声も出さずに君はただ、僕の前で微笑みながら泣いている。



真っ直ぐに ゆるぎなく・・僕だけを見つめて。









虚像(レプリカ)は僕に微笑む

〜深層編〜



















「あのっ・・・、これ・・・読んでもらえますか?」


小柄な女子生徒が思い切り前に腕を突き出して、可愛らしい黄色の便箋を
僕の目の前に差し出してきた。

僕は一瞬、目の前にいる彼女の手元に視線を向けると同時に
小刻みに震える指先から彼女の心情を持て余すほど察してしまった。


あぁ、・・・この子の気持ちは本物なんだな。


そう気づいた途端、”この手紙を決して受け取ってはいけない”
僕はこのとき、そう確信した。


「すまない。・・君の気持ちには応えられない」



はっきりとした声音でそう口にする。
すっぱりと振った方が、彼女のためにも、僕のためにもなると信じていた。
僕は僕なりの答えを胸に秘めていたのだ。

『中途半端な愛し方はしない』ーーーーーーーーこれが今の僕のすべてなのだから。


受け取らなかった手紙と一緒に無造作に下ろされた両腕が、
気持ちの停滞と共に彼女の気力を下降させた。
暫く無言の女子生徒にかける言葉を探しながら、重苦しい空気にひたすら
絶え続けた。このくらいは当然の報いだろうと思う。

せっかくの好意を無碍にしたのは僕自身なのだから。
瞬間ーーーー、黙っていた口元が急に開いて言葉を紡ぎ出した。


「・・・突然こんなことして、すみませんでした!皆城さんの気持ち、
ちゃんとわかりましたから。それじゃ・・・・失礼します」


ぺこり、と頭を深く下げた彼女は 一瞬僕を見つめて、切なそうな瞳を揺らしながら
走り去っていった。まるで最初から この場にいなかったように、通り風に似た速さで
僕の目の前を駆け抜けていったのだった。


静寂が包む夕映えの渡り廊下。
グラウンドからは生徒たちの活気ある声が聴こえて来る。
遠くでブラスバンド部の練習音が校舎に反響して聴こえる。
不意に僕の横を女子生徒二人組みが通り過ぎた。

何やら彼女たちは僕の方をコソコソ見ながら、話に花を咲かせていた。
彼女たちが僕の何を噂にしているのかはわかならい。
けれど、さして僕の興味のない話題ではあるだろう。だから僕にとってはどうでもいいことだった。


すれ違った彼女たちに背中を押された気持ちで、止まっていた足を前に踏み出して
僕は渡り廊下を渡り切り、校舎内に舞戻った。
重たい空気を取り払うかのように、颯爽と廊下を歩く。すると、昇降口に誰か立っているのがみえた。



丁度、入り口のドア付近に寄りかかりながら、少し俯き加減のその横顔。
今一番僕と関わりのある彼。見覚えがあった。
夕暮れの橙色が彼の横顔を見事に映し出し、煌びやかにーーときには儚くその姿を
僕の瞳の奥に焼き付けた。−−−こんなことは母親の面影を追い求めた以来だった。


艶やかな黒髪が風に掠め取られて、空へと上がる。
彼は片手で美しい滑らかな髪を抑えながらふと、空を仰いだ。
風を感じるかのように、その表情は穏やかで 時折瞳を伏せる。
僕は何故か、声をかける事ができなかった。

いや、したくなかった。
いつまでも そのままの彼を見つめていたいーーといつの間にか思っていたのだ。
僕は何も言わずにその場に立ち竦んでいた。


そのとき。彼が一瞬視線をこちらに向けた。
そして僕がいる事に刹那、気がついた。


「あっ・・・」


動揺した小さな声が通り風と一緒に僕まで届いた。
横顔だった彼の顔が正面に変わる。夕焼け色の光が
綺麗な顔立ちの半面に映り、大きな栗色の瞳が正面から僕を見つめ始めた。

彼の少し高い声が甘えたように昇降口周辺に響き渡る。
僕の方を真正面に向きなおして、微かに髪を風に靡かせながら呟いた。


「・・総士・・・今日、一緒に・・・帰れる?」


不安そうな口調で、だけどほんの少しの希望も含めて
そう僕に聞いてきた一騎。

僕の反応がないことを知ると、”忙しいならいいんだ”と慌てた様に付け足した。
僕はそんな彼をーーー可愛いと・・・思った。


「・・・・いいや、大丈夫だ。一緒に帰ろう」


僕がそう応えると、一騎は大きな瞳を震わせながら
嬉しそうに微笑んだ。

まるで夕映えに咲く、花のように。


その姿は淡く綺麗で、誰よりも儚く、鮮明に僕の心をかき乱した。
そんな今まで感じたことのない感覚に心を奪われながら、心のどこかで焦っていた。
自分の知らない自分を見つけたようで・・少しだけ怖かった。


「・・少し待っていてくれるか?カバンを取ってくる」


不安と焦燥をかき消しながら、僕は一騎に呟いた。
一騎はコクリと頷くと”待ってる”と小さく口にした。


急いで僕は走り出す。
何故かこの場を早く離れたかった。
一騎を見ていると、今まで感じたことのない感情が溢れ出しそうで怖かった。
一騎という人間を知っていくたびに、いつも思う。
今まで考えたこともない、人との交わりや温もりをもう一度と思っている自分がいると言う事を。



中途半端な愛し方はしない。
そう心に決めたあの日。きっとそれなら誰も愛せないと感じていた。
だけど。僅かに残った母親からの愛の欠片が僕に訴えかけてくる。



”やっと見つけたのね・・”


胸に焼き付けた虚像の母親がそう言って微笑んでいる。
僕はどうすればいいか、わからなかった。そんな自分に戸惑った。

ただ今は、僕を待つ彼のもとに一刻も早く戻ろうと
考えるばかりだった。




+++










「明日から・・・衣替えだな?」




ぎこちなく紡がれた言葉の中に、どれだけの勇気が詰まっていただろう。
僕はその勇気を見逃すことなく最後まで、生かせただろうか?


「そうだな・・。もう六月か」


季節は、春から夏に移り変わろうとしていた。
一騎が家に来て二ヶ月。日々目まぐるしく変わる環境の中、取り残されぬよう
必死で頑張っている一騎。出来るだけ手助けをしてやりたいと思いながらも、校舎やクラスが違うせいで
中々力になってやれないのが事実だ。そんな自分に最近少し嫌悪感を抱くようになった僕は
多少なりとも 一騎の影響を受けているのだと実感する。

夕焼けの赤を背に、二人で並んで歩く。
時々影が寄り添うように変化する様を記憶の片隅で微笑ましく見守っていた。
一騎は、そんな僕を横目でチラチラ窺うと恥ずかしそうに肩を竦めながら 紡ぐ言葉を捜しているようだった。
そのひとつ ひとつの仕草が 彼の柔らかさであり、しなやかさであり・・いうなれば、愛嬌の一種だった。


僕は彼の仕草を見つける度に、心が穏やかに微笑んでいる気がして
不思議な感覚に陥っていった。・・本当に、どうしたのだろう・・僕は。
彼と知り合う前の自分は、こんなではなかったのに。

誰かと登下校することも、昼食を一緒に食べることもなかった。
人と・・・・あまり話さなかったのに。


海岸線を二人並んで歩きながら、潮風に体を預けて
自然のぬくもりを肌で感じた。
浜辺に迫る、小波を瞳の奥で見つめながら 急に気持ちが停滞し始めた。
母親との思い出が、またひとつ消えていってしまいそうで・・・寂しかった。




「・・・・思い出なんて、儚いものだな」



ふと口から零れた本音。
僕の言葉に一騎が視線と顔をこちらに向けて、瞳を大きく見開いた。



「少しずつ・・少しずつ・・色褪せていく。人の記憶なんて・・脆いものだ」


防波堤を超えて、浜辺に向かう階段の上に腰を下ろした僕は
亡き母の残像を思い描きながら海の水面をただ食い入るように見つめた。
一騎はそんな僕に付き合うように傍らへと腰を下ろした。


「・・・・・亡くなった人は・・・忘れ去られていく。その想いも、言葉も・・・全て」



自嘲気味に発した僕の本音を黙って横で聞いていた一騎が
海の細波に合わせるかのように ふと呟いた。


「・・・・そんなことはないよ。ちゃんと覚えている人だって・・・きっといる」


はっきりとした口調で言った一騎。僕は視線を一騎へと思わず向けた。
すると一騎は、淋しそうに微笑んで言った。


「俺は覚えてるから・・・父さんの事も。父さんが教えてくれた・・・母さんの言葉も」


栗色の瞳が夕焼けの赤と交ざる。
何ともいえない淡い輝きを放ちながら、吸い込まれそうなほど儚くそっと微笑んだ。
そんな一騎が消えていくような気がして、僕は思わず瞳を逸らした。

もう目の前で、誰かがいなくなっていくさまを見たくはなかったのだ。


「・・総士?」


不安そうな声が隣から聴こえてきた。
僕の唐突の動作に戸惑っているようだった。


「・・そうだな。お前なら覚えているかもな・・。
けれど僕は違う。−−−忘れてしまうんだ・・・大切な人も、大切な想い出も」


祭りのあとの静けさみたいに、物悲しい気持ちが僕らを包み込んでいるようだ。
肩を少しだけ竦めて軽く蹲る僕を、隣で静かに見守っている一騎がゆっくりと言葉を紡いだ。


「それなら・・俺が覚えてるよ」


「・・・・え?」


「総士の分まで・・・覚えてるから」




”だからそんな悲しいことを言わないで”


”そんなに悲しい瞳で見つめないで”



そういわれた様な錯覚に陥る。
僕を見つめる一騎の瞳が必死にそう、訴えかけてくる。
気のせいなんかじゃない。確信に似た、視線。


「・・・・・・・・・・・・・ありがとう」


そう言い返すのが精一杯だった。
あまりにも真っ直ぐ見つめてくる視線に 心が一瞬軋んだ。


僕は再び、海の彼方を見つめなおした。
オレンジ色に光る水面を眩しそうに瞳を細めて、瞬きも忘れそうになるほど。
強く、強く、いつまでもーーー。



「・・総士」



不意に、潮風に交ざって甘く高い声色が僕の耳を掠めた。



「・・・なんだ?」


落ち着いた低い声で答えてやると、一騎は柔らかい表情で言った。



「忘れられない想いも・・・消えない記憶も、多分・・みんな愛情に繋がってるんだと思うよ」



一騎は、膝を抱えてさざめく波の隙間に視線を落とした。
僕は一騎の横顔をそっと横目で盗み見て、視線を海に戻した。


「・・・・・・・・・・・そうか」


僕は不思議と風の音に耳を澄ませていた。
子守唄が遠くから聴こえてきそうで、静かに まぶたを下ろした。
優しい風が頬をなでる。穏やかな気持ちが心の中に広がっていく。


「・・・・なぁ、一騎」


「・・・・・・うん?」



こんなこと、本当はお前に訊いてはいけないことなのかもしれない。


脳裏に浮かぶ、あの日流したお前の涙。
忘れたわけじゃないんだ。

ただ、”哀しい、哀しい”と呟いた瞳から逃げようなんて思っていないんだ。
そんなつもりはないけど。

君のその優しさに少しだけ甘えてみたくなった。
・・君にも、人にも近づいてみたくなっただけなんだ。


だから・・・訊いていいだろうか。






「人って・・・・すぐに誰かを愛せるものなのか?」







正しい人の愛し方を。





「・・・・えっ・・・?」






「・・−−今日、女子生徒から手紙を渡されそうになった。
だけど、僕は受け取らなかった。・・彼女を受け入れることが出来なかったんだ」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そ、う」





一騎の呟くようなか細い声が、虚空に一瞬で溶けた。
僕は海を見つめながら、先を進める。


「ーー彼女はおそらく、僕の外見を真剣に好きになってくれたのだろう。だが、果たしてそれは
本物の愛情と呼べるものなのだろうか・・僕は疑問に思う」


「・・どうして外見だけだと思うんだ?内面も見ていてくれたかもしれないじゃないか・・」


「僕は学校にいるとき、・・自分の内面を見せたことはない。極力 人と関わりを持たないようにしてきた。
だから僕の内面を好きになる以前に、僕の内面を知るものなどいない・・」


「・・・・総士」


「−−−お前と、父さんを除いては、な」



最後にそう付け足してみる。
少なくとも、今の僕の内面を知っている者は一緒に住んでいる一騎と父親、この二人だった。
僕の言葉を聴いて、一騎は複雑そうな苦笑いを浮かべて僕に視線を落とした。
僕は注がれる一騎の視線から逸らすことなく、瞳を投げかけたのだった。


暫く沈黙が僕らを包む。
と、一騎がおもむろに口を開いた。


「どれが本物で、偽物の愛かなんて・・俺には難しくて答えられないけど・・・でも」



「・・・・でも?」



一呼吸おいて、一騎は空を仰ぎながら隣に佇む僕へと言葉を
送り届けてくれた。確かに優しく、愛は無限の光に輝くとでもいうように。








「−−愛は目に見えないものだから・・カタチに出来ないものだから・・だから、
その深さも大きさも知ることは出来ない。」



夕焼けの赤が、眩いほどに水面へと映る。
一騎の声が、心地よく空へと昇っていく。



「だけど、・・だからこそ 人と人は向き合うことで確かめるんじゃないかな。
・・確かにそこに生まれたのは、愛なのかどうか。その愛は・・本物なのかどうか」






近くで真摯な瞳を輝かせながら、一騎は迷いなくそう言い切った。
そのとき僕は隣にいる一騎が・・僕よりもずっと大人びて見えた。そして、羨ましく思えた。
こんな輝きは・・僕にはないものだから。


震えるような衝撃を胸に感じながら、僕は少しだけ胸の靄が取れた気がした。
晴れ晴れしい気持ちに似た感情が流れ込んでくる。
わからない事がわかる事に近づいたように、僕も少しだけ人びとや一騎に近づけた・・触れることができた。
なんだかそれが嬉しくて・・・・嬉しいけど、


いつでも、願うことしか出来ない自分が悲しかった。




「・・・・・・・・・そうか」



そんな自分の弱さを、心のどこかで見透かしていたのに
目を背けていた自分が・・哀しかった。



「そろそろ行こう・・・」



「うん・・」


僕はそう言って、スクッと立ち上がった。横にいる一騎も同じように立ち上がった。
浜辺に続く階段を再び上ると、家まで続く防波堤沿いの一本道が現れた。
僕のあとに続いて一騎が一歩遅れてついてくる。


不思議だ。


こんな風に過ぎ去っていく時を惜しいと今、僕は感じているのだから。
何故こんなにも心が揺らぐのかわからない。

だけど、この一瞬一瞬を大切にしたいと感じる。


一騎が・・・僕の傍に・・・・いてくれるから、なのだろうか・・・?


誰かが傍にいてくれる。それだけで、こんなにも世界は変貌を遂げるんだ。
そう思ったら、とても新鮮で清々しい気持ちになる。


新しい風に当てられたような錯覚すら覚える。


このまま、ゆっくりと時が流れていけばいいのに、などと考えたりも
心の奥底ではしていた。そんな自分を知って、少しだけ笑った。


暫く二人で防波堤沿いの道筋を黙って歩いていた。
そうして正面に赤い尖った屋根が見えてきたと思ったころには
すでに夕日が半分顔を隠している時刻になっていた。

僕と一騎は、門扉を開けると、玄関のドア付近まで入っていった。
白い階段を上ってドアを開けようと思ったそのとき、不意に庭のガーデニングが目に付いた僕は
上った階段を下りて、庭の方へと足を向けた。
一騎はそんな僕の様子に不思議そうな視線を向けて、僕の後に付いてきた。


「そのガーデニング・・もしかして総士が・・?」


背後から声をかけられた僕はその場にしゃがむと
後ろへ振り返って一騎に答えた。


「あぁ・・・。僕が管理している。こっちのビニールハウスもそうだ」


人差し指でビニールハウスを指せば、一騎はそちらに視線を移して
軽く驚いていた。ビニールハウスでは主に観葉植物や野菜・果物など幅広く栽培を行っていた。


「これ・・・総士一人で全部・・?」


一騎は目を丸くしながら、きょろきょろと周囲を見渡して 庭の風体を観察していた。
僕は短く”あぁ”と肯定すると、再びガーデニングの方へと意識を向けた。


「最近は忙しくて手入れが不十分だったんだ。だから少し心配になって・・」


そう言いながら、僕は目の前の鉢を手にとって植物の状態を把握することに
集中した。そのとき、一騎が僕の背後から顔を覗かせて 明るい調子で訊ねて来た。


「その花・・綺麗だな!なんていう花なんだ・・?」


僕の育てている植物たちに興味を示した一騎は、嬉しそうにはにかみながら
僕の手元にある鉢をじっと見つめて言葉を紡いだ。

僕は、自分のしてきたことに共感してくれる一騎の態度に思わず気を許して
花の説明を少ししてやることにした。



「これは今が開花期のゼラニウムだよ。」


「へぇ〜?ゼラニウム・・」


「大体五月から九月にかけて咲く花なんだ。南アフリカ原産の
フウロウソウ科のぺラルゴニウム属で、八重咲きが一般的に多く見られる」


「へぇ・・、そうなんだ。綺麗な赤だな!」


「あぁ、そうだな。他にも桃・橙・赤紫・白と幅広い種類の色があるんだ。
僕はこの赤色が一番鮮やかで好きだから赤のゼラニウムを好んで育てているんだ」


「そっか、総士はこの色が一番気に入ってるんだ・・?」


「あぁ。だが気に入ってるのは色だけじゃない」


「え・・?」


「花言葉も気に入っているんだ」


「花言葉・・・?」


僕は一騎の方に向けていた視線を花へと移し、自分でも不思議なくらい
穏やかな声色で一騎へと言葉を落とした。
すでに夕闇が庭にいる僕たちをいつの間にか包んでいた。
どこまでも優しく、どこまでも暖かく。


「あぁ・・。ゼラニウムには色々な花言葉があるんだ。決心・決意、真の友情、
慰め、・・・・・真実の愛」



「真実の・・・愛?」



「あぁ。今言ったのはゼラニウムとしての 代表的花言葉だが
色によってはその花言葉と異なる場合がある」


「へぇ・・そうなんだ。じゃあゼラニウムの赤だけの花言葉があったりするのか・・?」


「あぁ、あるよ。」



一騎は瞳に夕映えの赤を映しながら、少しだけ微笑んで僕に訊いて来た。
柔らかな風がその瞬間そっと僕らの肌に触れた。風が一騎の艶やかな漆黒の髪を空に掬い上げる。
空と一体化でもしたかのような一騎の眩しさに、一瞬目がくらむような感覚を覚えた。


「なんて言うんだ・・?」






































「ーーーー・・”君在りて幸福”」




































「−−−−−・・・・」























「いいだろう?この花言葉。一番好きな花言葉なんだ」




































”君在りて、幸福”








『お前がいるから、幸せなんだってことを 母さんは言いたかったんだよ。』










ずっと







ずっと誰かに言って欲しかった。






どんなに待ち望んでも、もう・・誰にも貰えないと 本気で思っていた・・
母さんが俺にくれたーーー最初で最後の、愛の言葉。





その言葉を今・・・・・・総士が・・・・・・・・・・・・俺にーーーー・・・

















ポタッ・・






「・・ん?−−−−天気雨が降ってきたみたいだな」









屈んでいた僕の頭上から、ポタリポタリと次々に降ってくる大粒の天気雨。
僕は慌てて鉢を地面に置くと僕の背後に立っている一騎へ、家の中に入るよう
促そうと背後を振り返り、立ち上がろうと試みた。







が、その瞬間 僕の思考回路と身体は自然に停止する。






僕の視線より高い場所に佇む一騎の視線。
透き通った栗色の瞳。頬を伝う、涙。


小さく、いつまでも微笑みながら 一騎は






・・・・・・・・・泣いていた。










天気雨の正体が今、わかった。








人の体温と同じ温もりを宿した、その天気雨は
君が降らせたものだった。


君が零した・・過去の痛みだったのだ。









声も出さずに君はただ、僕の前で微笑みながら泣いている。

真っ直ぐに ゆるぎなく・・僕だけを見つめて。





過去の幻に 胸を痛めながら、それでも君は








耳を澄ませていた。





















聴こえてくる、僕ら二人の未来への呼吸を。

















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こんにちは!!青井聖梨です。お久しぶりな感じです。

今回は総一要素を満載・・・?(比較的)にお送りしております。
総士視点で書かせてもらいました。少しずつ一騎に惹かれていく総士。
出来るだけ丁寧に描きたいと思ってます。でもどこか億劫になっていて、本物の愛というものに
引け目を感じている雰囲気が出ていれば幸いでございますVV

それでは今回はこの辺で。ずいぶん長い連載ですが、最後までどうぞ
お付き合いください!!それでは〜〜〜VV

青井聖梨 2006・7・18・