あの温もりを知ってしまった瞬間から


片時も君を忘れたことなんてなかった




























Dear、ファントム〜第三章『闇を懼れ、光を愛す』〜


























夏の日差しが、空から痛いくらいに降り注ぎ、
僕の身体を否応なく蝕んでいった。

光の下に曝されることを望まない僕の姿態は
闇の中で長いこと生きてきた事実を こんな穏やかな日々の最中に
僕へとあざ笑いながら知らしめていく。

憂鬱な自然の恩恵を身体中に受けつつも
強がりながら時を過ごすことに、逆らおうとは思わなかった。

全ては君の傍にいれる暗黙の報酬のため。
僕はそれを無碍に扱うことは出来なかったし、
それで幸福が得られるとさえ思っていたのだ。


だけど。




今は些細な事が気に留まる。
焦燥が胸の奥で渦巻く。劣情が火を噴きそうだ。
漆黒の感情が常に僕を締め上げて、空気に交ざり、
いつのまにか僕を追い詰める。


それはきっと、君と初めて出逢った日からずっと
胸の中で静かに育っていた感情で。


今更 その感情を否定することなど、もう出来ない。
僕の一部になってしまったのだ、その感情事態が。



あぁ、救いを求めてはいけない。
咎人の行く末は自身で示さなければ、未来はないのだ。


ましてや、君をこの熱情に巻き込むなど





在ってはならないことだというのに・・・










+++















「おい、白の王子に彼女が出来たって本当かよ?!!」




「ほんとほんと!!知ったときはマジびびったんだけど・・」




「ウソだろ〜〜〜!!おれ狙ってたのにぃ・・・」






ここ最近、竜宮学園中等部を騒がしている専らの噂とは
学園の王子様の片割れであった。

大抵 女性関係では黒の王子が主流となっていた。
そして男性関係では言うまでもなく、白の王子がほぼ九割方 
話題を攫っていたのだった。



が、ある噂が現実となって周囲の耳に届いたとき
話題の土台はあっさりと崩れ、方向転換を余儀なくされてしまった。
噂を不本意に思う者は本人ではなく、周囲の騎士達が圧倒的で
思わず眩暈がするほど 四六時中の話題となった。


それほど白の王子の噂は 学園内を騒然にさせたのだ。
唯一人の冷静さを除いてはーーーーー。










「あ、白の王子だ!!白の王子が彼女と登校してきたぞ!!!」



ざわめく・色めき立つ、周囲の反応をどこか遠くから眺めるような
突き放すような表情で そっと後ろを振り向いてみる。




朝の光がキラキラと眩く彼に降り注ぎ、見るもの全てを魅了していく。
黒く艶やかに輝きを放つサラサラとした黒髪に、色素の薄い栗色の瞳。
華奢な肢体が緩やかな空気へと溶け込み、穏やかな表情を繕う。
健康的な肌の色、あまりにも可愛く綺麗な顔立ち。
白の王子、ここに健在と云わんばかりの存在感と雰囲気が
辺りを熱っぽく駆り立てる。


そんな彼とつい最近まで登校していた黒の王子は
背後から近づく 彼の存在に思わず瞳を細めてしまう。


彼の隣に佇む、真新しい存在が黒の王子の
どす黒い感情を 苛立たせて仕方が無かったのだ。





「総士!!ーーーおはようっ!!」



いつもと変わりなく、元気な笑顔を向けてくる、
皆城総士の可愛い人。

けれどその笑顔が、今は痛い。
痛くて他の事がままならないのだ。




「・・・・−−−おはよう、一騎」





出来るだけ穏やかに、落ち着き払った様子で。
ふわっと笑う事を心がけてみた。自分なりに。



総士が零した笑顔が、空に浮いて、彷徨う。
一騎は自分に向けられた穏やかな笑顔に 瞬間、
ふと酔いしれてしまった。


思わず顔が、赤くなる。



・・・ドキドキ、する。




早まる鼓動を胸でキュッ、と抑えながら
一騎は赤く染まる頬を 冷ますように口篭った。




「総士・・、おれにそんな表情で挨拶するの、ダメだぞ!
そういうのは”彼女たち”にしてあげなくちゃーーー」



控えめに はにかむ一騎。
愛しさが込み上げて、止め処なく溢れそうだった。




「そんなことを云われても困る。
・・自然に出てきてしまうモノだからな」



苦笑を交ぜて、一騎に紡ぐ。
そうだ。意識してどうこう出来るモノじゃない。
心がけてみても、どうしても出てしまうんだ。
君への想いが・・表情にーー滲み出て、自分でも抑制がきかない。


総士は瞳を揺らし、恥らう存在に 熱っぽい視線を贈ると
途端にその横で 挨拶するタイミングを計っている女子生徒へと
意識を移したのだった。




「おはよう・・」




少し低い擦れ声が辺りに響いた。
大人を装ったその声に含まれている本当の気持ちは、
きっと一騎には届かない。永遠に・・。




「おはよう、皆城君・・」



清楚な雰囲気を身に纏い、淡く咲き誇る一厘の花は
一騎の一歩後ろで躊躇いがちに こちらを覗き見た。
おしとやかな声音が鈴のように可愛らしく鳴り渡った。


彼女の名前は羽佐間翔子。
一騎と同じクラスに所属している、文芸部の部長である。
控えめで落ち着いた姿勢を持っており、従順な心と
芯の通った理念を貫いている、見た目からは想像出来ないほどの
自分らしさを形成し続けている稀な人物なのである。



彼女との関係を報告されたのは丁度一週間前。
学校の帰り道、喫茶店で二人、お茶をしていたとき
唐突に一騎から その事実を聞いた。





「・・おれ、告白されたんだ・・・今日」






言葉を一瞬失った。



なんて答えればいいのかなんて、
分かり切っていた事なのに。



コーヒーカップを持つ手が、微かに竦む。
動揺が電流に変わって、身体中を辛辣に駆け巡っていくようだった。





「同じクラスの子なんだけど・・えっと、総士・・知ってるかな?
羽佐間翔子っていう子なんだけど・・・・」



気付かれないように、息を呑んだ。
友達のフリをすることが、辛くて・・。



知ってるよ一騎。
その羽佐間って子は、いつもお前のことを見ていた。
気付いてたんだ、僕は。彼女の熱い視線にーーー。




「いい子なんだ。・・・つ、付き合ってみようと、思う。
・・・・・−−−総士は・・どう、思う・・・?」





「・・・・・・・・・どうって・・・」




どこまでなら許される?





友達として反対する余地はない。
けど、君を僕の想い人として見るなら、
反対する理由は幾らでもある。



だけど許される許容範囲を超えてしまえば、
僕らの均衡は崩れる。

そして何より、今まで築き上げてきたモノが壊れる。
咎人が・・彼の傍にいれる僕が存在するのは
罪が僕を今尚拘束し続けているせいだ。

その真実から目を背けてしまったら、僕は僕でいられない。
今度こそ、君の傍にいてはいけなくなってしまう。



それだけは、避けたい。






君を初めてこの瞳に映して、
君に初めて触れたーーあの瞬間。









あの温もりを知ってしまった瞬間から
片時も君を忘れたことなんてなかった。









君を今尚想い続ける僕の心は、おそらく
許されるものじゃない。





君に恋してしまった自分を許してもらえるはずもない。




でも。





君の幸福を守る僕なら・・・・それだけなら、
あの人に許してもらえる気がするんだ。







「お前が決めたなら・・僕はそれでいいと思う。
僕が口出しすることじゃない・・」




突き放した訳じゃなかった。
どうしても反対出来なかったんだ。

僕なんかよりも彼女の方が、ずっと一騎を幸せに出来る。
実際、そうなのだから仕方ない。



視線を斜め横に落として、一騎にそう紡いだあと、
盗み見るように一騎の瞳を覗いた。
その刹那の衝動と、疑心をあのとき確かに呪う自分がいた。



一騎の瞳が・・すぅっと細まって、悲哀の色を滲ませた。
諦めたように笑う、彼の肩が 次第に竦んでいく。




「そうだな・・・ごめん、変な事・・訊いた。忘れてくれ、今の・・」






云いたい。




伝えたい。






”誰とも付き合うなよ”




”オレの傍にいろよ”






どうして云える?






君の幸せを奪った僕が、どうしてそんな言葉
口に出来るというんだ。




本当だったらファントムの存在さえ、
償う手段として正しいものだったのか
未だ分からないというのに・・・・





一騎。







「いや・・僕の方こそ、すまない」






好きだよ・・







「もう少し良いアドバイスが出来たらいいんだが・・」






好きだ。







「難しいものだな、友達に贈るアドバイスというものは・・」





苦しい






「・・・・そういうものなのか?」







悔しいーーー・・






「あぁ・・・そういうものだよ」









・・・・・淋しい。
どうすればいいんだ。




どうすれば良かった?








一騎、僕はあの頃
君をこんなに好きになるなんて 想いもしなかったんだ。







+++














「・・今日、なんだか総士、元気がないのね」




海岸沿いを二人でゆっくり歩きながら、短く外に跳ねた髪を
綺麗にかき上げ、彼女はふっと微笑んだ。


黒の王子は、そんな彼女に視線だけちらり、と向けて
苦笑をそっと漏らして言った。



「・・・すみません。今日は気分が乗らなくて・・」


ストイックな雰囲気を醸し出しつつ、総士は防波堤前で足をとめた。
近くにあった浜辺へと降りられる階段に腰を落とすと
黙って波打ち際を見つめていた。

その傍らに、彼女自らも腰を落とすと、寄り添うように
総士へと身体を密着させて 頭を肩に凭れ掛けさせた。
総士はピクリとも動かずに、ただ 海の彼方に想いを馳せるばかりで・・。



「総士がそんな風に思いつめているところ・・初めて見たわ」



早苗は艶のある声を耳元で総士に囁くと、
形のいい柔らかな唇を総士の唇と重ね合わそうと口を寄せた。

が、それを制したのは 総士の大きな手のひらであった。


柔らかな拒絶が、そこにいる二人を隔てていた。



手のひらに押し当ててしまった唇を、
途端に離した早苗は遠くを見る総士に向って投げかけた。




「私じゃ・・・・ダメ、なの・・?」



虚無感が虚空に轟く。
怠惰と惰性が周囲に渦巻く。暗い闇が広がっていくようだった。




「・・・・疲れてるんです。今は・・そんな気分になれない」




慟哭が深層で呻く。
見たくない未来が総士を追い詰め、
見てしまった過去が 総士を蝕んでいった。


微かな過去の灯火は この胸に残る、あの温もり
ただ一つ。




鋭い瞳が一瞬早苗を貫いた。
定められた視線の先に、何があるのか知らないけれど
確かにそれは 総士の暗い闇の根元なのだということは
彼女の頭でも容易に理解出来たのだった。



瞬間ーーーーーー、総士は早苗の頭を肩から外し、
スクリと立ち上がった。





「そう・・・し?」



陰のオーラを放つ、目の前の愛しき恋人は
もう自分のことを 意識してはいない。
見えない何かに怯えているような、対峙しているような
どす黒い感情と隣り合わせな世界に引き摺りこまれている気がしてならない。




「今日は帰ります」




そう一言いって、その場を去ろうと踵を返す その人に
早苗は縋りついて叫んだ。




「・・・・駄目!!今の貴方を放ってはおけない・・!!」



愛するが故の懇願は 闇の住人にとって
無頓着そのものであった。

振り払うわけでもなく、踏み出すわけでもなく
その場に彼を留めるだけしか、ない。



「総士・・・・どうしちゃったの?
なにかーーーーーあった・・・・?」




新たな彼を見つけられたことは
この上なく嬉しい。


だけど今の総士の状態が、普段のソレとあまりにも
かけ離れているのが怖い。


何より、空気の厚みが変化して、彼を知らない何処かへと
連れて行ってしまうようで不安だった。


早苗は勢いよく立ち上がると、総士にギュッ、と抱きついた。
そして 長い琥珀色の髪に 顔を埋めて呟いた。





「・・・好きなの。貴方がいないと私・・・」




縋りつくことがみっともないことだなんて想わない。
だって それほどに誰かを求める気持ちがあるという事を
知れた自分が誇らしいから。素敵な事だと想うから。


早苗は、次第に総士の背中に自分の腕を回すと
激しい抱擁を求めるかのように 総士を抱きしめるのであった。



「・・・・・苦しいです、放して下さい」



比較的落ち着いた声音が 早苗の頭上から降って来た。
先ほどよりも 陰のオーラが弱まっている気がする。
早苗は 総士の言葉を汲んで、二人の間に微かな距離を作ると
自分のまとめあげた考えを口にするのであった。




「ーーー・・・貴方をそんな風にしてしまうのは、
きっと白の王子だけ、なんでしょうね・・・・・」



悔しそうな、嘆き声を虚空に漏らす早苗の色に
一瞬瞳を揺らした総士が焦点を合わせてきた。





「向島でも噂になってるわ・・。白の王子に恋人ができたって。
ーーーー・・・・それが原因なんでしょう・・・?」




母性を滲ませる彼女の巧みな誘いに 
年上の女性を強烈に感じた総士は 再び苦笑を漏らして紡いだ。



「・・貴女と少し似ている女性です。
清楚で落ち着いた、美しい女子生徒なんですよ」




総士の言葉に、思わず心が震える。


間接的にではあるが、褒めてもらえた気がして
純粋に嬉しかったのだ。




一呼吸置いたあと、総士は尚も続ける。




「・・・友達として、いる時間が短くなって
淋しかっただけですよ。・・すみません」



自分の失礼な態度を詫びた総士は、軽く頭を下げると
今度こそ その場を離れようと試みた。



けれど、それを素直に受け止められるほど、
早苗も大人な女性ではなかったのだった。





「・・そんなに苦しいなら、白の王子から離れればいいのに!!」




そうよ。そうだわ。
まだ傷は浅い。
他に友達だって、沢山いるはず・・総士なら。




「白の王子にこだわることはないと思うの。・・・確かに彼は
とても魅力的な人だわ。総士が惹かれるのだってわかる。
私も好きよ、白の王子。一人の人間としてーーーーー」




総士の腕をすかさず取り、後ろ姿を食い入るように見つめてみる。
潮風が総士の長い髪を掬い取りあげながら キラキラと光を宛がった。
端麗な顔立ちが背後を気にするかのように 意識を向けてきた。




「だけど・・貴方を苦しめる白の王子は嫌いだわ。
友達という枠で、貴方を縛る彼は嫌い・・・」



恋する女性は強い。純粋が故の過ちを知らない。
目の前の男が、何に苦しみ、何にそんなにもがき続けているかなんて
知る由もないのだろう。否、知る必要はないのだろう。



早苗のまっすぐ過ぎる想いの果てに、待つものはーーーー・・
やり場のない 偶像が佇むだけだった。




「・・・好きなんて、安易な言葉ではもう・・語れない」




「え・・・?」




「語り尽くせないんだ・・・・・もう」







好きなんてものじゃないよ。




そんな言葉じゃ追いつかないと、知ってしまったんだ・・今ここで。






「総、士・・・・・?」





見たこともない慈愛の瞳がこちらに振り向いた。
銀色の鋭い双眸の秘めたる奥底には

言葉になれず、消えることすら出来ずにいた
心の欠片が輝き始めていた。





「僕の全てだ、きっと・・・」




この想いは。





最後の言葉は紡がれなかった。
早苗が驚きつつも、泣きそうな表情をしていたからである。






「・・・・・縛られないで、総士。
私が居るわ、貴方の傍に、ずっといる・・・・・。
もうーーー白の王子を見ないで・・・・・・」





幾度となく、言われ続けたその言葉。
思えば、彼女たちはずっと そんな風に伝えてくれていた。


”私を見て”


”傍にいて”





彼女たちの想いが、まさに自分が一騎へと向けるその想いと
重なることなど 云える筈もない。






「無理だ」






「総士・・・!」






呻くように促されても、縋りつくように求められても
きっと無理だ。





「一騎を見ないなんて そんなの・・・」









だって もう


























「僕に”死んでくれ”って云ってるようなものだよ」























『愛してる』すら追いつかない。












+++














欲しいものは、ありますか?







欲しくて欲しくて、堪らなくて
己の全てを捧げてもいいと、


本気で思ったことはありませんか?








僕はあります。








・・暗い闇に呑み込まれ、絶望の底で
ただ息をし続けるだけの存在になり果てても尚、



光を求め、愛し続けているんです。







光の温かさを知ってしまったことが、
すべての始まりでした。





そう。あの日、・・・君に触れてしまった瞬間に
僕は理解してしまった。






君が好きだと。










「・・・・人間なんて、大嫌いだ」




見下すような瞳しか向けてこない。
まるでゴミを掴むような動作で、無抵抗の僕らに
劣悪な暴力を振るうだけ。

この世のものとは思えないほどの凶悪な感情を
僕らにぶつけては、楽しんでいるように笑う。

玩具以下の扱いを受けて尚、僕らは生き続けていた。



希望なんていう綺麗事、
持ってなどいない。


別にいつ死のうが、構わなかった。



でも、こんな僕にあの人は云う。





「総士、お前が見ている”人間”が
すべてではきっとないよ」





あんな扱いを受けても、あの人は
僕にそう、云い続けた。





「なぜ?何故そう思えるの・・?」



到底理解できない思考だ。
ありえないだろ、普通。





閉鎖された空間。
冷たい二つの鉄格子。
壁には行く筋もの引っかき傷が真新しく残っていた。

幾度もがき続けても、この空間から逃げることはできない。
救いを求める声すらかき消されてしまう。

劇場の地下なんだ。沢山の人の声や劇の騒音で
僕らの声は 誰にも届かない。届くわけがない。



壁の隙間を覗いてみる。
外がどうなっているのか、見えるはずもない。
その幅、数センチ。見えるものは雑木林らしき、もの。それだけ。


光すら届かないと思っていたけれど、遠くに小さな・・本当に小さな小窓が
一つだけ所在なさげに佇んでいるようだった。
朝の光よりも小窓は、夜の月明りを好んでいるように見えた。


だっていつも朝の光よりも、月明りの方が鮮明なんだ。
キラキラ、と光を瞬かせて 胸に沁みる優しい深みを
教えてくれるんだ。僕にはそう見える。


重たい大きな扉の向こうには、僕らが望む自由が待っている。
だけどそんな願いは当に捨てた。
僕らは何処までも子供で、無防備で、無能な愚者。
神の恩恵すら受けられない 醜い存在なのだから。



ジャリッ・・・




耳障りな音が、静寂に木霊する。
僕たちの両足・両手に繋がれた重い鎖は
どこまでも僕らの自由を・希望を・願いを殺していった。


食い込む鎖の締め付けが、紅い跡となって
手首に、足首に滲んでいった。


こんな生活、・・・・もう限界だ。
いつもそう思うのに、死ねないのは何故?



きっと死んだらすべて終わる。
救われるというのに。


本当に救われるとは思えなかった。



あいつ等に負けたくなかった。




僕の人生に価値がないなんて、思いたくない。
怖いわけじゃないんだ。ただ、悔しくてーーーー。
無力な自分が腹立たしい。


ギリッ、と歯を食いしばり、木造のテーブルに
激しく拳を叩きつける。


すると忙しない音が辺りに響いて、空気を微かに振動させた。





「落ち着け・・・総士」




静かな声が、鉄格子の方から聴こえた。
壁に寄りかかり、俯くその人。
膝を立てて 平静を装う、僕よりも大人なその人。





「なんでっ・・・平気でいられるんだよ!!?」



間違ってる、こんな環境。
どうして僕ら、こんな暗闇で何年も過ごさなければいけないんだ。
自分が幼いのはわかってる。

だけど何が正しくて、間違っているのかくらいは解かるつもりだ。






「人間なんて・・・・・僕ら以外、皆死んでしまえばいいんだ!!!」





悲鳴だった。それは間違いなく、心の悲鳴。
憎しみしか見えていなくて、全ての存在を理解するには
まだ頭が乏しくて、精神は幼さに包容されてしまっていた。


当時の僕は、絶望の果てに居たんだ。





「総士!!やめろ!!そんなこと云うもんじゃない・・」




「だけどっーーーーーー!!!」




あの人は、悲しみと痛みに耐えた表情で、こちらを
一瞥していた。どうしてそんなことが云えるんだ。


貴方だって 僕と同じ扱いを受けているのに。





壁に寄りかかるのを止めて、僕に近づいてきたあの人は
重い鎖で繋がった両手を目一杯広げると
きつく僕を抱き寄せて言った。






「知ってるか・・・?総士。
人って温かいんだぞ・・・・・」





擦れた声でそう耳元で呟くあの人。
僕は肩を竦めて、あの人の胸に顔を擦り付けた。





「・・・っ・・・・知らないよ、そんなのーーー・・」





唯一僕に優しさと愛情を向けてくれる存在。
人の温かさを教えてくれた存在はあの人だった。



信じるということがどれほど難しいか
僕は痛いほどわかっている。
そして苦しみは苦しみでしかない、ということも。





「じゃあ・・・教えてあげるよ。こっちへおいで」





促されるまま、身体を放し、手を引かれる。



ジャリッ・・ジャリッ・・・



軋む手首、滲む足首。




僕らは鉄格子の近くまで行くと 壁に出来た隙間を
覗くために 身体を屈める。
地面からたった数センチの隙間。
地に顔を擦り付けなければ、見えない外の世界。






「総士・・・ここを覗いてご覧?
僕の光が見えるよ」




「・・・・・え?」





そこはただの壁の隙間。
知ってるよ、そこ。

雑木林しか見えないはずだ。



僕は訝しげな顔を彼に向けると 躊躇いがちに
指し示す場所を覗き込んだ。





「・・・・・・・別に何も変わりない、けど」





僕の眼前に広がるのは、ただの雑木林。
少しだけ背丈が高くなった草木が乱雑に生え伸びているだけ。



「いいから・・。暫くそこに居るんだぞ?」



あの人は穏やかな顔で少しだけ微笑むと、
踵を返して鉄格子付近から離れていった。





「どこ行くの・・・?」




遠くに行こうとする彼を呼び止める。





「食事・・・貰ってくるよ」





あの人がそう言った途端、上階から重たそうに呻く
柱時計の音がした。





ゴーン・・・ゴーン・・






もうそんな時間か。
ここにいると時間の感覚が狂う。




僕は訳がわからずに、軽く頷くと再び地面に顔をつけて
雑木林を一心に見つめてみた。



・・・・・・駄目だ、やっぱり何もない。




あの人がいう、”僕の光”って
どういうことなんだろう・・・?





優しいあの人のことだ。
僕を慰めようと 抽象的な表現で
希望というものを見繕ってくれたのだろうか?



不可思議な疑心を抱えながら僕は
暫くその場に這い蹲っていた。





すると。











雑木林の影から、人らしき姿の物体が
近づいてきた気配が、した。






「っ・・・・・!!」




息を呑む。




なんだ?もしかして あいつ等が雇った番人でもいるのか?


僕は声を殺すように潜め、生きた心地のしない虚空に
呼吸の欠片を散漫させた。




胸の動悸と忙しなく活動する動脈の音が
身体中から聞こえて来る気がする。


滲んだ汗が頬を伝い、冷たい無機質な地面にシミを作った。
そのとき。





ガサッ・・・・!!




草を掻き分け、向ってくる力強い存在が
躊躇うことなくその場の地面に屈むのがわかった。





ーーーー・・・・人だ!!!





確信を得た僕は、鋭い眼球を相手へと突き刺すように
向けるため、一瞬身構えた。






が、その刹那に返ってきた眼差しは・・・



















「こんにちは!!!」












「・・・・・・・え」










驚くほど、綺麗で幼いものだった。














「・・・・・?あれ、いつもの瞳じゃないや・・・」









静かだけど優しい、灯火のような声。












「−−−−初めまして、・・・だよね?」







栗色の淡い大きな瞳。










「おれ、一騎。真壁一騎っていうんだ・・・君は?」







目に掛かる前髪。深く艶めいた黒。
彼はきっと、黒髪なんだな。









「・・・・・・・・・・・・・・・・総士」






どういうことだ、一体?




この様子だと、番人ではない。
あいつ等の手下・・仲間には程遠い年齢だ。


どちらかというと、僕らに・・年齢が近い・・・ような声、だ。






「そっかぁ・・・総士っていうんだね、君」






あの人の”光”の正体って・・・・まさか、これか?






こんな人間を”光”だと・・?






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・認めない。






僕は認めないぞ、こんな奴。
見ず知らずの知らない奴に 
僕の信念を曲げられて堪るか。








「ここから去れ!!二度と来るなッ・・!!」







辛辣な声でそう叫んだ。




汚いものを見るように睨み付けてみせる。





冗談じゃない。こんな子供、なんの役にも立たないじゃないか。








助けてくれる存在に値しない奴だ、こいつは。










僕の罵声を正面から受け、互いに地面に身を寄せて
微かな数センチの壁隙間から 瞳を交差させる僕と一騎。



手を伸ばせば届く距離感だというのに
互いの心は こんなにも遠く離れている。





一騎は僕の言葉に一瞬 傷ついたように瞳を揺らした。



怯む表情がそこにあるはずだった。
それが僕の予想で、そうあるだろうと望んだ結果。





けれど君は・・・・















「・・どうしてそんなに怯えているの?」









違った。












「な・・・・・に・・・・?」











「大丈夫、おれ、・・・何にもしないよ?
友達になりたいだけなんだ、君と」











何を・・・・




何を言ってるんだ・・・・こい、つ・・・














「−−−−・・僕を馬鹿にしてるのか?
だから人間は嫌いだ・・・・!!!」





怯むな。





こいつの口車に乗ったらおしまいだ。




あの人は今、どうかしちゃってるんだ。
こんな奴に絆されちゃ駄目だ。






「・・・?君だって人間じゃないか。おれと同じ、でしょ・・?」








「ーーーー・・・・ち、違うッ・・・・!!!
僕は人間だけど・・・・・、おまえとは違うんだっ・・・」





恵まれてる奴がそんなこと口にするな。
お前に何が解かるんだ。





「どう違うの・・?おれには同じに見えるよ。
ーーーーー君はおれと同じだ」






「〜〜〜〜〜・・・、違う!!!」





こいつ、馬鹿だ。
僕がどういう状況にいるかもしらないで、
平気でそんなこと口にするんだ。








「ほら、同じだよ」





そう言って、するりと伸びた小さな手のひらが
信じられないほど優しくて。



柔らかく、触れる。
残る、感触。


指先がほっとするくらい滑らかに 頬へと
接触する。







ヒタッ、と触れた その温もりが








「だって君・・・温かいよ?おれと一緒だ」











ずっと、忘れられなくて。









初めて知った、あの人以外の温もりが




こんなに優しいものだなんて 思いもよらなかった・・。















「ーーーーーーーーー・・・・っ、」














気付けば、目の前が滲んでいた。








栗色の双眸が微かに歪む。











理不尽な環境に身を置いて、惨めで、心細くて
暗闇をこんなに怖いと思ったことはなかった。







生まれて初めて、僕は泣き言を口にした。









「怖い・・・・・・」








どんなに虚勢を張っても、どんなに自分から目を背けても
追いかけてくるのは深い闇で。




どうにもならない事があるんだと
知ることが一番怖かった。










あたたかい、その手のひらに
知らない間に縋っている 自分を知られたくなくて、



僕は身を竦める。





すると君は、そんな僕に応えた。








「大丈夫・・・怖くないよ」






呪文のように、何度も君は繰り返す。







「怖くない・・・怖くない・・・・」






「お、・・・・・・おいーーーー何、言って・・・」





自分の醜態を見られた恥ずかしさが ひしひしと
身体の奥から沸いてくる。


これ以上そんな自分を曝したくはないのに。




動揺する声に呼応するかのような、君の声は
どこまでも澄んだ色を奏でていた。








「だって君、一人じゃないから。
おれ・・・また会いに来るよ」






友達になりきれていない関係だというのに。



平気でそんな事を口にしてしまえる目の前の
温かな存在が、一瞬光のように眩しくみえた。




だけど僕は やっぱり人間は嫌いで、素直になれないから。






「会いに来る必要なんてない。・・会う理由なんて、ないだろ。
・・・僕はお前を・・友達、だなんて思ってないんだからな・・・!」




酷く突き放した言葉を放り投げた気がする。
でも、どうすればいいかわからなかったんだ。



あの人以外の人間を認めるのが嫌だった。







「おれにはあるよ、・・君に会う理由」




きょとんと目を丸くして、栗色の双眸が光に揺れる。




透き通った色をした瞳があまりに鮮やかで、どきり、とした。








「・・・・な、なんだそれ・・」









「だって、君の瞳、とっても綺麗だから・・・」










「・・・・・・・・え?」












「月明かりの色に似てる、優しい銀色だ」














「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


















・・・・・・そんなこと、今まで言われたこと、なくて。














「また会いたいって想うよ。綺麗な銀色の瞳に・・」









ふわっと、笑う 柔らかな甘い表情。






今まで、向けられた事のない、微笑み。










「また会いに来るね?総士」








「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」












他とは明らかに違う、その眼差し。











「あ!あの人にも会いたいから、
おれ、二人に会いに来るね・・・!!」
















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・好きにしろ」










頑なな心が、砕かれた気がした。








冷たかった心の芯に、赤みが差すようだ。











「うん、ありがとう!」






手の届く距離にいる 外の世界の住人。
光の下で間違いなく生きている、人間。






思わず、手を伸ばしてしまった。





無意識に 彷徨った想いが 動作となって
外の世界に憧れた。


自由を掴みたくて、目の前の温かい存在が
本当にいるのか知りたくて・・・・虚像ではなく、実体なのか
不安で仕方なかった。





自分の空想?夢見事?
これが希望?願い・・・・?



都合よすぎるこの存在があまりに眩しく、優しすぎるから。



















『総士・・・ここを覗いてご覧?
僕の光が見えるよ』

















・・・・・彼は、あの人の、光。










僕にとっては・・・・・なに?












空を彷徨う指先が求めた、モノは。







その指先を、掴んでくれた 確かな存在はーーーーー・・。















「総士・・・?どうしたの・・・?」
















君だった。













彷徨う指先を掬い取り、優しく握り締めてくれた体温。
初めて本当の温もりをくれる存在を知った、あの瞬間から・・・




ずっと


















僕は闇を懼れ、














光を愛し続けているんだ。






















途方もないというのに。


















































”愛してる”だけじゃ、・・・満たされないというのに。



























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青井聖梨です、こんにちは!!
ここまで読んで下さった方、どうもありがとうございました。
いかがでしたか?

少し複雑な背景が見え隠れしておりますが、
大丈夫でしょうか??訳が分からないという人は
管理人に言って下さいね!!個人的に説明しますから(笑)

今回の話で、断片的ではありますが 総士の過去が明らかに
なってきています。これから少しずつ、織り交ぜていく過去に
全ての秘密が集約されておりますので、楽しみにして戴けると幸いです。

それではこの辺で失礼致します。
次回も是非、読んで下さることを祈って。

青井聖梨 2007・5・27