遅すぎたんだ、何もかもが



















虚像(レプリカ)は僕に微笑む

〜恋愛編〜













この人を愛するために俺は、生まれてきたんだ・・きっと。
心からそう思える。


だって、もう
俺の全てがーーーー彼に、向いているから。
理由なんて必要なかった。


そんなもの、今の俺には要らない。



この身ひとつと、この想いひとつあれば
それでいい。




総士・・・・




やっと、出逢えたーーーーーーーー。





お前に・・・・。



+++












二人で黙々と二階に上がり、長い廊下の一番奥の部屋附近まで来ると
目の前を歩いていた総士が急に立ち止まった。
そして、ゆっくりと俺の方へと振り返り、静かな低い声音で言った。



「ここが君の部屋だ」




二階の一番奥の右側の部屋。
それが俺の生活の拠点と成るべくして用意された部屋だった。
ゆっくりと、扉を開けてみる。

キィッ・・、という音と共に飛び込んできた光景。
それはまさにーーーー別世界、だった。


第一印象は、”一人部屋には広すぎる”。

明らかに広い室内にはすでに装飾品が所々置かれていた。
程好く大きな窓には水色の薄いカーテンが引かれ、
レトロな使い勝手のいい勉強机と椅子が窓の近くに佇んでいた。

背丈が少し高い四角い洋風のテーブルとソファー。テレビやDVDレコーダー、小型冷蔵庫。
壁紙は桜色と橙色が交互に交ざった何とも味のある優しい色であった。
部屋の隅にはダブルベッドサイズのベッドが堂々とその存在を俺にアピールしてくる。
清潔感溢れる白いシーツが綺麗にかけられ、ふわふわの毛布が行儀よく畳まれていた。

その室内一式は、まるで高貴な御曹司が泊まるかのようなホテルの姿をしていた。


室内の雰囲気に呑み込まれた俺は、ただ呆気にとられて佇むばかりで
戸惑いを隠せずにいた。

すると、背後から 先程よりも少し温かな色をした声が 空気に溶けて
俺の耳に伝わってきた。


「・・自分の居心地の好い様に変えて構わない。・・君の部屋だ」



そういうと、総士はすぐさま踵を返し、俺の部屋の向かい側の部屋、
つまり二階の一番奥の左側の部屋のドアへと手をかけた。
俺は即座に言葉を紡いで彼を引きとめた。


「そっ・・・・総士、・・さんの、部屋って・・・」


あたふたしながら声を掛けてみる。
総士は 不意に視線を俺の方へ向けて言った。


「僕の部屋はここだ。・・君の部屋の向かい側」


どこまでも落ち着いた大人の声が辺りを包んだ。
俺はその言葉に嬉しくなって、少しだけ顔を綻ばせて言った。


「そう、なんだ・・。色々とありがとなーーー総士さん・・」




「・・・・・・・・」



俺の言葉と微かな微笑みに、少しだけ沈黙を守った後、
総士は小さな声で俺に投げ掛けた。



「・・・・総士でいいよ、−−−−−−−・・・・一騎。」








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーードクンッ






鼓動がその瞬間、高鳴った。



胸が、・・・震えた。

総士が、・・・・俺の名前を呼んでくれた。






名前を知っていてくれた。それだけで嬉しいのに。
名前で呼ぶ事を了承してくれた。





あぁ、うまく・・呼吸が出来ないよ。
父さん。


また、泣いてしまいそうだよ。
・・母さん。



俺は感激で震え上がりそうな身体を必死で抑え付けながら、
コクリと深く頷いた。

すると総士は、付け足すように言葉をそっと零した。



「・・・それから、さっき玄関先で聴いた言葉だが・・」



その言葉を聴いて、俺は先程とは打って変わって 血の気が引いたように
真っ青になると ギクリ、と肩を一瞬竦めた。



さっきの言葉。


そう・・俺が思わず零してしまった想い。


総士とやっと出逢えて、総士にやっと触れられて
嬉しくて、仕方なくてーーー。


だから 自然と口から零してしまった。
今まで秘めていた、想いの全てを。


”総士が好き”




言葉に・・して、伝えてしまったんだ。
溢れる想いを、涙にのせて。




止められなかった。
気付いたら・・・零れ落ちてしまったんだ。
想い出も、気持ちも・・。







少し険しい顔を作った総士が、俺の顔を見つめながら
静寂の中、言葉をそっと囁くように落とした。



「・・・・・聴かなかった事に、させてくれ」





柔らかな口調とは裏腹に、残酷な影を背負った言葉だった。




一瞬、目の前に闇が広がる。
視界が少しだけ擦れて、世界の底を見ているようだった。

身体に伝わる感覚が、無くなっていく。
俺の目の前にいる、清浄な空気を纏った少年は ただ直向に
俺の姿を瞳の奥に映して、刹那。瞳を鋭く細めるだけだった。


俺は、気持ちを否定されただけでなく
存在まで否定された気分になって、俯くと同時に肩を落とした。


駄目だ。
・・・・泣くな。




解かっていた事だろ?
受け入れられないことなんて、百も承知で好きになった相手だろ。

自分にそう、何度も言い聞かせた。



俺は握りこぶしを右手に作ると、
顔を上げて必死でその場を取り繕った。
痛々しいを通り越して、滑稽・・・だったかもしれない。



「ごめん、急にあんなこと言って。・・・驚いただろ?
忘れてくれ・・・さっきの事はーーーーー全部・・・忘れて・・」



上手く笑えただろうか?
自分でもよくはわからないけど、総士を困らせたくはなかった。
だから、あの告白を消すしか・・道はなかったんだ。

出来るだけ明るく振舞いながら、総士に微笑みかけてみる。
泣き顔はもう、見られたくないと思った。
あんなかっこ悪い自分、見せるにはあまりにも軽薄だと感じた。



総士は、黙って俺の言葉を聴いていた。
憂いを帯びた銀色の瞳が、廊下の窓から漏れる光に絡まって
幻想的な輝きを造る。

柔らかな長い琥珀の髪が隙間風に揺らされて、微かに俺の頬に触ると
途端に波のように寄せては引いた。


「・・・・すまない」




ポツリ、と虚空に総士の儚さが溶けては消えた。



その一言に、俺の精一杯の強がりが脆くも崩れ落ちそうで、
一瞬俺は 不覚にも・・泣きそうな顔になってしまった。



その瞬きのような一瞬を、総士に見られてしまった事は
言うまでもない。



総士は、少しだけ眼を見張ったあと、静かに瞳を伏せて
自室へと入っていった。



何を言うでもなく。ただ、ひっそりと。
 その場に俺を残してーーーーーーーーー。



俺は、そのとき初めて知ったんだ。




受け入れられない寂しさと
拭いきれない温もりを。

 





父さん、どうして俺たち
出逢ったのかな?






愛し合えないのなら、


傍に居ても めぐり逢っても



意味なんてないじゃないか・・・・





どうして俺は生まれてきたの?




母さん。



俺は、総士のために生きているんじゃないの?
それはただの思い上がりなのかな。



俺の・・・エゴなんだろうか。







消せない過去。
それは俺が俺であった全ての軌跡。


俺の過去には、いつだって
一枚の写真と止め処ない想いが、溢れていた。




写真に写る少年の・・・虚像の微笑みに



俺はいつだって支えられていた。




救い出されていたんだ。












お願い虚像(レプリカ)。

もう一度、俺に微笑んで見せて。





俺を闇から掬い上げて。









総士・・・・・





もしかしたら俺たち、あのとき出逢っていれば
変わっていたのかな・・








あの      大雨の日





総士のお母さんの葬儀が行なわれた、あの日に。






出逢ってさえ、いれば・・ーーーーーーーーーー






でも、もう・・・・。

























遅すぎたんだ、何もかもが。






















もう、あの瞬間には 戻れない。



過ぎ去ってしまった時を元に戻す術を
俺は知らない。



そして、走り出した想いを止める術も
俺は持たない。




想いは消えない。思い出と同じ速さで
俺の中を駆け抜けるだけ。





玄関先で口にした 総士への想いを聴かなかった事には出来ても、
想いそのものは、俺の中に残るから。



そう簡単には・・・・消えないから。






だって五歳のときから、お前が好きで







好きで・・・・・・・










足掛け十年の、片想いなんだ。











何もかもが、遅過ぎたとわかっていても
十年分の思い出と、十年分のお前への想いは・・

無くなったりしないだろ?









総士























                           人を好きになるって、そういうことだろう・・?


















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こんにちは〜!!青井聖梨です。御久しぶりっス!!
いかがでしたでしょうか?

皆城総士は未だ謎の少年ですな(笑)何処か掴めない、ミステリアス少年に見えたら幸いです。
一騎の方は、想いを突っぱねられてショックを受けてますね(爆)まぁ、でもたまにはいいでしょう。
総士が主導権を握るって・・なんかいいね!萌え!!それはいいとして(汗)

皆城少年には闇が。一騎には温かな愛が広がっている。
どちらも孤独でありながら、求め合うことが直接的には出来ないといった関係かもしれません。
兎にも角にも、二人がどう近づいていくかは・・次の話で!!

ここまで読んでくれてありがとうございました!!ではでは〜☆★


青井聖梨 2006.6.3.