零れていく 支えきれない

何度も繰り返したのに





言葉にしたら 震えるように擦り切れた






































Dear、ファントム〜第九章『光は永久に輝き続ける』〜



































伝えたいこと、伝えなければならないことは
いつだって沢山あって 胸の奥で燻り続けていたんだ。

実際、形にしようとは思わなかった。
だって、真実はあまりに残酷で 君の心を酷く傷つけるものだったから。
僕はわかってて、・・知っててしらないフリをし続けていた。
君を傷つける元凶なのは僕なのだと自分自身で認められる勇気が
まだなかったから。真実から目を背けていた。

恐怖とか、傲慢さとか・・自分の中にある負の感情、
醜く汚れきった部分を大好きな君に曝すことなんて
出来るわけがない。全ては君を手に入れようとした
過去の浅はかな僕が引き起こした事実なのだ。



僕は、厳罰を受けなければならない。



そして、君に、・・・・すべてを知ってもらうことで
厳罰は初めて執行されるんだ。





一騎、お前が選べ。
僕の命綱は、お前に托した。







お前が正しいと思うことをしてくれ。
そして、もし。







もし・・・こんな僕にでも情状酌量の余地が
残されているというのなら・・・・そのときは。













そのときは 君を、


















僕の過去も、未来も、全て捨てて 君を
守るだけでなく













愛し抜くと約束するよ。















+++





















僕より先に、出逢った 二人は
暗闇の中、二人一緒に 恋に落ちていったね。



僕はただ、そんな二人を傍観するだけだった。



見えない檻に 閉じ込められて
あの人の光に、恋をしたんだ。


そして 自分の欲望に耐えられず
二人を引き剥がしたんだ。



それは裏切り。
二人の絆への冒涜。

醜く汚れきった そんな自分に、一騎から聞いた夢の中の貴方は
なんて優しい言葉を 僕にかけてくれるのだろう。
最初に聞いたとき、そう思った。



まるで、最初から何もなかったかのように・・・貴方の言葉は











僕を、赦すように包み込んでくれたんだ。







だからきっと、僕は 今・・・
一騎に真実を伝えられる 勇気を胸に宿すことが出来たんだと思う。
本当は 一生伝えずにいた事実だというのに。
貴方もそれを望んでいないと、考えていた。黙って一騎の傍にいて
あいつを守っていれば、それでいい、と・・。




でも もう駄目なんだ。
貴方の優しい言葉を知ってしまったから駄目なんだ。
一騎の愛情を心で受けてしまったから駄目なんだ。






僕自身がもう、壊れてしまうから駄目なんだ。











ありがとう。
そして、











ごめんなさい・・・・・・・



『       』



































「・・・・・・・・何から・・・・・話したらいいんだろうな・・」





自嘲気味な声が、自室内に広がりを見せていた。


僕が落とした言葉に 君は、何も反応を示さず、じっと
ただ沈黙を守っていた。

僕は抱きついていた君の腕を優しく解いて 膝へ元に戻すと
君をソファーにそっと座らせ、自らは少し距離を置くように
テーブル付近から離れた。 壁際に在るベッドへと腰を下ろし、
一騎を正面から見つめる。

ソファーとテーブルはベッドから真正面の位置に配置されていて
よく見える。一騎は僕に見つめられていることを理解しているようで
俯き加減の顔を上げ、僕を正面から見据えたのだった。
すくり、と力強く 彼は立ち上がる。

神々しいまでに背後で光を放つ君の凛とした姿に瞬間、見惚れる。
その栗色の双眸は緩やかな清浄を湛えて 僕を瞳の中へと閉じ込める。

何をいわれても、美しいまま そこに存在する君が
眩しくて ・・僕から視線を逸らさざるを得なかった。




君は、こんなにも 綺麗で、真っ直ぐだ。
僕は そんな君に、どんな風に映るだろう・・・。



意識の果てで、ぼんやりと そう思う。
君は相変わらず 黙って・・そしてゆっくりと、僕が居る方へ
足を進めた。距離が、再び縮む。僕と君の距離。
なくなる前に、伝えたいことが沢山在った。悔いの残らないようにと。








「何が聴きたい?・・・・・何でも答えるよ」





自分の弱弱しい声が辺りに響く。
静寂の影が落ち、周囲の物音すら呑み込んで行く。
一騎が近づく度に 背筋から汗が流れ落ちるのがわかった。
制服越しにわかる、自分の滲む汗。動揺と緊張がそうさせていることは明らかだ。



黒く艶やかな髪を颯爽と靡かせ、君は近づく。
水色のワイシャツから覗く珠の肌が恋しい。
エンジ色のネクタイがゆらゆら、と揺れ サマーセーターの白より
華麗に映えた。暦の上では秋だというのに、まだ残暑は続き、長袖を
着る者は早々居なかった。僕らもまた、しかりでそういった部類に入った。
互いにまだ夏使用の制服のまま 佇んでいたのだった。



低く、でも優しく紡いだ言葉に、目の前に来た彼は
漸く重い口を開く。その瞳は淡い揺れを含んでいた。









「・・・・・・・・いつだって、本当におれが訊きたかった事は ひとつだけ、だよ・・」








「ーーーーーーえ・・?」






意外な言葉が返ってくる。
殊勝な一騎の声が胸の奥にじんわりと響いて
感情を昂ぶらせていくのがわかった。

どくん、と心臓の動悸が高まる刹那、不意に 君は笑う。





直向な色をして、ふわり、と僕に・・・笑いかける。
眩しそうに、瞳を揺らして。













「おれは・・・・総士が好き。
・・・・・・・・・・総士は・・・・、おれの事・・・・・好き?」





















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」















例えば、君以外の人だったら、僕にどんなことを聴くだろう?
なんて、考える。





今までファントムだったことを隠してた理由を聞くかもしれない。
普通だったらまず、嘘を吐かれたと怒るかもしれない。
ファントムを殺した、なんて言葉 そもそも信じないかもしれない。
疑われるかもしれない、冗談だと聞き流されることだってある。
冗談にして欲しいと笑い飛ばすかもしれない。
畏怖の念に駆られ、不気味だとか・・恐怖で 顔が強張るかもしれない。


色んな反応があるはずなのに、君はその中の どれでもなく。
ーーー・・・僕の言葉に臆する事無く、もっと別の何かを求めていたんだ。



僕は君に、なんて答えればいいのだろう?




ある程度用意していた言葉たちが 逃げていく。
頭の中を真っ白にして、心の中を空っぽにしていく。
駄目だ、こんなの・・・。ちゃんと・・・・ちゃんと君に言わなければ。
自分がどういう人間なのか、・・・知ってもらわなければ・・・。





紡ごうとした言葉の欠片が 空に零れ落ちた。
拙い、どこかぎこちない・・でも君に 言わなければならないことだ。
傷つくかもしれない君を、放ってはおけない。







「・・・・・・・隠してた、なんて 少し聴こえがいいかもしれない」





目の前に佇む君を見上げた。
君は やっぱり笑っていて・・・・瞳を細めて 僕を見つめていた。
なにか云いたそうで、でも云えない様な様子にみえた。
僕は、そんな君に構わず、続ける。





「でも実際は騙してたんだ、お前を。・・・ずっと」



ぎゅっ、と膝の上に置いていた手に力が籠り、拳が作られる。
自分で自分を貶めているーーーそんな感覚に近かった。




「今も、これからも・・・・きっとそうなる。人を、殺したんだ。
・・・・・・・・・・・・・・お前の目の前にいるのは
嘘で出来ている汚れた生き物だ。・・・最早、人間とは呼べない」






そう・・・住む世界が違う。
君と僕とじゃ、あまりにも違う。何もかも、違いすぎる。


赦しを乞うのではなく、赦されない事を乞う。
そう在りたい。せめて、あの人のために・・そんな自分で居たい。
急に 駆られた想いが 頭を擡げて沸々と怒涛のように湧き上がる。
・・最後の勇気が胸で燻る。


栗色の双眸を見上げ、僕は見えない願いを瞳に表した。
君はそれを察したようで 途端に悲しい声を出した。
表情は どこか暗い。先ほどまで笑っていた人とは思えないほど
悲哀に満ちた、表情をしたのだ。






「どうして・・・・・そんな風に、自分を傷つけたりするんだ・・・?」






高めの透き通った声は、雨に濡れた花みたいに 
元気のない、静かな悲しみを湛えた声音をしていた。

ビクッ、と体が瞬時に強張る。
そんな言葉・・・・・言わないでほしい。
また、感情が揺れてしまう。





「・・・・違う、事実だから云うんだ。・・・僕はお前にまだ、言えないことや
本当は云わなきゃならないことを言っていない。ずっと騙してる。・・この先も、
きっとそうなる。−−−お前が苦しむことになる、のに・・僕はお前を助けてやれない。
だって、僕がお前を苦しめるーーー、一番の元凶なんだ・・・・!」






そうだ。本当の、真実に・・・・辿り着いてしまった。
考えないようにしていたこと。





君を守るという名目で、生き続けていた自分。
でも本当は・・君を一番傷つける元凶が自分だったということ。


守る、以前に・・・資格がないのだ。
自分が彼の脅威だということを
自覚するべきだった。






なのに、未練がましく まだ・・・生き延びている。




全てをやり直せたらいいのに。
君とあんな出逢い方じゃなく、もっと明るい場所で出逢いたかった。

あの人と、正々堂々と君を奪い合いたかった。
人としての暮らしを育みたかった。


どこで間違ったのだろう。
どうして僕だったのだろう。どうして君だったのだろう。



すべて、覆い隠せたらよかった。
見えなくなるまで いっそ、背ければよかった。
恋心なんて・・・・知らなければよかったのに。



意識が、闇に落ちる。
残光がまだ記憶の片隅に残る。

彼の言葉、あの人の残像が 映像みたいに
意識の奥で散りばめられて スライドをみているようだ。


大きくうな垂れ、視界を遮った僕の両手に
優しく触れる、温もりがひとつ。





そっと、温もりへと 視線を向ける。
君が、いた。









「いいよ・・・?」






「ーーーーーーーーえ?」





君の甘い、声が耳に語りかける。




「それでもいい・・・」










「な、・・・・にを」







言ってるんだ






一騎・・・・・











「隠しててもいい。・・騙されても、裏切られても・・・・・傷つけられても、いいよ。
お前がファントムで・・人を殺してしまったことがあって・・・今までの総士が
全部嘘だったとしても・・・・・・・・・・」











きゅっ、と確かに握り締められた両手。
懐かしい温もりが、僕に移る。
膝をついて 君が僕の銀色を覗く。
瞳は 眩しそうに僕を見つめ、澄んだ決意を滲ませていた。













「それでも総士が・・・好きだから」












ひっそりと、雨にうたれていた花が 笑う。














「・・勉強教えてくれたり、・・熱を出したら看病してくれたり・・
変な人に絡まれたら助けてくれたり・・・いつも、心配してくれて・・・
気にかけてくれる総士・・・・・全部、総士にとっては嘘かもしれないけど・・
おれにとっては全部本当の総士だよ・・・・」








僕は その花に恋をして、手を伸ばし、摘んでしまう
愚かな存在。









「総士・・・、総士はおれと同じだよ?」









愚かな・・・存在だった。
でも君は、そうは言わない。







花も、その手に摘まれることを
望んでいたのだと、言うのだ。











温かい温もりが、僕の手だけでなく 頬に、触れる。
顔の輪郭をなぞるみたいに 滑らかに這う指が優しい。









「同じ人間だ。・・・だから、汚れた生き物、 
なんて言い方・・・・しないで欲しい」










「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」













「おれが好きになった人を・・・・これ以上傷つけないで」























































 『・・・?君だって人間じゃないか。おれと同じ、でしょ・・?』








『ーーーー・・・・ち、違うッ・・・・!!!
僕は人間だけど・・・・・、おまえとは違うんだっ・・・』








『どう違うの・・?おれには同じに見えるよ。
ーーーーー君はおれと同じだ』








『〜〜〜〜〜・・・、違う!!!』






『ほら、同じだよ』









そういって、 優しく頬に触れた 幼い日の君の指先を
忘れたことはない。







あのとき 初めて知った 自分とあの人以外の体温。
優しい温もり。








あのぬくもりに、支えられて 僕は生き続けていた。
地下から地上へ這い上がる 力をもらったんだ。












『だって君・・・温かいよ?おれと一緒だ』

















みすぼらしい身なりの僕に はっきりと
あの日の一騎はそういった。







自分達は同じ、人間だと。








ぬくもりを共有して、初めて あの日の僕は
理解したのだ。自分の中に芽生えた恋心に。









あの日の残光は、まだ君との想い出を照らし続けている。
途絶えることのない、光に 僕は今も照らされているんだと思った。



















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かず・・・・き・・・・、」









か細い声が零れる。
必死になって搾り出した声は 頼りなく辺りを彷徨って
君に届いた。





頬を撫でる、君の手が止まる。









「うん・・・・?」







いつの間にか 君の手が濡れていることに、気づく。






僕は泣いている。








・・・・君の綺麗な手を、濡らしてしまっているのだと知る。











視界がぼやける。
滲んだ瞳の向こうに、眩しそうに小さく笑う 花がいる。
その声は、優しく  僕を包み込んで離さない。
















「気の利いたこと・・・・あまり言ってやれないかもしれない・・・」







「・・・・・うん」








「お前を沢山傷つけるかもしれない・・・・・・・」






「うん」









「騙して、裏切って・・・・嘘ばかり吐くかもしれない・・・・・」











「うん・・・・・・」











「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、
それ・・・・でも・・・・・・・・・・・・・っ、・・・・・・・」













「・・うん?」





























「・・・・・・・・・・・−−−−−−それでも・・・・いいか?
こんな・・・・・・・・・・・・・・僕で」




























本当は、ずっと
赦されたくて ・・・たまらなかった。
































「・・・・・・・・・・・・・・いいよ。総士がいい・・・」










































「・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・−−−−」


















「・・・・総士、もう一度だけ・・・・・訊いていい?」
















零れてゆく
















「総士は・・・・・・・・おれのこと、・・・・・好き?」
















「・・・・・・・・・・・・・、っーーーー・・」












支えきれない





















「かず・・・・・・・・き・・・・・・・・・・・・・・・」












何度も繰り返したのに











「オレは・・・・お前、を・・・・・・・・・・・・・・っ、」


















言葉にしたら







































「お前・・・をっ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



































震えるように、擦り切れた。

























「・・・・・・・・愛してる」























































































『総士・・・ここを覗いてご覧?
僕の光が見えるよ』





































貴方の愛した光は









今も輝き続けています












































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青井聖梨です、こんにちは。
いかがだったでしょうか?少しずつ、話を突き詰めていっています。
もうこの連載も九話目になるのですね。・・あ、序章入れると十話かな?早いものです(笑)

具体的な総士の罪についても、そろそろ紐解いていきたいです。
やっと総士と惇(じゅん)の関係が結びつくところまでいきました。・・嬉しいです!
そろそろお話も折り返し地点。過去と現在が交錯する感じになると思いますが
気長に読んで頂けると幸いです。


それでは次回、お会い出来れば光栄です。
失礼しました。  青井聖梨  2008・1・26・