手の中の温度を確かに感じて
想うことは、ひとつだけーーーーーーー。
手の中の温度。
「総士、クリスマス・・・空けといてくれる?」
「・・・・・・えっ?」
十二月ももう半ばに差し掛かった頃。
僕の可愛い恋人が、突然そんなことを言い出した。
僕は顔には出さないながらも、胸の中は歓喜につつまれ、
今にも飛び上がりそうなほどの動悸に襲われていた。
一騎と恋人になって二ヶ月。恋人らしいデートも数えるほどしかしていない。
キスはおろか、手だってまだ握っていない。
道生さんには笑われたが、こういうことは慎重に行なうべきだと僕なりに自負していた。
無理やり既成事実を作っても、一騎を傷つけてしまうし、何より焦りは禁物だ。
大切なモノほど手が出ないとは よく言ったもので まさしく今の僕はそんな状態だった。
いい加減少しは行動してみても許されるかと思い始めていた矢先。
クリスマスというイベントが恋人の僕らを待ち構えていた。
これは良い機会だと、僕は自然と一騎との甘い時間を過ごせるこの日に狙いを定めて
今より一歩前進しようと心に決めていた。
まずはクリスマスの予定を一騎に聞かなければならない。
僕は早速、一騎を自室に呼び出して 約束を取り付けようと思っていた。
が、意外にも僕が切り出す前に 一騎からのお誘いがかかったのである。
僕は今、世界一・・いや!宇宙一幸せな人間だと思わざるを得ない。
「・・・ダメ、かな・・?やっぱり総士・・忙しい、よな・・」
途端に瞳を細めて俯いてしまった一騎の顔。
僕は咄嗟に慌てながら繕った。
「い、いやっ!!忙しくなどないぞ!!断じてないっっ!!!!」
あまりに意気込んでしまって、可笑しく思われたかもしれない。
けれど、せっかくの好機を逃す方がどう考えたっておかしい。
僕は座っていた椅子から、すくっ、と立ち上がると 右手に握りこぶしを作りながら
部屋中に響き渡るような声で叫んでいた。
近くにあったソファーに座っていた一騎は目を丸くしながら
ポカン、と僕を見上げつつ 驚いていた。その表情はどこか可愛らしく、
幼げで、純粋無垢という言葉がぴったりと当てはまる気がした。
「あ、・・・・す、すまないーー大声をあげてしまって・・その・・」
暫くして自分のした行動に一瞬恥ずかしさを覚えた僕は、遠慮がちに侘びを入れると
一騎の目の前に立って改めてもう一度言い直したのだった。
「クリスマスは・・・空けておくから・・・」
思いのほか殊勝な声になってしまった。
これでは何だか”楽しみで仕方ない”と言っているのと同じに聴こえる。
僕は少しの羞恥心と胸の奥で格闘しながらも、一騎へと真摯な瞳を贈り続けた。
すると一騎は、僕の言葉に更に瞳を大きく開けると、次の瞬間には
ふわっ、と淡く優しい微笑を僕に向けてくれた。
ーーードキンッ・・・
一騎のその表情に、僕の心臓は早鐘を打ち始める。
鼓動がまるで生き急いでるかのように、僕の中で鳴り響いていた。
僕の呼吸が微かに乱れる。動悸のせいで少し、胸が苦しい。
身体が上手く動かない。硬直したかのようだ。
一方一騎は、そんな僕の様子に気づく訳でもなく
更に僕の鼓動を速めるような事を口にしながら微笑んでいた。
「ありがとう総士・・。それじゃあクリスマス、楽しみにしてるから・・。
クリスマスは・・・ーーーーずっと一緒に、居よう、な・・・」
「−−−−えっ・・?」
ずっ、と・・・・・?
それって
それって・・・・・一晩、ということなのか・・・?
「か、一騎っ・・・・!?」
きっとこの時の僕の頬は真っ赤だったに違いない。
頬が赤くてもよかった。とにかく一騎の真意をいち早く聞きたくて。
いきなり立ち上がって部屋をそそくさと出ようとする一騎を、
後ろから大きな声で呼び止めてみるのだった。
すると一騎は振り向いて、僕に困ったように微笑んだ。
その頬は、薄紅色をしていた。瞳がゆらりと揺れたかと思うと
胸の前で手をキュッ、と握って 恥ずかしさに耐えているようだった。
僕は、そんな一騎を見て 確信した。
一騎も、今より一歩前に進みたいと思っていると。
「ーーー・・いいのか?」
僕は出来るだけ真剣な瞳を一騎に向けて、
しっかりと一騎の気持ちを確かめた。
確信はあるものの、万が一の思い違いだった場合
一騎を傷つけてしまうからだ。
部屋中に、僕の少し低い声が無造作に響いた。
一騎は、僕の言葉に 身体を微かに震わせながら
握る手に力を込めて、ゆっくり コクリ、と頷いた。
その手の中に、どれだけの勇気が詰まっていたのだろう。
僕は 微かに震えながらも 僕を受け入れようとしてくれる一騎の気持ちに
ーー胸が震えた。今、僕の胸の中には 感じたことの無い幸福感が詰まっている。
「・・・じゃ、じゃあ総士・・・おれ、行くからっーーー」
「あ、あぁ・・・・・」
御互い何となくぎこちない返事でその時は別れた。
気持ちの確認をした後というのは どうにも気恥ずかしいものだ。
ーーーシュンッ・・
静かに部屋の扉が閉まる。
一騎が去ったというのに僕は 暫くその場から動く事が出来なかった。
緊張・歓喜・幸福感・・・全ての感情がごちゃ混ぜになって 僕の身体を拘束している。
僕は −−ドキン・・・ドキン、と高鳴る鼓動を少しでも落ち着けようと深呼吸を咄嗟に試みていた。
「っはぁぁぁ〜・・・・」
そのあと、盛大なため息を吐く。
足が竦んで、床にしゃがみ込んだ。
これが現実に起きた事だと思うには、あまりにも夢のようで
一気に力が抜けてしまった。
僕は床へと蹲りながら、先程起こった奇蹟のような出来事を
頭の中で回想していた。
クリスマスまであと一週間。
一騎とどんなクリスマスを迎えようか。
そう考えるだけで、心が弾む。
クリスマスプレゼントは何にしようか?
少し奮発でもしてみようか。
そんなことを考えながら、その日は
ベッドに潜り込んだのだったーーーーーー。
一騎、僕が最高のクリスマスにしてみせるからな。
絶対だ。
+++
「皆城君、これーー・・お願いできるかしら?」
バサッ・・、と大層な音を立てて渡されたのは
真っ白な白い紙に書かれたデータ。大量な資料の山だった。
その山の上には小さなフロッピーディスクが二枚、所在無さ気に乗っている。
「あ、あの・・・・これ、はーー?」
恐る恐る遠見先生に聞いてみる。
すると遠見先生は少し申し訳なさそうに微笑みながら
僕へと言い放った。
「前回の戦闘で取ったデータよ。・・出来ればこのデータを、クリスマス明けまでに
戦闘パターン・各種の波形・空気濃度計算まで視野に入れた 実戦データに
書き換えて欲しいのだけれど・・・・」
「ーーーーーーー・・・・・クリスマス明け、・・・・・・ですか?」
さすがの僕も一瞬絶句してしまった。
この時期に、このタイミングで データ処理の仕事が入ってくるなんて・・
あまりにも悲劇的な展開ではないだろうか。
僕は悲劇のヒーローなどに甘んじるほど、出来た人間でも物分りが良い方でもない。
「ごめんなさい、こんな時期に。でも早急に必要なデータなの・・。
今度の会議でファフナーへ搭載する機能の見直しがあるのだけれど、実戦データを
参考に話し合うことになっている会議なものだからーー・・」
「・・・・・・・」
「データ解析や処理は、ジークフリードシステムを扱っている皆城君
だからこそ出来る強味なものだから・・・ごめんなさい、つい頼ってしまってーー」
・・・・・・・一騎
「ーーーーーーわかりました。・・期限までには、間に合わせます。」
悲痛な表情を浮かべる遠見先生を正面から見つめ、
僕ははっきりと そう応えた。
遠見先生は一瞬喜んだ顔をしたが、途端にまた申し訳なさそうな顔へと
表情を変えて 僕に深々と一礼をして”宜しくお願いします”と丁寧に言葉を紡いだ。
僕は”いえ・・”と短く答えると、その場を後にして 自室へと帰っていった。
断る事など出来なかった。
大人たちは、クリスマスが近いというのに 必死に島の防衛策を模索している。
日々、休むことなく仕事に明け暮れている。遠見先生もきっとそうだろう。
医療開発やミール研究、その他にもコアの持続体制見直し、人々の診療など やる事が多々ある。
僕一人がクリスマスに浮かれて、仕事を投げ出す事は許されない。
皆城家の長男として、戦闘指揮官として、この島を任された重役に就いている限り
僕は”子供”ではいられない。責務を負っているのだから、大人と同様、島の防衛に
着手すべきであるし、積極的に自らが中心となって協力すべきである。
背筋が正されるような思いを胸に感じながら、
僕は椅子に腰を下ろすと、机に向かった。
机の上に置いてあるパソコンを立ち上げて、フロッピーを挿し込む。
大量の資料を机の空いているスペースに置いて、早速仕事に取り掛かる。
とにかく時間が無い。
僅かな時間も、今の僕には惜しい。
一騎とのクリスマスを決して 諦めたわけではない。
仕事をいち早く終わらせさえすれば、何も問題など生じはしない。
全ては僕の腕次第なのだ。
「絶対に、クリスマス前までに完成させてやるっ・・・!」
その夜、僕のキーボードを叩く音が止まなかったのは
言うまでも無い。
・・一騎、お前と過ごすクリスマスを
絶対に諦めたりなどしないからな。
あの時、震えた手の中に 詰まっていた君の勇気。
僕に向けてくれた君の笑顔。恥ずかしそうに瞳を揺らす、君の仕草。
どれ一つとしても無駄にはしたくない。
・・やっとお互いが今より一歩踏み出そうとした大事な最初の一歩だから。
今は その一歩を慈しむ事が何よりも大切なんだ。
その為になら、僕は何だって出来る。
奇蹟だって、起こしてみせるよ。
君の為に、僕の為に。
今出来る事を精一杯、大事にしたい。
やっと想いが通じ合った僕ら。
どうか、幸せが 僕らの先に待っていますように。
そんなことを想いながら、僕は緑色に光る画面を見つめて
少し笑った。
画面の向こうに、君の笑顔が映った気がした。
+++
最近、総士が酷く疲れているように見える。
「コホッ・・・、ゴホゴホッ・・ーー」
「総士・・・!大丈夫かっーーーー!?」
夕焼けが帰宅途中の俺たちを真っ赤に染め上げ、
眩しいくらいに照らし仰いでいる。
冬もいよいよ深まりを見せ、周囲の木々から木の葉を全て奪っていく。
いつの間にか、言葉を発すると真っ白い吐息が空へと上がるほど
気温が下がりつつあった。日が沈む時間も最近は滅法早い。
細長い影を並べて二人、殺風景な並木道をゆっくりと歩いていた。
学校の授業が終わり、それぞれの家へと帰宅する。俺は夕飯の用意が
家に帰れば待っていた。総士は、というとーー・・何かやり残した仕事があるらしい。
すぐに終わると本人は言っていたけれど・・。
最近総士、あまり寝てないみたいだ。
何だか凄く疲れているようにみえる。
大丈夫だろうか・・。
「総士、風邪・・ひいたんじゃないか?
体調悪いんだろ?休んだ方がーーー・・」
「いや、大丈夫だ。気にする事はない。ただ少し、風の冷たさが喉に来て、
咳き込んでしまっただけだ・・・」
総士はそういいながら、苦笑いを浮かべると
俺と少し距離を置いて歩き始めた。
俺に心配をかけたくないという気持ちから来るものだと わかっているけれど
・・何だか少し淋しい気持ちになってしまった。俺って、まだまだ子供だな、と思う。
そうして二人、時折吹く風の冷たさに首を竦ませながら、
地面に落ちた葉を踏みしめて ゆったりとした時間を噛み締めていた。
やがて、互いの家へ続く分岐点に差し掛かった。
「それじゃあ、また明日。・・・総士、ちゃんと温かくして寝ろよ?」
「ははっ・・、わかってるよ。」
俺の一言に乾いた笑いを微かに見せて、総士は柔らかく頷いた。
俺は総士の言葉をちゃんと確認すると 静かに微笑んでみせた。
そして、言い忘れた言葉をそっと付け足すのだった。
「総士、クリスマス・・どうする?ーー俺の家に来る?」
「え?・・・あっ!あぁ・・・そう、だなーーー」
一瞬、総士が戸惑ったような顔をした。
何か心配事があるのだろうか・・・・?
ーーあっ!もしかして・・・・
「総士・・・」
「ん?何だーーー?」
「父さんなら、・・・クリスマス、ーー帰ってこないから・・」
「・・・・かず、き・・・・・・・」
自分でこんなこと言うのって、凄く恥ずかしい。
だけど、総士が父さんの事気にして 戸惑っているなら
ちゃんと伝えなきゃと思ったんだ。
だって、・・恋人同士になって初めて迎えるクリスマス。
俺だって、出来るなら総士と二人・・幸せな時を過ごしたい。
父さんには悪いと思ってる。
でも、こんな特別な日だけは、許して欲しい。
好きな人と、結ばれるかもしれない・・・そんな日だけは。
俺が恥ずかしがりながら、総士に父の不在を伝えると
総士は ふっ、と零すような微笑を俺に向けて 温かい声色を辺りに響かせた。
「それじゃあ、・・・遠慮なく一騎の家に行かせてもらうよ。」
「総士・・。う、うん・・待ってるから、おれっーー!」
総士の優しい声色に 顔が火照って仕方がなかった。
普通に返事するはずが、どうも声が上擦ってしまって異様に声量が出てしまった。
ある意味、自分なりの照れ隠しに近かったかもしれない。
「何時に行けばいいんだ?」
「ーーあ、え〜と・・・じゃあ七時、でいいかな・・?」
「了解。じゃあ、七時に・・」
「うん、七時に」
場所と時刻を二人で決めて、確認する。
何だかそれだけなのに、凄く幸せだった。少しだけ、くすぐったい気もする。
俺と総士は お互いに暫く見つめ合いながら 微笑み合っていた。
そして、手を振り合って お互いの戻るべき場所に帰っていった。
クリスマスまで、あと三日。
早くその日が来ればいいのに。
フェストゥムとの臨戦態勢が日夜続く現状だというのに
俺の胸の中は、期待と希望でいっぱいだった。
こんな気持ち場違いだと 誰かに怒られるかも知れない。
だけど、大切な人が居るからこそ
島を守りたいと思えるんだ。
きっと こういう些細な出来事が、戦いの中で大きな力に変わるんだ。
日常の中で感じる幸せ ひとつ ひとつが 何よりも大切なことなんだ。
俺はそう思いながら、冬の風を肌で受け止めて
帰路に着く足を速めた。
瞬間、髪が鼻にかかって、くしゃみがでる。
「・・・・・」
そのとき先程の総士の咳を、何故か思い出した。
「・・・総士、大丈夫かな・・・・?」
思わず口から零れた言葉に しばしば不安の色を浮かべながら
俺は 赤く染まる大空を見上げて、明日に想いを馳せるのだった。
+++
カタ・・カタカタカタ・・・ッ
「ケホッ・・・、ゴホ、ゴホッ・・・・!」
無機質な電子音とキーボードを叩く音が連日取りとめも無く
一室に響き渡っていた。
乾いた空気にまた、喉が詰まって むせ返る。
キーボードを休むまもなく叩き続けるその人物には
心身ともに限界が近づいているといえるだろう。
虚ろな瞳を手の甲で擦り上げ、頬を両手で覆いながら、強く引っ叩く。
首を左右に振って、遠のく意識を呼び起こす。
ろくな食事も取らずに、画面とただ必死に格闘しながら総士は
時折 傍にある資料に目を通して 再びキーボードを忙しなく叩き続けていた。
仕事をする前に自分で入れたコーヒーを手に持ち、口へと運ぶ。
が、とっくに冷めてしまったコーヒーは 苦味が少し鈍っているように思えた。
仕事も終盤。あと少しで全てが終わる。
締めに入るかのように一昨日から睡眠を取らずに、続けたデータ処理。
そのおかげか、思ったより早く終わりそうである。といってもギリギリには変わりが無く、
早く終わるといっても三時間から四時間程度の違いだった。
時刻は午前四時十五分。ーーついにクリスマス当日を迎えた。
外はまだ暗く、闇に包まれながら 日が昇るその瞬間を今か今かと
辺り全体は待ちわびていた。
ピーーッ・・カタカタッ・・・・
「よし!・・あとはこれを保存して、画像を中に取り込めば・・・」
作業に終わりが見えてきた。
そのおかげで、思わず総士の声が弾む。
やっともうすぐ解放される。 そして今日は、待ちに待ったクリスマス当日。
一騎との約束が果たせる。
諦めないでよかった・・。
総士の胸に喜びと、今までの苦労の数々が溢れ出てきた。
ーー動かす手が、自然と速まる。
もうすぐだ、もうすぐだと 心の中で 総士は何度も呟きながら
自然と顔を綻ばして 兆しの見えた仕事の終焉を無事見届ける事に集中した。
カタッ、カタカタッ・・・ウィーーーン・・
「やった!!・・・・・やっと、終わっ、・・・・・た」
総士は椅子から立ち上がり、取り込んでいたフロッピーをパソコンから抜くと、
気が抜けたようにベッドへと倒れこんだ。
全身の力が張り詰めた緊張から解放され、一気に抜けていくようだった。
関節の節々が心なしか痛む。
「コホッ・・・ゴホゴホッ・・・・!」
咳を宙に吐き出して、ボーっとした意識の中 瞳を閉じかける。
だが、瞬間 今寝てしまってはダメだと意識の奥で理性が叫ぶ。
総士は 思い身体を ゆっくりと起こすと、軽く痙攣した左手を抑えながら
机の上に乱暴に散りばめられた山のような資料を整理して、近くにあった
大きい透明なケースへとしまった。そして、そのケースの中に データ処理が終わった
フロッピーディスク二枚も同時にしまって厳重に止めた。
ーーーーシュンッ・・
そのケースを片手に早速 部屋を後にする。
いち早く出来たばかりのデータを届けて 夜までゆっくりしたかったのだ。
歩く足が少しふらつく。
動かす手が、どこかぎこちない。
連日の疲労と極度の睡眠不足で 身体はもうボロボロだったのだ。
夜明け前、アルヴィスの廊下を 壁に寄りかかりながら 総士は少しずつ進む。
壁の冷たさに、少々の身震いをしながらも 懸命に前へと進もうとするその力は
もはや気力だけで動いているといっていいものだった。
「っ・・ハァ、・・・・ハァーーー・・・」
息が荒くなる。汗が額に滲んできて 身体が重さを増す。
足が鉛で出来てるようだ。
「く、そっ・・・!どうなって・・るんだっーーー」
か細く辺りに響き渡った総士の声。
静寂の中に一瞬で呑み込まれてしまった。
瞬間、眩暈がして 総士は大きく体勢を崩し、床へと手をついた。
抱えていたケースが無造作に床へと いつの間にか落ちていた。
「ハァ・・−−ハァ・・・コホッ、ゴホ!!」
途端、再びむせ返る。
ケースを拾おうとするが、総士の手は思うように動かない。
自由の利かない自分の身体に 総士は次第に苛立ちを募らせていった。
「あと、少しなのに・・・っ、くそーーー!!」
壁伝いに手を寄せて、身体を起こし、立たせると
総士は体重を壁に預けたままケースを足で自分の足元まで引き寄せた。
そして素早く、ぎこちない手で拾い上げると 壁に手をつきながら再びゆっくりと歩き出す。
この時間、千鶴もおそらくアルヴィスのメディカルルームで徹夜をしていると
考えていた総士は、重い身体を引き摺りながら 懸命に千鶴のいると思われる場所へ
歩を進めるのであった。
総士がメディカルルームにつく頃には
夜が明けて、日が顔を出し始めた頃であった。
コンコン・・
総士は残りの力を振り絞って、扉を叩く。
すると、予想通り 女性の落ち着いた声が中から聴こえた。
「はい・・・どうぞ・・?」
その返事を聞いて、総士は扉が開くのを待った。
ーーーーーーシュンッ・・
軽快に開いたドア。
その向こうには 薄茶色の長いウェーブがかった髪に
真っ白な白衣を着た大人の女性が椅子に座ってカルテの整理をしている様子で
こちらに振り返った。
「皆城君!!!どうしたの・・・こんな朝早くから?」
「これ、を・・・・。−−−頼まれていたデータ、です。・・・届けに来ました。」
肩で息をしながら、壁に寄りかかってケースを差し出す総士。
その様子は誰が見ても明らかに おかしいものだった。
「皆城君・・!?どうしたの・・・、その汗。それに、顔色も悪いわーーー」
千鶴はすぐさま総士の傍に寄っていくと、ケースを受け取り
総士の身体を支えながら、ベッドまで移動させた。
「何でもありませんから・・・気になさらないでくだ・・ーーっ、ゴホゴホッ!!」
「皆城君!!!?」
朦朧とする意識、大きく崩れ落ちる身体。
総士は、気がつけばベッドへと前のめりに倒れこむような体勢で
身体を沈ませていったのだった。
「皆城君!!!!!?」
遠くで
遠くで誰かの声が聴こえる。
あぁ、・・・・それが一騎の声だったら どんなにいいだろう。
混濁した意識とぼやける視界の中で総士は
場違いにも、そんなことを ふと思っていた。
一騎
何だかお前に とても今 ーーー会いたい。
会いたい・・・
ただ、それだけなのに。
ーーーそう思った瞬間、総士の銀色の双眸は
重く、静かに閉じられるのだった。
+++
『クリスマスは・・・空けておくから・・・』
そう言った僕の言葉に、どこまでも透き通った瞳が
ゆらり、と揺れて 淡く緩やかな色を宿して
優しく微笑んでくれた。
『ありがとう総士・・。』
君の少し甲高い声が僕の耳に届いて
柔らかな調べを心の中で奏でてくれる。
僕と一緒にクリスマスを過ごすという事を
心から楽しみにしてくれた君に、僕はどんなお返しが出来るだろう。
きっと君とクリスマスを過ごす事。これが何よりもお返しになるのかもしれない。
だから、僕は
僕は・・・・
一騎のところへ、ーーーーーーーー行かなければ・・。
君が待ってる。
待ってくれている。
早く、・・・・行かなければ。
一騎
「・・・一騎」
自分でも気づかないうちに、その名前が
口から想いと一緒に零れ落ちていた。
とても自然に、とても優しく
その名前は 僕の胸に深く深く刻まれていたのだ。
「なに・・・?総士」
不意に 応える、声がした。
「・・・・か、ずき・・・・?」
僕はもう一度その名前を呼ぶと同時に
閉じていた瞳を緩やかに開いてみた。
すると、少しぼやけた視界の向こうには
今にも 泣きそうなくらい歪んだ表情をみせる一騎が
僕の傍に置いてある椅子に寄りかかって、僕の顔を一生懸命に覗き込んでいた。
「総士・・・・・よかった、気がついたんだな。」
心底ホッとしたように君は 泣きそうな顔を必死で取り繕っては
笑顔を僕に向けて 胸をそっと撫で下ろしていた。
僕はそんな一騎に苦笑しながら、明瞭になっていく視界をぼんやりと眺めて、
事態を把握しようと努めてみる。
きょろきょろ、と辺りを見回す僕に気づいたのか、一騎は事の成り行きを
僕へと簡単に説明してくれた。
「総士・・お前、ここで倒れたんだぞ。覚えてないか?
高熱があったみたいで、気絶してたんだよ、・・今まで。それで点滴打ってもらって
今しがた熱が丁度下がったと思ったら お前が突然目を覚ますからビックリした・・・」
一騎は微かに笑いながら、僕をその栗色の大きな瞳で一心に見つめてきた。
僕はどこかあどけない その純粋無垢な視線に 瞬間ーー胸が高鳴った。
近くで見る一騎は、普段よりも色っぽく、そして儚い。それから群を抜いて可愛らしい。
動悸が激しくなる。−−せっかく熱が下がったらしいのに、これでは上がってしまう。
恋とは、全くもって愚かな産物だ。心底そう思う。
「・・・・・おまえ、いつ来たんだ?」
ふと、気になった事を口にした。
すると一騎は きょとん、とした顔で”最初から居たよ?”と柔らかな声で答えた。
僕は 意味がわからなくなって、”最初から・・?”と一騎に目で訴えるように問いを返した。
一騎は、僕の様子に困ったような顔を向けながら 言葉を宙へと零して 穏やかな
表情で僕を覗き見た。
「総士が倒れたって 朝早く、遠見先生から電話があって・・すぐここに来たんだ」
一騎は甘い声色を空中にのせて、そう言い放った。
僕は遠見先生の軽いお節介に、再び苦笑を漏らす。
何だか自分の心の中を見透かされたようで 気恥ずかしかったのだ。
「今・・・・何時だ?」
僕が辺りを見回して、時計を探すと一騎が時計を見つけて
すぐさま答えた。
「えっ、と・・・・午後一時、かな・・。」
「!!ーーーもうそんな時間なのか・・!?」
驚いた。僕が此処に来たのはまだ夜明け頃。
なのにもう 日は高く、丁度お昼時になりつつあったのだ。
「・・・・僕は随分と眠っていたんだな」
「無理ないよ。・・・四十度近い高熱だったんだから・・・」
一騎は、僕の気持ちを静めるように深い声色で
僕の髪にそっと触れては微笑んでくれた。
その瞬間、僕は気づくーーーーーー。
「お前・・・朝からずっと此処に居てくれたのか・・?」
僕が驚いたように そう言葉を零せば、照れた様に はにかんで君は
優しく笑ってくれた。 その笑顔を僕は肯定、と受け取る。
「・・・・・ありがとう、一騎」
すぐ傍にあった君の頬を まだ点滴で繋がった腕をゆっくりと持ち上げながら
僕はそっと指先で 優しくなぞってみる。
そうした瞬間、君の顔が 微かに悲しみと切なさを交えた色に変わる。
僕は唐突な一騎の表情に驚愕し、指先をすぐさま離して、様子を窺ってみる。
すると一騎は 瞳を細めて 口元を震わせながら 僕へと想いの丈を素直にぶちまけた。
「ば、かーーーっ・・、心配・・・したんだからなっ・・・・!」
痛切な表情と悲哀に満ちた声がメディカルルームに漂う雰囲気を
一瞬に変えた。 先程とは違った、部屋の内情。
僕は 黙って一騎の言葉に ただ・・耳を傾けていた。
「総士はっ・・・・いつも、そうだ!ーー何でも俺に黙って、俺の知らないところで・・
何でも独りでしようとする・・・・・。」
「・・・・・・・・ごめん」
「おれ、・・・自分じゃ役に立たないって わかってるけどっ・・・、
でも、・・・こういうのはーーー辛いよ」
「・・・・・・・・あぁ」
「お前が倒れるまで仕事してるのに・・・おれ、お前の力になるどころか、
クリスマスなんかに浮かれて、そ、の・・ーーー。
・・・俺がした約束で、総士のこと・・・・縛って・・追いつめてた、なんて俺っ・・・・・・」
一騎の悲しみ、怒り、優しさ、淋しさ。
全てが今、言葉になって 僕の胸の中に沈むように沁み渡る。
切なくて、愛しくて・・・・・僕の心は静かに君への想いで溢れ還り、
そして優しく打ち震えるのだった。
「一騎・・・・・・違う。それは、違う・・・」
「えっ・・・・?」
僕の言葉に、一騎は泣きそうな表情をグッと堪えて
一瞬怯んだように 驚いていた。
僕は再び、一騎の頬に掌を寄せて、指先で頬の感触を確かめた。
「僕は・・一騎との約束に縛られた訳でも、追いつめられた訳でもないよ・・」
「そう、し・・・・」
「−−−ただ、嬉しかった・・・・」
どう伝えればいいのだろう・・
この、零れそうな想いを。
「ずっと・・・・・・楽しみにしていたんだ。」
この、持て余す感情を。
「だから、頑張れた・・・」
どう伝えたら、・・・・・君は笑ってくれるのだろう?
「ありがとう一騎。・・・・お前のおかげで、頑張れた」
君はいつだって 僕の力そのものだよ、一騎。
だから そんな悲しい顔をしないでくれ。
「お前が居てくれて、よかったーーーーー」
笑ってくれ一騎。
笑った君が、世界で一番素敵だよ。
+++
恋人同士になって初めて過ごす、クリスマス。
本当は一騎のうちで過ごすはずだった。
けれど、まだ病み上がりの僕の身体を外気に曝すには 少し厳しい状況だった。
なので遠見先生のはからいで、今日一日 メディカルルームは僕と一騎の
貸切となったのであった。
特別に設置された大きなテーブルの上には、一騎の愛情がいっぱい詰まった、
料理の数々が所狭しに並べられていた。
部屋中、いい匂いが漂っていて 僕の鼻を優しく掠める。
まだ熱々の料理達からは 湯気が昇り、早く食べてくれとでも云っているかのような
自己主張が目に映る。
僕は 最近まともな食事をしていないのも手伝って、極度にお腹を空かしていた。
待ちきれない、とばかりに一騎へと強請ってみる。
「一騎〜〜・・・もう食べていいか?」
「あっ!ちょっと待てよ・・、このスープ運んだら準備が完了するからっ・・」
一騎は慌てて、スープを透明な器に注ぎこむと 僕の目の前にそっと差し置いた。
温かな湯気が豪快に僕の顔へと当たり、僕は熱風に顔が少し熱くなった。
ようやく準備が終わったのだろう。一騎が僕の正面に用意された椅子へと腰を下ろす。
僕らは、向かい席に座り合いながら、互いの表情を
照れくさそうに 覗き見ながら、しばらく微笑み合った。
そうして、大きく息を吸うと 部屋中に響き渡るような声音で 今日という日を
祝福するのだった。
「「メリーーークリスマスッ!!」」
温かな空気が僕の身体を包み込む。
正面には 世界・・いや、宇宙一可愛い君が
春風のように優しく、散っていく桜のように儚く 僕に向かって微笑んでいる。
こんな幸せな瞬間を ・・僕はあとどれくらい迎えられるのだろう。
そう思うと、急に胸が痛んだ。
けれど今は今。
一瞬一瞬を大切に、歩んでいこう。
最近はそう考えることにした。
色々と抱える問題は沢山あるけれど、今を見失わない事が
何よりも大切だと いつの間にか思えるようになった。
きっと、一騎の影響だろう。
一騎は・・いつも一瞬一瞬を一生懸命に生きている。
そんな風に見える。
好きな人の影響を受けるなんて、
僕も案外単純な奴だと、自らが思ってしまえるほど
僕自身、・・・一騎に惚れ込んでいるのだから、タチが悪い。
黙々と、一騎の手料理を綺麗に一品ずつ片付けていく。
大量にあった料理の数々は 面白いほど すぐに無くなっていった。
さすが僕の恋人兼未来の花嫁。料理も最高級だが、作る人物も最高級だ。
チキンにフレンチサラダ、コーンスープ・・鮭のホイル焼きにライス、アップルパイ、
フルーツタルト・・・、クリスマスに相応しいメニューばかりだ。
病み上がりのくせに僕は、欲張って食べた。
あまりに食べ過ぎて、一騎が制したほどであった。
でも、不思議と苦しくはならなかった。一騎の愛情が溢れていると想うと、
何故か 残すなんて考えるに至らなかったのだ。
そうこうしている内に、夜も段々と更けていった。
食事を終えた僕らは、一息して どちらともなく他愛ない話に花を咲かせては
明るい笑い声を部屋中に響かせていた。
一騎は話しながら、テーブルの上を片付け、僕は話しながら そんな一騎をいつまでも見つめていた。
不意に、二人の会話が途切れて、一騎の手が止まる。
僕は、その機会を逃すことなくーーー刹那、一騎の腕を思い切り引いて、僕が腰を下ろしている
ベッドへと その身体を押し倒した。
僕らの視線が正面から絡み合い、一騎を組み敷くカタチで僕は
一騎の上へと無造作に乗り上げた。
ベッドに沈む華奢な身体。
目の前に用意されたかのような 一騎の珠の肌が僕の胸を熱くさせる。
大きな栗色の澄んだ双眸が 心なしか綺麗に潤んで、微かに揺れ始める。
艶めいた黒髪は ベッドシーツに散りばめられ、乱暴な色気を漂わせていた。
一騎の頬は桜色にいつの間にか染まり、服が微かに乱れている。
「・・・・・・一騎・・」
赤い唇が、僕を待ち受けるかのように 薄っすらと開いた。
その可愛らしい唇から零れ落ちる言葉はーーー・・
「総、士・・・・・」
拙くも甘い、僕の名前。
まるで触れ合う事が運命のように
自然と 意識が口元へと吸い寄せられていった。
「っ、ん・・・・・」
鼻に掛かるような 一騎の可愛らしい声色が微かに
空中へと漏れた。
最初は優しく。
そして段々と激しく。
「ふっ、ぁ、ッ・・・ん、ン・・・・」
チュクッ、と卑猥な水音が口内から聴こえて来る。
一騎の熱い舌に焦がされて、僕は頭ではダメだと思いながらも、
強引に 一騎の口内を侵食していった。
歯列をなぞり、舌を激しく絡めとリ、唾液を自分のモノと
充分に混ぜ合わせるように口を塞いだ。
絡め取った舌を時には強引に吸い上げ、その感覚に酔いしれた。
「んんぅ、っーーー・・ッは、ぁっ・・・ンッ・・・」
呼吸が続かず苦しいのか、それとも僕が欲しくて堪らないのか。
一騎は僕の首に縋るように腕を回して、きつく僕を抱き寄せた。
引き寄せられた僕は前のめりになると、一騎を押しつぶしてしまうのではないかと
云うくらいに、一騎と重なり合って 肌を触れ合わせた。
「ふ、ぁッ・・・・ン、っ、ンんぅ・・・」
深く、深く、互いを感じ合う様に。
熱く、熱く、互いを求め合う様に。
激情と焦燥の挟間でもがき苦しんでいるような錯覚を起こす。
ようやく互いの唇を離したのは、充分に口内全てを
堪能し終わったあとであった。
まるで余韻を残すかのように、銀色の糸がつーっ、と一騎の口端から
微かに垂れると、愛の証を示すかのように僕らを甘く繋いでいた。
一騎は はぁはぁ、と肩で息をしながら 酸欠で朦朧とする意識を奮い立たせながら、
僕をただ一心に見上げていた。
僕はそんな一騎の健気な姿に 笑みを零すと 目蓋にそっと口を寄せた。
「ぁっ・・・」
途端に、一騎の可愛らしい震えた声が辺りに広がる。
「ふっ・・・・可愛い、一騎。」
僕がそう云うと、一騎は更に頬を染め上げて戸惑うように
僕を上目遣いに見上げてきた。
「あ、・・・の・・・総、士・・・?」
「大丈夫。・・・・・怖がらなくていい。
お前は僕に全てを預けてくれさえすれば、何も心配要らない・・」
出来るだけ穏やかに そっと耳元で囁く。
すると一騎は 耳元への軽い刺激に絶えかねて、身体を一瞬強張らせた。
僕はそんな一騎を横目に 少し乱れていた服を、片手で弄ると その先に待ち構えていた
可愛らしい薄桃色の突起に指先が行き着いた。
僕は その柔らかさに気を良くし、優しくその突起をクリクリ、と押しつぶしてみた。
「ひゃぁ、んっ・・・!!」
ビクッ、と一騎の身体が一瞬仰け反った。
僕は 余りにも可愛らしい一騎の反応に 少しの動揺を胸へ抱える事になる。
「お前っ・・・・・・なんて声、出してるんだ・・・・・」
「っ・・・ン、だっ、・・・・てッ・・・・・・ーーぁあっ!!」
僕は低い声を微かに震わせながら、必死に動揺を押し隠そうとした。
しかし、どうしようもなく今、 想いが溢れて止まらない。
動揺している間にも胸の飾りへの愛撫を休めることなく僕は
摘んだり、こねたりと・・多彩に薄桃色の突起を弄んだ。
「ひゃぁッ!!・・・ん、声出ちゃ、う・・よッ、・・・・・そぉし、っ・・」
段々と硬くなっていく胸の突起を指先で巧みに弄びつつ、
その反応に 何とも言えない優越感と快感を見出してしまった僕は
意地が悪いと思いながらも、 先端に勢い良く 吸い付いた。
「はぁ、・・・ァンッ!!!やっ、・・・ぁ、あっーーー!」
身悶えながら、一騎は荒い呼吸を忙しなく吐く。
そうして、僕の髪に指を乱暴に絡ませると ーーグッと自ら求めるように
自分の胸へと強く 僕の顔を押し付けてきた。
より密着したせいか、
いつの間にか一騎の中心がカタチを変え始めていることに気づく。
「・・・そろそろ下も、触って欲しい・・?一騎」
口元から突起を出すと、僕はそう 一騎に問いかけてみた。
一騎は、というと 先程の刺激が余程 余韻を残しているのだろうか・・?
僕の言葉に 微かな反応しか見せず、震えるように 抱き縋っている。
「総、士っ・・・・・・はや、くッ・・・・・・」
足を大胆に、僕の下腹部へと絡ませる。
初めてとは思えない その大胆な行為。
僕は嬉しいような、不安なような・・・。
その瞬間、訊いてはいけない事を何故かーー訊いてみたくなってしまった。
別に疑っているわけではない。・・・・けれど、
何故だろう。あまりにも 可愛く淫乱に強請る一騎に 一抹の不安を覚える僕。
本当に・・僕のものにしてしまっていいのだろうか。
本当に・・・・僕で、いいのだろうか・・・?
今なら。ーーー今ならまだ・・・・・・・・・・・・。
ーーー意を決して訊いて見る事にした。
「か、・・・・・かずき?」
「・・・・・・−−−−?」
虚ろな潤んだ瞳が、僕を優しく見守るかのように
淡い色を放って揺れる。
「おまえ・・・・・・・・初めて、・・・・・・・・だよな?」
「−−−−!!!」
ぎこちなく、不器用に、少し苦笑いを浮かべながら
僕はそう口にした。
すると。
ーーーーーーーーバフッ・・・・!!!
「イタッ・・・・・!!?」
正義の鉄槌、ともいうべき 大きな枕が
僕の顔面に クリティカルヒットした。
「ったたた・・・・」
枕を退け、僕は組み敷いていた一騎へと
視線を向ける。
途端、ギョッとした。
キツク睨んでくる瞳からは 大粒の涙が忙しなく零れ落ちており、
ベッドシーツにシミをいくつも作っていた。
唇がキュッ、と噛み締められており、嗚咽を堪えているようだ。
「かっ・・・・一騎・・・?」
恐る恐る、宥めるような声音で 目の前の恋人の名を呼んでみる。
一騎は僕から視線を外すと、”ばかっ・・・!”と言葉にならない声を発した。
一騎のその姿から、全てを察した僕は
急に自分が どうしようもない愚か者である事を自覚した。
謝る、取り繕う、そんなのもう遅い。
だって僕は今、一騎をこんなにも傷つけた。
他愛のない仕草ひとつに動揺して、
一騎に探りを入れた。
自分の恋人を、不安などという感情に負けて
少しでも疑った。
好き過ぎて、・・・大切な人を傷つけてしまった。
僕は、自分の失言を今更ながら恥じていた。
結果なんてわかっていたのに。
どうして僕は、訊かなくても良かった事を訊いてしまったのだろう・・・
自分で自分が、わからなかった。
「・・・・・・・ごめん、一騎。・・・・ごめん」
何の気休めにもならないけれど、非礼だけは詫びようと
口にしてみた。・・けれど、それもどこか辺りに虚しく響き渡るだけで
どうしようもない。
一騎は顔を僕から背けた後、ベッドシーツに顔を押し当てて
僕の方を向いてくれなかった。
「・・・・・・・」
完全な拒絶、を喰らった僕は 途方も無い状況に追いやられていた。
自分が招いた種というべきか。一騎に触れようとするけれど、
肩が微かに震えている。
触る事も、何だか今の僕にはおこがましくて、躊躇われた。
僕は、肩を竦めながら僕から 顔を隠す一騎に
申し訳なくなってきて、すぐさま 一騎から 自分の身体を退けた。
乗りかかっていた体重がいきなり退いた事に驚いたのか、
一騎は一瞬、”ビクッ・・!”と身体を大きく揺らした。
それに構わず、僕は ベッドにただ 座るだけの格好に戻ると
ただじっと一騎の反応を待っていた。
すると・・・・
おずおずと隠れていた顔がこちらを向いて、
横たわっていた身体が ゆっくりと起き上がってきた。
「・・・・・・・一騎?」
その顔は、行く筋もの涙に今だ濡れており、
透明な瞳が大きく揺れていた。
艶めいた黒髪が微かに色っぽく乱れて うなじを露にしていた。
唇が日の光に溶けた赤を思わせるかのように 艶かしく輝いている。
場違いな事を思っていると、蔑まれたっていい。
綺麗だ・・。
純粋に、そう思った。
一騎は伏せ目がちに瞳を開きながら
俯き加減で僕を上目遣いに見つめてきた。
ーー何を云われても仕方ない。そう思っていた。
僕は一騎に酷い事を訊いてしまった。それは事実なのだから。
けれど、僕は 一騎のことを知っているようでいて、 ・・本当は 知ってはいなかった。
”理解している”なんて、ただの僕の傲慢でーーただの上辺だったんだ、きっと。
「・・・・・・・ごめん、総士」
「−−−−−−−−−−−−−え・・・?」
「・・・・なんで、・・・・あんなこと、・・訊いたんだ?」
罵倒でもなく、蔑みでもなく、非難でもなく。
君は僕に謝って、そんな言葉を口にした。
「かず、・・・・き?」
「総士が・・・むやみに、あんな事・・訊く訳ないよな・・・。
ごめん・・・勝手に怒ったりしてーーーーーー」
「っーーーーー・・・・」
言葉を、失った。
「どうして、・・・・あんなこと・・・おれに訊いたんだ・・?」
人は
理解するとか、しないとか 平気で口にするけれど
そんな事を口にしている時点で、”理解”という意味を履違えているということに
どうして気がつかないのだろう。
”理解”とは
物事がわかること
筋道を悟る事
そして、
”訳を、知る事”ーーーーーーー。
どうして人は、頭でばかり 考えるのだろう。
どうして心で知ろうとしないのだろう・・・。
一騎は・・・
今、僕を”理解”しようとしてくれている。
頭ではなく、−−−−−−心で。
感じようとしてくれている・・・僕の今の気持ちを。
そうだ・・・
そうだよーーーーー・・・
初めて君と出逢ったとき
僕はどういう風だった?
君を理解しようとしたはずだ。
君を知ろうとしたはずだ。
頭でじゃない・・・・心で。
どうして忘れてしまっていたんだろう
僕は
知っていた。
確かに君を、心で、知っていたはずなのに・・・
「・・・・・・・・・確認、・・・・・したかった、んだと・・思う」
拙い言葉が宙を彷徨っていた。
とても不器用で、ぎこちない その声色が
行き場を探しているようにただ 独り無造作に浮いているみたいだった。
一騎が、・・僕を理解しようとしてくれている。
僕が今 しなければいけないのは
ありのままの自分を知ってもらう事。
素直に自分が感じた気持ちをカタチにすること。
それだけが、今の僕に出来る事。
そう思えたーーー。
「確、認・・・?」
「ーーーー お前のことが好きで・・・・・好きで・・・・・僕は・・
こんなにもお前が好きで・・・二度とお前を離せなくなるから・・・・・・」
だから
「・・・自分のモノにする前に、もし 少しでも お前が誰かのモノだったとしたなら・・・。
ーーーーーー今なら・・・・・離してやれると思った。・・後戻り、出来ると・・・思ったーーー。」
確認した。
誰かのモノじゃないということ。
・・・僕のモノにしてもいいということを。
「・・・・・・・総士」
「すまない一騎・・。
好き過ぎて、・・・・・・・・・お前を傷つけてしまった」
お前が其処に居る事を
忘れてしまっていたよ。
しん、と静寂に包まれた部屋の中。
僕はただ、床に視線を落として 次の一騎の言葉を待っていた。
すると、ふわり、と優しいぬくもりが僕の手を柔らかに包んだ。
僕は床に落としていた視線を そっと上げると、いつの間にか僕の隣に並んで
座りなおしていた君へと向け直してみる。
君は、泣き顔から 少し切なそうな笑顔へと表情を変えると、
緊張のせいで冷え切った僕の手を その温かな掌のぬくもりで癒してくれた。
「・・・・・・うん、わかった。」
君はただ、そう一言口にすると 瞳を閉じて
僕の肩に頭を預け、寄り添ってきた。
僕は途端にビクッ、と思わず身体を強張らせてしまった。
君の両手が包んでくれる、僕の両手。
冷え切っていた、その手の中の温度。
だんだんと、温かくなっていく。
・・・不思議だ。
何も云わない。云っていないのに。
ーーこんなにも穏やかで、こんなにも温かい。
冷え切った手が、心が、温まっていく。
いつの間にか、
手の中の温度が
君と同じ温度になった。
まるで、灯るような声色が 空気中に溶けて、
僕の耳へと突然届いた。
「・・・・・総士は、いつも不器用で 頑なで・・・・・冷静で。
どこか、−−危なっかしいけど・・・・・・・」
「・・・・・・・・けど?」
「ーーーー誰よりも優しいから・・・”傷つけた”、なんて言葉・・使うんだ」
「・・・・・・・え?」
僕の肩に寄りかかる一騎の、意外な言葉に
僕はまた、微かに動揺をみせる。
「だって、ーー本当に人を傷つけた人は・・相手が傷ついたなんて 想わないから・・・」
「・・・・・・・・・」
どうして
「総士は・・・”おれを傷つけた”って云った。
でも・・一番傷ついているのは、”傷つけた”って言葉の意味を知っていて使ってる
総士自身なんだと・・おれは・・思うよーーー」
どうして僕は
「そんな優しい総士が・・・・・・・・・おれは好きだよ」
どうして君は
「ずっと、ずっと・・・誰よりも 好きだ・・」
こんなにも誰かを
理解ろうとするの?
クリスマス。
この聖なる夜に、僕と君は 些細な事で喜び合って
些細な事で喧嘩をして些細な事ですれ違った。
人が、人を理解ろうとするのも
人が、人を愛そうとするのも
きっと、心がそれを いつだって求めているからなのだと思う。
だから誰かを自分のモノにしたいと願ってしまうのだと思う。
僕は、随分昔、一騎を 心で理解ろうとしていた。
けれど、いつのまにか それを忘れてしまっていたんだ。
色々なものを見て、感じて、大切な何かを
どこかに置き去りにしてしまったのかもしれない。
だけど。
君がそのままで居てくれる限り
僕にそれを 思い出させてくれる限り
僕は何度でも、やり直せる・・取り戻せるのだと、思える。
誰かを解かる事は難しい。
そして、人を愛する事もまた同じでーーー。
でも、諦めなければ 一歩ずつだけれど ゆっくりと
近づいていける。
僕はそう信じている。
クリスマス、この聖なる夜に
僕は、肩に寄り添う君のぬくもりと
手の中の温度を確かに感じて
想うことは、ひとつだけーーーーーーー。
「君が居てくれて、本当によかった・・・」
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メリークリスマス!!何だこの話!!全然クリスマスじゃねぇーーーっ!!!(どど〜〜ん)
と大荒れ模様の青井です、こんにちは(涙)
これ、めちゃくちゃです(爆)ギャグ・シリアス・ほのぼの・甘々・切な系・ちょびっとエロ
をごちゃ混ぜにわさわさ入れたら、こんな不思議話になっちゃいましたvv(泣)
クリスマス要素全然ないですね。・・ビックリ箱みたいな話ですみません!!
なんかで挽回します。それでは〜(;▽;)・・・・・OTL。。。。。。
ごめんなさい・・(涙)
青井聖梨 2005.12.24.