中学1年、陽春。



















深層

〜1メートル〜

























薄桃色の花弁が舞い散る季節がやって来た。
窓ガラスの向こうに広がる景色は 目を奪われずには
いられないほど 美しい世界で、思わず気持ちが弾んで仕方がなかった。

まるでこの季候のように 私の心はぽかぽかと暖かく満ち足りたモノへと
変わっていき、自然と顔が綻んでしまう。
そんな景色を毎年のように楽しみにしていた私は、
今年も何一つ変わりのない春を過ごすのだと思っていた。

中学生になって、大人に一歩近づいた自分。
新たな環境での営みには 不安が多少なりともついて回ったけれど
期待や希望の方が私の中で 大きな意味合いを占めていた為、
それほど気にはならなかったのだ。

だから去年過ごした春も 今年過ごす春も、
私の好きな”同じ春”だと信じて疑わなかった。


本当にそうなればよかったのに。


ーーーーー・・うんうん、違う。



そうなって欲しかったんだ・・私は。








だって・・

せっかくあの人と同じクラスになれて、喜んでたのに。






いつでもあの人のことを、こっそりと
見つめられると思っていたのに。


偶然を装って、あの人と一緒に帰ったり・・
近くの席に座ったり、そんな少し甘酸っぱくて幸せな
春模様の中で 毎日を謳歌できると期待していた。





だけど、違ったね。















あの人の、あんなに悲しい姿なんて
見たくはなかった。













+++


















ひらり、ひらり と。
一枚・・二枚・・落ちていく、花びら。


目で追って、いく。
そのうち疲れて それを止める。

美しい花。春を象徴する 桜の木。
満開の時期。大きな桜の木の下でーーー


貴方はいつも待っている。



当てのない、約束を胸に留めて。
一心に、その相手を待っている。



私は知ってる。
貴方はいつも、待ちぼうけ。

相手が来た例がない。





なのに貴方は待っている。
大きな桜の木の下で。
満開だった桜たち。


それなのに、いつの間にか
桜は散っていった。

穏やかなスピードで、貴方を追い抜いていく。
貴方はただ そこにいるだけ。
過ぎ去る季節も瞳に映さず、ただ 時をその場所で止めている。


通り抜ける風たちが 貴方に意地悪をしている
みたいに見えた。


花弁が、散る。
季節がもうすぐ 終わる。


新しい季節の匂いが辺りに色づく。



降り積もる花びらが 貴方の姿を隠しても
私はずっと見ている。


窓ガラスの向こう側で、貴方が誰かを待つように
私も貴方を待っているのだ。





”わたし”、という存在にーーーーいつか、気づくのを。



















「一騎くん!」






舞い落ちる花弁が、一騎くんの肩や髪に降り積もっては
零れ落ちていた。

眩い桜の薄桃色がわたしの目に焼きついて
不思議な世界にいるような錯覚を興させていく。
現実と虚無の世界を判別しようと 時折目を擦りながら、
私は彼の傍へと歩み寄って行った。



「遠見・・・・・どうか・・したのか?」




その柔らかく物静かな声が、好き。




包み込まれた気分になる。
大きな優しさが あなたの後ろに咲き誇っているようだ。




「あのね、・・・今日掃除当番、私とだよ」





「・・遠見と?」





未だ降り積もる花弁をそのままに、あなたは今日も
桜の木の下で、あのひとを待ち続けている。

私は、知っている。




「うん。一騎くんと当番一緒の子、急用で一緒に
掃除できなくなっちゃったんだって!・・だから私が その代わり。」


明るさは私の取り得のひとつだった。
私は出来るだけ一騎くんを安心させる形で自分の
元気さを 相手に振舞って見せた。

一騎くんは一瞬目を丸くさせて こくり、と頷くと
私に半ば圧される雰囲気で ”わかった”と一言口にした。



私は早速一騎くんに今日の掃除場所を伝える。
校舎裏で掃き掃除、それから正門近くでゴミ拾い。
これが今日のノルマだった。

とりあえず正門、校舎裏と二箇所掃除場所が用意されているので
二手に分かれるというのが妥当だろう。
けれど私はあえて それをしなかった。



だって、好きな人と一緒にいられるチャンスなのに・・・
離れて掃除したら、意味がなくなる。


せっかく掃除、変わってもらったんだもん。
長く・・・傍にいたい。






「じゃ、まずは正門でゴミ拾い、しよっ!」







「あ、・・・・・あぁ」




同じクラスでも、一騎くんは 人の輪に入りたがらない。
というか誰かと関わりたがらない。
だから話す機会も タイミングも、無いに等しいのだ。

本当はいっぱい喋りかけたかった。
だけどあからさまに 一騎くんは他人を拒否していて、
自分の殻に閉じこもっては クラスメートから離れていった。

もどかしくて、傍にいきたくて・・どうにもならない
恋心を 抑えきれず、こうして他愛の無い名目を使って
一騎くんへと近づく自分は・・・女々しい、のかもしれない。




でも、あなたの上に降り注ぐ花びらみたいに
私の恋心は ひらり、ひらりと 胸に降り積もっていく。
地面に花びらがつくと同時に 私は一騎くんに、堕ちていくのだ。


行き場の無い 想いを両手いっぱいで支えてもまだ
溢れ出す愛しさを抱えるには ・・自分という人間は幼かったのだ。


子供みたいに、私はあなたへ手を伸ばす。
縋りついて 離れたくない。


一心に来ない相手を待つ貴方の心を
どうにか救い出して あげたかった。



わたしが、・・・・あなたの待ち人になりたいと思った。





一騎くん。私じゃ、ダメかな?









私、一騎くんを そんな風に悲しませたり しないよ?
ずっとあなたを 見てる。
あなたが待っている場所に いつだって駆けつける。・・今日みたいに。

一騎くん・・・お願い。







こっちを向いて。
私を、見て。−−−そんな遠くを見つめないで。







思いばかりが先走る。
桜の木の下に 一騎くんをとどめて置きたくなくて
強引に促して、彼を正門まで追いやった。

一騎くんは不思議そうに私を見つめると 
ゆっくりと桜の木から離れていった。

彼が動くたびに、花弁が散っていく。
彼の肩や髪についた花弁たちが ひらり、ひらりと地面に落ちては
足跡みたいに彼の歩く道に標しをつけていく。

地面に落ちた花びらは 薄っすらと春の色を散りばめて
彼のあとをついていった。


私はその風景を眺めながら、彼のあとに そっと続いた。
影と一緒に歩く私は 少しだけ惨めな気がした。
いるのかいないのか、わからない・・透明な存在のようで
あまりいい気分ではない。−−−それに、彼に先ほどまで
くっついていた花弁たちに 密かな嫉妬を覚えている自分が
滑稽で、一騎くんに そんな自分を気づかれたくはなかった。

想いと姿を隠す自分の不甲斐無さに少々笑えはするものの
それでも一緒に居たいのだから仕方が無い。
呆れるほど、彼に心酔している私は一体 どこへいくのだろうと
不安が過ぎる。・・・彼の想いを救い出したいのに、どうすればいいのか
思い浮かばない。ただ、出来る限り一緒にいようと想っているだけで
・・・なんだか頼りない気がした。


てくてく、と後ろを付いて歩く私の存在。
彼にとっては正直邪魔な存在かもしれない。


他者と関わりを嫌う彼。
邪険にされたくはないから、出来るだけ空気になるのが一番だと思った。


存在が薄いのは自分として哀しいことだけど
それでも傍にいるためには必要なことだと自覚していた。
これでいい。これが一番、彼にとって心休まる方法なのだと
私は何度も心で呟いて歩いた。


本来の私は もっと活発的だ。
でも 好きなひとのためなら・・一歩だって、百歩だって
我慢してみせる。私は 自分自身を納得させていたのだ。


それなのに。





一騎くんは・・。











「ーーー・・・遠見?・・・どうして、後ろ・・歩くんだ?」






自然に零れ落ちた貴方の言葉に。
わたしは。







「え・・・・・、あ・・・っ・・とくに意味は、・・・ない、かな・・?」







苦笑いを浮かべるのが精一杯。
リードしてたはずなのに 不甲斐無い。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・。
なら、隣・・・・・・歩くといいよ」





「ーーーーーーーーーー・・えっ?」






春の風が、通り抜けて
あなたの標しを一瞬に攫っていく。












「おれの後ろじゃ、影になって・・少し寒い、と思う。
・・・隣なら 陽が当たって・・あったかいよ、・・・たぶん。」









ぎこちない言葉の向こうに、あなたの優しさを見つけたとき
私の胸がどれほど苦しくなるか、・・・あなたは知らない。






「ーーーーー、うん・・・・・」








声が、ちょっぴり震える。
ダメだ。涙が出そう・・・。なんでかなぁ・・・
一騎くんは、ちょっとだけ ずるいね。






空いている あなたの隣。並んで歩けば、陽が辺り、暖かい。
微かに傍に寄り添えば あなたを取り巻く匂いに気づいた。
春の、匂い。−−−桜の匂いが あなたに色づいて 染み込んでいた。




「遠見」




不意に、名前を呼ばれる。
どきり、と胸が高鳴った。ほんとは止まるかと思った。心臓が。



大好きな声が私を呼ぶ。嬉しくて、
瞬時に隣へと顔を向ける。


すると、そこには 微かに瞳を細めて
表情を柔らかくする貴方がいた。





「・・・・・・・・・掃除、手伝ってくれて ありがとう」






一騎くんは今更そんなことを口にした。





胸が痛む。
そんな顔、で・・・そんなことを言う。
期待する。−−してしまう。


もしかしたら、あなたの傍にいることを
自分は許されたのではないかって。





だけどきっと それは違うよね。



もし、それが許されたというのなら
きっと あなたから近づいてくれる。





でも、隣を歩いているだけで、さほど近い距離ではない。
わかってる。






 




ゆっくりと歩いていた私たちの目に
突然現れたのは 目的のモノ。正門。
下校する生徒達の横をすり抜けて、私と一騎くんは
掃除用具を片手に きょろきょろとゴミを探していった。


大きなゴミ袋に空き缶や小さな紙ごみなんかを拾い集めて
ひとまとめにくくった。最後はホウキで掃いて、正門近くを綺麗にした。
多分これで 先生の目に留まっても合格といえるだろう。

一騎くんは掃除が得意。効率よく、なんでもこなす。
家事全般がよくできる。・・きっと育った環境のせいかもしれない。
私は料理が下手だけど、一騎くんはとっても上手で
家庭科の先生にいつも褒められている。料理だけでなく、裁縫なんかも
褒められるのがすごい。・・・羨ましいけど、ちょっと複雑な気分がするのは
恋心のせいだと思った。








「次・・・行こう」





あっさりと掃除を完璧に終わらせ、一騎くんは校舎裏へと
足を進めた。私は彼の声掛けに慌てて従うと、再び彼の傍へと
歩み寄った。−−周囲の鮮やかな薄桃色が視界へと飛び込んでくる。


大きな桜の木を、密かに一騎くんは見つめて
一瞬瞳を伏せた。私はそれを、見逃さなかった。


伏せ目がちに あの場所を見つめ、すぐに正面へと
視線を移す一騎くんの心情がみえない。


少しだけ、歩調が速くなる。
なんでかな。何かに追い詰められるような一騎くんの表情が、痛い。



刹那。


私たちの視界を 薄桃色の花弁が覆い隠して
行く手を阻んだ。



どこからともなく吹いてきた風に乗って、
桜たちは自由気ままに 宙へ舞い散る。

彼の視界を唐突に奪う、春の気配。




私は ずっと、この揚期が好きで・・・同じ春がくればいいと思っていた。





だけど今年は、違う。





彼の身体に匂いを色づける、春は嫌い。





去年とは違う、春。
もう・・同じ春は来ない。

一騎くんがそうさせた。


私の春を、変えたのだ。






大きな桜の木で、あんなに寂しく
心細く佇む貴方を見つけてしまったら・・



あんなに哀しい姿を瞳に焼き付けてしまったなら




もう、幸せな春を思い出すことは、できないよ。






きっと春になって、桜を眺めては 胸が締め付けられる。
あなたが、全部・・そうさせた。




私のすべてを、変えてしまったんだ。












「遠見・・・・そこにいる、か?平気・・・・?」









両腕を顔の前に突き出して、一騎くんは桜の花びらを
掻き分けるようにして 私の名を呼んだ。



彼は私が見えていない。
桜がすべてを隠して、 私の存在すら 無碍にしてしまう。



隣にいるのに・・気づいてもらえない。
私は一騎くんを片時も見誤ったりしないのに。
いつだって見つけられるのに。


一騎くんは、違う。
ちょっとしたことで、すぐに私を見失うんだ。







「・・・一騎くん、わたし、ここにいるよ?・・・ずっと、ここにいるから・・っ、・・」










思わず そう呟いた。
溢れ出す想いが 声色に滲む。











「ーーーーーーー・・遠、見・・・・?」











窺うような声が虚空を彷徨って
私のもとへと行き着いた。







視界がぼんやりしていくのは
桜のせいなんかじゃ、きっとない。







私を彼から覆い隠す桜たちに便乗して
私は人知れず、涙を零した。













お願い、お願い・・・早く私に気づいて下さい。











零れた私の涙たちが、




彼にそう 告げている気がした。








+++
















窓の外を、ずっと見てる。






眺めている、あのひとは そう、
・・・・・私が大好きなあの人の 待ち人。
















「・・・・・・・なにを見てるの?」






一瞬、声をかけるのを躊躇った。
でも、あんな悲しい姿の彼を 放ってはおけなかった。

彼にそんな想いをさせているのが この目の前に佇む人ならば
どうにかして、止めさせたかった。
それがたとえ、自分を貶める結果に繋がったとしても。



やっぱり一騎くんには、幸せでいて欲しいから。






私の問いかけに、一瞬瞳だけを向けて
視線をすぐさま 窓の外から正面へ移した その人は
踵を返して私が立つ廊下側と反対の方向へと足を向け、進もうとしていた。



「・・・・・・・・・・・別に」





簡潔で低い声音が 廊下に響き渡る。
無感情のその声は どこか自制しているように感じられた。

窓から離れ、その場から去ろうとした その人を引き止めるため
私はもう一度 その人へとアプローチを試みる。
逃げるみたいに去っていく彼が、気に食わなかったのだ。







「・・・・・・・・・・一騎くん、ずっと待ってるよ。
皆城くんも知ってるんでしょ・・・・?」






トゲが含まれた声が思わず口から出た。
変に恨みがましい声がでて、自分の感情を制御できていないのがわかる。







「ーーーーーーーーーーー・・何故、そんなことを僕に訊く?」





空気に交じって伝わる声音は どこか悲しい音がして
急に大きな悲哀が胸の奥に沁み込んできた。
ぎゅっ、と心臓を掴んで 見えない痛みに 耐える。




目に焼きついた一騎くんの ずっと待つ姿を、思い出しながら
言葉を紡いだ。・・・やるせない想いと、脱力感が身体中を支配する。
諦めに似た、感覚だった。





「今・・・・・・・・・皆城くん、見てたじゃない。
グラウンドの桜の木の下で ずっと待ってる一騎くんを・・・見てたじゃない・・」




痛切な痛みを伴って、吐き出された言の葉は
果たして この人へと届くのだろうか・・?


ずっと、感じてた。




この人も何かを抱えて、苦しんでいるんだって事。
わかってる。だけど、皆城くんは逃げてる。


一騎くんからも・・・・真実からも、逃げてるんだ。
目を合わせないで、背けるばかり、上手になっていく。
相手に気づかれない仕草で・・・それが当たり前になってる。



ダメだよ、そんなんじゃ。
きっと、どっちも苦しい。




私は一騎くんが好き。出来る事なら、彼の一番になりたい。
でも現実は違って・・、彼の想う人は、別にいる。


それが目の前にいる、このひとだってことも、知ってる。
おそらく・・・・、皆城くん自身も、そのことに薄々気づき始めている。
だからこそ、彼は逃げているんだ・・一騎くんから。


一騎くんを失いたくないから。
手に入れなければ、失うことは、ないからーーーー。




私はちゃんと、わかってる。
苦しいけど、現実をいつだって 見つめている。
逃げたりなんかしない。



だから皆城くん。




あなたもーーーーーーーーー・・・。











瞳に滲む 私の想いが直視できないのか
皆城くんは 足を止めるも、こちらに振り向こうとしない。

ずっと背を向けて 話を聞いている。










「見ていない・・・・・」









長い沈黙のあと、
彼はぽつり、とそう言った。








嘘吐き。



それじゃ、ダメだ。
私は思わず駆け出した。


彼の正面に回り、はっきりと伝えようと想った。



一騎くんの想いを伝える訳ではなくて、
私が言える範囲の言葉を伝えようと想った。






逃げても、なにも解決しない。
前に進むことも、後に退くこともできない。


ずっとそこに停滞するだけ。
縛られて、思いを馳せて、身動きできずにいる一騎くんが可哀想。


失う怖さに怯えていては何も生まれない。


それに皆城くんは勘違いしている。
一騎くんを最初から失うと決め付けているから
逃げてしまうんだ。一度手にした幸せは ずっと続くものだと
信じる勇気を奮い立たせなければ いけないはず。


彼が一番抱かなければならないもの。
それは恐怖ではなくて、勇気なんだと想った。








「皆城くん・・・一騎くんは・・・・・っ、」






皆城くんの背後から前方へと移動した私は、
彼を正面から瞳に映そうと試みた。
今いえることを、皆城くんに伝えようと思った。

でも、私の言葉はそこで途絶える。






窒息し、下降し、地面に叩きつけられる音がした。





耳鳴り、が襲う。












「見ていなかったことに・・・・・してくれないか・・?」
















酷く脆い声が、私の胸に届いた。







まるで諸刃の剣で心臓を抉られるかのごとく
その言葉は残酷で・・・・優しい響きをしていたのだ。






心のどこかで、皆城くんが 一騎くんを案じている。





もっと深いところで苦しんでいる 皆城くんが
私の前に立っていた。




今にも、壊れてしまいそうな儚い存在に見えた。
今まで見た事ない、表情を浮かべる彼は


確かにそこにいるはずなのに
何故か、気配を感じることができなかった。


空気に溶けて、いなくなってしまいそうだ。







泣き笑いに似た、表情だった。
銀色の瞳が揺れて、淡い光を放って 私の心に波紋を作る。

静かに悲しんでいるのは 一騎くんだけじゃないと
このとき私は 初めて知ったのだ。













「遠見・・・・・・・・・・・」






穏やかな声の中に潜む、彼の想い。
弱さとも強さとも違う。



皆城くんは、何に苦しんでいるのだろう・・。









「僕は・・・・・・・・・・何も見ていない。
そうだな・・・・?」











彼の殊勝な問いかけに、不思議と胸はつまった。
この切なさは・・・・・一体なんなのだろう。
もどかしいような、でも引き止められないような・・
曖昧で不確かな感情が渦巻く。



彼は逃げようとしているのではなかった。



”逃げなければいけない”のだ。









思わず答えに一瞬つまったけれど、
目の前に佇む儚い皆城くんを目の当たりにしたとき
自然と 私の口から ついて出た、言葉はーーーー・・

























「う、ん・・・・」




















彼の言葉を肯定する、言葉だった。

















なんで・・・・?
なんでわたし、そんなこと言っちゃったんだろう。





ほんとは違うのに。
一騎くんに幸せになってもらいたいのに。






片想いでもいい。
なんでもいいから、・・・一騎くんを救い出してあげたくて





あんな悲しい姿、・・・・もう見たくなくて
皆城くんに声、かけたはずなのに・・・。






これじゃあ私・・・・・











ただの偽善者じゃない。













沢山の想いと沢山の後悔が胸を突く。
自分で自分がわからなくなった 私は
肩を大きく落として、目の前を両手で覆い隠した。


自分に自分で嘘突いてる自分が理解できなかった。


皆城くんに感化されてしまった自分が理解できない。


言葉では追いつかない 疑問をどうにか振り払いたくて
必死でもがいてみるけれど、上手くいかない。
胸の奥に渦巻いている 原因不明の感情が
心臓を痛めつけて 痛みは増すばかりだった。




そんなとき。





足を止めていた皆城くんが、再び歩き出す。
正面に回った私のほうへ、向かって ゆっくりと 歩を進めて
噛み締める足音を廊下に響かせていた。


すれ違う、瞬間。




ぼそり、と呟かれた 言の葉に
私は目の前の視界が広がっていく錯覚を覚えた。






















































「・・・・・・・・・・・ありがとう」





















言われて、途端に 彼の足音は廊下の曲がり角へと消えた。





私は皆城くんの言葉に目を瞠る。
視線を、窓の外へと移し、ここから見える景色に
想いを飛ばした。



大きな桜の木の下で
いつまでも・・・いつまでも待っている一騎くんが見える。



昨日も、一昨日も、その前の日も、ずっと待っている一騎くん。
きっと明日も明々後日も、そのまた次の日も、ずっと待つであろう一騎くん。



そして、そんな一騎くんを きっと どこかでずっと見つめ続けていたであろう皆城くん。
また、・・見つめ続けるであろう・・皆城くんの想いを
僅かに今の言葉から私は掴んでしまった。







想い合う心は、交差せず、あの桜のように散って逝くのだと。








桜の花弁を頭に、肩に降り積もらせて 今日も一騎くんは
放課後、いつもの場所で 来る事のない ひとりの人を待ち続けている。



私は その情景に、窓ガラスへ手を合わせ
見えない壁を感じるみたいに 確かめた。


















「不思議・・・・。ここから見ると暖かい陽気に満ちてる春が
すぐそこにみえるのに・・・・」









ぺたり、とはりつけた指先が 冷たくなって
無機質なガラスを少しだけ滑った。











「一騎くんの春は・・・・・・・・・・・・来ないんだね」












ひらり、ひらりと舞い落ちる花弁。





好きだった春は もうそこにはない。







同じ春は、やって来ない。













美しすぎる その情景は、胸に沁みるほど
私には 悲しいものに 見えた。


















































ねぇ、一騎くん。






あの頃 あなたは

































世界一淋しい恋をしてたね。































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青井聖梨です、こんにちは。
ここまで読んで下さってありがとうございました。

季節を織り成すラブストーリーにチャレンジしたいと思い、
頑張って書いてみました。形に出来て嬉しいです。

今回はちょっと構成を変えてみました。
第一話は真矢視点です。第二話になると季節や人物、場合によっては
学年なども少しずつ変わって行きます。総一の三年間を別の人視点で
見た話になってますので、ご注意ください。甘酸っぱい青春話を大切に
書けたらと思っております。それではまた次回でお会いしましょう!!

青井聖梨 2008・1・17・