何ひとつ、忘れてないのに


















虚像(レプリカ)は僕に微笑む

〜追憶編〜












小さい頃の、僕の記憶に残る母親を手繰り寄せれば
胸の奥が音を立てて軋んでいった。

哀しいとも、辛いともいえず、ただ根底に潜んだ深い闇の記憶。
自分ではどうしようもなかった。
どうすることも出来なかった、あの頃。


僕はまだ、あのとき  ・・・五歳だった。












「総士、こっちにいらっしゃい」


柔らかな春風のように、どこまでも温和な声。
優しく微笑む天使に似た、その人は 僕の自慢の母親だった。
透き通るような薄茶色の髪に、少し潤った淡い桃色の唇。
大きな瞳の眩い光沢は、見るもの全てを美しく映えさせているに違いない。

僕の母は、ガーデニングが好きな人で、紅茶を入れるのが得意だった。
だから、たまにテラスで読書をしている僕を呼んでは 紅茶を入れてくれた。
そうして母と一緒に、花を眺めながら和やかな一時を過ごすのが至福の時間だったのだ。

一方、父はというと、厳格な人で いつも仕事だと言って家にいなかった。
休みの日は友人の真壁さんの家へ行く事が多く、僕や母とはさしてスキンシップを図る事は
なかった。そういう、人だった。

僕は母が淋しそうにしているのを知っていた。


珍しく家にいる日は、大抵書斎に篭っているか、
部屋の片付けをしているかくらいだった。
父と母が会話しているところを あまり僕は見たことがない。
けれど、食事のとき、皆で集まって食べているとき 母が一生懸命父に話し掛けている姿は
何度も見た事がある。・・・僕には一方通行に、多少なりとも映ってはいたのだが。


「あなた・・・どうです?今日の煮物。いつもと味付けを変えてみたのですけれど」


「あぁ、上手いよ。鞘が作る料理は全部上手いな・・」


「ありがとうございます」



愛し合っている、と思えた。
母の一方通行気味にも思えるが、確かに父も母を大切に想っている。
それはきっと嘘じゃないから。嘘に見えないから。
僕はそう信じて疑わなかった。

たとえ母が淋しそうにしていても、心は必ず繋がっている。
夫婦ってそういうものだと、当時の僕は思っていたのだ。



あの日、全てを知るまではーーーーーーーー。





+++




「母さん、辞書は何処ですか?」


本を読んでいる最中、わからない単語が出てきた。
僕は昔から探究心の強い方で わからないことを有耶無耶のままには
して置けないタイプだったのだ。

洗い物をしていた母に、そう訊ねてみると、”う〜ん”と母は少し悩んでから


「お父さんの書斎にあると思うわよ?」


と小鳥がさえずる様な可愛らしい声で答えてくれた。
僕はコクリ、と頷くと 早速父の書斎に潜り込んだ。

父の書斎は、沢山の本や難しい書類だらけで 別世界にいるような錯覚を
僕に与えてくれた。僕より背の高い机や椅子、本棚。
踏み台を探してみるも、周囲には見当たらない。

どうしたものかと悩んでいた矢先、洗い物を終えて
母が急いで父の書斎にやってきてくれた。


「総士、一人で探すのは危ないわ。お母さんが探してあげるからね」


涼やかな微笑と温かい瞳に包まれながら、僕は母の長いスカートを掴んで
微笑み返した。どこまでも優しく、思いやりのある母親。僕の理想、そのものだった。


「国語の辞書でいいの?」


柔らかな声が頭上から、光と共に降ってくる。
僕は少し大袈裟に頷いて見せた。
どうしても、母の気を惹きたくてした、 
子供なりの”甘え”だったのかもしれない。


母はまた”う〜ん”と僅かに悩んでから辺りをキョロキョロと見回していた。
と、不意に母の視線がある戸棚で止まる。
どうやら見つけたらしい。


「あったわ、総士」


母はその戸棚に駆け寄っていった。
僕は途端に母のスカートの裾を放すと、母の近くまで駆け寄ろうと走った。
が、それがいけなかった。


僕は丁度、床に敷かれていたマットに足を絡め取られて
転んでしまったのだ。
その瞬間、ゴミ箱も一緒に倒してしまい、辺りにはゴミが散漫してしまった。


「総士!?」


辞書を両手に抱えて、母は一目散に僕の傍へと駆け寄った。
そうして、僕の身体を起き上がらせてくれる手助けをしてくれた。
僕が”ごめんなさい”と頭を下げると、母はフワッといつものように笑ってくれて
僕の頭を優しく撫でてくれた。


僕はそのとき、少しだけ恥ずかしくなってしまった。
もっとちゃんとしたいのに、出来ない自分がもどかしくて。
早く大人になって、母にとって自慢の息子になりたいと思っていた。


照れ隠しに、周囲に散らばったゴミをかき集め、僕はゴミ箱へと入れていく。
殆どが書類等の紙ごみだったおかげで、床はそんなに汚れてはいなかった。
ゴミをひっくり返す前にちゃんと戻った、はずだった。
はず、だったのに・・。



「あれ?これ・・・なんだろ?」



もし、僕が人生でもう一度やり直せる瞬間があるならと聞かれたら、
すかさず僕は この瞬間だと答えるだろう。


沢山の書類のゴミ。拾った中から、クシャクシャに丸められた
一枚の不自然な紙が僕の目に留まった。
それは書類とは違う紙質だった。そうだ、・・手紙、だ。


僕はそのとき、なんだか宝物を見つけた気分になっていた。
まるで手柄をもっていくかのように 目の前に佇む母に
それを安易に手渡してしまった自分を このあとどれ程後悔したか、
悔やんでも 悔やみきれない。


「母さん!これ・・」


「なぁに?」


いつもどおり、優しく笑う母親。その瞳は虹色に光り輝く宝石。
大好きな人だった。僕の自慢の母親だった。

クシャクシャに丸められた手紙を開いた瞬間、
運命の歯車が音を立てて崩れていくなんて思いもしなかった。


手紙を見た途端、
母さんの大きな瞳が、深い慟哭に変わっていく。
真っ白な肌が・・蒼ざめていく。


瞳の奥からは 真珠にも似た大粒の涙が、頬を伝って溢れていた。
季節外れの雨が突然 頭上から ポタリ、ポタリと次々に降ってくるようだ。
潤った薄桃色の唇が微かに震えだし、母さんの身体が床に崩れ落ちていった。


「っ・・・・・うぅ・・・・・」


母さんの嗚咽が、胸の奥にツキン、と刺さる。
何が起きたのだろう?僕は一体、何をしてしまったのだろう・・?
僕は母さんが力なく床に零した、その手紙を即座に拾って読んでみた。
そこにはーーーーー。








『真壁紅音を一生愛す。
この命が尽きるまでーーー』




そう短く書かれていた。







父の本当の心が、母にないこと。
それを見せ付けてしまったのは僕の不注意だった。


それからというもの、母はどこか遠くを見つめるようになってしまった。
いつも淋しそうにしていた母。
けれど、心は通じ合っている。母自身も父との距離をそう思うことで
縮めようとしていたのかもしれない。


父が家を空けていると、
母はいつのまにかこっそり隠れて泣くようになった。


小さく背中を丸めて、床にしゃがみ込んで
さめざめと、小さい声で泣いていた。


休みの日、真壁家に遊びに行く父を見送りながら
きっと紅音さんの慰霊に会いに行くのだと また小さく泣いていた。


このとき、僕は五歳だった。
手紙の内容を理解するには まだ、あまりにも幼かった。


だから、蹲って泣く母を慰める術も支える方法も
僕にありはしなかったんだ。





ひっくり返したゴミ箱を もと通り戻す事はできない。



たとえ もとに戻ったように、
見せ掛けだけ見えたとしても


それは本質的に戻ったとはいえないんだ。
それは、”偽り”なんだ。









そして母さんは、それ以後
精神的にも肉体的にも病んでいった。
とうとう挙句の果てには体調を崩し、病気でこの世を去っていった。


病気を見つけたときは、既に手遅れだった。
僕が、・・六歳になったときだった。




母さんは優しい人だったから、父に問いただすこともなく
あっけなく去っていってしまった。全てを闇に葬って、自分だけ・・苦しんで。


僕は、母との思い出の写真を部屋の隅に飾りながら
悲しい思い出を胸の奥に仕舞い込んだ。

僕が覚えている母の姿はたった二つだけ。
優しく微笑んでいる姿か、小さな声で泣いている姿。
もう、それだけしか 思い出せない。

一生懸命父に話しかけていた母の姿は、とうに僕の中で色褪せてしまった。
今思い出せるのは、この二つの姿だけなのだ。


部屋の片隅に飾ってある母の微笑んだ写真。

中途半端な愛は、愛してくれた者を傷つける。
それを身に沁みてわからせてくれた母。



だから僕はそれを眺めながら、この虚像(レプリカ)に誓う。









”中途半端な愛し方は絶対にしない”と。





 




色褪せていく、思い出が。
忘れ去られていく、想いが。

やがて、すべて・・なかったことになっていく。
覚えている人が居なければ、全て無に還ってしまうんだ。

あの瞬間のことも、あの頃のことも





「何ひとつ、忘れてないのに・・」




ぼやけていく。
透明になっていく・・・
やがて 消えていくんだ。


確かに過ごしたそのときを。

忘れてないと思い込もうとしても、
意識の奥では 忘れていっているんだ。



母さん、どうか言わせてください。





何ひとつ、忘れてないのに・・

忘れられるはずがないのに、消えていってしまうのだと。





あなたの命の灯火が消えて逝った あの時と


人の追憶は似通ったものなのだと


どうか言わせてください。




でないと僕は、一生誰も愛せない気がするんです。



貴女の虚像(レプリカ)に






一生笑われてしまう気がするんです・・・






+++
 












この島は狭い。目に付く女性は島に住んでいる女性全員
といっても過言ではないだろう。
けれど、小さい島だといっても それなりの人数だ。女性の人口は、
島のおよそ54%。約半分の割合といえばいいだろうか。
男性より多少人口が多いが、それでも気にならない程度だといえる。



そんな中、一際目立った存在がいた。



紅音くんだ。
彼女はいつも、聡明で光のような存在感だった。
温かく、おおらかな心。芯の通った強さ。
真摯な瞳に、美しい艶やかな黒髪。
珠玉の肌は、まるで聖母を思い起こさせた。


私にとっては 触れられぬほど、どこまでも清らかな人だった。
近くにいけば、空気は清浄になっていく。近くにいれば、心は満たされていった。

その瞳に映るもの全てが気になって、私は時折 彼女の透明な瞳の先を
探索した記憶がある。・・・まだ、当時の私は若かった。
故に、初恋の女性の気を惹く手立てをまだ知らなかったのだ。

正直に言えば、器用な方ではない私は いつも彼女と二人きりになると無口になってしまう。
しかし、彼女はそんなことは気にも留めない様子で、気さくに私に話しかけてきてくれた。

どこまでも澄んだ、その瞳で。


自分の中に、確かに大きく膨らんでいく 取り留めのない想いが生まれていることを
このとき私はすでに知っていた。
だが、どうすればいいかわからなかった。
ただ想いは日増しに募るばかりで、その想いを口にするなどという安易な思考に
行き着く余裕がなかったのだ。私の頭は他者の数倍は・・頑な頭であるから。


そうやって月日が何年も何年も過ぎていった。


機会は何度かあったというのに。
もどかしいほど私は不器用な存在だった。 自分で自分に苛立つ事もあった。
そうこうしていたら、いつの間にか彼女は・・・・・誰かのものになっていた。


そう、彼女は結婚するのだ。
よりにもよって、・・・私の親友である、史彦と。





「ーーーーーー結婚、・・・だって?」


「あぁ、紅音と結婚しようと思うんだ。
親友のお前には一番最初に伝えておきたくてな」




その話を聞いたのは、季節が夏から秋に移り変ろうという時期だった。


前々から仲がよかった、史彦と紅音くん。
まさかそこまで交際が進行していたなんて思わなかった。
いや、・・・・私は心のどこかでわかっていたのかもしれない。

気付いていたのに、目を逸らしたのだ。
知らないフリをして、やり過ごそうとしていたのだ。

きっと、認めたくなかったのだろう。

彼女の瞳には、たった一人の男が映っているということを。
聡明で気高い彼女が、誰かのものになってしまうということを。


意気地がない私は、告白することが いつまでたっても出来ずにいた。
当たる事も、砕ける事も出来ない、中途半端な自分。
どうすればいいか、またわからなくなっていた。

当時 真壁史彦は・・・私の紅音くんに対する密かな恋心に 気付いてはいなかった。




「皆城、お前にはいないのか?大切な人が」



・・・いなかった。




「−−−あぁ、・・・・・いないよ。」





「そうか。将来、お前が大切に想う女性ってどういう人なんだろうな。
きっと素敵な女性なんだろうに。」




「・・・・・あぁ、そうだといいな」






このあと、少しの間 私は自暴自棄になるが、
そこから救い出してくれたのは・・他でもない、彼女だった。




何をしても、どうしていても、喪失感が付き纏う。
失望と絶望の挟間に 佇むように、眼に見えるもの全てが偽りで、
光なんてどこにもないと思えてくる。

見えるものも、見えなくなっていた。
一番見たかったあの人の姿も・・・直視することができなかった。


見るのが辛くて、背けてばかりいた。



真壁と紅音くんの結婚式が、一週間後に控えていた、
秋から冬に移り変る、珍しく暖かな午後のことだ。



どうしても家の用事で二人の結婚式に出席できない私は、
結婚祝いだけでも渡そうと 二人をその日、島中探し回った。

聞けば真壁は島の外に 仕事で行っているらしい。
紅音くんに渡すしかなかった。
本当の事を言えば、今一番二人きりでは会いたくない人物が彼女だっただけに
結婚祝いを渡すのは 後でにしようかどうか とても迷った。
が、ここで逃げては この先に進めない。なにも解決はしないと 自分に言い聞かせたのだ。


彼女を探し、島中をうろつき回った。
そうしてやっと見つけた その場所。


初めて彼女と出逢った、忘れられない場所に・・彼女はいた。
竜宮島と向島を結ぶ、人口の橋。その橋の中心に彼女は立っていた。

真っ直ぐと蒼い海を見つめながら、潮風に髪を靡かせて。
初めて出逢った、あの頃のままーーーーーーーー。



「なにを見ているんだい・・?」


話を掛けたのは、私の方だった。
出会った、あのときも。

 


「水面を見ていたの。風に揺られて色々な形に変化をするのよ」



「そうか」



「光が水の上に集まってきているわ。キラキラ・・キラキラ・・
まるで音が聴こえてきそうね」



「・・・そうか」




「・・・・・・・・・最近元気ないわね、皆城くん」




「・・・・・・・・・・・・・・・・そうかな」



「えぇ、そうよ。・・−−−なんだか自分を粗末に扱っている気がするわ」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんなことはないよ」



「解るわ。あなた、瞳が哀しそうだもの」



「・・・・・・・・・・・・・・・・それならきっと、君のせいだ」



「ーーーー・・えっ?」





目の前に映る、私の初恋の人は 光を身体全身に受けながら
一際清浄な光を放っていた。
あまりにも眩しくて、眼球を焼き尽くしそうだった。

このまま、私の中に溢れている想いと共に 焼き尽くされればいいと思った。




「・・・結婚おめでとう、どうか幸せに」




恋の終わりに口にする言葉にしては
あまりにも綺麗過ぎた。


まるで、初めから何もなかったかのように。



そう言って、彼女に近づき、結婚祝いを差し出した。


「・・・・・・皆城くん?」



大きな瞳が私をその瞳に焼き付ける。
結婚祝いの品を 素直に受け取った彼女は
その場でそれを開けた。不思議そうな顔をしてーー。


「あら、−−−カメラ!」



「あぁ。・・・これから二人で色々な想い出を そのカメラで撮ってくれ」


僅かに残る良心で、彼女に優しく微笑んでみせる。
すると彼女は嬉しそうに言った。


「ありがとう、大切にするわ。・・いつか皆城くんにも 
そんな人が現れるといいわね」



「・・・・ありがとう」



綺麗にこの恋が終わればいい。
そう、願う事しか今はできない。


私はそう静かに呟いて、ゆっくりと瞳を閉じて俯いた。



終わっていく恋を、心の中で見送るために。
けれど、彼女は そんな私に向かってーーーーー言った。





















「眼を覚ましなさい、皆城くん」











「・・・・・・・・・え・・・?」












「駄目よ、眼を瞑っていては。見たいものも、見えなくなるわ」





「・・紅音くん・・・・」







「皆城くんには・・・いつも前を見ていて欲しいの。
だって貴方は私の自慢の友人だもの」




潮風が、水面を優しく揺らしていく。
眩い光が海の色を七色に輝かせ、一層水面を映えさせた。

艶やかな黒髪が風に柔らかく掬われ、
彼女は髪を押さえる仕草をとって 私に笑いかけた。



あの頃と同じだ。
何一つ、変わっていない。




初めてここで彼女と出逢ったとき、丁度彼女は麦わら帽子を被っていて
風に帽子が飛ばされそうになっていたので
懸命に帽子を押さえていた。

酷く暑い、夏の日だった。


彼女の後ろに佇んでいた私は、思わず話しかけてみた。
丁度彼女が振り返り、二人の視線が重なったからだ。



『何を見ているの・・・?』





そんなに真剣に、まっすぐに。











『見えないものをね、・・見ていたのよ』














何ひとつ、忘れてないのに。













あの頃の君も、あの日の言葉も。
一つも色褪せてなんかいないのに。




たった一つの言葉を紡ぐ勇気がなかったばっかりに




こんなところまで来てしまった。





”真壁紅音を一生愛す。
この命が尽きるまでーーー。”






そう、心に誓いを立てた。
誓いを忘れないようにと、便箋に書いて 引き出しの奥に締まった。




そして紅音くんは結婚していった。





紅音くんが結婚してまもなく、私も親に薦められて見合い結婚をした。
妻の名前は鞘。雰囲気が・・どこか彼女に似ている女性だった。


月日が流れ、子供と引き換えに彼女が亡くなり、何年前かに
 締まって置いた便箋を偶然見つけた。書斎を整理していたときのことだ。

その紙にかかれた当時の誓いは、もう私には必要なかった。
何故なら、


彼女を忘れられるはずがないとわかったからだ。
そんなものがなくたって、現在も尚、彼女は私の中で生き続けているのだから。

鞘のことはもちろん愛していた。
けれど、一生、鞘が一番になることはない。
それだけは確かだった。
随分淋しい想いをさせていると知りながら、私は ・・・想いを止める事ができないでいた。


中途半端な愛し方で私は・・彼女を苦しめてしまった。
それから暫くして、鞘は体調を崩し、この世を去った。

総士が六歳のときだった。


親子二人、真壁と同様 妻を亡くした私は 子供の扱いに慣れていなかった。
総士は・・ 笑わなくなっていた。あまり話をしなくなっていた。
人よりも冷めた人間になっていった。賢く、大人びた落ち着きを漂わせていた。

昔の私のように、心を閉じ込めて 闇の中で生きているように見えた。

真壁に相談しようと思った。
何度か家へ遊びに行って・・・すると驚いた。

そこには小さい紅音くんがいたのだ。
いや、正しく言い直せば 
紅音くんの姿そっくりに育った一騎くんが、いたのだ。


眼を奪われた。心を奪われた。
たしかにそれは彼女の、忘れ形見だった。


そして、紅音くんとほぼそっくりに育った一騎くんが
独りになってしまったあの日。
私は迷うことなく 彼を引き取りに行った。




またあの艶やかな黒髪に、大きな瞳に
出逢える日が来るなんて。



今度こそ、君に・・・触れられるなんてーーーー。







けれど、違ったようだ。
彼は一騎くんであって、彼女ではない。





『眼を覚ましなさい、皆城くん』





その静かに輝く瞳が好きで




『皆城くん』






私を呼んでくれる、その声音が好きだった。
彼女が呼んでくれれば、自分の名前が特別に思えた。






「紅音くん・・・・」




君の事を私は


何ひとつ、忘れていないよ。





だが、本当の意味で そろそろ眼を覚ます事にするよ。








君に似た人を妻にしても、君を忘れるために誰かを身代わりにしても、
結局 君には何も届かなかった。

結局君は、消えやしなかった。



だからもう私は 目を背けない。
ありのままを素直に受け入れて、見えるものを見ていこう。




『皆城くんには・・・いつも前を見ていて欲しいの』





君がそう 私にいってくれたように、




今はただ 前だけを見て





虚像(レプリカ)の君に



















ただ、微笑みかけて。










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こんにちは〜、青井聖梨です!!

今回のお話は総士と公蔵の過去話になってしまいました(汗)
これでは総一ではなくなってしまう!!!というわけで、次回からはちゃんと
総一に軌道修正しますから・・(爆)

このお話ではそれぞれの虚像(レプリカ)を書いています。
たとえば一騎の虚像(レプリカ)は総士。総士の虚像(レプリカ)は鞘(母親)。
公蔵の虚像(レプリカ)は紅音といったように。
それぞれの虚像がどういう役割を果たしているのかを読んで頂ければ幸いです。


それではこの辺で〜!!

青井聖梨 2006.6.26.