ねぇ、好きだと口にしたら
泣いてしまいそうだよ。
キミのこと、守るよ。
「また見ているのか?総士。」
不意に少年へと声を掛けたのは、少年の父親である皆城公蔵であった。
いつまでも、赤い液体に静かに浮かぶ妹をぼんやりと少年は眺めている。
「もうすぐ日が落ちる。・・・暗くなる前には、家へ帰って来なさい。いいな?」
「・・・・・・・はい。」
視線もそのままに、父親の言葉に空返事を返した少年は
一瞬たりとも 目の前で浮かぶ妹から目を離さなかった。
公蔵は、そんな息子の気の無い様子に 半ば諦めを覚えていた。
息子をこんな風に変えてしまったのは、間違いなくここに居る自分と島のせいであった。
弁解する余地も無い。
息子、そして液体に浮かぶ自分の娘を 島の犠牲にしてしまったこと。
それは自分の唯一の罪であると公蔵は認識していた。
しかし、誰かがやらなければならない役目であり、自分は島の代表である。
そう考えると、自分の息子や娘に責務を継承させるのは 当然の事でもあり、
義務でもあった。残酷ではあるが、それが皆城家に生まれた者への宿命であった。
公蔵は、つい先日 島の真相と事実を息子に伝えた。
息子の総士は、その真相と事実に驚き、動揺しながらも自分なりに
現実を受け止めようと努力していた。
人に弱みを見せることを極端に嫌う総士。
やせ我慢だと分かっていても、父親の前で凛とした姿勢をすぐさま作ると
ただひたすらに前を向いて、父親の一言 一言に深く頷いていた。
そんな息子の態度が公蔵には健気で、脆くも強い人間に見えて 胸が詰まった。
日々、見えない何かと格闘しながら総士は変化していった。
大人と子供の境界線に立った自分の息子は、必至に運命を受け入れ、
戦おうとしている。逆境も越えようと、努力している。
強い風に吹きつかれようと、耐えて前に進もうとしている。
なんと凛々しくも儚い存在だろうか。なんと愛しくも悲しい魂だろうか。
公蔵は 運命に弄ばれても尚、光を探し、自分という存在の在り処を求め続ける息子に
痛切な許しと、癒しを乞いたくなる。しかしそれは余りにも身勝手な行為だとわかっていた。
だから公蔵は、そんな衝動を抱えながらも 息子のしたいようにさせてやるのだ。
せめて、それだけは 息子のしたいようにと。
エゴに似た、この感情を 親心と呼ぶには程遠い。けれども・・・。
この脆くも強い少年の見る夢が、
せめて優しい夢でありますようにと願う
この想いだけは
どうか、父親の証であると 思いたかった。
公蔵は、そんなことを考えながら いつまでも
妹を眺め続ける少年を置いて、岩戸を後にするのだった。
+++
妹のために在ろうとした少年。
しかし、時は立ち 少年は恋をする。
そして、少年は
”普通である自分”を手に入れたのだ。
「総士は将来、何になりたいんだ?」
「・・・・将来?」
クラスメートの一人である剣司に、そんなことを聞かれた。
漠然とした質問に僕は思わず、顔を歪める。
「そうだよ。この前もらったろ?進路調査票!お前はどうするんだ?
やっぱ頭いいから、島を出て 都会の高校とか行くのか?」
進路調査票。そう、この時期にもなると そんなものを担任は配ってくる。
僕らはもうすぐ卒業だ。人生の大事な分岐点に、着々と向かっているのだ。
でも、僕は進路というものに 大して興味はもてなかった。
先の見えない この島の未来。そちらの方が今の僕には興味がある位だった。
「・・・まだ、考えていない。」
僕は そう短く剣司に答えると、そそくさと帰る仕度を整える。
「チェッ!つまんね〜の。参考にしようと思ってたのにな〜・・」
少し残念な素振りを見せながら、剣司は僕の席から離れて行った。
僕は仕度を済ませ、教室を出る間際に、剣司へと一言声をかけた。
「・・・・・島を出ようと思っているのなら、やめた方がいい。」
「へっ?なんで??」
気の抜けた返事が即座に返ってきた。
「−−−−・・危ないだろうからな、色々と。」
語尾を強調して言い、僕は注意を促した。
剣司は”都会ってやっぱ危ないのか?!”と見当違いなことを言う。
けれどそれでいいのだと思う。
そう勘違いされた方が きっと剣司のためになるだろうと思った。
事実を知ることで、未来を見失う事は・・・悲しい。
僕は経験者だから そんな事を思う。
僕も小さい頃は、島の外を出て 色々したいと思っていた。
それこそ、沢山の夢を巡らせたものだ。
・・昔は僕も、島を出たいなどと思っていたのだ。
今となっては懐かしい記憶であり、残酷な夢であるが・・。
しかし、不思議と後悔はない。
甘い夢を一時でも見られた。
それだけで、よかった。
今の僕を形作るもの。今の僕をこの島に引き止めておくもの。
それこそがこのような昔の記憶、甘い夢なのだから。
僕は現実を知った。夢から醒めたんだ。
でもせめて この島の人々にはまだ、夢を見ていて欲しい。
夢を見させてあげたい。
僕のように、なって欲しくない。
だからせめて、小さな嘘を吐こうと思う。
皆がまだ、夢を見ていられる嘘を。
僕は将来に悩む剣司を横目で見ながら、教室を後にした。
辺りを見渡すと、窓から入ってきた夕焼けの赤が 廊下に広がっている。
その赤を見る度に、思い出す。
あの赤を。
妹が浮かんでいる液体の赤。
そして・・・
一騎に傷つけられた左目から流れ落ちる血の、赤。
「一騎・・・・」
不意に、言葉が零れた。
その名前を口にするたびに、どうしようもない想いが
胸を締め付ける。
窓から射す赤い光が目に沁みて、ふと瞳を細めた。
すると、今 考えていたばかりの その人物が、窓から見えた。
僕は急に声が聴きたくなって、走り出す。
その姿を 瞳にこれ以上にないという位、焼き付けたかった。
衝動と焦燥が僕の脳内を支配して、僕を突き動かす。
はやく、はやく と乾ききった喉を潤す清水を求めるように。
そしてその清水のようにキミは綺麗で。
僕はいつでも、君から瞳が離せない。
交わす言葉は平凡で、誰もが口にするような
ありふれたものばかり。
けれど僕の抱くこの想いだけは、特別だと素直に云える。
キミが好き、キミが好き、キミが好き。
まるで呪文のようだ。
会えない時間がもどかしくて、辛いときは側に居て欲しくて。
まるでこの島に住む、”普通の人”のように自分が思えた。
”誰かに恋をすると、自分はその人のために生まれてきたんだと思える”と、
誰かが言った。
そう。あの人は恋をしている人だった。
僕もそんな風に思える日が来るのだろうか・・そんな事を そのとき思った。
こんな僕でも、普通に恋が出来るのかと、真剣に考えた。
今思うと あの、恋をしている人の言う通りだった。
僕は今、満たされている。
君に恋をしたから。
キミのために生まれてきたんだーーー、そう思える。
一騎、キミの前だと僕は ただの恋する人になれる。
君がくれたんだ。 僕にとっての、”普通”を。
僕が欲しくて仕方なかった、あの甘い夢を。
もう一度キミが、僕に見せてくれるんだ。
キミが、キミだけが、僕にくれるんだ。
こんなにも温かい、想いを。
ーーーーーーーこんなにも優しい、痛みを。
「一騎!!」
その名前が好きで
その瞳が好きで
その声が好きで・・・
「総士・・・?」
僕が名前を呼ぶと、こんなにも驚くキミ。
それでも、好きで。
「・・・一緒に、帰らないか?」
久しぶりにまともに話した。
キミとは暫く疎遠になっていたから。
声が聴けてよかった。
勇気を出して、よかった。
「えっ・・・・・」
君に見つめられるだけで
どうしようもなく、僕は嬉しい。
「・・・・・・駄目なら、いいんだ。」
君の姿を永遠にこの胸に
焼き付けられればいいのに。
そうすれば、もう何も望まないのに。
「駄目じゃ・・・・ない、よ・・・・・・」
時間が止まればいいと思った。
今なら僕は永遠を、信じられる。
「・・・いいのか?」
今なら運命も変えられる気がする。
運命に流されずに立ち向かえる、気さえするんだ。
「・・・・うん、いいよ。」
僕にもっと勇気があればいいのに。
そうすれば、今すぐキミを・・・・抱きしめられるのに。
「総士、一緒に・・・帰ろう」
ねぇ、好きだと口にしたら
泣いてしまいそうだよ。
僕の守りたいものは、いつだって キミだった。
「一騎・・・」
「・・・なに?」
「キミのこと、守るよ。」
好きだと言えない代わりに
この想いごと、僕の全てで。
NOVELに戻る
☆ 6666ヒット記念小説です!! ★
こんにちは、青井聖梨です。いかがでしたか?
シリアスに見えがちですが、そうでもないでしょう?(爆)
お互いの事、ほんとは気になってる総一です、コレ。総士と疎遠になってる一騎。
でも総士が、一騎がやっぱり好きだから近づきたいと一歩踏み出した・・という話です。
初々しく、疎遠のリハビリとして”一緒に下校からお願いします!”みたいな?(笑)
それではこの辺で!2005.9.15.青井聖梨