あぁ、どうか




忘れないでいて











星よりも高く、光よりも速く。













冬の空が高くみえるのは、何故なんだろう?
気温が低いと、何か目に見えない現象が俺たちの知らないところで
起こったりしているのだろうか。

はぁ、と虚空に生暖かい空気を送り込めば、たちまち
その吐息は空へと煙のように昇っていって、目に見えぬ光の速さで消えていった。

それを儚いものと取るか、寂しいものと取るかは その人次第だと俺は思う。


「一騎くん、それじゃあまた明日ね!!」


不意に俺の横に佇んでいた遠見が、明るい声音で
声をかけてきてくれた。そして、遠見の背後に隠れているカノンもまた
軽く俺に手を上げて、不器用に”また明日”の合図を送ってくる。
俺はそんなカノンに苦笑すると、離れていく二人へ 届くように挨拶を返した。


「うん、また明日!」




十二月の半ばともなると、肌に染みる寒さが体中を刺して来る。
俺はかじかむ手に吐息を吐いて、軽く手のひらを温めながら
暗闇に沈む細い一本道を急ぎ足で駆けていった。

十二月は五時を過ぎると、周囲がすっかり暗闇に落ちている。
学校帰り、二人を家の途中まで送った俺は 夕飯の仕度に取り掛かるため
いつもより急いだ。が、ふと総士のことが頭に過ぎった。



そういえば総士。
最近、学校に来てない。
・・・体調でも崩したのだろうか?
いや、おそらく仕事してるんだろうな・・一人で。



いつも仕事に追われている総士。
学校を遅刻してくることがここ数ヶ月何回かあった。
遅刻ならまだいい。だが、ここ三日間 学校自体に来ていないのだ。
先生たちは 総士の事情を知っているようだし、アルヴィス内に住む総士と
顔を合わせることも多いため、気に留めてはいないみたいだけれど
俺は少し・・・いや、かなり心配している。


だって、俺が総士と顔を合わせるのは 大抵学校か訓練のときだけなんだ。
総士が学校を休んでいるから当然顔は見れないし、最近の訓練は個人シュミレーション中心で
クロッシングする必要がないものばかり。当然そうなると 総士と会うこともない・・わけで。


たった三日間会ってないだけ、なのに・・どうしてこんなに不安になるんだろう。
どうしてこんなに会いたくなるんだろう。

こんなとき、ふと自分の想いの深さを思い知る。


あぁ、おれ・・本当に総士が好きなんだなぁ、って。




暗い夕空の向こうに、うっすらと浮かび上がる
一等星の瞬きが 不意にちっぽけな俺を照らし出した。


まるで自分の心が見透かされているかのように
眩しく輝く その星に 自然と素直に想いを零して ゆっくりと俯いた。






「・・・・・・なんか 淋しい、な・・・・」







虚空に昇る、ため息交じりの吐息が
ひっそりと空へ溶けては消えていった様が 
俺にはとても儚く見えた。






+++











シーン、と静まり返った自室は どこか心を安らかに鎮めてくれる。
静かな場所が好きな一騎は 一番落ち着く自分の部屋を誰よりも慈しんでいた。

無機質な時計の針音が静寂を打ち破るかのように響き、
何処からか聴こえてくる風の音を遮断していた。

時刻は十一時二十分。


夕飯を父親と一緒に食べて、再びアルヴィスに戻る父親を玄関先まで送り出して。
その後、入浴と夕飯の片付けをして、たたんだ洗濯物にアイロンをかけて 一騎はタンスに閉まった。
明日の準備もそこそこにしておいて、戸締りを確認し終えた足取りで 一騎はこの自室に戻ってきたのだった。

目覚まし時計をセットしつつ、ゆっくりと布団の中にもぐり込めば
まだ冷たい布団の感触に 一瞬身体を震わせた。
次第に体温で温かくなるであろう その布団に包まるように身を寄せる。

なんだか 穴にもぐった小動物に自分が思えて、少し可笑しかった。


布団に入れば 意識が移ろいで行くのに そう時間はかからない。
身体に溜まった疲労が 眠気に溶けていくように 面白いくらい 目蓋が急に重くなった。

そう思ったが最後。
一騎の意識はそこで途切れてしまった。












どのくらい、眠っていたのだろうか。
ふとした瞬間に 意識が微かに 戻ってきた。


冬の寒さに、身体がついていかなかったのだ。

布団と寒さの割合が合わなかったせいで 身体が少し冷えてしまっていた。
一騎はモソリ、と布団から 身体を起き上がらせ 毛布を何枚か押入れから出そうと試みた。

と、そのとき。
目に留まるほどの幅に、カーテンが開いていたのに気付いた。
おそらく隙間風のせいで カーテンが揺れ動いたのだろう。

一騎はカーテンを閉めるため カーテン布に何気なく手をかけた。
が、その瞬間ーーーーーーー。
窓の外がちらりと一騎の視界に入ってきた。



丁度、家の前の街灯の下。
階段の石垣に寄りかかる、その姿。
長い影が真っ暗闇に溶けて ひっそりと伸びている。
見慣れた格好。空に舞い上がる、白い吐息。


久しぶりに見る、柔らかな長い 髪。







「っーーーーー・・!!」





その姿が見間違いではないと
瞬時に 脳が察する。


立ち昇る息の白さが あまりにも鮮明であったのが
何よりも その証拠であった。

急いで下へ降りようと 上着を羽織り、部屋を飛び出る途中
視線が時計に 一瞬向いた。




時刻は、午前三時二分。



夜更けというより 夜明けの方が近い、時刻だった。



「なんで・・・っ?」



動揺する気持ちと、久しぶりに見た幼馴染の姿に
一騎は高鳴る鼓動を抑えることができなかった。


駆け下りる足が何故か軽い。
まるで風に導かれるような、そんな感覚だった。



一階まで降りると、すぐさま戸締りしていた鍵を開ける。



ガラガラ・・・



聞きなれた音が 空気中に振動して
耳元まで伝わってきた。

こんな時間に 外へ出るなんて
無用心極まりないと、人は言うだろう。


けれど一騎には 躊躇いなど 少しもなかった。

開いた扉のその先に佇む、長い影の持ち主に
一刻も早く、会いたかったのだ。






薄っすらと空が 明るくなっては来ているものの
まだまだ 暗闇が同居している その時間帯。
寒さも一番に達していた。


外気に晒された薄着の一騎の身体は
その寒さに絶えかねて、大きく身震いを起こした。
ピリリ、と肌を刺す痛みが 気温の低さを物語っているかのようだった。

吐き出した 吐息が、夏の入道雲に似た形を作り 空へと浮き上がる。
ふわふわと浮いた その形が自分の今の気持ちと似ている気がして 
一騎はほんの少しだけ 苦笑した。


サンダルを履いて、家の外にゆっくりと出てみる。
すると ゆらり、と白光の下 佇んでいた影が 
身体を一瞬強張らせたように見えた。

こっちに近づいてこようとしているのが見えたので、
一騎は急いで扉を閉めて、彼へと自ら歩み寄って行ったのだった。




「総士!!」



想わず零れ落ちる、声が 軽い。





「か、一騎・・・?!」




三日ぶりに聴く、彼の声が 低く擦れる。
動揺しているように見て取れた。




離れていた、距離が縮まる。
直ぐ傍に もうその見慣れた姿が。

届きそうなくらい、・・すぐ近くに。





「どうしたんだ・・?こんな時間に!
まだ起きる時間ではないだろう・・?」




「それはこっちの台詞だよ。・・お前こそ、なんでここに・・?」



月明りなのか、星明りなのか・・はたまた街灯の明かりなのか。
二人を照らす、ささやかな光の洪水は 妖艶に 深い闇を包み込んでいった。




「僕は・・・・その、・・・・・・散歩だ」



「・・・・・散歩?」



”こんな時間に?”



そう続けようとした一騎だったが、言葉を遮るかのように
総士は 自分で言って 笑っていた。



「はは・・・、いくらなんでも それはない、な?」



困ったように微笑んだ総士。
語尾が一騎に問いかけるように 微かに上がった。

その柔らかな表情を前に、一騎の鼓動が大きく高鳴ったのは
言うまでもない。


「そう・・し?」


今日の総士は何だかいつもと違って 雰囲気が柔らかい。
そんなことを空気で察した一騎は 見上げるように 銀色の双眸を
密かに覗き見た。


すると、総士は 一騎の様子に気付いたのか
照れくさそうに 言葉を紡いだ。




「お前に・・会いに来たんだ」




言いながら、着ていた真っ白なダウンジャケットの端を掴みながら
総士は自分の懐の中に 一騎を優しく囲いこんで、両腕でそっと包み込んだ。


”寒くないか?”


不意に総士の優しさが空中に零れる。


一騎は、総士の温もりに包まれながら、”今温かくなった”と
返事を密かに返した。




久しぶりに会った総士は 中に茶系統のインナーを何枚か重ね着しており、
上に真っ白なダウンジャケットを着こなしていた。
首元には長い紺色のマフラーを巻き、ズボンは細長い真っ黒なブーツカット。
至ってラフな格好だ。でも、どこかお洒落なその装いに 一騎の心は忙しなく乱れ続ける。

冷たい風が二人の横を通り過ぎると、総士は身を屈めるように
冷ややかな風から一騎を守った。
包まれた白と、総士の力強い腕は 不安に揺れた一騎の心を安心させ、
どこまでも安らぎを与えてくれる。

総士の胸に埋まる自分の顔が いつの間にか火照ていくのが
一騎自身 手に取るようにわかった。
どこからともなく聴こえてくる総士の鼓動に、耳を澄ませて 
今在る幸福を止め処なく一騎は実感する。

あぁ、・・なんて幸せなのだろう と。





「ーー会いに来たとは言ったが・・・本当は
顔まで見るつもりはなかったんだ・・・」



ポツリ、ポツリと零れ落ちる 総士の言葉。
まるで降り始めの雪のようだと思った。




「ただ・・・傍に居られれば、それでよかった」




いつになく素直な総士の言葉に
火照る顔が 抑えきれない。



「・・・・・そう、し・・・・」



声が震える。
今、自分はどんな顔をして 総士を見つめているのだろう?





「ここ三日間、ずっと仕事詰めで・・お前の顔が見れなくて・・・
急に・・・恋しくなってーーーどうしても、我慢出来なくて、ここまで来た」



総士の想いが、自分がそうであってほしいと望んだ想いと
今、甘く緩やかに・・重なる。



「電話にしようとも思ったんだが・・その、・・・声を聴いたら 余計想いが募ると
思って・・・。それなら会いに行った方が早いだろう?・・どっち道、会いに行く事になるんだ」


そう零す総士の頬が、瞬時に、紅色へと染まっていく。
一騎はその刹那、痛いほど自分が目の前の幼馴染を
愛していることに気付いたのだった。



「うん・・・・・・」



胸がつまって、他愛のない言葉しか紡げない自分がもどかしい。
もっと伝えなければならない言葉は沢山あるのに、今この瞬間に
伝えられる想いなんて、ほんの一握りしかないのだと 知っているから・・だから。


一騎は総士の胸に身体を預けて、か細い声で呟いた。
自分が抱えている想いが 少しでも彼に伝わればいいと。



「ありがとう・・・・・・・・会いたかった」



たったそれだけの言葉。
なのに、これ以上の想いも、言葉も、紡げないと思った。

声が今にも泣きそうだった。
それでも 伝えたい、何かがある。
それはきっと 想いの深さ。・・・総士への愛おしさ。



ぎゅっ、と握り締めた白いダウンジャケットが
冷たい風に曝されながら、伸びやかに靡いていた。

一騎を抱きしめる総士の腕が、更にきつく絡みつき、
掻き抱くように 激しい抱擁へと 形を変えていった。



「一騎・・・・」



耳元に聴こえる、心地よい響き。
低く、けれど何処か甘く切なく囁きかける 独特の声色は
一騎の心を酷く揺さぶった。

甘えているような、直向に求められているような・・・
不思議な 幸せを彩る感覚。



今この瞬間が永遠に続けばいいと想った。
ずっとこのまま、闇と光の狭間に二人 取り残されてもいいと、本気で。
別つ二つの身体が 溶けてなくなっても構わなかった。
二人で・・・一つになれるのなら。



暫しの幸福と安らぎに包まれていた二人だったが
呆気なくも時は移ろう。

止まっていた時間を 再び動かしたのは 総士の方であった。




「一騎・・・すまない、もう行かないと・・」



そういって、抱きかかえていた一騎を
総士はゆっくりと自分から遠ざけ、距離を作った。



「え・・?」


離れた温もりが、恋しい。



「仕事の合間に抜けてきたから・・・もう、時間がないんだ。
早朝から作戦会議もあるし、・・資料も作らないとーー」


苦い色を見せながら、惜しむように温もりを断った総士の顔が
いつもより大人びてみえた。
先ほどよりも、少しだけ・・・距離を、感じた。


「もともとお前に会うつもりもなかったし・・・ここで少しの間、
傍に居る気分が味わえればそれでいいって・・思っていたからーー」



「あ、・・・でもっ・・・・−−こ、コーヒーくらい飲んでけよ・・・
すぐ淹れるから・・・おれ」


離れるのが淋しくて、思わず総士を引き止めてしまう自分がいた。
いけないって、・・わかっているのに。わかっていた、はずだったのに・・。


「すまない・・・−−ホントにもう、ぎりぎりなんだ・・・時間」




申し訳なさそうな瞳を向けながら、クシャッ、と髪を掻きあげた
総士の仕草が 大人びた表情を演出するかのようだった。

微かに風に交ざる総士の匂いが ふいに鼻についた。
寂しさが、一際募る。



「ごめん・・・・無理言って・・・」




消えそうな声でそう呟く。
自分なりの精一杯だった。




「いや、・・・・・嬉しいよ。
今日の一騎は凄く可愛い」



”まぁ、いつも一騎は可愛いけど、な?”


後から付け足して、そう言った総士の顔が
忘れられない。

瞳に焼きつくほどの、鮮やかさがそこには在った。
とても・・神秘的に輝く 銀色の双眸が 街灯の白光と一緒に揺れる。

綺麗、だ。



「・・今日の総士は何だか優しい」



”いつもは少し意地悪だ”


一騎も真似してそう付け足しながら 呟いてみれば、
総士は苦笑して そっと零した。




「・・・たまにはいいだろ?」






優しくするのも。
こんなときだから。

こんなとき、だからこそ。




聴こえない声が 頭の中に響いてきて、
一騎は一瞬はっとした。

読み取れなかった総士の心が まるで頭の中に
入り込んでくるかのようで。

一騎は驚きながらも 総士にそっと微笑み返した。




総士と、繋がれた気がしたから。








+++











「今度はいつ・・・会える?」




一番気になっていたことを、別れ際に
思い切って訊いてみた。



「多分二日後。・・二日後には学校へ行けると思う」



「そっか・・・・・。わかった、−−−待ってるから」



「あぁ・・・・」




綺麗に別れたかった。
また二日後に会えるのだから、
それでいいと思わなくちゃいけない、と。


総士は玄関先に一騎が戻るのを見届けると
すぐさま踵を返して、階段を降りていこうと 一歩前に身を乗り出した。



が、その遠ざかろうとする背中に向かって
一騎の最後の想いがぶつかる。




「総士!!」



闇と光の中に一瞬で溶けた一騎の声に
総士は瞳を瞠ると 踏み出した一歩を押しとどめた。



「一騎・・?」



ゆっくりと声がした方へ 振り返ってみる。





するとーーーーーー。







「っーーーーー、・・・」




闇に飛び込んできた 艶やかな黒髪の持ち主が
微かに、けれど確かに触れてきたものは。




乾いた、総士の唇だった。







「−−−−−−・・・ッ」




甘く、柔らかな一騎の唇に
かじかんだ手が 熱を求めて彷徨い始める。



触れるだけ の拙いキスに 痺れるような衝動を
体中で感じてしまった総士自身、どうしても我慢ができなくなってしまった。
その甘さに、酔いしれたい。−−どうしても。





「っ・・・・、ん・・・・・・ふ、ぅ・・・・ッ」








触れた唇が急に開いて、深いキスを求めてくる。
絡み合う口内の舌が お互い溶けてしまいそうだった。

鼻に抜ける甘いくぐもった声を虚空に漏らしながら、
一騎は深く求める総士のキスにあくまで従順だった。



「ぅ、・・ッ・ふ・・・、ぁ・・・・っ、・・んっ」


キスの合間の呼吸が上手く取れず、
一騎は苦しげに眉を寄せる。

しっかりと総士にしがみ付きながら、与えられる刺激に
身を委ね、されるがまま 口を更に深く開く。


自分は愛されている。
至福の時が今、この瞬間に流れていた。



自分から仕掛けたキスだというのに
あっという間に主導権を握られてしまった一騎。


どのくらい想いを確かめ合っていただろうか。
きっと時間に直せば数十秒の出来事かもしれない。

しかし、本人たちにとっては それはとても長く、充実した瞬間であった。


やっと唇を離した二人は 互いに暫し、見つめ合いながら
額をピタッ、とくっつけ合って 高揚する気分を 闇の中に鎮めた。



「どうしたんだ・・・?急にお前からーーこんなことするなんて・・」



思いもしなかった。

とでもいうかのような総士の口ぶりに一騎は
くすっ、と小さく微笑んで こう言った。




「お土産だよ」





目の前で頬を朱色に染めながら
可愛く笑う恋人に、総士は一本とられたとでも
言いたげな表情を作った。





「・・・・・・・お土産目当てでまた来てしまいそうだよ」







困ったように笑う総士。
額から伝わる熱のせいなのか
驚くほど、素直になれる自分がいた。






「ふふ・・・・、たまにはいいだろ?」








一騎はそういうと、もう一度だけ自分から
総士の唇に 触れるようなキスを贈った。
















「総士、・・・忘れないで。
おれはいつだって 総士の傍に居るよ」








そう、いつだって。





おれは 総士が思っているよりも きっと
総士のことが好きだよ。











「−−−−・・あぁ、覚えておくよ」








そう。



この想いは、















星よりも高く、光よりも速く

 



































流れ落ちる


























ひと欠片の、星。






















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こんにちは!!青井聖梨です。
いかがでしたでしょうか?久しぶりに総一のほのぼの甘々小説を
書いた気分です。優しくてカッコいい総士を目指しました。
一騎の方は謙虚でちょっぴり寂しがりやな感じが出ていれば
成功・・・かな?(笑)
また、季節感を感じていただけたら幸いですvv

それではこの辺で失礼します。
読んで下さって、どうもありがとうございました〜♪

青井聖梨 2006.11.21.