報われなくても、愛してるよ
あの日々より確かな
side:一騎
一緒に築き上げた時間と、微かに紡がれた言葉は
生涯忘れることの無い、俺の傷となって残っていくはずだった。
そんな大それたモノじゃないけど。
綺麗に輝いた日々でもないけど。
でも、確かに あの日々は 今の俺を支えていた。
総士と一緒だった、あの・・日々が。
なのに
それは いとも簡単に、あっけなく やって来る。
・・・・・・・お願いだよ、総士。
もし、お前が帰ってきたときに
俺が俺じゃなくなっていたとしても、どうか
どうか
待っていて。
きっとお前を
想い出すから・・・・
+++
眼を開けた瞬間、俺の視界に飛び込んできたのは
白い天井と無機質な空間、それだけだった。
ハッ、とした俺は 辺りをキョロキョロと見回し、
自分に何が起きたのか 瞬時に察しようと必死だった。
が、俺の行動を途端に静止させる存在が いつの間にか
俺の傍に近寄ってきていた。
「一騎くん・・大丈夫?」
少し高い声色に、心配そうな瞳。
橙色に似た少し短い髪が 肩の上で軽く揺れる。
俺を覗きこむように見つめてくる 熱い眼差しは どこか
俺に落ち着きと自覚を促すような空気を作っていた。
「遠見・・・お、れ・・・?」
クラスメートである彼女の視線を受け流しながら
辺りをもう一度 見回してみる。
どこか見慣れた、その風景は アルヴィス内で最も
パイロットがお世話になった場所であった。
「吃驚したよ・・、一騎くん いきなり倒れてるんだもん」
声を張り上げて 遠見は事の次第を俺に教えてくれた。
何でも遠見は CDCで資料の整理を手伝っていたときに
キールブロックで倒れている俺の姿を画面越しに
見つけたらしく、この医務室まで運んできてくれたらしいのだ。
俺は何故そんなところで自分が倒れていたのか、
思い出せないまま 空っぽの頭を抑えて 目の前の彼女に問いかけた。
「・・迷惑かけて御免な。−−遠見先生は?」
「お母さんなら今ICUに居るよ。
咲良の心身状態を確認しに行ってるみたい」
「そっか・・・、咲良・・・どうなんだ?」
「うん。なんでも身体の結晶化が鎮圧されて
あと少しで咲良、目を覚ますかもって言ってたよ!」
「そっか・・!!よかった・・」
明るい調子で話す遠見の表情から、咲良の様態が
安定していることを知った。
俺は何だか嬉しくなって、自分も咲良の様子を確認したい
とついつい思ってしまう。そんな俺に気付いたのか、
遠見は朗らかな表情で 俺にそっと提案してくれた。
「ICUに行こうよ、一騎くん!
久しぶりに咲良の顔、見に行こう?」
「え・・・・・、でも・・・・・・」
仕事の邪魔しちゃ、悪いし。
そう言おうとして 空に吐き出そうとした言葉を
遮断するかのように 遠見は尚も続ける。
「大丈夫 大丈夫!私にまかせて」
胸を軽く手で押さえて、にこっと笑う彼女の
そんな明るさに 心のどこかで救われつつ、
俺は苦笑を 静かに漏らして言った。
「・・そうだな。会いにいこうーー咲良に」
会える距離に居る仲間を大切に思うことは
決して悪いことではない。
むしろ、会えるなら尚のこと 自分に出来る何かを探して
やってやるべきなのだと思った。
俺は ゆっくりと起き上がると、近くにあった自分のパーカーを
羽織って 遠見と医務室を後にした。
長いアルヴィスの廊下を二人で歩きながら、大切な仲間の
順調な状態を思い描いては 会話に花を咲かせるのだった。
と、不意に。
どこか見慣れた廊下に差し掛かった。
初めて通ったはずなのに 何故か懐かしい気すらする、
不思議な風景に 一瞬気持ちが揺らいだ。
自然と足が止まり、一室のドア付近を横目で捉えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
なんだ?
なんか・・・・知ってる、気がする。
他の部屋のドアと 何も変わらない その扉。
なのに何故か その扉を瞳に映すと
不思議な胸のざわめきが起こる。
・・どうして・・・・?
訳のわからない胸の動悸が
いつの間にか耳奥で鳴り響いてくる。
一緒に歩いていた遠見が 知らぬ間に足を止めた
俺に気付くと こちらに振り向いて 直ぐに声をかけてきてくれた。
「どうしたの一騎くん・・?」
遠見の声に、目線はそのままで 意識だけを
傾けて 彼女に聞いてみることにした。
「遠見・・・・この廊下、何度か通ったこと・・・あるか?」
「え?うんうん・・・私はないよ?だってこの廊下って私たちパイロットには
あまり関係のない施設に続いてるから。今日はICUに行くし、近道として
通ったけどーー・・普段は全然使わないよ?この廊下」
率直にそう答える彼女の声音に影一つない事は わかっていた。
俺は 自分もおそらく通ったことの無い廊下であると認識しているのに
何故か違和感を拭い去れない自分の感情に 疑問を持った。
初めてじゃない、この感覚が どうして起こるのか
考えても分からなかったのだ。
「じゃあさ・・・・この部屋、・・・何の部屋か・・わかるか?」
人差し指で自ら示した その先には 今現在足を留めている
何の変哲も無い真っ白な扉が一つ ただポツリと存在している。
その瞬間。
遠見は目を見開いて、次の瞬間には訝しげな顔を見せた。
「・・どうしたの一騎くん・・?一騎くんなら
この廊下、何度も通ってるはずだよ・・・・?」
「・・・・・・・え?」
少し距離が出来た位置にいる、互いの顔を見つめながら
俺たちは 暫し言葉を失った。
そして、遠見が重々しく 俺に言葉を紡いで苦笑いを見せたのだった。
「やだな、一騎くん。もしかして冗談のつもりなの?
私、真に受けちゃったよ。一騎くんも冗談言うようになったんだね」
遠見はそう言って、頭を掻いて
少しの動揺を押し隠そうとしていた。
遠見の言葉に 俺は苦悶の表情を思わず見せてしまった。
だって、・・明らかにおかしい。
今の会話で 自分に落ち度はなかったはずだ。
ましてや、冗談にされる理由もない。
一体どうしたというのだろう・・?
俺が悶々とした面持ちで 真っ白な扉を見つめていると
遠見が近づいてきて、強張った表情で 一言いった。
「・・・・だってそこ、皆城くんの部屋じゃない・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
皆城・・・・・
「−−−−−・・誰?」
そんな大それたモノじゃないけど。
綺麗に輝いた日々でもないけど。
でも、確かに あの日々は 今の俺を支えていた。
・・支えていた、はずだった。
それは いとも簡単に、あっけなく やって来る。
咲良が同化されたとき
なんで剣司があんなに泣いていたのか、
どうして俺は 忘れてしまったのだろう。
咲良は生きてた。
剣司の傍に、ちゃんといた。
形はどうであれ、確かに。
なのに 剣司は咽び泣いていたじゃないか。
あんなに・・苦しんでいたじゃないか。
”どうして?”
それは
消えてしまったからだ。
大切にしていた記憶が、感情が、
・・・想い出が。
死ぬことより きっと残酷で
生きることより ずっと苦しい
忘却。
「・・・”皆城”って・・・遠見の知り合い?」
その瞬間、
俺の言葉に 遠見の表情が凍り付いていった。
俺はそのとき初めて知ったんだ。
自分の心に、穴がぽっかりと 空いてることに。
+++
「一騎・・・本当に何でもなかったのか?」
「・・・う、うん・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・そうか」
家に帰ってくるなり、緊張した面持ちで待ち構えていた父さん。
俺は訳が分からないまま ”疲れたから もう寝る”と一言言い残し、
自室に戻るのだった。父さんの刺すような視線が痛い。
二階へと続く階段を上る途中にも感じていた、その視線。
背後で何か言いた気にしている 不器用な その人は
どこかの誰かと少し似ている気がした。
・・・・・・。
・・・・・・・・一体誰と?
父さんほど不器用な人は、他にいない。
そもそも そんな人知らない。
知るはずも無い。
俺は 欠落した一部の感情と記憶を
手繰り寄せようとは思わなかった。
別に日常生活に支障を来たすわけでもない。
何かしら不自由になったわけでもない。
ただ、少し胸の奥がスースーするだけで、
大して気に留めさえしなければ 普段と何ら変わりないのだ。
ICUに向かう途中、俺の異変に気付いた遠見は
咲良の様態を確認する目的で行ったICUで
俺に検査を受けさせた。遠見先生は 遠見の説明を聞いて
かなり動揺していたけれど とくに気には留めなかった。
だって、俺の同化現象はとっくに治ってるんだ。
今こうして目が見えるのが 何よりもの証拠なんだから。
栄養だってバランスよく摂っているし、身体だって動かしてる。
勉強もそこそこ頑張ってるし、アルヴィスの仕事だって 真剣に
こなしてる。問題なんて、何もない。体調はもちろん、
生活面でも 充実してる。足りないものなんてーーーー・・。
沢山の検査を受けながら、俺は自分を改めて見つめ直していた。
別に何も問題ないと思っていた自分。
でも少し胸の中が寒いのは、一部の欠落した記憶に
何か原因があるのだろう。
遠見先生も、そう言っていた。
『・・・・一騎くん、脳に外傷はないけれど
一部、あなたは記憶障害に陥っているようです』
『・・記憶、障害・・・・?』
『えぇ、そうよ。ーー・・記銘、保持、再生。この各段階の
いずれかに何らかの障害が起きて、記憶ができなくなる状態をいいます』
『・・・・・治るんですか、それ・・?』
『・・・・・・・・・残念ながら、薬ではまだ治せない病気なの。
一騎くんの場合、心因性だから ある程度の時間が必要かもしれないわ。
けれど突発的に記憶が戻る例も何件か見受けられるし 希望は捨てないでね?
ゆっくりとカウンセリングをしていきましょう・・、ね?』
控えめな声で 俺を諭す 遠見先生の言葉に、
俺は何故か思い出すのが ただ怖くて
『・・・・・・いいです。おれ、・・このままで』
そう、頑なな言葉を吐き出した。
『か、・・一騎くん?!』
俺に付き添ってくれていた遠見が 何故か声を荒げて
俺を見つめていたけれど そんなことよりも
ただ、本当に・・・思い出すことが怖くて。
忘れたままの方が、楽だと・・思った。
『別に普段の生活で困ることがないのなら、
俺はこのままでいいです。・・カウンセリングは受けません』
言い切った俺の顔を見ながら、一瞬遠見先生の顔が
曇った気がした。でも、俺はそのとき 見ないフリを決め込んだ。
だって、先生の優しさに 応える事はできないから。
その後一通り遠見先生と話して、家に帰ってきた俺だけど
どうやら先生が父さんに連絡を入れたらしく、熱い視線で
帰宅を歓迎されてしまった。なんというか・・こういうとき
父さんは、俺の親なんだなって思う。
いつもはアルヴィスの司令官として仕事をしているけれど
俺に何かあると知れば、親らしい顔で迎えてくれる。
なんか、気恥ずかしくもあり、・・嬉しくもある。
部屋に戻り、畳の上に引かれている布団へと
身を委ねた俺は 高い天井を見上げて
暫し、落ち着いた時間を噛み締めたのだった。
机の上にある時計に視線を送れば、
針はもうすぐ九時を示すところだった。
「午後九時か・・・。結構時間、かかったな・・」
検査が思いのほか長引いたせいだ。
そんなに調べなくても、俺は大丈夫なのに。
何度もそう訴えてはみたものの、皆
俺の言葉に耳をかそうとはしなかった。
「・・・そんなに俺、変なのかな・・・」
気にしないようにしていたけれど、
自分が失った記憶がそれほど周囲に影響を及ぼすなんて
考えもしなかったーーー・・。
一体どれほど重要な記憶だったのだろう?
みんなのことは、きちんと覚えているし・・戦いのこと、島のこと、
重要だと思われる記憶や思い出は 確かに覚えているのに。
「・・・・何が足りないんだろう・・・?」
この、心に空いた穴は 何なのだろう。
気にはなる。
気にはなるけど・・・・思い出したくない。
怖い。
原因不明の恐怖が 自分の中で蠢いている。
息を吐けば、恐怖が形となって 目の前に現れるようだ。
俺は 身を丸めて 襲い来る不安と恐怖をやり過ごした。
考えないようにしていれば、こんな気持ちになることもない。
そう思い、勉強でもして気を紛らわそうと試みた。
と、不意に。
机の上に小さな写真が飾ってあった。
「・・・・・これ、・・・・は・・・・?」
覚えている。
みんなで撮った、写真だ。
確か海へ行ったときの・・・。
「・・・・・・・・・?」
自分の傍らに 同じように屈んだ態勢の少年が一人、
俺の瞳に飛び込んできた。
琥珀色の長い髪。ぶっきらぼうな顔。
俺よりも背の高い、整った顔立ちの見慣れないその人。
「・・・・だ、れ・・・だーーー・・コイツ?」
失った記憶の欠片が映っている。
そう感じた。
・・思い出せない、いや・・・思い出したくない・・・!!
刹那、拒否反応が起こるかのように
身体中が 泡立った。
全身を駆け巡る動悸と 胸の痛みに眩暈を起こす。
俺は衝動的に写真立てを伏せると、そこから視線を逸らした。
観てはいけないものを、観たかのようだ。
すると今度は 背けた視線の先に 大きなカレンダーが
壁に掛けられていた。
「なんだ・・・・・?」
カレンダーをよく見れば、終わった一日に斜線が黒いペンで
引かれている。いつの間に自分はこんなにマメになったのだろう?
覚えの無い斜線を見つめながら、カレンダーを何枚かめくる。
とくに何か特別な予定が書き込まれているわけではないようだ。
ならば、何故 こんな斜線をわざわざ引いているのだろう・・。
自分で自分がわからない。
「・・・まるで、何かを待ち望んでいるみたいだ」
どうしてだろう。
誰かに急に逢いたくて・・・逢いたくて、
たまらないのに。
それが誰だか、・・わからない。
『・・・・だってそこ、皆城くんの部屋じゃない・・・』
遠見が言っていた、”皆城”という名前をふと、思い出す。
「皆城・・・・」
先ほど、自分の隣に映っていた 見知らぬ人物。
彼が”皆城”−−−・・なのだろうか?
でも、どこかその名前にしっくりこなくて。
「・・・・・・・・関係ない、俺には」
虚空に一言、やりきれない想いを零して
静かにそっと瞳を伏せた。
もう、何も見たくない。
考えたくないんだ。
ただ、今は深く眠らせて。
自分をこれ以上、見失わないように。
+++
小さい島だとは分かっていたけれど、
ただ小さいだけではないと 初めて知った。
「一騎!!!お前、皆城のこと忘れたんだって?!」
学校へ行く途中、何度も聞かれる同じ質問。
その度に俺は ただ頷くだけしかできなくて。
みんな、一瞬目を見開いて 驚くけど 次の瞬間には
哀しげな、憐れむような瞳で 同じことを呟く。
俺に向かって、遠慮がちに・・。
「・・そうだよな。仕方ない、よな・・・。だってあんな事が
あったんだもんな。辛かったに決まってるよな・・・、お前ら仲良かったし」
「・・・・・・・・・・・そう、みたいだな」
”仲が良かった”
”仕方が無い”
決まって口を揃えて言う、周囲の言葉に
俺は 俯くしかなかった。
そうして 皆 俺を励まして、離れていく。
俺は、励まされても どうすればいいのか
わからなかった。
でも一つだけ、今更ながらに気付いたことがある。
”皆城”という人物は 俺と深く関わりがあって、
今現在はここに”居ない”ということだ。
どこに行ったのかは知らない。
そもそも、この島にいない訳ではないのかもしれない。
仲が良かったんだ。
喧嘩して疎遠になったのかもしれない。
もしくは島の外に任務で出てるのかも。
・・いや、みんな憐れんでいたんだ・・
もしかしたら新国連に捕まった、とか竜宮島を
裏切った・・とか?
けれど蒼穹作戦は新国連の作戦に便乗したものだし、
犬猿するほどの仲でもない。・・今となっては。
「・・・・・・やっぱり、どう考えても それしかないよな」
一番自然で、正解に果てしなく近い答え。
おそらく・・
皆城という人物は死んだんだ。
そう考えるのが普通だ。
みんなの態度を見れば、わかる。
自己完結してしまった自分を 自嘲気味に笑うと
俺は踏み止まっていた足を再び動かした。
そのとき。
「一騎!!聞いたぞ!!!」
背後から大声で俺を呼び止める しっかりとした声が
早朝の空に響き渡った。
学校まであと三百メートルをきった、坂道の途中。
背後に近寄る存在を瞳の奥に自然と映し出した。
「カノン・・・・」
男勝りな心優しい彼女は 新国連で一時、軍人として
指導を受けていた。だからだろうか?少し
畏まったような、硬い態度を時々見せる。
はぁはぁ、と息を切らし、俺に近づいてくる彼女の
赤い髪が微かに風に霞め取られた。
サラサラ、キラキラと音が鳴りい出すかのような
透明な純真さを空気に交ぜて放つカノンは
俺にとって とても大切な友人の一人だった。
俺は、そんな友人に微笑んで挨拶をした。
「おはよう、カノン」
俺の言葉に、呼吸を整えながら カノンは
”おはよう”と短く答えた。
「そ、それより・・・聞いたぞ一騎・・っ」
整いつつある呼吸を まだ少し乱しながら
カノンは真っ直ぐと俺の前に立って言った。
「総士のこと・・・・、本当に忘れてしまったのか?」
ドクンッ。
・・・・・・・・・・・・・・そう、し・・・。
「・・・・・・・総士・・・・」
なんだろう
胸が、熱くなる。
「−−−−どうした一騎・・?」
その名前・・・・・
知ってる。
・・・・なんで?
「・・・・総士・・・・?」
「−−そうだよ、”皆城総士”のことだよ!
・・・おまえ、本当にアイツのこと・・・」
皆城総士。
それが・・・・彼の名前、だったのか。
ドクンッ・・・・ドクンッ・・・
名前を聞いただけなのに、
鼓動が、早鐘のようだ。
どうしてなんだろう・・・。
「・・忘れたのなら、なぜ思い出そうとしないんだ?
・・・・−−−−−お前らしくないぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
「一騎・・・!!」
焦がれるように、目の前の友人が訴えかけてくる。
坂道の途中、過ぎ去っていく生徒に見向きもしないで
二人 時間を止めていた。
俺は、目の前で顔を歪めるカノンをただ、傍観していた。
わかってる。・・・言いたい事はわかってるのに・・俺は。
怖いんだ。
「・・・・・忘れてしまえることなんて、
きっと大したことじゃないよ」
カノン
そんな顔しないでくれ
俺は
忘れてしまったことを、
後悔したくないんだ。
+++
朝から、沢山の視線を感じる。
おそらく話題の渦中にいるのは 自分だろう。
あまり大勢の人を相手にしたことがない俺は
人気を避けて 屋上に上がった。
誰も居ない屋上。
海風が 肌をそっと撫でて、俺の髪を
晴れた青空へと掬い上げた。
気持ちのいい青が俺の頭上に広がりを見せる。
吸い込まれそうだと思った。
瞳を細めて、空を仰げば 自然と気持ちは落ち着いた。
だけど、どこか物足りなくて。
何かが必要なのに、それすら解からなくて。
「・・・・・・・・・・総士、か・・」
今朝、知った 彼の名前を紡いでみる。
不思議と温かい響きがした。
胸の奥に沁み渡るような、そんな優しさがある。
『・・忘れたのなら、なぜ思い出そうとしないんだ?
・・・・−−−−−お前らしくないぞ』
カノンの言葉が蘇る。
だけど。
「・・・・・思い出したって・・・・どうせ」
もうこの世界にはいないんだろ。
言いかけて、やめた。
急に胸の奥が痛んだからだ。
思い出したって辛いだけだ。
そんなの。
死んでしまった人間を焦がれるほど、
哀しいことはない。
「・・・・・・・・・・・・」
おれは、必死だった。
ポカリと空いてしまった心の穴を
どうにか埋めてしまいたくて。
皆城総士という人間を、抹消しようとしている。
その存在、すべてを。
「一騎・・・・」
瞬間、背後から 声が聴こえた。
ゆっくりと 声のする方へと振り返れば、
カノンが俯き加減に佇んでいた。
落ち込んでいるような、元気の無い表情を浮かべて
おずおずと、俺に近づいてくる。
俺は 今朝、彼女を傷つけてしまった。
あんな・・・・・
あんな悲しい顔を、させてしまったんだ。
俺のためを思ってくれていたのに。
「・・・・・・カノン、今朝は・・・ごめん・・・」
微かに掠れる声を虚空に零して 俺は
深々と彼女に頭を下げた。
カノンは 慌ててそんな俺を制止して言った。
「か、一騎は何も悪くなどない・・!私が・・・悪かったんだ。
一騎の気持ちを無視して・・・勝手な事を・・言った」
頭を下げる俺の肩に優しく触れながら、カノンは少しだけ微笑んだ。
慈愛に満ちた色を 瞳に宿らせ 温かな眼差しを俺へと向けてくれるカノン。
彼女が傍に居てくれて、本当に幸せだと 心から思った。
「・・・・・・・勝手ついでに・・・もう少しだけ、言わせてくれないか?」
ふいに、そう呟いたカノンの表情が
哀願に変わったのはいうまでもない。
カノンは、俺の両肩に手を置いて 向き合うような姿勢を作った。
そして どこまでも聡明な その瞳で 真実を射抜くように語り出した。
「一騎・・・お前は総士のことだけを忘れている。そうだな?」
「・・・・・・・・・・・う、ん・・・・?」
「それがどういう意味か、・・・・わかるか?」
「・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・?」
「忘れてしまいたいほど、総士のことで頭がいっぱいで・・
忘れてしまうほど 総士のことが大切だったんじゃないか・・?」
「・・・・・・・どういう、こと・・だ?」
カノンの手に 力が入る。
自然と俺も何故か、手に力が入った。
緊張しているから、なのだろうか?
「それだけ総士の存在は、一騎にとって
大きかったということだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そ、れは」
埋められないほど 大きな心の穴だった。
だから、いっそ始めからなかったことにすればいいと
思ったんだ。
カノンが言っていることは 真実だ。
思い出を失くしても、それだけはわかる。
心が、そう言っている。
「最初は・・・おまえに忘れられた総士が
可哀想だと思った。・・だけど、違った」
「え・・・・・?」
「あんなに大切にしていた想い出を失くして、
総士を忘れてしまった一騎の方が・・可哀想だ」
「・・・・・・・・・・・カノン」
「哀しいな。ずっと・・総士を待っていたのに」
「待って・・・・いた?」
「嘘のようだ。昨日までは、一騎・・・お前
総士を探しに行っていたんだぞ」
「さが・・・・・しに・・・?」
皆城総士は、死んでいない・・?
生きてる、のか・・・?
喉まで出かけた言葉を、ぐっと呑み込んだ。
今は ・・何も聞いてはいけない気がしたからだ。
皆城総士のことを訊くということは、同時に
失われた想い出を思い出すということだから。
覚悟がなければ、訊いちゃいけない気がする。
中途半端な事は、したく、ない・・。
だから今はまだ
沈黙のままで、いい。
「アルヴィス内をうろうろしてくるって・・・いってた。
総士が居そうなところ、探してくるっ、てな」
そうか。
・・・だから俺はアルヴィスの内部で倒れていたのか。
失われた昨日の記憶が まさかこんな所で
返ってくるとは思わなかった。
「だから私はお前に聞いた。
”お前の苦労が報われる日は来るのだろうか・・”、と。
”不安になったりはしないのか?”と。そしたら一騎、お前は言った」
『本当にお前の苦労が報われる日は来るのだろうか・・・?
一騎は・・不安になったりしないのか・・・?』
『・・・・・不安には、なったりする。時々・・・・・。
でも、おれーーー総士のこと 信じてるから』
『一騎・・・』
『おれ・・・報われなくたって、きっと同じだと思う』
『・・なにがだ?』
『好きなんだ、やっぱり・・総士のこと。
成果が伴わなくたって、変わらない』
『・・・・・・そうか』
『報われなくても、総士を愛してるよ』
嫌だな。
今、おれ
想い出せないことを
・・・悔やんでる。
NOVELに戻る
こんにちは!!青井聖梨です!!!
ここまで読んで下さって、ありがとうございました。
月也様、キリ番22222hitおめでとうございます★☆
そして、リクエスト ありがとうございました〜vvv
今回は『記憶喪失一騎』が主なテーマとなっております。
月也様のお目にかなうお話だといいのですが・・(汗)
そして次回は『一騎に忘れられてしまって、苦しむ総士』
をお届けしたいと思います(爆)
少し長いお話ですので、もう少しお付き合い頂ければ
幸いです。どうぞ総士の登場にご期待下さい(笑)
それではこの辺で〜!!失礼致しました。
青井聖梨 2007・1・7