あなたは、誰?


















Dear、ファントム〜第六章『光に浮かぶ追跡者』〜






















ぼんやりと浮かぶ、金色の月に導かれるように
瞳は空へ意識を彷徨わせた。

半分しかない、月の形。辺りは真っ白な空間で、何もない。
しかし視線を移し、目の前を見ると人影らしきものが見える。
差し伸べられた手。触れられるか解からない、透明な手、存在。

恐る恐る指先を合わせる。
触れた、その瞬間ーーーーーーーーーーーー。



辺りは白から黒へ変化し、闇が目深に広がった。
空に浮かぶ半月はそのままの場所に留まっている。
目を瞠って、目の前の出来事に注視する。


いきなり強大な壁が聳え立ち、その触れた存在と自分を別った。


壁の下は隙間が本の数センチ開いている。




それを理解したと同時に、また透明な存在が隙間から顔を出した。
手だけ、その間から出てくる。・・もう一度、恐る恐る触れてみる。
その存在が優しいモノだと、理解できた。


不思議と、落ち着くのだ。触れていると。



まるで包み込んでくれるような 見守ってくれるような
豊かなぬくもりらしき 灯火が微かに見えた。
透明な存在なのに、不思議と温かさを感じる。


身体を屈ませて、数センチの隙間を覗き込んでみる。
その向こうに誰がいるのか知りたかった。
こんなに優しいぬくもりを持つ人に会ってみたかった。


差し伸べられた手を、強く握り締め、その存在に語りかけてみる。




「あなたは・・・・誰?」




月明りに照らされて、曖昧に見える 透明な存在。
人のかたちをした、その存在。


色彩は薄れ、居る事しかわからない。
けれど確かに 存在の強さは滲み出ている。






もう一度、呼びかけてみる。






「どうか、名前を・・・名前を教えてください」






期待とは裏腹に 絶望的な不安が闇に溶けている気がした。
全てを無に還してしまえるほどの 恐怖がここにはある。
絶対的な悲しみが蠢いている。そんな想いに終始駆られた。


声が上擦り、言葉が上手く紡げない。
けれど伝えることを諦めてしまえば、それっきりになる気がして
言わずにはいられなかったのだ。




一騎の一心に透き通った眼差しを察した壁の向こうにある存在は
こちらをしきりに感じながら、一言短く こう応えた。






「・・・・私はファントム。君との約束を、守りに来たよ」





酷く、懐かしい声。
慈しみに溢れている音色に聴こえた。







「・・−−−−ファン、トム・・・・」






あの、竜宮ホールに出る?ファントム・・・?
劇場を守り、演劇を愛する者を守る、ファントム・・・・?








「あ、・・・・・あなたが・・あの、ファントム
・・・・なんですか?」




上擦る声は変わらずに、一騎は尚も、その透明な存在と会話を続ける。
確かめたくて。その人が、そこにいるのを、確かめたくて。






「ーーーーいいや、違うよ。君が云う、ファントムは・・私ではない。
それはもう一人のファントム」




「もう、・・・ひとりの・・・・?」





ファントムは、二人いる・・・・のか?









「もう一人のファントムは、君としたもう一つの約束を
守ってくれたんだ・・・・・・・」







「やく、そく・・・・・・・・・・?」





なんのことだろう?






おれが約束?−−−−誰と?何時、そんなことをしたんだ。
・・・・・・・・思い出せない。・・・というか、覚えてない。
記憶力は良い方なのにーーーーー。






「そう。・・・・・・・約束。でも今は、想い出さなくていい。
時の流れに、すべてを委ねるしか・・・・・ない」





キュッ、ときつく握り締められた指先がジン、と熱くなるのがわかった。
必死で何かを伝えようとする手。伝わればいいと、思った。





「近いうちに君の前に現れるはずだ。
・・・光を受けて、流れに潜む追跡者が・・全ての闇を暴きに来るだろう」





頑なな口調が声音に交じる。
緊張するような、厳格な響き。握られた手が、不意に汗ばむ。
自分も硬直しているのがわかった。


何に?真実に?それとも、その先の未来に・・?




「闇を・・・・・暴く・・・・・・?」







「−−−−だけど、間違えないで 一騎」








えっ・・・・?




唐突に名前を呼ばれた。名乗ってはいないのに、
この人は自分を知っている。

暖かな声と、懐かしい声音。どこか、優しい色をした手。
出逢った事が ある気がする 透明な そのひと。
声のトーンからいって、男性であると推測される。
ファントム、と自分を名乗るーーーー見知ったような かたち。




一騎は気が遠くなるほど 茫漠とした意識を必死に
その人へと傾けた。なにか・・・大切なものをこの人は掴んでいる。
これから起きることへの、予兆。そして、憶測。





「流れどおりに流されることは・・必ずしも正しいとは限らないことを」









「・・・・・・・・・・・・・え」










「流れに逆らってでも・・君自身が大切だと想うモノがあるのなら、
決して放してはいけないよーーーー?」









「ファン、トム・・・・?」








云っていることがどういうことを示しているのか、
何が自分に降りかかり、どういう結末を迎えるのか。
すべてを見透かす存在は それだけ強く自分に訴えかけてくる。


戸惑う一騎の視線に気づいた うす暗闇の向こうに潜む存在は
壁から覗いた手をやんわりと解くと、今度は一騎の黒髪へと指を伸ばした。








「どうか救ってやってくれないか・・・?私の光」





静かな声が、無機質な闇に大きく震えて、木霊した。
まるで縋るような指先は、小さな灯火の欠片みたいに 弱弱しく、焔を揺らした。
哀しいまでの、壮絶な 光を称えるように。
唯一の希望へと、懇願したのだ。






「もう一人のファントムには・・・私がもう、見えない。傍にいるのに、
何もしてやれないんだーーーーーーー・・ずっと、・・あのときからずっと・・」





「え、・・・・・・・・・・・・・・・・・?」






「彼は苦しんでいる・・・・、ずっと独りで、苦しんでいる・・・・・」







今にも泣き出しそうな、心細い声だった。
優しい慈愛に満ちた声が、こうも変わるとは一騎自身想像していなかった。
指先が、僅かに震えている。





「幸せになることも置き去りにして・・・・私の幻影をただ哀しいくらいに見つめて、
己をジワジワと切り刻んでいく。・・・・・・・・・・なんと哀れな、優しい存在だろう。
繊細で儚い、彼の想いを・・・私は何よりも愛するよ」







もう一人のファントムに対する痛切な、この人の想い。
それを本人に伝える術がない、とどうやら この人は言っている。
そうして、その伝達は一騎には可能なのだと同時に示しているのである。




満ち溢れる想いが目の前で零れ落ちていく様を、
確かに一騎は見たのだった。



”このファントム”は愛情と悲しみに身を焼き尽くしているようだ。
一騎に触れる指先の震えは、未だ止まらずそこに在る。


この人のために、・・・・何が出来るだろう?
いつの間にか、そう考え始める自分がいる一騎だった。





「私のたった一つの宝物を・・・・どうか、君に托すことを赦して欲しい。
君が放つ光で、彼を導いてやってくれ・・・・・・・・・、」




髪に触れていた指先が けぶるように、熱さを篭める。





「どうか・・・・抱きしめてやってくれ・・・・・・・」




もう それすら叶わない、私の代わりに。











「脆い、彼が・・・・・・・・・・・・・心折れる その前に」















もっと沢山、話がしたかった。
もっといっぱい 教えてあげたかった。





小さな あの手を 握り締めてあげたかった。





叶わない、叶わない。
それすら、叶わないけれど。







いつだったか、お前は木造のテーブルに
拳をあげて、泣き喚いたことがあったね。





正しいことを正しいといえる、その強さ。
純粋に 感情を一転の曇りもなく注ぎ込める その気高さ。


オレはあの時、素直に感動を覚えたんだ。



こんな蔑まれた状況下の中、衰弱しきった身体で
それでも抗う眩しさを 失わなかったお前に


誇りと、淡い希望を見たんだよ。





だから、そんなお前が・・涙するのが痛かった。
余計に辛くて、悲しかった。





その手は、叩きつけるのではなく 
愛しい誰かを包みこむことが出来る 素晴らしい手なんだと
そんなお前に知ってほしかったんだ。








総士・・・・総士、・・・







オレの声は、もうお前に 聴こえない。






聴こえないけれど・・・・











会いたくて、



                   逢いたくて・・・・・





ただ遇いたいと想ったなら            







魂だけは、お前の元に戻ると信じたから







オレはこうして、此処に存在できるんだ。










振り向いて、立ち止まって 大きく息を吐いてご覧?
見えなくたっていい。覚えてくれなくていい。




忘れてくれて、構わない。





優しいお前が苦しむのなら、いっそ全て無に還したい。





だけどもし、僅かに感じることが叶うなら。
どうか もう一度、その声で オレのことを呼んでおくれ。













『         』





















愛しているよ、総士。













































翌朝、目が覚めたおれの瞳には、
止め処ない涙が溢れていた。





溢れて止まらなかった。
ファントムが、もう一人のファントムを
どれほど愛していたのか。



痛切に感情ばかりが流れ込んできて、
大切な人の名前を聴いた気がしたけれど、起きた瞬間には
もう思い出せなくなっていた。






でも、確かに残る、気持ちの欠片。
おれの中に焼きついた、大きな壁と、伸ばされた手。






おれはそのとき、決心したんだ。





おれしか出来ないこと。
その人に伝えなければならないこと。




















ねぇ、ファントム。








あなたが云う、もう一人のファントムを・・おれ

















探してみるよ。





















+++























夏のうだる様な暑さが終息に向かうのは、何時のことか。
そう思えるほど、アスファルトを焦がす熱気と陽射しが殺人的破壊力
を伴って、彼らの体躯に終始こびり付いていた。







「水分・・・・よく摂れよ?じゃないと倒れる」




そう言って一歩前を進む、一騎より大きな身体は 一騎にわざと
自分の影を歩かせるように仕向けていた。

影を歩かせるなんて、少し過保護すぎやしないか?
そんなことを意識の彼方で考えるも、無駄な消耗を抑えたくて
思考を置き去りに、一騎はいいなりになっていた。


日傘、帽子、日焼け止め。
男がこの中で出来るとしたら二つ。帽子と日焼け止め。
だけど日焼け止めを買うのに少し抵抗があったため、つけていない。
次に帽子。被った途端、言い知れぬ暑さが頭を覆って、沸騰しそうだったので
これも却下。日の光に己の全てを晒す羽目になってしまった。


そんなときに、目の前の人物が登場した。


演劇部の竜宮ホールでの公演が決まり、準備に追われる夏休み中盤。
あまりに劇の方へと意識を傾けてしまったために、夏休み前、受けた小テストが
お粗末な結果となって返ってきたのが、準備で学校へ登校した夏休み始めの話だ。

担任の先生としては、仕方のないことで片付けたいらしいが、進学校なため、
補習を行うのが妥当と上の者に判断されてしまったらしい。

あまつさえ、学園の中心人物の片割がこういった結果を招くと、
多大な影響が多気に渡り及ぼされる。


つまりは、贔屓と取られることもしかり、率先して自分が助力を貸すとしゃしゃり
出てくる生徒ありき、心配して根掘り葉掘り 個人情報を求めて教員に口出しする生徒ありき。


とにかく”白の王子”という存在自体が天然記念物領域なのだ。




この白の王子に補習をさせようと決定事項を促した上の者たち。
これがまた厄介で、何度も揉めていた。
自分が教える、教える、と白の王子の補習授業を行いたがって聞かないのだ。


それはある種の好意から来るもの、そして賞賛、自慢、沢山の意図が
含まれた 面倒な補習授業であった。
担任が一番教えるには相応しいものの、担任はその日、部活の合宿へと
赴く予定がついていて、どうにもならなかったのである。

そんな事態を丸く治めることが出来る人物は、この学園に唯一人しかいなかった。








「その補習授業、・・・僕にやらせて下さい」








そう、学園内では云わずと知れた 孤高の存在。
黒の王子、その人である。




彼はテスト前に勉強が苦手な生徒のために、自らが講師となって
≪皆城塾≫を開講し、人気を集めていた。
その教え方は絶大で、赤点を取っていた輩がいつの間にか、平均点を通り越し、
上位成績組みとして貢献している場合が多々あった。

功績、人脈ともに文句なしの黒の王子は、小テストでもちろんのこと、満点を取り、
文句のつけようがない 最高の補習授業講師なのである。



職員室でもめていた騒動を偶然聞いた黒の王子が率先して手を上げれば、
皆黙るしかない。それはもちろん生徒も同様である。
黒と白の王子が仲良く補習授業。なんとも心温まるフレーズ。
そして、教師たちにとっても、争いごとを治める最善な手段に思えた。




そうこうしているうちに、話はまとまり、夏休み中盤
一日丸まるの補習授業、開講日ーーと本日相成った訳だった。






自らの影を作り、日を遮ってくれる幼馴染と渡り廊下で
熱いキスをしたのが夏の始め。丁度小テストを受ける、前。





友達じゃいられないと想った一騎は彼を遠ざけようとした。
だが、彼は一騎の手を放しはしなかった。




それから、掴みも、・・・しなかった。





明確な答えを出すことが出来なかった彼の想いを、
心の片隅で察していた一騎はーーー、前とは違う自分だが
傍に居たいと 妥協ともいえる言葉を彼へ提示したのだ。



幼馴染は、心の奥底で 本当は持っている答えを
素直に外へは出さず、密かに胸に秘め、彼の答えを呑みこんだ。


傍に居たいといった彼と同様、彼も傍に居て欲しい、と願ったのだ。
既に応えに等しい答えだというのに その先を曖昧に濁らせて

二人は以前のように 互いの傍を選んだのであった。




でも。確かに少しだけ、違った、ことがある。



それは・・・















「・・・・・・・・・・・・総士、聞いたぞ」









「・・・・なんだ?」










不意に、潮風が肩越しに触れた気がした。
近くで騒がしく鳴く蝉に紛れて届いた声は、驚くほど 静かに響いた。



立ち止まった幼馴染が 解かり切った表情で、こちらを見つめる。
丁度 木陰の下、二人は木漏れ日が服に降り注ぐ形で歩みを止めた。
互いに無言で見つめあう。


光に透けて、銀色の瞳が一騎の言葉を待つように
大きく、淡く、一度だけ奮えた。





「・・・・・・・・・・・彼女たちと・・・・・、別れたってーー・・・ほんと?」




窺うように、弱弱しく、白の王子らしからぬ眼差しを
瞳の奥に、滲ませて 言葉を選んだ。


目の前の銀色は 静かに、細まり
ゆっくりと息を吐いた。



大人びた表情がそこには在った。






「本当だよ・・・・・。全員と別れた」




明瞭な声でそうきっぱり言い放った声に、
思わず一騎の肩が震える。


強張った顔つきが、張り付いて離れなかった。






「・・・・おれの・・・・・・・せ、い・・・・・だな」





おれが、気持ちを伝えたから。
総士が彼女たちと、付き合いづらい気持ちになってしまった。


ある意味、傍にいたいといいながら
彼を拘束してしまったのだ。自分の一方的すぎる想いで。




俯いた顔は、肩の竦みと似ていて 元気がなかった。
しゅん、と枯れていく花が 椿の花みたいに、花ごと地面に落下するようだ。


一騎の様子に 総士は小さな沈黙と、酷く優しい声音を
暫くして 彼へと贈ったのであった。




「違う。・・・・・これは全部オレが自分で招いた結果だ。
お前は何も悪くない。なにもーーーー・・」



自分の中に微かな厳しさを滲ませて、一心に見つめる瞳。
熱が篭もっている気がした声。

あまりに強い眼差しのため、思わず顔を上げてしまう。
どうしても、その瞳を覗いてみたくて。



すると視線が交じり合う刹那ーーーー、総士が動いた。






「・・・・・ごめんな?・・・・こんなやつで・・・」




男らしい仕草を見せながら、総士は一騎の頬に手を添えて
眩しそうに呟いた。





こういう瞬間に出逢うと、無性に泣きたくなる。









総士が好きで、好きで・・・どうにかなりそうだ。






こんなに温かくて、優しい瞳を独り占めしてしまいたい。





醜い欲望が制する理性を押しのけて、
どうしても前へ前へと進んでしまう。




触れた手が 柔らかく一騎の輪郭をなぞると、
額に掛かる髪を掬い上げ、途端に 彼のぬくもりが
そっ、と柔らかな風と共に降りてきた。





キス。








あ、・・・・・額が、熱い・・。
頬が自然と上気する。






友達として一緒にいるわけじゃない。
でも、恋人とも一緒にいるわけじゃないというのに。






最近の総士は、







こういう特別な触れ合い、をするようになった。











髪や肩、服に降り注ぐ光の合間に 長い琥珀の髪が
透き通るような輝きを 意識の向こうで描いていた。



肩にすっと置かれた総士の手は、前髪を一方でめくり上げる
その指先とは裏腹に 確かな強さを秘めていた。







言葉で伝えることが出来ないから。
決して結ばれてはいけないから。




だけど君を、どうしようもなく 好きで・・
愛していて・・・・・堪らなく、狂おしい。






そんな気持ちが総士の中で消える前に
眼に、声に、唇に、指先に 残る。


そうして、優しく撫でるように 指は動き、
唇は触れ合い、瞳に現れ、声に滲むのだ。




想いの欠片が零れても 抑えることすら
忘れてしまうほどにーーーー溺れているのだ、彼という存在に。









総士は、一歩身を引いて ”行こう”と一言口にした。
再び前を、歩き出す。





微かな触れ合いが あのときから、少しずつ
総士を変えていった。






もしかしたら自分は この人に愛されているのかもしれない。
漠然とそう思う反面、”同情”してくれているのかもしれない。



そう想う自分もいる。




複雑な心境ではあるが、こうして彼の温もりを感じられることが
泣きたいくらい嬉しいことで、涙を零さないように歩くので必死だった。









夏は半ば、二人で沢山色んなところへ行きたいけれど
そんなことは建前で、ただ傍にいたかった。
傍にいれれば それだけで幸せだった。






夏の終わりには、自分は公演が控えている。
憧れの竜宮ホールでの公演。



あの舞台に立つと、いつも緊張する。
しかし何処か安心もできる。



だれかが、見守ってくれているようで。





いや。見守っていてくれるんだ、実際。
地下に住んでいるのではないか、と噂のーーーその人。








夢で見た、ファントムが大切に想っている、もう一人のファントム。







夢だと割り切ればいいものを、バカみたいに自分は
伝えようと心に決めてしまった。



だってあまりにも 触れた指先が温かいから。





どこか、懐かしいから。







きっと、夢だけど・・幻ではないんだと感じた。













あのファントムに、会って・・・彼の気持ちを伝えよう。
まだ直接会ったことはないけれど。
竜宮ホールで公演してれば いつか必ず逢えるはず。


出来れば早い方がいい。
今度の夏の終わりに開催される、この公演はおれにとってはチャンスなんだ。
見逃してはいけない。どうにかして、彼に会わなくちゃ。



でもどうやって・・・・?





一人じゃ、心もとない。
なら、二人で頑張ればいいじゃないか。





総士にお願いしてみよう。







ファントムと話がしたいから、協力して欲しいって。









劇を観にきてくれるって前々から言ってくれてたし、
丁度いい またとない好機なんだ。
どうにか掴まなきゃ。






考えながら、歩いていた一騎の前を歩く存在は
急に立ち止まり こちらへと振り返った。



吃驚した一騎は、ふと声を漏らし その存在へと意識を合わせる。






「どうしたんだ・・・総士・・・?」








すると総士は僅かに声を潜めて、こういった。









「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰かに、つけられてる」








はっ、とした眼が即座に背後から感じられた。





確かに。
僅かだが、人の気配を感じる。







ぼーっと考え事をしていて、本来なら一番に自分が
気づきそうな出来事を ついつい見逃してしまった。


一騎は身構えるように身体を整え、勢いよく振り向いた。




遠くの電信柱に もぞもぞ、と動く人影がひとつ、見える。






総士は一騎より前に身を乗り出すと 自分の身体で
一騎の存在を隠すように身構えた。




唐突に庇われた体躯は 成すがまま、大きな存在に隠れ、
そのスラリとした背に、胸を寄せる形へと体勢が変化したのだった。



こんなとき、一騎は想う。




自分はこの人に、・・・守られていると。








「・・・・・・・・・・・・・出て来いよ、そこにいるのは解かっているんだ」







強い口調でそういえば、ゆらり、と黒い人影が大きく揺れて
光の下に姿をゆっくりと現した。







「え・・・・・・・」







思わず、声をあげてしまう。




予想に反した様相で、そこに佇んでいたからだ。















「ごめんなさい・・・・・、学校行くのに道がわからなくて・・・その、
竜宮学園の生徒さん、でしょう・・・?その制服ってーー・・」





言いづらそうに、声を遠慮がちに響かせる少女が一人。
肩には通学カバン、手にはカメラ、そして地図。
身を竦めるように 瞳を彷徨わせる深い黒茶。
赤茶色の肩にかかりそうな髪が風に可愛らしく揺れて、靡いていた。

真新しい学園の制服を繕っているあたり、
もしかしたら転校生なのかもしれない。
もちろん、今は夏休みだから・・事前の学校見学、もしくは
新学期からの転入手続きに来た類であろうことは明白である。

だが、念のため、聞いてみる。











「君は・・・・・?」




少し警戒した声で そう呼びかければ、彼女はピシっ、と
綺麗に立って はにかむように微笑んだ。
その声は可愛らしい反面、女性特有の強さと柔らかさが溶け合っていた。













「はじめまして!!私、慶樹島中学から転校してきた三年、
遠見真矢です!どうぞ宜しくね!!!」













光の下に立つ、明るく元気な普通の女の子のようだった。





だけど不思議と掴みどころのない、雰囲気を纏う
学園に転校してきたこの子が、まさか・・











おれの夢の中に出てきたファントムがいっていた、










『近いうちに君の前に現れるはずだ。
・・・光を受けて、流れに潜む追跡者が・・全ての闇を暴きに来るだろう』













”光を受けて、流れに潜む追跡者”
であろうとは、知る由もなかった。



































そう、おれは何も知らなかったんだ。









































このときまでは。

























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こんにちは!!!青井聖梨です。
ここまで読んで下さって嬉しいです。
どうもありがとうございました〜。


というわけで、今回のお話で また少しずつ謎が解けていく
感じ・・・に動いたと思われます。
ついに最終カードを同時に出してしまった、という気分です。

嵐の前の静けさに似たお話なんで 宜しければ
今後の嵐の方も読んでやって下さいませ。それではこの辺で!!


2007・9・21・青井聖梨