ただ、考えていた
君の事を。





悲しくないのに、涙が溢れた。







僕は君が
好きなんだと思った・・・

















愛を乞う人




















「父さん、・・・この子はーー?」




すべての始まりはあの日だった。





「・・お前の妹だ、総士・・・」





「・・・・いもう、と・・・?」





残酷なあの日。十年前。
初めて見せられた、妹の姿。

あの日僕は、自分という存在を見失った。
そして、自由を失い、責任を与えられた。


あの日、僕は大切なもの全てを失った。



生きている意味すら、失くしてしまったのだ。





コアである妹を守り、この島を守る。
それは生きている意味なのかもしれない。
でも、それは僕自身が求めていた 生きている意味じゃない。


僕は僕が決めた意味を信じて、生きて行きたい。
でも、それは許されない。
父さんが言った生きている意味を信じて、
これからは生きて行かないといけないのだ。

だって僕は島の代表の息子。
皆に示さないといけないんだ。代表たる威厳を。真摯な姿勢を。



ーー僕はもう、昨日の僕じゃない。



・・・昨日の僕はもう、何処にも居ないんだ。
               いや、 ・・・居ては、いけないんだ。












「総士、どうしたの?顔色・・悪いよ?」


学校の帰り道、僕の横を歩く親友が
声をかけてきた。


「あぁ・・大丈夫だよ一騎・・。なんでもないさーー。」


「でも・・・」


心配そうに僕を見上げる彼、真壁一騎は
幼馴染であり一番の親友でもあった。

一日の大半は、一騎と時間を共有し、毎日を過ごしていた。
僕は彼のことが大好きだ。

元気で優しく、何事にも一生懸命。
そして何より、彼の笑顔がいつも僕を癒してくれた。
落ち込んでいた時も、不安なことが合った時も
彼の笑顔は 頑張ろうと、前に進む勇気を与えてくれる。
本人はこれで無自覚なのが驚きだ。

そんな彼を慕う人は、僕意外にも沢山いた。
男女関係なく、みんな自然と一騎の雰囲気に惹かれてしまう。
不思議な感覚だ。
でもいつからか僕は、沢山いる中の一人という事実に苛立ちと
焦りを 無意識に覚え始めていた。
一騎への好意が深まるたびに、苛立ちと焦りが増徴していく。
この感情がカタチとなっていつか表れるのではないか、
自分を支配していくのではないかと 少なからず僕は怯えていた。

そんなときだ。すべてを知ったのは。
父さんに見せられた妹の姿。
自分という存在の真実。


僕はもう、今までの僕では居られない。
もう、・・皆城総士は何処にも居ないのだから。




「・・・一騎。」


「ーー何?」


「・・・明日から、一緒に帰るのはやめないか・・?」


「えっ・・・・・」


「・・・・もう・・・僕に近づかないで欲しいんだ・・。」


「ーーど、して・・・。」


進んでいた足を止め、僕と一騎は静かに見つめ合う。
一騎は・・傷ついたような顔で僕を見つめていた。

心臓が、えぐり取られたような錯覚を起こす。
この酷い痛みは何処からくるんだ?

・・昨日父さんに言われた言葉でさえ、こんなに痛みは
しなかった。なのに何故今こんなに痛む?

一騎と疎遠になることが、 
こんなにも辛いことだというのか?

自分で言っておいて 随分勝手だな、僕は。


「・・・・僕はもう、お前と一緒には居られないんだ 一騎・・。」


目を細め、下を向く。これ以上一騎を見ていられなかった。
静かな沈黙が僕らを覆い、重たい空気だけが僕の身体に圧し掛かる。
今、一騎はどんな顔で どんなことを思っているだろう・・。
そんなことばかりが、頭の中をぐるぐると回っていた。

「総士・・・」

ふいに名前を呼ばれた気がして、思わず避けていた一騎の顔を
見てしまった。

そこには、今にも泣き出しそうな一騎の顔。
見なければ良かった・・・


「俺のこと・・・嫌いに、なった・・?」


そんなことを一騎は聞いてくる。
なんて・・残酷な言葉だろう。
そして、なんて残酷な言葉を言ったのだろう、・・僕は。
一騎にこんな顔をさせて 一体その先に 何があるっていうんだ。
今の僕は選択する術を持たない。自由を昨日、失ったんだ。
だから僕は・・・



僕は・・・



「・・・・・・かもしれない。」




嘘を、吐く。





あの瞬間の君の顔を、忘れたことなんてなかった。
君とあれから疎遠になっても、毎日君が居た空間を必死に
なって埋めようとしていたときも。

あのとき、君はめいいっぱい傷ついた顔をして走り出したね。
僕は君を追わなかった。追っちゃいけなかった。

でも、あのとき 僕は心の中でずっと思ってた。




『・・・一騎、大好きだよ』






言葉にならない、声だった・・。






+++




一騎と疎遠になって、二ヶ月が経とうとしていた。

あれから僕らは話すことはもちろん、目を合わす事もなくなった。
僕は一騎と疎遠になってから、一騎に拘らず 他の人間と
接することも躊躇い、一線を置くようにしていった。

父さんはいつも決まって言う。
”それでいいんだ”と。

一騎を傷つけ、皆を遠ざけた先に待っていたのは
・・・孤独だった。

孤独が怖いわけではなかった。
ただ、自分という存在が皆の中から消えていくのが怖かった。
だから僕はせめて心の片隅に留めてもらえる様にと、学級委員に志願した。
少しでも片隅に残してもらえれば、・・それで充分だった。


そして今日、父さんが新たに僕に見せたいものがあると言ってきた。
今の僕は何もかも失った生きた抜け殻。
もう、なにを見せられても平気だと、思っていたのに・・・。



島の外を・・・見せられた。





僕らの信じていたこの世界は、とっくの昔に滅んでいて
今はこの島だけが 平和を保つ唯一の場所なのだ。


衝撃を受けた。
まさかこの島の外が、あんな惨状になっていたなんて・・。


この島だけが、楽園と呼べるものだったなんて。




一騎と疎遠になってから、久しぶりに衝撃を受けた僕は
当ても無く、彷徨っていた。

そのうち、雨が降ってきて いい加減家に帰らなければと思った。
そのとき、ふと電話ボックスが僕の目に留まる。

気がつくと僕は、中に入り 受話器をとっていた。

電話を何処に掛けたのか、自分でも無意識に押していたから
わからない。聴こえるのは外の静寂の中、降りしきる雨の音。
耳元で、僕と誰かを繋げようとしている 呼び出し音。
呼び出し音が、妙に僕の胸に響く。 ・・何故だろう。


プルルル・・・カチャーー。


三回目の呼び出しで、相手と電話が繋がった。


『はい、真壁です。』


一騎だった・・・。



「・・・・っ」


何か言おうとした。
でも、今更僕に何が言えるだろう?
彼を突き放したのは自分なのだ。傷つけて、彼を苦しめた。
何か言えるはずもなかった。
無意識とはいえ、何処かで彼にすがっている。
自分を捨て切れていない。なんて滑稽なんだろう、僕は。

『もしもし・・?』


何も応えない僕に、一騎が尋ねる。
・・久しぶりにまともに一騎の声を聴いた。
優しい声色。いつまでも聴いていたい、そんなことを思う。
でもそんなこと、出来るはずもなく・・。
これ以上辛くなる前に・・声を聞けただけで良かったと思える間に
電話を切ろうとしたーーーそのとき。


『・・・そ、うし・・・・?』




ーーードクンッ・・・・


 

一騎が自分の名前を呼ぶ。
思わず反応して、受話器を置く手を止めてしまう。


『総士なんだろっ・・・?』


一騎の声は、疑問から確信に変わっていた。



『どうしたんだ・・・?−−』


一騎が僕に問いかける。



『今・・・何処に居るんだ・・?総士・・』



心配そうに僕に話しかける。
あんなに傷つけても、遠ざけても 一騎は
それでも心配してくれる。


僕はつらくて、苦しくて・・・嬉しくて。

一言だけならと、消えそうな声で応えた。







「・・・・僕はもう どこにも居ないよ・・・一騎・・。」






ーーーガチャッ




そういって電話を切った。




雨が、止む気配はなく 僕はずぶ濡れのまま
・・また島中を少し彷徨った。


一騎に電話してから一時間後、やっと
僕は自分の家へと足を進める。

本当は帰りたくない。
・・父さんに会いたくないのかもしれない。


でも身体は冷え切り、微かに震えだしていた。
このままではさすがに風邪をひいてしまう。

父さんに迷惑は掛けたくなかった。
気分が落ち込んでいても、帰らなくてはと
家に向かう歩を速める。

すると、家の前に見慣れた人影が 傘も差さずに
うずくまっていた。




「か・・・・ずきーー」




なんで自分の家の前に居るのかなんてことは
どうでもよかった。
驚いた。一騎が居ることに。
今、一番会いたいと・・心のどこかで思っていたから。

いけないことだと解かっているのに・・。



「総士っーー!」



目を丸くして、ボーッと立っている僕に、一騎が近づいてきた。
僕の目の前まできて、足を止める。
久しぶりに見る その大きな瞳。僕を見上げる、君の姿。


「総士・・・なにがあったんだ・・?」


いきなりそんなことを聞いてくる。
僕は目を逸らした。言える分けないのだから。

「・・・なにも、ないさーー。」


自分の声が擦れて出てくる。
うまく言葉が出てこない・・。



「総士・・・俺ずっと後悔してたんだ。」


「え・・・?」


「総士にもう近づくなって言われた日から ずっと・・。
なんで、俺 離れちゃったんだろうってーー」


「・・・どういう、ことだ?」


「総士、あの日も今も ずっと辛そうだった・・。きっと本当は
あんなこと言いたくなかったんだよな・・・。」


「・・・・・・そんなことないさ。・・・本心だ。」


僕はもうどこにも居ない。ここで一騎をちゃんと遠ざけないと。
そう思って、また僕は突き放した態度を取る。


「−−たとえ・・総士が俺のこと・・嫌ってても・・・」


悲しそうな声で一騎が僕へと言葉を紡ぐ。


「・・俺は総士が好きだからっーー。
    だから・・・一緒に、居たいよーーー。」


悲しそうに 小さく、君は笑った。


ーーー胸が張り裂けそうだ。



君が僕を 好きだと言ってくれた・・。



嬉しい・・・・



「俺・・・邪魔にならないようにするから。だから
総士の側にいちゃ、だめかなーー?」


”もう、後悔したくないんだ”
そう最後にぼそっと言って 一騎は俯いた。


雨の中、きっと一騎は傘も差さずに
あの電話のあとすぐにここへ来てくれたのだろう。
電話をしてから一時間は経っている。
一騎の家から僕の家まで そう遠くない。
こんなにずぶ濡れになりながら、ずっと僕を待っていてくれた・・。

あんなに傷つけても、遠ざけてもなお、一緒に居たいと言ってくれる。
こんな僕を心配してくれる。・・好きだと、言ってくれる・・・。



「一騎・・・」




「えっ・・?」


















「・・・・ありがとう。」







好きにならないように


これ以上、君を好きにならないようにと



君を遠ざけてきたのに・・・









「総士・・・」




きっともう、遅いんだ














「一騎・・・、触れても・・・いいか?」





出逢った時から もう、決まっていたんだ











「・・・・・・・・うん。」












「・・・温かいな、一騎はーー。」





離れられないって







「・・・・・・総士?」









「−−−ほんとに・・」



























「・・・温かい・・・・・・。」









ただ、考えていた
君の事を。





悲しくないのに、涙が溢れた。












僕は君が
好きなんだと思った・・・



















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総一、幼少ネタでした〜。いかがでしたか?
総士がまだ傷をつけられてない頃の話のつもりです。
一騎が元気でいる頃というか、総士が真実を知って
不安定な時期です。一騎と疎遠になるってのは ファフナー小説
を読んだせいでしょう、きっと。影響されてるかも〜(笑)
けっこう子供の頃とか書くの好きですvvなんか楽しい。
それではまた〜! 2005.1.18. 青井聖梨