「愛してる人に、・・愛してるって伝えることが
こんなに難しいなんて思わなかったよ」








そういって部屋を出て行く あいつの背中が
泣いているようで 


出掛かった言葉たちが 喉の奥で 消えていった。



閉じられた ドアの音が やけに響いて
耳鳴りのように おれの鼓膜を襲った。




この気持ちが、真実(ほんとう)か
虚偽(うそ)かなんて
おれにしか わからないのに




”好き”って なんだろう?



”愛してる”って なんだろう・・・・








おれは総士に

なんて伝えれば いいんだろう















水中花





























あれはいつのことだったろう。

水中展望室で二人、偶然休憩時間が一緒になって。
ベンチに並んで ぼんやりと 海の中を眺めていたことがあった。


総士は もともと無口で 不器用なやつだから
こんなとき 気の利いた話なんて出来るわけでもないし、

まして自分も どちらかといえば 総士と似たようなもので
口下手だし、 上手く立ち回ることなんて出来るはずはなくて

どちらとも無言で ただ過ぎていく時間を傍観していたように感じる。


そんなとき。
ガラスの向こうでキラキラと光る結晶が垣間見えた。

おれはチカチカする目を擦りながら ゆっくり立ち上がると、ガラスに張り付いて
その景色を眺めた。なんだろう・・・まるでーーーー。






「マリンスノーだ」




不意に、傍らから聞こえてきた声に耳をすませれば
いつのまにか総士が おれの隣に佇んでいて、
ガラスに張り付く おれから視線をずらすと その光景を静かに見つめて言った。


「マリンスノー・・・?」



確かめるようにおれが総士の言葉を反復すると
総士は やや真上を見上げるように顔の向きをかえて、言った。



「プランクトンの死骸や排出物が白い粒子にみえる現象のことだ」




総士は淡々とした声音でそういうと 少し目を細めて 
マリンスノーが降り積もる 水中を眩しそうに眺めた。



「・・・・・そ、う なのか」
 


こんな綺麗な光景の正体が 命の燃え尽きた姿だなんて。


視界では圧倒されているのに、心は何だか空虚になっていくような
複雑な感覚を覚えて おれは自然と近くにいた総士の服の袖を無意識に握っていた。



「・・・一騎?」


唐突に握られた服の袖を見つめて、総士は驚愕した声を咄嗟にあげていた。
おれは その声に便乗するかのように はっ、と意識を戻していった。


「あ、・・・・・ご・・ごめんーーー。なんか、・・・・」




”怖くなって”





口から零れそうになった言葉を おれはぐっと呑み込んだ。



”怖い”なんて言えないよ。
おれは島を守るパイロットで、たとえマリンスノーみたいに
命を散らすことがあっても 向き合っている現実から逃げてはいけない
人間なんだから。



そして もし、自分が散って逝くことがあったとしても
おれのその姿を確かに見届けてくれる人が こうして隣にいてくれるんだから。


だから、”怖い”なんて いっちゃいけない。
おれは 少なくとも 幸せな最期を迎えられるんだ。



呑み込んだ言葉が喉の奥で静かに消えて、
おれは 安堵するように 掴んでいた袖をそっと離した。


「何でもないんだ・・・ごめ、−−」



自嘲気味に笑みを浮かべて 手を離す おれの
掌を捕まえて 総士は力強く握った。




「総士・・・?」



いつの間にか おれに視線を向けている 総士を見上げれば、
逃げられないほど強く真摯な瞳が おれを射抜いて、放さない。

そうして ゆっくりと近づいてくる熱を おれはただ見つめるだけで
時の流れに逆らうことなく どこまでも見守り続けていた。



唇に、熱いぬくもりが宿る。




「んッ、・・・・・・」



与えられた温もりに 思わず瞳を閉じれば、
それを合図に 総士の赤い果実が口内に侵入してきた。



「っ、・・ッは・・ふ、ぅ・・・ン」




おれは 上気する頬と競りあがる熱と吐息に、
苦しくなって 震える足を支えられなくなっていった。


どうしておれは今 こんなことになっているのか。
そんなこと 頭で考えたって分からない。

ただ、感じる総士の熱と 崩れそうになるおれの身体を支える
総士の腕の力強さに 体中が痺れていく感じがしたんだ。




「んぅ、っ・・・、」


くちゅくちゅ、と耳の奥で響く音に 耳が犯されていく。
いつの間にか口元から流れ落ちる 銀色の雫が熱を帯びていることに
意識の向こう側で気づき始めていた。



総士は 長いキスのあと、ゆっくりと唇を離し、どこか まどろみの中に
いるような瞳をしたおれを きつく抱きしめた。



そして、苦しそうに言ったんだ。







「好きだ、一騎・・・・愛してる。
お前を絶対に散らせはしないーーー、僕が・・守る」







マリンスノーが降り注ぐ 水中展望室で。






あの日 総士はそういった。





誓いのように ・・約束のように。
おれは ただ

”うん”と頷いて 心地いい総士の温もりに 身を委ねていたんだ。












+++






















それから、総士とおれは 特別な関係に・・なった、んだと思う。






その日を境に、総士はいつも以上に 
おれへと優しくなった気がする。


向けられる眼差しは温かくて 呼ばれる声は甘くて、
総士がおれに歩み寄るときは 決まって温もりを伝え合った。

二人きりになると 必ず総士は 隠れておれに キスをした。



キスをしたあと、総士はいつも俯いて 

”ごめん”


って一言おれにいう。



おれは その言葉の意味も、仕草も
深く考えずにいたから



ただ


”うん”

と やっぱり頷くしかなくて。



顔をあげた総士は そんなおれを 眩しそうに見つめた後
軋むほど強く 抱きしめて 言うんだ。





『ありがとう・・・・一騎』






その
ありがとう、の響きが
何だかいつも哀しくてーーーおれはいつもその後
総士をきつく抱きしめ返していた。





総士は何も言わなかった。






そして、いつからか 総士の部屋に
見慣れないモノが置かれていたんだ。




一度だけ、訊いた事がある。






「それ、なんだ・・・?」




寂しい総士の部屋に、ポツリと置かれた机の上の写真たて。
その隣に 寄り添うように置かれた、一輪の花。


ただの花じゃない。
だって、水の中に浮かんでるんだ。
赤い、・・あかい、真紅のバラ。





「・・・・これか?水中花っていうんだ。
水に入れると水を吸って 草花のように花開く造花だ」




「造花?・・・へぇ・・・すごいな。−−綺麗だ」




おれはパソコンをしている総士の隣に近づく。
机の上に佇んでいた 水中花をまじまじと覗き込むと
総士は困ったように笑って 言った。





「ーーーこれなら ずっと、散ることはないだろう?
・・・作り物だけど 綺麗なまま、残せる」





「・・・・・そう、し・・・?」





なんだか そう応えた総士の横顔が
一瞬切なく揺れた気がして おれは何か言おうとするのに
・・なんていえばいいのか わからなかったから。



ただ、その水中花を見つめることしかできなかった。








だから。






こんなおれだから、こういう結末しか進めなかったんだ。




















そう。それは唐突に起こった、必然。












「お前と総士・・・付き合ってんのか?」




無防備に放り投げられた言葉は 空中を彷徨い続けていた。
アルヴィスの廊下ですれ違った剣司に 突然呼び止められたかと思えば、
いきなりそんなことを聞いてきて、−−−・・ 動揺、してたんだと思う。



「え、・・なっ・・・なんで・・・?」



頬が一瞬で熱った。恥ずかしい、のかな・・おれ。



「なんでって、・・まぁ なんつーか、総士が急にお前に対する態度が
普段の数十倍優しくなったから そうなのかなって、さ・・」


別に深い意味はねーけどさ。


剣司は 頭をぽりぽりかきながら、おれにバツが悪そうに言ってから
言いにくそうに おれへと言葉を紡いだ。


「総士って不器用だよな〜。隠れてねぇもん、そういうの。つーか、隠してねぇのか?
・・まぁよくわかんねーけど、傍から見ると結構一方的に総士が慕ってるように
見えっから、お前嫌ならちゃんと断れよ、そういうの。いかにも流されてますって顔してるしよ!」



「え・・・・・・っ」





初めて知った、周囲からの視線。
おれと総士がどう見えてるのか。

まさか、そんな風に見えてるなんて思わなかった。


おれ、流されてるように見えるのか。
総士は、・・一方的に見える、のか・・。



今まで意識したことないけど こういうのって
やっぱり気にしないといけないんだろうか。

おれは得意ではない問題を 最短で解こうとする受験生のように
頭の中を必死で整理し続けていた。するとーーー。





「お前ってさ・・・総士のこと、好きなんだよな?」




剣司の探るような視線と言葉が 不意におれの耳を掠めていく。
おれは 何を聞かれたか一瞬わからないくらい ぽかん、としてしまった。
だって そんなの、考えるまでもないだろう?






「そんなの好きに決まってるだろ。
おれにとって総士は、神様みたいなもんだから」









そうおれが言うと、
目の前にいた剣司が 訝しげな顔をして
小さな溜息を 零した。





「・・・総士はさ、別にお前に崇められたい訳じゃないと思うぜ。」



「え・・・・?」




剣司がいつになく 真剣な声色で顔で、
おれに伝えてくるから きっと そうなったんだと思う。









「・・・・・・たださ、お前の傍にいて笑い合っていたい、
そんだけなんじゃねーの?」








雨が、・・・降り出す。








+++


























「おれ・・・っ、総士のこと ちゃんと好きだから!」





降りだした雨が、止まないのは
誰かが泣いてるからなのかな。







ノックもせずに 勢いだけで入った総士の部屋に
入るなり、おれは そう叫んでいた。



総士はというと 目を丸くして、向かっていた机から視線を外して
身体ごと椅子をおれが立っているドア付近へと向けた。



「どうしたんだ・・・いきなり?」


話がみえないせいか、総士は戸惑いながらも
おれに相槌を返してきてくれた。


扉が閉まり、室内に入ったおれは すぐさま総士のいるデスクへと足をむけた。
近づくと、正面で座っている総士を見据える。



「総士はおれの絶対だから!!・・だから、おれ、っ・・総士のためなら
何でも出来るんだーーーホントなんだ・・っ!」



切迫した表情でそう伝える。
おれの真剣さを総士に分かって欲しかったからだ。
でもーーーーーーーー。




「絶対・・・・・?−−じゃあ、お前は・・
僕がお前を抱きたいと云えば 素直に抱かれるのか・・・?」




総士の声色が変わった。
低く、停滞する水底のような、声。怒り、とはいえず・・悲しみともいえず。
曖昧に浮遊し続ける感情が観えた。




「そ、・・れはっーーー・・総士が望むなら、おれーーー・・!!」



そこまで云って、先を続けることが出来なかった。




唇を、塞がれたから・・だ。








「・・・・・・やめよう。こんなの不毛だ。これじゃ意味がない。
・・・こんなの、どっちも傷つく。すまない一騎、
お前を追い詰めるような真似をして」




「そう、し・・・・・」








うな垂れるように 総士は床を見つめて椅子に座り続けていた。
おれは何だか そんな総士が見ていられなくて、
総士の頭を抱えて 膝をつき、上から優しく抱きしめた。


すると総士の殊勝な声がどこからか響いてきたんだ。








「・・・お前がやめようと云えば、こんな関係いつでもやめられるんだ。
ーーーそれなのに、・・・お前は こんな僕を”絶対”だという」



ふと、抱きかかえた総士の頭が持ち上がり、おれの両手を自らの両手で包み込むと
その手を総士自身の頬に添えて、まるで愛しいとでもいうように擦り付けた。
気づけば総士は おれの手を その頬で温めていた。





「ごめん・・・。ずっと僕の片想いだって 最初から分かっていたのに。
・・お前に”絶対”であることをーー僕は知らずに強要してしまったんだな」



「ーーー・・・えっ」





「・・・・・・・・・ありがとう、一騎。僕を突き放さないでいてくれて」





「・・・そ、し・・・・?」





「お前の優しさに、甘え続けていた僕を・・赦してくれ。」





「どうしたんだよ総士・・・なに、いってーーー」







何故だろう。胸の奥がじんじん傷む。
この痛みが広がる前に、どうにかしたいのに、
とめる方法がーーーわからない。





「・・・・水中花は、・・・・僕の愛に似てる」



「ーーーー・・え?」





ぽつり、と零れた言葉の先に隠れた未来が
頭の端を 確かに過ぎった。





「あ、・・・・・・」





キスをした後 俯いて、顔を上げる総士。
そのとき 決まってみせる 眩しそうな瞳。



その瞳が、今ーーー・・・目の前で おれに向けられている。





おれは何も言えなくなって、銀色の瞳をただ 見つめ返す。





「終わりにしよう。・・僕には水中花があるから
この瞬間(とき)も きっと色褪せる事はない」















































『・・・・これか?水中花っていうんだ。
水に入れると水を吸って 草花のように花開く造花だ』




『造花?・・・へぇ・・・すごいな。−−綺麗だ』























『ーーーこれなら ずっと、散ることはないだろう?
・・・作り物だけど 綺麗なまま、残せる』





























今・・・・・繋がった






総士の”ごめん” も



       ”ありがとう” の意味も










なんで、こんなにーーー哀しいんだ・・・?











総士がいいかけて呑み込んでいた言葉は この瞬間に繋がってたのか?






「・・・・一騎、好きだよ。」







おれは、この気持ちを なんて伝えればいい?













「愛してる人に、・・愛してるって伝えることが
こんなに難しいなんて思わなかったよ」
















そして総士は部屋を出て行く。







好きってなんだろう


愛してるって なんだろう・・・・






おれは 総士に何を伝えればよかった?






わからない・・・・わからない・・・・










雨はそれでも降り続く。



おれの、頬に、瞼に。


床に零れ落ちていく雨は
お前が自分で降らせたんだと




神様に 見咎められているような気がした。









+++























「最近、・・・元気ねーのなっ」





水中展望室のベンチ。
傍らに、いつもと違う温もりが 佇んだ。



少し口の悪い 声の主は 自分が視線を向けている方へと
同じく視線を向けて 言葉を紡いだ。




まるで海に沈んでいるような錯覚を起こす、この場所。
今はガラス越しに綺麗な魚が何匹か泳いでいる光景が瞳の端に映りこんだ。



「なぁ、知ってるか?ここさ、時々マリンスノーってのが見れるらしーぜっ!
遠見先生が言ってたの聞いたんだよ おれ」



「・・・・・知ってる。 見たから、−−・・・一緒に」



「へっ?・・・・・誰と?」




「ーー・・・・・・。・・・・・総士、と」



「・・・・・・・・ふーん・・・」




抑揚のない声で剣司は応えると 手を頭のうしろに組んで、静寂が破られるのを
待ちわびていた。・・多分、おれが話し出すのを待っていてくれているんだろう。

そんな剣司の優しさが、胸に沁みる。

おれは居た堪れなくなって、溜め込んだ言葉を吐き出すように話し始めた。





「ここで・・・・っ、総士がおれに 言ってくれたんだっ・・
好きだっ、て・・・・愛してるっ、てーーーー」







「・・・・・・・・・」

















『好きだ、一騎・・・・愛してる。
お前を絶対に散らせはしないーーー、僕が・・守る』


























「なのにおれはっ・・・・ずっと、あの言葉を
誓いだって・・・・約束だって・・・想っててーー」













おれ、バカだ・・・




違うだろ。







あれは 誓いでも 約束でもなくて















「ーー・・じゃあ、なんだったんだ?」









傍らに佇む剣司が 柔らかく微笑みながら おれを覗き見る。
おれは まるで 迷路から脱出した子供のように 息をしゃくりあげて、
目の前に広がる海を見つめていた。





流れ落ちた涙を 隠すみたいに 両手で顔を覆う。
瞼に焼きついていた あの日の総士とマリンスノーを思い出す。





震えた唇から零れ落ちたのは、多分 
ずっと知りたかった おれの真実だった。














「告白だ・・」




















そう。あれは告白だ。






総士がおれにくれた
愛の言葉じゃないか。















「そっか・・・。・・・・じゃあ、今度はお前が伝えないとな。
お前の気持ちってやつをさーーー」








そういって、剣司は にっ、と気持ちよく笑っていた。
おれはその笑顔に救われた気がして ”ありがとう”と一言口から零した。









そうだ。今度はおれが伝える番なんだ。



好きって事がどういうことなのか
愛してるって事がどういうことなのか



わからなかったとしても






おれの ありのままの気持ちを伝えよう。

















総士は そんなおれを愛してくれたんだから。



















+++























「総士・・!!」







弾む息もそのままに、おれはその人の名を呼ぶ。













アルヴィス訓練施設にいたその人は、瞳を見開いて 
驚愕したようにおれの姿を見つめて言った。



「一騎・・・・どうした?」



まるで信じられないとでもいう表情を浮かべた総士は
バインダーに大事そうなデータをはさみ、何かをチェックするかのような体勢で
ペンを握り、擬似コクピットカプセル内を覗き見ていた。



「・・・総士に、どうしてもー・・伝えたいこと、あるんだっ・・・、・・・」



走ってきたせいだろうか。言葉が続かず、途切れ途切れになってしまう。
額にはうっすらと汗が滲み出し、膝は全力で走ったせいでガクガクと微かに震えていたけれど。


でも。それでも。
今伝えないと、もう一生伝わらないと思うから。



だから 今、どんな姿でも どんな状態でも 伝えよう。
そう、心から思った。








「・・・・−−−なんだ?」





その声は、柔らかで。
どこか慈愛に満ちている声音だと思った。

向けられた視線は優しくて、熱い。
心の奥がツキン、と痛み・・・そして疼く。


この甘い痛みが なんなのか。
おれには上手く 言葉にできないけど。
だけど。





擬似コクピットカプセルから離れて、正面にいる おれへと姿勢を向けると
真摯な瞳で 真っ直ぐにおれを見下ろす 総士の眼差しがそこにはあった。


おれはそんな総士に淡い疼きを抱えながら見つめ返すと、
自然と口元から零れる言葉を待った。


理性じゃなく、本能で 答えを導き出そう。
そう不思議と思えた。





ほどなく。おれの口から零れ落ちる 言葉に
総士はもう一度驚愕することになる。










「水中花は ・・・総士に必要ないよ」








「・・・え?」







目を丸くして、少し擦れた声色が おれの耳に届いてきた。
カーキ色の長い髪が 隙間風に揺れる。
銀色の双眸は 透き通っていき、淡い残光を 瞳の奥に閉じ込めているみたいだった。

一歩、総士がおれへと近づく。




「どういう・・・ことだ?」


思慮深く尋ねてくる 総士の訝しげな表情に おれは思わず苦笑した。
総士は利己的で 理知的でーーー鈍感だ。







「おまえ、言ったよな?水中花は ずっと散ることはないって・・・。
作り物だけど 綺麗なまま残せるって・・・」





今度はおれが一歩総士に近づく。


勇気がいる一歩。
だけど とても大きな一歩、だ。





「・・・・あぁ、言った」





硬い表情で視線を逸らす。
総士はなんだか少しバツの悪そうな声色を滲ませているようだった。



おれは 少しだけ怖くなった。
この先を言うことが。



でも、きっと今のおれには とても大切なことで
総士とおれの 二人の未来を踏み出す 重要な呪文のように感じていた。




あぁ、言葉を伝えるのって 難しいな 総士。





お前はこんなに勇気がいることを こんなに困難なことを
その想いひとつで超えていってくれたんだな。







ありがとう、総士。


おれを好きでいてくれて・・・・ありがとう。
おれを好きになってくれて ありがとう。







「でもおれ・・・・作り物じゃ嫌なんだ。散らせたくなんてない・・・っ
ーーー綺麗な思い出になんて したくないよっ、・・・・!」






叫ぶみたいに。縋るみたいに。
言葉たちは喉下から零れ落ちて 空中に散漫した。

どんなに滑稽でも、道化にみられても
おれは後悔したくない。
ありのままの 想いを、総士に伝えたいと想ったんだ。











「・・・・・・・・・・・不思議だ」






おれの言葉を聞いた総士が
一呼吸おいて、 そうポツリと呟くのが耳に響いた。

おれは顔を上げて 総士の行方しれずの視線に
自分の眼差しを合わせた。








「ーーー・・何がだ・・?」





応えるおれに 総士は 眩しそうな あの瞳を向けて
唇を微かに震わせた。 そしてーーー。









「お前が・・・・・僕のことを好きだって・・・・言ってるように聴こえる」









手から滑り落ちたバインダーの音が響いた瞬間、
温かなぬくもりが 頬に伝わってきた。





総士の右手が おれの左頬に優しく触れて、熱を移す。
何故だろう。急に そのぬくもりが愛しくなった。






「・・・おれ、ホントは好きだとか愛してるとか、よく・・わからない。でも・・」






すっと、無意識におれの手が、指先が その人の手の温もりを包む。
まるで離さないとでも訴えるように。








「このぬくもりを・・・・もう二度と失いたくないよ」






ぎゅっ、と頬に宛がわれた 総士の熱を おれは力強く握り締めていた。
どうしようもない 感情が湧き上がって行く。
多分もう、引き返せない。−−−引き返す必要なんて、ない。








「失くしたくない・・・・っ、−−それじゃ、・・・ダメかな?」




「ーーーえっ・・・」






競り上がって行く想いは 行き場をなくしたとしても
何一つ 消えたりなんかしない。









「それじゃ・・・・総士のことが好きって・・・言っちゃダメなのかな・・?」











想いは、残るものだから。







「・・・一騎」











ずっと 降り募っていく、ものだから・・・










「おれ、・・・・総士が好きだ。ーーーちゃんと、好きだよ」













この想いが”本物”の好きじゃなかったら
”本当の愛してる”じゃなかったら






おれはきっと この先、もう 










誰かを愛することは 出来ないだろうーーーー・・・。
















「・・・そう、か」















不意に、空中に浮かんだ微かな想いは
目の前の人の弱さを 滲み浮かべたような気がした。










「・・・・・そうか・・・・・・・ありがとう」








瞳を静かに伏せ、苦しそうに眉間にしわをよせた総士が
何だか小さく見えて 胸の奥がざわつく。




目元を赤くさせた 総士は 再び瞳を開くと
おれを真っ直ぐ見下ろして、もう一度 言うんだ。









「好きだよ・・・一騎、・・・・・愛してる」









静寂に交じって 伸ばされた指先は
おれの髪や肩に触れて



いつの間にか おれは されるがままに 抱き寄せられていた。






そして、総士は言う。


















「愛してる人に、・・愛してるって伝えることが
ーーー・・・こんなに苦しいなんて思わなかったっ、・・・・」

















ギュッと力強く引き寄せられた 肩のむこう。



降り募っていた 総士の想いの欠片が マリンスノーのように
キラキラ、きらきら と


淡く光っては消えていく。





想いは雪のように煌いて、
儚くも 美しく 咲き誇る。






甘い痛みと 切ない疼きを その結晶に宿して
一瞬の光を駆け巡り逝くみたいに、




止め処なく 溢れ続けては 消えていく。 





















「・・・・あぁ、・・・・・・あったかい」












抱きしめられた ぬくもりに 確かに愛は在るのだと
この身をゆだねて おれは感じる。














水を吸って 草花のように咲き開く 作り物の水中花。
































おれは総士の 愛を吸って、
ようやく この瞬間(とき)咲き開くのだ。























あぁ、神様。




どうか。















ようやく咲いた この愛(はな)が

作り物(いつわり)だとは












言わないでくれ。

























どうか、どうか。






最期までこの愛を信じさせて。




















最期まで 美しく、ーーーーーー咲き誇らせて。






















”好きだよ、総士。”





















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青井聖梨です、こんにちは!!
総士ハッピーバースデイな日に、シリアステイストですみません(笑)


総士の好きと一騎の好きがいつもイコールだとは限らないって感じで
お話を進めていきました。でもやっぱりどっちも 好き同士なんだなぁって結果で終わってます!


水中花って片想いなイメージあるので 今回モチーフにさせて頂きましたが
いかがだったでしょうか?水中花って綺麗ですよ〜。皆さんも機会があれば是非見てみてくださいね。
ここまで読んで下さってありがとうございました!それではまたの機会に!!!


青井聖梨 2011・12・27・