君は、空ばかり見てる。


















おれは、 ・・・・ 君ばかり見てる。


































蒼穹、ときどき 涙。


























「総士・・・・どこにいるんだ・・・?」












気がつくと、君はいつも屋上にいた。









空を見上げ、仰ぎ見る その先に
ずっと 待ち焦がれている 君の想い人。






君はいつだって探していた。











「・・・・・そんなところに 総士はいないよ」











背後から、静かに近づいて 肩越しに 君へと声をかける。






君は一瞬 肩を震わせて、 そしておれを目の端で捕らえると
静かに俯いて おれに言う。









「わかってる・・・・・・でも」











それでも言葉にしないと不安で。








そんな君のささやかな心情が 手に取るようにわかるのは
・・・おれが総士と繋がり、君が総士と重なり合っているからなのだろうか。






おれの中に 確かに総士は存在していて、君と総士は今現在もクロッシング状態でいる。





君は知らないかもしれないけれど。
多分、言う必要もないのかもしれないけど。





何でかなぁ・・
君の事、どうしても 放っておけなくて。





総士の感情が時々流れ込んでくるんだ。







君の事、すごく すごく大事にしてたって わかる。
君も、総士の事 すごく すごく大事なんだって わかる。




だから 君に傷ついて欲しくない。
苦しそうに顔を歪めて、痛みに耐える君は 見たくない。

 空を仰ぎ見て、あてもなく総士を探す君も 切なくて見てられない。



君を見てると 色んな感情に出逢う。



まるで自分自身が フェストゥムから人間に生まれ変わるような
錯覚を覚える。


どうしてこんな 感情が自分に起こっているのか理解できない。
でも自分でも不思議なくらい 君から目が離せない。



双眸(まぶた)に君の残像(すがた)が焼きついて、
離れない。




消滅(はなれ)ないんだ。









+++














「一騎くん・・・・あまり無理、しないでね」






殊勝な声で一騎に話す彼女は、遠見真矢、という存在。




褐色のいい肌に 肌理細やかな肩に掛かるほどの髪。
大きな瞳が心配そうに風に揺れる。

明らかにわかる、彼女の一騎への思慕。
まるで絵に描いた物語のヒロイン。


きっと一騎が王子様役なら 彼女がお姫様役になるんだろうけど。


けど、どちらかというとおれには 一騎自体 王子様ってポジションより
お姫様ってポジションの方が らしい気がして なんとも複雑な光景にみえる。






「ありがとう、遠見。・・でもおれは平気だから」



薄っすらと微笑を浮かべ、目を細める一騎。
きっとその瞳には 目の前で不安そうに見つめる 少女の姿さえ、
鮮明に捉えるには難しいだろう。

それほど、一騎の視力は低下している。


おそらく、あと半月もすれば、一騎の世界は色を失くすだろう。



今はぼんやりと 物体の姿を捉えるくらいしか見えてないはず。
少女の泣きそうな表情なんて、わかりっこない。


伏せ目がちに二人を見やれば、一騎は 遠見真矢に再び微笑んで、言った。






「遠見・・・・もう、家・・戻ってくれ。きっと遠見先生・・心配してる」




「・・・・・・・う、ん」






今現在、一騎はアルヴィスの休憩室にいる。おれと対話するために。
そして、あまり目の見えない一騎を心配して、遠見真矢がずっと熱心に付き添っている、
という状態である。がーー・・一騎にとって付き添いというのは少々荷が重いようだった。

あまり人付き合いが得意そうには見えないけど、やっぱりその通りで
向けられている好意に対して、どう対処していいか迷っているようだった。
だからこうして 彼女を家に帰して、枷を外そうとしているのだ。




一騎の言葉に 渋々 少女は休憩室の扉を開けると、おれと一騎に視線を合わせて
静かに扉を閉じたのだった。




瞬時に静寂は 訪れ、おれと一騎だけの空間になる。
空気が少しだけ重たくなった気がした。



なんだろう、この感覚。
緊張感っていうのかな?初めての経験だった。




総士に痛みを教えてもらって、人間という存在を知ったおれだけれど、
まだまだ知らない 感情や感覚が人間には隠されているんだとわかった。





「・・・・・・話、するんだろ?場所・・・変えてもいい、か?」





無表情に、そして抑揚のない声が隣から聞こえた。





「あ、・・うん。どこでもいいよ おれは。一騎と話できるなら・・」




唐突に話しかけられて、驚いたけど
・・嬉しかった。




一騎から話かけてくれるのは 本当に少ないから。










「・・・・じゃあ、屋上ーーー・・・・行かないか・・・?」





おれは目を丸くする。






「本当に好きだね、・・・屋上。・・・いつもいるよね・・?」








この間も屋上にいた。



なんでかな・・・?ここは息苦しいのだろうか・・?









「・・・・・・・・・空が、見たいんだ」









そういって一騎は足を踏み出した。









嘘だ。







おれは心の奥で、応える。







「そう・・・−ー」











君は空が見たいんじゃない。














総士に会いたいだけなんだ。










君の目には もう空の色も、雲の形も映りこんではいない。
ただ眼前に広がる 無限の空間を感じるだけに過ぎない。





君の色は、もう間もなく息絶える。






そして、君自身も。










君の心も もうじき、途絶える。







総士の欠片を感じなくなった、その瞬間にーーーーー。













『僕もそう想う。・・・空は綺麗だ』











総士がおれに言ってくれたこと。












今まで空が綺麗だなんて、誰も頷いてはくれなかった。
そもそも、フェストゥムはそんなこと 感じない。
考えない。おれだけだ・・。




総士が頷いてくれたから、
・・・・おれは人間という存在を理解できると思った。
人間に触れたいとさえ、想ったんだ。














一騎。  ・・・君は空を見て、何を想うの?









空が綺麗だって、想うの?










違うよね?









総士が空にいないってことも、わかってるはずだ。
だって其処にはいないって、おれは君に教えたんだから。





だから君は 空を見て、総士を探すわけでもなく
空が綺麗だと 感動するわけでもなく・・君が想うことは 唯一つだけ。
















総士に会いたい。 







そう想って、君は空の向こうを仰ぎ見る。








ただ一心に。想いを馳せる。












蒼穹の向こうに隠れてしまった 総士の声に、耳を傾けるだけ。 


それだけなんだ。









+++






















ガチャン・・・・






重々しい扉がゆっくりと開き、辺りは夕焼け色に染まりつつある。



潮風が、少し長い君の黒髪をすくって、風に靡かせては キラキラと
艶やかな黒髪を 輝かせていた。


淡い朱色が君の顔半分を鮮やかに染め上げて、おれに視線を注ぐ。
おれは瞬間、ビクッと心臓を鷲掴みにされたように 身体を硬直させた。

こんな真正面から一騎に見つめられたのは 初めてだったから・・。




自分の頬が夕日のせいじゃなく、紅色に染まっていくのが肌の感覚でわかった。




不思議だ。何故おれは今、こんな感覚に陥っているのだろう・・?
自分で自分が理解できないでいた。

総士、これは君のせいなの?




自分の中に眠る総士の欠片へと問いかける。
応えては、くれないけれど。




刹那、一騎は髪を空へと預けながら いつものように 夕焼け色に染まる蒼穹を仰ぎ見た。








風を身体全体で感じ、目では見えない何かを感じとっているように見えた。








「・・・・・綺麗だ」







不意に零れ落ちた言の葉が、おれ自身を驚かせる。




「・・・・え・・・?」






小さな声と共に 横目で一騎がおれを見た。






空に向けていった言葉じゃなかった。
今、おれは・・・・何故。




口を覆い隠すように両手で口元をふさぐ。






何をいっているんだ、おれは。





自分が別の生き物に変わって行く様で 怖くてたまらない。








「来主・・・?どうしたんだ・・・・?」




純粋に、真っ直ぐ透き通った声がおれの耳や肩に降り注ぐ。


胸の奥がざわついて仕方ない。
鼓動が早鐘を打っていた。・・・・・何故?


疑問ばかりが脳裏に浮かんだ。









「そ、・・・・・空が・・・・・綺麗だ、と・・・・想って」







歯切れの悪いおれの応えに、一騎は栗色の瞳を風に揺らして
静かに瞳を閉じていた。






「・・・・・・・・・・・・そうだな」












瞬間、空に高く手を上げる。




まるで空を触るように。






空に触って、そこにあるモノを、光景を 確かめるように。







きっと一騎の目にはもう、色すら届かないのだろう。






おれが見ているこの光景じゃなくて、もっとモノクロの、そして曖昧な空が
微かに広がっているのだろうと思った。







「目が見えなくなるの・・・・・怖くないの?」






おれが自然に疑問を投げかければ、一騎は声のする方へと反応するみたいに
おれを見つめた。









「・・・・・・怖くないよ。多分、目で見ていたときより、今のほうが
色んなものを感じる気がする・・・」







「・・・・・・・・・・・・・・・・そう。」








一騎はあまり何かに執着しているそぶりをみせない。
ましてや、其処に一騎が本当にいるのかさえ、つかめない。
それほど、空気と同化しているみたいな存在だと感じる。







「でも・・・・・総士は、違う」






言って、消え入りそうな声音が空へと散らばる。
まるで泣きそうな声、そのものだ。








「総士は・・違うんだ。どこにいても・・・どこを探しても、いない。
いつも夢みたいな・・ぼんやりとした曖昧な時間しか、感じられない」






苦痛に顔を歪める一騎。
きっと胸の痛みに悲鳴をあげているんだと思った。






「もし・・・このまま、この曖昧な時間すらなくなって・・・
総士の感覚が完全に感じられなくなったら・・おれ」




言って、仰ぎ見た空から地を見つめる一騎。俯いたその横顔に涙はなかった。





「ーーー総士が、形でも、感覚でもいなくなったら・・・おれ・・・怖いよ」








こんなに辛そうなのに、一騎は涙をみせない。







君はどんなときでも 絶対に泣いたりしなかった。










総士がフェストゥム側に身を寄せた、そのときから ずっと。











おれは知ってる。








だってずっと 見てきた。
総士が君をずっと 見てきた。







遠く離れていても、総士は君を忘れたりなんかしなかった。








君にクロッシングしていることで 総士はいつでも君を感じていた。
心配し、慈しみ、どんなときでも愛していたんだ。






君を、・・・・・・・・・・・ずっと。
君に届かなくても、ずっと。





自分が消えてしまうかもしれない、最後の一瞬まで ずっと。






きみ、・・・・を。


















『愛してるんだ、一騎を』














そう、し・・・












『いつか あいつに再び出逢うまで・・・僕は諦めたりなんかしない』












きみは、・・・・・















『待ってくれているんだ・・・・一騎が・・・だから』











ほんとうに、・・彼のこと


















『必ず、帰る・・・・・・・・・・・あいつがいる場所へ』
















愛しているんだね。

















いつか総士が言っていた言葉を思い出す。
おれは胸の奥がぎゅっと痛むのを感じて、息苦しくなった。



ほんとは、愛するって なんなのか、
わからない。




どんな感情なのか、わからないけど。






総士は一騎を愛してる。









それだけは わかった。

だって 総士の瞳は 真剣で、透明で まっすぐで。
まるで空を見上げるみたいに 眩しそうに 伝えてくるから。


総士の欠片が おれに少しだけ、教えてくれたから。






だから、なんとなく わかるよ。
















「・・・・・・・・・・・会わせてあげるよ」









知らぬ間に、そんなことを口走っていた。
殆ど、無意識に近かった。












けどその刹那、君の双眸が めいっぱい開かれたのがわかった。














「ーーー・・・・・えっ?」







空に瞬いた声は 消えて、風が通る音だけが辺りに響いた。





おれは風が通り終えるのを待って、君へと続きを囁いた。











「お、・・れの中にさ・・・・総士の欠片が残ってるんだ。
本当にごく僅かで・・今にも消えちゃいそうでさ・・・感じるのも、難しいんだけど・・・」






だけど・・・





「頑張ってみるよおれ・・・。総士にコンタクト、とってみる」






「来主・・・・・」






一騎の大きな瞳が 見る見るうちに、澄んでいく。
淡い残光が 瞳の奥に小さな熱を 宿していた。

朱色の世界が 大きく揺らぐように 
遠くで潮騒が聴こえてくる。




一騎の肩が、髪が、服が、風に揺れる。





今にも泣き出しそうな、一騎の声が震(ゆれ)る。










見てられない。




見てられないよ、こんな一騎。











総士、君だって そう想うだろ?














会いに来てよ 総士。
一騎がずっと 探してるんだ。


君の事 探してるんだよ。




おれにこんなこと、言わせないで。
こんな状態(すがた)の一騎、見せないでよ。






苦しいよ。・・・わからないけど、ただ苦しい。





一騎は君の前でなくちゃ 泣けないんだ。
ずっと 泣けてないんだ。泣きそうなのに・・・泣けないんだよ。




一騎を泣かせられるのは、いつだって総士だけでしょ?
総士だけなんでしょ?







 だから総士、会いに来て。
今 この瞬間だけでいいから。



お願いだよ・・・・。





































「”・・・・・・かず、き”」










「ーーーー、っ!!・・・・そ、・・・うし・・・」





























ミール。


おれ、誰かのために願ったのは 初めてで
こんなこと ホントはするつもりなんてなかった。



でもさ、一騎見てると 苦しくて。



たまには・・泣いてもいいと 思ったんだ。




こんなに誰かのために、何かしたいって 思えたのが嬉しかったからさ・・

今回だけは特別に ・・・泣かせてあげたいって・・・思ったんだよ。






















「”必ず・・・・お前の元に帰るーーー僕は、・・大丈夫だ”」






総士の欠片がおれの願いに呼応して 
おれの身体を借りて 出てきていた。




少し擦れた総士の声が 風に広がる。





おれの手を、腕をかりて、総士が一騎に手を伸ばす。






目の前に佇む一騎の瞳に指が触れる。






一騎は 静かに泣いていた。




目を見開いて、行く筋もの涙をアスファルトに落としながら
どこまでも 直向きな瞳で おれの姿をかりた総士を見ていた。



涙を拭った 総士に貸してる おれの指先が涙で濡れた。
温かい その感触が おれの中に流れ込んでくるみたいで
胸が途端に苦しくなった。



初めて見る、一騎の泣き顔は 夕映えに咲く花のように酷く美しくて、怖くなった。






そのあまりにも脆弱で儚い 彼という存在が
おれの全てを壊していくようで・・・怖かった。









「ま、・・待ってるから おれ・・・・総士をいつまででも・・待ってる」



一騎の言葉に、総士に貸したおれの顔は微笑を作ると
ゆっくり 一騎を胸へと抱き寄せる。



一騎はというと、されるがまま おれの胸に抱き寄せられて
顔を埋め、背中に腕を廻していた。



抱き合う 総士の欠片と 一騎。



時間と、風が 緩やかに二人の横を通り過ぎていく。







「”一騎・・・・・・また会う日まで”」



総士は おれの身体を使って、ギュッ、と一騎を思い切り抱きしめると
静かに消えていった。





総士がいた感覚だけが おれの中に残る。






でも一騎は 総士がたった今消えてしまったことに気づいているわけなくて。
 おれの身体をぎゅっ、と抱きしめ返して 言った。






「好きだよ、総士・・・・・」















「ーーーー・・っ、」














ミール。



教えて、ミール。
・・どうしておれ、こんな泣きそうな顔、してるの?




どうして触れ合った肌が熱いの?
抱きしめられた腕が心地いいの?

求められた心が、・・・優しいの?

どうしておれは   ・・・・”総士”じゃないの?










ミール・・・こんなのってない。
こんなのって、ひどいよ。







この 全身が何かに奪い去られるように湧き立つ感情が
愛だというのなら







おれに こんなこと させないでよ。























「総士はいなくなったよ・・・一騎」



















言わせないでよ・・・























抱き合っていた肌と肌が、その刹那 静かに離れていく。







一騎の淡い瞳を正面から覗けば 君はもう、泣いてはいなかった。







湛えた涙は空に呑み込まれて、消えていくように。
君が先ほど総士に紡いだ その言葉も 一緒に空へと消えていったみたいだ。




おれはこんなとき、なんて言えばいいかなんて
知らないから ただ一騎を見つめることしか出来ずにいると

一騎は しなやかな指で 潮風に揺れる黒髪を抑えて、瞳を細めた。




微かに、泣き笑いを浮かべて 彼はおれに言った。







「・・総士、お前の中に いたんだな」





穏やかに、でもどこか淋しげに笑う、君の声が耳に馴染む。





「ーーうん」






「ーーー総士に会わせてくれて、・・ありがとな」






夕日に照らされて、君の瞳の奥が色彩を帯びていく。




「うん」








「・・・・・・・・・・来主」







「うん?」





潮風が 君の髪を優しく掬って 放さない。
















「空が・・・・綺麗だな」

















「・・・・・・・・・・・うん」











空を仰ぐ 君の笑顔は この空より遠く儚い。




















ミール。




ねぇ、・・・ミール。











痛みばかりが広がっていくよ。












人はどうして、それでも人を好きになるんだろう・・










ミール。・・・哀しいよ。












切なさばかりが募っていくよ。











































・・・苦しいよ。






















こんなにも君は、空ばかり見てる。





























こんなにも おれは ・・・ 君ばかり見てる。
















































孤独(これ)が愛と呼ぶ(いう)のなら







これっきりにして欲しい。






























「・・・・・・来、主・・・・?どうしたんだ・・・・?」























「・・・・・えっ、・・・・−−なにが・・?」























「だってお前・・・・、・・・・・・・泣いてる・・・・」









































「・・・・・・・・・。ーーあ、・・・・ほんとだ」




















想い(なみだ)で























綺麗だと想った空も、














空を見上げる君の笑顔も



















見えなくなってしまうから・・・・・・





































お願いだよ、ミール。























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  こんにちは!青井聖梨(あおいせり)と申します。
ここまで読んでくださって ありがとうございました!!!

サイトの誕生日記念ということで 初の来主小説をUPです!!

若干 来主→一騎(総一)風味となってます。
映画の印象のまま 来主を書いてみました。純粋無垢。何かに怯えている。
ミールの存在が絶対。総一どちらのことも大好き。そんな印象を受けた管理人が
一騎を知ろうとしている来主の直向きさみたいなのを前面に出して書いてみました。
少しでも楽しんで頂けたら 幸いです。 また違う形で来主を書けたらいいなと
思っております。それではこの辺で!!失礼しました。


2010・6・26・ 青井聖梨