これは愛に気づかなかった、ある少年のお話。















物語

















教室の窓からグラウンドを眺めると、秋の紅葉が俄かに始まりを告げていた。
色とりどりの赤、黄、緑が絵画から抜き出たような色合いを空に描く。

浮かび上がる白い いわし雲の間にまに、秋の夕暮れの朱色が漏れ出し、
グラウンドをオレンジ色に染め上げていた。
いつもの変わらない風景。別段、気に留めるまでもない、日常の色彩。


当たり前の時間の流れと、映り変わる季節の変化。
それは一年を通していえる事ではあるが、毎年さして、去年との差は無いと
教室の隅に座りながら、頬杖をついて 皆城総士は思ったのであった。



不意に、乾いた音と共に 見慣れた景色に馴染む存在が
教室の扉を軽く開けて入ってきた。




「総士、ゴメン、おまたせ・・」



控えめに呟く黒髪の華奢な姿を瞳の端に映す。
幼馴染で親友の彼。真壁一騎である。



「いいよ・・大して待ってない」



総士は外の景色から 意識を目の前に近寄ってくる
彼へと向けて、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
その表情はいつもどおりのポーカーフェイス、といっていいほど落ち着いている。

一方、息を心なしか弾ませて 俯き加減に視線を落とし、
胸に手を当てて 何かを鎮めている この幼馴染、一騎の様は
珍しく彼らしくない行動に見えて、総士は訝しげに眉を微かに潜めた。



「どうした・・・・?」



少し、探るように訊いてみる。
苦しいのだろうか?どこか、表情も固い。
心なしか、頬が上気しているように見える。
夕暮れのせい?・・・いや、それだけの赤みではない。
熱でもあるのか?−−−−額に手を当ててみようか?


試行錯誤しつつ、相手の出方を待ちながら 総士は窺うような
眼差しを一騎にそっと 向けてみる。


すると、暫くして 一騎が一方的に 重い口を開いた。





その声は、どこか頼りないものだった。





「ま・・・・またせて、ごめんっ。・・あの、おれ・・・・ッ、
総士に・・・どうしても言いたいこと、あっ、てーーー・・・」



覚えたての言葉を初めて使うように、一騎は拙い口どりで
緩やかに 声を弾ませ、総士の耳に届けていく。


いつもと違う一騎の様子に、少なからず 不安を覚えた総士は、
頭に疑問符を背負って 答えた。



「一騎・・・?焦らなくて、いいぞ。・・・・なんだ?」




出来るだけ気遣ってやりたかった。
いつでも温かく自分を真っ先に立ててくれる彼には感謝しているのだ。
だから こんなときくらいは 彼のペースを大切に話をきいてやろうと思ったのだった。




一騎は落ち着きのない瞳で、視線を彷徨わせつつ、
必死に何かを伝えようと胸元の服をキュッ、と掴んで 息を一つ吐いた。
そして、その言葉をーーーー、・・ずっと躊躇っていた その言葉を 宙に浮かばせる。
まるで行き場を失くした、捨て猫のような言葉づかいで。







「おれ・・・・・・総士が特別な意味で、好きだ・・・っ!」









淡くきめ細やかな黒髪が 窓の隙間風にそよそよと、柔らかく揺れる。
静かな瞳は 溢れるような熱を湛え、総士に呼びかけてくるようだった。










「つっ・・・・・・付き合って、欲しいんだ・・・・・」







直向な声音は微かに怯えた語尾を空に伝えた。
瞬間、彼の肩が竦む。


うな垂れるように下へ俯き、必死に瞳をきつく閉じていた。




彼の感情が ダイレクトに総士へと降りてくる。
衝撃、というより驚愕だった。



それは今まで感じたことの無い、感覚。


彼が自分をそんな風に見つめていたなんて思わなくて、
変に裏切られたような気分に陥った。
けれど、あまりにも悲痛で、真剣な彼の様子は
持て余すほど、自分の心を揺さぶった。



総士自身、現実味を帯びない この状況が夢幻みたいに思えてならない。
どこか客観視した もう一人の自分が傍らに佇んで 声を殺している。そんな気分だった。





「あ、・・・・・・え・・・・・・、と・・・」






こういうとき。
幼馴染に、突然告白されたとき。
一体どうすればよいのだろう・・?


頭をフル回転させて、出た答えはひとつだけ。




そうだ、返事。・・・告白の返事を、しなければ。




それだけだった。





「一騎・・・・・・・・・・、僕は・・・・・」




そこまで言いかけて、目の前の幼馴染に焦点を合わせれば、
いつの間にか一騎は顔をあげて 食入るように こちらを見つめていた。


その指先が、微かに震えている。
その震えを気づかれまいと、必死に隠している彼の姿が眼に焼きついた。






あ、・・・・・・・・・なんだ、少し・・・・
罪悪感。と、緊張感が背中に走る。






そうだ。慎重に答えなければならない。
自分の放った一言で、一騎を深く傷つけてしまう場合がある。
先を見通して、答えなければ。


そもそも、一騎はこんなにも自分を想い、真剣な気持ちを
正面からぶつけてきてくれている。
それを、”その気はない”と無碍に扱うのは 正しいことなのだろうか?


この世に普遍なものなどない。
人の心は移り変わりやすいのは知っている。
もしかしたら、そのうちに一騎も 自分ではない誰かへと
興味を移すことが この先あるかもしれない。



そう想ったとき、総士の頭に ふと、危険回避のランプが
僅かに点滅を見せていたのだった。



そうだ。ここで彼を突き放すのはあまりに可哀想だ。
出来れば大切な幼馴染を傷つけたくはない。
せっかく、言葉を徐々に紡げる間柄に戻りつつあるのだ。


それなら。一度彼の気持ちを受け入れてみるのもいいかもしれない。
自分の心境が変化するかもしれないし、彼の心境が変化をみせるかもしれない。
どうなるかは解からない。可能性は常にゼロではないのだ。



総士は真剣に想ってくれている幼馴染に
ふわり、と確かな微笑を向けると
考えのまとまった頭で こう告げた。






「いいよ。・・・・・・・・付き合ってみようか?」







誰も居ない放課後。
季節は草木の彩りがこれから更に増すであろう秋。







彼が、生まれた その季節。










僕は、一騎の気持ちを受け止めた。
そして僕らは付き合い始める。






めくるめく、恋の始まり・・にしては








少し寂しい季節に思えたのは








きっと夏の眩しさが過ぎ去ったあとだから、
なのかもしれない。






+++













「総士、・・・・これ」





おずおずと差し出された その四角い箱。
空色の角が丸みがかっている四角い二段の箱には
箸箱が一緒に添えられてあった。そう、お弁当箱である。



「どうしたんだ・・・・・これ?」



付き合って二週間目の昼休み。
一騎は手作りのお弁当を総士へと差し出した。
所謂、愛妻弁当、のたぐいである。
今までさして、変わらない日常だった。


付き合うといっても、大して今までと変わらない出来事ばかり
(一緒に登下校・暇な時間は遊ぶ・昼食を共にする)で
恋人らしい”ソレ”をここ二週間、してこなかった二人。
ここにきて、やっとそれらしき行動が見えてきたのである。

驚きと共に微かな照れが総士の中を駆け巡る。
少しの緊張と羞恥が目に見えてわかる、恋人の顔が 全てを物語っていた。



「あ、・・・・・その、・・・栄養偏らないように、って・・・おもっ、て・・・」



こういう彼の健気さが 付き合い始めて 身に沁みてわかってきた。
普段は無関心人間に見える彼だが、実は誰よりも優しくて 気遣い屋な一騎。
控えめだけれど 大切な事、必要な事だと彼なりに判断したそのときは
積極的に実行へと移すのは早い。芯がしっかりしているからだろう。


総士は恭しく 上段のお弁当箱の箱を開けると、一瞬眼を丸くした。




「う、わ・・・・・・」




丁寧に作られたミニハンバーグ、卵焼き。レタスとトマトが彩りのバランスを整え、
ほうれん草の御浸しとゴボウサラダが栄養を整えていた。
秋刀魚の塩焼きに筑前煮もお弁当の華を飾るに相応しい。

今度は下段を開けてみる。
すると、季節的に旬である具材、栗ご飯がひとしきり埋まっていた。
お米の上に、ゆかりがパラパラと掛かっており、いい香りを更に煽る形となっていた。





「一騎・・・・すごいな、お前・・・・」



まさかここまで料理の腕があるとは正直考えもしなかった。
総士はハッ、と驚愕の顔を薄れさせると 早速箸を取って 栗ご飯を
ゆったりと口へと運んでみた。


瞬間、栗のいい匂いが口から鼻へと抜け、程よい甘さとダシの利いた味付けが
舌を絡め取るように とろけさせた。頬が痛い。
ほっぺたがおちる、というのはこういうことなのかと、瞬時に察することが出来た。




「う、・・・・・美味い!!すごく美味いぞ かず・・・・」



そこまで言って 隣に座る彼を見やれば ほっと安心するような
どこか幸せそうな 温かな眼差しが こちらにそっと応えてきた。
刹那、再びお弁当へと視線を移す。


ここが学校の屋上でよかった。
教室だったら、きっと皆の注目を浴びると同時に
美味しそうな自分の昼食を他の生徒につまみ食いされてしまいそうだ。
それほど、このお弁当は魅力的であった。

そして、自分の食べる様子を嬉しそうな顔で見守る一騎
を他の人に見られてしまったら、少しもったいない気がしたのだ。
自分だけに向ける、その穏やかな表情を 独占したい、と
いつの間にか想っていたのだった。




「よかった・・・味、薄くないか心配だったんだ・・」




殊勝な声が頭上に広がる蒼穹へと染み渡った。
秋空は胸に沁みる切なさと寂しさをどこか連れてくる。
けれど自分はこんなに今、満たされている と総士は痛切に感じる。

不思議だ。この間まで 気に留めなかった周囲の紅葉が
明らかに以前より見栄えよく、華麗に視界へと映る。


僅かな変化がもたらした、自然の営みへの感心。
付き合う、という行為は僅かなりとも 自分へと影響を及ぼすのか。
良いことである。・・しかし総士は 手放しに喜ぶことができなかった。

愛情が沢山つまった このお弁当に応えられるほど
果たして自分は彼に対する熱情を持っているのだろうか。
景色が僅かに違って見える程度の情だけで、この先
一騎の想いに何かしら返していけるのだろうか?



漠然とした不安が、ふと総士の頭を過ぎった。



だが、隣で幸せそうに微笑む幼馴染・・・、兼恋人を
ゾンザイに扱うことだけは どうしても嫌で。
総士は 必死に引きつりそうになる笑みを 叱咤して正し、
もう一度 彼が喜びそうな言葉を口にしたのだった。






「ありがとう・・・・・・僕は幸せ者だ」









まだ、君の気持ちに追いついていない自分だけれど。
きっと、追いついて見せるから。




どうか今のまま、もう少しだけ
僕の隣で、笑っていてくれ・・・一騎。





季節は秋。
が、不意に屋上を吹き抜ける風が冷たく感じる瞬間があった。





もうすぐ、初冬が顔を見せ始める 合図だと、総士は
心の中で想った。







+++












「はぁ〜・・・っ」






真っ白な息を大きく吐く、恋人の隣を絶妙な距離でキープし、
歩調を合わせて 緩やかな坂道を 二人、歩く。


冬の空は何処か高い。空には幾つかの星が瞬きを見せ、
淡くじんわり、と白い光を地面に浮かび上がらせていた。
今日はいつもより寒さが厳しい。星の高さも、輝きも 明確に分かる。


「今日は三日月だなっ?」




はしゃぐように一歩前へ出る一騎。空を仰ぎ見ながら
不安定な暗闇に落ちる地面を力強く蹴って 一回り身体を捻るように歩いた。



「一騎、危ないぞ・・、前見て歩け」




そんな彼を苦笑しつつ、見守る総士は コートのポケットに手を突っ込み、
指先のかじかみをどうにかやり過ごしていた。
一騎は 空から視線を総士へと移すと、明るく笑って 手を差し出した。



「総士!星、見に行かないか?おれ、良い場所知ってるんだ」



子供のようにはしゃぐ一騎は 可愛らしい。
温かい笑みとは反対に、屈託のない無邪気な笑みを
最近一騎は見せるようになってきた。
そんな一面を一騎が持っているとは知らなかった総士は
新たな幼馴染の一部を垣間見た気がして 妙に落ち着かなかった。
嬉しい反面、焦りが生じる。


自分も、そういう部分をみせた方が・・いいのだろうか、と。



そんなことは露知らず、一騎は総士の手を ポケットから
掬い取ると 眼を丸くして言った。



「うわぁ・・・・、総士、手・・・悴んでる・・・」




「手袋忘れたんだ・・」




白い指が赤らみをみせ、小刻みに揺れている様を
一騎は痛々しく思うと そっと総士の手を 自分の手袋をした手で
包み込み、口から零れる吐息でふわり、と温めてみた。



「はぁ〜〜〜・・・っ」





一騎の吐く息、と黄色の手袋に守られて 総士の冷え切った
手は ゆるりと温かみを増していった。




「いいよ一騎・・・・もう、大丈夫だ」




この頃、彼の優しさが 総士には少しだけ痛かった。





知れば知るほど、一騎がどれだけ自分を大切に想い、
直向に好意を注いでくれているのか 痛切に伝わってきていたのだ。




未だ、自分の想いに自信がない総士。
一騎に少しでも 想いの半分を返してあげているだろうか?
自分は一騎を大切に出来ているだろうか?


愛の重さを実感し、息苦しくなってくる。



違う、・・・嫌なわけではないのだ。
ただ、本当にこのままでいいのか 自信がないのだ。
そんなことを考える自分を、申し訳なく思う。






「行こう。星が見える場所」





そう途端に促せば、黄色い手袋は総士の手を包むのを止め、
片方だけ外され 目の前に差し出される。




「一騎・・・・?」



行動の意図がつかめず、目の前の恋人を細く見つめる。
すると 花が咲き綻ぶみたいに 優しく瞳を揺らし、恋人は言った。



「片方貸すよ。・・もう片方は、手・・・・・繋ごう?」




そうすれば温かいから。



ダッフルコートを着込んだ恋人の、唐突な提案に
総士は瞳を瞠って 闇を背後に佇む目の前の光を瞳に映した。


闇の中でもはっきりと光る、彼の想いが 強烈に胸へ広がり、
総士が抱える不安を更に大きくしていった。




あぁ、・・・・お前はこんなに純粋なのに。
僕はーーーーーーー。




総士は自分の顔が歪むのがわかった。




どうすればいいのか、わからずにいた。
差し出された黄色の手袋が妙に手の中で熱を持つみたいに
星の光を受けて 輝いている。


ぬくもりを持つ手が、総士の指に その手袋の片方をはめ込んでいく。
一騎の手袋を着けられた手は 灯る優しさを育む。
指先から沁みこんで来る 熱が総士に 再び僅かな痛みを教える。




「か・・・・・・かず、き」




名前を闇の中、紡げば ふわりとした声が馴染むみたいに応える。




「寒くない・・・総士?」




ぎゅっ、と手袋がない方の手を 生身の手のひらに握られた。




切なさが、篭もる。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ、平気だ」






声がどことなく震えてしまう。
自分はどうしてこんな 泣きそうな声を出しているんだろう。
つい、顔を地面に俯けてしまう。

今、一騎を直視してしまったら、言ってしまいそうだった。








『苦しい』と。







一騎は柔らかい髪を頬で揺らして、くるりと回れ右をすると
ズンズンと歩き出した。
総士の手を強く掴んで、明るく元気な声を空中に撒き散らし、踏み出す足に
力と確かな意志を篭めて。











「きっと総士も驚くよ!・・・まるで幾千もの星が
空から降ってくるみたいに見えるんだ」






自分が素晴らしい、と思う景色を見せてあげたい。


それは無償の愛が生み出す産物。
特別な響きと、気持ちを呼び起こし、
くすぐったいほど 甘い疼きとなって 沁み込む優しさ。






長い夕焼け色のマフラーを首に巻いて 黒い空間に靡かせ、
一騎は 白い息を零しながら 逸る想いを抑えて言った。


総士はひっぱられる強さと 沁みこんで来る彼の熱を
繋がる手の先で感じながら 一言、空虚な乾いた空へと呟いた。













「・・・・・・・・・・ごめんな」








その声が届いたのかどうかは
わからない。





けれど 繋がっていた手の力が









微かに 怯えるように竦んだ気がしたのだ。













+++













薄桃色の花弁が、ひらひらと 水面に落ちて
綺麗な波紋を描いていく。




ガラス越しから見える桜は 自分を見てほしい、と
こちらへ訴えかけてくる存在の主張らしき 危うさがみえた。




春の日差しを室内に居ながら受けて、ついその温かさに
身を寄せ付けてしまう。身体は正直だ。
心地よさにうとうと、とまどろんでしまう。


テーブルに突っ伏した一騎は 少し長い黒髪を机に寄せて
ゆっくりと瞳を閉じたフリをする。


が、それを制するみたいに 長い大きな手が額にかかる
髪の毛をくしゃり、と交ぜて 言の葉を高い場所から落とした。





「寝るな一騎。・・・・・もう少しだから、頑張ろう」




春の日差しより 温かく降り積もる声は 大好きな人が発したもの。
与えてくれる ぬくもりは、どんな陽射しにも負けない、熱だった。

一騎はとろん、と仕掛けた目を擦りあげると 倒していた身体を起こし、
パン、と両頬を軽く叩いた。



「っし!・・・・・・うん、頑張る」




傍らに座る存在は 見透かしたように細まると、
小さく微笑みを零した。




「あぁ、・・・・・これが終わったら 二人でゆっくりしよう」




木漏れ日が今まさに目の前でキラキラ、と音をたてて
美しく煌いているようにみえた。
優しい恋人の表情に 次第に頬は常温から上温に変わっていく。

ついつい、顔が林檎みたいに火照ってしまう。
こういうとき、自分は この人が 好きだなぁ・・と想う。



そう、今じゃもう、どうしようもないほど、
この幼馴染が好きで好きで、堪らないのだ。





「う、・・・・・・うん」





でも。
だけど。





その先に、続く言葉はあまりに哀しすぎて。




口に出せない、自分を責めた。





ほんの少しの勇気が、ほしい。
そうすれば・・・こんなに優しい彼を 苦しめることはないのに。






一騎は 総士から視線を下へずらした。
広がるノート。ノートの周囲には沢山の参考書と、教科書。


もうすぐで、進級テスト。
二人は今現在、図書館で試験勉強をしているのだ。


誘ったのは自分。
勉強を見て欲しい、と一言彼にいっただけ。
傍らの恋人は そんな自分の様子に 眩しいくらい微笑んで
”そうか”と一言漏らした。大きな手が 自分の黒髪を一撫ですると
予定が書き込まれた手帳をすぐに広げてくれて、日程を合わせてくれたのだった。



些細な、総士の気遣いが、優しさが、嬉しくて・・幸せで
ずっとこんな時が続けばいいと 願わずにはいられなかった。



けれど、彼の想いは きっと自分のそれとは
別の場所に、未だ存在していて。



哀しいくらい、狂おしいほど好きなのに





彼の・・・想いは、・・・・・・きっと、違って。









幸せだけど、嬉しいけれど









淋しい。













多分、総士に告白したときから



付き合い始めたときから ずっと
・・・自分は淋しいのだと想った。







言えばいいのに。
そう、口にすればいいのに。


そうすれば淋しさはなくなる。



隣で微笑んでくれる彼の苦しみも
取り除くことができるのに、





勇気がない。
あとほんの少しの、勇気が湧かない。




だって・・・・・だって。
言ってしまったら。きっと言ってしまったら・・・




すべてが終わってしまう。






もう、総士は自分の隣にいなくなる。
もう、総士は微笑んでくれなくなる。

もう、・・・・自分を見つめてくれなくなる。







怖くて、辛くて、淋しくて・・
言い訳みたいに 自分の感情を押し込めて
それでも目の前に広がる幸せを 必死で手繰り寄せている。


放す事は つまり、掴んでいた 大切なモノを
地面に落としてしまうということ。

拾い上げてもきっと、戻らないということ。



壊れたら、戻らない それらは、
欠片しか 残らないのだ。






「・・・・・・・・・・そう、し」





うわ言のように、言葉が零れ落ちた。



無機質で 沈黙が充満する この空間に
涙が落ちる 瞬間みたいな 儚さで 
愛しい人の名前は 震動を空中に起こした。





「うん・・・・?どうした・・・?」





落ち着いた 大人の声が返ってくる。
隣の人が向ける視線は ノートに書き込まれていく字たちに
吸い込まれていく。

一騎はガラス越しに花弁を振りまく、淡い桜を見つめて、
ぼんやりと 囁いて 小さな息を零した。





「桜・・・・・もうすぐ散っちゃうな」





「そうだな。・・・・・・・・また来年、だな」






静寂の中 柔らかな調子で答える その人が
とても大きくみえた。


一騎は、ふ、と頬を緩ませて 瞳をゆっくりと閉じた。









桜は、いいなぁ。
また来年、があって。






おれ達に、また来年は・・・あるのかなぁ?
ねぇ、総士。おれ、・・・怖くて訊けないけど。
でも、わかるよ。



いつもおれから だったから、わかるよ。







おれ達・・・・おれ達さ、












「・・・・・・・・・・一緒のクラスになれるといいな、総士」














きっと この桜みたいに
散っていくんだね。













「ーーーーーーーーーーーーそうだな」












そのとき、一騎には
この恋の終わりが見えた気がした。















だって総士は 一度も言わなかった。











・・・こんなに傍にいたのに。
こんなに近い距離にいるのに。















”一騎が好きだよ”











一度も、言わなかったんだ。










+++















賑やかな祭り太鼓が神社の奥まったところから地上に
音楽を降り注ぐように響き渡り、島中を賑わせた。


浴衣に身を包み、わいわいと明るい声を零し、人びとは
一本道に並ぶ屋台へと目を通した。


りんご飴、チョコバナナ、カキ氷、射的、金魚すくい、わた飴、
沢山立ち並ぶ屋台達は 競うみたいに声を出し合い
客を呼び込んでいく。普段では聞けない、祭りバヤシが遠くから
木霊してきて 気分を密かに高揚させていった。


カラン、コロン。


下駄音が耳に心地よい。




一歩後ろを歩く、幼馴染兼恋人は 何だか最近元気がなかった。
時折、話が飛んだり、上の空だったり・・・心ここにあらず、といった風貌が
目につき始めていたのだった。


心配した総士は 気分転換に、と思い切って 祭りに誘ってはみたが。
どうしたらいいか、正直のところ、わからない。

どうすれば元気が出るか 方法が思いつかない。
確かに普段の様子よりかは目に見えて 明るい顔をみせる。
だが、やはりどこかその瞳は曇っていて。彼らしくない、彼が佇んでいる。



誘ったときは 凄く・・いや、今までで一番嬉しそうな表情をして
総士を見つめ、抱きついてきた。


そのとき 初めて、しっかりとした抱擁を、与えられた感じがしたのだった。
接触、触れ合いに殊更なれていない自分達。
もちろん、付き合い始めて 前よりかはそういうものを幾分か
意識はしていた。でも実際するか、といえば応えは否。

一騎はそういう接触をそれほど求めてはこなかった。



手を繋ぐ、そして抱き合う。



このとき初めてした、抱き合う、という接触は
恋人になったその日から 成し遂げるのに
どれだけ長い時間を要したのだろう。



遅すぎる、抱擁だった。


総士としても、理解はしていた。だが、タイミングや状況を
把握して動くと どうしても自分から行動に起こすことが出来なかった。

気負いしすぎて、やり過ごす想いで一杯になってしまったのだ。






あれこれ考えていても、仕方ないこと。
けど自分はそういう人間だ。これもまた仕方ない。
総士は小さなため息を零すと、後ろについてくる恋人へ視線を傾けた。




「何か、食べるか・・・?欲しいものは・・・?」




随分色気のない言い回しだな。
自分で言って、がっかりする。

もっと上手い言葉を探せなかったのだろうか。


総士はポリポリと、人差し指で頬をかいて、
苦笑いをみせた。



「す、・・・すまない・・・・えっ、−−−・・と・・」




乾いた笑顔を貼り付けて、しどろもどろの
かっこ悪い彼氏を演じている、と。


形のよい唇が やんわりと動きをみせた。






「・・・・・・・・・・・お面、欲しい、かも」






一騎は困ったように微笑んだ。
深い深緑色の浴衣に、ぽつり ぽつりと
牡丹雪が沁みこんだみたいに広がる模様に映える、淡い笑顔。



何かを告げようとしている 唇。
瞬間、息を呑んだ。






沢山の人ごみの中で
彼は誰よりも美しく、控えめに存在していた。



総士は ゆっくりとトクン、と脈打つ 胸の鼓動を感じて
少しだけ 嬉しくなって言った。








「じゃあ、好きなものを選べ。・・・買ってやる」








乱暴な言葉に聴こえただろうか?
だが、今の自分にはこれが精一杯だから。


総士は一騎から視線を映し、お面と書かれた屋台を
探すみたいに 意識を彷徨わせた。


紺色のゆったりとした縦ラインが二本入った浴衣をスラリ、と着込んだ総士の
背中を ただじっと瞳に焼付け、一騎は



総士の眼差しが外れたのをいいことに
ひたすら熱く、見つめ続けたのだった。








決してこのときを、忘れないように、と。

















「ほら、・・・これ」









総士から手渡されたのは、縁日でよく見かける狐のお面であった。
細い切れ長な目に、丸い穴がふたつ。薄い灰色の線で狐のひげを描き、
耳には朱色の模様が施されていた。シンプルだが、味わいがある。

一騎は指を指し、総士にこれが欲しいと頼んだ。


総士もそれを快く承諾し、屋台のおじさんに ”これをひとつ”とお願いした。



手に受け取ったお面は、厚紙で出来ているのか、軽く、思ったより
大きくもなかった。一騎は早速頭につけると、お面を差し出した総士の手を取り、

神社から離れた、川辺に向かって歩を進めた。


総士は一体どうしたんだろう、と成されるがまま 引き摺られるように
一騎の後ろをついていった。



川辺付近、丁度草が生い茂り、その長さは自分達の腰まできていた。
不意に、足が止まり 一騎の視線がこちらへと定まった。
不思議と、緊張感はなく、 頭上には零れ落ちてくるような 夏の星座が
煌びやかに広がりをみせていた。





「ここは・・・・・」






そう、そこは以前。・・そう、真冬の寒い日に
連れてこられた、想い出の場所。




星が降るよな錯覚に落ちた、特別な星の見える場所。







「総士・・・・・・」




お面を急に被った一騎はくぐもった声を漏らして
総士へと呼びかけた。






「−−−・・・なんだ?」







その声が、どこか淋しい。
一瞬、不安が胸を埋め尽くした。


















「ここで、・・・・・・・・・・さよなら、しよう」













「−−−−−−−−−−−−−・・・・・え?」

















突然の言葉に、思考は そこで途絶えた。












「・・・・・・・・・家まで、送っていく。一人じゃ危ないぞ・・・?」









何を思ったか、そんな言葉が口をつく。




バカだ、と自分で総士は毒づいた。
違う。一騎はそんな意味で 言っているわけでは、ない。
・・・・もっと別な意味のニュアンスだ。



もっと・・・・絶望的な意味の。









一騎はひとつ、の沈黙を守って そのあと、噤んでいた口を
再び開いたのだった。







「総士・・・・・・ありがとう。総士は、いつだって・・優しい」





まるで終焉を思わせる言葉。
総士は呆然と立ちすくむだけ、であった。






「ありがとう・・・・・・・・沢山、ありがとう。
おれ、幸せで・・・・・・・・・・嬉しくて・・・・・・それでーー」






「一騎っ!!」






遮るように 強い声を吐き出した。




その先は、聞きたくないというように。










「それ以上・・・・・言うな」





低く、唸る声。威嚇する犬みたいに どうしようもなく、怯えていた。
目の前に佇む恋人が、闇に攫われてしまう。・・・そんな気さえ覚えた。





お面の下に隠された瞳を覗きたい。
そう心から思った。


彼はどんな瞳で、表情で、そんな哀しい言葉を紡ごうとしているんだ?



自然と、手が伸びる。




さほどない距離が、一気に縮まってゆく。





思えば、自分は彼に何度こうして手を伸ばしただろう?
そして、彼は何度こうして自分に、手を伸ばしてくれただろう?


それは気が遠くなるほど何回も、流れる時間の中で
与えられた 行為。




躊躇いが、刹那の間、見え隠れした。






お面を外した手が止まる。





力なく、うな垂れる彼の手は もう息をしなくなった
肺のようで 冷たく脈打つことも 忘れてしまえるほどだった。





「一騎・・・・・・・・・・・」












自分の中から搾り出された声に、驚くほど切なくなった。
呼吸が、ままならない。












「ごめ・・・・・・・・・・・総士・・・・・、っ・・・」







泣いていた。








一騎が、付き合い始めてから初めて、涙を湛えていた。








ぼんやりと、思う。





もしかしたらずっと彼は・・・・
泣いていたのかもしれない、と。












「おれッ・・・・・、知ってて・・・・・・それなのにおれ、・・・・放せなくて、ご、めッ、・・・」






嗚咽交じりに 泣きじゃくる彼は、いつかの無邪気な
笑い顔と 何処か似ていた。


まだ幼げに瞳を揺らし、まつ毛を濡らし、・・・小刻みに震える様は
怯えた幼子みたいな儚さがあった。






「どうして・・・・・・・・・・・・謝るんだ・・・」







本当に謝らなければならないのは、自分の方なのに。






なんで僕は、自分だけ苦しんでいると考えたんだ?







彼が、どんな想いで今まで ”知っていて”、それでも
おれの傍にいてくれたと思ってるんだよ。




あんなに直向で真剣な想い、
どうして こんな形で 突き放すようなこと、・・・できるんだ。









「総士が・・・、おれとは違う、って・・・・知ってて、・・・・それでも、お、れーー・・
欲しくて・・・・・・・・・・・・ほしく、・・てッ・・・・」



たまらなかった。




抑えきれずに、もがいて見たけど・・駄目だった。
どうしても・・・・、




どうしても好きだった。







涙と一緒に、今までの彼の気持ちが、言葉が、つもり積もった想いが
ポタポタ、と地面に幾つものシミを作った。



竹の長い草が腰の辺りでゆらゆらと、揺れる。
”泣かないで” ”もう一度笑って”と呟くように 一騎を包む。


力なく落ちた腕から、お面が静かに落下した。
カサカサ、と音をたてて 柔らかく地面に触れた。



終わりには、合図が必要だったのだ。










「一騎・・・・・・すまない、・・・・・・一騎・・・・・・・泣かないでくれ・・・」







懇願に顔を歪め、目の前の恋人を、しっかりと抱きしめる。
自分から求めた、抱擁だった。




どうして初めから、素直にいわなかったのだろう。
中途半端に 相手を受け止めて、結果 傷つけた。




酷い傷つけ方だ。





沢山の美しい思い出を作っておいて、
今更 君といるのは苦しい、だなんて。




ずっと広がり続けていた不安を拭うことはできなくて
何とか抑え込んでみるけれど、不安は増幅する一方で。






こんな終わり方を望んだわけじゃない。
せめて自分から言うべきだった。



なのに、・・・こんなに想ってくれている一騎にすべて言わせてしまった。
させてしまったのだ。こんな、無残に砕け散った欠片を 全部
拾わせるようなことをしてーーーーいったい、僕は一体、






彼に何をしてきたんだ。








優しさをはき違えて、彼を苦しめて・・・










泣かせてしまったじゃないか。














「おれ、・・・・ずるくて・・・−−−、弱く、て・・・っ・・・・・。
自分の気持ちに・・・・・・・勝てなかったーーーー・・・お、れ・・・
総士が好きって気持ちに・・・・・・・押し潰されちゃ、った・・・・・・」





ごめんな、弱くて。
疲れちゃって、ごめん。




もっとおれが強かったら、こんな風にならなかった。
言わずに、ただ遠くで見つめるだけで終われたら、よかったのに。






ごめんな・・・。












「ごめっ・・・・・総士ッ・・・・・・」





崩れ落ちていく、砂の城みたいだ。

しっかりと築いた砂の城は 浪に浚われたら
驚くくらいに あっけなく 崩れ落ちる。








泣いて、滴る雫の中に どれだけ言えずに苦しんだ
言葉達が潜んでいたかなんて


本人しか、わからない。







「一騎・・・・・・・・・・・お願いだ・・・・・・泣かないで、・・・・」






萎れた花のように君は 靠れる。
僕の浴衣を濡らして、そこから君の言えなかった想いが
染み渡るみたいに 胸へと止め処なく溢れ続けた。










自分の声が いつの間にか枯れていることに気づく。
抱きしめる腕に、思わず力が篭もった。






抱えきれない想い。
溢れ出しそうな思い出に さよなら出来るわけがない。

行き場を失った、心はーーーー・・夏の空に彷徨い続ける。



















「ーーーー・・謝らないでくれ・・・・・・・・・・・・・・・・っ、・・」



























涙が零れて止まらなかった。




あぁ、自分は泣いているんだ。
情けない自分に、支えきれなかった想いに、
大切な人をこんなにも傷つけてしまった事実に。




泣いているんだ。








美しすぎた、思い出に。











零れ落ちたのは、空の星じゃなかった。
抱えきれないほど 大きく膨らんだ、想いだとか、言葉だった。















さよなら、を君とした瞬間に。








僕は初めて気づいたんだ。




































自分が、泣きじゃくるこの人を、愛していたことに。





































もうすぐ、夏が終わる。



















君と付き合い始めた・・・






























あの季節が来るんだな。



















+++































あっという間に流れた二人が通り抜けた日々は
一周廻って、再び 始まりの季節を迎えた。




木の葉が黄色や茶色、赤、緑・・色々な色へと変化をしていき、
化粧でもするように美しく着飾る季節。




淋しいと想われた季節だが、去年は淋しくはなかった。
傍に、ずっといてくれた人が 美しくも優しい記憶を残してくれたから。
形作ってくれたから、だ。



胸に沁みる、夏の名残風が 教室から屋上まで吹き抜ける。
目を細めて、何を想うわけでもなく 総士は大きく呼吸をした。
その瞬間を思い出すみたいに。確かめるみたいに。





夢じゃなく、この痛みは現実のものである、と。







もうすぐ一騎の誕生日。
去年は一緒に過ごすことはなかった。
彼の誕生日が過ぎたあとから、自分達は付き合い始めたのだ。
だから一騎はおそらく、誕生日の日は父親の史彦と二人きりで過ごしたのだろう。

ただ、学校にいたときに 沢山の仲間に紛れて”おめでとう”と一言
伝えたのは 覚えている。友人なんだ、それくらいは する。


プレゼントはあげる柄ではないから、あげていないけれど。
気持ちだけ伝われば充分だろうと 何故か自分で納得していた。
気持ちを形に表すかどうかは その人次第であるし、
その人特有の表現方法も手伝って 偏にこれだと提示することは難しい。

だから、それでいいと去年は 一言で、終わらせていたのだ。



だが、今年は違う。




夏の終わり、彼を好きだと自覚した その瞬間、
それだけじゃ足りないと思った。



もっと特別な形で、彼の誕生日を祝いたいと思ったのだ。
形にするのもいい、ただ彼の心の片隅に何かしら祝った証を
残しておきたいと感じたのだ。



去年の自分とは大違いの思考。
これが人を好きになることなんだと改めて痛感した。

彼の気持ちの大きさばかりを測って、自分の心の変化を見誤った自分。
在るものの大切さにばかり気を取られて、自分の中に存在し、
知らぬ間に 手がつけられないほど育ったそれを 当たり前のことみたいに
気づかず過ごしてきた秋、冬、春、夏。


予兆はいつだってあった。
怖い、という想いーーーー。それはきっと君を失いたくない証。
苦しい、という想いーーーーー。それはきっと自分の育ちすぎた恋心に
押し潰されそうだった証。


一騎が言っていた。



僕を思う想いに押し潰されてしまった、と。



きっと僕も同じなんだ・・・。
むしろ、最初から押し潰されていたのは 自分なんだ。



自覚出来ていなかった だけでーーーーー・・おそらくは

















ずっと僕も、一騎をどこかで想ってたんだ。




















言葉が、見つからなかっただけで。
きっと。

















やり直す術が、見つからない。
過ぎ去った時は 後戻りなんて出来ない。






けれど、もう一度 その流れを望むなら。
望むなら、覚悟が必要だ。









踏み出す覚悟と傷つく覚悟。
そして























伝える、覚悟。






















「総士!まだ残ってたのか・・?」




聞き馴染みのある声が、不意に教室の扉を開けたのと同時に
入ってきたと思えば、すぐさまこちらに 駆け寄ってきた。



「甲洋か・・・どうした、忘れ物か・・?」



少しウェーブがかった柔らかな茶色髪に、
窓際から鮮やかな光沢を浴びて やってきたこの少年は
クラスで一番穏やかな性格の持ち主であった。


大人びた風貌、と柔らかな物腰はどこか繊細に彼を作り上げている。
そして、身長の高さは 彼をより男らしく、スマートな紳士へと
印象を発展させるのであった。だが、どこかあどけない性格は
女性の母性を擽る要因となり、密かな甲洋ファンを増大させる一方だった。



「忘れ物・・・だけど、丁度いいや。総士に話、あるんだ」



「・・・はなし?」



甲洋はそういうと、自分の席から数学のノートを取り出して、カバンに
さっと仕舞うと、総士が座る席の前の席へと腰を下ろし、そっと
語りかける声で 言の葉を選んでいた。



「ここ・・・・。窓側付近、さ・・・・よく一騎が座ってるよな」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、あぁ・・」




嬉しそうに話す甲洋は、どこか確信めいた口調で
言葉を投げかけてきた。
もしかしたら、全てお見通しなのかもしれない。

甲洋は、知っているけれど・・気づかないふりをしていてくれる、
そんな人物だ。言っていいことと悪いことの区別を、きちんと使い分けている。
・・ある種、大人、な考えを持ち合わせた少年である。

総士は、ふと 視線を甲洋から窓の外へと転換させた。
外は夕暮れ間近、赤く校舎が色を帯びている。


微かに開いた窓から、潮の匂いと夏の青々とした木々の僅かな名残が
並んで校庭へ視線を落とす二人の嗅覚へと届いた。


暫く、沈黙が流れる。




が、沈黙を破ったのは・・優しい声の主であった。




「なぁ・・・総士、お前には・・ここから見える景色、
どんな風に映ってる・・・・・・・・・?」



唐突な質問。
あるがまま、を応えれば それが正解。
けれど、そんな気にはなれない。


ただ、思い出すのは・・・










『おれ・・・・・・総士が特別な意味で、好きだ・・・っ!』








あの時の、景色。





















「・・・・・・・・・・・・よく、・・・・・みえない」










君が、隣にいないと









よく、・・・・・・景色がみえない。














ぱたっ、・・と。






透明な雫が 目の前にいる人の持ち物に
幾つものシミを作った。




数学のノートが、・・微かに濡れる。








「・・・・・・・・・そうし」







静かで、深い、すべてを見透かした声が
突然 耳元まで降りてきた。








「すま・・・・ない、・・・オレは・・・・ッ」






傷つけた分際で、なにを・・・・。





情けなくて、淋しくて、涙が出る。







いつの間に自分は、こんなにも弱い人間になってしまったのだろう?
以前は一人が、当たり前だったのに。






「総士・・・・・って、さ」




何かを伝えようと、切り出すように零れ落ちる涙を
ぼんやりと眺めて 甲洋は呟いた。
総士に、どうしても伝えなくちゃならないことが あるんだ、というみたいに。






「前は・・・いつも一人で、人を惹きつけないオーラが出てたよ。
・・なんていうか、一騎も一人が多かったけど、一騎の場合、
根がああだから 踏み込まれると 嫌がれないっていうか・・
他人を拒絶するのになれてないっていうか・・・さ、遠見とかに圧されると、
そのまま流されちゃうこと・・何度かあってーーー・・案外一人じゃ、ないんだよ・・実は」



ははっ、と乾いた笑いを総士に向け、甲洋は数学のノートに落ちた
総士の涙を指先でなぞる。その温度に、瞳を細め、小さく息を零し 俯いた。



総士は、涙を自ら拭うと、甲洋の言おうとしていることを
注意深く感知していた。だが、いまひとつ ・・掴めないでいた。
顔が自然と強張っていく。




「けどさ、・・総士はそんなことなくて、・・・おれにはずっと
お前が一人でいるように見えたんだ」





切々と語る幼馴染兼クラスメートは 自分の本心を
包み隠さず話している。それならば自分も、本音で応えよう、
そう総士は胸の中で決心したのだった。




「・・・・・・そうかもな」




驚くほど、冷淡な声が響いた。
自分の奥底を 自分で再確認した気分だった。
どこか、誤魔化していた節がある。見たくない、触りたくない部分から
目を背けていたんだ、ずっと。



総士は視線を甲洋の見透かした瞳に合わせ、
次の言葉を待った。言われることに、少しだけ怯える気持ちを抱えながら。





「でも・・・・・総士はもう、一人じゃないんだな?」








柔らかな声の中に、不思議な強さが滲み出ていた。
甲洋の瞳が 夕焼けの赤を浴びて 綺麗に瞬く。
優しい、瞳だった。どこまでも慈愛に満ちた、信頼がそこには
ありありと存在していたのだ。






声が、竦む。
だけど。




今言葉にしなければ、自分の思い出が
消えてしまいそうでーーー・・。








「・・・・・あぁ、オレはもう・・一人じゃない」







一騎が・・・・・、一騎が傍にいてくれたんだ。












ふわり、と目の前の友人が笑う。










「総士、・・涙が出るのは きっと傍にいてくれる人を
総士自身が知ってしまったからだよ。・・・そういう人がいるんなら、
絶対に失っちゃ駄目だ」






眩しい赤が二人を包み、夏の終わりの弱弱しい風が、
教室のカーテンを力強く後押しした。



甲洋の透き通る声に、総士はがっくり、とうな垂れる。
それは事実を再度認識してしまった、弱さ。
夏の終わりに 終わった、自分の恋。・・・自分達の、関係。




「−−−−・・・終わったんだ、もう・・・・・。沢山、傷つけた・・・」






か細く呟いた 想いは 空気に飽和し、形に残ることはなかった。
侘しさが胸の中に波紋を描く。
祭りのあとは、どこか寂しい。儚さが、胸を締め付ける。
空虚な想いが 胸にさざ波を作って おしては曳き、を繰り返す。
まるで 掴まえ所のない何かを 掴み込もうと 手を伸ばすようだ。
自分が感じる想いは、それらと似ている気がして どこか虚しさが 肌を刺す。



机に視線を隠し、うな垂れてしまった目の前の総士に
後悔が滲んでいることは明白だった。
甲洋は ぐっ、と握りこぶしを作ると 勇気を振り絞って声を張った。
ちゃんと伝えなければ、彼らはきっと これからもずっと、
このままに思えたからーーーだから。







「じゃあ、なんでここにいるんだ?どうしてこの景色をいつまでも
見てるんだ・・?一騎がいつも、この景色見てること・・総士だって知ってるだろ・・?」



追い詰める言い方になってしまった。
でも、そうでもしないと 踏み出せないことだってあるはずだ。
甲洋は 瞳をきつく吊り上げると、真っ直ぐと 真剣に前を見据えた。
そんな彼の威圧感に 身体を当てられた総士は 思わず上を向き、
真摯な瞳と 直接 眼差しをぶつけ合う結果となった。





「お前がここにいるのって・・・一騎と同じ高さで、
世界を見たいって思ってるからじゃないのか?」





「・・・・・・・・・・」




「好きな人が好きな景色、・・・自分も好きになりたいって・・
思うからじゃないのかよ・・?」





「・・・・・こう、よう」




「わかるよ、おれだって。そういう気持ち、わかるから・・・、
だから言ってるんだ・・!・・総士、お前がここにいるってことは
・・・なにひとつ まだ終わってないってことなんだぞ?」





「ーーーーーー、・・・」




「傷つけた・・・・?傷つけたなら、傷つけた分だけ、幸せにしてやれよ!
・・・・傷つける以上に幸せを見つけてやれよっ!!!そうじゃなきゃ、
どっちも苦しいまんまじゃないかーーーー・・・っ」





「・・・・・・・・」






「ーーーー・・あきらめるなよ。・・・・せっかく、自分が好きになった人なのに・・。
・・・・一人じゃないって、思わせてくれた人を・・・・」







「ーーーーー・・・・・・・・・・・」







「簡単に手放したりなんて、するな」








その熱さに、浮されたのかもしれない。
想いの丈をぶつけられて、すべてが吹っ飛んでしまった。




そうだよ。簡単なことだった。
手放したくない。ただそれだけだ。
失いたくないーーー・・やり直したい、それだけだ。
いつだって、応えは   ひとつ。





難しい、ことじゃない。
伝えるだけだっていうのに。






自分ときたら。













「・・・・・・・・・−−−−ありが、とう・・・甲洋・・・っ!」










自覚する前に 身体が動いた。
頭で考える前に 態度が示した。


自然と心は 前に踏み出していた。






ガタッ、と動いた席が 目の前の友人を一瞬驚かせて、
そして幸せにした。



優しい微笑が 浮かぶ。
見守る声が 教室を出て行く寸前、木霊した。





「一騎なら、自宅だぞーーっ」





嬉しそうな声が弾む。
声のする方に振り返って、総士は目配せを瞬間、した。






「−−−−−−−−−僕も忘れ物、捕って来る事にするよ」





その声は、今日一番 総士にとっても 甲洋にとっても
明るい声のように思えた。











ドアが閉まり、教室内に突如として静寂が訪れた。

甲洋は軽く顔を綻ばせると 視線を窓の外へと
ゆっくりと落とした。


そして、外に聳える木々たちに ナイショ話をし始める。










「両想いなのに・・・幸せになれないなんて、可笑しいよな・・?
片想いのおれが、余計惨めに見えちゃうじゃないか」





はは、と軽く笑みを零した甲洋は グラウンドを突っ切って
校門まで全速力で走っていく幼馴染の姿を見て
更に笑いを零すのであった。










「すごいな・・・・・、この席。 ・・窓越しに 総士の愛が見えるよ」









+++




















コツン・・・・・!コツンッ・・・・・!!










「・・・・・・・・なん、・・・だ?」







夕暗闇を映す、固いガラスの向こうに、小さな小石が
幾つか音を立ててぶつかった。

風の仕業、というにはあまりに命中率が高く、意図的な位置に
その小石は身を擦る。意志をもった小石たちは 本当に伝えたい人が
下で待っている、と伝えているのだった。


一騎は 横たわっていた布団から のそり、と起き上がると
薄く引かれたカーテン越しに 外を覗いてみる。


すると、そこには。






「一騎っっっ!!!!!」





大声を張り上げる、今一番会いたくて、会えない人。





「そう・・・・・・・・・・・・・・、し?」





夏の終わりにサヨナラして、友達兼幼馴染、に関係を
つい最近戻した ・・・そのひと。



いったい、どうして こんな所に?




避けられていると思っていた。
もう、話もしてくれないんだと、・・思っていたのに。


どうしてーーーー・・?








カラカラ・・・





窓を開ける音が、いやに神妙に響く。
階段途中に建っている真壁家は 石垣が多く、妙に残響が
辺りに残る。故に、総士の張り上げた声は いつまでも木霊して、
空気中に散漫するのである。

それが生々しくて、気恥ずかしい。




「ど、・・・どうしたんだ総士・・・なんか、あったのか・・?」




動揺と不安が胸をきつく締める。
息も絶え絶えに 唇がおろおろと震え始めて、途端、焦った。


一騎は総士を直視できない、とばかりに 視線を彷徨わせて
焦点が合わない状態で 下を見下ろしていた。

総士は その様子を気にするわけでもなく、尚も
続きを口にした。













「僕は・・・、っ、・・・・・うまく、伝えられないけど、僕は・・・ずっと独りで、・・
バカみたいな虚勢をはって・・・・人を遠ざけて・・・・・きた。けど・・・・
お前が、ーーー・・・・お前が僕の傍に来てくれて・・・・・それ、で・・・・
一人じゃなくなった・・・・・・−−っ・・・!!」





恐々と、躊躇いがちに零される想いたちは ダイレクトに
一騎へと沁み込んできた。一騎の瞳が 溢れるように瞠られる。
大きな栗色が微かに揺れた。風のせいではない。きっと・・。








「寂しくなくなった・・・・っ!・・・本当は寂しかった・・・、んだと思う。
ーーー・・自分の隣に誰かいて、初めてわかることだ・・・・。
”あぁ、自分はずっと寂しかったんだ”ってーーー・・・」






今度は殊勝な声が空へと木霊した。


先ほどより少し 元気のない、声。
そして 淡く夕闇に光る銀色。泣きそうだと思えるほど、細められた瞳。
自分より背の高い この人が いつもより 小さくみえた瞬間だった。






「でも・・・・、今は違うっーー、お前が・・・一騎が傍に居てくれるから
・・・・・・・・もう、そんなことは どうでもいい・・・・・あ、違うか、・・・
どうでもいいんじゃなくて・・・そのっ、・・・・・・あ!居てくれる、じゃなくて
・・・居てくれた・・の方が正しいかもしれないーーー・・・だ、だが・・・
今の言い方はあながち間違ってはいなくて・・・希望を込めた言い方だから・・・その・・っ」



つらつら、と何か訳のわからないことを口走り始めた総士。
すこし話題が逸れてきている、気がして はっ、と目を向ける。
”そうじゃなくて!!”動揺しながら 一騎に弁明を訴える眼差しは
いつもの総士からは想像のつかない姿に見えた。

こんなあどけない少年の顔をする総士は初めてみる。
そうして、総士本人も こんな自分の一面があるなんて想像もしていなかったのだ。
瞬間、少しだけ朱色が頬に浮かぶ。




「と、・・・・・とにかくっ・・・・」




イキナリ力技といわんばかりに まとめ始めた総士は
どこか 焦りと羞恥といっぱいいっぱいのテンパリを見せて言った。








「こんなこと・・・今更お前に言って・・・・・信じてもらえないかもしれない。
でもーーーーっ・・、言わないと・・・・・!・・・・始まらない、・・から、今度は僕から言うよ・・」






百面相みたいに変わる総士の表情が一定の位置に定まった。
どこまでも真剣で、真摯な曇りのない眼差しが 見上げる先、
ーーー真壁一騎に注がれる。

その表情は、優しさとか 不器用さとか、そういうモノも含まれた
一種の皆城総士を思わせる 表情であった。
直向な銀色の双眸が”放さない”と 今にも言語を紡ぎそうで 少し怖い。






「そう、し・・・・・・・・・?」




上擦った声が 階下に響いた。
見上げる幼馴染が 眩い夕闇の影から 薄っすらと顔を出し、
こちらに向かって 熱を込めて 光を放つ。

胸の中がじくじく、と熱を持ち始める。



とくん・・・とくん、と鼓動が早まる。
これは 恋心がそうさせる、産物であった。

まだ忘れていない、その気持ちが 静かに呼び覚まされていく。
起き立ての 想いがーーーはち切れそうで、息がぎこちなくなってしまう。
どうしても 忘れられない想いが まだ、ここにある。



一騎は次第に揺ら揺ら、と意識が鮮明になっていく音を
耳の奥で聴いた。と、同時に、総士の声が 空気へと放たれた。












































「僕は、特別な意味で・・一騎のことが好きだ。
・・・・・・・・付き合って欲しい」



































う、そ・・・・











これ・・・・・夢・・・・?































「−−−・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・ほんと、なの・・か・・・・・・?」







声が、震えた。
駄目だ、涙声になってしまう。






我慢できない。













「本当だ。・・・・・・オレは、お前が好きだ。
何度だって言う。−−−−・・・傷つけた分だけ、
何度だって言ってやる・・・・っ、お前を・・・・
オレが幸せにしてやるからーーーーーーーー・・!!」










最後の方は既に叫びだった。
告白というよりも、誓いに似た響きが交じっていた。
こういうとき 器用な人間ならば もっとかっこ良く
言葉を選んで囁いたりするのだろうが、でも今の自分には
これが精一杯でーーーこれも、自分らしさなのかもしれない、と
半分は諦めを含んだ思いを抱え込んでいた。

言い切って、 しばらく  紡いだ告白は静寂の彼方に消えていった。


返事を聞くのが怖い。
初めて一騎の告白を聴いたとき、一騎がどんな気持ちで
そこにいたのだろうと 思い描いてはみたけれど、
自分が思っているよりはるかに それは とてつもなく大きくて
怖くて・・・・頼りなくて、心細いものだと 知った。


先の見えない 不安と、言葉に出来ない恐怖が
息を呑みこみ、思考をかき乱し、意識を途切れさせる。




一騎、一騎・・・ごめんな。
僕は、今更こんなことをお前に伝えて・・・、お前に沢山迷惑かけて、
苦しめて・・・・・でも、・・・・・それでもーーーーー・・・僕は、



オレ、・・・・は・・・・。









「お、・・・・・・・」




ふっ、と。




灯りが灯るみたいに 知らぬ間に 落とされた言葉は
言葉の紡ぎを 一回止めた。



綺麗な声が、何かに圧迫されている。
それは、嗚咽ーーー、に似た 音色。





「お、れっ・・・・・・・は・・・・・っ、・・」






ッく、としゃくりあげる肩が上下に動き、
白いてのひらは 顔を柔らかく 覆い隠して 目の前の世界を遮断していった。



一騎が泣いている。



それは見ればわかること、なのに その涙は
悲しみ、喜び、赦し、拒絶、妥協、どれに当てはまる それなのか
察するには 状況的にも視界的にも判断がつかなかった。


わかるのは、本人のみ、としか言いようがない。




縮こまって丸くなり、窓の縁側に身体を支えてもらいながら立つ
一騎の姿を見た総士は 急激に切なさを覚えて、思わず 再び声をあげた。






「そんなところで 一人で泣くな・・・っ!!降りて来いよ・・・・、
オレがーーーーー・・・・・抱きしめてやるからっ・・・・・・!!」





何も考えていなかった。ただひたすら 彼を想うだけで。
口から零れた歯の浮くような台詞は 彼の涙を止めるきっかけにさえなれば
大もうけだと思えた。羞恥心なんて、根っこから引き剥がしてやれる。

総士は そう叫ぶと、自分の両手を広げて、一騎に合図を送った。
大丈夫、今度は絶対に、間違えないと語りかける。
答えを聞いてもいないのに、受け止めてやる、といった体勢をすでに作る総士は
すでに恋心に身を焦がした 哀れな少年なのである。


総士の溢れ出す想いを 彼の頭上から しっかりと受け止め、
一騎は 涙に濡れた大きな栗色を 指の隙間から覗かせた。



そして、ゆっくりと 広げられた大きな手に、腕に、胸に向かって
自分の手を伸ばし、身を乗り出すーーーーーーーーーー・・。






「総士っ・・・・、−−−−−−−ッ!!!」





窓の縁に足をかけ、 その華奢な身体を空へと投げた。






空中に、さらり、と黒髪が靡く。


スローモーションみたいに、時がいくつも一騎の周りを過ぎ去った。





伸ばした手と共に、迎えられた身体はしっかりと
その人の中へ沈んでいく。



馴染みのある 匂いに ほっと、息をつくまもなく
衝撃が体に走った。
抱きとめられた体は 横抱きの体勢に近かった。


すかさず、愛しい人の声が走る。








「バカかお前はっっ!!!!いくらなんでも
二階から飛び降りるなんて無茶しすぎだっーーー・・!!
お前にもしものことがあったら・・・・僕はーーーっ・・・」



意外にも、感動的な二人の抱擁後の第一声は
総士の焦り声と怒号であった。




「ご、っ・・・・ごめん・・・・!」




涙に瞳は未だ濡れていたものの
あっけに取られた顔で一騎は 目の前の幼馴染に
ぺこり、と頭を下げた。もちろん、横抱きのまま。
想った以上にすっとんきょう、な声が出てしまって 内心焦ってしまう。
この生真面目な人の逆鱗を逆なではしないかと。





素直に頭を下げて 謝った一騎に対し、
総士は厳格な表情を崩さないまま、こういった。








「・・・・・・・・今の無茶を許す代わりに、お前はこれから僕がすることを
許してくれればいい・・・・・・」






「えっ・・・?」





言われた意味がわからずに 総士を自然と見上げれば
横抱きで既に近い端整な顔が、鼻先にまで距離を縮めた。




瞬間。










「好きだよ」






呟く、声が落とされた と同時に








薄い唇が自らのそれ、と重なり合った。












「っ、・・・・・ん・・・・・ぅッ・・・」







鼻を抜ける声が 静寂を打ち消し、
甘い疼きと 柔らかい痛みを連れてくる。










ぎゅっ、と瞳をきつく瞑った一騎は 力が抜けていく自分に
驚いて 必死に総士の首へと腕を回した。
まるでそれは 自らもその行為を求めているかの如く、力強く
迷いのないモノへと 変化していった。


総士は薄く開いた銀色を 静かに閉じると、
触れ合いに没頭し始めた。
確かめる というよりも、それは既に繋がる、という意味を含んでいた。




たしかに感じる、互いの愛情が胸に
小さな息吹を芽吹かせたのだ。



言葉よりも、わかりやすく
胸に伝わる、愛の証。







「ふっ、あ、・・・・ぁ、ッ・・・・ん」




次第に深い口づけへと進んでいく。
舌を絡ませ 熱にうなされ、吸い取り、
甘噛みを繰り返す。−−・・口内を侵食していく。




快感と疼きが身体中を駆け巡り、
互いの熱を どんどん上げていった。



離れることが できなくて、行為に二人、沈んでいく。



が、甘い時間はあっというまで 名残おしいが息が続かず、
総士と一騎は銀の糸を絡ませて すっ、と互いに唇を離した。




身を引いたあと、一騎の体を地面に下ろし、向かい合うように立った。
すると、体は面白いくらいに素直で、腕が自然と 目の先に佇む熱源へと伸びていく。



思考が焦点を合わせる前には、すでに腕に彼を収め、きつく
軋むほど 強く抱き締めた。





おずおず、と躊躇いがちに 腕が総士の背中に回され
次第にそれは 力と意志を持って 自分より一回り大きな体を抱きしめ返す。


潮風が、二人の髪を絡めとリ、周囲にざわめく木々たちを大きく揺らした。
どこか遠くでヒグラシが鳴いている。






無言で抱き合っていた二人だが、不意に
一騎が口を開いた。






「総士・・・・」






可愛らしい声が、熱を帯びて辺りに舞い散る。





「うん・・・?」







わかっているよ。
そんな言い方で応えた。







一騎は身動ぎすると、上目遣いに愛しいその人を
見つめて 栗色の双眸を瞬時に輝かせた。












「おれの誕生日・・・・、恋人として・・・・ずっと傍にいてくれる?」












紡がれた声は 思い描いた夢のつづきに 似ていて
総士は小さく微笑んだ。




































「・・・・あぁ、そのつもりだよ」






































二人、微笑み合って  今度は
どちらともなく 唇を重ね合った。




























先ほどとは 大きく違う、この意味。
















そう、この触れ合いは










恋人同士がするキスだ。















































































これは愛に気づかなかった、ある少年のお話。










愛を知らない罪悪感から
ひとりの人と 同じ瞬間を分かち合うことにきめた少年は
秋冬春夏、沢山の思い出をその人と作りました。








秋冬春夏、過ごした日々に
彼は自分が愛した何かが潜んでいたことに気づくのです。
それは ひとりの人が落とした、愛であると気づくのです。









そして ”愛する人”に、気づいた瞬間
少年の愛は、泡沫のように消えてしまったのでした。






けれど少年は 諦めきれず、もう一度
愛した それに 思い切り手を伸ばします。


すると、どうでしょう。


伸ばした手の先から また、同時に 手が伸びてきて
少年の指先を掴んだのです。










そのとき、少年は真の意味を見い出します。









”これが、愛だ”と・・。












そう。少年が愛する ずっと前から
ひとりの人は 少年を愛していたのです。







こうして
愛に気づいた少年は、












愛から生まれた『幸福』を
愛しい人と 手にするのでした。

























そう、これは愛に気づいた、ある少年のお話。



























NOVELに戻る



青井聖梨です、こんにちは。
ここまで読んで下さって、ありがとうございました。

いかがでしたか?感傷的な秋に馴染んだ話、となりました(?・汗)
季節を追っていくのは結構好きです。
っつーか、とんでもない長さになりました。
本当にここまで読んでくださってありがとうございました!!!!(泣)
無駄に長くてすみません・・。

ドラマチックに書ければいいなぁ、と想って書きました。
誕生日あんまり関係ないですが許してやって下さいませ・・。
それでは失礼致しました。


青井聖梨 2007・9・21・