この世界を君にあげる












花鳥風月













「・・・しばらく、一緒に帰れなくなるから」






突然の総士の言葉に、おれはきょとん、とした面持ちで
簡易休憩室の椅子に腰を下ろした。




「・・・・なんで?」



純粋にそう聞くと、総士は言葉を濁しながら おれから顔を逸らして
澄ました様にこう答えた。



「仕事が中々片付かないんだ。・・だから暫くの間、部屋に篭って
片付けることにした」


「−−学校は?」


「行くよ。・・・でも終わったら早急にアルヴィスに戻るから、
お前は後からゆっくり帰ればいい」


「なんか大変そうだな・・・、手伝おうか?」


「いや、いい・・・ありがとう」



少しの苦笑いを含め、微笑んだ総士は 簡易休憩室を
静かに出て行った。



「・・・・・・・・・・・総士?」



おれはいつもと違う雰囲気を漂わせている総士に
違和感を覚えながら、ただただ 総士が出て行ったドアを見つめ続けていた。







+++









「・・・・・・浮気じゃない?」





「−−−−−へ・・?」






美術の時間。くじ引きでペアになった人の似顔絵を
互いに描きあうという授業が行われた。
おれがペアになったのは咲良だった。

好きな場所で書いていいと先生が言っていたので、おれと咲良は
まだ残暑が残る九月の半ば、後先考えずに プールサイドで似顔絵を描くことに決めたのだった。
よくよく考えれば この似顔絵が仕上がる頃、さすがにそう暑くはないだろう。
むしろ、季節が移り変わるため、これからどんどん寒くなっていく。
少し場違いな場所を選んでしまったのかもしれない。


他愛のない雑談を交えながら、今はまだ気温が高いことをいいことに
水面に脚をつけて その時間 ひたすら涼んでいた。


さりげなく、ごく自然に、話題はおれと総士が付き合っているという話題に発展して、
最近の総士の態度について おれは思っている疑問や不安を
ついつい姉御肌の咲良に相談してしまったのだった。

すると咲良の口から 思わぬ言葉が出てきたため、おれは目を見開いて、言葉を失くした。



「だってさ、それしか考えられないでしょうが。アンタの話聞いてると」



「そ、そんな・・・・」



きっぱりと躊躇いなく そういうことを口にしてしまう辺り、咲良は凄い。
潔いというか・・・芯が通っているというか・・・密かに羨ましく思う。



「挙動不審な態度に、仕事だといって一騎と妙な距離をとるあたり、
充分 浮気要素満載ね。・・・怪しいわ」


「で、・・・でも・・・本当に仕事してるって・・・!」


「そう信じたいだけでしょ?ーーー実際、確かめてみたの?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・確かめては、・・・いないけど・・・・」


おれが戸惑ったように肩を竦めると、正面を向いていた咲良が 
急におれの横へ座り込んだ。
似顔絵を描いている手を 互いに自然と止める。


「・・・一騎、アンタさぁ・・・ぼーっとしてたら総士を誰かに盗られるよ?」


「え・・・・・」



「−−アンタが思ってる以上に、総士は女子の間で もててるんだから」



「・・・・・そう、なのか・・・?」



初耳とでもいうかのように おれは聞き耳をいつも以上にたてて、
咲良の放つ言葉の本質を見極めようと努力した。
咲良は水音を軽く立てて、脚をバタバタと跳ねあげた。

冷たいプールの水しぶきが 小さな粒子となって おれの顔や服に
優しく触れて、涼しさをおれに届けてくれた。


「なんていうかさ、一騎と付き合い始めてからの総士って 幾分か柔らかくなったじゃない?
だから女の子のウケもかなりいいのよ。・・島を守る戦闘指揮官さまでもあるし、
ハクがついたっていうか・・・・まぁ、あのビジュアルだしね、当然といえば当然・・」


流れるように喋り続ける咲良の巧みな説明に 頭をパンパンにさせながら
おれは 必至で喰らいついていった。

要は総士が以前にもましてモテるってことだろ?
それでいいんだよな・・?

おれはグルグル回る頭の中を整理するので精一杯だった。
おれの横でケラケラと笑いながら 話す咲良に半ばため息をつきながら
止まっていた手を動かそうと 鉛筆に力を込めた。

おれの動作に感づいたのか、咲良はまたおれの正面に回って
似顔絵のつづきを描こうと 水面から濡れた脚を出して スクリ、と立ち上がった。



「ま、総士がもてるって話は置いといて、・・・確かめてみんのね。
浮気してるかどうか」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・ど、・・・・・どうやって・・・・?」


本題にでも入ったかのような口ぶりだった。
おれは瞬間身体を怯ませた。なんだか総士を疑うなんてーー心臓に悪い。

そう思いつつも、明らかに変化しつつある総士の言動が気になったおれは、
ついつい咲良に 聞いてしまう。どうすればいいのかって。



「う〜ん・・そうねぇ・・・、まずは本当に仕事するために早く帰っているのか調べるのが先決だと思うわ」


「・・・・・・・・・う、ん」


「それから・・・・・・」


「それから・・・?」


暫く唸りながら考え込んで、急にひらめいたように 明るい顔を見せた咲良は
見下ろすような視線を向けて、プールサイドにしゃがみこんでいる おれへと言葉を紡いだ。


「一騎、アンタ たしかもうすぐ誕生日よね?」


「え・・・・?あ、うん・・・・」


「それを利用するのよ!!」


「えっ・・・?」


「仕事より恋人の誕生日を優先してくれる器かどうか、
この機会に総士を試してみたらどう?」


「ーー・・・だ、だけど・・・・」



そんなの・・・総士に悪い気がする。
仕事の邪魔になるに決まってる。


「浮気かどうかなんて、現場を押さえなきゃ正直わからない事だし、
この際 思考をずらして、浮気要因が総士の中に混在するのか試してみる方が
遥かに利口だと思うわ」

力強く そういい切った咲良。
その姿が酷くたくましく見えて、先ほどまであった総士への後ろめたさが
知らない間に消えていった。


おれは その勢いにつられたのか 咲良の生き生きとした声につられたのか、
気づけば 深く頷いていた。


それは、咲良の提案を 自分の中で肯定した証であった。






+++






ドキドキ、と心臓が煩く騒ぎ立てるほど、おれは今
緊張していた。



現在、夕方の六時半。


おれは夕食の差し入れに格好をつけて、
アルヴィス内にある、総士の部屋へとやって来た。


扉の向こうには総士がいる。


そう思いたかった・・。
総士の話から考えると、この時間は確実に仕事をこなしている時間帯である。
もし、部屋の中に総士がいなかった場合・・総士には浮気要因が存在することに一歩近づいてしまう。



「まさか、・・・・総士に限って・・・な」



おれはフルフルと顔を横に素早く振ると、意を決して声をドア越しに発した。



「総士!!・・・夕食食べないか?作ってきたんだけど・・・・」


自分なりに声を張り上げたつもりだった。
ーーーーしかし、・・・応える声が聴こえない。



「総士っっ??!!」


更に声を張り上げてみる。



でも





シーーーーーン・・・




物音一つ、聞こえてこない。



おれは唐突に不安にかられて、持ってきたお盆を床に置き、
ドアを軽く何度も叩いて見た。



「総士・・・・総士・・・・!!」



どんなに叩いても、叫んでも、返ってくる声は 廊下に反響した
自分の声だけだった。


居た堪れなくなり、おれは総士の部屋を開けようと試みた。
部屋の解除キーは知っている。


・・もしかしたら、眠っているかもしれない。
資料を届けに部屋を空けているのかもしれない。
それとも疲れて倒れているとか・・・?


不安に胸を支配され、おれは半ば強引な行動に移ろうと
番号入力ブロックへと手を置いた。



そのときだ。




「あら・・・?一騎くん。どうしたのそんな所で」



不意に背後から声を掛けられ、ハッとした。



「遠見先生・・」


振り向けば、驚いた様子でこちらを見ている遠見先生が佇んでいた。
おれは すぐさま手をぱっと後ろに隠し、おずおずと頭を下げた。


「皆城くんに会いに来たの・・・?」


「あ・・・・・えっ、と・・・・夕飯を届けに・・・」


ぎこちなく そう答えれば、遠見先生はクスッ、と笑って言った。


「あら、いいわね〜。皆城くんは幸せ者ね」


からかう様に そういわれて、おれは 途端に頬を赤らめた。
なんだか場違いな感覚に襲われる。


「あのッ・・・・総士、・・・今どんな仕事を片付けてるんですか?」



自分が力になれるなら、少しでも手伝いたい。
極めて前向きな考え方をしたつもりだった。


が、おれの前向きな思考回路は 次の瞬間打ち砕かれることになる。






「え・・?皆城くん、特に仕事は請け負っていないと思うけど・・・」








「・・・・・・・・・・・え」








嫌な予感がしたんだ。







だって、









今日の遠見先生の服の色が、黒だったから。








・・・・・総士、お前 一体 おれに隠してなにしてるんだよ?







+++
















真実を聞くことは怖いけど、でも・・・・





それ以上に大切な 何かがきっとある。





いつだって。














「どうしたんだ・・いきなり?」








誰もいない静けさに包まれた体育館は
昼間の活気を何処かに忘れてしまったように簡素な空気が漂っていた。


夕日の赤が半分開きかかった扉から射し込んできて、
ピカピカに磨かれた床を 鮮やかに彩らせていた。
高い幾つかの窓が そよ風に当たって微かに揺れる。


おれは誕生日を明日に控え、総士を放課後 体育館に呼び出した。
急ぐ総士を無理やり引き止めて、大事な話とばかりに ここへと連れ込んだ。

総士は目を丸くしながら 体育館の中心に足を進めた。
近くには バスケット部がもうすぐ使うであろう バスケットボールが一個
所在なさ気に 頼りなく転がっていた。


「早くしないとバスケ部員がここに集まって、練習を始めるぞ?」


総士は時計に視線を送りながら 不意にボールを拾って
遠くにあるカゴへと 綺麗なフォームでシュートした。
ボールは鮮やかな放物線を空に描いて、カゴの中へと揺れながら収まった。


おれは それを合図に、話を切り出したのだった。



「総士・・・・明日、おれの・・・誕生日・・・なんだ、けど・・・さ」


拙く紡ぎだされたその言葉。
総士には どう伝わっているだろう?


おれに内緒でいつも何処へ行っているのかとか、
何で仕事があるなんて嘘をついたのかとか・・・聞きたいことは山ほどあるけど
あえて聞かないことにした。


そんなことより、大切なことが あるからだ。




「あ、・・・・あぁ・・・・・」




返ってきたのは 気まずいとも言える総士の歯切れ悪い答えで。
途端に 総士は視線を宙にずらした。

不安が  ・・胸を締め付ける。





「あの、・・あのさ・・・・」



急に空気が変わったようで いい辛くなるおれに
総士は 不思議そうな顔を向けて”一騎?”と、一言呼びかけてきた。







聞かなきゃ・・・・ちゃんと。
怖くても。






キュッ、と握りこぶしを両手に作って おれは俯き加減の顔を
スッと総士に向かってあげた。
瞬間、総士が反応をみせる。




「あ、・・・・明日っ・・・・おれの誕生日ーーー、・・一緒に・・祝ってくれるかっ・・?」





意を決して口にした言葉が 体育館の中で反響し合いながら 
総士の耳まで ありったけの想いを届けてくれた。


はず、・・・だと思う。




総士は 暫くの間、ぽかん、と間の抜けた顔を作って
おれをただ見つめていた。

思わぬ総士の反応に、おれは すぐさま 動揺した。


「あ、の・・・?総士・・・・・?」


反応がない。
不安で、堪らない。


するとーーーーーーーーーー。




「っ・・・ふっ・・・」



「・・え?」




「ッ・・・・・・くくっ・・・・・!」




「総士・・?」




「くくくっ・・・・・ははッ・・・・!!」



急に堰を切ったように 口元を押さえて笑う総士。



おれは何が起きたのか、わからなかった。





「くくく・・・・っ、・・・ふはは・・・・!!!」



尚も笑い出す総士。お腹を抱えて、苦しそうだ。



「・・・・どうしたんだ・・いき、なり・・・・」


訳がわからないまま ただ笑われる自分。
突然、空しくなってきた。




「だって・・・ッ、・・お前・・・、何を真剣な顔で聞くのかと思えばっ・・」


笑い声で息絶え絶えに言葉を紡ぎ出す総士の態度に
おれは密かな 怒りと悲しみを覚えた。



なんだよ。
・・・・・・そんなに、笑うことないだろ。




「誕生日を一緒に祝ってくれっ、て・・・・お前ーーッ、くく・・・」




作った握りこぶしが汗ばんだ。
まさか、そんなに笑われることだなんて 想像もしなかったからだ。

総士にとって、おれの誕生日は・・仕事と比べるに至らないほどの
大した出来事ではないようで・・・・

おれの真剣なお願いは、ただの笑い話でしかなくてーーーー・・・



「そんなこと・・・・・、ふはは・・・っ」



おれの精一杯の勇気は


ただの”そんなこと”で・・・・・・・・・








「・・・・・・ったよ」






「あたりーーーーって、・・・・え?」






全部、おれの一人善がりだったんだ。




「・・・わかったよ。もう、いい・・・・」




「−−−・・・一騎・・?」






「子供だよな、おれ。・・・・・こんなこと総士にお願いしてさ・・・」




もういい。
こんなのは。こんな・・・苦しいのは。




「馬鹿だよな・・・・もう、お前の心なんてーーとっくに離れてるのに・・・」




「ーーーー・・・・・・・何の話だ?」




訝しげな顔をして、総士がおれに歩み寄る。
おれの手を、掴んでくる。



「一騎・・・・・・?」




触れられた部分が熱い。
全身に血が上るようだ。
総士の手は、少し冷たいくらいなのに・・






「−−−−−ッ、放せよ!!!」





思わず そう叫んで 手荒く振りほどいた。






「−−−−−−!!!!?」





総士は驚愕した瞳でおれを食い入るように
見つめてきて・・・言った。




「・・・・・−−−どうしたんだ?」



理不尽な拒絶を与えられたかのような、顔つきに
おれは 更なる怒りを覚えた。

どこまでも真摯で 聡明な銀色が、今は痛い。



あんなに好きだった ひたむきな眼差しだったのに。







「おれ・・・・・・・総士がわからないよっ」






最後は泣きそうな声だった。







顔を逸らして、黙って即座に体育館を後にした。
途中、背後から 総士の呼び止める声が聴こえたけど、
聴こえないフリをした。


振り向いたら、泣いてしまいそうだったからだ。







どこかで、好きだから別れるって言葉 聴いたことあるけど
本当にあるんだな、そういうの。



好きだけど、どうにもならないことって・・ある。


これ以上、醜い自分を ・・総士に見られたくない。
見られたくないよ。







嫌だな、こんな終わり方。




こんな風に終わる恋もあるなんて、知らなかった。

せめて、綺麗に終わらせたかったよ 総士。








想いが通じ合っただけでは もう
足りなくなってる自分がいる。







付き合い始めた頃よりも
総士を好きになっている自分がいる。






困るよ、こういうの。








恋なんて 苦しいだけじゃないか・・・











+++


























翌日の朝、目覚めにカーテンを開けてみる。



雲ひとつない、青空だった。




空に”おめでとう”と言われている様で
少しだけ、・・・嬉しかった。





その日、 総士は学校に 来なかった。






あっという間に時間は過ぎる。
せっかくの誕生日だというのに、胸のもやもやと
ぼやける視界が 止められなかった。


夕焼けの教室、窓際の一番後ろの席。
人知れず 零した、涙が一滴。
熱い想いと一緒に 溶け出した・・言葉。




「なにやってんだろ・・・・・おれ」





グラウンドでは 野球部が土の匂いをユニフォームにつけて、
懸命に厳しい練習をこなしている。

どこまでも真剣な彼らの姿に 胸が震えるようだ。
そんな風に一生懸命になれる心が かっこいいと思った。
















「−−−・・野球部に好きな奴でもいるのか?」










「っーーーー・・・!!!」





突然、教室の扉口付近から声が聴こえてきた。
少し擦れた、低いその声色。




振り向いた その先に、腕を組みながら扉に寄りかかる、
琥珀色の髪をした 幼馴染が佇んでいた。





「・・・・・・違うよ」




皮肉とも取れるような言葉に、律儀に答えたおれは
少しふて腐れた子供のように 意地っ張りだった。


そんなおれの言葉を どう捉えたのかは知らないけれど、




「ーーーだよな。僕よりかっこいい奴なんて居ないしな?」





と自信満々に微笑んで 総士は言った。





「・・・・・さぁな」




おれは悔しいけど否定はできなくて、
言葉を安易に濁した。



総士はふわっ、と瞬間笑って こう言った。






「ーーーーそれに、一騎は 僕のことが 好きで好きで堪らないみたいだからな」




「!!!」




恥ずかし気もなく、そんなことを飄々と口にする総士。
まるで昨日のことが嘘みたいに 綺麗さっぱり忘れ去られたようだった。





「っ〜〜〜〜・・・どっちが!」


おれが頬を朱色に染め上げながら、スクッ、と席から立ち上がると
総士がまた おれを見て笑った。



今度の笑いは 先ほどと どこか違うものだった。








「・・・・・僕の方が、だな。やっぱり」






苦笑い、だった。








「・・・・・・・総士・・・・・?」




不意に見た総士の弱さ。
おれは 刹那、鼓動が早くなるのがわかった。




「学校をサボる学級委員をお前はどう思う・・?」



意表をついた様に 問いかけながら近づいてくる総士の
銀色が微かに揺れているようで 胸がきゅっ、と締め付けられた。

あまりにも綺麗な その銀色が ・・・おれはいつだって欲しかったから。


「・・・・・・あんまり、・・・感心しない・・・」



素直にそう答えると、総士はまた 楽しそうに笑っていた。

最近総士は よく笑うようになったな、と思う。



「・・・・・いつだって、 与えられた義務や権利を放棄してしまうほどに 
大切なものが誰にでもあると・・僕は思う」



おれの目の前で静かに足を止めた総士は 真っ直ぐな眼差しで
そう おれに訴えかけてきた。

瞳と、瞳が・・・絡み合う。



「・・・・・総士にも?」



愚問な気がしたけれど、聞かずにはいられないほど
そのときの 総士瞳は澄んでいた。





「−−・・・・・・・一騎、もし まだ僕を好きだと想ってくれているのなら、
この手を黙ってとって欲しい」


総士はおれの言葉に答えることなく、一呼吸置いて 真摯な瞳で
おれの前に手を差し伸べてきた。



答えなど、始めから出ていた気がする。


総士がこの教室に現れた その瞬間から。
答えなんて一つしかなかった。


だって、総士の姿が見えたとき、 どうしようもなく
嬉しさが込上げて来たんだ。




おれは言われたとおり、黙って総士の手をとった。


総士は、その瞬間 肩を一回揺らして おれを見つめ、
ギュっ、と手を握り締めてきた。






「−−−−−迎えに来たんだ」






夕焼けが、総士の顔を赤く照らし仰いだ瞬間だった。





+++













サワサワ、と吹くそよ風に揺れる琥珀の長い髪が
幻想的な居空間に誘う証のように見えて、少しだけ 意識が膨張した。



「ここだ、さぁ、一騎・・・!こっちに来い」



嬉々とした声をあげる総士に引っ張られて 林の奥を抜けて
眼前に広がる世界を 思い切り見た。



そこにはーーーーーーーー・・


ハギ・ススキ(オバナ)・クズ・ナデシコ・オミナエシ・フジバカマ・キキョウ
が低地に植えられて 綺麗な花を咲かせていた。

そして、その花たちの傍らには 秋桜が一面広がっていた。


周囲には 紅葉とイチョウの木が並び、どこよりも早く
秋を迎え入れた 一種の特別な空間と化していた。





「っ・・・・・な、・・・ここ・・・凄い・・・!!!!」



不思議というより、何でここだけ?と思ってしまうほど
秋の訪れが 確かにそこには息づいていた。



「はは!−−−だろ?・・・・結構苦労したんだぞ」



「−−−−−−−・・え?」




傍らに歩み寄ってきた総士が 嬉しそうに話し出した。





「秋の七草を揃えるのに苦労したし、コスモス畑にも手を焼いたし、
イチョウや紅葉を色づかせるために 沢山の手間をかけたし・・・本当に大変だった」



「・・・・そう、し・・・・もしかして」





お前が秘密でしてたことってーーー・・・





隠していたことって・・・・これ、なのか・・・・?




言葉が出てこなくなった おれは ただただ総士の横顔を
見つめるばかりだった。


総士は またふわり、と微笑みながら
おれに全てを話してくれた。



「誕生日プレゼント・・・・、お前が喜ぶものが・・僕にはわからないから。
だから せめて お前が生まれた季節を真っ先に見せてやろうと思って・・・」




不器用な





「−−−・・ここは人工的に僕が作った、秋を真っ先に感じることが出来る 特別な場所だ。
人工的だが、自然の雄大さと美しさは 本物とそう変わらないと思わないか?」




不器用な人だけど・・・




でもーーーーーーーーーー・・。




「・・・うん、そうだな。・・・・凄く綺麗だ」








「・・・・・一騎」






「ーーー・・ん?」




































「誕生日おめでとう!・・・この世界をお前にあげるよ」
































「総士・・・・」




























「・・・・あのとき、−−お前が一緒に誕生日を祝ってほしいと
僕に言いに来た あのとき・・・」






総士は落ち着いた深い声色で 語りかけるように、呟くように優しく
小さく 微笑んでいた。




おれに銀色の瞳を 真っ直ぐに向けて。






「僕には本当に 可笑しい事だったんだ・・」




総士は スッ、と瞳を細めて 柔らかい声でおれに 視線を送ってきた。
眩しい夕焼けの赤に 顔を半分染めながらーー。























「”恋人の誕生日を一緒に祝う”なんて、
・・僕にとっては笑えてしまうくらい 当たり前のことだったんだ」






















いつだって










・・・・いつだって 恋は苦しいばかりで。





だけど、










こんな温かさがあるから















「・・・・うん」




















こんな、・・・・嬉しさがあるから。




















「ありがとう、総士・・・・」





















+++
























「何か機嫌いいわね?一騎」


「あ〜。なんか総士と少し喧嘩してたらしいけど、
仲直りしたみたいだぜ?」


「ふ〜ん・・。どうやって?」


「んと、・・なんだっけ・・」


「なんでも誕生日プレゼントが凄かったらしいよ?」


「モノに釣られたのかよ!?あの一騎が・・??」


「・・・本となの?それ・・」


他愛のない話題に花を咲かせる三人組が 教室の隅で、 何やら
怪しげにコソコソと 一騎の明るい姿を遠巻きに見て 騒いでいた。

咲良は つい最近まで総士に疑問を持っていた一騎の変わりようが、
気になって仕方がなかった。

しかし剣司や衛に聞いてみても、いまいち一騎の変貌に関わるような
核心が見当たらない。


咲良は 胸のつかえと、真実を知るため 明るく笑う一騎の元へ
静かに近づいていった。


一騎の傍らには 総士がひっそりと佇んでいた。
どうやら一騎の話に耳を傾けている様子に見て取れた。

話かけようかどうか迷ったが、相談に乗ってあげた恩もあるし、
ここはひとつ 事の成り行きを見定めよう、と咲良は人知れず思った。



「一騎!・・・ちょっといい?」



声を高らかと 挙げた咲良。
その声に引き寄せられるように 一騎はゆっくりと振り向いた。



「・・・・?なんだ・・?」



駆け足に咲良の方へと近づいてくる一騎。
不思議そうな その表情は 全てが片付いたということを
安易に物語っていた。



「”なんだ?”じゃないわよ!・・結果を報告するのが筋ってもんでしょうが!!」



姉御肌の言い回しに、驚いた一騎は半歩身体を引きながら
”ご、ごめん”とすかさず 謝った。



「総士のことは、もういいんだ。・・全部おれの勘違いだったから」


嬉しそうに あっさりと 言葉を零す一騎の顔に
咲良は影一つ無いことを知ると、本当に そうなんだなと感じた。


「・・・・・・・なんか、聞きたいことが沢山あったはずなのに
・・アンタの幸せそうな顔みたら、その気が失せたわ・・・・・」


偏頭痛のようなものを感じた咲良は 頭を抱えると 一騎の元を離れようとした。
しかし、ふと気になって ひとつだけ一騎に聞くことにした。



「ねぇ、一騎。総士と仲直りしたってことは、誕生日は一緒に過ごしたのよね?」



「へ?・・あぁ、うん」




「・・・・・・・総士から何もらったの?誕生日プレゼント」





密かに沸いた好奇心が咲良の胸で渦巻いていた。
あの総士があげるプレゼント。
一体どんなものなのだろうか?







「・・・・・・・・・・・」






一騎は一呼吸間をおいて、考え始めた。
咲良には それが不思議でならない。


一体どうして考える必要があるのだろうか?


貰った物だ。普通は直ぐに答えられるはずなのに・・。





「あ、そうだ!」



急に声をあげた一騎に 咲良はビクッ、と思わず身体を震わせた。



「ど、どうしたのよ・・?」



訝しげに聞いてみる。









「花鳥風月」











「・・・・・・へ?」












「総士からおれ、”花鳥風月”をもらったんだ」













「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」











意味が分からない。




一騎はそれだけ言うと、そそくさと総士の元へ
帰っていったのだった。












「・・・・・・・・・・花鳥風月?」









考えれば考えるほど、混乱した。











「・・・・・・・・はぁ、・・・・・訊かなきゃ良かった」












咲良は 頭を更に抱えながら、剣司と衛の居る場所へ
戻って行ったのだった。








































花鳥風月、君が居る その世界。



君の求む、その世界。











僕が与えた、−−−−−−−−−その世界。













花鳥風月。















NOVELに戻る



はい、お疲れ様でした!!青井聖梨ですvv
とんでもなく長い話になってしまった次第です。

このお話は一騎の誕生日祝いという形でUPさせていただきます。

いかがでしたでしょうか??

ちょっとお澄まし系総士と、意地っ張り系一騎を盛り込んでみました。
私としてはかなり珍しい ほのぼの小説でございます。


とにもかくにも、お誕生日おめでとう一騎!!!!
皆さんも、祝ってあげて下さいねvv それでは〜。  青井聖梨 2006・9・21・


追伸:花鳥風月とは、

(1)自然の美しい風景。

(2)自然を相手に詩・絵画などをつくる風雅な遊び。風流。三省堂提供「大辞林 第二版」より