三度目の涙で


僕は恋に落ちた
















虚像(レプリカ)は僕に微笑む

〜自覚編〜
























一度目は・・・出逢ってまだ 間もない頃。

君は僕に”好きだ”と何度も紡いでくれたね。
僕はそのとき あまりにも唐突な告白だったものだから
なかったことにするのが精一杯だった。


まだよく知らない相手の気持ちを 安易に受け入れるような
無責任なことはしたくなかったし、相手の意図を明確に理解できないうちは 近づくことも躊躇われた。
だから、一騎が密かに傷ついていたと知っていても、見ないふり・・知らないふりを決め込んだ。

けれど、一騎の告白は 僕の心に大きな波紋を作っていった。
消えない記憶と鮮明で淡い感情を多かれ少なかれ、残していった。


自分の中に生まれた何かを知る術を持たない僕は
戸惑いと焦燥に胸を焦がしていった。


そんな中、君はまた・・それを僕に見せるのか。



そのどこまでも透き通った透明の雫を。
真っ直ぐ、真摯な眼差しと共に、・・僕へと向けるのか。



まるで気持ちが溢れるように、原因不明の熱が
僕の胸の奥で漣の様に火焔る。


名の無い感情が、僕の全身を包み込む。
甘く、痺れる様な感覚。・・・・胸の辺りが苦しい。




心臓が、・・・・苦しい。






僕の目の前で声も無く、泣きながら微笑む一騎。
つっ・・、と頬を伝った涙が また一つ、また一つと地面に小さなシミを作って
僕の心に落ちる雫へと変わった。

雫は波紋を僕の中に落とす。
何かを伝えようと、懸命にーーーー。





「一騎・・・・」




僕は締め付けられる心臓を片手で抑えながら、一騎の名前を
静かに、出来るだけ落ち着いた声色で呼びかけてみた。

すると一騎は、はっとした面持ちで 急に両腕の制服の袖で涙を拭った。
そして少し瞳を赤く潤ませながら 僕へとはにかんで言った。



「ご、・・ごめん!こんなつもりじゃっ・・・」


そう言い掛けて、一騎は僕から視線を外した。
恥ずかしそうに俯いて、か細い声で 言葉を紡いだ。


「・・・・ただ、嬉しくて・・ついーー」



頬を赤らめて、肩を途端に竦める一騎の反応が
可愛いらしいのと同時に、・・愛おしくみえた。


「・・・・・嬉しくて?」



僕は一騎の言葉に、疑問を投げかけた。
嬉しい、とは・・一体どういうことなのだろう?



「あ・・・、その・・さっきの花言葉・・母さんがくれた最初で最後の言葉だったんだ」



「え・・・?」



「ーーーー”君在りて、幸福”」



「!!・・・・・そ、うだった・・・のか」




「・・・うん。」




こんな偶然があるんだろうか?


一騎の母親の言い残した言葉が、僕の好きな花言葉だったなんて。
小さな奇跡を見せられた気がして、とても不思議な錯覚に陥るようだった。



「・・・だから総士がさっき言ってくれて・・・凄く驚いたけど、すごく嬉しかったんだ」



「え・・?」



「−−−・・独りきりになってから、・・・ずっと誰かに言って欲しかった言葉だったから・・」




淋しそうに、でもどこか嬉しそうに微笑む一騎の肩越しに
赤い夕闇が燦然とした光を放って 夜の訪れを僕らに知らせた。
黒い艶やかな一騎の髪が 夕映えの花の静けさに似た落ち着きを 風の中で教えた。



「総士が言葉にしてくれたことが・・・・嬉しいんだ」




微笑む君の影から、見えない感情が溢れそうで怖かった。
あまりにも、眩しすぎる・・今の君は。



「−−−−・・・そうか」



僕はそれだけしか、紡ぐことができなかった。
言葉が、浮かんでこなかったんだ。

原因不明の胸の痛みと締め付けは 強まるばかりで
呼吸が軽く、乱れる。


ただ、花言葉を口にしただけなのに 何故か君は そんなにも深く衝撃を受けて、
感謝を伝えて・・・・こんなにも誰かに影響を及ぼすなどとは 思って居なかった。



僕の一言に、こんなにも重みがあるなんて、考えたこともなかった。



「・・・・・風が出てきた。そろそろ家に入ろう」


僕は、すっと立ち上がると 一騎にそう促した。
一騎は素直にこくり、と頷くと 僕の後ろを黙って付いてきた。



・・今日の夜は蒸し暑くなるな。
何故かそんなことを、ふと意識の果てで考えていた。



+++









二度あることは、三度ある。


まさに、その言葉を象徴するような出来事が起こるなんて
・・誰が想像出来ただろう?



少なくとも、僕は予測できなかった。
その出来事によって、僕の運命が大きく変わることも。




彼との歩むべき未来が、交わろうとしていることもーーーーーーーーー。










「D出版の漢和辞典は、今貸し出し中ですね」


今日の課題を済ませようと、帰りがけ、
必要な参考書を学校の図書館で借りることにした僕は
意外な図書館司書の言葉に 少し戸惑ってしまった。

「あ・・・、そうですか。借りた人の返却日はわかりますか?」


「はい、少々お待ち下さい。えぇと、ーーーー・・・・三日後、ですね」


「三日後・・・」



参ったな。課題は明後日までだから、返却を待っていたら間に合わない。


僕は予想外の出来事に困惑しつつ、落ち着きを取り戻していった。
D出版の漢和辞典は収録されている内容が他とは比べ物にならないほど豊富で、見やすい。
しかし、その代わり ページ数が半端ではないため、一語の意味を探すのに一苦労だ。

けれど慣れてしまえば話は別だ。 僕は長いこと愛用していたため、今では普通の辞書調べと同じペースで
簡単に調べられる。 長年の業とでもいうべきだろうか。
話はかわって、難点がもう一つある。持って帰るのが大変なのだ。・・とても分厚い本だから。


本棚のスペースを幅広く取る関係で、学校には一冊しか置いていない、この辞書は
あまり生徒からは人気がなく、滅多に使われない。だから、いつものようにスムーズに借りれると考えていたのに
予想外の出来事で 予定が少し狂ってしまったようだ。



「ーーわかりました。・・それじゃあ、他の辞書を探して見ます」


僕はそういうと、図書館司書の人に軽く一礼をして、その場を去ろうと試みた。
が、ふと あの辞書を借りた人が気になって 再び司書の人に声をかけた。



「・・・・あの、ちなみにその辞書・・誰が借りてるんですか?」


僕の問いかけに、図書館司書の人はすぐさま反応を見せて、調べ始めた。
そうして、得意な面持ちで 僕へと答えた。




「三年C組の・・・真壁一騎くん、ですね」









+++












コンコンッ・・・・





「一騎・・・ちょっといいか・・・?」




僕とは向かい側にある一騎の部屋のドアを
軽くたたいてみれば、廊下にその音が反響して木霊した。


時刻にして夜の八時半。
そう遅くはない時間帯だ。丁度夕食も済ませて、ひと段落した時間帯だといえる。
僕は明後日までの課題に取り組むべき、参考書を求めて 一騎の部屋を訪れた。

以前、一騎の補習に付き合ったとき、自分が愛用している辞書を
彼に薦めたことを思い出し、少し笑った。
自分で引き起こしたような事実と、僕の薦めた辞典を素直に使ってくれている一騎の
純粋さに 胸の奥がくすぐったい気がしてならないのだ。


そんなことを思い出しながら、微笑を零している自分が
存外気持ち悪い気もするが、新たな自分を垣間見た気がして、悪くないと思ってしまう。
新たな自分を発見することは、むしろ嬉しいことであり、気持ちの良いことだった。


そうこうしている内に、一向に開かない扉。
部屋の住人の声も返ってこない。

僕は悪いと思いながらも、不思議に思って部屋のノブに手をかけた。
そして軽く回してみる。するとカチャッ、と機械的な音が微かに聴こえてきた。


・・・・鍵はかかっていないみたいだな。



僕は怪訝に思い、室内を覗き込んでみた。
キィッ、と扉が開き、僕は室内に入った途端、後ろ手に閉めた。
しん・・、と未だ静まり返っている部屋。


今度はしっかりと見回してみた。
するとーーーーーーーーーーーーー・・。



軽く開いた大きな窓に、水色の薄いカーテンがヒラヒラと風に靡いている姿が目に飛び込んできた。
そして、その近くに置いてあるレトロな味のある勉強机に伏している、
部屋の住人の華奢な身体が瞳の端に映ったのだった。


そっと近づいてみる。
と、寝息のようなものが聴こえて来た。
スー、スー・・と一定の間隔で、呼吸が空気を通して振動している。


「・・なんだ、眠ってしまったのか」


僕は、穏やかな一騎の寝顔に ふと綻ぶと
奥のベッドにあった柔らかな毛布へと視線を向けた。

ベッドまで運ぶと、きっと起きてしまう。彼の眠りの邪魔はしたくない。
かといってこのままにしておくと風邪をひく。・・窓を閉めると、湿気が溜まって暑いだろう。
ここはひとつ、毛布をかけるのが一番だな。
そう判断した僕は、すかさず一騎のベッドにあった毛布を掴んで、一騎の肩にそっとかけてやった。


少し開いた大きな窓は、心地よい夜の風を室内に入れてくれた。
初夏の匂いを織り交ぜながら、清々しく吹く風に 僕は少し瞳を細めた。
不意に、机の上の小さなカレンダーに視線を止める。

六月一日・衣替え。


一日の枠内にそう赤ペンで書かれていた。
その細やかさと几帳面さに、女性的な気配りのようなものを感じ、
僕は思わず笑ってしまった。
一騎の人柄がこういうところから窺える。

よくよく室内を見れば、整理整頓されており、きちんと隅々まで掃除しているようだ。
僕や父さんはお手伝いの人に任せているが、一騎は自分の部屋は自分で掃除すると
お手伝いの人に言っているようだった。自分の身の回りは自分で出来るようにしたいから、と
いうのが一騎の持論らしい。以前朝食の席で本人から聞いた話だ。

年の割にはしっかりしているし、料理も実はかなりの腕前だとお手伝いの人から聞いている。
今度作ってもらおうか、なんて思ったりする自分が 図々しい。


「あ、・・しまった・、・・こんなことを感じている場合ではなかったな」


自分の本来の目的をついつい忘れてしまいそうになった。
そんな自分に苦笑する。
以前はこんなことはなかったのに。


一騎がこの家に来てからだ。
こういうことが頻繁に起こるようになったのは。

今までさほど興味が無かったことも、彼の影響で時々気にするようになった。
不思議だ。


以前より屋敷の中が明るくなった。
人も、風景も。・・彩をましている気がする。
なんでもない出来事が、どうしようもなく僕の心に落ちてくる。

こんな新しい自分に出会えたことに驚く反面、嬉しさがこみ上げてくる。


心がとても穏やかだ。
笑うことさえなかった自分が、今、些細なことで笑うようになっている事実。
すべて一騎のおかげ、なのだろうか・・?


僕は今までに感じたことの無い心の平和と安らぎに
胸を押さえながら、机の上に積み重なっていた本の中から
目的の漢和辞典を取り出して、手にしっかりと持った。


「少しの間、借りていくぞ・・?」



そう問いかけて、ふと一騎の寝顔を覗きみる。
瞬間ーーーーーーー、一騎が手に何かを握り締めているのがわかった。




「ーーーー?なんだ・・・・・?」



僕はしっかりと握り締めている一騎の右手から、
丸まった固い小さな紙のようなものを取り出してみた。

すると、それはすぐに写真だということがわかった。


ボロボロになって、少し黄ばんだその写真。
古いものだと即座にわかった。


「・・・・どうしてこんなものを・・?」


丸まったその写真を、真っ直ぐに広げてみた。







その刹那、瞳孔が・・・開いたーーーーーーーー。










「・・・・・・・・・・・お、れ・・?」










思わず一人称が変わってしまうほど、衝撃を受けた。




その写真の中には、まだ幼い自分が微笑んで映っていたのだ。
色褪せた、古い写真。

随分擦れている。



アルバムにしまっていたようには、とても思えない。
むしろ、・・・持ち歩いていたような・・そんな感じがする。


写真に写る、幼かった頃の自分の姿と微笑みに
不思議な違和感を覚えた。


まだこの頃は、母さんが元気で・・・父さんの真実をしらない
平和な家庭にいた、自分の笑顔だ。


途方もなく、幸せだった・・・あの頃の・・自分が、そこに居た。




「・・でも何故・・・・・?」



何故、一騎が僕の写真を・・・・?



不思議に思って、暫く写真に視線を向けていたが
自分の手のひらから写真が抜き取られた違和感に気づいたのか、
一騎が身動ぎをし始めた。


しきりに右手の感覚を探しているようだ。


僕は慌てて、一騎の右手に写真を戻した。
今目を覚まされると、困惑して、どうしたらいいか頭が働かないだろうから・・。


僕は辞書を片手に、颯爽と部屋をあとにしようと
慎重に後ずさりしながらドアの方へと焦点を合わせた。
が、突然背後から 一騎の声がした。



「総士・・・・」






「!!!」




気づかれた!!
瞬間、そう思った。



僕は出来るだけ平静を装うことに決めると、
ゆっくりと身体を一騎の居る方へ向き直した。



「すまない・・勝手に部屋へ入ったりし・・」


言いながら振り返ると、



そこには先ほどと変わらずに、勉強机に伏して、眠っている一騎の姿があった。




「・・・・・・一騎?」




てっきり起きてしまったのかと思った僕は
再び一騎の傍によって、顔を覗きこんでみた。



「寝てるのか?かず・・・・」









思わず、・・・言葉が止まった。




心臓が・・・・・・・・・・・・・ドクン、と大きく脈を打つ。







窓から入る、清々しいそよ風に髪を掬い取られながら君は



あの日のように、 あの瞬間のように



また君は・・・






月明りの下、真珠のような涙を一筋
頬に伝わせて  ・・・・・泣いていたね。




どこまでも純粋で、どこまでも綺麗な 透明の熱。
広げていたノートに淡い雪花のような シミを作って 君はそこに咲かせたんだ。




そして、・・・・・・・僕の心にも。







「そ・・う、・・・・し・・・・・・・・・・」








やっと、わかった。








君が夢で泣いている理由も。
僕がこんなにも胸をしめつけられる理由も。





いつかの海岸で、君が言っていた言葉を思いだす。





『忘れられない想いも・・・消えない記憶も、多分・・みんな愛情に繋がってるんだと思うよ』





忘れられなかった。
初めて君が僕に示してくれた想いを。


消せなかった。
天気雨と勘違いしてしまいそうになるほど、
大粒の涙を零していた 君の泣きながら笑う姿を。




そうか。
そうだったんだ・・。


君の姿が人より輝いて見えたのも、胸が苦しくなるのも
色々な感情が自分の中に生まれいずるのも


全部全部、そのせいだったんだ。
愛情に、繋がっているせいーーーーだったんだ・・。




だったら、今僕に出来ることは・・することは一つだけ。





『−−愛は目に見えないものだから・・カタチに出来ないものだから・・だから、
その深さも大きさも知ることは出来ない。』





一騎が僕に教えてくれた。
この気持ちが偽りか、本物かどうか・・確かめる方法。




『だけど、・・だからこそ 人と人は向き合うことで確かめるんじゃないかな。
・・確かにそこに生まれたのは、愛なのかどうか。その愛は・・本物なのかどうか』









一騎と、・・・向き合おう。









ひっそりと静まり返った部屋の中。
寝言で僕の名前を呼ぶ、一騎。
原因不明の胸をしめつける想いに今、名前が付いた。


”恋心”


今まで知らなかった、その想い。
けれど今、やっと・・芽吹いた その花。


何度も、何度も 君が落とした涙の種が
きっと恋心に形を変えたんだね。




「・・おまえは、泣いてばかりだな。・・・一騎」



そっと人差し指で頬を伝う涙を拭えば
長い睫毛が風に揺れた。



「泣かせてるのは・・・・・・オレか」



二度あることは三度ある。
よくいったものだ。




一度目は、玄関先で。
初めて出会ったその瞬間に。



二度目は、屋敷の庭先で。
気に入っていた花言葉を零したその瞬間に。



そして、三度目はーーーーーーーーーーー・・・。




僕の名前を口にした、その瞬間に。






三度目の涙で気づいた。






「・・・・三度目の正直、か」





ごめん一騎。
もう、僕は逃げない。





お前の気持ちを受け止めて、本物かどうか、見定める。
いや・・・・・本物だと、確信してみせる。






やっと・・・・・やっと心から・・・・・・・・・・・・・・







誰かを愛せる。









母さん。


中途半端な愛し方はしないよ。絶対に。
この心も、気持ちも全部、守って見せるから。



だから、そこで見てて。









やっと、この四文字を心から言える人が・・・出来たんだな。






































「好きだよ・・・・・」




































三度目の涙で







僕は恋に落ちた。








































・・・・・・・・・初恋だった。














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こんにちは〜!!青井聖梨です。
お久しぶり、な感じがしますね。

いかがでしたでしょうか??
いや〜、このシリーズも長いっすね!しかも未だ両想いじゃない・・。
というか、両想いにやっとこの回でなったんですけどね(笑)

随分遠回りしました。
けど、丁寧に心の描写を書くことが出来て嬉しい限りですvv
もう少しこのシリーズは続けて行きたいのでよろしくお願いします!

さて。やっと自覚したわけですから、次回はもちろん
二人が交際を始める雰囲気でお届けできるかもです〜。
それではこの辺で☆★

                青井聖梨 2006.8.25.