君在りて、幸福。















虚像(レプリカ)は僕に微笑む

〜運命編〜




















好きになってしまった。 名前も知らない、その人を。
話しさえ、したことないのに。

オレとあの人は まだ出逢っていない。それなのに、
この胸に 息づく感情を止めることが出来なくて。

どうしても、会いたくて------------------。

こんな気持ち、知らなかった。


誰かを こんなに想うことが出来るなんて

誰かが こんなに眩しく見えるなんて・・・


こんな気持ち、知らなかった。

どうして好きになってしまったんだろう・・

惹かれずには いられない









------------------------------あなたは、島の代表の息子。









+++







初めて、この瞳にその姿を映したのは、いつだっただろう。



まだ俺が五歳くらいのとき。
父さんがアルバムの整理をしていて、それを手伝っていた俺の目に
偶然留まった写真が、全ての始まりだった。



「父さん・・・この写真の子は誰・・?」


俺がそういうと、父さんが写真を覗き込んで言った。



「あぁ。その子は総士くんだよ。皆城家の長男だ。」


「・・総、士・・・?」


「そうだ。−−たしかお前と同い年だったと思うぞ?」


「皆城家って・・あの島の代表の?」


「あぁ。公蔵の息子だよ。公蔵なら知ってるだろう?
うちに何度か来たことがあるはずだ。」


「うん、知ってる。この前も来たよね・・」



うちの父さんと島の代表である皆城さんは
同期であり、旧友でもある。
俺が生まれる前から頻繁に付き合いがあったらしく、
よく、うちに遊びに来てくれた。

父さんは、この竜宮島で器を売り物にして生計を立てていた。
いわば、自営業だった。俺は不器用な父さんの手伝いが少しでも出来ればと、
家事一切は全てやった。もともと家事なんて、父さんのような人には無理な話だったのだ。

洗濯物はいつもクシャクシャで干したり、料理は大抵食材を焦がしたり、
掃除はするどころか、もっと汚して終わらせる。
不器用な人だから、と仕方なく思っていた。
けれど、少し行き過ぎた不器用さがいつも目立っていた。

うちには、母さんがいなかった。

母さんは、俺が生まれたと同時に息を引き取った。
・・難産だった。
もともと母さんは身体が弱い人だった。子供を生めば、命に関わると医者から
再三注意されていた。だけど母さんは俺を生む事を選んだ。
俺を望んでくれていた。諦めなかったんだ。
自分のお腹にある新しい命を、何よりも愛しく思っていたらしい。


俺がいる大きなお腹を頻繁に擦っては、
ーーーーーーーーーーーーーーー”君在りて幸福”

と、いつも母さんはそう呟いていたと父さんから聞いた。
「どういう意味なの?」ーーと父さんに訊くと、父さんは温かい笑顔を向けて俺に
よく言い聞かせてくれた。


「お前がいるから、幸せなんだってことを 母さんは言いたかったんだよ。」


何だかとても、嬉しかった。
そんな言葉を聴けて。


・・・本当に、嬉しかった。




母さんの出産は 父さんも同意の上のことだった。
俺が普通に生まれていれば、まだ母さんは助かる見込みがあった。
しかし、・・俺はよりにもよって、逆子だった。
母さんはーー俺を産んですぐに、身体への負担に耐え切れず、
天へと昇っていってしまった。

それからは、父さんが男でひとつで俺を育ててくれた。
そのとき、父さんの一番の助力となった人物が島の代表の皆城さんだった。

父さんは、分からない事や困った事があったとき、皆城さんの奥さんに度々
訊きにいったらしい。けれどその奥さんも、俺が六歳のときに亡くなられた。
重い病気にかかっていたらしく、医者に診せた時にはもう・・手遅れだったらしい。

俺は、まだ幼いながらも父さんに連れられて皆城家の葬儀に出席した。
あの時の事を、今も鮮明に覚えている。忘れるはずがなかった。


忘れられない人に出逢った、あの日を・・忘れるはずないんだ。


+++








ザーーーーーーーッ・・・





雨音が、煩くて、お経を読む声が空中でかき消されていた、あの日。
偶然父さんに連れられて やってきた初めての御葬式。


父さんは御焼香をあげに行くから、ここで待っていろ、と
俺に言って その場を離れた。
俺は一人になってしまって、そのとき少し不安だった。周囲をキョロキョロと見回してみる。
すると、木の木陰に一人の少年が佇んでいるのを見つけた。
同い年くらいの少年だ、と一瞬でわかった。背丈が同じくらいだったからーー。
俺は、近くに歩み寄ってみる事にした。


すると、刹那ーー。ハッとしたんだ。
だって、写真で見たあのときの男の子にそっくりだったんだ。

皆城総士。
すぐ、本人だと自覚するまでそう時間はかからなかった。
だって、あのとき総士は 怖いくらいに暗い顔をしていて、
怖いくらい真っ黒な服を着て 木陰に佇んでいたから。


その瞳からは、幾筋もの涙が伝っていた・・かもしれない。
はっきり言って、よくわからない。
雨が。・・・彼の顔を濡らしていて、涙か雨の雫か、わからない状態だったんだ。

もしかしたら総士は

雨に紛れて泣いていたのかもしれない。


涙を隠すために

わざとこんな所に立って、濡れていたのかもしれない。




そんな皆城総士の姿を見て、・・・声を掛けてみたいと
俺は思った。


でも、そのあとすぐに彼は 葬儀場に黙って入ってしまった。
俺に気づくことなく、ひっそりと。濡れた身体を、引き摺りながら・・。




総士のことが、気になって仕方がなかった そのときの俺は
動くなといわれているにも関わらず、その場を動いて、父さんや総士が
入っていった葬儀場の中へと自ら飛び込んで行った。


総士を追う形で入っていった其処は、白い内壁に覆われていた。
目の前には沢山の花と、沢山の人。椅子に座って泣いているひとも居れば、
暗い顔をして佇んでいるひともいた。
御線香の匂いが正面から漂ってくる。丁度父さんが御焼香をあげているときだった。
左側には親族用の椅子が立ち並んでいて、島の代表の皆城さんが父さんに向かって丁寧に
お辞儀をしていた。−−その横で、先程まで外に居た総士が、同じようにお辞儀をしている。
肩にはタオルがかけられていた。

総士は深々と頭を下げて、凛とした表情で席に座っていた。

先程の表情など微塵も見せずにただ、真っ直ぐに弔問者を見つめて
丁寧にお辞儀をして送り出していた。



そのときだ。



皆城総士に惹かれてしょうがないと、自分で気づいたのは。




凛とした綺麗な銀色。
雨に濡れて少し湿った、琥珀の少し長い髪。
闇に呑み込まれてしまったかのような、黒い服装。
悲しみを押し隠した、表情。
しっかりと頭を下げて、代表に寄り添う形で並んだ小さな姿。



すべてが、俺にとって衝撃的で、印象的で惹かれずには居られなかった。
あの頬を伝ったものが、涙ならば彼がどんなに悲しんでいるかなんて、訊かなくたってわかった。
そして同時に、その悲しみを一人で背負い込んでいる彼の中に俺は
誰よりも強い心と、温かな優しさを・・・そのとき見たんだ。



惹かれずには、いられない人だった。




それからというもの、総士が映ったあの写真を辛いときや悲しいとき、
引き擦り出しては 自分の生きる糧にした。
彼を想い、憧れた。

会いたくて堪らないときには ひっそりと、物陰から盗み見た事もあった。
まだ出逢っていない。知り合っていない人なのに、惹かれた。


全て俺の一方的なものだった。そんなこと、わかっていた。
だけど・・総士の姿を見るだけで、頑張れる気がした。


勇気や、元気や、切なさみたいなものが胸を掠めて・・
時々胸は痛んだ。



出逢いたい。話してみたい。
どんな声をしていて、どんな事を考えている人なんだろう。
頭はいつも、総士のことでいっぱいだった。

だけど、あと一歩を踏み出す勇気がなくて。
いつも、きっかけを探していた気がする。


住んでいる場所が多少離れているせいか、入学した小学校も中学校も
総士とは違うところだった。残念だけど、仕方がなかった。

中学に入学して、毎日はあっという間に過ぎていった。
平凡で幸せな生活。何も変わらない、毎日。
少し変わったことといえば、中学二年の秋に、父さんが体調を崩したことだった。
季節は移り変わり、もうすぐ中学三年に進級するという頃。





あっけなく・・・、何が起こったか解からないほど、あっけなく・・
父さんが、−−−−−この世を去った。



心臓発作だった。







親戚も無く、独りぼっちになった俺。
自分でも、どうすればいいのか分からなかった。



部屋にただ、蹲って 現実世界を遮断した。
総士が映る写真を手にして、ただただ じっと見つめていた。





写真は、すでに古ぼけていて・・擦り切れていた。








擦り切れた写真一枚を強く握り締める。
握り締めた手の甲には、涙が一粒・・零れ落ちた。



そんなとき。






あの人は、やって来た。









「一騎くん・・・だね?」





低い声色が俺の頭上から降り注いできた。
無意識に聴覚が反応をみせる。



「黙って訊いて欲しいんだ。・・私は島の代表の皆城公蔵という者だ。
君のお父さんとは生前親しくつき合わせてもらっていた。」



静かな声が、無機質な部屋に響き渡る。
空っぽな俺に、語りかけてくる声が どこか悲しげだった。


「君には親戚がいない。・・よって身寄りが無い。君は今、独りだ。
ーーそれがどういうことだか、わかるね?」


疑問を投げかけてくる太い声。俺はゆっくりと頷く。
俺の虚ろな目には、・・何も映らない。



「だから、ーー君をうちで引き取る事にした。・・生活能力がない君には
まだ保護者が必要だからね。−−−・・・私が勝手に決めてしまった事だが、それでいいだろうか?」




何が今起こっても、全て受け入れるしかなかった。
俺に選択権は最初からない。
居場所を失った俺は、父さんの親友であるこの人のいうことに
従う他、生きていく道はないのだと、直感で理解した。



俺は、消え入るような口調で、”わかりました”と短く呟いた。
皆城さんは、瞳を静かに伏せると、”行こうか・・”と俺を優しく促した。




これが、全ての始まりだったというべきなのか。
運命とは、残酷な形でやって来る。


まさか、皆城総士に出逢うきっかけを与えてくれたのが
俺を慈しみ、大事に育ててくれた父さんだったなんて。



母さんの命を引き換えに、この世に生を受けた俺の命。
父さんの死をきっかけに、おそらく出逢うであろう俺の恋しい人。


俺は、誰かを犠牲にして成り立っている。
そんな傲慢な生き方をしている。






自分が、今・・生きていていいのかも、
もう わからない。





ねぇ、誰か教えて。


何で俺は誰かを失いながら生きているの?



何で大切な人を犠牲にしてまで、幸せに近づこうとするの?





ねぇ、何でなの?










誰か言ってよ。














”君在りて、幸福。”













嘘でもいいから














誰かそう、言って・・・















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こんにちは!青井聖梨です。
パラレル設定万歳!!というわけで、今回はパラレルな話を書いてみました。
巡り逢う前から総士に恋焦がれていた一騎の御話でございます〜。
さて、次のお話では一騎がついに憧れの総士と出逢いますぞ。
どうぞ次のお話も読んでやって下さいねvv
ではでは、この辺で失礼します!

青井聖梨 2006.2.23.