あやつられている事を知っているから
君はそんなにふざけるのだ
糸はたるみ
糸ははり
糸はもつれ
あやつる私の指先へと
糸を伝って送られてくる
君の命
あやつられていると知っているから
君は夜 そんなにも深く眠る
あやつり人形劇場
夢を見た。
初めてフェストゥムが
この竜宮島を襲ったあの日の夢。
あの日僕は 父に代わってこの島を
守り続けていかなければならないと思った。
そして、戦力になる一騎と共に闘っていきたいと強く願った。
大好きなこの島、かけがえのない時間。大切な人達。
守るものは山のようにあった。
島の人々は皆、自分の守りたいもののために
闘うことを決意してくれた。
皆も僕と同じ。そう思っていた。
けれどひとつだけ僕と違うところがあった。
それは、沢山ある守りたいものから皆 ひとつ
選択しているところだった。
家族を守りたい、愛している人を守りたい。
そうやって島に住む人々は沢山ある守りたいものから
具体的にひとつ選択することができた。
けれど、僕にはそれが出来なかった。
いや・・してはいけないことだった。
僕はこの島を、遥か遠くの広い観点から
見つめなければならない。
何かひとつに、誰か一人に 固執することは
決して許されない。
それは、僕がこの世に生を受けたときから
決まっていた事実。
例え僕に自由がなかったとしても、
それは僕の存在する理由なのだ。
決して、目を背くことも 逃げることも出来ない。
まるで、鳥籠に囚われた鳥のようだ。
永遠に僕は、見えない鳥篭に捕えられたまま
この生の終わりまでここに居続け、
この島を見守って行かなければならない。
鳥篭の外に広がる、蒼穹の空を知らぬままーーーー。
+++
「どうしたんだ?こんなところに呼び出して。」
司令室に入るなり、総士は目の前に居る
小さな女の子に そう投げかけた。
「うん、ちょっと総士に話したいことがあってーー。」
そう言って、にこっと笑う彼女は、皆城乙姫。
総士の妹であり、島のコアでもある。
総士よりも過酷な運命を背負っている乙姫に
総士はできる限りのことをしようと 常に思っていた。
乙姫の願い、望み、自分に叶える事が出来るなら
何だってしようとーー。
それは総士にとって、島のコアを守るという使命から
くるものと たった一人の身内だからという事実が
そう思わせていたのだった。
妹を守るために存在することを許された自分。
総士は、もしかしたら自分も間接的に 妹という存在を
沢山ある守りたいものの中からたったひとつ
選択しているのではないかと思った。
ただそれが自分の使命であり、存在する理由と重なっただけだ
ーーそう総士は考えた。
だから自分も結果的には選んでいるのだと気づいた。
妹という家族を。−−家族を守りたいということを。
自分も選んでいるのだ。皆と、同じなのだ。
「総士にね、聞きたいことがあったの。」
「聞きたいこと?ーー・・・なんだ?」
「ーー総士が本当に守りたいものは なに?」
「え・・・・」
ついさっき答えを出したばかりの質問をしてきた乙姫に
驚きを隠せない総士。
なんでもお見通しなんだなと思うように、一つ深いため息をついた。
総士は 少し動揺する心を落ち着かせて乙姫へと言葉を紡いだ。
「お前だよ、乙姫。・・僕はお前を守るために存在する。」
「−−総士、本当にそう思っているの?」
「あぁ、もちろんだ。本当は・・僕には許されないことだとわかっている。
沢山ある、守るべきモノから たったひとつを選ぶということが。
だが、結果的にはそれがお前だった。・・安心したよ。僕の使命と
たったひとつの本当に守りたいものがお前と重なったときは。」
総士は心底安堵したように、笑った。
自分の使命とたったひとつの守りたいモノ。
それが同じだということは、無事に自分の責務を
心から果たすことができるということだ。
そしてそれは総士が自分の存在する理由に背くことなく、
今も存在しているということだった。
総士はその事実に素直に喜んでいた。
乙姫は 真剣な瞳で、喜ぶ総士にこう言った。
「−−違うよ総士。・・総士が本当に守りたいものは 別に在るよ。」
乙姫の声が、しんと静まり返った司令室に響き渡る。
「・・・・・・・・な、にを言っているんだ 乙姫。僕はーー」
「総士、・・自分の使命と本当に大切なモノを一緒に考えちゃ駄目だよ。」
「乙姫ーー・・」
「総士は きっと怖いんだよ。自分の本当に大切なモノを知ることが。
ーーだって総士は、私を守らなくちゃいけないから・・。島のコアだから。
・・・総士にとって、たったひとつの本当に守りたい大切なモノを
知ってしまうことは きっと辛いこと。 ・・だから総士は無意識に
気づかないようにしている。私と本当に守りたい大切なものを一緒に
考えている。−−そう考える方が 楽だから・・。」
「やめてくれ!・・僕は別に自分の使命と守りたいものを
混同して考えてなどいない!!−−ましてや、楽になりたいなど・・
ーーー思ったことも、ない。」
「・・総士、自分の気持ちから目を背けちゃ駄目だよ。
それじゃあ、今よりもっと苦しくなるよ?
総士にとって、本当に大切なモノを知ることは辛いことだよね。
ーーだって、それは 自分の手では守れないモノだもの。」
「つ・・ばきーー」
「その人が・・・・どんなに危険な状況に陥っても、総士は島を選ばなくちゃ
ならないもの。だから、たとえその人が命を落とすことがあっても、
島を優先して その人を切り離して考えなくちゃいけない。・・辛いよね?
一番守りたいのに、・・・守れないなんて。悲しいよねーー?」
乙姫の優しい声が、総士の心に響いてくる。
言葉の一つ一つが、総士の心の中で波紋を描く。
総士は、グッと右手で心臓に手を当てた。
苦しいのだろう。力なく、床に視線を落とした。
「−−−お前は・・僕の本当に守りたいものが、わかるのか?」
今にも消えそうな声色で、総士はそう言った。
「うんーーわかるよ。・・だって 今の総士を総士にしてくれた人だもの。」
「・・・そうか。」
乙姫は俯く総士にそっと近づくと、覗き込んで総士と視線を合わせた。
「−−−−−・・・一騎だよね?総士の本当に守りたい、たった一人の人。」
静寂が二人を包む。
総士自身、無意識に気づかないようにしていた真実。
総士は、乙姫の口から出てきた言葉に
ゆっくりと頷くと、酷く悲しそうに笑って見せた。
そして乙姫に、呟くように ひとこと言った。
「・・・・・すまない、乙姫。」
+++
自覚しているつもりだった。
僕は一騎が好きだということに。
だから、偶然遠見に会った
あのときも・・あんな風に思ったんだ。
乙姫に呼ばれて司令室へと向かったときのことだった。
偶然遠見に呼び止められたんだ。
遠見は、一騎を探している様子だった。
どうやら一騎を遠見先生に診て貰おうとしたらしい。
僕は”余計なことはしない方がいい”とそれを止めた。
嫉妬がそう言わせたんだと自分で解かっていた。
まるで彼女が一騎を一番理解しているのは自分だと
言っているように見えた。
腹立たしかった。
怒りと嫉妬で、知らぬ間に
彼女に冷たい態度をとって、彼女を傷つけてしまった。
自分の器の小ささを思い知った瞬間だった。
けれど自分の悪態を思い知っても、自分の発言を
撤回する気にはなれなかった。
遠見は 一騎の話を聞いてあげて欲しいと、何度も司令室に向かおうとする
僕の背に向かって叫んでいた。
僕は”愚問だな”と彼女にひとこと言った。
確かに一騎のことは好きだ。
他者より少し特別だということも認めよう。
けれどそれが僕にとっての、大切なたったひとつの守りたいもの
だとは思えない。そう無意識に思っていた。
いや、・・今思うと、そう思い込もうとしていたのかもしれない。
乙姫の言ったとおり、楽になりたかったんだ きっと。
自ら真実の答えを導くことが怖かった。
抱えきれないと思ったんだ。
僕はちっぽけな人間だからーーーー。
そんなことを考えていると、
一騎に傷を負わされたときのことを思い出す。
毎日僕の見舞いに来る一騎。
一騎は罪の意識から、病室には入ってこなかった。
その代わり、病室の前に一羽の折鶴を決まって置いていった。
嬉しかった。一騎が見舞いに来てくれたことが。
あの頃の僕は、情緒不安定だった。
父さんに乙姫のことを聞いたばかりで、自分の存在理由が
不確かなものになってしまってーー自分では抱えきれない恐怖から
一騎に・・・安らぎを求めてしまった。
その結果が この左目の傷だ。
この傷のせいで一騎はずっと苦しんでいた。
僕のために何でもしようとする一騎。
そんな一騎を見るのが悲しいと思う反面、・・・嬉しいとも思った。
僕だけの一騎。離れていかない、唯一の人。
きっともうあのときから・・一騎は僕にとって特別な人だった。
本当はそんな人を作ること自体が許されないというのに。
そうか・・・僕は、今の僕にしてくれた一騎を
あの頃から本当に守りたいたった一人の人に選んでいたのか。
あぁ・・、だから僕は あのとき一騎がくれた折鶴を
今も大事に取って置いているんだな。
あぁ・・、だから僕は 自分の傍に居て欲しくて
今もあいつを この傷で縛りつけたままなんだな。
一騎、お前はこんな僕を知ったら
どう思うだろう?なんて言うのだろう?
聞きたい。
聞いてみたい。
お前の話をーーーーー。
そういえば、遠見も言っていたな・・一騎の話を聞いて欲しいと。
・・一騎は僕に何か話したいことがあるのかもしれない。
本当は前々から、何となく気づいていたんだ。
けれど、お前に聞く勇気がなかった。
でも今は・・。ーー今なら聞ける。
真実を受け入れる強さを知った、今の僕なら きっと。
一騎、お前の話を 今すぐ聞いてみたい。
そして僕に聞かせてくれ。
お前の話したかったことを。
他の誰でもない、僕だけにーーーーー。
+++
いつからだろう、
鳥篭の外を夢見るようになったのは。
この島を自分の生が
続く限り見守らなければならないと知ったとき、
僕は”自由”を諦めたつもりだった。
鳥篭の中に囚われたままで死を迎える。
それも悪くはない・・そう思っていた。
けれど僕は知ってしまった。
鳥篭の外には蒼穹の空がどこまでも広がっていると。
それを僕に教えてくれたのはーー・・一騎。
それからだ。
僕が鳥篭の外を夢見るようになったのはーー。
一騎は 最初から鳥篭の外に居た。
捕えられた僕は、外の世界を知る一騎に話を聞くだけ。
籠の外に出ることはできない。
そして僕は気づくんだ。
一騎はいつでも蒼穹の空を自由に飛びまわることができると。
いつでも、遠くへ行くことが出来る・・僕から離れていくことが出来ると。
僕は焦った。
一騎が居なくなってしまったら、
もう外の世界の話を聞くことが出来ない。
・・いや、そんなことよりも
もう一騎に逢えなくなる。
僕はいつの間にか外の世界の話を聞くことよりも、
一騎に逢うことの方が楽しみになっていたんだ。
本当の気持ちに気づいた僕は、一騎を繋ぎとめておきたくて
一騎が話に来るたびに、明日の約束を取り付けた。
僕は永遠に囚われたままの哀れな鳥だと一騎に言うことで、
自分から離れないように仕向けた。
一騎の優しさにつけ込んだ卑怯なやり方だった。それは解かっている。
・・だけど、失いたくなかったんだ。
僕は いつも守るべきモノのために存在した。
けれど僕にだってーー失いたくないモノがある。
失いたくない、人がいる。
少しの間でいいんだ。夢見てはいけないだろうか?
今の僕は、失いたくないモノのために存在するとーーー。
「一騎!!−−居るか?」
階段の途中にある一騎の家の前。
僕は大声を出して、一騎が中に居るか確かめた。
アルヴィスの至る所を探したが、一騎の姿は無かった。
この場合、家に帰っていると思うのが妥当だろう。
返事が無い。
聞こえなかったのだろうか?
僕は戸に手をかけて、鍵が掛かっているか確認してみる。
掛かっていれば、出かけたか、まだ帰ってきていないということになる。
しかし僕の予想に反して、戸はガラッ、という音を立てて開いてしまった。
何も音がしない静かな室内。
僕は遠慮がちに「入るぞ?」とひとこと大きな声で言うと、
室内の奥へと進んでみる。
辺りを見回すと、ロクロを見かけた。真壁司令の仕事道具だ。
そのロクロの周りに漆器が散漫していた。作りかけなのだろうか?
そんなことを考えながら、僕はどんどん奥へと進んでいく。
すると静かだった室内から 微かに寝息が聴こえてくる。
僕は寝息が聴こえる方へと更に足を進めた。
ここは、茶の間だろうか?
畳の上で横たわる一騎を見つけた。
案の定、眠りについている。
奥には台所が見えた。
「一騎・・。眠っているのか?
こんなところで寝ていたら風邪を引くーー」
僕はそう言って、一騎の側に近寄った。
眠りについている一騎を起こそうと、
一騎の顔を覗いてみる。
すると一騎は 額に汗を滲ませて、苦しそうに唸っていた。
何か悪い夢を見ているのだろうか。
僕は少し心配になって、一騎の頬にそっと触れてみる。
そうすると、一騎の唸り声が軽くなった気がした。
「馬鹿な・・・ーー僕の気のせいだ。」
そんなはずは無い。
僕が触れただけで唸り声が軽くなるなんて。
僕は触れていた頬から手を離してみる。
すると唸り声が強まった気がした。
驚いた。一騎は起きているのか?
しかし、今目の前に居る一騎は 明らかに眠っていた。
気のせいかどうか もう一度 一騎の頬に手で触れてみる。
するとやはり 触れた瞬間、唸り声が軽くなっていた。
「ーー僕を弄んでいるのか・・?一騎。」
自分の口から出た言葉は、そんな言葉だった。
あやつられている事を知っているから
君はそんなに ふざけるのだ
僕は一騎の頬から再び手を離すと、
指先で 今度は一騎の唇にそっと触れた。
柔らかく、鮮やかな赤。
その場所に自分の唇を重ねたい。
・・そんな衝動に駆られる。
自分の顔を近づけてみた。
糸はたるみ
糸ははり
糸はもつれ
けれどやはり、
自分の唇で一騎の唇に触れることは出来なくて。
いや・・してはいけない気がして。
僕は一騎から顔を離すと、一騎の唇に触れていた指先を
今度は一騎の首筋から這わせていき、胸部の辺りで指先を止めた。
指先から一騎の鼓動が伝わってくる。
あやつる私の指先へと
糸を伝って送られてくる
君の命
一騎、僕はお前が大切だ。
お前を守りたい、失いたくない。
だが僕には
それが出来ない。
許されない。
どうすればいい?
一騎・・お前は僕が繋ぎとめて置かなくても
僕の側に居てくれただろうか?
この傷が無くても お前は
僕の側に居てくれただろうか?
一騎、
一騎・・・
聞きたいことが 山ほどあるのに
あやつられていると知っているから
眼を覚ましてはくれないんだな。
君は夜 そんなにも深く眠る
一騎、お前が眼を覚ましたら
話をしよう。
今まで出来なかった分・・色々なことを話そう。
急がなくていい。時間は沢山ある。
今日はもう帰るけれど、
きっと明日には話ができる。
久しぶりだ、この感覚。
ーーー明日が待ち遠しくなる。
+++
暫くして 僕は一騎の家を出た。
そして自分の家へ向かうため、階段を上り始める。
僕は階段をゆっくりと落ち着いた足取りで一歩ずつ踏みしめながら
上っていった。
すると階段は終わりにさしかかるーー。
階段を上りきろうした瞬間、
ふいに、強い風が海から吹き付けて
僕の髪を後ろへと大きく引っ張った。
まるで誰かが”気づいて”と囁いているかのように----
僕はその拍子で少し後ろを振り向くかたちになった。
先ほど出てきた一騎の家が
ちらりと眼の端に飛び込んでくる。
そのときだった。
一騎の家の前に誰か立っている。
僕は階段の上から見下ろす形になりながら、
しっかりと眼を凝らして見てみる。
一騎だ。
眼を覚ましたのだろう。
一騎が家の前に佇んでいた。
よく見ると、・・泣いているのか?
一騎の瞳からは 涙が溢れていた。
一騎、お前に聞きたいことが沢山ある。
だけどまずは、どうして
お前が今泣いているのかから 聞いてもいいか?
僕は 遠くで静かに涙を流す一騎に向かって微笑むと、
「一騎。」
優しく、名前を呼んだ。
その涙を、すぐにでも止めたくてーー。
一騎、
ずっと話が聞きたかった。
----話が・・聞きたかったんだ。
こんにちは、青井です。ここまで読んで頂いてありがとうございます。
いかがだったでしょうか?相変わらず、長くなってしまいました。
すみません〜(汗)
このお話ですが、『階段の上の子供』の補完話です。というか、あれは
主に一騎視点のお話です。そして今回のこのお話、『あやつり人形劇場』は
総士視点のお話なんです。照らし合わせて読んで頂くと、解かりやすいと
思います。
さてこのお話についてですが、相互理解がまだ出来ていない頃の二人を書いています。
時期的には一騎が島から帰ってきて間もないという所でしょうか。
話し合いがきちんとされていない状態の二人です。一騎がまだ一皮むけていないのは
私の着色ですのでご了承下さい。
最後に一騎が”話がしたかった”と思っているのが『階段の上の子供』で、
総士が”話が聞きたかった”と思っているのが『あやつり人形劇場』です。
対照的になっています。いつもは総士が話し手で一騎が聞き手なので、
逆にすることで より理解が深まるという形をとらせて頂きました。
今回使わせていただいた詩も、谷川俊太郎氏のモノです。
『あやつり人形劇場』という詩なんですよ〜。タイトルそのままですね(笑)
それではこの辺で!読んで頂いて本当にどうもありがとうございましたv
2005.2.26.青井聖梨