想いが僅かに残っても、傷つくよりは ずっといい






















譲れない、僕は。どうしても
























自分にとって、大切なものは何かと考えたとき
すぐに浮かぶのは たった一人の妹の存在だった。
それ以上大切なものなど 在りはしないし、ましてや在ってはならない
と思っていた。でなければ、揺らいでしまう。俺の世界が。


妹のために生きようと誓った、俺の一大決心が。

ナナリーのためなら、何だって出来ると思った。
些細なことでも、大きなことでも 何だってしてやろうと。
欲しいものがあるなら、どんな手を使ってでも手に入れてやるし、
どんな願い事でも叶えてやる気だった。

母が死んで、精神的に病んでいた妹は 目が見えなくなっていた。
自分の力ではどうにも出来ない 理不尽で身勝手な世の中と父に捨てられた俺たち兄妹は
日本へと送られた。 国交の道具として。・・人質として。



うんざりするほど、吐き気がするほど腐った皇族の奴等の冷笑が目に浮かぶ。
虐げられた俺たちを 心のどこかで見下しているんだ、奴等は。
俺自身、どうにも抗えない運命をすんなり受け入れられるほど 大人ではなかった。
まだ十歳だった。・・・母にもっと、沢山のことを教えてもらいたかった。

沢山の思い出を、一緒に作っていきたかった。
なのに・・・。



二人で日本へ渡り、道具として生活を育んでいく。
なんて惨めで なんて情けない人生なのだろうと 一瞬でも
理性の選択肢に死を熱望してしまう自分がいた。

だが、死ねば全てが終わってしまう。
父に復讐することも出来なければ、大切な妹を守ることもできない。
死ねば負ける。 俺はこのとき、自分に誓いを立てたんだ。


妹のために生きよう。
必ず、ナナリーだけでも幸せに生きられる世界を築こう、と。


俺も、病んでいたのかもしれない。
皇族の世界で もがき苦しみ、心の安定すら取れないまま
日本へ送られてーーー・・人間の醜態ばかり見てきた。
だから、心の拠り所が欲しかったのかもしれない。

少しでも、・・・・温かい世界に居られたら・・どんなにいいだろう。
願いばかりが先走る。
現実とは裏腹に どうしても渇望してしまう。


浅はかだとわかっているのに。


そんな世界、在りはしないと




・・・わかっているのに。







けれど











あの夏
















「初めまして、僕は枢木スザク」














出逢ってしまった。


























「・・・君は?」











アイツと。












+++






















幼い頃から、俺は何でも譲ってきた。
気に入っている玩具も、美味しいお菓子も
大切にしていた宝物さえも。

俺には、譲れないものなんて 何もなかった。

可愛い妹が喜んでくれるのならば、何だって譲れた。
それに勝る喜びなど、俺に在りはしなかったんだ。
アイツに、出逢ったとしてもーーーーーーー・・。










「お兄様、スザクさん 今日もお仕事なんですか?」



一際高い柔らかな声が広い室内に優しく響いていた。
ルルーシュは紅茶を淹れながら、妹の問いに僅かに反応をみせるのだった。



「あぁ、そうみたいだ。でも夕食には誘っておいたから そのうち来るよ」


「本当に?!わぁ、とっても楽しみです」


無邪気にはしゃぐ、車椅子の妹を 遠目で優しく見守りながら
ルルーシュは そっと笑みを零して呟いた。


「ナナリーは本当にスザクのことが・・好きなんだな」



出来るだけ声音に温かさを宿して紡いだ。
それがルルーシュ自身、今自分に出来ることだと思ったのだ。

一方、兄の唐突な言葉に ナナリーは滑らかな白雪の頬をぽっ、と
瞬時に赤く染め上げて 途端に俯いてしまった。


「もう・・・お兄様、意地悪をおっしゃらないでーー・・」


突然ぎこちなく、恥ずかしそうに俯いてしまった妹の仕草に
ルルーシュは 少しだけ困ったように微笑んだ。

緩やかに胸を締め上げる心の痛みが このときルルーシュを支配していたのだ。
ルルーシュは そんな自分の深層に 心なしか 戸惑いはしたものの、可愛い妹を
思えば、 そんな痛みすら 容易く耐えられた。


意識がそちらに向かないように、
出来るだけ考えないようにしていた。
打ち消した痛みが一体なんなのか。何が原因で起こるものなのか。
知りたいーーと心のどこかで思いながら、知ってはいけないと
もう一人の自分が警笛を鳴らす。

知るのが怖い。



まるでそれが、今目の前で 顔を赤らめている大切な妹を
傷つけてしまう要因になってしまいそうで・・怖かった。

罪悪感で、狂ってしまいそうな自分が想像できた。



ルルーシュはまだ熱い紅茶の中に ミルクを僅かに注いで
ナナリーへと席に着くよう催促した。
ナナリーは はっとした面持ちで 慌ててテーブル脇に車椅子を止めた。


「ごめん ごめん。さぁ、気分を替えて、お茶にしよう」


妹へ軽く非礼を詫びながら、ルルーシュは紅茶へと手をかける。
”少し熱いから気をつけて”−−ひと言前置きを入れながら ルルーシュはナナリーに
ティーカップを差し出した。ナナリーは笑顔を即座に零すと、兄の思いやりに応えるかのように
そっと紅茶へと息を吹きかけ、少しだけ紅茶を冷ましながら一飲みした。


「美味しい・・・ありがとう、お兄様」



ナナリーの甲高い声が、空中に零れては溶けた。
ルルーシュは ”いいや”と謙虚にひと言零したあと、
ゆっくりと紅茶に口をつけたのだった。



するとそのとき。




「お客様がいらっしゃいましたよ」



背後から メイドの咲世子の声が聴こえてきた。
二人はその声に気を取られると、応接間の影からすっと現れた見慣れた
幼馴染の存在を強く感じるのだった。
盲目とはいえ、敏感に人の気配を察知する妹の横顔を見つめながら
ルルーシュは 少しだけ瞳を細めた。

明らかに違う、妹の態度。
変な意味ではなく、自然と漂う雰囲気が違うのだ。
柔らかい・・・というより遥かに 甘く温かな空気。
それは今までの訪問者とかけ離れている 独特なものだ。
そう、彼だけに向けられている妹の、想いにみえた。



「夕食にお招き頂いて、ありがとうございます」



貴公子を装った風に 会釈をする、幼馴染。
ルルーシュは そんな彼へと視線を移すと、すぐさま立ち上がって
着席を促すのだった。



「挨拶はいいから、早く座れよ。貴公子殿?」




「はは!ルルーシュ、それ変な言葉だよ」




貴公子殿という和とも西洋とも取れる言葉に
乾いた笑いを振りまきながら、スザクは静かに着席した。
スザクが座ったことを確認すると ルルーシュは 目配せをして
予め出来ている料理を咲世子に運んでもらった。

食卓に並ぶ、色とりどりのバランスが取れた料理。
軽く湯気が立ち昇っている。
食欲をそそる美味しそうな匂いが部屋中に充満したのだった。

グリーンスープにポテトサラダ。
パスタ入りミネストローネ、トマト味のパエリア。
オニオンリング、アップルパイ。

どれも趣向を凝らした芸術作品にみえた。
鮮度は勿論のこと・形・色・匂い全てが最高の状態で
運ばれてきたために 手をかけるのが躊躇われるほどだった。

スザクは 驚きながらも嬉しそうに顔を綻ばせていった。


「なんか・・いいのかな、僕なんかが食べてしまって。
もったいない気がするよ」


「何言ってるんだよ。バカ言ってないで早く食べよう」


スザクの謙虚な姿勢を一喝するかのように ルルーシュが軽く相槌を打つと、
手元に並んでいたフォークとナイフを掴もうと 手を出した。

そのときだ。

近くに並んでいたスプーンが ルルーシュの指先にカチン、と
無機質な音を立てて当たり、 テーブルから 勢いよく落ちてしまった。
背後の片隅でその様子を見ていた咲世子は すぐに変わりのスプーンをと
キッチンへ取りに向かった。


「あ・・・」


ルルーシュとスザクが座る丁度真ん中に落ちてしまったスプーンは
所在なさ気に ただ横たわるのみだった。

拾おうと ルルーシュが手を伸ばした刹那、同時に拾おうとしていた
スザクの手と偶然重なりあってしまった。


ルルーシュは一瞬身体をビクン、と反応させると
早急に手をどかしにかかった。ーーーーが。
それはスザクの取った行動に制止されざるを得なくなってしまったのだった。



「えっ・・・」



小さく零れた言の葉が空を伝わり、微かに振動する。



ギュッ、と確かに握られた自分の手は 他の体温を
その肌に感じていたのだ。

自分より大きな手のひら。しっかりした握力。
ほんの少しだけ日に焼けた、肌の色。
明らかに自分より低い、体温。


密かに手を握り締めてくる幼馴染の瞳を覗けば、
驚くほど強い眼差しで見つめ返された。

深い翡翠の双眸が ルルーシュを捕らえて放さない。
まるで懇願にも似た色を、瞳の奥に宿している。


彼が向ける盲目の想いが 空を伝って自分に届くようで
ルルーシュはその態勢から動けなかった。
世界が二人だけを取り残したように、その瞬間 時が止まった。



息が、つまる。
意識がクラクラするようだ。


鼓動の高鳴りと呼吸のリズムが同調していく。
強く握られた手に視線を向けることも忘れ、ただ二人は
互いに見つめ合っていた。流れるときに 逆らうかのように。


と、その瞬間ーーーーー。
咲世子がキッチンから戻ってきた足音が遠くで聴こえてきた。


「っーーーーー・・」




人の気配を感じたルルーシュは 無理やり握られた手を引っ込めると、
胸の動機を抑える為に 呼吸を人知れず整えた。

スザクは、目の前で顔を赤らめながら 紫玉の瞳を柔らかく揺らす可愛い人を
切なげに見つめていた。振りほどかれた手が、行き場を失くし、虚しく取り残される。


「換わりをお持ち致しました」


丁度室内に入ってきた咲世子が 落ち着いた声色を窺わせつつ、
ルルーシュに声をかけてきた。
ルルーシュは 握られていた手をもう片方の手で隠すように 身体を強張らせると
咲世子に向かって 平静を装ったのだった。


「あぁ、ありがとう・・」


スザクは二人の掛け合いの間に 落ちたスプーンを拾うと
テーブルの上へ置いて 言った。



「・・・ルルーシュ、気をつけて」



視線を合わせることなく、そう静かに呟いたスザクの声音が
寂しそうに広がりを見せて ルルーシュの胸をゆっくりと締め上げた。


散らばったスザクの言の葉が 心に沁みるようだ。
原因不明の胸の痛みが 先ほどの熱を思い起こさせる。

自分より低い幼馴染の温もりが どうしても身体に染み付いて離れない。
向けられた翡翠が、驚くほど直向なもので 忘れられない。



「−−・・・・あぁ」




隠れたスザクの意図を感じるのはよそうと、
ルルーシュはポツリと呟いて テーブルに並ぶ食卓へと視線を向けた。


二人の気持ちを他所に、美味しい料理をほうばるナナリーの
嬉しそうな姿が互いの瞳の端に映った。
ナナリーは 二人の妙な空気を感じ取ることもなく 二人に自然と声をかけてきた。


「このパエリア、とっても美味しいです」



嬉々と語る妹の声音につられて、
ルルーシュは我を取り戻したような口ぶりで言った。


「そうかい?沢山食べるといい。俺の分も食べていいよ」


「まぁ、お兄様 ダイエットでもしていらっしゃるの?」


「・・似たようなものかな」


苦笑を漏らしながら、食事の手を途端に止めた兄の様子を感覚で察知したナナリーは
嗜めるように 兄へと言葉を紡いだのだった。


「食事制限はいけません。しっかり食べて、別の方法を考えるべきですよ?」


いきなり母親のような口調になったナナリーに対して、スザクは柔らかく微笑んだ。
スザクの笑い声に ナナリーは少しだけ頬を林檎色に染めながら、恥ずかしそうに微笑み返したのだった。
そんな二人の様子を 第三者の視点で冷静に見て取った ルルーシュは僅かな疎外感を密かに味わっていた。
話の中心に自分が居るはずなのに、どうしても どこか一線を引いてしまう自分。

きっと、その要因を作り上げているのは ギアスの力のせいなのだろう。
そう思うしか、今のルルーシュには出来なかった。


「わかったよ、しっかり食べるから。・・・けどナナリー、アップルパイは
食べてくれないか?実はもともとお腹がいっぱいで食べ切れそうもないんだ」


「え?いいんですか・・?」


「もちろん。アップルパイもナナリーに食べて欲しいって言ってる」


「まぁ、お兄様ったら。・・ふふ、じゃあ、遠慮なく頂きますね」



そう言って、ナナリーは兄の分のアップルパイを自分の皿に取り分けた。
ルルーシュは 嬉しそうな妹の表情を満足そうに暫し眺めている。
傍らで スザクがどんな気持ちでその光景を眺めているかもしらずに。


「ナナリーはアップルパイが好きなんだね。・・とても美味しそうに食べる」


不意に、スザクがそう言葉を零した。
ナナリーは僅かな言葉に 敏感に反応を示した。


「はい!大好きです」


元気良く応えるナナリー。とても初々しく、とても可愛らしく 二人には映った。
そんなナナリーの返事を聞いて、スザクはまた質問をした。今度はルルーシュへ、
不可思議な色を質問に宿してーーー。



「・・・・ルルーシュは、ナナリーがアップルパイを好きな事、知ってた?」


妙な質問を受けて、一瞬顔をしかめたルルーシュだが 聞かれるままに
事実をそのまま伝えたのだった。


「・・?あぁ、知っているよ。−−−−それがなんだ・・?」



「・・・・・・・・・・そう。・・いいんだ、ーーーなんでもない」



スザクは自分の中で 自己完結させてしまったようだ。
質問の意図を明確にすることなく そのまま食事を続けるスザク。
訝しげな表情でスザクを見つめれば、何事もない落ち着いた表情をこちらに
向けてくる。ルルーシュは あまりスザクに気を取られないように、と意識の底で思いながら
止まっていた食事を再開することにした。


先ほど咲世子が持ってきてくれたスプーンをしっかりと手に馴染ませると、
ルルーシュは グリーンスープを掬い上げ、口につけて一飲みした。

スープは とても濃厚で、舌の上で広がるようだった。
深い味わいに ため息が思わず出る。
けれど食卓に並んでから 随分と時間が経ってしまったために
既に冷たくなっていた。



「・・・・・・・冷たい」






呟くように零したルルーシュの独り言。



何故か身体の一部がそれに反応するかのように 疼いた。
その一部は 先ほど、スザクに強く握り締められた その手、だった。








あぁ、そういえば  スザクの手














冷たかった。











このスープのように・・・・









+++















俺に、譲れないものなんて・・・・・



在りはしないのに。





















「今日はありがとう、楽しかったよ」




玄関先、階段を半分降りながら、スザクが呟く。
玄関近くにある街灯が スザクの姿を照らし、真後ろに長い影を作っていた。

楽しいひと時とは打って変わって、別れの時間が近づくと 何故か寂しく感じるのは
人としての道理なのだろう、とルルーシュは考えていた。
スザクが零した言葉の切れ端を掬い上げるように ルルーシュは 薄っすらと微笑を零しつつ、答えた。



「また来いよ。ナナリーが喜ぶ」



そう言って、ドアにもたれかかるルルーシュに スザクは一瞬
顔を強張らせた。そんな彼の表情をルルーシュが見逃すはずもなく、
すぐさま疑問を投げかけた。



「・・どうしたんだ?」


ただ、ストレートに聞いた。
変な詮索は相手を不快にするだけだと、よく知っていたのだ。



「・・・・いや、この前もそう言われたな と思って」



スザクのどこか淋しげな表情が瞳の中に焼きついた。
ルルーシュは 近くに居るのに スザクが遠い気がして どこか腑に落ちなかった。
何故だろう。何か言わなくてはと思うのに、言葉が続かない。

もどかしさを持て余し、少しだけ苛立っていたルルーシュだが、
突然声をかけられて、意識をスザクへと移行させた。



「・・ルルーシュは凄いな。本当に妹想いで」


そう言いながら 小さく微笑むスザクに、少しだけ 切ない気持ちが零れ落ちた。
長い影がゆっくりと風に揺れる。頭上にはいつの間にか顔を出していた満月が
二人の行く末を見守るように見下ろしていた。月の光なのか、街灯なのか。
二人を照らし出す光が 眩い光の結晶となって 辺りを包み込んでいった。



「そんなことないさ。俺みたいな兄は そこら辺に沢山いるよ」


柔らかい風に乗せて、優しい声を目の前の幼馴染に届けたつもりだった。
しかし、その届いた声に 瞳を細め、ただ黙って俯くスザクが そこにはいた。
そんなスザクの様子に 見過ごせない面持ちで ルルーシュは再び訊ねるのだった。



「どうしたんだスザク?・・・さっきから変だぞ?」


思わず口に出してしまった、確信への近道。
ルルーシュ自身、それがどういうことなのか よくわかってはいなかった。
自分が今、何を聞こうとしているのか。


その途端、暫しの沈黙が二人の間に流れた。


ただ、スザクの言葉を待つしかないルルーシュは
俯くスザクの柔らかい髪の毛をずっと見つめていた。
亜麻色に揺れる ふわり、としたくせ毛は どこか彼の人懐っこさを思い描かせる。
温かな 目の前の存在に幾度助けられたか気が知れない。
思い出が今も胸の中で輝き続けるように、今目の前にいるスザクも 変わらずに
輝き続けていた。ルルーシュにはそれが 自分のことのように何故か誇らしかったのだ。

そんなことを ふと考えていると、突然俯いていた顔が上へと上がり、
ルルーシュと視線が交錯した。


その瞳は、驚くほど熱く、揺らめいていた。
深い翡翠の瞳が 何かを訴えかけるように ルルーシュへと語りかけてくる。
ルルーシュは、その瞬間 本能で察した。



”これ以上はいけない”





唐突に、胸を襲う ゆるやかな痛み。
胸を締め付けあげる あの感覚。


脈が、大きく波打って 金縛りにでもあったかのように
また動けなくなった。


スザクから、視線が外せない。








「ルルーシュ・・・僕はーーー」



スザクはそこまで言いかけて、一瞬躊躇いの表情をみせた。
そして次の瞬間には 酷く大人びた声色で顔を苦しそうに歪める幼馴染の姿があった。





「僕は君に・・大事な話がある」



スザクの言葉に 身体が震える衝撃を覚えた。
心のどこかでわかっている。その内容を。
気付いている、何かに。


ルルーシュは 真摯な瞳を向けてくる スザクから
思わず瞳を逸らしていた。
それ以上、その先を聞いてしまったら 何かが変わってしまう気がしたのだ。


それだけではない。


最愛の妹をーーーーー・・傷つけてしまうのではないか。




そんな恐怖が頭を過ぎった。




緩やかな痛みの原因を 知らぬ間に
つきとめてしまったせいなのかもしれない。








「わ、悪いスザク。話の続きはまた今度にしてくれないか・・?
そろそろナナリーを寝かせないといけないんだ」




視線を外しながら よそよそしく話すルルーシュの言動に
スザクは”・・・そうだね”と消え入るように答えた。



「それじゃあ、また・・・」



言葉少なに振り返ると、スザクは黙って階段を降りていった。
その背中が 言えなかった言葉の残りを背負っているようにみえた。
ルルーシュ自身、どう言えばよかったのか わからなかった。
スザクの言葉を制止させる 上手い方法が見つからなかった。
だから 強引に言葉を遮ってしまったのだ。



ダメだ、これ以上は。
聴いてはいけない。


心のどこかで警笛がまた鳴り出していた。
こんなことはルルーシュ自身初めてのことで 全くの手探りであった。
遠ざかるスザクの後姿が 月の光に導かれるかのように 揺らいでは瞬いた。


紫紺の瞳を僅かに震わせながら、ルルーシュは考えていた。
この先どうすればいいのか。 なにが最善策なのか。

けれど、考えても考えても 自分の眼差しが離れることは決してなかった。





小さくなっていく その人の後姿からは。
















翌日から、ルルーシュはスザクを避け始めた。
何の・・・前触れも、なく。



+++

















































「最近、スザクくんと一緒にいないね?」


昼食を生徒会室で取っていたとき、偶然シャーリーが入ってきた。
ルルーシュの傍らには 隣のクラスの生徒が明るく笑顔を振りまきながら、
弾丸トークを披露しているではないか。不思議に思ったシャーリーは
自然と傷口に触れる勢いで ルルーシュへと漏らしてしまったのだった。



「あぁ、・・・・・俺がアイツの周りにいつまでも引っ付いてたら、
アイツ自身に友達が出来にくくなるだろ?邪魔者は 退散しないとな」




机の上に お弁当箱を広げながら
軽い口調でカラカラと笑うルルーシュを シャーリーは一瞬、哀しそうな目で見つめた。
そして空気は 一変して ピリピリしたものへと次第に変わっていった。



「・・・・・・スザクくんはルルのこと、邪魔者だなんて思ってないよ」







知ってる。





思わず口から零れそうになる、本音。





「さぁ、・・それはスザクにしか分からないことだ」



隣のクラスの奴が話がのみ込めないとでもいうように 
こちらへと視線を投げかけてくる。


煩わしい。
ただチェスが得意だというから、話してやってるだけだというのに。
自分も仲間に入れて欲しいとでもいいたげな視線だ。
馴れ馴れしい奴だな。



気が付けば、横に座る生徒を無意識に毒づいていた。
ルルーシュは焦燥と嫌悪の中で 自分を維持しようと必死になっていたのだ。



どうしても、離れるしか 道はなかったのだ。




妹を犠牲にしないためにも。
・・・自分のためにも。







「・・わかるよ。だって、スザクくん・・いつもルルのことばっかり見てる。
ついさっきだって、チャイムと同時に席を外したルルのこと・・・探してる姿、見たもん」




胸が軋む音が聴こえる。




そんな話、聴きたくはなかった。
・・・・心が、揺らいでしまうから。




 



ガタッ、と勢いよく椅子から立ち上がったルルーシュは 扉近くで佇んでいた
シャーリーの横をスッ、と通り過ぎていく。
シャーリーは 頑ななルルーシュに ”どこいくの?”と声をひと言かけた。

ルルーシュは 足を止めずに 扉へと手をかけて言った。




「少し気分が悪い。・・・・・保健室に行って来る」






端的にそう言葉にしたルルーシュは 生徒会室のドアを
ゆっくりと開け、 静かに閉めて行った。

シャーリーと残された生徒は ただただ出て行ったルルーシュの姿を
見送ることしかできなかったのだった。


































保健室へと続く 長い階段を音も立てずに降りていく。
まるで身体が浮くような感覚だった。

自分はこの先、どうしていくべきなのか。
考えがまとまらないまま ただイタズラに時間だけが過ぎていく始末で
最早 成す術のない状況に追い込まれていた。

静かな廊下に途中気をとられ、足を止める。
僅かに開いたガラス窓の外を見れば、丁度中庭が見えた。
楽しそうに昼休みを有効活用している生徒たちの群れを見つけ、
自分とスザクの姿に重ねてみた。

ついこの間までは一緒だった、その存在。
今はこんなに遠いのかと思い知らされる。
最も、遠ざけたのは自分自身なのだと、ルルーシュは自嘲気味に笑うのだった。




瞬間ーーーーーーーーーーー・・





グイッ、と背後から腕を思い切りひっぱられて 驚愕する。








「っ・・・・・!!!?」





声にならない衝撃を受けた。









知っている。この握力も温もりも。
今・・・・一番会いたくても、会ってはならないその人物。













「はぁ、っ・・・はぁ、・・・・見つけ、たーーーー・・」











初めてできた、俺の友達。
















息を切らし、肩で呼吸を忙しなくしていた。
汗を額に滲ませながら 必死に腕を掴んでくる その人。



ルルーシュは 目の前の存在に 顔を歪めることしかできなかった。
瞳が 瞬時に細められる。眩しいものでも見るかのように。

胸が急に熱くなって、気づきそうになる想いを必死に否定して、押し留めた。





「ルルーシュ、ッ・・・どうして僕を避けるんだ?」




どこまでも、直向で どこまでも真剣な 俺の幼馴染。





「・・・別に、避けてなんてないさ」






ルルーシュの右腕を掴むスザクの左手に力が入る。
スザクの心情が その動作から窺えるようで ルルーシュは一瞬怯んでしまった。
真っ直ぐに見つめてくる翡翠の双眸が刹那、一気に細められる。
何かを伝えようと、懸命に。



「−−−−−嘘だ。君はいつもそうやってはぐらかそうとする。
大事な事は、いつも・・・。どうして僕から逃げようとするんだ?」






バカがつくほどお人好しで 何に対しても一生懸命。
真っ直ぐで 正義感が強くて 綺麗事が好きで・・








「どうして僕の話を・・・聴こうとしてくれない?」








誰よりも眩しくて 優しくて



温かい、人。







「答えてルルーシュ!!!」






哀しそうに、でも何処か苦しそうに表情を歪めて叫ぶ
スザクが痛々しくみえた。
何かに追い詰められているのだ、彼もまた。
自分と 同じようにーーーーー・・。






「スザク・・・・・」




擦れた声が喉を突く。
精一杯のひと言だった。

それ以上、何を紡げばいいのか 自分自身皆無だった。


何も答えてやれない。
それがルルーシュの答えでもあったのだ。






重い沈黙が二人を包み込む。
互いに見つめあったまま 時が暫く過ぎ去った。

スザクは 無言ながらも 両手でルルーシュの両手を握り締め、
互いに向かい合った状態へと態勢を変えた。

辺りの静寂も相まって 温もりだけが今の二人にとっては頼りであった。


長い廊下に反響して、いつの間にか 外ではしゃぐ生徒の声が届いてくる。
耳を澄ませれば 遠くからボールの音が聴こえてくる。
たしかにここには緩やかな時間が流れていた。

あれほど求めた平穏が今、ここに在るのだ。



ルルーシュは 今この瞬間が消えてしまうことを
何よりも恐れた。伝わってくる温もりが途絶えてしまうのが怖くて、
知らぬ間に 繋いでいた手に力を込めて 握り返してしまう自分がいた。



それを合図ととったのか、きっかけとして使ったのか
スザクは瞳を細めて哀しげな色を宿すルルーシュのために
重い沈黙を破った。





「ルルーシュ・・・君が何にそんなに苦しんでいるのか、本当は少しだけ解かるよ」



突然、諭すように・・密やかな低い声が虚空へと散らばった。
その言葉に、ルルーシュは 思わず外していた視線をスザクへと合わせる。
衝撃が走った。スザクが・・・・・気付いて、いた?





「−−−・・・ナナリーが・・・僕を慕ってくれている事に 関係があるんだね?」




「っ・・・・・・!!!」





確信。




いや、正解に果てしなく近かった。



スザクが、そこまで気付いているなんて 思わなかった。







「君は・・昔からナナリーに優しかった。本当に、尊敬してたんだ・・ずっと。
羨ましくも思ったよ。君たちを見てると、僕も兄妹が欲しくなるーーー」



柔らかな声が、静まり返った廊下に響く。
止まりかけていた二人の時間が 再び動きだすようだった。
翡翠の双眸が風に揺れながら ただ紫紺を見つめるのみに留まった。


淡く、色鮮やかな言葉たちが空中に舞いながら 
再び高鳴りだした鼓動を 緩やかに打ち鳴らしていく。
締め付ける胸の痛みも、今はどこか心地がよい。






「けど、ルルーシュ。間違えないで欲しい。
優しさは、・・・与えるだけのものでは きっとないよ」





「スザ・・・・ク」



しっかりとそう言い切った スザクの瞳が
強い光を放って ルルーシュの眼球に焼きついた。

焔ぶるような情熱と 洗練された冷静さが
俄かにせめぎ合う様に 翡翠の双眸が語りかけてくる。
真実も、慈愛も、虚妄もすべて見透かしたように。






「君は・・・・ナナリーの気持ちと、僕が言いかけた言葉の先を知っていた。
だからーーーー・・・ナナリーに僕を譲ろうとした。違う・・・?」




”思い上がりじゃなきゃいいんだけど”


困ったように目の前で笑う、スザクの姿に
ルルーシュは 声を失ってしまった。



まさしく図星、だったのだ。


動揺すら出来ないほどに ルルーシュは 
ただスザクを見つめることしか出来ないでいた。






言葉が、声が、出てこない。




なんていえばいい?
どうすればいい・・


働かない頭を必死で促してみる。
でもーーーー今は何もいえない。・・・いうことが、できない。





肯定ともいえる沈黙に、確信を見い出したスザクは
そのまま黙っているルルーシュへと言葉を寄せた。
互いに握り合っている手のひらに力が自然と入っていく。





「君は昔から・・ナナリーに何でも譲ってしまう癖があるからね。
・・・この間のアップルパイにしてもそうだ」




見透かしたように話すスザクがどこか眩しかった。
ルルーシュの瞳が儚く揺れる。
まるで夢でも見ているかのように。
いつか消えてしまう 存在を惜しむように今はただ、スザクを
直向に見つめ続けた。







「・・だけど忘れないで。僕は人であって、物ではない。
アップルパイのようにはいかないんだ。・・僕には意思がある。感情がある。
君と過ごした想い出があるよ」



いつの間にか 自分の瞳が翳んでいくのがわかる。
視界がぼやけて見えなくなるまで そう時間は掛からなかった。

自分は彼を傷つけようとした。
犠牲にしようとした。



想いの一欠片も聴こうとしないで、無理やり遠ざけた。




なのに。今、スザクは懸命に伝えようとしてくれている。
それでも 諦めることなく 自分にわかるように・・届けようとしてくれている。





「僕はナナリーではなくて・・・・君を選んだ」








許そうとしてくれている。











「僕はルルーシュが好きだよ。・・・誰よりも」








痛みが、頬を伝って流れる。






温もりが 優しすぎて 哀しかった。







「譲れない、僕は。どうしても」










溢れる涙を隠すように
そっと、壊れ物を扱うように 抱き寄せてくれた。












「この想いだけは・・・・・、君だけは 譲れない」








誰よりも君を想う。



そんな風に聴こえてくる、言葉の欠片たち。
あの日の月明かりのように 輝いていく。





「君が誰かと親しくしているだけで、・・自分がどうにかなりそうだった。
言わずにはいられなかったんだ・・・・・。どうしても伝えたかったーーーー」





温かなこの存在を 失うことが、怖くてたまらない。





















「最後まで、聴いてくれて ありがとう・・・」











もたれ掛かったスザクの首筋に 小さなキスを
そっと落とした。










スザクの”本物の優しさ”に贈る













ルルーシュなりの”本当の答え”だった。


















「スザク・・・」



































見つけた。





俺の・・・・俺だけの譲れないもの。




ごめんナナリー。










どうしてもこれだけは 譲れないんだ。










































想いが僅かに残っても   傷つくよりはずっといい

















「スザクが・・・・好きだ」























もう、迷わない。































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誕生日おめでとうルルーシュ!!!

けどこの小説、誕生日とめちゃくちゃ関係ないし(汗)
ごめんねルルーシュ。管理人はこんな奴です(爆)

それでは失礼しました!!!

青井聖梨 2006・12・5・