君との逢瀬は


                                          この籠の中だけ















             鳥籠の王子様〜前編〜













学校へ向かう通学路の途中に、木造で出来た
古めかしい佇まいの家が一軒建っている。

その家は、鳥を専門に売り物にしている、島では数少ない珍しい店だ。
僕はその店の外装が好きだった。不思議なコントラストに包まれた外壁、
扉は何処か異国情緒溢れるアジアンチックなデザイン。

店内には何羽か見たことの無い種類の鳥が狭い籠の中で
歌を歌うように鳴いている。ソプラノに近い音域を奏でているのは、白文鳥。
何か言葉を呟くようにリズムをとっているのはセキセイインコ。店内の奥では、オウムが人知れず
誰かに語りかけているようだ。まさにそこは音と鳥が調和した一種の意空間だった。


僕はちょっとした好奇心から、店内に一歩足を踏み入れた。
すると、一瞬鳥と目が合ったのだ。

その鳥は綺麗な薄水色と赤紫の交ざった羽を持っていた。
波打つような黒い模様に、黄色いクチバシをしたスマートな鳥は
尾を振りながら、僕に話しかけてくるような仕草を取っていた。
店の主人が知らぬ間に僕へと駆け寄り、すかさず一言いってきた。


「どうやら君、彼に気に入られてしまったようだな」


オスであるその鳥は、何の種類かは定かでないらしい。
オウムの突然変異で生まれたといわれているらしいが、詳細は分かっていない。
僕はその話を店の主人から聞いて、名前の無い鳥の哀しさが鳥の目から伝わってくるようで
胸が少し痛んだ。

気づけば、口にしていた。




「・・・ご主人、この鳥はおいくらですか?」










+++





暗い、暗い・・・闇の中。
僕の真正面に、人影がひとつ、ぽつりと佇んでいる。



「お前は・・・誰だ?」



呼びかけてみる。

するとその人影が、僕の鼻先まで近づいてきて、厳かな声で言った。


「お前はオレだよ・・もう一人の、オレだ」


そういう彼から一歩引いて、全身を見回してみる。
・・彼の言うとおり、”彼”は”僕”だった。
僕と同じ格好をした、同じ顔の、同じ声の主。そこには、もう一人の僕がいた。


「お前は・・一体・・・」


「オレはお前だ。詳しく言えば、・・お前の闇の塊」


「・・・闇の塊?」


「そうだ。オレはお前の欲望・妬み・蔑み・悲哀・・
全て負の部分から出来た傷跡であり、心の闇の塊」


「心の闇・・・・」


「本当は分かっているんだろう?何でオレなんかが
お前の中に生まれてしまったのか・・」


「知らない」


「嘘をつくな」


「・・知らないといっている!」


「嘘だ」


「嘘ではない!!」


「−−・・じゃあ、あの鳥はなんだ?」


「・・・鳥?」


「おまえの鳥だよ」


「・・・・・・あぁ、最近買ってきた鳥のことか。
そういえばまだ名前をつけていなかったな・・」


「違う」


「え?」


「そっちの鳥じゃない」


「・・・・?鳥は一羽しか買って来ていないぞ」


「−−−いるだろう?お前の傍に。もう一羽の鳥が」


「・・・・・何のことをいっている?」





「一騎だよ」




「−−−・・一騎は人間だ。鳥じゃない」


「そうか?オレには
よっぽど一騎の方がお前の鳥に見える」


「・・・・どういう意味だ」






「飼い慣らしているんだろう?自分の都合に合わせて」




「−−−−−っ・・!!」




「我ながら、巧妙な手口だ」




「・・・めろ」




「一騎を囲って一体お前はどうする気なんだ?」




「やめ、ろっ・・・・・!」




「ろくに愛せもしないくせに」




「ーーやめろと言っているだろう!!」



「易々と・・愛なんて語るなよ」





「やめろぉぉっ!!!!!!!!!!」








ーーーーーーーーーガバッ!!






「・・・・・っ」


気がつけばそこは、自室のベッドの上だった。
背中には冷や汗が行く筋も流れ、首元は湿った汗で髪の毛が張り付いていた。
肩で息をしながら、状況を整理しようと脳を極限まで活性化させる勢いで記憶を順序よく辿って行く。

辺りを見回せば、ベッドから少し遠ざかった所に鳥籠がひとつ、その存在を主張していた。
丸い赤茶色のレトロなテーブルの上に置かれた端が丸い鳥籠。
中にはあのとき衝動買いした薄水色と赤紫の羽をした、名前の無い鳥が”ピチチチチ”と小気味良く鳴いていた。

ベッドサイドに置いてある、電子時計に目をやれば、時刻はまだ夜中の2時半過ぎだった。


「・・・・・・夢か」


嫌な夢を見た。
心の中で悪態をつきながら、再びベッドに横たわる。
今も鮮明に残っている記憶の中で、もう一人の自分が発したその言葉に
未だ動揺している自分が許せなかった。




『飼い慣らしているんだろう?自分の都合に合わせて』




心外だ。
僕は一騎を飼い慣らしてなど、いない。




むしろ・・・





「−−・・・一騎がそれを望んでいるから、僕が手助けをしてやっているんだ」




静寂の中、蠢く心の影に問いかけるように 僕はそう呟いた。
けれど、応える声など当然なくて。


「それだけの・・・ことだ」


虚空に消えそうな声で想いを吐き出した。

受け取ってくれる相手のいない言葉は、宙を彷徨い出口を探し続けた。
が、聞いてくれる相手がいない代わりに、離れた場所から まだ名前をつけていない鳥の
枯れた歌声が部屋中に響き渡った。


ノドが乾いているんだな、と薄れる意識の中で思いながら
水を飲まずに尚も歌い続けるその鳥が、僕は不思議でならなかった。
ふと気づけば、鳥がこちらに視線を向けて鳴いている。



「・・・おまえ」


彼は僕のために歌ってくれている。
そう感じた。
悪夢でうなされていた、僕のために。
子守唄でも歌うように。


思わぬ鳥の優しさに触れ、泣きそうな顔になる。
僕は彼に礼を与えようと思った。
彼に僕から与えられるモノなんて、微々たるものだけれど。


「ありがとう・・・・」


−−ある、ひとつだけ。






「お前の名前は”エルビス”だ」





”古い異国の歌手の名前から取ったわけじゃないぞ?”と
僕はひとり、苦笑した。



エルビスの嬉しそうな歌声が、心なしか 聴こえてくるようだった。


+++








何も始まっていなければ、終わってもいない。




ただ、それだけのこと。









「総士、ここだけの話よぉ・・」



「・・・なんです?」



「お前と一騎って、付き合ってるのか・・?」



唐突に突きつけられた質問に、
出口を見失った子犬のような錯覚を覚えるほど子供でもなかった。

まるでそれは、最初から用意されていた答えのような響きで
僕の口元から発せられ、言語になった。


「・・まさか。付き合ってなんていませんよ」


素直に応える僕の横で、草むしりをしていた手を急に止めた溝口さんは、
真剣な面持ちで僕に向かってこう言った。


「・・おまえたちって、付かず離れずな所あるよな。
上手く距離を保ってる。・・とくに総士。お前の方がーーー」


「・・・そうですか」


「−−・・・・ちゃんと向き合ったらどうだ?」


先ほどから、強い視線を僕へと送ってくる溝口さんが
僕には煩わしくてならなかった。
こういうとき、校舎裏の掃除当番に当たってしまったことを
恨めしく思うのと同時に、溝口さんが雑草駆除のボランティアで
来ている日とかぶっているあたりの自分の運のなさに愕然とする。


「・・・何がですか?」


「一騎とだよ。・・お前、本当に気づいてないのか?」


「・・・だから何がです?」


出来るだけ飄々と、端的に応えていた僕だったけれど、
さすがに深追いする溝口さんの言葉に少々苛立ちを含んだ声を挙げてしまう。
何もかも分かったような口ぶりで話す溝口さんに、半ば怒りすら覚えてしまうのだ。

大人は勝手だ。
自分が優位に立っていると思っている辺り。


「一騎は何度もお前と向き合おうとしているだろう?
もういい加減逃げるのはよせ。・・・若い者同士、正面からぶつかって見ろ」


浅はかな考え方だな。
いい加減なことを言う。無責任にもほどがある。



「お前だってわかってるんだろう?一騎がお前に惚れてるって・・。
何で正面から応えてやらねぇんだ。回りくどいことするなよ」


何も知らないくせに。
わかったような口ぶりで話すなよ。
お前に何がわかるんだ。



「じゃないと、お前の本当の気持ち・・一騎に伝わらないぜ?」




綺麗事ばかり並べる大人の理不尽さと身勝手さには
もう うんざりだ。




胸の奥からどす黒い感情が湧き上がってくる。
怒りと侮蔑が混ざり合うように 僕の身体に流れる血に溶けていった。

目の前が暗い。まるで夜が訪れたように、暗い。
酷く疲れた心地だ。もう、何も見えなければいい。聴こえなければいい。
悪夢から目覚めた感覚にどこか似ている。

”もう一人の僕”が顔を出し始める。


そして、すかさず僕に囁く。




『そいつは身軽だ。何も背負ってなどいない。
・・お前とは住む世界が違うんだ』




わかってる。




・・・・・わかって、いる。



僕は自問自答しながら、気を鎮めていった。
もう、夢を見るほど子供でもなかった。


そして、綺麗に全てを割り切れるほど・・大人でもなかった。
中途半端な存在だった。
だから、一騎を苦しめる。貶めるのだ・・。



「溝口さん・・勘違いしているようですから、言っておきます」


僕は少しの沈黙を破って言の葉を虚空に紡いだ。
波打つような波紋が心に広がる感覚を、一瞬覚えたが 気づかないふりを決め込んだ。


「勘違い?」


訝しげに顔を作る溝口さんを一瞥して、僕はきびすを返し、その場を離れた。




「最初から、僕と一騎には何もありません。・・何も始まっていなければ、終わってもいない。
ただ、それだけのことです・・」



早足でその場から離れる僕の背後に 大声で溝口さんは言葉を投げつけてきた。



「お前はそうでも、少なくとも一騎は違うぞ!!!総士っ」



懸命に訴えてくる溝口さんの声が、微かに歪んだ。
他人事なのに どこまでも真剣に考えてくれている溝口さん。
そんな所が彼の良いところだと今更ながらに思う。
けれど・・僕には、彼の言葉が絵空事に思える。

僕は・・・僕の心は・・・・いつの間にか、病んでしまったんだ。
別に一騎から逃げているんじゃない。


ただ、見えないんだ。


まるで二人で鳥籠に入ってしまったようで。
出口が、見つからないんだ。



そして、一騎を閉じ込めたのは 他でもない、この僕で。
本当は扉の鍵を持っているのに、開けることが出来なくて。



ずっと傍に、居て欲しくて・・・・



出口なんて見つからなければいい。
このまま二人で、鳥籠に閉じこもったまま 生きて行けたら、どんなに・・。




出口がもし見つかっても、僕には開ける勇気もなければ、そんな気にもなれない。
第三者が鳥籠の扉を開けない限り、一騎は外に出られない。


自由になれない。


僕はたとえ扉が開いたとしても、籠から出ることを許されない人間だから。
だから 君との逢瀬は・・・この籠の中だけなんだ。



住む世界が違う僕らが一緒にいられる場所なんて、たかが知れてる。
一緒にいようと努力してもしなくても、君の隣に立つためには、犠牲が伴う。

それは、この竜宮島であり、住んでいる人びとたちでもある。
君が大切に思っている人たちも、中にはきっと・・いるはずだから。


だから僕は、全てを捨て切れない。
君のためには生きていけない。


今の距離を保つのが・・きっと一番いい。


失うこともなく、離れることもなく。
だからといって、・・傍にいることもなく。


可もなく不可もなく、そんな日常。そんな僕らの関係。


強いられる未来と向き合うためには、最善の距離であり、最高の関係。










繋がるのは、身体だけ。
心なんかじゃない。















ただ、それだけのこと。















裏NOVELに戻る   〜後編〜


こんにちは〜!!青井聖梨です。
久しぶりの裏小説ということで、けっこう緊張しております。
前編は性的描写が含まれておらず、一騎自体出てきていませんが
後編からはちゃんと出てきています。(あと18禁要素も有り)

お楽しみに〜。

色々なコンセプトを織り交ぜたせいか、かなり長い話になって
しまいました。どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

それではまた!!

青井聖梨 2006・9・21・