ちりちり、ちりちり・・何の音?










                            君と僕と哀しみと。









はぁ、と虚空に浮かぶ吐息の白が闇に溶けて儚く消えた。
今日は今年一番の寒さだと、画面の向こうにいるニュースキャスターが
夕方の天気予報でそう伝えたのを今更ながら思い出す。

こんな寒い夜にまさか外で花火をしようだなんて
突拍子も無い事を言い出す人物がいるとは思わなかった。


見上げれば暗い夜空に無数の星が燦然と輝いている。
零れ落ちそうなその光と影のコントラストが心を奪い、
見るもの全てを惑わすようで、瞬きする暇を与えなかった。





「うわぁっ・・、綺麗・・。ーーはぁ・・・、まだかなぁ・・」





身震いしながら口元に手を当てて、白い吐息を吐き出せば
綿飴のように もくもくと、白煙が空へと立ち込め、目の前を
瞬く間にぼやけさせるのだった。

すると気がつかないうちに、一つの黒い影が、突然大きな影を背負って
目線の向こうに現れた。




途端に俺はビックリして、目をしばしばと瞬いてみせる。





「・・・総、士?」






闇夜の中に佇むその影へと、ひっそりした声で聴いてみる。
そうすると、その影はゆらりと蠢きながら
こちらに静かな足音で近づいてきた。






「すまない・・待たせたな。」







俺より高い背が、こちらに接近してきたと思えば、
丁度月明かりが反射して、彼の肩に当たった。

思ったとおり、総士だった。






「総士・・!−−いや、平気だけど・・・突然どうしたんだ?
こんな寒い夜に、花火だなんて・・・」





おれは少し不思議そうな面持ちで、自分の傍によってくる総士に
向かっていきなり疑問を投げかけた。

総士はなんだか照れくさそうに、微笑みながら
視線を手に持っていた花火へと移しながら静かに言った。





「今日・・久しぶりに自宅に戻ったんだ。室内は瓦礫ばかりだったんだが、
偶然父の書斎らしき部屋から、この花火が出てきてな・・・」





ポタリ、ポタリと雫のように 零れ落ちる総士の声が
何だかとても心地が良くて、少し悲しくて。

おれは黙って聴いていた。






「父さん・・僕と花火をするつもりだったらしい。」





「・・え?」




意外な言葉に思わず声があがってしまう。
校長が・・?総士と花火ーーーー・・?
何だか少し不釣合いな気がした。
そういうこと、するような人に見えなかったから、だ。




「・・丁度僕が家を暫く空けて、島に帰ってきたのが夏頃だった。
フェストゥムに襲われたのもその頃ーー。・・おそらく
島が襲われる前に僕としようと思って買ってきたものだろう・・。」







総士は落ち着いた口調でそう言いながら、苦笑いを不意に浮かべた。
俺の胸が、きりきりと少し痛み始める。





「父さんらしいよ・・。夏の思い出といえば、”花火”だなんてな。」






線香花火のように、ふっ、と消えていく総士の笑顔が
夏の終わりの侘しさに何処か似ていた。

急に、締め付けられるような 切なさに心を奪われた気がして
訳も無く、心細くなった。





「総士・・・」






こういうとき、なんて言えばいいのだろう?
俺は小さく影を作る総士に向かって、何か言おうとするけれど
上手い言葉が見つからなくて、結局思ったまま口にしてしまった。





「ごめん、総士・・。おれ、こういうとき 
なんて言えばいいのか・・・わからなくてーー」







肩を落として 微かに萎縮する身体。
まるで自分の心のようだった。


すると、ふわっと優しい掌が瞬間、おれの髪を
そっとかき上げた。

驚いて、顔を上向かせて見る。
と、そこには 酷く憂いを帯びた総士の銀色が 
俺を静かに見守りながら ゆっくりと近づいてきた。
俺はきゅっ、と瞳を反射的に閉じる。



瞬間、温かな唇が俺の唇と重なった。





「っ・・・!」





俺は身体をぎこちなく停止させながら、
その行為を素直に受け止めてみせた。

触れた唇が ゆっくりと離れる。瞳をそっと開けてみると
目の前の総士が困ったように笑っていた。




「・・なにも、言わなくていい。
ただ、僕の傍にさえ居てくれればーーーそれで・・・」







俺の髪を壊れ物を扱うように一通り撫で終わると、
総士はスッ、と 俺から離れた。





そして、俺に背を向けて ぽつり、と言った。






「一騎は・・一騎のままでいてくれ。」







その声が、白い吐息に交ざって 儚く空に消えていく。

俺は”わかった”と震えそうな声色で空中に零すと、
総士の背へと身体を寄り添わせて、後ろから抱きつくように 触れた。

総士の身体が一瞬強張る。





「総士・・・どうして、花火・・しようと思ったんだ?」








総士の背中に頬をつけて、おれは近くでそう囁いた。
総士は顔だけ俺の方へと向けて 覗きこんできた。

途端に小さく、総士が笑う。











「・・一騎となら、悲しい想い出も 超えていけると思った」













総士の言葉が、静かに胸に響いて 消えた。






目の前が、滲んでは揺れる。
おれは今、泣いているのだろうか?










「うん・・・」








口から零れた言葉といえば、あまりにも拙くて。
微かに震えるような音で辺りに響いた。

けれど、総士は











「ありがとう、一騎・・」









嬉しそうに瞳を細めた。






こんな俺を好きだと言ってくれる様な声色で。
一言、短く そっと線香花火が落ちるように。





最後は、淡い笑顔で 俺をきつく抱きしめてくれた。












                                 ちりちり、ちりちり、何の音?
                    
                        これは線香花火が燃え上がる音。







 ちりちり、ちりちり、何の音?
               
             これは命が燃え尽きる音。






   
                                ちりちり、ちりちり、何の音?

                                         これは想い出が燃えてゆく音。











ちりちり・・ちりちり、何の音?







これは




                         哀しみが線香花火のように

                                      ・・消えて逝く音。












総士、おれが傍にいるから。
もう何も、見失わないで。














                                            哀しみはもう、此処には無いよ。













在るのはきっと、優しさだけ。

居るのはきっと、俺達だけ。











ちりちり、ちりちり・・何の、音。
















                           これは二人の恋が炎になった音。















ちりちり、・・・ちりちり・・・・。














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こんにちは、青井聖梨です。
ドラマCD発売記念を今更ながら、書いてみたりしております(笑)
短い短編ですが読んで下さって、どうもありがとうございましたvv
総士と一騎。悲しい事も、二人ならきっと大丈夫。
そんな感じが出てればいいなぁ〜と、思いながら書きました!

それではこの辺で失礼します!!
青井聖梨 2006.1.18.