いつだって、僕らの願いなんて


それだけなんだ











小さな祈り、僕らの。






「怖いよ・・・アスラン」





繋いでいた君の手が、不意に俺の手を強く握り返した。
その声があまりにもか細くて、その姿があまりにも儚かったから。

俺は君にそっと問いかけた。



「・・・何が怖いんだ?キラ」




すると君は今にも泣きそうで、でも泣かなくて。
ただ静かに俯いて、沈黙するばかり。
俺はそんな君の様子に困り果てる。




「キラ・・・・」




君の名を、そっと呟いてみる。
出来るだけ優しく、出来るだけ君が安心できるように。



「キラ・・・、大丈夫だ。
お前の事はちゃんと俺が受け止める。
だから怖がることなんて何もない・・・。」


そういうと、キラは俯いていた顔を上げて
俺の顔を真っ直ぐと見つめてきた。



どこまでも透明な真珠色の涙がキラキラと君の頬を伝った。
その透き通るような涙に、俺の心は静かに軋んだ音を立てる。



今度こそ、君は泣いていた。







「・・・だから怖いんだ」





君はそう言うと、俺から視線をゆっくりと逸らして
肩を竦めて、震えていた。






「・・・・・・・・・どういうことだ?」





俺は繋いだ手を更に強く握ると、君を力任せに引き寄せる。
君はその勢いで砂に足を取られて、体勢を崩すと 抱きかかえられるように
勢い良く、俺へと倒れこんで来た。



俺は、華奢な君の身体を思いきり抱きしめる。
君が何か呟いた気がしたけれど、波音にかき消されて
君の言葉は、俺の耳まで届かなかった。


沈みかけた赤い夕日が、いつまでも抱き合う俺たちを照らし続ける。

砂浜を二人、手を繋いで歩いた。
久しぶりに君と過ごした幸せな一時。
明日にはもう、俺たちは宇宙へと上がる。
宇宙では気が滅入る惨状をこの瞳に焼き付けなくてはならない。
そんなこと、目に見えて分っていることだっだ。
でも俺も君も、それを口にすることはなかった。
口にする必要など、なかった。


俺たちは、AAが停留した場所から近い、浜辺へと足を運んだ。
これから起こる事への心の準備や気分転換も含めて、
俺たちにはそういう時間が今、必要だった。
全てを受け止められるように。全てと戦えるように。そして・・
君の全てを、受け入れられるように。



夕日を背に、二人夢中で抱き合った。
いつ、この温もりを失うかわからない。
君にも、俺にも、いつも死が付き纏って離れなかった。

――そんな自分達が、悲しかった。





「俺たちは本当に・・・・戦うことしか、出来ないのかな・・・」




不意に、想いが口から零れた。


俺の胸に顔を埋めていた君は、少し驚いて俺を見上げる。
君の涙は、俺の服が全て吸い込んでくれていた。君の涙は止まっていた。
俺は君の視線を正面から受けて、風に髪をなびかせながら、空を仰ぐ。
君の亜麻色の髪も、風に乗って空へと上がる。


空を仰ぎながら、何処かやりきれない想いを抱えながら
俺はもう一度キラに問いかけた。



「キラ・・・言ってくれ。――何がそんなにお前を苦しめているんだ?」



刹那、君の紫玉の瞳が微かに震えた。
俺の言葉が空に溶ける。



「何がそんなに怖い・・?」



空に向けていた視線を、君に向けて 俺はもう一度
君の言葉を待った。
波間に見える、大きな波紋を君は静かに見つめていた。
また、視線を逸らされた。
俺は少し、胸が痛むのを感じた。

でも君は、さっきとは違って 視線を俺へと向け直した。
俺は少しドキリ、とする。



「この瞬間が怖い。」


海に沈むような、闇に潜むような声で
君はそう言った。


「え・・・・・?」


一瞬、何を言われたのか解からなかった。




「幸せを感じるのは・・・・怖いよ。」



今度は沈黙せずに君は、俺へと言葉を紡いだ。
俺は君の言葉をひとつも聞き零したくなくて、ずっと耳を澄ませていた。




「君とこうして浜辺を歩くだけで・・僕はどうしようもなく幸せで、
――幸せすぎて・・・泣きたくなる。」




そういって君はまた、泣きそうな顔をした。






「アスラン・・、君が僕を受け入れようとしてくれる度、
君が”大丈夫だ”って言う度に僕は怖くて仕方ないよ・・」






その翡翠の瞳を、その藍色の柔らかい髪を
その力強い腕を、いつでも離したくなくて。

側にいて欲しくて。




「何時、君を失うかわからない この世界の中で・・
君とこうして過ごす小さな僕の幸せは・・いつまで続くのかなって・・時々考える。」




「キラ・・・」




「怖いんだ。・・・もう、何も失いたくないのに。」





胸が痛い。

アスラン、胸が痛いよ・・。




キュッと、きつくアスランの袖を掴んだ。
何があっても離れないように。・・離さないように。



僕の目の前に立つ、翡翠の双眸が 切なそうに瞳を揺らしながら
僕を見下ろしてくる。

不意に、優しいキスが言葉の代わりに僕の唇へと落とされた。
その優しいキスに、僕は視界を再び歪めた。
瞳に熱がこもる。温かな雫が、僕の瞳から零れ落ちる。

何故だろう?
君の前だと僕はいつも泣き虫になってしまう。

皆がいるときは強い自分になれるのに、君の前だと
どうしても涙が出るよ。


アスラン、これも君の仕業なの?
この胸の痛みも、この涙の訳も
全て君に繋がっているの?



君がそんな優しい顔するから・・・僕を甘やかしたりなんかするから。
離れられないじゃない。


君が居ないと、生きていけないじゃないか。
アスラン。





・・・・アスラン。










「アスラン、永遠ってあるのかな・・・」



僕はアスランに寄り添いながら、そんなことを呟いた。
不安で堪らなかった。
明日僕らは宇宙に飛び立つ。

そこで何が待っているのか、わからない。
僕はまたそこで、君を失うかもしれない。
君はそこでまた、僕から離れるかもしれない。

そう思うと、夜も怖くて眠れない。
世界が今この瞬間に、なくなればいいと思った。


それほど僕は、この幸せを失う事を恐れていた。
君を失う事を、恐れていた。


僕はいつから こんな弱い人間になったのだろう。
・・きっとそれは、君と出逢ったせいだね。


君が僕に、本当の幸せを教えてくれたんだよ アスラン。




「・・・・・・・・あるさ」





波間にかき消されそうな声色でアスランは、
当たり前なように ごく自然に、さりげなく そう、答えた。

僕はその言葉に目を大きく見開いてしまった。




「――――・・・なんで・・そんなことっ・・・」



言うんだよ。


そう続けようとしたけれど、胸が詰まって 言葉が続かない。
君は赤い夕日を眩しそうに見つめると、僕の身体を再び抱き寄せて
僕の髪に顔を埋めた。




「・・・キラが、そう言って欲しそうだったから――」








アスランの言葉に、涙は溢れるばかりで。



そんな優しさ、ホントは要らない。
でも。


今の僕は、そんな君の言葉に、優しさに、縋ってしまうほど



―――――――ー・・・・・・・・・・脆い。








君が在ると言った永遠を、僕は信じてもいいだろうか?







この幸せな瞬間は永遠に続くのだと、願ってもいいのだろうか?





小さな祈りを、永遠に変えてくれた君に 
僕はもう一度 縋ってもいいだろうか?





僕という人間を その命で、身体で、言葉で守ろうとしてくれた君に。
大切な心を、僕に教えてくれた君に・・・


僕はもう一度、縋ってもいいのだろうか?





君の言葉に、縋ってもいいの・・・?
アスラン。











「やっぱり怖いよ・・・・アスラン。」






怖いよ。



君の事が好き過ぎて、怖い。





君の言葉が信じられないわけじゃない。
・・・こんなに君でいっぱいな僕自身が怖いだけ。
きっと、それだけ。






僕が小刻みに震えていると、アスランは
再び僕の唇にキスを落とした。


今度は深い、キス。





「っ・・・・んんっ・・・」




くぐもった声が空中に漏れる。



「っふぁっ・・・・ん、っふ・・・」



いつもより激しいキスだった。
こんなに求められたキスは、初めてだった気がする。




ようやく唇を離してくれたアスラン。
僕は力が抜けて、砂浜に崩れ落ちそうになった。
でも、アスランが僕の身体を支えてくれて、僕は体勢を整える事ができた。



「アスラン・・・」




僕が上気した真っ赤な頬と涙で濡れる瞳を揺らしながら
アスランを見上げると、アスランは酷く真剣な顔をして
僕を見つめていた。



僕の心臓は、君に握られている、そんな錯覚を起こすほど
胸は高鳴った。









「永遠はあるよ、キラ。」






君はそう言って、僕の手を取って自分の胸に押し当てた。







「今、ここに在る。」







「・・・・・・・アスラン」







君を呼ぶ声が、震える。








「だからもう、何も怖がるな」








アスラン













「俺が・・・お前も、この胸にある永遠も ・・全部守るから」








アスラン・・・・










「キラの願いを、叶えてみせるから」








どうして君はそんなにも・・・真っ直ぐなの?













「だからもう、泣くな」









どうして君は、そんなにも強いの?












「キラ」









どうして僕は こんなにも






















「笑っていてくれ・・・」






















君の事が好きなの?






















「・・・うん」






















  
僕の願うことは、君を失わない事。
君の願いもきっと、僕を失わない事。





そして二人でもう一度、
手を繋いでこの浜辺を歩く事。






















いつだって、僕らの願いなんて























それだけなんだ。




















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こんにちは、青井聖梨です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!!

この小説はイメージ的に”君は僕に似ている”の二番かな。
時期的には宇宙に上る前。二人が甲板で話してたシーンを見て、書きました。
こんな感じだったらいいな・・なんて。

二人の繋がりを書きたかったのです。そしてカッコイイアスランと、
儚いキラを書きたかったのです。

いかがでしたでしょうか?種デスも大詰めです。小説にはより一層の愛を込めて
書き上げたいと思っております。是非、読んでやって下さいね。それでは!!
2005.9.1.青井聖梨