中学2年、早秋。






























深層

〜3メートル〜






















休みがちだった学校生活。
そのうち、クラスに自分の居場所なんて無くなる。
そう思って半分は諦めていた。

けれど 珍しく体調が良くて、久しぶりに登校した その日。
クラスメートたちに 会った早々言われた言葉は。




「僚!おめでと!!今日からお前、委員長だぜ!!」





いつの間にかクラスのまとめ役に推薦されていた俺。
黒板に、チョークで大きく書かれる 俺の名前。
俺は動揺と戸惑いでいっぱいになる。




「おいおい、いきなり学級委員なんて務まらないだろ、普通」


半笑いでクラスメートにそういうと、
きょとんとした目で見つめられて 驚いた。
だって続きはこうだ。






「な〜に言っちゃってんだよ、オマエ。学級委員じゃねぇよ。
生徒会委員長の方だって!!!オマエにぴったりじゃん!」





軽快な声で さも当たり前のように言い切ったクラスメートの言葉に、
俺は呆然とした。そして、湧き上がった感情の名前は。




歓喜、に等しかった。




黒板にチョークでデカデカと書かれた俺の名前の下に
”生徒会委員長”と追加されて書かれた 瞬間、




俺はこのクラスに、学校に、・・まだ居ていい存在なんだと実感した。
自分の居場所を友達がずっと守ってくれていたなんて・・・。
嬉しすぎて言葉にならない。




だから、俺は 温かい気持ちで包んでくれた彼らを守ろうと思った。
たとえ、どんなに脆く、弱い命を持っていたとしても



脆いなりに、命をかけて 彼らを守ろうと思ったんだ。
出来るだけ長生きして、島を守りたい。





そうして俺は、呼ばれる声に導かれて
ゆっくりとドアを開ける。これはきっと運命の扉。
そして、その先に待つのは・・・






「待っていたわ。・・答えを聞かせてくれるかしら?」






「はい」







俺が思い描いた、未来、だと信じたい。












「遠見先生・・・僕は、戦うことに決めました。
この命を懸けてでも、この島を守ります」










祐未









今日、俺は 守られていた子供から
守る大人になることを決めたんだ。






それは多分、












お前の幼馴染じゃなくなるって
意味と一緒なんだろうな・・・・・












ごめんな、祐未。








出来ればお前と
一緒に大人になりたかったーーーーーーー・・。













+++
















それは、まるでサイレント映画のワンシーンだった。






音もなく、ひっそりとそこに佇む 物静かな存在は
空虚な空を仰ぎながら 何かをただ密やかに 待ち続けていた。

大きな桜の木の下で、風に揺られ、花弁に姿を覆い隠されて尚
諦める事無く 彼は意志を貫き通していた。

それは瞬く間に移り変わっていく季節すら 無に還してしまえるほどの
直向な想いと一途な眼差しが そうさせているのだと思った。


最初は鮮やかな薄桃色の景色だった。
そして次にその景色は見渡す限りの蒼穹色に変わった。
それが終わると、次に変わる景色は多分、セピア色。

彼の周囲を彩らせる色はセピア色だと 俺は知っていた。
でも・・・彼はセピア色の景色に包まれることは なかった。


彼が途中でそれを投げ出したわけじゃない。






彼は・・・・ついに理解してしまったのだ。










待ち人は、どんなに待っても
決して現れることは ない、と。




























「・・・・・・・・何を見ているんですか?」






潮風が生徒会室の窓から廊下へと通り抜ける感触が
肌でわかった。肌に触れる熱い風は、海の息吹を微かに交じらせて
此処まで届けてくれる。いつものことだ。が、今日は微妙に違っていた。

潮風の中に、秋の匂いが仄かに薫ったのだ。
もうすぐ夏も終わりなのだと知る。




「ん?グラウンドだよ。・・・端に立ってる桜の木、見てたんだ」


窓の枠に肘をついて外を眺める俺に、背後から声を掛ける人物。
彼はここ一年間 急激に大人びた表情をするようになった 島を受け継ぐ精鋭だ。
自分が この島を離れるとき、安心して托せるであろう しっかりした後輩。
頼りがいのある存在。−−−皆城総士、島の現状に着手し、尽力している人物。
俺たちが今、何をしようとしているか 唯一正確に理解し、先導する位置についている少年。




「・・・・・・・そうですか」






素っ気無い、というより 無心に相槌をうつ様子だった。
表情は固く、クール。何に対しても冷静沈着な彼は
昔とまったく違う性格になっていた。

幼い日の頃を思い出す。
もっと表情豊かで 人付き合いも頻繁にあった彼、だったが
今となってはその面差しも面影もなかった。
それは多分、島の将来をその若さで背負ってしまったことも
深く関係しているのだろう。

見えない部分で彼は一人、苦しんでいるのだ。
支えてくれる人すら 突き放してーーーー。




総士は静かに棚から生徒会予算案の重要書類を取り出すと
机に置き、椅子へと腰を下ろした。今は夏休み中だが、今日は
生徒会の予算会議が行われる日なのだ。教員の都合を考慮し、
慌しい新学期を避けて、休み中に会議を行うことと今回相成った訳だが
はっきり言えば、夏休みを一日潰されて 俺としては気持ちが少し、停滞気味だった。

そんな俺とは対照的に、総士はというと
即座にぺらぺらと書類を捲り始める。そうして、持っていたカバンから部費名簿とペンを取り出すと
早々に書き込み始めていた。どうやら予算案をチェックしているようだった。
真面目、堅物、不器用。印象としては そんな感じを受ける。


俺は熱心に生徒会の仕事をこなす 総士を横目に見て、
小さなため息と思いを零すのだった。



「・・・・昔はもっとお前、柔らかかったのにな」






素直な気持ちと言葉が静寂を駆け巡った。
沈黙が一度生まれたあと、総士がピクリと反応をみせる。





「ーーーーー・・そろそろ仕事、始めた方がいいですよ。
生駒先輩が来る・・・・・」



視線は書類から外さず、あくまで冷静を装った風貌をみせる総士に
俺は少なからず、諦めに似た悲しみを受けた。
どうして 彼はこんな風に変わってしまったのだろう。・・そう思えてならない。
残酷な現状を把握してしまったからといって 彼がここまで一人で背負う必要もなければ
苦しむ必要もない。いうなれば、これは一人で解決できる問題じゃない。
痛みを分け合うことが今、彼には必要な事なんだと感じた。





不意に。
机の上に置かれた彼のカバンから、頭半分顔を出している
セピア色した革の手帳が視界に映った。
そして、その手帳に挟まれている、白い其れが僅かにはみ出ているのも
はっきりと瞳の奥に映ったのであった。


俺は視線をグラウンドから生徒会室内の彼へと向け、
座っていた椅子の方向も、彼へと向けて座り直すのだった。

突然自分の方に向き直る俺の姿に 総士は少し驚いた表情をした。
こういう風に 俺が誰かと向き合うとき 決まって真剣な話をする、ということは
生徒会の付き合いで 総士自身勘付いているようだった。
俺はいつになく真剣な表情で、言葉を慎重に選んだ。
それはきっと、−−−−−彼らにとって、大切なことだからだ。
今の総士に必要なこと、でもある。






「・・・・ちょうど一年前くらい・・かな。夏の暑さにも負けず、
夏休みだっていうのにさ、グラウンドの端にある あの桜の木の下に
ずっと立ってる奴がいたんだーーーー」



語り口調で静かに そう切り出すと、自然と彼の視線は
俺の瞳を正面から見据えていた。
抗えない悲哀、が彼の目の奥から滲み始めているようだった。




「以前から俺、体調不良で休みがちだったから 授業内容遅れててさ、
夏休みとか使って先生とマンツーマンで新学期に備えて勉強、とか
してたんだ。・・・もちろん、体調がいい日じゃないと、補習すら出てこられなかったんだけどな?」




はは、と語尾に乾いた笑いが交じる。
自分が少し情けなく思えた。ちゃんと丈夫な身体が欲しかった。
・・・母親を責めるわけじゃなく、自分の生活態度や生活習慣にもっと
前々から気を使っておくべきだったと 反省の念がいつだって芽吹いて仕方ない。
後の祭りだということは重々承知してはいるけれど、やっぱり後悔が後に引く。


苦笑しつつ、話を続ける俺の言葉に 耳をいつになく傾けて 総士は
ペンを動かしていた手をいつの間にか止めて 俺を見つめていた。
まるで 何を言われているのか 理解している瞳で 俺を黙って立ててくれていた。





「・・・・・そいつさ、桜が綺麗に咲き始める頃から ずっと待ってたんだ・・そこで」






「・・・・・・・・・・・・・・・」





いつになく、頼りない声が響く。
穏やかな、優しい時間。でもどこか淋しさを連れてくる、瞬間。
お互いの視線が交錯した。辺りを彷徨う言の葉が確信を見透かしていたせいだ。





「誰かをただ、ひたすら待ってた。・・・・・そして、ずっとそいつは待ち続けるのだろうと
思っていた・・・・・。けど、それはーーー叶わなかった」






「・・・・・・・・・・・・・・・」








「いつからだったかなぁ・・・・、もう・・はっきりとした記憶は残ってないけど
そいつ、セピア色の景色に変わる前に・・・あの桜の下からいなくなってたんだ」






そう。新学期には、もういなかった。
秋が始まる前。夏の終わり頃ーーー補習を受けに学校を訪れた俺の視線の先に
彼は映らなかった。すでに桜の木は、独りぼっちになっていたのだ。

ずっと佇んでいた少年を見失ったみたいに。

青々とした葉色を変えて、悲しみにくれるように萎れた葉たちは
ひらひら、と小枝から離れ、地面に朽ちていった。
セピアに近い色へと色づく葉も中にはいた。


まだ、彼がいるのではないかという錯覚をたまに見る。
それほど 彼は鮮明で、繊細な存在にみえた。
少なくとも俺には 彼が移りゆく季節に愛されていた存在みたいに思えた。




新学期、桜の木の下には誰もいない。
そして 彼を失った桜の木は 驚くくらい早いスピードで
秋を連れてきていたのだ。そう。









間違いなく、あのとき・・あの場所だけ季節は
早秋を迎えていたのだ。












「なんで・・・・・・」









今年も、あの場所は早秋をいち早く迎えるだろう。
さっき、風が教えてくれた。
秋はもう、・・・すぐそこだと。






そして、俺が戦う瞬間も
間近にせまっている。


祐未の家の庭先の椿が、綺麗に色づいていた。
覚醒は・・・・・もう、すぐそこだと感じられた。




だから。








「・・・・・なんで行ってやらなかったんだ・・・?」







後輩に、托せるもの。
残せるものを・・・・教えたい。




彼らが、この先 道に迷っても
何度転んでも、立ち上がれるように。
立ち向かえるように・・・・・。










「一騎はずっと お前を待ってた。
・・・・・・・・・・・・・なんで嘘なんて吐いたんだ」






俺が居なくなったとき 大好きな島を、人たちを守ってくれる
彼らにーーー俺の描いた未来を確かに感じてもらえるように。







これから大人になっていく 彼らに
・・・俺の夢が届くように。








「ーーーー本当は、手紙・・・読んだんだろ?
じゃなきゃ、手帳なんかに挟まないよな。
まるでお守りみたいに・・肌身離さず持ってるんだーーー手帳はお前の
”大事な必需品”だろ?」







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見てたんですか」





























丁度一年前。
その日は朝から雨が降っていて、久しぶりの登校日だった。
夏休みに学校へ足を向ける唯一の日、これがその日だったのだ。


クラスでミーティングを行い、帰るだけの日。
一般生徒はそうなのだが、俺たちはそうじゃなかった。
生徒会の残務に終われ、少しだけ学校に残る羽目になったのである。



生徒会室にカバンを置き、作業に取り掛かろうとした あのとき。
総士はいつものように手帳とノートと筆記用具、ホチキス、ファイルを
机の上において 作業に移ろうとしていた。

そのとき、不思議と手帳の存在が、俺の心に留まったのだ。
生徒会の仕事に手帳は必要ない。−−というか、日程の確認や
これからのスケジュール合わせに使うものの、具体的作業へ移る場合には
必要ではないはずで、明らかにそれは そのときには異質なものだと思えた。
だから俺は 自然と浮かび上がった疑問を 彼へと普通にぶつけられたのだった。





「総士、手帳・・・出してるけど、今は必要なくないか?」



軽く 零した言の葉に 総士は目を一瞬見開いて、
”あぁ・・・”と気づいたみたいに声を落としていた。




「落ち着くんです・・手帳が傍に在ると。僕にとっては
大事な必需品ですから・・・」




「へぇ・・・、そっか」





セピア色の革の手帳。分厚いその手帳には色々と小さなメモが
挟んであった。使い込んでる感がありありと出ている。
その中に、白い封筒が挟まれているのを 俺はそのときから見つけていた。
多分、大事な手紙・・なんだろうと思った。


自分の愛用しているモノに挟んであるということは
同じくらい大切なものだからこそ、自分の目に付く所へ
置いておきたいと思っているんだろう。そういう気持ちは理解できる。
総士にとってはかなり珍しいことだと興味は湧いたものの、
そこまで俺も野暮ではないし、弁えているつもりだった。


お守り代わりにでも持っているんだろうな。
俺は何かに執着している総士を久しぶりに見れて、嬉しくなった。
と、暫くして 総士が席を立ち、生徒会室を出て行く。




「コピーしてきます」




さっぱりとした口調でそう紡いで、室内を出て行った総士。
俺は気に留めず 見送ったが、自分の手元にある書類も
コピーが必要だということに そのとき気づいたのだった。




「俺もコピーしてくるよ」



祐未や蔵前にそう告げて、間もなく室内をあとにした俺は
総士に追いつけるかどうか疑問だったが 出来るだけ足取りを速めた。







「もし総士に追いついたら、総士にコピー頼もうな、プク?」






自分の肩際を同じ歩調で歩く俺の大切な相棒は
大きく体を揺らして、嬉しそうに声を発した。


「ワンッッ・・!!」



廊下に少し響く声が あどけないもので親しみがいのある反応だった。
垂れ下がった赤茶の耳と、白い毛並みが際立つ。滑らかな尾の揺れに
あわせて、息が弾む。プクは今、とても機嫌がよさ気だった。

可愛い相棒を横に従え、俺は嬉々とした表情を浮かべて廊下を歩いていた。
しばらくして昇降口付近に差し掛かる。



傍らを歩いていた親友が足をピタリと瞬時に止めた。
俺はそのことに気づくと、相棒の名を呼んで尋ねたのだった。




「プク・・?どうかしたのか?」



黒く丸いキラキラした瞳の先に、ある人物が入り込んだようだった。
親友の視線を辿れば、それは今まさに話題の渦中にいた その人が佇んでいた。






「あ、総・・・」




声をかけようと、身を乗り出した 刹那。
昇降口の軒下に総士ともう一人、佇んでいるのがわかった。







一騎・・・。










黒く艶やかな髪、栗色の双眸。
桜の木の下で ずっと誰かを待っていた彼。
傘を開きかけた状態で 総士に眼差しを合わせていた。
その瞳は 静かな熱情を湛えているようだと思った。



ふと、話し声が明確に耳元へと震動して伝わってくる。







「・・・いつだったか、お前に渡された手紙・・・僕は読んでいない」







二人の沈黙を破る言の葉。
息が詰まるような感覚。




心臓が、ドクン、と大きく音を立てた。







手紙・・・・・・・・・・・・・?
て、がみ・・・・・ってーーーーーもしかして。








あの、手帳に挟んである・・・手紙、か?







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、そうか・・・」






もしかしたら、と俺は先ほどの光景を思い出す。
そうだ。白い封筒があった。




大事な必需品に挟まれた、封筒。
白い・・・手紙。





総士が何かに執着するなんて 殆どないことは知っていた。
そうか・・・・、一騎があれをきっと総士に・・・・。


そう思うとすべてが納得いく。
一騎と総士は昔から仲が良くて・・いつも一緒にいた。
互いが特別な存在のようだった。傍から見ても、そうみえたのだから
本人達も少しは自覚しているはずだ。


けど、いつからか彼らは 意思疎通をやめてしまった。
繋がっていた絆を 二人とも手放しかけていたのだ。
原因はわからない。でもーー多分俺が思っている以上に
複雑な原因があるのだろうと思う。・・・二人とも、辛そうだったから、だ。








一騎は総士の言葉に 小さく微笑みを零していた。
困ったような・・・・明らかに悲しみを沈めた、微笑み。

萎れていく桜の木が目に浮かぶ。
一騎の ずっとあの場所で待っていた姿が 目に焼きついて
・・・離れない。  忘れられない・・・。




そうか。










・・・・・・・・・・一騎は、総士を・・・・待っていたんだな。







今、やっと気づく。
あの瞳の先に、待っていた人。









一騎の声に、瞳を小さく揺らしていた総士は
視線を落として 何か 言葉に詰まった顔をしていた。



辛そうだ・・・・とても。
言ってはいけない、言わせてはいけない・・と心で感じる。



そうだ、総士は今・・・・言ってはいけないことを
口にしそうだ。そんな危うさが辺りを包んでいる。



止めよう、と俺は身を更に乗り出す。
けれど、俺が乗り出す前にーーー言葉は、宙を彷徨った。








「ーーーー捨てたんだ、手紙。
・・・それが僕の応えだと思ってかまわない・・・・」






















ーーーーーーーーーーーー・・すて、た?










何を・・・・?手紙、を・・・・?










総士、・・・・おまえ、・・お前の手帳に・・・・・

手紙はーーーーーーーーーーーー・・・。











在る、のに・・・・なんで嘘なんて・・・・。









絶句する。足が動かない。近くにいたプクが不思議そうに俺を見つめていた。
一騎に落とされた言葉は、いつまでも空を彷徨った。耳の奥に残り、消えなかった。




総士はそれだけ伝えると、廊下側に戻ってきた。
俺は柱に隠れると総士の姿を追った。



足早にその場を離れる総士。
一度も振り返る事無く 前へと進む。
途中、曲がり角に差し掛かり、姿が見えなくなる。
一瞬だけ 一騎に視線を移した俺は 一騎が傘もささずに
雨に消えていくのがわかった。








雨の音が、ノイズに変わる。







夏休みが終わり、新学期になる。
桜の木の下の一騎を探す。


いない。






そう、彼はあの日を境に、多分・・・おそらく
気づいてしまったのだ。








待ち人は、どんなに待っても
決して来ないということを。






知ってしまったのだ・・・・。




























一年前の光景を思い出す。
思い出す度、胸は痛んだ。

忘れられない、景色だった。



一騎が傷ついたように、総士もあのとき 傷ついていたことに
俺はあのとき 気づけなかった。



でも今ならわかる。




総士はずっと苦しんでいる。
そして、決して一騎を傷つけるために言った言葉じゃないと
信じている。



じゃなきゃ、いつまでも 手紙をお守り代わりに
持っているはずないんだ。


嘘までついて・・・・一年という月日が過ぎても
総士は、未だ一騎から貰った手紙を持ち続けている。






捨てられないモノが、その手紙に詰まっているんだと
俺は知っている。総士、お前は何に苦しんでいる・・・?





どうして素直に気持ちを伝えられないんだ?







俺で力になれることがあるのなら、
・・・・その不安定な淋しい背中を




何度でも押してやるから









ちゃんと、真実から目を背けず、
前に進んでみろよ。






でないとお前の時間は、







あの日のままで止まり続けるだけだ。




















「ーーーーーーーー手紙は、・・・捨てました」







殊勝な声が木霊する。
ポツリ、と零れた言葉が 涙に似ていて 胸が苦しくなる。







「・・・・身体の方は弱いけど・・見間違うほど俺、目は悪くないよ。
・・・・その手帳に挟んであるじゃないか・・・・白い封筒」







「ーーーーーー錯覚です、それは・・。この手紙は、−−・・・違います」






確証がないことを総士はわかっているようで
俺のカマに動じず はっきりとまではいかないが、
躊躇いがちに言い放った。



俺は真っ直ぐと総士を真摯に見据えると
明瞭な声で口に出した。




「ーーー・・・。なんで行ってやらなかった・・?
これは俺の推測だけど、来るまで待つ、ようなこと・・・
書いてあったんじゃないのか?−−−とても大切な事を・・お前に伝えるために」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・」





そうじゃなきゃ、ずっと待ったりしない。




ふ、と自然に総士の瞳が細まる。
視線が逸らされたのがわかった。






「・・・・・・・・・・一時的な気の迷いです・・・そんなの」






語尾が弱弱しく聴こえる。
総士自身、戸惑っているのだろう。


こんなに揺らいでいる総士を見るのは久しぶりだ。




俺は腰を掛けていた椅子から立ち上がると
総士の方へと歩み寄った。
室内に響く足音が妙にリアルに聴こえてきて、微かな恐怖心を孕んだ。


総士の体が、瞬時に竦む。
ぴたり、と立ち止まった場所は 三メートル付近だった。







「逃げてないか?総士・・・お前、真実(ほんとう)のこと・・
見ようとしてないだけなんじゃないのか・・・?」




未だ、独りで何かを抱えるお前に
支えが必要なのは当然で。

それが一騎だということも、痛いほど・・お前を見てればわかるから。

だから俺はあえて、深入りする。
普段入れない部分に切り込んで入る。
・・・時間が無いんだ。



お前たちに遺してやれることは、限られているから。
だからーーーーーーー。









「真実(ほんとう)のことが見えてないのは
僕ではなく・・・一騎の方だ。
・・・云ったでしょう?それは気の迷いなんです・・」








視線が床へと落とされる。
彷徨ったあとに落とされた視線は、悲しいくらい静かだった。
苦しみに満ちている。解放されず、痛みを増す形で、揺らいでいる。




ぐっと、拳を両手に作り、総士はうな垂れる。
座っている椅子に重心を置いて、支えなしでは動けない、とでもいうように
彼は小さく蹲っていた。






気持ちが定まらない相手に、俺は懸命に語りかける。
諦めたら、そこで終わりなのだ。







「だったら どうすれば一騎の気持ち、・・信じてやれるんだ?
ーーーーーお前の気持ちは何処にある?」




強さを含んだ俺の言葉に、総士は肩を竦めて
顔を上げた。銀色の瞳は細まり、光を宿していた。
切羽詰った顔、に近かった。・・・切ない心が見透かしてみえた。





沈んだ声が、今度は強さを含んで響き渡る。
迷いを断ち切った声音に似ている。







「・・例えば。−−−例えば一騎が僕のことを・・・・・、好き、だと仮定して」






抵抗があるのだろう。
”好き”という言葉に弱さが一瞬みえた。
それでも総士は尚も続ける。





「だからって・・・・・・・・・・・・・どうなるっていうんです?」







自嘲気味に呟かれた言葉は、熱を冷ました色だった。






「・・・・・・どういう意味だ?」




今度はこちらから聞き返す。
その含みある言葉が気に食わなかった。






「・・・将陵先輩も知ってのとおり、・・もうすぐL計画が始まる。
この島は・・最早楽園では失くなるんです。・・そして、今までの僕も。
僕はもう・・・・・今までの僕じゃいられない・・・」






総士の口から出てきた言葉。
それは大人になることを決心した俺と同じような意味を持った言葉たち。
祐未と一緒に大人になりたかった。・・・けれど、それは叶わない。
今まで普通の幼馴染だった。けれど、それも全てなくなる。


祐未は覚醒する、もうすぐ。
すべてを知って、島を卒業し、外へと出て行く。



そして俺は・・・皆のためにこの命を、明け渡す
戦士になると決めた。





総士も・・・・・・大人になることを、決めた、のだ。







「ーーーーーーー・・どうにも、ならないでしょう・・・?」






その声は、どこか幼さを残していた。
困ったように微笑んでいる。


熱が冷めたわけじゃなく。
溢れ出す熱に、彼はずっと耐え続けているのだと知る。




望んでそうしているわけではない。
望まれて、・・・そうしているのだと気づく。




「答えは酷く簡単だ。・・・今までと何も変わらない。
それでいいーーー・・・・」





突き放したままが、一番いい。
彼はそう言っている。
自分の想いとは、裏腹に。







「幼い頃・・・・一騎にこの左目の傷を貰いました。
ーーー・・・あいつの中で僕とこの左目の傷は 切っても切り離せないモノで・・
忘れられない傷跡なんです」




今度は総士から僕を正面に見据える。
自分の考えがまとまったのだろう。
その銀色は瞬く星よりも綺麗に輝きを放っていた。




「僕にとって、この傷はかけがえのない・・大切なものになりました。
だが僕にとっては大切な傷でも、一騎にとってみたら・・それは過去の罪でしかない」





「・・・・・・・・・・・・・」






「悲しい、けれど・・・・それは揺ぎ無い事実です。
一騎は罪悪感や責任感から僕に好意を持とうと努力している。
ーーーー僕はこの左目の傷を見るたびに傷つく一騎を見るのが・・・・辛い」





「ーーーーー総士・・・」





「あいつも・・・・きっとそのうちに気づくはずです。
僕は特別じゃないと。・・・もし、将陵先輩にそう見えるのなら、
それはあいつの優しさがそう見せるのであって・・・・その想いは本物じゃない」




言い切ったあと、自分で自分を傷つけた顔をした総士が
目の前にいた。銀色が光を失った瞬間だった。
綺麗に輝いているのに、その目には何も映っていないのだ。







失うことを懼れたわけじゃない。
未来を卑下したわけでもない。

ただ、その瞳が曇ってしまったのは
二人の過去に起きた出来事と、近すぎてしまったが故に生じた
想いのすれ違いがすべてを悪い方向へと受け流してしまったせい、なのだ。




総士の云いたい事はわかる。
でも、総士の言葉には 一騎の気持ちがない。
見えていないんだ。一騎が伝えても、それを信じることができない。
いや、伝えることすら させてやらない。

自分の観念に、囚われ続けている。
傷を、悪の根元だと考え、尚且つ一騎の気持ちを幻想、だと
決め付けている。−−−それじゃ、前に進めない。





それじゃ、本当に欲しいものに
届かないぞ、総士・・・・








「ーーーーーーーーーーー・・総士」





ワントーン低い声で呟けば、総士は視点を合わせて
俺を見つめてくる。今こそ、背中を押してやるときだと思った。

二人のために、未来のために
俺が残していけるモノ。教えてやれる、真実。









”独りじゃない”という事実だ。










大切なひとは、すぐ傍に・・いてくれるんだ。
総士。俺にとっての祐未がそうであるように


お前にとっての・・・大切な、ひとはーーーー。










「・・・それはお前のおごりだよ。
お前の物差しで一騎の気持ちは量れない」









静寂の中、響く言葉。
総士に、どうか届いて欲しい。


解って欲しい。





ひとりで、背負うな。






「ましてや、量っていいものじゃない。
・・・一騎の気持ちは一騎だけのものだ。−−−決めつけるな」






「・・・・・・・・・」









鋭く瞳を細めた俺に 総士は何も言えなくなっていた。
いや、言わなくていいと思っていたのかもしれない。

ただ、静かに俺の言葉を聴く総士が 悲しく見えた。




「・・・・おまえ、本当は知っているんじゃないのか?」






「ーー・・・・・・・」






「一騎は罪悪感や責任感で人を愛せるほど器用な人間じゃないってこと。
ーーー気づいてるんじゃないのか?」








「ーーーーー・・・・・・・・・それ、は」








「あてもなく、ずっと待ち続けていた あいつの気持ちは・・
本当に”気の迷い”で片付けられるようなものなのか?」







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、」









「・・・・・・総士、もう一度言うぞ。
逃げてないか?お前」









「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」








「・・・・・逃げるなよ。この島が楽園じゃなくなるのなら、
ーー総士、お前がお前で失くなるのなら・・余計もっと今を大事にしなきゃ
いけないんじゃないのか?」







「・・・・・・・・・・・・・・・ーーーーー」










「拒絶だけが・・・・優しさじゃない。・・・・・・・・今を大事にするって、
今を生きるって・・・・そういうことだろ?」











「ーーーーーーーーー失礼、します・・・」










ガタッ、と椅子を引く音が室内に残響となり、
辺りを呑み込んでいった。
目の前にいた総士は 足音も立てずに
俺の目の前から消え、教室をあとにする。

乾いた音が聴こえてくる。 閉められた扉が妙に空気の振動を
感じて 震えた。開けっぱなしにしていた窓から通り抜ける潮風が
肌に触れては離れた。やっぱり風の中に秋の匂いが交じっている。
鼻を微かに燻らせて、秋はまもなくやって来るのだ。
去年と変わりなく、あの、桜の木にもーーーーーー。







ザーーーーーーーーーーーーーーーーーッ・・・















今も耳奥で鳴り響く、ノイズ音。
あの日の雨音が耳から離れない。








俺の杞憂かもしれない。
揶揄するつもりじゃなかった。そんな気はない。
あいつらに幸せになって欲しいと願っている・・心から。


おこがましい存在に思われてもしかたないかもしれない。
けど。ほっとくことなんて出来ないんだ。
目の前で苦しんでいる大切な仲間を放ってなんておけない。
それに。





あの日の残像が未だ 俺の胸を締め付ける。







手紙を読んでいないと、総士に言われた一騎。
一騎は”そうか”と一言 口にしただけだった。





ずっと・・・・・春からずっと待っていたのに。
季節は夏に移り変わって、それでも諦めず、
待っていたのに・・・




一騎は総士を責める訳でもなく、その場で自分の
気持ちを伝えるわけでもなく
ただ総士の言葉に耳を傾けるだけだった。




その結果、待っていた結末は・・・。









一騎は、多分伝えることを あの瞬間(とき)諦めたんじゃない。







一騎・・・・お前はあの瞬間(とき)
好きな人に 好きだと云わないことが強さだと
信じていたんだよな?












お前は、もう待つことをやめてしまった。













総士が言った言葉を 真っ直ぐに受け止めて、
お前は  言わない事が一番いいと決めたんだな。









だから 総士が手紙を捨てた、といったとき
一言 口にするだけで 何も云おうとはしなかったんだ・・。










総士が、それが答えだといえば
お前はその言葉を疑わずに受け止める。






受け止めて・・・・ただ、耐えるだけ。
それだけだ。






想いは、消えないというのに・・・・・。
苦しいままだというのに。













・・・なぁ、一騎











お前が必死で抱え込んでいた その気持ち







無かったことにされるんだ。












云えずにいた言葉・・・全部消えてなくなるんだ。










それでもお前は云わないのか?















総士が出した答えを、受け止めるだけで
終わらせてしまうのか?





















お前が総士をずっと待ち続けていた時間は
意味のないものとして、消えてなくなるのか?









一騎・・・







































お前の信じた強さは

今もお前を明るく照らし続けてくれているか?































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どうも、青井聖梨です。
ここまで読んで下さって本当にありがとうございました!

深層、第三話の主人公は僚でした。
今回は季節だけでなく、一騎たちの学年も変わりました。
冒頭の学年は一騎たちの学年経過を表していますので
僚の学年だとお間違えの無いように書かせて頂きますね(笑)

本編の話も少し交ぜてみたかったので、僚はL計画・祐未を意識していたこと、を
軸に書かせて頂きました。ですがあくまでこれは 管理人の空想・妄想が
九割なので 本編とリンクするのは正直難しい・・というかオカシイ話と
なってます。 なんとなく単体で読んで頂いたほうが スムーズに
読めるかと思います(爆)あくまでオリジナルなので、何卒その部分を
ご理解下さいますようお願い申し上げます。

それでは、また次回お会いできることを夢見てvv
青井聖梨 2008・2・29