中学2年、初冬。


























深層

〜4メートル〜





















砂浜に佇む、その人の背中は
・・いつもどこか大人びていた気がする。


近くで海鳴りがする。反響した潮騒に全てが呑みこまれていく。
何もかも、その大きなうねりと共に圧し流して欲しかった。
押し流してしまいたかった。

けれど残ってしまうのだ。
自分が望んでいたものではないけれど、
自分が生み出してしまったものだから。

それをどうするか、自分で決めて 此処まで来た。

あの人の背中を懐かしむ。



未だ見える、幻影を私はただ瞳を見開いて追い求める。
しゃがんだ足元に、あの人の温もりを知っている砂たちが広がる。
手でそっと掬い上げると、それはいとも簡単に
指の隙間から零れ落ちていった。


さらさら、さらさら・・・。





耳に聴こえてくる、砂の音。










『蔵前は、・・・・急いで大人になんてなるなよ?』







あの人の、残声。






さらさら、さらさら・・・・







私の恋心が壊れ落ちた音だと想った。










「・・・・ーーーーまるで”さよなら”って云われているみたい・・」












零れ落ちた砂の音が別れの言葉に聴こえても
どうか知らないフリをして。














あの人が、好きなの・・・・・









+++






























しん、と静まり返った図書室にペラッ、・・と本を捲る音が伝わる。

いつの間にか寝てしまった自分。
机の上には沢山の参考書が散りばめられていた。
どこから持ってきたんだろうと思う分厚い本も所在無さ気に散漫していた。




「・・・んんっ・・・」



目を擦って、意識を確かなものに変えていった私は
きょろきょろと辺りを見回し、目的のものを探した。

すると手元近くにそれはゾンザイな向きで置かれており、はっとして
すぐにそれを掴んだ。少しだけ曇っている眼鏡。
服の端で軽く拭いて、ちゃんとかける。視界が途端に広がりを見せ、
ぼやけた世界を生まれ変わらせてくれた。


「うわぁ・・・、随分寝ちゃったんだ・・・わたし・・・」



窓の外に視線をやれば、瞳に映る世界はオレンジ色に変わっていた。
確か自分が図書室に入ったのが12時ちょっと過ぎ。
お昼ごはんを食べた後の頃だった。それから本を30分ばかし選んで
席に座って 課題を終わらせるため作業し始めたのが20分前後。
そのうち、満腹感と仕事疲れのせいか軽い眠気に襲われたのまでは覚えている。

そのうちに、体が揺れ、意識が完全に落ちるまでどれほどの時間を要したのかは
定かではないが、とにかく夕方まで自分は作業途中に寝てしまったのだと理解する。
お蔭で課題は半分も出来ておらず、愕然とした。



「はぁ・・・・、ダメだなぁ・・私。もっとしっかりしなくちゃ・・」



肩を落とし、自分の不甲斐無さをしみじみ感じつつ、
私は席を立った。これ以上ここに長居しても意味がない。
とりあえず参考書だけ借りて、家で終わらそうと肝を据え
ノートや筆記用具をカバンにしまい、貸し出しカウンターへと
足を向けたのだった。


辺りは驚くほど静かで、誰の姿も見られない。
それもそうだ。せっかく午前中に授業が終わったのだから
いつまでも学校に残っていても仕方ない。


私は本とカバンを持って、再び窓の外を覗いてみる。
グラウンドで野球をして遊んでいる生徒が見えるけれど、
そろそろ帰り支度を始めようと声をかけている様子だった。

 つまりはもう、そういう時間なのだ。




この竜宮島には擬装鏡面が張られており、
私たちが目にする この風景は正確な日没時間ではない。
人工的に作られたシステム内で形成されている緻密な
季節の移り変わり、時間帯なのだ。

素粒子及び重力波で島全体を球状に覆うこのシステムは
外の世界から この島全体を透明化させ、尚且つ音波や赤外線を遮断する効果がある。
最新鋭の防御システムといえる島の中核的システムなのだ。
誇らしく思えるけれど、少し悲しいと思ってしまうのは
私が”真実を知る者”だからだろう。



作り物の楽園を素直に受け入れられるほど、
単純でも・・純粋でもない。
あの人を失ったときも、あの人がまだ戦っていたときもそうだった。


いつだって私は、素直に受け入れる気持ちを
持つ事ができなかったのだ。



ファフナーに乗ることが生まれてきたときから
決まっていても、同化現象のせいで、瞳の色が赤くなり
戻らなくなってしまったために眼鏡をかけ始めたとしても

それは苦ではなく、命だと思っていた。


私が生きるために必要な、命。
生きる意味が、まさしく私を運命付けたのだ。
島にとって必要な事が私の存在する意味に繋がっているのなら
私はそれを苦にするのはオカシイと感じた。

だって誰かのために、私は在り続ける。
それってとても素敵なことなはずだから。
大切な人が出来て、尚そう感じられた。

この人たちを守る礎になれる自分が嬉しかった。
この人のために生きているのだと胸を張ることができる自分になりたかった。

それはまさに、生きる意味で、私にとって命のように大事なことだった。
何も疑問は抱かなかった。


でも。





あの人と出逢って、あの人を好きになって
初めて感じたことがある。





”失う、怖さ”






大切な人を失うことが、こんなにも辛いことだとは
知らなくて・・・驚いた。
もしかしたら、自分を同じように大切に想ってくれている人がいて、
その人が私と同じような想いを抱えなくてはならないと考えたとき


それは本当にその人のためになるのか、・・・わからなくなった。
だって、私ならもっと生きてて欲しいって思うはずだから。


どんな形でもいい。少しでも長生きして、傍に居て欲しいと
思ってしまうはずだから。



そんな気持ちを教えてくれたのは、貴方でした。





貴方が、私の心に、疑問を投げかけてくれた 最初の、ひと。










「綺麗な夕日・・・・・。でも、あの時の夕日の方が
ずっと綺麗でしたーーー・・・・将陵先輩」









同じ作られた夕日なのに、
隣に誰が居るかによって その美しさの彩度は増す。
世界が反転するかのように、それは衝撃的で


運命すら凌駕してしまえるほどの、感動を
私はそのとき手に入れてしまったのだ。








隣に居る人が、私が初めて好きになった人なのだ
と気づけたことが こんなにも苦しくて、嬉しい気持ちを抱かせてくれるとは
思わなかったから・・・・とても、動揺した。・・・・でも。


気づけてよかったと思えた。




素直に言うことは、できなかったけれど・・・
それでも、こんな気持ちをくれた先輩に 私は心から感謝を伝えたい。





先輩、ありがとうございます。
私、もう少しこの島の未来を 自分なりに守ってみたいと
思います。先輩が守ってくれたように。

自分なりに・・・・、自分らしくーーー・・・
今度こそ、後悔しないように。







私は窓の外に見える夕日を見つめながら 空へと
想いを馳せていた。次第に、胸が切なくなる。






「・・・・ふふ、やっぱり私、・・・ダメだなぁ・・・」




不意に、零れそうになった涙を指先で拭ってみせる。
前を向いて歩こうと決めたのだ。しっかり歩かなきゃ。
先輩に顔向けできない。


私はカウンター目指して再び歩みを始めた。
すると、目が覚めたときにも聴こえた、本を捲る音が間近に迫ってくる感覚を捉えた。



人が、いる・・・?





私以外に 図書室をこんな時間に
利用している人がいるのが少し意外で
私は軽い興味本位から 音がするほうへと足を進めたのだった。



並び立つ本棚の影から、そちらを窺い見る。
人影がぽつり、とその場を少しの明るさで照らしていた。
斜めに入ってくる夕日の光がオレンジ色に 校舎と、窓枠と、その人の
透き通る髪へと染み付いた。白いカーテンがキラキラと光沢に反応して揺れ動いた。
隙間風が微かに冷たい。冬に入ってまだまもない この季節。
多分、それほど時間は遅くないだろう。日が落ちる時間が随分短くなったから。




真剣な眼差しでいつも 本を読んでいるその人を
見かけたことは 何度かある。
けれど、今 ここで見せている その人の表情は 初めてみる気がした。




丁度、窓の近くに並ぶ小さな椅子へ腰を落とし、
彼は 瞳を細めて眩しいものでも見るかのように
酷く優しい顔をしていたのだった。
小さく、彼は微笑を零す。



ポツリ、とふと 彼の小さな本音が零れるのを
確かに私は聴いた。






「幸せそうだ・・・・」






彼がどんな意図でその本を手に取ったのか 知らない。
ちゃんと読んだことはない本だから、詳しくはわからない、本だけれど。
お隣同士の男女が、普通に恋に落ちて、普通に恋を実らせる 優しいお話だった気がする。

他愛のない、恋のお話。 でもきっとそれは 彼にとってとても魅力的で
とても真似できない何かが そこに秘められているのだろう。


島のことに誰よりも敏感で、今私たちの中で一番
大人に近い人。皆城総士くん。


私に比べて、沢山の重責を担っている彼が、
こうして一瞬でも心を休め、顔を綻ばせ、
気を緩めて 穏やかに過ごすことが出来る場所が




・・・・こんなに淋しい場所だなんて 想わなかった。








人が居ない、この場所で。
静寂と沈黙しか存在しない 音の世界で。
彼は何を想い、折れそうな心を休めているのだろう。


そんなに穏やかで優しい表情を見せられる相手を
どうして彼は作らないのだろうと。



・・・うんうん、違う。
本当は彼にもそういう人がいる。・・いるけれど、きっと
私みたいに素直になれないんだね。




彼は、私より”大人”だからーーーーーーーーーー。

















『蔵前は、・・・・急いで大人になんてなるなよ?』















不意に、大好きなあの人の言葉が
頭の中で鳴り響いた。








・・・今、わかった。別れ際、あの人が私にくれた 最期の言葉の意味が。








それはきっと警告でも、注意でもない。










彼の・・・・・優しさ。













”自分のようになるな”






つまり、意味を返せば・・”自分と同じ道を歩くな”


先輩は、私にーーーー『戦うな』・・・そう、云ってくれたんだね。








そっか。そうだったんだ・・・






私、やっとわかりました・・・将陵先輩。

















音のない、この場所。世界に切り離された空間。
遮断された時間。






あの燃えるような夕日を眺めて、貴方は浜辺に佇んでいた。
いつものように、大人びた背中。
ずっと遠くから、見つめ続けた、あの人の背中。

消えそうな、・・・背中。




思わず手を伸ばすように、声をかけた。




最初で最後の貴方への一歩。




振り向いた貴方は 少し驚いて、並び立つ私を気遣った。
潮風から私を守る風よけになってくれる。
今にも溶けそうな細い身体は 沢山のことを抱えていた。
支えてあげたいと想ったこともあるけれど、・・それは私がするべきことではないと
知っていたし・・・貴方の心が誰にあるかも知っていたから 私は何も云えないまま


夕日が沈むのを ただ貴方の隣で見つめるだけだった。





それでも私は幸せで、世界はこんなにも美しくて・・・
こんなに夕日が綺麗に見えることが幸せだった。



私は将陵先輩が好きなんだ。




そのとき、ずっと抱えていた気持ちに名前がついて
私は震えるような感動を覚えた。



人を好きになれたことが嬉しかった。
と同時に、失う怖さも知ってしまった。



”いかないで・・・”



云ってしまいそうになる。
もし、貴方が死んでしまったら・・・私はどうなってしまうのだろう?
この気持ちを、どうすれば消すことができるのだろう?


不安で、幸せで、苦しかった。




自分を制御できないまま、イタズラに時間は過ぎた。
そして、日が完全に地平線へと落ちる寸前。



貴方は穏やかな声で、ポツリと私に呟いた。
最期にくれた、私への言葉だった。











「蔵前は、・・・・急いで大人になんてなるなよ?」













空へ、昇っていく 貴方の声。
柔らかで、どこか涼しげで・・・儚い、声。
穏やかな表情が、眼差しが 私の全てを捉える。


あの人の瞳に、今私だけが映っている。
そう、全身で感じられた。





・・・・・・・・・・・・・嬉しくて、胸は震えた。






「はい・・・・・・っ」








私が応えた、貴方への最期の言葉。







いっぱいある言葉の中で、私はそれしか云えなかった。
他に、云うことができなかった。

もっと沢山伝えたいことがあったのに。





そして その日の夜、あの人は出発してしまった。












それが最期に過ごした、貴方との時間だった。























・・皆城君の背中が見える。
先輩に、少し似てる背中。





”大人びた、背中”











このまま、・・・彼も消えてしまいそう。








オレンジ色の夕日に、照らされて 皆城君は
とても大きな羽を必死に休めていた。
誰もいない、静かな場所で。


誰かに寄り添うこともなく。



それは、将陵先輩よりも過酷で、独りきりなんだと
感じられてならない。








窓の外に見える生徒達。
吐き出す吐息が白い。
冬の寒さが少しずつ、増してきている証だった。
野球を終え、家路に着こうとしている 彼ら。
楽しそうに笑う、友達。
閉鎖された空間から見える、笑顔たちは


今、彼が本を読んで零している小さな笑顔と
決定的に違う意味を持っていた。







本棚の影。束の間の安息を手に入れた彼の姿を見つけ、私は想う。









こんな風に 彼を心から笑顔に出来る存在を











一人だけ、・・・・知っていると。











+++





















何度も、夢に見る光景。
大好きな先輩が、いなくなった瞬間。


大きな海中での爆発。
海が波を引き裂き、飛沫が空へと舞い上がった。
水圧が私の乗った機体まで伝わってきた。
海があのとき 悲鳴をあげた。


あの人が居なくなった瞬間に叫んだ
私の心の悲鳴みたいにーーーーーーーーーーー。

















二ヶ月に渡って行われたL計画の終焉は
全ての命が失われた結果となった。


最後の機体の爆発を間近で感じていた私にとって
それは一生拭うことのできない傷となって纏わり付くだろう。
あの爆発した機体に乗っていたのは きっと・・おそらく将陵先輩だろう。
そんな気がする。だって、なんだか・・・先輩が近くにいた感覚にずっと
胸が囚われ、ざわめいていたから。そして彼の近くに・・祐未先輩もいたのだろう。
そう、信じたいーーーーーーーー心から。




夏に別れ、作戦終了の二ヵ月後・・初冬。
彼らを私は迎えにいった。マークツヴァイに乗って。
幸せな再会だと想っていた。けれど私の目に飛び込んできた信じられない
光景はーーーーーーーーーー、あまりにも信じがたい爆発だった。


彼を失って、まだ二週間ほど。地に足が着かない感覚。
嘘であって欲しいと願うが、身体中で体感してしまったあの感覚を
嘘にしてしまうのは無理がありすぎた。

私は沈む気持ちを抑えながら、日々を過ごしていく。
消えない彼への想いと共に、何かに・・抗おうと必死で。



こんな気持ちをもう、誰にも抱えて欲しくない。
だから、私は選ぶ。












独りきりの皆城くんが、後悔しないようにーーーーーーー。





急いで大人になってしまった皆城くんを
この楽園に最後まで繋ぎとめておける存在が必要だから。

疲れた羽を休めることのできる、大切な相手が
今、彼の傍にいなければいけないと思うから・・・・・。











だから、−−−−−−・・・・








































「真壁くん・・・!」




黒く艶やかな髪が、呼び止めた私の声がする方へと
振り向く。スローモーションのようにサラッ、とキメ細やかな髪が
空中に靡いて、美しく輝きを魅せる。

中性的な顔立ちと華奢な身体が完全に私を捉え、離さなかった。
大きな栗色が不思議な様子で揺れる様は、どこかあどけなくて
可愛らしかった。真っ直ぐに向けられる視線と、華麗な姿勢で立つ彼の姿に
思わず時を忘れてしまう自分がいるのは、きっと 他の人が持っていない
独特の彼の魅力に中てられているせいだといつの間にか自分は理解していたのだった。




「・・・・・蔵前・・・?」



どこか人を遠ざける距離を保ちながら、彼は怯えたように一歩
後ずさり、透明な声を一言漏らした。


とても静かで優しい声なのに 彼は他人を寄せつけない。
孤独を望み、強いているような雰囲気を何処からか漂わせている。
幼い日の彼は、そんな風ではなかった気がする。もっとお日様のように
温かく、元気で柔らかな存在に思えた。

皆城君とよく遊んでいたのを思い出す。
時折屋敷の庭から 彼ら二人が楽しそうに笑い合っている声が聴こえることがあった。
皆城家の養女として入っていた私。皆城くんとはあまり時間を過ごすことは
なかったけれど、彼が誰と仲が良くて、誰とよく一緒にいたかは明確に覚えている。
・・・忘れられないほど彼らは、本当によく一緒にいたのだ。
今の彼らがーーーーーーーー偽りなのではないかと思えるほど、本当に。





私は昔の彼の姿を思い出し、胸を少し痛めた。
でも、今私の目の前で大きな瞳を微かに揺らしている彼もまた
本当の彼なのだ。彼をこんなにも変えてしまったものは
一体なんだったのだろう?私には、わからない。
でもきっと、その理由を作ったのは・・・・・・皆城くん、なんだろう。
なんとなく、いまの二人を見て、そう思う自分がいた。



真壁くんが無意識に他者を拒絶していることは知っていた。
だけど、今彼に遠慮していたら、大切な事はきっと
逃げていってしまう・・そう私は思った。
だから私は、意を決して真壁くんの顔を見上げ、呟いた。
・・・・彼との距離を、縮めて。





「一緒に・・・来て欲しいところがあるの」











どうしても、伝えたいことがあるの。










貴方を必要としている人がいるの。










貴方と同じように、独りを望むひとがいるの。









云いたい事が、伝えたいことが溢れ出して
頭の中を駆け巡る。

口から生まれる言葉たちは 多分私の中で
一生懸命考えて、選ばれた言葉たちのはずなのに
声に出して口にすると・・それはとても滑稽で、悲哀に満ちた
ものへと変わり、彼の胸に沁み込んで、時には傷つけることもあって。


本当にその人の・・彼らのために紡いでいい言葉なのか
本当はわからないけれど。




でも、云わないよりかは ずっといいと思ったの。






それを教えてくれたのは、・・・・先輩。
出来れば失う前に、気づきたかった。












”後悔”は、ずっと消えない。
未だ胸を締め付けては、心を蝕んでいくって。








真壁くん。貴方には・・・そうなって欲しくないの。
私のようにならないで。





彼を救ってーーーーーーーー






真壁くん・・・














+++

















ザザーーーンッ・・・・・




近くで波のさざめく音が聴こえる。





あの日のように、夕暮れ時 いつもの場所で
大人びた背中をみせるあの人は もういない。


でも今、私の隣に並び立つ その人は
あの人の背中に似ている彼を救うことの出来る、最後の希望
という可能性に満ちた存在なのだ。



砂に足を取られそうになりながら、私は静かにしゃがみ込む。
隣に佇んでいる真壁君が 私へとそっと視線を落とすのが わかった。

綺麗な夕焼けに照らされて光り輝く粒子たちの瞬く声が聴こえてくる。
そっといつものように砂たちを手の中に掬い、閉じ込めてみる。
が、やはり粒子たちはさらさら、と音を立てて 私の指の合間から
悲しいくらい美しく、零れ落ちていくのだった。

まるで、私の想いのように・・・



この砂たちは、私の想いにどこか似ていた。



潮風が、肌をすり抜ける。真っ赤な空ーーー私の頭上から
私を見下ろす 静かな瞳が 儚くて、淋しくて・・私は重い口を開いた。





「真壁くんは・・・・・・云わなくていいの?」





静寂の中、時を止める早さで 私の言葉は
その場所に停滞していた。
思い出と交錯する この場所で、
彼に伝えなければいけないことがあったのだ。




「え・・・・・・・・・」




絶句、というより 唐突すぎる言葉の切れ端に
彼は幾分驚いた様子だった。


私は、そんな彼を気遣う事無く
言葉をどんどん吐き出していく。
・・もう、抱えきれなくなっていたのだ。






「皆城くんのこと、・・・・・・・・・好き、なんだよね?」








私、知ってるんだよ?
貴方はいつも独りでいたけれど、でもその視線の先には
いつも皆城くんが映っていた事。



真壁くんはいつも、皆城くんを追い続けていたよね・・・







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」






肯定も、否定もしない彼は まるで貝になったみたいに
口を閉ざす。表情は とても暗くて、・・・苦しそうだった。

彼もまた、何かに苦しんでいる一人なんだと思った。
皆城くんのようにーーーーーーーーーー。



自分の気持ちに追い詰められている、ようで
とても・・・痛々しい。






「云って後悔するより、云わないで後悔する方が
ずっと・・・苦しいよ・・・・・・・?」





そっと言葉を投げかける。私が導き出した、真実の言葉。
身に沁みてわかった。云わないで彼を失ったとき
真っ先に思った 唯一つの事実。





「私・・・わかるの。云えなかった言葉を・・・・想いを、
ずっと抱えて生きていかなければならないのは・・・
自分が思っている以上に辛いことだって」





落とされる真壁君の視線と私の視線が絡み合う。
時の流れが そこだけ静止したようだ。

音も、声も、少し遅れて耳に届く。
海の水面が穏やかに揺れ、光の交差を華麗に惹き立てた。
防波堤に響く、波音が 二人の時間を深い姿へと変えていく。


真っ赤な夕焼けに浮かぶ、彼の黒髪は 驚くほど綺麗に栄えた。
微かに大人びた表情を作った真壁くんの口が ゆっくりと開くと
静かで、柔らかな余韻と共に たった一つの言葉を私に零していった。








「・・・・・・・・・・・・・ありがとう」










その、言葉に。








小さく微笑んだ、柔らかな笑顔の向こうに。








あの瞬間の、皆城君がーーーーーーーーー見える。













彼がくれた笑顔は、この指をすり抜けていく砂のようで
放ってはおけなかった。









雨にうたれて、萎れてしまった花みたいに
今私の目の前に立つ彼は、脆い。











「・・・・・・・・・・・・真壁くんは・・・いいの?」







急に、胸が熱くなる。





「え・・・?」




込み上げる熱が、私をどうしようもなく
締め付けて・・奮い立たせる。










「零れ落ちる・・・・砂でいいの?」






指の間から 零れ落ちる、砂・・・







「手の中で、僅かに残る砂に・・・・・なれなくていいの?」






僅かに残る砂になれた方がいいに決まっている。


・・・あの人の中に少しでも残れる自分になりたかった。










なりたかったのに・・・・・






「苦しいだけの恋なんて、絶対そんなの駄目よ・・・・・」








幸せになって欲しいの。
私の分までなんて、押し付けがましいことは言わないから。








「どんなに泣いたって、・・胸に抱えてたってーー消えないわ・・・・っ、
想いは・・・・・・・・・・・消えないものよ・・・・、」






後悔しないで。
わたしがそうだったように。




私のように、なっちゃ駄目よ。













淋しくて・・・・・・・・・死んでしまいそうになる。















「・・・・・・・・・・・・・蔵前」



















指の間から、零れ落ちる砂たち。
砂と同時に落ちていく、もう一つの粒があった。





涙。











いつの間にか視界を遮り、滲ませ、溢れ出す涙が
赤い空に浮かぶ 綺麗な少年をも覆い隠した。



ぼやける視界の先には 少年の優しい瞳が待っている気がして
胸は突然焼け付くように焦がれた。







「なんでかなぁ・・・・・、わたしっ、・・・・・涙、出てきちゃった・・・」







懸命に拭おうと想うのに 砂を掴んでいた手は
砂を離す事ができず、私の涙を止めることは出来なかった。

その代わりに。空から温かな指先が降って来た。

私の瞳に溢れ出 涙を 一つ、一つ掬い上げてくれる。
眼鏡を少し、浮かせて・・丁寧に掬い上げてくれる。





彼の繊細な指先に、温もりに、ーーーーー・・胸は痛む。







「ごめんね・・・・・、おかしいね・・・私っ、・・・・、おかしいね」





何かをいおうとするのに そんな言葉しか浮かばなくて
視界の向こうで 優しく待っていてくれる少年の温かさが胸を酷く揺さぶった。






「・・・・・・・・・・・・蔵前、ずっと独りで 苦しかったんだな・・」














真壁くんはそう云うと、私と同じようにしゃがんで、
私と向かい合わせの視線で、高さで、静かに見守ってくれた。



ポンポン、と軽く背中を叩いて 時々さすってくれた。



それは 小さな子供をあやす、母親の仕草にどこか通じるものがあって
私は彼の小さな抱擁に しゃくりあげるしかなかった。







誰にも言えずに ずっといた。








苦しくて・・・・・・苦しくて、でも好きで








あの人にいえない言葉が、云えなかった言葉が
今更口をついて 零れ落ちる。












「好き・・・・・・・・・・・・、先輩・・・・・・好きです・・・・っ、」













莫迦ね。皆城くんが寄り添いたい相手に
どうして私が寄り添っているのだろう。





真壁くんなら・・・・・・・・きっとこんな私を
受け止めてくれる。本当はすごく すごく優しい人だって
知っていたから・・・・・私は、利用してしまったんだ。



彼の優しさに、つけこんでしまったのね・・・・・






私がさめざめと泣いている傍で、軽く、柔らかく
背中を幾度も叩き、擦ってくれる彼の手が とても心地よくて
温かくて・・・・・・・・・・・・大きく感じたのは気のせいなんかじゃない。





”うん・・・・大丈夫”




”わかってるよ・・・”






聴こえない声が、掌から聴こえてくる。
真壁くんは不思議。人を、包み込んでくれる。
今欲しいと想う言葉を、くれる。


私は 近くで宥めてくれる少年の掌を想いながら、
握り締めた砂粒たちを開放した。





そして、私を気遣う彼に、言った。












「いつか・・・・・・・・・きっと真壁くんにもわかるときが来るから云うね?」









私の言葉に、彼は真摯な瞳で 黙って深く頷いた。











「たとえば・・・・・・・・・夕日を見たとき、 それがいつもより綺麗に見えたら・・・」











「・・・・・・・・・・」











「たとえば、・・・・・・その人からもらった言葉が、ずっと胸に響いていたら・・・」







「・・・・・・・・・・・」












「きっと、・・・云ってね?−−−−あなたの想いを」









「ーーーーーーーーーーー・・」











「大切に、してあげて・・・・・・・・・」












その途端、涙は止まった。







やっと伝えられた、気がした。
いつか自分の気持ちを自由にしてあげてほしいと。
自分が、納得したときでいいから。



・・・・愛しいと、抱きしめてあげて欲しいと。












私は袖で涙を自分で拭うと、元気良く笑って見せた。
眼鏡が少し邪魔だけど、今はなんだかそれでもいいと思える。

目の前で少し驚いている真壁君があどけなく見えて、
また私は少しだけ微笑んだのだった。



瞬間、真壁くんは困ったように微笑んで 私に云った。





「おれ・・・・・・・・・・・言わないんじゃなくて、
ーーーーーーーーー・・・・言えなくなったんだ」





ぽつり、と落とされた言の葉は 海の水面に広がるようだった。
私の意識を捉えるのには容易な言葉な気がした。




「えっ・・・・・・・・・?」



真意を知りたくて、聞き返すと 彼はスクリと立ち上がり、
夕焼けの空を仰ぎ見たのだった。








「言おうと思ったんだ。でも・・・・・・・・言えなくて。
言うべきじゃないって、思った」






彼の言葉は力強くて、確かな意志が隠されていた。
眩しいくらいに、彼は真っ直ぐだと感じた。




「ーーーーーーーー・・どうして・・・?」





私は疑問を投げかけた。どうして彼は今もそうして
頑なに口を閉ざすのだろうと。苦しくは・・・・ないのだろうかと。











「だって、・・・・・・・・総士が苦しそうだったんだ」











「・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・?」











「今、多分総士は・・何か自分で決めたことを真っ直ぐに
やり抜こうとしてるんだ。・・・・・だから、邪魔したくない。
おれのこと抱え込んで、苦しんで欲しくない」








「・・・・・・・・・・・っ、」









「総士には・・・・・・・・・・自分の気持ちを
いつでも大切にして欲しいんだ・・・・」











「まかべ、くん・・・・・・・・・・・・」




































































「幸せでいて、欲しいんだ・・・・・・・・・・・」




































図書室で 幸せそうに 小さく笑う
彼の横顔を想い出す。




















皆城くん、





・・・きっと貴方も


あの物語に出てくるような










































優しい恋がしたかったよね・・・・・


























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青井聖梨です、こんにちは!!!
今回、第四話の主人公は蔵前果林でした。
いかがでしたでしょうか?僚を想う果林の気持ちを出来るだけ
細かく書こうと思ったんですけど、中々難しいモンですね〜。撃沈です(笑)

いつもは総士との絡みが多い果林ですが、今回は役割的に
考えて一騎との絡みが必要だと思い、挑戦してみました。
けっこう一騎と果林って言葉を大して交わさなくても
通じ合う言語みたいなものを互いにもってそうな気がするので
書き易かったです〜。

それではまた次回もよろしくお願い致します!

青井聖梨 2008・3・17・