同じ速さで歩けない僕らが
互いを好き合うことは
いけないことなのだろうか。
ハッピーエンドを迎えるには
無理があるのだろうか?
メトロノーム
話が合わない。間が持たない。ぎこちない。
君と居るときはいつも、何かと沈黙が多い。
気まずい、でも傍にいて欲しい。
依存していることはわかっている。
無理強いさせてることだって、・・自覚しているつもりだ。
だが僕は器用な人間ではないから、
上手く繕えないし・・・ましてや、優しい言葉の一つすら
ろくにかけてやれない。
根本的に不器用・無愛想な人間なんだ。
上手く立ち回れという方が変だ。
でも、こんな僕を好きだと言ってくれる君がいる。
全てを受け入れて、許してくれる 存在がいる。
それだけで、胸が熱くなる。
力が溢れてくる。
嬉しくて、苦しくて、・・離れたくなくて。
僕だけのものにしたいという子供染みた独占欲みたいなものが
僕を支配し始めて・・・
溢れる想いを止められなかった。
君の望んだこと 一つ、ろくに出来ない僕だけど
せめて君と同じ速さで歩こう。
君に告白されたとき、
そう強く想った。
・・・・想って、いた。
「今日の訓錬内容、・・・ちゃんと把握してるか?」
早朝、一騎の家外の階段下。
いつもの二人の、待ち合わせ場所。
「あっ・・う、うん!ちゃんと・・・・・・覚えてる・・・」
戸惑いながら紡ぐ、薄桃色の唇が 朝の光に溶け込んで
一際鮮やかに輝き放った。
いつも想う。・・・・一騎はいつだって綺麗だ。
「そうか。ちゃ、・・・・ちゃんと記憶しているなら、いい」
そう言って、隣を歩く君の歩調に合わせて、僕は歩き始める。
どちらともなく、手が触れ合って 気付けば手は繋がっていた。
盗み見るように、視線を向ければ 頬を高揚させた君がいる。
ぎゅっ、と力強く握り、一騎の反応を窺うと 瞬間びくっ、と
身体を硬直させ こちらに顔を向けてくる君の反応が可愛い。
出来るだけ精一杯微笑んでみる。
すると一騎は さらに顔を赤くして 瞳を揺らし、
瞬きを繰り返して 俯いた。
知らぬ間に、握り返してくる一騎の指先が震えている。
・・・・・愛しい。
君はどこかギクシャク身体を固めながらも
僕の歩調に合わせて 歩を進める。
僕が合わせていたはずなのに 君のペースから僕のペースに
移っていくことが不思議でならなかった。
これは僕が一騎をリードしている、ということなんだろうか?
そんなことを考えつつ、僕らは海岸沿いをゆっくりと歩く。
二人でアルヴィスへ向う僕らは、
まだ付き合い始めて間もない ホヤホヤのカップルだ。
なんとなく互いの気持ちには気付いていた僕らだけど、友達の延長上みたいな
距離感をいつも保っていた。均衡を崩すのは容易いけれど、均衡を戻すのは
容易ではないから・・踏み込むことを恐れて僕は、知っているはずの心を
見ないようにしていた。−−−変に慎重なのも問題だ、と最近自分でも思う。
そんな微妙な関係と距離が続き、曖昧な気持ちを抱えていた ある日。
君が、僕に一歩 踏み込んできた。おとなしい、あの一騎が。
『総士・・・・・・・おれ・・・・』
『なんだ、どうした?』
『・・・・・・総士のこと、好きでいて・・・いいかな・・?』
それは暖かい春の日の出来事。
五時限目の音楽の授業が終わり、学級委員である僕が
残って片づけをしていたとき。
片づけを手伝ってくれていた一騎からの
突然の告白。
今でも鮮明に覚えている。
遠くで・・メトロノームが、音を立てていた。
カチッ・・・・カチッ・・・、と
落ち着いたリズムを室内に響かせてーーーーー。
君が踏み出した一歩。
踏み出してくれた一歩を、・・・大切にしたかった。
『・・・・・・付き合おうか、オレ達』
そう口にしたのは僕の方だった。
想いを確かめ合って、その先を望んだのは僕。
想いを伝えてくれて、そのままでいようとしてくれたのは君。
考えれば、初めから君と僕は進む歩調が違った。
メトロノームのように・・同じリズムを僕らは一定に刻んではいなかったんだ。
だけどそれでもいいと思った。
リズムが違うならば、合わせればいい。
君と歩調が違うなら、君と歩調を同じにすればいいだけのこと。
君が四拍の調子で、僕が三拍の調子だったとしても
僕が少しだけペースを落として二拍になれば、
四拍と上手く重ねあえるはず。僕さえしっかりしていれば、
僕らはきっと 幸せな時を大切な分だけ進んでいけると思っていた。
けれど実際そうしようとしてみても、
想像以上に困難は 山積している。
僕らの話すことは限られている。
学校での出来事、アルヴィス内の出来事・・これくらいだ。
といっても、学校の話は大抵その場に居合わせたりすることが多いため、
話すまでもないし・・・アルヴィスのことに関してだって 訓錬やメニュー、敵についての
戦闘態勢等の話が殆どで・・・・恋人同士がする話では、ない。
よく考えれば、一騎と僕には共通点がない。
幼馴染だが、昔の話をすれば 一騎はきっと
僕の左目の傷を気にして・・後ろめたい気持ちになるだろう・・・。
暫くの間 疎遠だったために、一騎の最近の好きな傾向や主義主観は知らないに等しい。
正直・・僕といても、面白くないと、思う。
機械的にクロッシングで繋がっていたとしても
それがその人の全てだとは限らない。
だからこそ、ちゃんと向き合って、一つずつ解決していきたい。
知っていきたいと思う。
でも。
やはり僕は・・・・不器用な人間だ。
君の望むように上手く、立ち回れない。
「すみません・・・・今回は全て、僕の責任です」
「!!!?総士っ・・・!!!」
「・・・・・それはどういう意味かね、総士くん?」
「ーーー島の防衛を最優先に考えるべきだと解かっていました。
なのに僕は、マークザインから距離にして100M弱離れていたフェストゥム
攻略にフォーカスを合わせて戦闘パターンを思考していました」
「・・で、っーーーでもそれは、オレが総士にっーーー・・!!」
「戦闘指揮官でありながら、守るべきものを見誤るなど、
あってはならない布石だと思っています。
ーーー・・・僕の処分は、司令にお任せします。すみませんでした・・・」
「・・・・・・・・・・・いいだろう。
今日のところは、帰っていい。−−処分はおって報告する」
「っーーー!?!父さんーーー!!!待って・・・」
「いいんだ一騎・・・お前が口出すことじゃない」
「−−−っ・・・・・!」
深く頭を下げ、その場を後にする。
そんな僕の後を急いで追いかけてきた君が僕に言った言葉は。
「なんで・・・・なんで一人で背負おうとするんだよっ!!!!」
怒りと、悲しみに満ちた、言葉だった。
「・・・・・・・・なんでと云われても困る。
これは僕の問題だ・・・・・・」
「だってあのとき、オレがお前に言ったんじゃないか!
”近くにいるフェストゥムを倒したい”って!!!」
「・・・あくまで決断するのは僕だ。それを許可した僕の責任だ」
「お前の命令を聞く前に、オレが先に動いたんだ!!!
オレの責任じゃないかっ!!!!」
「・・戦闘を認めたのは僕だ。僕はファフナーの起動を
ジークフリードシステムで阻止することが出来る。
だからお前が責を負うことはない・・・・僕の責任だ・・・」
一緒に歩みたいと歩調を合わせても、
相手が同時に歩調を僕に合わせようとすれば
必然的に ずれてしまう。
「・・・・・っーーーーーなんで・・・・総士はそうやって・・・・」
大切にしたいと想い、慈しむ心は いつだって君に向っている。
「独りで・・・・・・・・。いつも、無理、・・・する・・・・」
同じリズムじゃなくても、同じ主義主観じゃなくても
不器用でも、不器用なりに、真っ直ぐに君を愛したなら
「一騎・・・・・?」
「おれ・・・どうすればいいか、わかんないよ・・・・」
近づけると、・・・想っていた。
「一騎・・・・・・」
その場を早足で立ち去る君の後姿が 今にも消えそうな気がして
僕は途端に怖くなった。
不安と焦燥が、僕の心をかき乱す。
「・・・僕もどうすればいいかなんて・・・・、−−−わからない・・」
同じ速さで歩けない僕らが
互いを好き合うことは
いけないことなのだろうか。
ハッピーエンドを迎えるには
無理があるのだろうか?
僕は消え行く君の背中を傍観しながら
ただただ その場に佇むばかりだった。
記憶の奥底でメトロノームの音が聴こえてくる。
メトロノームの音は、優しく、温かく響いてきて
空虚な僕に教えてくれた。
『・・・・・・付き合おうか、オレ達』
”あのときの気持ちがあれば、大丈夫だ”と。
+++
「無理して付き合うことほど無駄なモンはねぇな」
花壇の手入れをしながら、そう僕の相談相手は呟いた。
「・・・・そう、でしょうか・・・」
僕は自然に俯くと、相手が放った言の葉を
頭の中で何度も繰り返してみる。
今の僕に理解するには難しすぎた。
・・感情が、追いつかない。
「だってそうだろ?いくら好き合ってても、
一緒にいて楽しくなきゃイミねぇだろ。
苦しいばっかじゃ、・・・どっち道、続かねぇよ」
「・・・・・・・・」
二人の未来が、目と鼻の先に広がるようで、怖かった。
無理して歩調を合わせる。
同じ拍子を繕う。
間違っているのだろうか?
僕らの関係は。
キミが踏み出してくれた一歩。
僕が求めた その先の一歩。
大切にしたいと思った。ただそれだけだった。
キミはあのとき、今のままーーを求めていた。
『・・・・・・総士のこと、好きでいて・・・いいかな・・?』
それはつまり、その先を求めれば
最良な関係が崩れて、−−−最低な関係へと変化してしまうという
キミなりの暗示だったのだろうか。
だとしたら、僕は間違ってしまったのかもしれない。
本当に大切にしなければいけないのは きっと、
ーーーーその先にある僕らの未来じゃない。
今在る僕らの未来なんだ。
「・・・・やっぱり僕は、不器用な人間だな」
ボソッ、と口から零れた想いは、泣きたくなるほど
空虚なものだった。
もっと器用な人間だったら、
僕ら、こんな風に駄目にならなかったかもしれない。
「・・・総士」
花壇をいじっていた手を止めて、真剣な顔を向けてくる
道生さんに 僕は自嘲気味な言葉と、苦悶の表情を見せてしまった。
自省の念に駆られる僕は、とても小さな人間だ。みっともないな、僕は。
「道生さん、ーーー僕は・・・・一騎が好きです」
「・・・・・・・・あぁ、知ってる」
「本当に、本当に好きなんです・・っ」
「ーーー・・わかってるよ」
「同じ歩調じゃなくても・・・同じ拍子じゃなくても・・
メトロノームみたいにーー合図に合わせて、互いの速度に近づけば
・・何とかなると、思っていた」
「・・・・・あぁ」
「けどーーーーー・・・・」
そこまで言って、言葉に詰まった。
苦しすぎる、こんなの。
「−−−・・一騎に無理は、させたくないんです。
でも僕が無理することも、・・一騎は望んでいない・・・」
好き同士なんだ、僕ら。
本当にそれだけだ。なのに・・。
「やっぱり駄目なんでしょうか・・?
異なる歩調が・・拍子が近づく事はーーー。
不器用な人間には・・・・乗り越えられないんでしょうかっ・・?」
僕の不器用さが君を駄目にしてしまう。
そんなの、耐えられない。
一緒にいても、虚しいだけだ。
「総士・・・・」
「一騎が・・・・、一騎が笑ってくれないと意味無いんです。
・・・幸せにしたいけど、−−−僕には・・・荷が重過ぎる」
あんな顔をさせてしまった。
僕のせいで。
「−−−・・・若いって難儀だな」
「・・・え・・?」
詰め寄った僕に、薄い微笑を零して、道生さんは
大きなため息を吐いた。
そして、僕の瞳を凝視して 云った。
「一騎はさ・・お前が不器用な人間だっつーことは、
はじめっから知ってるだろーが」
「・・・・」
「お前、何でも独りで背負い込みすぎなトコあるぞ。
直しとけ!・・ったく、そんな難しいことじゃねぇだろ?」
『・・・・・っーーーーーなんで・・・・総士はそうやって・・・・』
「あ・・・・」
あのときの一騎の言葉とリンクした。
『独りで・・・・・・・・。いつも、無理、・・・する・・・・』
ーーー・・・一騎。
「大体これはお前だけの問題じゃねぇ。相手がいて、初めて恋愛っつーのは
成立するもんだ。−−ちゃんと一騎の言葉も受け止めて来い」
「・・・・そ、そう・・ですね・・」
カチッ・・カチッ、メトロノームの速度が緩まっていく。
心の奥に密かに置かれた僕のメトロノーム。
何かを知らせてくれている、気がする。
「・・・そんなにさ、無理する事 ないんじゃないか?」
「え・・・」
「ありのままで、いいんじゃないか・・・?」
諭すように落ち着いた声が辺りに響いた。
取り巻いていた空気が一変して 静寂の空気を連れて来る。
「メトロノームに合わせて、上手く行かなくなったんなら
・・・一端止めてみたらどうだ?」
「−−−−−−とめ、る・・?」
考えた事もない、そんなこと。
「その方が上手くいくぜ、きっと」
「・・・どうして・・・」
そう思うんですか?
最後の言葉は紡がれなかった。
「”どうして”って、・・そりゃお前、考えりゃ解るだろう」
苦笑しながら 僕の肩にポン、と軽く手を置いて
道生さんは頭上に広がる蒼穹を仰いだ。
「一騎は”不器用なお前”含めて、
・・お前が好きなんだろうからな」
そうだ。
そうだった・・。
僕と君は初めから歩調も、拍子も異なっていた。
かみ合わない、共通点がない。沈黙が多い。
だけど それでも傍にいた。
最初から、メトロノームに合わせて 僕らは歩き始めた訳じゃない。
そんなの最初から、決まっていたじゃないか。
どうしてこんな簡単な事、僕は見落としていたんだろう。
無理しなくていい。
今のままの僕でいいんだ。
一騎は、不器用な僕を好きになってくれたんだ。
+++
カチッ・・カチッ・・
誰も居ない音楽室に、二人きり。
僕らは言葉を交わすことなく、佇んでいた。
放課後の教室は どこか淋しくて、元気がないように見えた。
どこからともなく、吹奏楽部の練習音が響いてくる。
きっと視聴覚室で練習しているのだろうな。
あそこはスペースが広いから、部員全員が入る。
ふと瞳を閉じて耳を澄ましてみるけれど、
近くにあったメトロノームの音が風と一緒に交じり合って
ハーモニーを創り出す。不思議と胸は、落ち着いていた。
そんな 些細な時を過ごしながら、
不意に君は窓の外に向けていた視線を、落とす。
俯いて、ぐっと堪えるように 両手を膝の上に置いて
握りこぶしを作っていた。
瞳からは、涙が溢れ出していた。
「・・・・どうかしたか・・?」
殊勝な声を、君に向ければ 君は苦しそうに呟いた。
「お、れ・・・・・どうすればいい・・・?」
うな垂れるように零した君の言葉の弱さに、胸が痛む。
「総士・・・・おれに、どうして欲しい・・・?」
きっと。
きっと君は僕が別れ話を持ちかけるんじゃないかと、
勘違いしている。だって・・肩が震えている。
違うんだ一騎。
そうじゃなくて。
そうじゃなくてさーーーーーー・・・。
僕は座っていた椅子から立ち上がると、
近くでうな垂れるように座る君の元へ 歩を進めた。
一歩、また一歩。
そうして君に近づいた、その先には。
ーーー顔を上げて、不安げに僕を見上げる、君がいた。
涙が・・・止め処なく溢れる。
そんな君に、僕は困ったように微笑んだ。
君の頬に、両手を添えて。
そんな顔するな。
云いたい事も、云えなくなるだろ?
胸が詰まって。
「傍にいてくれ・・」
踏み出した一歩を、後悔しないためにも。
僕たちはきっと、絶対、ハッピーエンドを迎えなくちゃならないんだ。
「えっ・・・・?」
縋りつくような声で、君は表情を歪めた。
僕は、そんな君に出来るだけ 安心した表情を返す。
「オレ達・・・・同じ速さで歩けない」
無理したら駄目になる。
合わせれば、疲れてしまう。
だから・・
「一緒に・・・・立ち止まろう」
二人で、立ち止まって
最初の一歩を合わせよう。
「途中から合わすんじゃない・・・初めから、やり直すんだ」
そうすれば、同じになるから。
一緒に、寄り添えるから。
「僕をまだ、好きでいてくれるなら・・そうしてくれ・・・・」
不器用でも、不器用なりに。
いつだって君を、想ってるーーー・・。
「ーーーーーっ・・・・喜んで」
瞬間、君は穏やかな色の瞳を揺らし、
柔らかく微笑んだ。
僕は、そんな一騎を軋むほど強く、抱き寄せた。
次第に 唇の距離を縮めていく。
二人の唇が、重なったーーーその瞬間。
カチッ・・・。
メトロノームは、静かに止まった。
同じ速さで歩けない僕ら。
だけど互いを好き合うことは
難しいことなんかじゃない。
ハッピーエンドかどうかなんて、
誰にもわからない。二人次第なんだ。
だから、今度は
メトロノームに合わせるんじゃなくて
そのままの僕らで、
君と歩いていきたいと、願う。
NOVELに戻る
こんにちは!!青井聖梨です!!!
ここまで読んで下さって、ありがとうございましたvvv
いかがでしたか?久しぶりに読みきりを書きました〜。
うはー、思いの他大変でした。でも書きやすかったです、今回の話は。
お互いが似ているからくっつくパターンって多いですよね?
私の場合、そういう弊害はありません(爆)
むしろ障害があるほうが萌える!!(←違)
いやいや、本当に言いたいことはですね〜、
正反対の性格だって、異なる主義主張だって
想いに勝るものはない。−−−そんな感じの事が言いたかったんです。
本人たち次第で、どうにでもなるっていう一つの希望を
見い出したかっただけです(笑)
それではこの辺で失礼します!
読んで下さって本当にありがとうございましたvv
少しでも胸キュンしてくれたら嬉しいです!!!ではっ!!!
青井聖梨 2007・5・9・