最期の言葉は聴き取れなかった



















Dear、ファントム〜第十章『光と闇が交わるとき』〜





















夢の中で、何度君に手を伸ばしただろう。
何度君を抱いて、何度君を泣かせただろう。
都合よく塗り替えられた僕の空想は、貪欲に願望を形作って
夢を暗黒色に染め替えた。もうそれしか見えないと、
それしか生きる術はないと云うように 僕の心を閉じ込めて
何も考えられなくしていた。

果てしなく続く想いに、終着点はあるのだろうかと
固く閉ざした心に時折、聞いてはみるけれど
闇に染まった心に、答えを導き出すことは出来ず、
常に何かを奪われ、縛られ続けていたんだ。


でも、やっと その終着地点が在ると今、解かり掛けた気がした。
本当の答えは、僕が持っていたんじゃない。
光を背負い、導き出してくれた君がすべて持っていた。



君が僕をこの瞬間から、自由にしてくれたんだ。
解放を望み、想いの終わりを望んでいた僕に
温かな光を照らし、包み込んでくれた君を







僕は、僕は・・・・・・誰よりも、愛している。











一騎、・・やっと言葉に出来た。











たった一つの、僕の真実。















「・・・・・・・・愛してる」





















長い、長い・・僕の八年越しの片想い。

言葉に出来ず、ずっと抱え続けていた。
大切に温めすぎて、いつの間にか その言葉は
形を失い、心と一緒に同化してしまった。

君を好きになって おそらく、この言葉を口にすることは
一生ないだろうと本気で思った。


兄さんに申し訳なくて、・・あの頃の君に申し訳なくて
罪悪感で気が狂いそうだった。
云わない。・・・云えない。云える筈が、ない。



二人が恋に落ちて、それを知っていて
引き剥がした僕が 嘘で塗り固めた記憶によって
今の君を手に入れても、何もならないということは
重々承知していたつもりだった。

本当の君は僕を受け入れるはずないって、判ってた。
でも、あの頃の君の面影を 今の君の中に見つけてしまったとき


感じてしまったんだ。



どんな記憶を持っていても、君は君なんだと。
・・根元は変わる事無く、光は今も輝き続けているのだと。
今の君も過去の君も、どっちも本当の君だというのなら
僕は・・・自分の本当の気持ちを解放してもいいんじゃないかと思った。


君に、八年越しの想いを込めて ありったけの 愛を告げてもいいんじゃないかと
・・・・思ったんだ。











「そう・・・・し・・・・っ、・・」














怯えたように 微かに震える声が、返ってきた。

君の栗色の大きな瞳にみるみる涙が溜まっていき、
大きな海となって 瞳から止め処なく零れ落ちた。
白い肌に滴り落ちる涙の粒は 透明な輝きを放ち、
手の甲や服に小さなシミを作っていった。

大きな瞳が段々と透き通っていく。
生まれたての赤子が初めて世界を その瞳に映すようだ。


僕は声もなく ただ涙を流す目の前の愛しい人を
見つめ続けた。あまりに繊細で、精美なその姿は
僕の瞳を覆い尽くし、奪いつくすだけだったのだ。


瞳が大きく揺れている。
愛しさが 寂寞とした空間へ染み渡る。
溢れて止まない想いは、もう隠す必要などなかった。










「愛してるんだ・・・・・一騎」







ギュッ、と目の前に居る君の身体を引き寄せる。
腰を抱き、逃げられないみたいに囲い込む。
離れたくはなかった。もう、ここまで来たら・・最後まで伝えきろうと
胸に誓ったのだ。







「総、士・・・・・・嬉しい・・・っ・・・」






君は涙を流しながら、言葉につまった声音で
僕の背中に腕を回してきた。

未だ微かに震える君の声は、今まで僕の言葉を
ずっと待ってきた証拠のように思えた。



愛しくて、失いたくなくて・・僕の瞳からも
涙は優しく零れ落ちていった。



軋むほど強く腕に力を込める。
抱きしめることが出来る自分の幸福さに歓喜した。
兄さんには、決してできないこと。・・・できなかったこと、だから。


その分も、僕が彼を愛し続けようと 想った。


身勝手で、傲慢な考えだと知っていても。
止められないと、知ってしまったからーーー。





覚悟を、胸に立てて 僕は
君を全力で愛しぬくことを決めたんだ。
嘘、偽りのない・・言葉で。君を守ると、誓うーーーー。






抱きしめた力をそっと緩め、僕は一騎を背後に広がるベッドの波へと
自然の流れに沿って 連れ去った。
一騎はされるがまま、静かに瞳を潤ませて 僕を上目遣いに見つめている。

華奢な彼を組み敷いた僕はベッドシーツに散りばめられた
黒くしなやかな髪を指先に絡めて、柔らかく梳いた。

一騎は気持ち良さそうに瞳を揺らすと、大粒の涙をシーツの上に零したのだった。
愛しい人の涙を止めたくて、僕は目蓋に唇を寄せてみる。
いつの間にか止まっていた自分の涙を顧みたとき
触れ合いこそが、涙を止めてくれる一番の薬だと理解したのだった。




「一騎・・・」



真珠よりも美しく輝く、透明な粒にキスを贈れば、
君はぴくん、と可愛らしい反応をみせて 熱の籠った
吐息をひとつ、僕の耳元に零した。



「あっ・・・・、」





敏感に何か身体が疼いている。
そんな感覚をみせる君の、悩ましげな表情が
眼球を焼き尽くす。





「・・・・・・・・・・綺麗だ、いつだってお前は」





ちゅっ、と首筋にわざとらしく音を立ててキスマークをつける。
低い声で彼の魅力を口にすれば 彼の息は更にあがり、
緩やかな抵抗を見せ始めた。





「総士・・・・っ、や・・・・恥ずかし・・・・・よ、・・・・」



ベッドの上で身じろぐ様は普段以上に色っぽく、艶があった。
頬を赤く染め上げて、熱い吐息を虚空に撒く。
指先にはサラサラの柔らかい髪が絡まり、
首筋には自分のモノという証が花のごとく、咲き乱れる。

洗い立てのシャツから香る、清潔な石鹸の匂いと
一騎自身から放たれる、甘い花のような匂いが空気で交じり合い
絶妙な清涼さを醸し出していた。






「ーーーーーー・・・・このまま、・・・・お前を抱けたらいいのに」








ぽろり、と零れた本当は 少しだけ躊躇いを残して
組み敷かれた彼の耳に届いたようだった。





「・・・・、そう・・・・し・・・・?」






大きな栗色が一点に定まる。
従順な瞳が告げる 儚い疑問に僕は息を呑む。
どこかでまだ、罪悪感を引き摺る僕の心を見透かすように。







「すまない・・・・・、・・こんなこと。
僕の欲望で・・・これ以上、お前を穢せない・・・」




兄さんに許してもらおうなんて、今更そんなおこがましいこと
願いはしないよ。けれど、君をこれ以上
自分の思い通りに踊らすことはできないんだ。


僕を二度も救ってくれた。そして、
僕が一番欲しかった言葉を、想いを与えてくれた君に
仇を成す行いを もうすることはできない。
幾ら君が優しいからといって、すべてを奪い、
君の優しさに着けこむ事はーーーー人道に反する。




するり、と絡めていた指先から君の髪を解いた。
乗りかかっていた体重を後ろに退いて、君から身体を
離そうと試みる。−−−−−−−途端。


きゅっ、と制服のネクタイを掴む白い指が下から伸びてくる。





「・・・?かず・・・−−−−」




言葉を紡ごう、とするや否や その唇は
柔らかい接触によって 塞がれてしまったのだった。






「ーーーーーーーーーー、・・・っ・・!!?」





拙い、キスが贈られる。
熱い舌が懸命に何かを訴えるかの如く、
僕の口内を侵食していった。

僕はその幼い舌のたどたどしさに胸を締め付けられ、
欲望に火をつけられたのだった。





「ーーーーーーーー、っふ、ぁ・・・ンっ、・・・!」




今度は僕が仕掛ける番だった。
君の鼻にかかった甘い声がすぐさま 虚空に漏れる。
熱い君の舌を強く絡め取ると、僕はそのまま君の歯列を舌先でなぞり上げ、
唾液をピチャ、ピチャ、と音を立てて堪能した。


ぎゅっ、と華奢な身体を強張らせて 君は僕のネクタイから指を離すと、
首へと両手を伸ばして撒きついてきた。
そのまま、君を再び押し倒す格好で ベッドの上へと埋もれる僕らは
既に理性を互いに失いかけている状態に他ならない。



こんなに積極的な行動をみせる一騎の意図が理解できなかった。
僕は罪人で、君は被害を一番に被った いわば被害者だというのに。
どうしてこんな風に、僕を煽るようなことをするのだろう・・と不思議でならない。




「ん、っ・・・・ぅ、ッ・・・・・は、ぁっ・・、」




濃厚なキスが幾度となく繰り返され、僕は君の全てに堕ちていった。
溺れていく体躯、意識の彼方に影がさす。
目の前の天使が穢れていく様が容易く脳内で描き出される。
ぞっと鳥肌が立つほど妖艶な表情が僕の行いをそっと見守る幻影が
映し出される。意識が幻覚を作り上げ、理性を食い尽くしていった。





ーーーーーーーーーードクン・・。





駄目だ。
欲しい。・・・一騎が欲しくて、堪らない・・・。






長い、本当に長いキスが 終わり、互いをその瞳に
映し出した瞬間。とろり、と甘く揺れる栗色の潤んだ瞳が
恥じらいながら その純真な透明感を僕に見せ付けるみたいに
真っ直ぐと向けられた。キスで濡れた淡い唇が 甘い声と共に
酷く官能的な言葉を僕に囁き出したのだった。








「穢しても・・・・・・いい、からーーーー・・・抱いて・・・欲しい、よ・・」









ドクン・・・・・・・・・・・ドクン・・・・・







「か、・・・・ず・・・・き・・・」









「総士に今抱かれなくちゃ、おれ・・・・・一生・・・・・・
後悔する・・・・・・か、ら」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーードクンッ・・!









疑うことを知らない その従順な瞳には もう、
僕の姿しか 映っていなかった。

激情が背中を這い回り、脳天を鈍器で殴ったかの如く
大きな衝撃と欲望を僕の神経の中に生み出した。
身体が面白いくらいに 軽くなる。
意識がぼぅっと焔に変わる感覚。目の前の一騎が光悦とした色に
色彩を変えて 僕を導いてくれるようだ。


僕は自然と言葉を口にしていた。









「・・・・・・・・・・・・抱いても、いいか?」






何故か、指先が震えた。
君の唇が 静かに動く。
黒くしなやかな髪が ベッドシーツを鮮やかに染め上げる。
大きな栗色が見る見るうちに透明な驚愕を連れてくる。
大きく瞠られた瞳は 一瞬の驚きと静寂を時間の中に溶け込ませた。



そして。










「うん・・・・・・・・・・、総士に・・抱いて欲しい・・・」







酷く柔らかな眼差しと共に 甘く緩やかな切なさを宿していた。


殊勝な声が 耳奥に響き渡る。
まるで奇蹟を描くみたいに 僕は心ごと大きな感動に
打ち震えていた。身体が ざわめき出す。
愛しい人を手に入れる瞬間に今、僕は出会っているのだ。



















「一騎・・・・・・・・」

















兄さん、こんな僕を赦さなくていいから













「もうお前を、・・・・・・・・・自由にしてやれない」













だから


















「お前の全てを、オレが貰う・・・」



































僕に、貴方の光を下さい











































一生、闇の中でいいからーーーーーーーーーーー。































+++
































「総士・・・・・・・・・・母さんが、死んだよーーー・・」






暗い、暗いお屋敷の廊下で。
呟くように あの人は 言った。



しんしん、しんしん。


外は雪。止め処なく降り積もる、粉雪。
静寂と暗闇が溶け合う瞬間が垣間見えた。

銀白の雪が暗い空に映える。



夜の中、白い雪たちが舞い落ちる。


白と黒の反転した世界に、僕ら二人は取り残されていた。




広く、暗く、深い・・世界の果てで
僕ら あの頃、 心細く 息をし続けていた。


光すら届かず、光すら夢見れない その場所で。











「・・・・・・・・・・僕ら、どうなるの・・・?」









僅かに怯えた自分の声が 惨めにその人へと伝わった。
屋敷の廊下の隅っこで 蹲った僕に 更なる影を背負った兄さんは
見上げる僕の視線を痛いほど感じながら、言の葉を落とした。










「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わからない。
けれど総士、これだけは言えるよ」









「な、に・・・・・?」







闇色に染まった僕の瞳の奥で 兄さんは
力強く 呟いた。てのひらを、拳で握り返しながら。






祈りを天に捧げるようにーーーーーーーーーーー。






















「オレは、ずっとお前の傍にいるから。
お前を独りになんてしないからな」














「兄さん・・・・・・・・・・・・」















「ずっと一緒だ。どんなことがあっても」













「本当に・・・?」











「あぁ、絶対だ。だから総士・・・・・忘れるなよ?
オレはいつもお前の傍にいるってこと」










「兄さん・・・・・・・・っ、」













「ーーーーーーー忘れるなよ・・・」










































・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、











”忘れるなよ”














・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ーーーーーーーーーー・・・・・・・。











「兄さん・・・・」



























知らぬ間に、声が零れる。
気づかぬうちに その人へと呼びかける。





重い目蓋が開きかけ、視界をゆっくりと広げていった。


世界は闇で、閉ざされている。








「夢・・・・・・・・・か。」






懐かしい、夢。
過去であった あの人との思い出。


大切な時間を過ごした、人。







ギシッ・・・。





ベッドのスプリング音が辺りに木霊した。
今、何時なのだろう・・・?
体を起こし、


辺りを見回す。


閉ざされていたカーテンから見える景色は
暗闇そのもので、ザーッと耳障りな音が聴こえてきた。





「・・・・雨か」





外は雨。先ほどまで綺麗な夕焼けをみせていた空が
嘘のようだった。季節の変わり目というのは移ろいやすく
簡単に気候が変動してしまうのだなと 単純に思った。


コチ・・・コチッ・・・




柱時計の音が、雨音に交じり合って響いてくる。
視線を向ければ、時計の針は 夜中の11時を既に指していた。




「もう、こんな時間なのか・・・・」




前にサラッ、とかかった髪をさり気無くかき上げながら
総士はふぅ、と大きな息を吐いた。

上半身が裸な自分に気づき、はっ、と意識を彷徨わせれば
優しい息遣いが傍から聴こえてきた。


視線を右隣下に落とす。
もぞっ、と寝返りをうって総士の身体にピタリ、と寄り添う
人の温もりを強く感じた。




穏やかな寝息。あどけない表情で眠る、愛しい人。





急激に頬が火照るのが総士自身わかった。








「・・・・・・・・・・・・〜〜〜〜〜・・そ、・・そうだった、な」





動揺する声を口元で抑えながら 総士は今も眠るその人へ
眼差しを投げかけた。あまりにも可愛らしく眠る一騎に表情を綻ばせた総士は
起き上がった体を再びベッドへ沈めると そっ、と腕で抱き寄せてみた。






「・・・・・−−−−−−−−−っ、ぅ・・・ん・・」








甘く通る声が室内に木霊する。
ピタリと、寄り添った温もりが嬉しくて 総士は酷く泣きたくなった。




この幸せが、作られたものであったとしても
今は素直に受け入れよう。



この愛しい人を、愛し続けるために。





心の中で何度も呟き、確かめることしか今は出来ない自分が
歯がゆくもあり情けなくもある。
でもそれでも こうして彼を抱けた喜びが沸々と胸の奥から湧き上がって
小さな希望へと変わっていく。


総士は酷く嬉しいような、切ないような不思議な感情に
胸の奥をしっかりと掴まれているのだった。



そんな最中。







腕の中で眠る愛しい人が不意に意識を覚醒させた。
甘く柔らかな声が耳奥に響く。




「そう、・・・し・・・?」



名を、呼ばれる。





「うん?−−−・・・どうした、一騎・・・?」



今までの自分を全て閉じ込めて、ただ愛するためだけに
その人の名を、呼ぶ。心をこめて。



柔らかく綻んだ瞳が自分を瞳の中に映す。
総士は目の前に広がる栗色を何よりも愛したのだった。






「ーーーー・・・総士、好きだよ。・・もっと抱きしめて、いい?」




「・・・・・・え?」




唐突にそう言われ、動揺した総士を余所に
一騎は抱きしめられていた自分から抜け出すと、ぎゅっ、と
総士の頭を胸の中に閉じ込めて しっかりと抱きかかえた。

いきなりの抱擁に 総士は戸惑いと同時に 気持ちが高揚していくのがわかった。





「ど、・・・・・どうしたんだ・・・・いきなり・・・?」





珍しく羞恥が交じった声音で一騎に訊ねれば、
一騎は幸せそうに微笑んで 夏風みたいに爽やかに言い切った。





「ずっと、・・・総士のこと こんな風に抱きしめてあげたかったんだ」




ぎゅぅぅっと、柔らかくしめつける力が総士には心地よくて
胸の鼓動を早める要因となっていった。

人肌の温もり、甘く香る石鹸の匂い、柔らかな感触。
大好きな人の心臓の音。すべてが幸せに繋がっている気がして
どうしようもなく 切ない。



「・・・・・どうしてだ?」




罪は消えないとわかっていても、赦して欲しいと
浅ましくも思ってしまう自分は、どこまでも貪欲な人間だった。

総士は暗い影が目の前の光によって 少しずつ消えていく感覚を覚え、
軽減されていく罪の意識を もう一度心の中で奮い立たせていた。


忘れてはいけないんだ、絶対に。
兄さんのために。

・・・自分のために。




そんなことを、意識の果てでぼんやりと考える。
一騎の胸に 顔を埋めながら。




すると、即座に一騎の答えが返ってきたのだった。








「前に・・・・・言っただろ?夢の、話。−−ファントムと名乗る人物がおれの
夢の中に出てきて・・・もう一人のファントム・・・・・えっ、と・・・ーーーお前、のこと
救ってやって欲しいって・・・・言ってたって夢」




「ーーーーーーーーーーーーーーーーー、あぁ・・」





そうだ。一騎は前に、”兄さん”が出てくる夢をみたんだった。
今でこそ、僕がもう一人のファントムだという事実を知っているけれど
一騎は最初、もう一人のファントムを探すために夢の話を打ち明けて
僕へと協力を仰いだんだったな。



総士は少し前の無知だった一騎を思い出し、複雑な気分に駆られていった。
真実の一部を曝け出したことで、一騎自身にも罪を擦り付けているようで
・・・・・・居た堪れないのだ。



自分が本物のファントム・・・つまり夢に出てきたファントムを殺したという事実。
一騎はそれを知っている。でも、それが僕の実兄でしかも、僕が記憶を書き換える前の
一騎にとっての初恋だった人だということまでは ・・知らない。


もし、知られたらーーーーー・・・彼は僕をどう思うのだろう・・・。




言い知れぬ不安が再び暗い闇を作っていく。
どこまでも終わらない暗闇から抜け出す方法なんて知る由もない。
いくら光が隣で僕を照らしてくれていても、消えない闇が追ってくるだけ。
もしかしたら暗闇に光ごと呑みこまれてしまうんじゃないかと 怖くて、・・・仕方ない。



軽い身震いが背筋を凍らせていく。
抱きしめられた身体が硬直していくのがわかった。

一騎の言葉に耳を澄ませながら、嫌な汗が滲んでくる。
あぁ、どうか・・・君が幸せになれる場所を守りたい。

心の中で何度も願う。呑みこまれて、くれるなと。







「・・・そのファントムが、言ってたんだ。”どうか抱きしめてやってくれ”って・・」










澄んだ声が耳に響き渡る。
銀色の双眸が見る見るうちに大きく見開かれ、
透明な輝きを世界に散りばめていった。





「・・・・・・・・・・・・・え・・・・?」




瞬間、言葉を失くす。





あまりにも予想もしない言葉に耳を疑った。






今・・・・・・なんて・・・?






総士は予想外の言葉に絶句すると同時に
微かな光の瞬きを観たのだった。





「ーーー本物のファントム・・・おれの夢の中で、お前のこと、すごく心配してた。
・・お前が独りで苦しんでるって・・・胸を痛めてたよ。ずっと傍にいるのに、
お前にはもう自分の姿が見えないからーーー何もしてやれないって・・」







兄さん・・・・・が・・・・・







僕に、そんなことをーーーーーー・・・?











あまりの優しい言葉に、心臓が潰れそうになる。
嘘だ、そんなの。だって僕は・・・あの人に酷いことをして・・・・。


なのに、・・・・・・ずっと、・・・・・僕の傍に・・・・・
いてくれた・・・・・・・・・・のか・・・・?






見えなくても、・・・・・ずっと傍に・・・・・?









急激に込み上げる激情。



自分を密かに守り続けていた、ひと。





どうしたらいいか、わからなかった。







ただ、その優しさが   ・・・苦しかった。










「だがっ・・・・、僕はあの人をーーーーっ・・・!」




一騎の胸の中から顔を出し、ガバッと勢い良く上半身だけ起き上がらせる。
一騎もあとに続いて上半身をゆっくりと起き上がらせると、僕を真摯な瞳で横から
見つめてきたのだった。







「・・・なぁ総士・・・。お前、本物のファントムを殺したって・・いったけど・・・
おれの夢の中に出てきた”本物のファントム”は・・お前のこと、心から愛してた。
心配して、大切にして・・・・総士のこと 優しく見守ってたよ?」






「ーーーーーーーーー・・・っ、」






「おれ、夢の中でその人の感情を共有したんだ。
朝起きたら・・・・涙が溢れて止まらなかった。あんなに・・
切なくも優しい感情・・・・・初めて知ったよ」







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」








「おれの都合のいい夢だっていわれたら、それまでだけど・・・でも、
少なくともおれの夢に出てきた”本物のファントム”は、お前のこと
・・・・・・・・・・・・恨んでなんて、いなかったよ」






「・・・・・・・・・・・・・かず、き」









ひっそりとした静寂の中、優しく灯る、君の声。
なんて心地よくて温かな光。


愛さずにはいられないというのは このことだ。











ふと、記憶の奥で あの人が云う。









『オレは、ずっとお前の傍にいるから。
お前を独りになんてしないからな』









しんしん、しんしん と積もる粉雪。
白と黒が反転した 閉ざされた世界で。


二人ぼっちになってしまった 
あの日。








『ずっと一緒だ。どんなことがあっても』







力強く言い切って、僕の不安をかき消してくれた。
握り締められた拳に どれだけの覚悟が詰まっていただろう。
思えば、想うほど・・・切なくなる。









不安を訴えていた僕に向かって兄さんは
何度も確認するみたいに 僕へと教えてくれていた。






『あぁ、絶対だ。だから総士・・・・・忘れるなよ?
オレはいつもお前の傍にいるってこと』












忘れてないよ、兄さん。
ただ思い出すのが怖かっただけ。







『ーーーーーーー忘れるなよ・・・』











貴方に恨まれているだろう 事実を自覚するのが
怖かっただけ。















兄さん・・・・














「・・・・・・・・・居るのか・・・?」








何も見えない虚空にただ、呼びかける。








ずっと傍にいてくれるって 約束してくれた人。









「総士・・・?」






死んでも尚、僕を密かに守り続けてくれた人。













「・・・・・・・・・・居るんだろ・・・ッ・・?」









姿を見せて。
一度でいい、幻でもいいから
・・・・謝らせてくれ。












貴方のことが、大好きだった。







僕の唯一の味方だったひとよ。































『総士っ・・・・・・・・早く行けぇッーーー!!!』






『兄さんっっっーーーー!!!!!』



















『ーー・・・・った・・そう・・・・と・・・・・・・ーーーんだな』















『なに・・・・っ、兄さん・・・・なんていったんだ・・・?!
聴こえないよっ、・・・・!!!』















忘れられない。





あの人の瞳。




命が燃え尽き、瞳の中の光が失われた瞬間。











あの人の息が絶えた。












僕はその後、振り向く事無く、その場を去った。

















「お願いだ・・・・・・・・・・・続きを、教えてくれ」









「・・・・・・・そう、し・・・」












傍らから、優しい温もり。
僕に寄り添う愛しい彼。


守るように、見失わないように 僕を包み込んでくれる
温かな光は 僕の心をどこまでも透明に
澄んだものへと変えてくれた。


















あぁ、兄さん。










貴方は今 僕の傍に居るのですか?








居るのなら、貴方は今 どんな気持ちで
この光景を見つめているのですか?






僕を憎いと想っていますか?
僕を哀れだと嘆いていますか?





それとも貴方は あの頃のまま










僕の味方で居てくれますか・・・?











応える声はないけれど。




でも・・・・。









「総士・・・・・・・・・・、悲しまないで・・・
おれが傍にいるよ・・・・っ」




















「・・・・・・・・・・・一騎、・・・
ーーー・・・・・・・・ありがとう」






























最期の言葉は聴き取れなかった。





























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青井聖梨です、どうもこんにちは!
ここまで読んで下さってありがとうございましたvv
如何だったでしょうか・・?

なんだか久しぶりにこのシリーズをUPした気がします。
今回、裏要素を入れようかどうか迷いました。
読んでいただいたとおり、この回では長さの都合上
省かせて頂きました。が、別の形でこの裏部分は書かせて頂く予定です。
どうぞ、そのときは宜しくお願いいたします(笑)

相変わらずのペースで少しずつ話を進めています。
これから謎も解いていきますので、是非読んで頂けると嬉しいです!
ではでは☆★



青井聖梨 2008・4・16・