君を失うことを、僕は何よりも恐れていた















どこかで君が笑うから
〜前編〜


                           



















「総士は、怖くないのか?
島を守るために命かけなきゃなんないんだぜ?」


他愛のない会話の中で、剣司が不意に総士へと
そんな疑問をぶつけて来た。

総士は突然ふられた話題についていけず、
”なんだ、急に”と少し不信感を募らせて答えた。


「だってよ〜、島のためとはわかってるけど、やっぱり
怖いじゃん。他の奴だってそう思ってるよ。な、衛?」


「僕は戦闘のときの記憶、殆ど無いから。」


衛はニコッと笑って”何でだろう”と不思議そうに呟いた。
衛の言葉を聞いた途端、総士は深くため息をつく。
戦闘時の衛を思い出したのだろう。
剣司は少し総士が気の毒に思えた。衛の変性意識は
かなり面倒な域であるからだ。

「ま、まぁ・・・なんつーか、衛は置いといて、
総士はどうなんだ・・?命掛けるの、怖くないか?」



「・・・・僕にはパイロット達が居る。怖くは無いさ。」


そう言って、総士は座っていた椅子から立ち上がると
資料を片手に部屋を出ようとした。


「お、おいっ・・どこ行くんだ、総士?」


急に出て行こうとした総士を剣司は呼び止める。
総士は振り向くと、二人に向かって言った。


「僕はこれから資料室にこの資料を片付けてくる。
お前たち二人は、ファフナーの起動点検及び弓子先生に言って
身体の精密検査をしてもらえ。いいな?」


「わかった。・・他の奴は?他の奴等も俺たちと一緒か?
伝えといた方がいいか?」


「あぁ・・・頼む。」



そう言うと、総士は休憩室を後にした。
総士の出て行った後姿を見ながら、剣司は独り言のように呟く。


「パイロットが居るから怖くない・・か。
なんか、総士らしいな。」


「うん、そうだね。」


衛と剣司は 総士の言葉に顔を見合わせて深く頷くのだった。



+++





―――シュンッ・・




資料室の扉が開くのと同時に
目の前に飛び込んでくる、見慣れたその姿。


少し長い黒髪に、華奢な身体。
白い肌に大きな瞳。間違いなくそれは、
ファフナー・マークザインのエースパイロット 真壁一騎だった。
思わぬ所で思わぬ人物に出会って、総士は少なからず驚いた。
気後れしながらも、静寂の中 総士は一騎へと声をかけた。


「・・・なにをしているんだ?」


総士の声にハッ、とした一騎は 
声のする方へと反射的に振り返った。


「あっ・・・、総士・・・。」


少し身体を強張らせ、総士の顔を見るなり
目を逸らした一騎。
総士は自分が瞬間的に拒絶された気がして
訝しげに一騎を見つめた。


「・・一騎?」



「あ、ご、ごめん!ここ、お前使うんだろ?俺、父さんに頼まれた資料
置きに来ただけだから・・もう行くよ。」


一騎は慌てたように そう言うと、資料室を出ようと総士の横を
通り過ぎた。その瞬間ーーーーーー。


ガシッ・・・


一騎は右腕を総士に掴まれた。
ビクッ、と大きく一騎が反応する。


「な・・・・なに・・?」


上目遣いに、か細い声で一騎は総士を見上げてきた。
その瞳は、戸惑いと焦りと不安が混ざり合っているようだ。
そして心なしか頬が少し赤みを帯びているように 総士には見える。


「・・・一騎、僕を避けてるのか・・・?」


少し苛立ったような声色で総士は言葉を紡ぐ。


「え・・・そ、そんなこと、ないよ。腕・・・離せよっーー」


一騎は少し焦った表情で、掴まれた腕を振り払おうと必至だった。
そんな一騎を見て、明らかに自分が避けられているのだと
感じた総士は 原因を聞きだすために 決して掴んだ腕を離そうとしなかった。
段々掴んだ腕に力が加わる。
一騎は”イタッ・・”と軽く呟いた。
総士はやりすぎたと思いながら、 身動ぎする一騎からタイミングよく腕を外すと
今度は両手で一騎の肩を掴んだ。
一騎は総士に正面から見つめられる形になり、再び視線を逸らす。


「どうしたんだ一騎・・?僕が何かしたか・・?」


「し、してないよ・・・!!お前は、何もしてない・・・」


総士に聞かれて、一騎はすぐさま答えを返した。
一騎の不審な行動に訳がわからないといった様子で
総士は”なら一体なんなんだ?”と聞いた。

一騎は諦めたように視線を総士へと向けた。
頬は赤く瞳は潤んで微かに揺れている。
そして、掴んだ肩から伝わる一騎の体温。少し、高い気がした。
一騎は静かに俯く。制服から、艶かしく微かにうなじが顔を出した。
いつもより色気が漂う一騎を目の前にした総士は、自分の身体が
ジワッと熱くなっていくのを感じた。


「一騎・・?」

中々答えようとしない一騎に総士は再度問いかけてみる。
すると、やっと重い口を一騎は開いた。


「今朝から・・・熱、あるんだ・・」


渋々答えた一騎は苦々しい表情で
総士の顔を覗き込んできた。


「なにっーー!?」


思わぬ答えに総士は驚愕する。


「お前、知ったら怒るだろ?だから気づかれないように
避けたんだけど・・・やっぱりダメだった。お前、鋭いよな。」


苦笑しながら一騎は弱々しい声色で答えた。
総士は”当たり前だ”といいながら、一騎の額に手を当てた。


「・・・高いな。 何故僕に言わなかった!こんな状態でお前は
戦闘に出る気なのか?!」


やっぱり怒られた、と困った表情をした一騎は
申し訳なさから、怒る総士の顔が見れなくて思わず俯いてしまう。


「ご、・・ごめん。」


「ごめんじゃないだろう!命をかけて戦っているんだぞ!!
僕がもし、熱があることを知らないまま お前を戦闘に出したりしたら
お前はっ・・・・」



そう言い掛けて、総士は言葉を途中で止めた。
先ほどまで凄い勢いで怒っていた総士が
急に電池が切れたように静まり返った。

何事かと思い、一騎は俯いていた顔をあげて
総士を見つめる。

するとそこには、何かに気づいて驚愕している
総士の凍りついた顔があった。


「そう、し・・?」


一騎は不思議そうに総士を見上げて
名前を呼んでみる。

そのとき。
−−途端に、動き出した総士は いきなり一騎に抱きついてきた。


「ぅわっ・・・!?そ、総士!??」


驚いて、一歩下がった一騎だが何とか抱きついてきた総士を支える。
一方総士は一騎に抱きついたかと思えば、その華奢な身体を
力いっぱい抱きしめた。


「総士っ・・・痛い・・」


一騎はあまりの力強さに少し戸惑いながら、総士の名を呼んだ。
だが、総士は何かに怯えたように一騎の身体を離そうとしない。
熱のある一騎は、考える力も自分の体を支える力も低下しているせいか、
諦めて総士のしたいようにさせるべく、自分の身体も心も総士に預けた。
総士の背中に一騎の腕が自然と回る。総士の心地よい鼓動が聴こえる。
一騎は自分の身体が総士と一体化したような感覚に陥っていった。




「総士・・・。」





総士の体温を感じながら、
一騎は総士の腕の中


静かに瞳を閉じるのだった。


+++






一騎をもし熱がある状態で出撃させていたら・・


そんな事を考えたとき

ふと頭を過ぎった恐ろしい結果。
無残な惨状。 残酷な悲劇。




『総士は、怖くないのか?
島を守るために命かけなきゃなんないんだぜ?』


急に、命を懸けるということが怖くなった。





僕のではない。
一騎のだ。島のために、一騎の命を懸けることが 怖い。




もし失ってしまったら?
どうなるんだ。


一騎はこの世界にひとりだけ。替わりなんていない。
島の防衛のため、一騎の命をかけて もし失ってしまう結果になったら?

僕は・・・僕は。




―――怖い。


失うのが、怖い。





『総士は、怖くないのか?
島を守るために命かけなきゃなんないんだぜ?』



一騎を失うのが怖い。




もう、あんな想いは二度としたくない。
一騎が島を出て行って、一騎が居ないこの島に居るなんて。

正直生きている心地がしなかった。

何をしていても、どこに居ても、思いだすのは一騎のことばかり。
自分がどうにかなってしまいそうだった。

自分が自分で無くなる様な、居なくなっていくような
そんな気がした。


僕らは互いに依存し合っていたからだ。


だから いざ居なくなると、そういうことになる。
互いが欠けるということは
精神を安定させる媒体が無くなる事を意味する。




生きていけない。





とてもじゃないが、耐えられない。


一騎・・お前がいなくなるなんて。













どのくらい、そうしていただろう。
静寂の中、ふたり求め合うように抱きあった。
僕に身体を黙って預けていた一騎が微かに身じろいだ。
僕はハッ、として 腕に入れた力を抜くと 少しだけ一騎と距離をとる。
そして一騎の顔を覗き込んでみた。
すると・・・


「っはぁ・・・はぁ・・」


一騎は苦しそうに、肩で呼吸をしていた。
僕はまさかと思って、自分の額を一騎の額に寄せてみる。


「!!」


案の定僕の勘は当たっていた。
先程とは比べ物にならないほど、熱は上がっている。


「凄い熱だ!!すぐに遠見先生のところへ・・」


僕は焦燥感で胸を焦がしながら、即座に一騎の手を引いて、
資料室を出ようとした。が、そのとき。


急に一騎が僕の手を引き返した。


「一騎?」


僕は不審に思って、一騎の方へと振り返る。
すると一騎は呼吸を乱しながら、困ったように微笑んでいた。


「ここに来る前、医務室・・行って、来たんだ・・。けど・・、誰も、
いな、くてっ・・はぁ・・はぁ・・」


行き絶え絶えに、一騎は必至に言葉を紡いだ。
どうやら遠見先生は医務室に居ないらしい。
僕は”自宅には連絡したのか?”と苦しそうな一騎に聞いてみた。
一騎はコクリ、と深く頷いた。
どうやら一騎の返答からいって、自宅にも居ないらしい。

僕は少し困った。
遠見先生が今どこに居るかわからない。
・・探しにいくしかない。
かといって、高熱の一騎をココにひとりにするわけにもいかない。
一騎の家まで一騎を送りたいところだが、今の一騎では
そんなに歩けない。僕の部屋で寝かして置くのが最良の選択だろう。

僕があれこれ考えていると、一騎が何を思ったか 僕の服の裾を引っ張ってきた。
僕は何かと思い、ふと視線を一騎に落とした。

一騎は不安そうな顔をして、”総士・・”と苦しそうに呟いた。
そんな一騎を見て、僕は一騎に頼られている・・と感じた。
少し・・嬉しくなる。


「一騎、とりあえず僕の部屋に来い。」


僕はそういうと、再び僕より温かい熱を持った一騎の手を引いて
扉付近に足を運んだ。すると一騎は”うん”と素直に答えて、
僕の手を握り返した。



一騎の熱い肌と上気した頬、艶めいた瞳を近くに感じながら、
僕はいつもより色気が増している一騎に 胸を高鳴らせていた。


自分の身体に熱が篭っていくのを、意識の隅で、感じながら・・。



+++






総士は、丸いテーブルの上にコップと水をそっと置いた。
その横では、一騎が一連の動作をじっと眺めながら
ベッドに横たわっている。


「一騎、水を置いておくから水分は頻繁にとれよ?」


「う、ん・・わかった。」


総士は一騎が了承したのを確認すると、薄く微笑んで
部屋を出て行こうとする。
一騎はいきなり出て行こうとする総士に焦ると、咄嗟に声を掛けた。


「そっ・・総士?!」


「ん・・?なんだ?」


総士は身体半分に振り返ると、寝ている一騎へと投げかけた。


「どこ行くんだ・・?」


一騎はまた不安そうに見つめてくる。
総士は苦笑すると、ベッド付近まで寄っていった。


「遠見先生を探しに行くんだよ。・・お前はここで眠っていろ。
何も心配しなくていい。」


そう言って、総士は横たわる一騎の柔らかい黒髪をそっと撫でた。
しかし一騎は総士の言葉を聞いても尚、表情を曇らせたままだ。


「一騎・・?」


一騎のそんな様子を不思議に感じた総士は、問い返してみる。
一騎は苦しそうに息をしながら、なにかを言おうとして躊躇しているようだった。


「なんだ・・?」


総士はもう一度聞いてみる。出来るだけ、優しい声色で。
すると、意を決したように一騎が言葉を紡ぎ始めた。


「居てよ・・」


「えっ?」


小声だったせいで、聞き取りづらかった。


「ここに・・居てよ。俺の、そばに・・居てよ・・・総士っ・・」


上気した頬。薄っすらと潤んだ栗色の瞳が微かに揺れる。
不意に、総士の腕をギュッと掴んで 離さない。

目の前の幼馴染の甘えた仕草と行動に、総士は大きく目を瞠った。
普段の一騎なら絶対に人を頼るようなことをしない。
しかし今は熱のせいか、必要以上に総士を頼り、甘えてくる。心細いのだろう。
総士は今目の前で自分に縋ってくる可愛い幼馴染に 軽い眩暈を覚えた。
そのあまりにも純真な瞳と、身にまとう色香に。


「・・・すぐ戻るから。・・・・何かあれば、電話しろ。
CDCに直通で繋がるようにココの電話は改造されているから。」


総士は眩暈を覚えながらも、一騎がこんな風にいってくるのは
熱のせいだと充分心得ていた。
嬉しいお願いではあるが、こんなことをいってしまえるほど一騎の熱が
高いという事を明確に表している。

今は一騎の身体を最優先に考えるのが妥当だ。
そう考えた総士は、可愛いお願いをしてくる一騎を宥めるのだった。


すると拗ねたように、一騎がひとこと呟いた。

「・・ばか・・」


「え・・?」


一騎の思わぬ発言に、総士はきょとんと目を丸くした。


「おまえ・・熱が、あるから こんな・・こと、俺が口にしたと、思って、るだろ・・」


今だ呼吸を荒げなら、一騎は必至に言葉を紡いだ。
そんな一騎に総士は驚く。


「・・違うのか?」


総士の問いに、一騎ははっきりと”違う”と言い切った。
総士はますます驚いて、”じゃあ何なんだ?”と再び聞き返してきた。


「心細い・・よ・・」


一騎が不意に、瞳を揺らしながら総士を見つめてくる。
そう呟いた一騎に、総士は”わかってるよ”と困ったように微笑んだ。


「ちが、・・う。おまえ・・わかってない・・・」


一騎の表情が瞬間、歪められた。
悲しそうだった。


「・・・・かず、き・・?」


「他の人じゃ、・・こんなこと、いわ、ないっ・・・。総士だから・・・、
総士だから俺は・・・!」


そこまで云って、一騎は ”はぁはぁ・・”と苦しそうに呼吸を整えていた。
総士は言いかけた一騎の言葉を理解しようと頭の中で整理し始める。




僕だから?
僕だから一騎は引き止めた?
僕だから・・側に居て欲しい・・・のか?


総士はその言葉をもとに導き出した答えが、
あまりにも自分に都合のいい答えだったため、
驚いてしまう。


まさか、な。


総士は、一騎の頬に優しく触れると、こういった。


「・・一騎、もう寝ろ。お前は今、熱で脳が錯乱している状態なんだ。
充分な睡眠をとって、少し身体を休めて・・」


「ちがうっ・・!!」


瞬間、一騎の声が総士の部屋に響き渡った。
総士の言葉を遮った一騎の声色は 微かに震えていた。


「ちが・・うよ・・。」


呟くように もう一度そう口にする。
総士は、涙で瞳を濡らし、荒々しく呼吸する扇情的な一騎を前に
自分の理性がどこまで保つか、怖くなった。
息を呑み、目の前の一騎を一心に見つめた。


「お、れ・・・、総士のこと・・・」


駄目だ。



「ずっと・・・・」




その先を言うな。



「ずっと・・まえから・・」



言うな。



「小さい頃から・・ずっと・・」





一騎っ・・











「・・・好きだったんだ」














駄目だといったのに。








心の声がそう呟いた瞬間、
総士の中で何かがはじけた。




一騎の突然の告白に
総士は 心も身体も全て、解放したのだった。












君を失うことを、僕は何よりも恐れていた。




何故だろう、僕はその答えを出す事をずっと避けてきた。

いや、・・・避けるしかなかった。
でないと僕は、君を戦場に出す事が出来なかったからだ。




『・・・・僕にはパイロット達が居る。怖くは無いさ。』




君を沢山のパイロットの一人として見ようとしていた。



”生きていけない”




君を精神安定の媒体として見ようとしていた。

生きていく糧に、しようとしていたんだ。




一騎を失うのが怖い。

一騎が居ないと生きていけない。



・・これらによって導き出される答え。
そんなの昔からわかっていた。


自分を誤魔化して、躊躇って、避けてきたことじゃないか。




この曖昧にしてきた感情の名前なんて
とっくに知っていたじゃないか。





一騎が今、言葉にしてくれたじゃないか。






「一騎」








もう何も、恐れる事なんて ないじゃないか。












「オレもお前が好きだよ・・」














君が、笑ってくれるから。


















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こんにちは!青井聖梨です。ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
今回は自分の気持ちに気づく総士のお話です。そして、この後は裏になってしまう
のですが・・(笑)なんていいますか、一騎が熱を出している設定です。
なのでえーと、いつもより素直(?)な一騎を書いたつもりです。
この小説ずっと書きかけで、保留していたものなんで、こうしてUPできて少しすっきり
しています!それでは〜。
2005.7.19. 青井聖梨