?忘れ物は・・?」


「そうねー。スザク、あんたどうしてここにいるの?」


シャーリーの問いかけに、ミレイが乗っかる形で
質問をぶつけた。スザクは二人の方を交互に見やると
爽やかな笑顔で周りの空気を一掃したのであった。




「忘れ物ならここにありますよ?ほら」



スザクは当たり前とでも言うかのごとく、ルルーシュを
指差してにこにこ、といつもの笑みを浮かべて見せた。
ルルーシュはぎょっとすると ”なんだよ”と口篭って
恨めしくスザクを見つめたのだった。

生徒会一同はなるほど、と大きく頷くと
新たな疑問に行き着いた。



「そういえば、どうやってこの場所がわかったの?」


今までずっと黙っていたが、どうしても
聞きたかったのか 清楚なイメージを纏う
学園のアイドル的存在、カレンの声に一同が耳を澄ませた。



「だな。おれたちは手分けしてルルーシュ探したけど
お前はどうやってわかったんだ??」


リヴァルが便乗して聞き及ぶ。
スザクはきょとん、とした顔つきになったあと、
今日一番の温かな微笑で受け答えたのだった。







「・・・なんとなく、ルルーシュの声が聴こえた気がしたんだ」








それ以上、スザクに質問する者はいなかった。











ルルーシュはただ、俯いて
頬に集まってくる熱を沈めるのに必死だったのである。









+++





















さり気無い優しさが、胸に降り積もる。





今までなら、なんでもなかったことなのに。
どうしてこんな風に 感じとってしまうのだろう。


これがきっと恋に落ちる、ということならば




もうとっくに自分は負けているはずなのに。
何故だろう。このままでいい、なんて思うのは。
それ以上を求めてしまえばきっと 今が全て失われて
しまうから、なのかもしれない。


安易な考えかもしれないけれど・・
贅沢はいわないから。



スザク。








オレに、もっと・・・・・・・・優しくして。
お願いだ。














「こほっ、こほっ・・・!」








咳が止まらない。喉が痛い。身体中が熱い。
そう思った瞬間、身体に力が入らなくなる。


グラッ、とよろめいた身体が前のめりになって
階段から落ちそうになる。
けれど落ちなかった。やっぱりオレは 運がいい。

違う。そうじゃない。



支えてくれたんだ。あいつが。
抱きとめてくれた。オレの体を力強く抱えて、そのあと
背中に背負って ここまで運んでくれたんだ。

そこまでは意識があった。
あったのに、いつの間にか意識は遠退いて、
目が覚めたときには 辺りは夕暮れ。

保健室のカーテンの隙間からオレンジ色の光が零れ落ちていた。
ベッドに横たわっている自分の額には濡れたタオルが乗せられていて
何故だかベッドの横に ぬくもりを感じた。


ふと、目を横に配れば すぐわかる。


おそらくオレをここまで連れてきてくれた人物。
オレの・・恋人。手だけ、のな。



彼はオレのベッド際に座り、顔を伏せる形で眠っていた。
献身的についててくれたのがわかる。
近くにあったテーブルに 洗面器と水が張ってあった。
そして温度計、水のみ、薬、ゼリー状の食料まで用意してある。


軍部の仕事で忙しいというのに、こんなときに
傍についててくれるなんて
どこまで優しいんだこいつは。・・・そう思えてしまう。



「ん・・・・・?」



ベッドを身じろぐ音が聴こえたのか、スザクは
オレが目覚めたことに気づいた。




「ルルーシュ、目が覚めたんだね?」



優しい声が聴こえ、視線をそちらに移す。
やっぱり優しい深緑が近くで揺れていた。



タオルをそっと外すと、スザクはオレの額に手をおいた。
ひんやりとした手は水に触れたせいで冷たかった。
きっと、オレの上においていたタオルを何度か濡らして変えたせいだろう。
些細な事が胸に詰まる。優しさが、痛い。


ずっと、こうして触れて欲しいと思ってしまった。






「うん!熱は下がったみたいだね・・・よかった」



陽だまりみたいな微笑が落ちてきた。
オレはその眩しさに 眩暈が起きる。
起き掛けに、こんないいものをみせられたら
呼吸が止まってしまう。



「悪かったなスザク・・・色々とありがとう」



言葉少なにそういえば、”いいよ”と笑ってくれる人がいる。
こんな温かさ、久しぶりだと思わず嬉しくなった。


熱があるとき・・病気で寝ているときは
誰かに傍についててほしいとどうしても思ってしまう。
気が弱くなっている証拠なのかもしれないが
でも、こんなときくらい 誰かを求めても罰は中らない気がして
少しいつもよりも強引に 強気でいられる自分がいた。




「もう少し寝たら?・・・・きっと季節の変わり目で
身体が順応できていないんだよ」










外は凍えるような木枯らしが吹き、
活発に新たな季節を呼び寄せている。
曇った窓越しに 枯れ木が移り、侘しさを伝えていた。


部屋の奥からは暖房の風が音を立てて空気を循環している。
コポコポとどこからともなくお湯が沸く音が聴こえ、温かな湯気を出していた。
スザクはルルーシュから視線を外すと 壁に掛かったカレンダーを
眺めて呟くのだった。



「もうすぐルルーシュの誕生日だね」



嬉々とした声で落とされた言の葉に
思わず顔が赤くなる。熱のせいでは、もちろんない。



「あ・・・、あぁ・・・・覚えてたのか」



「もちろんだよ」




優しい恋人。理想的な偶像を前に
どうにも気持ちが昂ぶってならない。
ルルーシュは目を虚ろにしながらも 夢ではない
彼の姿をしっかりと 瞳に焼き付けていた。
温かな存在に、胸がほっとすると同時に 静かな鼓動を響かせる。




「何が欲しいか言って?僕、いちおう働いてるから
それなりのもの、贈れると思うよ」



言いながら、大好きな彼の手、
所謂自分とお付き合いをしている手がルルーシュの髪を
優しく何度も撫でるものだから ルルーシュは
その優しい手と彼の気持ちに胸がいっぱいになってしまったのであった。


自然と、想いが形になって・・頬を伝う。
瞳から溢れるものの正体は なんとなくだけど
理解している。


もう、認めざるを得ないのかもしれない。
ここまできてしまったら。




自分は、彼をーーーーー彼のことを。







「ルルーシュ・・・?」





撫でられた髪から指先が離れ、
今度は流れ落ちた涙へと指先が触れる。


零れ落ちた想いを優しく掬い上げ、
スザクは静かに声を落とした。






「どうして泣いてるの?・・・・心細くなった?」






控えめな声と共に覗き込まれたのは
深緑の瞳。初夏を思わせる青葉の色と同じ、それ。
憂いを帯びた 綺麗な深緑は自分を直向に
見つめ続け、温めてくれた。


ルルーシュは いつの間にか泣いている自分が
不甲斐無くて、声を沈めて 小さく答えた。




「見るな・・・・恥ずかしい」




お前が好きだと気づいた瞬間に
流れ落ちた涙なんだ、これは。



ルルーシュは伝えなくてはならない言葉が
喉の奥でつまっているのがわかった。
急いで伝える必要はない。けれど苦しさで息がままならない。
どうすればいいかわからないが、どうにもできないだろうし
もう、このままいっそ、死んでしまいたいとさえ思える。




ルルーシュの止め処ない涙に
スザクは一瞬目を瞠ると 次の瞬間には
困ったような微笑で、じんわりと響く声を空気に溶かすのだった。





「いいよ、・・泣けばいい。僕は見なかったことに
してあげるから・・・安心して泣いて、ルルーシュ」



そっと涙を拭ったあとに、瞳を隠すみたいに
ルルーシュの目元を大きなてのひらが覆った。

全てを隠し、世界から色を奪い、暗闇の中に
一人置き去りにでもするかのような暗黒に
ルルーシュは問いかけるしか 術がなかった。



「スザク・・・・そこにいるか?
・・・・・いてくれる、か・・・・・?」





おかしなことを言っているとわかっていた。
自分の目を隠す手はスザクの手なのに。
いるのはわかってるはずなのに。

どうしても確認したくなってしまったのだ。



ルルーシュは自分が甘えた子供に還った気がして
少しの羞恥心を覚えた。
でもそれよりも不安を拭い去りたくて、スザクへと問いかけをやめなかった。



「スザク・・・・」



返事を、してくれ。





すると殊勝な声音と低く囁く声が交じった
柔らかな音調が耳に馴染んでくるのがわかった。





「ここに居るよ。君の傍に
いつだって僕はいるから・・・・」




覆いかぶさっていたスザクの手の甲に
チュッ、と乾いたキスが贈られる。



スザクはルルーシュの目を、涙を隠している大きな
スザク自身の手に
キスをしたんだと知ったのだった。


どうしてそんなことするんだと
 ルルーシュは思わず焦燥に駆られた。

どうしてそんな遠まわしのことをするんだと。
触れればいいのに、その唇で。
確かめればいいのに、ぬくもりを。




それはゲームのルールに反するからだろうか?
あくまで自分はスザクの手としか交際していないから
唇で触れるのは反則なのだろうか?


欲しいのに。
キスが欲しい、スザクが欲しい。


全部欲しいのに。




気づけば そう思う自分が
いつの間にか創造されていたことに驚いた。






恋に落ちた、そして相手の全部を欲しいと思った。
手だけじゃ足りない。もっと、もっと。







ルルーシュは改めて、自分がこのゲームに
負けたことを痛感したのだった。


いや、そもそも これがゲームだったのかも
今はわからない。







ただ、











誰かの全てが欲しいと想ったのは




初めてで




















何故だろう、











































・・・嬉しかったんだ。

























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青井聖梨です、こんにちは〜。
スザルル小説ちゃんとしたものは久しぶりです。
なんだかちょっとぎこちなくてすみません(笑)
次回というか裏編につづきます。
是非そちらもご覧下さいませ〜。

それでは裏編で!!
あ、いちおうこれルルーシュの誕生日小説なんです。
ルルーシュ!!お誕生日おめでとうvvvv

ではでは。

青井聖梨・2007・12・5・