恋しい・・・

君が、こんなにも。














きっとそれでも僕らは、













視線と視線をぶつければ僕ら、全て解かり合っていた。
瞳と瞳を重ねれば僕ら、全てを知った気さえしていた。

僕らは他者であり、ひとつである。

互いの姿を、存在を、この瞳に映す事で僕は君を認め、君は僕を認めている。
そして、この左目の傷が僕と君をいつだって繋いでいてくれる。
君を見ていると、そんな気がしていた。


何も云わなくても君には伝わっている。

肌が触れ合わなくても 鼓動が速まらなくても 言葉が宙に零れ落ちなくても
僕ら・・・一緒に居る、 互いの存在を解かり合っている、そう思っていた。


光すら届かない どんな場所でも 君となら生きていける。
世界の果てだって ーーーーーーー君となら、怖くない。

そんな風に僕は いつも、思っていたんだ。











恋にならない、恋をしていた。









「明日・・・東京へ行く」




君に事実を告げたのは、旅立つ日の前日だった。
君は僕から瞳を逸らさない代わりに、瞳を大きく揺らしていた。
大きな栗色が、日の光に溶けて眩しいくらい色を放った。
透き通るような肌が、夕焼けの赤に染められて 今は燃えるようだ。


僕らは海岸沿いをゆっくりと横に並んで歩いていた。
近くでは、かもめが飛び交っては、互いを呼び合う声を防波堤に響かせていた。
不意に、潮風に混じって君の声が僕の耳に届いてきた。



「・・・・・いつ、帰ってくるんだ?」



その しなやかな指先が潮風に揺らされた艶めく黒髪を
自然とかき上げる。柔らかな君の甘い髪の香りが 風に混じって横に居る
僕の鼻を微かに掠めた。
僕は君の問いに答えようと、波音に合わせて声を響かせ、君へと言葉を紡いだ。


「−−−−・・・夏の終わり頃だ。」




明確な日程は、この時点では決まっていなかった。
ただ、60日ほど島の外で極秘任務を遂行するとしか父には聞いていなかった。
僕自身、具体的にどんな事をするか、どういう理由で島の外へ出るのかは まだ訊いていない。
不安ばかりが胸に渦巻く。そんな不安定な状況だった。


「・・そうか・・・・・」


僕の言葉を聴いて、君は瞳を僕から逸らすと さざめく夕焼け色の海を
静かに見つめていた。




ザザーーーーーーンッ・・・



静寂の中、残響が辺りに木霊する。
もうすぐ沈み終わる夕日に想いを馳せて、僕らは帰路につく足をゆっくりと止める。
互いに、どちらともなく向かい合った。

君の、声にならない言葉が、僕の胸に沁み渡るようだ。

僕はいつも不器用で、君を傷つけてばかりだった。
・・そして君も僕と同じ不器用で、傷ついてばかりだった。


何も云わなくたって、わかっていた。
こうして互いを見つめ合うだけで 全て・・
言葉にしなくたって僕らーーーーーー





愛し合っていると。






「・・・・・・一騎」





あぁ、僕が呼んだ君の名前が
君へと特別に聴こえるといいのに。




「・・・・・・総、士・・・」



君に呼ばれた僕の名前が
どんな響きで僕に届いているのか、伝えられればいいのに。




「−−−−・・・・見送りはいい。・・・・いって来る」




君への想いは深く、愛はこんなにも僕を苦しめるけれど




「・・・・うん、わかった」




後悔は、していないから・・
君を好きでよかったと、いつも思っている。




「−−−−−いってらっしゃい・・」
















・・・・・恋にならない、恋を信じていた。











瞬間 優しく、僕の指が君の髪に触れた。
サラサラの髪がキラキラと光に反射して
僕の指先を明るく照らすようだった。


髪を撫で、頬を撫で、唇をなぞった。



君は僕にされるがまま、ありのままを受け止めて
そっと瞳を伏せていた。

まるで僕の指先を充分に感じたいが為に
そうしたみたいに。




触れるほど、胸が痛くて
愛を囁こうとする度、言葉は消えていった。


どんなに切なくても 苦しくても
離れる僕ら。


離れていく僕ら。





どうか今だけは、そっと心で囁かせて。






『いつでも君を想っている』





それだけが、いつも消えそうだけど最後まで残る
僕の愛の欠片だった。




好きだという気持ちは 頭で感じるものではない。
心で感じるものなんだ。


そう教えてくれたのは、君だった。



たとえ全ての記憶がもしも今、失われてしまったとしても
心だけは、きっと残るから。


だから、何も怖くない。


きっと 何もかもが変わって、思い出の全てが何も残らなかったとしても





君をまた、好きになる。



この心が覚えている。
僕はそう、信じている。








信じているよ。











そして僕は、初夏の陽射しを体中に浴びながら
翌日 静かに島を出た。




君は、見送りには来なかった。





+++














沈む、






深く・・・沈む、








一騎ーーーーーー・・・























君が恋しい。




































「報告します。スフィンクスA型種、南方2500m地点で2体確認。
グレンデル型、南東1400m地点の無人島で15体確認。おそらくその島のどこかに
アルヘノテルス型が潜伏していると思われます。」






島を出て、20日が既に経過していた。


島の重役を担う一部の大人達と、島の現状を知った僕を含める一部の子供たちは
竜宮島から大きく離れ、現時点では北アメリカ大陸東部に接近を試みていた。

今回の任務は、国連本部倒壊の原因追求や甚大に被害を被った北アメリカの残害から
新しいミールへの対抗手段を発見・確立することを主に目的とした作戦内容が僕らに提示された。
そして、新国連本部の位置を捕捉し、動向を探りながら警戒態勢を整えるという思案も同時に
検討されていた。

しかし、そうは云っても思案されたものとの、大きなズレが生じるのもまた必然。
思わぬ事態が僕らの身に降り掛かってきた。


既に生息不可能とされていた北アメリカ局地に まだフェストゥムが生息していた事が
この大陸に上陸してまもなく、調べで明らかになったのである。
そのため、僕らは北アメリカ全域を一から調べあげ、その安全性を確認してからでないと、
データ収拾に務めることが躊躇われた。

僕らがこの10日間で調べ上げた報告書から見るに、フェストゥムはまだ所々生息しており、
西部領域にまで生息確認の報告があげられた。

本来目的の核とされていた場所に近づく場合、必然的にフェストゥムとの交戦が予想された。
現時点での拠点を移し、目的の大幅な変更を考える案も僕らの間で 出はしたものの、
効率と統制の問題や準備不足から 実現不可能と判断された。

画して、僕らの運命は フェストゥムからいかに上手く隠れるか・優位に立てるか
という作戦内容を模索することに全てが委ねられていた。
そして、戦力の要であるファフナーをどれほど使いこなせるかという
パイロットの手腕にも注目が集まったのだった。


そんな緊張した態勢の中、日々 フェストゥム探しとファフナーの操縦訓練に
明け暮れていた僕らの精神は 極度に敏感に反応をみせ、攻撃的に研ぎ澄まされていった。
そのせいだろうか。最近体調が思わしくない。
常に偏頭痛が僕へと付き纏い、身体の節々を重くして 自由を利かなくしているようだ。



苦しい。




そう弱音を吐く暇もなければ、そう云える状況でもなかった。
一人一人が此処では上手く機能しなければならない。
秩序を乱し、規律に害を成す者は 即刻島に強制帰還しなければならない。
僕は島の代表の息子ということもあって、それだけは許されない役割に着手していた。
そして、任務を中途半端に投げ出すほど 愚かでも、臆病者でもなかった。

たとえどんな苦痛が胸を突こうと、島を守るために脱落はしたくなかった。 
最後まで運命を見届け、受け入れてみせる。
そんな強さを持ちたかった。

でないと、君を・・・


一騎をーーーー・・・・・守れないから。







報告を終え、僕がひとりでそんな事を
船内にある休憩所で悶々と考えていると 後ろから声がかかった。







「真壁君・・・見送りに来なかったね・・」



肩にかかるほどの少しウェーブがかった茶色の髪を風に靡かせ、
眼鏡を光に溶かしながら 僕の傍へと歩み寄るひとりの少女。
蔵前果林。皆城家に入った養女であり、ファフナーのテストパイロットだ。

彼女は密かに僕の横へと並ぶと、近くにあった椅子へ腰を下ろして
僕を上目遣いに覗きこんできた。
僕は、その瞳に応えるかのように 彼女の隣の椅子へと腰を下ろす。
それから 少しの沈黙を装いながら 言葉を紡いだ。


「−−−・・僕が見送りはいい、と言ったんだ。」



「・・・そう。」



僕らの間に、僅かな静寂が生まれる。
蔵前は横目で僕をチラチラ見ながら 何か云いたそうにしていた。
彼女の動向に僕は少し軽いため息を吐くと、”なんだ?”と一言呟いた。
すると彼女は、呑み込んでいた言葉を吐き出すように 僕へと視線を真っ直ぐ向けて言った。


「皆城君は・・・真壁君と約束・・した?」


「約束?」


意外な言葉に少し興味を惹かれた。
僕は疑問符を語尾に窺わせながら、蔵前に訊ねる。
すると蔵前は少し苦い顔を作って僕へと応えた。



「・・・必ず島に帰ってくるっていう約束。−−−しなかったの?」


蔵前は淋しそうな声色でそう、言葉を落とした。
多分彼女が云いたいことは きっとそんなに難しい事ではない。
ただ、言葉にすることが 難しいだけでーーー。


「・・・・しなかったが、何故そんなことを訊くんだ?」


解かっていて訊く自分。
少しだけ、意地が悪い。


「・・皆城君 解かっているんでしょ?でもいいわ、答えてあげる。」


彼女は苦笑を漏らしながら、ゆっくりと言葉を宙に投げた。


「私たちは・・いつ、何処で皆と二度と会えなくなるか わからない状況に今、・・居るわ。
今回、島を出るという事だけでも 充分危険な事だと心の何処かで知っていたはずよ。
作戦内容は聞かされていなかったにしろ・・ね。」


淡々と口にする 彼女のその言葉に、どれだけの意味があるだろう。
どれだけ僕は 彼女なりに行き着いた答えを受け入れることが出来るだろう。
そんなことを、ふと考えていた。


「それなのに、皆城君は・・島に必ず帰る約束をしなかった。大切な人が島に居るのに。
残してきたのにーー・・。  どうしてしなかったの?もしもの事があったら、
二度と会えないかもしれないのに・・。」


段々と、蔵前の顔が険しく、悲しい顔へと変わっていく。
彼女はきっと ・・・僕を心配してくれている。そんな気がした。


「それでいいの・・?大切な事、何一つ伝えないままーー皆城君は残していくの?大切な人を。
・・何も知らない真壁君を。ーーーーーー後悔は、しない・・・?」



彼女の核心めいた一言に、どれだけ僕の真実が詰まっているかは
わからない。けれど、僕にも行き着いた答えが、ちゃんとこの胸に用意されている。
それを彼女に伝える事で 自分の心と向き合う強さが得られるなら きっと僕は
今よりもっと、強くなれる。−−−そう思った。



「・・・しないよ。するわけがない。」



僕は柔らかに微笑むと、驚く彼女を横目に しっかりと立ち上がって
蔵前の方へと振り向いた。



「ーー約束?・・・要らないさ、そんなもの。
     最初からする必要なんてなかったんだ。」




「・・・・えっ・・?」



「創りモノはもう・・・要らないんだ」




「皆城く・・・・」




「約束はいらない。−−−本物しか欲しくない・・」



僕は真摯な瞳を彼女に向け、彼女の心臓を射抜くような
声色で僕の中の真実を告げた。
蔵前はただただ、僕の瞳を静かに見つめながら 言葉を探しているようだった。




「予測不可能な未来を約束して、一騎を縛ったとしても・・・一騎が苦しむだけだ」






未来を信じる事と 現実を見極める事は 意味が違う。
僕が今しなければならないのは、現実と向き合おうとすること。
ただそれだけだ。


現実から逃げても何も解決しない。
望む未来を約束としてカタチに変えてみても
其処に在るのは虚無感だけだ。



「もし僕らに何かあったとき・・現実と向き合うのは一騎自身だ。
気休めの約束をした所で 良い結果には繋がらないさ・・」



冷たいと思われるかもしれない。
でも。僕の真実は、これしかない。



「・・・・・皆城君、ーーー貴方の言う事は正しいけれど、
伝えなければいけない事もきっとあるはずよ。
・・気休めでもカタチにしなければいけないことも、この世界にはきっとある。」



「・・・・・・・・」




「皆城君・・・・・・・・−−−−人は、脆いわ。
言葉にしてみて初めて気づく事もあると思うの。だからーーー」




蔵前の瞳が微かに揺れた。
今にも泣きそうだ。





「真壁君に・・・・好きだと伝えてもいいと思う」






・・泣くのかと思った。






「ーーーーきっと貴方は伝えていないはずだから私、言うけど・・
貴方は、伝えるべきよ皆城君。躊躇っていたら先には進めない。
・・大切な人が居るって、とても幸せな事よ。私には、そんな人が・・・・居ないからわかるの。
−−−−−だから皆城君が羨ましい・・・」



泣くのかと思ったのに・・




「私、・・綺麗事でも気休めでも 人を救えると思う。皆城君は・・?」




彼女は、強い。




「・・・・・・・・・そうだな」






その強さが、僕には羨ましい・・。


















恋にならない、恋をしていた。
恋にならない、恋を信じていた。





















「蔵前、 僕は・・・一騎が好きだ」














「・・知ってるわ」















「・・・・・・・・・僕にもしもの事が合ったとき・・”期待なんかするんじゃなかった”と、
思わせたくなくてーーー僕は・・・」






約束を、しなかった。











「でも・・・本当はそれだけじゃないんだーー。」








たとえ、この身体が滅んだとしても
約束しても ・・しなくても、何も変わらないと思った。




僕が死んでしまうような事がここであったなら、
もう二度と一騎に会えなくなるかもしれない。








・・だけど







会いたくて





             君が好きで







     ずっと・・その名を呼び続けたなら





たとえ肉体が滅んで 大気に自我が生まれ変わったとしても






きっと 何億光年先の世界で
君とひとつになれるかもしれないって





もう一度僕ら






愛し合えるかもしれないって








言葉にしなくても、気持ちで感じることができるから
そう、今も尚 僕は恋にならない 声を胸の奥に響かせながら
今を生き続けているから














きっと僕らなら、












大丈夫なんだって 思えるんだ。















僕らの繋がりを、絆を・・信じているから、
約束なんて、いらないと思ったんだ。













「皆城君・・・・・?」








「いや、・・・・・何でもないよ」












一騎 お前は今、どうしている?







誰かの前で
笑っているか?




それとも、僕が傍にいなくて
淋しいと思ってくれているか?








もしかして、島の真実に勘付いて・・・泣いているか?














帰ったら、君に必ず伝えるよ。

大切な言葉。




今まで言わずに、・・・言えずにいた その言葉。






僕は無事に帰る、必ず。
だからもう少しだけ 待っていてくれ。






お前は 今そこにある平和を 感じながら
日々を過ごしていればいい。





















あぁ、どうか




君が幸せでありますように。
























君が泣くような事が ・・ありませんように。










どうか、どうか












約束のかわりに




















僕の願いが




























君に届きますように。









+++


















たとえ、離れ離れになっても
二人の道が別たれたとしても













きっとそれでも僕らは、






















「ーーー・・一騎っっ!!」





















「!!!−−−−−−−総士っ・・・・」




















































「お前のことが、・・・・・・・好きだよ」






































互いを愛さずにはいられないんだ。



































「ーーーーーーーー・・っ、・・・うん・・・。
おれ、も・・・・!おれも・・・・総士が好きだよ・・・・」













きっと それが 僕らの繋がり

僕らの絆







































「ーーーーーーーーおかえりなさい、総士・・」






















恋にならない、恋をしていた。
恋にならない、恋を信じていた。
















恋が今、愛に変わる その瞬間。



































「ーーーなにから話そうか・・・・?
お前にはーー、・・・話したいことが・・沢山だ」









芽生える、時間の流れが在る。












「うん。・・・全部聴くよ?
全部、話して・・・・・総士」










尊き、言の葉の 音色が残る。













「ーーーーーーーーーとりあえず、今は・・ひとつだけ」




















小さな、未来へと続く 約束が、ひとつ。












































「お前をこの手で、・・・抱きしめたい」






















温もりから伝わる 確かな真実



















「うん・・・・・・・・総士、・・・・さわっ、て・・・・?」






























自分の心が還れる場所は いつだって
この腕の中に収まる 優しい重みが







いつでも育んでくれているということなんだ。

















「ずっと総士に触れてもらいたくて、おれ・・・待ってたん、だよーー・・」




















一騎、いつでも君を想ってる。



きっとこの先 どんなことが待ち構えていたとしても
それでも僕らは、




僕らなら







乗り越えていけると想った。















僕らなら、
・・・・・・僕、なら













君を
幸せにして、みせるーーーーーーー。
























君を、幸せにすると   ・・・誓う。































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こんにちは〜!青井聖梨ですvv
本編設定や左右設定を無視した御話となっております(笑)
でも話の軸としては 本編向けです。

相変わらず意味不明な小説で申し訳ありません。
そして、誕生日と関係ない小説で更に申し訳ありません!!(滝汗)
たまにはシックな小説もいいかなって思って・・書いてみました。
淡々とある日常に存在する 小さな幸せ。
それは気持ちであったり、言葉であったり。
そのひとなりに感じる想いであったり すればいいと思いながら
書きました。過酷な状況にいる二人。互いの芯の部分では繋がっているも
表面的には 隠しあっていることが浮き彫りで、詮索はしないという 微妙で曖昧な関係の総一。


だけど言葉にするのもおかしいほど、二人は本物の愛を育みあっている。
そんな感覚を楽しんで頂けたら幸いです。
では、少しでも皆様の印象に残ることを祈って〜vv



総士、お誕生日おめでとう!!!


青井聖梨 2007・12・27・