届かないから、伝わらないから。















虚像(レプリカ)は僕に微笑む

〜秘密編〜

















新しい学校、新しい友人、取り巻く環境が眼に見えぬ速さで
竜巻のように素早く変っていった。

何もかもが、意識や気持ちとは裏腹に、俺の全てを変えていった。
でも、ひとつだけ 変わらないものがある。


それは、云うまでもない。
・・・・・皆城総士の存在だ。


俺の告白を聴かなかった事にさせてくれといった総士。
けれどそれでも、未だ想いまでは消す事ができない。


いや、消せるはずないんだ。


だって俺はーーーーーーー長い長い片想いを総士にしてきて・・
俺の全ては総士でいっぱいだった。

この世に生を受けて、半数以上の年月、彼をただ思い続けてきたんだ。
そう簡単には諦められない。  諦め・・きれない。だから。


今もまだ、ひっそりと彼を 思い続けている。



口には出さないものの、俺は



今もまだ  
皆城総士に、秘密の恋をしているのだ。




厭きれるほど 直向に




想いは深くなるばかりでーーーーーーーー。






+++





俺が今通っている竜宮島第一中等部は、島内でも有名なエリート学校だ。
何でも島の代表・皆城公蔵氏が島の将来を担う有望な学生の為に創立した学校らしく、
選ばれたものしか入る事が許されない厳粛な学校なのだ。
そして、この第一中等部には高等部・大学部と付属でついており、いわば将来を約束された
エスカレーター式の立派且つ競争率も難易度も高い学校なのである。

そんな学校に、今まで平凡な中学校
へ通っていた俺が入るとは夢にも思わなかったのは
至極当然のことだろう。自分自身、第一中等部に通う気なんてサラサラなかった。
今まで通っていた中学に自転車か何かを借りて通うのだろうと考えていたのだ。

しかし、学長である皆城公蔵氏、つまり皆城さんが強く俺の入学を押したため、
周囲に有無を言わさず、転入することに相成ったわけである。
誰もは憧れる第一中等部。俺は少し嬉しい反面、不安や焦りで複雑な思いを抱えていた。


前いた中学では成績も学年で三本の指に入るほどよかったし、スポーツも僅かながらしていたせいか
運動神経にも自身が合った。けれどそれは前の学校の話。
こんなエリート学校にいきなり放り込まれて上手く行くほど、世の中 簡単に出来ていないということは
嫌というほど解かっているつもりだ。


だから俺は、不服を申し立てた。皆城さんに。
前の学校でいいと。俺はエリート学校に通える器じゃないと。
けれど皆城さんは”大丈夫だよ心配しなくても”とか、”任せておきなさい”とか・・
俺をあしらうばかりで。


いちおう軽い転入試験みたいなのは受けたけど、
エリート学校の試験にしては 簡単すぎた。
・・裏で手が回ってるのではないか、などと変な勘ぐりをしてしまう。
皆城さんの意図が、俺にはさっぱりわからない。
なんでそんなに 第一学校に俺を入れたいのだろう?


やっぱりあれだろうか。
・・島の代表の家に養子に近い形でやってきた者としては
自分の目の届くところに子供を置いて、変な事を起こさないように
監視すべきだ、とか思っているのだろうか?


兎にも角にも俺は現在、総士と同じ学校に通っている。
不慣れな土地の上に、急激な環境の変化。しかも総士とは教室はおろか、
校舎までもが違う場所で授業を受けている。

総士はエリート中のエリートなので、クラスが三年トップS組なのだ。
トップS組に入るには、つねに学年トップ10に入る事と、島の財力を相当の割合で
握っている者、ーーつまり島に尽力している企業・島の伝統を受け継いでいる宗家出身といった
名家の家元でなければならないのだ。

俺は転入したての身なので、三年C組だ。
三年生のクラスは実に四クラスに分かれている。
A・B・C組。これは普通のクラス。そして一般生徒とは別の校舎の
真新しい特別校舎に三年トップS組が用意されている。
二年生、三年生も同じ仕組みになっているのだ。

俺は総士と一緒のクラスになれればいいと淡い期待を密かにしていたが、
あまりに自分と総士との違いに愕然とする反面、これでよかったのかもしれないと
思うようになった。一緒にいたい、などと一瞬でも思った自分を恥じるべきだと感じている。

だって、総士は島の代表の息子で、この学校でも有名な学年トップで、
女子生徒の憧れの的。男子生徒には僻まれる存在ではあるが、その知性と類稀な存在感には
誰もが惹き込まれると先生に聞いた。

だから、総士は俺なんかと一緒に居ないほうがいいし、それが当たり前だと
思っていた。

なのに総士は・・・。







「・・・・一騎、昼食を食べにいくぞ」



「総士!・・あっ、ーーーーーーうん」





決まって昼になると俺を昼食に誘い出すし、
学校の行き帰りも一緒に行ってくれる。

俺が困っている事があると、助けてくれるし
補習授業や日直の仕事などがあると、必ず手伝ってくれる。

その親切さが今は少し痛いと、俺は胸の奥で思いながら、
こんな俺の傍で優しくしてくれる総士に ますます惹かれていって・・


転入してよかった、なんて終いには思うようになって。
どうしようもなく、愛情が湧いて仕方がない。


嬉しくて、苦しくて・・・・堪らない。




クラスの人に聞いたが、総士は人に多くは語らないらしい。
他者と接触することを極力避け、深入りしないと聞いた。
だから俺と関わり合いを持つ事自体、皆にとっては驚きで、意外なことに見えたようだ。

いつも単独で行動し、必要ないことには興味を示さない。
少し冷たい印象を他者に与える、クールな美少年で通っているみたいだ。
確かに見た目どおりのイメージだと思う。あまり笑わない、話さない、物静かな天才。
そんな感じだ。

俺に色々してくれるのは、同じ家に住んでいるヨシミ・・・皆城さんが影ながら口ぞえしてくれた
おかげ、なのだろう。俺の存在は総士にとって僅かなりとも他の人と比べて”関わり在るもの”
なのだから、総士としても安易に無碍にはできない。


・・なんだか少し、ズルイ気もするけれど、学校の皆より総士に近いことが
嬉しくて、嬉しくて。−−−−−夜も眠れないこともたまにあった。

そんなことで一喜一憂している自分が、時折急に情けなくなって、虚しくもなった。
総士に負担をかけないように、立派にこの学校で頑張らなければと、最近思う。




総士、ごめんな。
俺、自分のことばっかりで。

今に総士が気にかけなくても大丈夫な自分になってみせるから。
・・・だからそれまで、もう少しだけ・・・・・・不甲斐無い俺の面倒をみてくれないか。

もう少しだけ、俺の時間に付き合って。


傍に、・・・いて。






いつしか俺は、離れられなくなっていた。
総士の、存在から。







いつだって。




+++







「一騎くん、どうだね?学校生活は」



家庭科室から出てきて、少し歩いた曲がり角の廊下で
偶然学長である皆城さんと出くわした。

急に声を掛けられて、びっくりしたが、俺はすぐさま皆城さんに
俄かに微笑を浮かべながら言った。


「はい、おかげさまで順調です。・・皆城さんには色々とご迷惑を
お掛けしてしまって・・本当にすいません」


出来るだけ丁寧に言葉を選びながら、緊張した声で答えてみる。
すると皆城さんは、”ははっ”と乾いた笑いを虚空に振り撒きながら、俺を
真正面から見つめて 軽い面持ちで言った。


「何を他人行儀な。君とは同じ屋根の下に住んでいる仲なんだ。これくらいは
当然だろう。・・それよりそんな固い顔で微笑まずに、いつも通り笑ってくれたまえ」


気さくに言う皆城さん。
毎日顔を合わせる訳ではない。出勤時間と通学時間は異なるので、決して朝必ず顔を
見合わせると言う訳にはいかないのだ。
けれど、こうして学校でも逐一心配してくれるのは 本当に有り難い。
俺はその皆城さんの気心に触れ、少しだけ心を落ち着かせると 普段の自分を取り戻す事ができた。


「ありがとうございます・・・」


ふわっと、できるだけ柔らかく笑って見せた。
すると皆城さんは 瞳を大きく瞠って 俺の顔に釘付けになってでもいるような
仕草をしながら、ただただ肩を大きく震わせた。

俺は一体どうしたのだろうと思いながら、
皆城さんとの距離を測っていた。
瞬間、ぼそっと何か皆城さんが呟いた。



「・・・・・・・・本当に、紅音くんそっくりだ」



「えっ?」



あまりにも小さな声で呟く皆城さん。
俺は聞き取れなかった言葉を もう一度催促してみた。
けれど皆城さんは”なんでもない・・”といきなり会話をそこで切ってしまい、
少しだけ顔を俺から逸らした。



「・・・・・・・・?」


触れてはいけないこと、なのだろう。
空気が一瞬変わった気がして 俺は即座にその場を立ち去ろうとした。
これ以上ここにはいられない・・いてはいけないと警報が体中に鳴り響いたからだ。


「あの・・・、じゃあ俺・・・これで・・・」


失礼します、と軽く一礼して 皆城さんの横をスルリとすり抜けようと試みた。
が、その途端に 力強い握力が俺の右腕を襲ってきた。



ーーーーガッ!!




「!!!!?」


鈍い音が耳の奥に響いてくる。
確かに掴まれた、腕。成人した男性の力強さが 
腕を通して伝わってくるようだった。


「え・・・、あ、の・・・っ?」


俺はあまりにも唐突な皆城さんの行動に、言葉を失くした。
ただただ、戸惑い、焦りと恐怖に心が支配されていった。
変な緊張感が空気に交ざり、俺の背筋を凍らせた。

ぎこちなく、腕を掴んできた張本人の方へと 振り返ってみる。

そこには、薄気味悪く微笑んだ皆城さんが、こちらを凝視して佇んでいた。
俺は、その異常な様子から 感覚的な恐怖に身体を硬直させてしまった。

そのとき 抑揚のない乾いた声で 皆城さんは俺に言葉を投げかけた。


「一騎くん。・・・学長室に、寄って行きたまえ」


「・・・・・・・えっ・・・」


「お茶でもしよう」



皆城さんはそう言うや否や、急にものすごい速さで歩き始めた。
俺は、掴まれた右腕を振り払おうと懸命に動かしてみるも、
皆城さんの頑丈な握力に 負けてしまい、振りほどこうにも 振りほどけない。
引き摺られるようなカタチで 暫く廊下を二人で歩いていくと 正面に
学長室が見えてきた。

俺は焦って、震える声で皆城さんに声をかけた。


「あのっ!!!おれ・・・じゅ、授業がありますからっ・・・!!」


「大丈夫。私があとで担任に口ぞえしておくよ。」


「でっ、・・・でも俺ーーー」


「君は何も心配しなくていい」


有無を言わさない、とはこのことだ。
権力を保持している者の最大の特権は 何をしても許される”自由”を扱う事だ。
皆城さんは 俺が授業を一、二時限ほど欠席したとしても
軽くもみ消す事ができると遠まわしに 暗示しているのだ。

それが創立者の特権であり、強みなのだということを
俺に教えているようにみえる。


俺は、引き摺られる形・・いわば強制的に学長室へと迎い入れられる事になった。
逃げたくて、逃げたくてたまらなかった。
けれど、上手い言い訳が思いつかない。その場を見繕う事のできない自分に
嫌悪と嫌味を心の中で吐き散らしながら、もどかしい時間を学長室で暫く
過ごす事になりそうだ。



「・・・あ、の・・・・?」



皆城さんが片手で学長室のドアを開けると、そこには
大きな窓が正面に広がっていた。黒いカーテンが端に結ばれている。
窓から少し離れたところに 応対用の背の低いテーブルと大きなソファーが佇んでいた。
テーブルの上には小さなピンクのバラが美しく飾られている。

周囲を見渡すと、隅には色々な賞状や写真、骨董品が忙しなく飾られており、
見るもの全てに高貴な印象を部屋全体に与えているようだった。
頭上にはシャンデリアがついており、一際その存在を主張させていた。

そして応対用のテーブルからまた、少し離れた場所に 仕事用のデスクが
椅子とセットで置かれていた。そのデスクの上には色々な資料が山となっている。

周囲をキョロキョロ見渡すと、装飾品ばかりでなく、本や書類の棚も、暫し目に付いた。
と、そのとき。

皆城さんのデスクの上に、一枚の写真が大事そうに飾られていた。
俺はそれが少し気になって、自然とそちらに足を向けた。
皆城さんは ごく普通に俺の腕から自分の手を放して、俺の様子を窺っているようだった。


「・・・これ。・・・・・この、写真の人・・・綺麗ですねーーー」


優しく微笑みながら 花束を抱えて写真に写っている天使のような女性。
とても穏やかな瞳をしていた。
写真タテを手に持って、さらにその人物をよく見てみる。

この顔・・・・誰かに、似ている・・・?
そう思った。


俺が真剣に写真を眺めていると、
背後から皆城さんが 薄く笑うようにいった。


「妻だよ。・・・・・総士の母親だ」



皆城さんはいつの間にか俺の背後に来ていた。
俺はびっくりして、肩を大きく震わせながら その場に硬直した。
すると俺の横を通り抜けて、窓の方へと身体を寄せていった。
背中に一筋の汗が、・・流れ落ちた気がした。


「・・そ、そうなんですか・・・」


俺は少し動揺しながら、手に持って見ていた写真タテをデスクの上に置いた。
すると、コトンーーと音を立てて 裏の支えが外れてしまった。


「あっ・・!」


壊れてしまったのだろうか?そう思い、外れてしまった支えを直そうと
手を伸ばした瞬間。もう一枚の写真に気付いた。

どうやら、総士のお母さんの写真の後ろにもう一枚写真がはめ込まれているようだ。
俺は少し不思議に思い、その伏せられた形になっている写真を取り出して覗き見た。



「−−・・・え・・?」




そこには、




まだ若々しい姿の俺の母親・真壁紅音が椅子に座って
眠っている姿が 静かに写っていた。



「・・・・・・な、んで・・・・母さんの写真、が・・・?」


思わず口に零してしまった その言葉。
一瞬、ハッとした。


途端に周囲が暗くなっていくことに気付く。



ーーーーーーーーシャッ・・・!!!



荒々しく締められた、漆黒のカーテン。
辺りに闇を呼び寄せた瞬間だった。



「みな、しろ・・さん?」


一気に部屋の雰囲気が夜になり、変な空気が漂う。
張り詰めた緊張感が背筋に走り抜けると、急に酸素が薄くなったような錯覚に陥った。

胸の動悸が、速くなっていく。



「見つけられてしまったか。・・君のお母さんの写真を。ーー綺麗だろう?
・・・・妻よりも、君のお母さんの方が綺麗だったよ・・」



不気味に闇に浮かぶ微笑。
それを見るだけでぞっとした。息が、止まりそうだ。


「実はね、一騎くん。私の初恋は・・君のお母さんだったのだよ。
だから、紅音くんと真壁が結婚すると聞いたときは それはもう残念でね・・」


そう言いながら、ジリジリと俺との距離を詰めてくる皆城さんの
迫力に、気圧されながら 俺は後ろに後ずさりしていった。
ドア附近に到達すると、皆城さんを正面に捉えながら、後ろ手でドアノブを探った。


「恥ずかしながら、自暴自棄になったくらいなのだよ・・・」


「そ、・・・・・・・そうですか」


ノブに手をかけ、必死に回してみる。
が、どうやら鍵が掛かっている様だった。
鍵を解こうとするが、見ないで解くには困難だったため、仕方がなく
一瞬 皆城さんから視線を逸らして 鍵に集中するしかなかった。


俺は出来るだけ素早く鍵を解くために 素早い身のこなしで
皆城さんに背を向け、鍵に手をかけた。

”カチャッ”−−−−小気味いい音が耳まで届いてきた。
俺は解けた鍵に一瞬ホッと胸を撫で下ろした。

ドアノブに即座に手を掛けようと油断した、そのとき。
後ろから黒い影が瞬時に近づいてきて。


それを阻止した。



「!!!!?」



声に、ならない声だった。


背後に寄りかかってくる圧迫感。
耳元で 少し熱っぽく放たれた色目かしい大人の声色。
荒い息遣いが 恐怖をより駆り立てた。


「・・・・もう少し、ゆっくりしていきたまえ。・・・紅音くん



「ーーーっ・・!!!」



その言葉を聴いて、全てを理解した。


この人は、・・・”俺を通して母さんを見ている”、と。

俺に重ねて、亡き母の姿を追い求めていると。



そうか。そういうことだったんだ。
だから皆城さんから 変な違和感を感じたんだ。



「み、皆城さん・・・、俺は一騎です。母さんじゃない・・」


力強い圧迫感が背後からジワジワと迫ってきた。
次第に後ろから抱きかかえられる状態へと変わっていくのがわかった。

抵抗しようと、激しくもがいてみるも、中々上手く行かない。
そんなとき、不意に赤い口紅が皆城さんの首筋の裏についていることを知った。

皆城さんは 俺の視線の先に気付いたのか、”あぁ”と軽く片手で 首元を抑えていった。


「君のお母さんは本当に素敵な女性だった。・・・この島の中でも一番にね。
あまりにも聡明なその存在に・・・触れることができなかったよ」


瞳を細めて、妖しく闇に光る欲望。
黒い立派なひげが、今は男性の力強さよりも脅威の力強さを
象徴しているようで 不気味だった。


「・・・・・・奥さんを、愛していたんじゃ、・・・ないんですか?」


口元を震わせながら 恐怖に必死で耐え続けていた。
きっと今の自分は 情けないほど 弱々しい目をしているのだろうと思う。


「愛していたよ、もちろん。・・・しかし、私の胸の奥には常に君と同じ姿の女性が
付き纏って離れなかった。・・忘れられなかったのだよ・・」


少しだけ切なそうな色をした声が頭上から降ってきた。
何故だろう?・・そのとき少しだけ、”哀しい”と思ったんだ。


この人の、存在が。


「・・・せめて想いを伝えていれば良かったんだがね・・当時の私はまだ人としても
未熟で、変なプライドや劣等感が邪魔をして 中々素直になれなかったのだよ・・。
ーー真壁のように、真っ直ぐ彼女を愛していると伝える事が出来たなら、こんな想いを今まで
引き摺らなくてもよかったのにね。−−−−・・・根性なしだな、私は」


似ているのかも、しれない。


自分と・・・この人は。
届かない想いに身を焦がしながら、何とか想いを消化する手段は
ないものかと もがき続けている、そんなところが。


「言えば・・・よかったじゃないですか。結婚してたって、子供がいたって・・」


近づいてくる身体を思い切り突き放しながら、俺は震える瞳で 目の前の
どこか哀しい存在に語りかけた。

すると、”言う前に逝ってしまった”と萎れた声を虚空に吐き出した。
俺は、その言葉を聴いて、なんだか堪らなく哀しくなってしまった。

でも同情している場合では、ない。
気持ちを切り替えて 力強く俺は叫んだ。



「でも俺は、あなたが愛した人じゃない!!
・・似通った姿をしていても、俺は息子です。母さんじゃない・・・!!!」


室内に響き渡った 透き通った声。
自分が発した声だとは思えないほど、聡明な色をしていた。
まるで・・・母さんが身体に乗り移ったようだった。


一瞬、哀しい色をした瞳を宿した皆城さんだったが、
急に変貌して言った。


「だが、君の中には紅音くんの血が流れている・・!!確かに君の中には、紅音くんがいるんだ。
唯一、君だけが・・・。−−−君は紅音くんの・・・・忘れ形見だ・・・一騎くん」


そういった途端、静止していた体が再び動き出した。
激しく俺を掻き抱こうとする皆城さんの動作が、俺の身体を不自由にした。


「やっ・・・・!!!なにすっーー、やめて下さい!!!」


悲鳴にも似た声音を辺りに撒き散らしながら、必死で抵抗をみせる。
俺は思わずこう叫んだ。


「俺は母さんの身代わりじゃない!!!!!」


その言葉に、一端皆城さんの動きが止まった。
それを見計らうと、俺は思い切り皆城さんを両手で突き飛ばした。
おそらく油断していたのだろう。皆城さんは 先程とは打って変わって、面白いくらい軽く
俺に突き飛ばされていた。

ダンッ!!、と激しい音を立てながら 皆城さんは床に尻餅をして 
こちらに視線を向けてくる。

その視線から、彼が何を考えているかなんて容易に想像することは
できなかったけれど、心情は・・・多少なりとも理解しているつもりだった。


「・・・・あなたが、どれだけの女の人を母さんの身代わりにしてきたかは
知らないけどーー・・こんなことしたって、母さんには伝わりませんよ」


「・・・・・」



「母さんはもう、・・・・・・いないんですから」



「一騎くん・・・・・・・・」



この人は、秘密の恋をしている。
だけど秘密の恋は、もう終わらせないといけない。
きっと、この人もわかってるんだ。


母さんに、もう・・・






届かないから、伝わらないから。








ただ、その方法が見つからないだけで



きっと






「眼を覚ましてください・・皆城さん」












苦しいんだ、この人も。




















沈黙の中、ドアを開けて、部屋の外に出た。
ゆっくりと扉を閉める時、 ・・うな垂れた姿の皆城さんが
視界に飛び込んできた。




かける言葉が見つからず、
扉が閉まる速さと同時に 俺は瞳を静かに伏せた。


外の光が眼に差すように眩しい。
室内には暗闇が、未だ漂っているだろう。



きっと皆城さんは まだ、
暗闇の中でたったひとつの光を求めて・・彷徨い続けるのだろう。


そんな気がした。




















『眼を覚ましなさい、皆城くん』
















「・・・・・・・紅音くん」








母さんの虚像(レプリカ)を胸に描き続けながら












「・・・君の息子に、同じ事を言われたよ」






















この先も、永遠にーーーーーーーーー。













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は〜い、こんにちは!青井聖梨です!!
御疲れ様でした。如何でしたか?今回は、総士が全然出てきてません(笑)

皆城父と一騎、紅音の話でしたね。本当は皆城父と紅音の回想とか
盛り込めたら、どっかに入れるつもりです。この回には色々と入れようと思ったんですけど、
長くなって諦めてしまいました(汗)本当はこの回で、回想入れられたらよかった
のに・・!それに、総士の話もあったのに、次回持ち越しになってしまった〜〜(涙)

パラレルがこれほど長編になるとは思わなかったのですが、結構書きたいこと たくさんあって
自分的には自由だから書き易いです。
でもどうでしょう?少しは楽しんで頂けてますかね〜? ちょっと心配!

それではこの辺で!!またお会いしましょうvv
2006.6.26.