階段の上の子供に君は 
 話しかけることが出来ない

泣くことが出来るだけだ
 階段の上の子供が理由で


階段の上の子供に君は
 何も与えることが出来ない

死ぬことが出来るだけだ
 階段の上の子供のために


階段の上の子供はたったひとり
 それなのに名前がない

だから君は呼ぶことが出来ない
 君はただ呼ばれるだけだ










階段の上の子供







よく夢を見た。小さい頃の夢を。
あの頃はいつも皆で外で遊んでた。
いつも皆一緒だった。
懐かしい、夢。還りたい、あの頃。

でもフェストゥムが現れたあの日からは
そんな夢も見なくなってしまった。
いや、正確には見れなくなってしまったんだ。

信じていたこの島が、偽りだったなんて。
信じていたこの平和が、作り物だったなんて。
信じたくなかった。
何を信じ、何を否定すればいいのかわからずに居た。

そのときのオレは、総士を・・総士の言葉を
信じるしかなかった。
そしてオレはフェストゥムを倒すために、
ファフナーに乗って闘った。竜宮島を、守るために。


----今はもう、あの頃の夢を見ることはなくなった。

でもその代りに、違う夢を見るようになった。
あの時の夢を、何度も何度も見るようになったんだ。


それは、総士に傷を負わせてから一ヶ月後の夢。


+++




「総士・・その、学校来て・・平気?」

「うん、大丈夫だよ。もう傷も殆ど塞がったってお医者さんが言ってた。」

「でも・・まだ包帯してるじゃないかーー・・。」

「あぁ、これ?これは念のためにしてるんだ。傷口に細菌が入らないようにって。」

「そ、うなんだ・・。」


学校が終わり、夕暮れの小道を二人はゆっくりと歩いていた。
左目に傷を負い、暫く入院していた総士が一ヶ月ぶりに学校へ来たのだ。
一騎は左目に包帯をして学校に来た総士をみて、
無理して来ているんだと薄々感じていた。
痛々しい総士の姿。一騎の瞳にはまさに”自分の罪”としてしか映っていなかった。
謝ることも今更出来ず、彼のために自分が何かできる事を必死で探すことしか
今の一騎にできることは何もなかった。
一方総士の方は。本当はもう少し入院が必要だと医者に言われていた。
にもかかわらず、医者に無理を言って退院し、学校にまで来ていた。
その理由はただひとつ。一騎にあった。

「総士、本当はまだ万全じゃないんだぞ。家に居なさい。学校へ行っても
片目で授業を受けなきゃならないんだ、今のお前には身体の負担が掛かり過ぎる。」

「父さん、僕は平気です。学校に行けますよ。片目で授業を受けるのは
身体の負担になるといいましたが、どの道これからはそうなるんですから、
今のうちから慣らしておきたいんです。」

「総士・・・」

左目の視力回復が絶望的だと知らされたとき、少なからず総士は衝撃をうけた。
が、その反面 嬉しくも思っていた。
それは、”絶対離れていくことのない唯一の人”を手に入れたからだった。

総士が入院している最中、折り紙の鶴を毎日病室の前に置いていく少年がいた。
一騎だった。 一騎は決して病室内には入らず、扉の前に自分の折った鶴を 
置いていくと、すぐに帰って行った。彼なりのお見舞いだった。
罪の意識から病室に入ってこない一騎。きっと自分を一番心配してくれているのは、
自分に一番縛られてしまっているのは一騎なんだと総士も気づいていた。
そんな彼のためにも、少しでも早く自分が元気になった姿を見せてあげたくて
無理やり退院を早めて、総士は学校へ行った。
でもやはり上手くはいかないもので、余計に心配させてしまったと総士は思った。
一体どうすれば、そんな悲しい顔をしなくてすむのだろう。
一体どうすれば一騎は以前のように笑ってくれるのだろう。
総士はそんなことばかり考えていた。


そんなことを考えていると、分かれ道がやってきた。
一騎の家は長い階段の途中にある。
陶器を自営で経営している少し古い佇まいの家だ。
総士の家はその長い階段を上りきった先にある、
比較的一騎の家から離れていない場所に住んでいた。
二人は階段途中にある一騎の家の前まで来ると、足を止めた。

「総士・・じゃあ、俺・・」

「あぁ・・。また明日ーー。」

「・・う、ん・・・また明日ーー。」

少したどたどしい挨拶をした二人。一騎は自分の家に入ろうとし、
総士は長い階段を再び上り始めた。
しかし総士の姿が見えなくなるまで見送ろうと思った一騎は
家に入るのを止め、彼の後姿を見つめていた。
総士が階段のてっぺんまで上りきり、また歩き出して姿が見えなく
なるであろうと思ったそのとき。

総士がいきなり一騎の方を振り向いた。
まさか振り向くとは思わずにいた一騎は急の事で驚く。
驚いて目を丸くしていた一騎に、総士は大声で呼びかけた。


「一騎!!折り鶴、ありがとう!!
・・お前が毎日見舞いに来てくれて、本当に嬉しかった・・。」


そう言うと、総士は優しく微笑んだ。


怪我をさせたのは自分なのに。
それなのに、こんな自分に優しい言葉をかけてくれる。
あんなに優しく微笑んでくれる。
謝ることもできない自分を、突き放さず側に置いてくれる。
その優しさが、痛かった。

総士の全てが、一騎の心を捕らえて放さない。
まるで、見えない糸に絡まって総士に動かされているように
心も身体も、全てが総士へと向かっていた。


なにか応えようと口を開いても、言葉が出てこない。
言葉が浮かばない、声が出ない。
苦しかった。

総士はそんな一騎に気づかず、また振り返って
歩き出した。

早くしなきゃ行ってしまうのに、見えなくなってしまうのに。
どうすればいい。

苦しくて、痛くて、どうしようもなかった。


---------夢はいつもここで覚めた。
         ・・総士を、引き止められないまま。



+++




「皆城くん、一騎くん見なかった・・?」

アルヴィスの司令室に向かう途中、総士はふいに呼び止められた。
遠見真矢。元気で明るく、自分たちとは幼馴染である。

「一騎・・?ーーいや、知らないな・・。」

「そう・・。」

「一騎が、どうかしたのか・・?」

「最近ちょっと、一騎くん顔色悪いから・・調子悪いのかなって。
だからお母さんに、一度見てもらおうと思って・・」

いつも感じる。彼女はよく周りが見えていると。
その中でも、一騎のことにはずば抜けていえる。
おそらく一騎に好意でもあるのだろう、そう総士は思った。
そんなことを考えていると、総士の心の奥でドス黒い感情が渦まき始める。
その感情が、彼の身体全体を侵食し、脳の正常な機能を支配していく。
彼は知っている、この感情の名前を。そう、これは嫉妬だ。

「・・一騎が、遠見先生に診察してもらうことを望んだのか?」

「それは・・・違う、けどーーー。」

「だったら、余計なことはしない方がいい。」

「ー!!余計なことってなに?!・・貴方は、一騎くんが心配じゃないの!?」

「・・最近、あいつの受けている訓練メニューを変更した。
きっと身体がまだ新しいメニューについていけず、疲労として身体の内部に
蓄積しているんだろう。・・・明日は一日休暇をとらせるつもりだ。」

「・・・皆城くん・・。確かに一騎くんは、身体も疲れてると思うけど
本当はそれだけじゃないんじゃないの・・?」

「・・・・どういう意味だ・・?」

「一騎くん・・この前なんか思いつめてる顔してた・・。
私、お母さんに見てもらうって言ったけど 身体じゃなくて一騎くんの心
を・・精神状態を見てもらうって意味でいったんだよ・・。」

真矢の言葉に、少なからず 総士は苛立っていた。
まるで一騎を解かっているのは自分だと言うように聞こえてくる。
一番近くに居るのは自分なのに。一騎を一番解かってるのは自分なのに。
総士は、嫉妬と怒りで胸がいっぱいになっていた。

「ねぇ皆城くん。・・一騎くん、きっと何か大きな不安があるんだよ。
聞いてあげてよ・・?きっと自分じゃどうしようもないから、必死で
もがいてるんだよ。皆城くんが聞いてくれること・・一騎くん、きっと
待ってるんじゃないかなーー。」


「・・・君は、随分と一騎を分かったような口を利くんだなー。」


「えっ・・・?」

「あいつのことは僕が一番わかっている。第三者が口を挟むことじゃない。
口を挟んだところで・・君に何かできるわけでもないだろ・・・。」

「そんなこと!!っーー・・わかってるよ・・。だから私・・せめてーー」

「・・・・急いでるんだ、失礼する。」

「!!・・・皆城くん!!一騎くんの話をっ・・・話を聞いてあげて?!
・・・聞いてくれるよね!?皆城くんーー・・一騎くんの話、聞いてくれるでしょう?!」

足早に真矢の前を素通りしていく総士に向かって、真矢はそう叫んだ。
総士は一瞬足を止めると、

「・・・愚問だな。」

一言そう答えて、アルヴィスの司令室へと消えていった。


真矢は、消えていく総士の後姿を見て、がっくりと肩をおとした。



+++




繰り返される、あの瞬間。
何度も、何度も話しかけようとする。
声をかけようと、名前を呼ぼうとするのに。
声がでない。言葉がでない。
俺はアイツの・・名前を知らない。


話したい、だけなのに・・・『  』。





「っーーー!!」


勢いよく、一騎は布団から飛び起きた。
額にはひんやりとした汗が滲んでいる。
また、あの夢を見た。階段の上に居る総士。
自分は総士に声を掛けようとする。
でも言葉は出てこず、そんな はがゆさに苦しむ自分。
夢はいつもそこで終わる。

夢の中で総士の名すら呼べずにいる。
名前が出てこないのだ。忘れてしまっているのだ。

「・・そ、うし・・・っーー総士・・・!!」


起きた瞬間、こんなにも名前を呼ばずにはいられない人なのに・・。
何度も、何度もその名前を確認しているのにーーー・・。
一騎は行き場のない切なさをもて余していた。


「あ・・・もう、夕方か・・。夕飯の用意、しなきゃな・・。」

今日訓練メニューを済ませた後、すぐに帰宅した。
最近メニューが変わったせいか、身体が追いついていかない。
だからフェストゥムがいつ来ても平気なように、少しでも身体を休めて
体力を回復させようと昼過ぎからずっと眠りについていたのだ。

夕飯の支度をしなければいけない時間になるまで、深く眠りに着いていた
自分に苦笑しながら、一騎は買出しに出かけるため 玄関の扉を開けた。

その瞬間、あの夢が頭をかすめ、反射的に階段のてっぺんを見上げた。
するとそこには、夢と同じ人物が 今まさに階段を上りきろうとしている。




----心臓が、止まるかと思った。

その後ろ姿を、何度も見た。 声を掛けられず、もがいていた。あの夢で。

アルヴィスの帰りなのだろうか?まだ制服のままだった。
そんなことより早く声を掛けなきゃ行ってしまう。
胸が早鐘のように打ち続ける。
呼吸が乱れる。
駄目だ、声が出ない。

まるで夢の中にいるような錯覚を起こす。
このままじゃ、あの夢と同じ。
話したいのに。今話したい。ここで。


話したい、だけなのに・・・『 総士 』。





階段の上の子供に君は 
 話しかけることが出来ない

泣くことが出来るだけだ
 階段の上の子供が理由で















-----涙が出た。








こんな自分・・・大嫌いだ。






もう、居なくなりたい・・・。




あの傷跡を謝ることも
話しかけることも出来ず、


俺はいつも命令されるのを待っていて
その度に 安心して


総士に・・何もしてやれなくて
いつも 言われるままに動いて
いつもしてもらうだけ してもらって

自分では、何も出来ない
自分では、何もしようとしない


こんな自分大嫌いだ・・。


でも総士は こんな俺を側に置いてくれた。

だったらせめて、
アイツの左目になってやろうって思った。

アイツが望むなら、たとえ死んだって
構わないって・・そう、思った。


自分に出来ることを必死で探していた・・。



階段の上の子供に君は
 何も与えることが出来ない

死ぬことが出来るだけだ
 階段の上の子供のために









「っーーー・・」


声に出ない言葉が、嗚咽に混じって溢れ出す。
届かない、決して 総士には。




そのときだった。




強い風が、海から吹き付けて
総士の髪を後ろへと大きく引っ張った。


まるで”気づいて”と囁いているように----



ふいに、総士が
こちらを振り向いた。







-----俺に・・・気づ、いた・・・。




階段の上の子供はたったひとり
 それなのに名前がない

だから君は呼ぶことが出来ない
















あぁ・・涙で、視界がぼやける・・







総士が・・笑ってる・・・






「一騎。」



君はただ呼ばれるだけだ









総士、











ずっと話がしたかった。







----話が・・したかったんだ。









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初の総一。いかがでしたか?
この詩は谷川俊太郎の『階段の上の子供』という詩です。
いつか使いたいと、ずっと温めていたものです。やっと使えて
すっきりな感じです、嬉しい。

話としては色々設定無視しててすみません!
総士の部屋はアルヴィスにあるし、総士の家は
何処にあるか分からないし・・。ま、いっか(←よくない)
中途半端な感じで話終わりましたが、つづき書ければまた今度で。

本とまた書きたいですね、総一!大好きなのでv
途中イラスト入れてみましたが・・どうにも上手く描けなかったです(後悔)
ペンタブ使いたかったんです、許してください!!
それでは、読んでくださってありがとうございました。

2004.11.23 青井聖梨