ただ、傍に居てくれるだけでいい



















あの日々より確かな
side:総士























毎秒、毎瞬、同じことを考える。


お前は元気だろうか。
変わらず、温かな笑顔を絶やさずに
頑張っているだろうか。



想えば想うほど 逢いたくなって
深い海の冷たさも、暗い無の空間さえも
恐れずに 今すぐにでも逢いに行きたくなって



今更ながら、気付かされる。







一騎を本当に愛しているのだと。





もうすぐだ、一騎。
もうすぐお前の元に帰れる。






再び廻り逢えた そのときは








また、いつものように笑ってくれ。







そして








あの一言を、どうか僕に呟いてくれ。









僕はずっと ずっと、その瞬間を














待ち侘びているんだ。






















+++
















”皆城総士、我々はお前を理解した”











長い、長い夢を見ているようだった。



始まりがあれば、終わりもある。
僕の全てを理解したフェストゥムたちは
生と死と無の循環、祝福、再生・・
沢山の知識を僕に与えた。

そして僕自身も彼らに 沢山の知識と感情を植えつけた。


今、僕には肉体が存在する。
一騎と別れてどれほどの時間が経ったのかはわからない。

けれど、僕はもう一度人として生きる時間を勝ち取った。
自らの手で、何度も試行錯誤しながら・・やっと。




約束を果たすときが来たんだ。
一騎の元に帰ろう。

きっと僕を待ってる。
待っていてくれる。




一騎が僕を望む限り、僕は何度死んだとしても蘇る。
君が、そこに居てくれるから。









一騎・・・・・なぁ、一騎。








早くお前の声が聴きたい。
早くお前の顔が見たい。







言葉には限界があることを、今
僕は思い知ったよ。







お前に再び逢えると想うだけで、
僕はもう











溢れる気持ちを言葉には表せないほど歓喜しているよ。




































ザザーッ・・・・・
ザザーンッ・・・・・













海の音が、波打ち際に響いて 僕の耳奥で
音楽のような響きを生成した。


浮遊した想いを抱えて僕は、急ぐ足を止められずにいた。
気持ちが先走るというのはこのことなんだろう。


周囲を見渡せば、幾つかの枯れ木が瞳に映った。
そうか、季節は冬なのか。


思えば、自分がこの島から居なくなったのも冬に入った頃だった。
僕がいなくなって何度目の冬かはわからない。
けれど、少なくとも 一年は経過しているだろう。

僕はとりあえず、今現在の日付、時間を知るため
商店街に向かって歩き出した。


一騎に今すぐ逢いたい。
でも、まずは必要最低限の情報を得ることが先決だ。 
こういう考え方をする辺り、戦闘指揮官の自分が未だ健在なのだと
改めて思い知らされる。




冬の竜宮島を 散策でもするかのように
僕はしっかりと 傍観していた。

何も変わっていない。
僕が知る、竜宮島のままだ。


少し変わったことといえば、山々が白い雪化粧を
しているくらいで 殺風景のようでいて どこか温かい
日本の空気を含んだ この唯一の楽園は 懐かしさと同時に
愛しさを 僕の中に沸き立たせた。




「平和に・・・・・なったんだな」







よかった。





これで僕等、何を恐れることも無く
愛し合える。






笑い合える。











そうこうしているうちに、商店街に入った。
人気はなく、辺りは静寂に包まれていた。
どうやら まだ、店の営業はしていないようだ。

寒さで曇ったガラス窓を軽く服の袖で拭くと、
僕は一軒、店内の様子を伺ってみた。

丁度柱時計が正面の柱に掛かっており
時間を僕に教えてくれる。



「・・・7時半、か・・」



辺りは明るい。
冬は日が沈むのが早いから、まず夜の7時半ではない。
確実に。すると必然的に今は 朝の7時半ということになる。

店の営業は 大抵どこも9時から10時にかけてとなると
今 ここに人気がないのも頷ける。

現在の時間を取り合えず知った僕は
島の掲示板が置いてある階段下へと向かった。
あそこなら、宣伝広告と一緒にカレンダーも掲示されているはずだ。


僕は急いで店から離れると 小走りで 上った坂道を下りていった。
グングンと加速していくスピード。
通り過ぎる冬の風が刺す様に痛い。


けれど不思議と心地よい気分だ。

上がる吐息は 真っ白な綿飴のように形を変えて
空へと昇っていった。


期待と焦燥に身を委ねつつ、もつれる足もそのままに
僕は掲示板へと心を走らせた。




不意に、目の端に掲示板の影を捉えた。
変わらずに存在する掲示板を見つけ、安堵した僕は
すぐさま 立ち止まり、カレンダーへと視線を向けた。





「2147年12月22日・・・」




僕が居なくなって、およそ一年後・・・ということか。





正確な時間、日付を知った僕は
やっと落ち着きを取り戻した。

そうか、・・・それほど時間は経っていない、
ということか。





まるで何十年も離れ離れになっていたかのようだった。
一緒に居た時間が長い分、離れてみてわかる。


一分でも、一秒でも 傍に居ないという
ことのもどかしさが。






「・・・・・・・・逢いに行こう」




一騎に。





やっと、お前の元へーーー・・僕は。



踏み出した足が震えるようだった。
もうすぐ ずっと待ち望んでいた瞬間に会える。


もうすぐ、愛しいその人に逢える。






もう、何も見失わない。






君はここに居る。






確かに、僕と同じ空気を 吸って
僕と同じ時間を過ごしているんだ。





君まで、あと少し。






























悲劇まで、・・・・・・あと少し。



















+++





































































































「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」




















今・・・・・なんて、・・・言ったんだ・・・・?





































































「・・・・ごめん、おれ、−−−お前のこと・・・・覚えてないんだ」



































































































「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘だろう?」



































夢を・・・僕はまだ夢を見ているのか?



それとも、これが















・・・これが、僕が待ち望んでいた現実だというのか・・?


























「ごめん・・・・皆城」










































これはきっと 今は亡き魂が”島のため”と言って
沢山の犠牲を払った僕に対する報復の表れなのかもしれない。

























一騎・・・・お願いだ。
そんな風に肩を落とさないでくれ。
















そんな風に、俯かないでくれ。
身体が震えているぞ?














・・・・あぁ、違うか。






























































震えているのは、僕だ。






































+++






































「一騎!!!」



夕暮れの帰り道。
呼び止めた僕の声に ビクリ、と身体を反応させて
静かに君は足を止めた。

僕は駆け寄って、君の肩を強引に掴めば、
君は強張った表情で 何かとても恐ろしいモノを見るかのような
暗い瞳で 僕の言葉を待っていた。



そんな君の瞳に気付いた僕は、
思わず言葉を失った。


・・・・こんな些細な彼の表情一つに 自分は傷ついているのだ。

情けない。






言おうとしていた言葉の数々が
無情にも 僕の頭から一気に消えた。
呼び止めた理由を失った 彼の肩に置かれた僕の手は
所在なさ気に 硬直していたのだった。


いつまで経っても 何も言わない僕の考えを察したのか
一騎は自ら口を開いた。





「ご、・・・・ごめんっ・・・・・・・」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「ごめんな・・・・・・・・、皆城・・・・・・」





口をつけば、ごめん”の一言。
一騎からは その言葉しか零れてはこなかった。





暗く、沈んでいく。
気持ちも、声も。


停滞していく。




・・・・想い出が。







「−−−−・・・・・・何が?」





擦れるような低い声で そう一言呟けば、
一騎は再びビクリ、と身体を震わせた。






「・・・・・・・・あ、・・・・・・の・・・・・」





まるで判決を聞く囚人のように一騎は
僕の言葉に怯えていた。







「・・・・・・・ごめん・・・・・・・・皆城・・・・・・」





俯いて、うな垂れる君。









目の前が・・・暗転した。
視線すら お前は ・・合わせてくれないんだな・・・。







「一騎・・・・・・お前はもう・・」







僕のことを。






「え・・・?」








言いかけた僕の言葉に 君は少しだけ
視線を向けてくれた。


けれど 今はもう、





その眼差しすら、哀しい。














「お前はもう、・・・僕を”総士”とは呼ばないんだな」

























想い出すら、苦しい。



































僕らは一体、何処へ向うというのだろう。


見えない未来に ただ、僕は息を潜めていた。






































「いいのか・・このままで?」



水中展望室で ボーっと海の底を見つめていた。
すると背後から 戸惑いがちに女性の声が聴こえてきた。



「・・・カノンか」



僕は横目でその姿を確認すると 先ほどと同じ場所に視線を戻した。
カノンは さり気無く僕の横に立つと 再び口を開いた。



「このまま・・・一騎がお前のことを思い出せないままで・・
本当にいいのか・・・・・?」



彼女は 僕の顔を覗きこんで、訴えるように呟いた。
僕は そんな彼女の言葉に 自嘲気味な笑みを零して答えた。


「・・いいも何も、−−本人が僕を思い出したくないと
言っているんだ。・・僕にはこれ以上、術がない」



「・・・・本人から聞いたのか?ーーそれは」



「・・・・・あぁ」






あの日。
僕が島に帰ってきた、あの日。


僕は自分の記憶が一騎から消されてしまった事を知った。



あの後、何度も一騎に詰め寄った。
カウンセリングを受けて欲しい、僕の話を聞いて欲しい。


何度も 嫌になるくらい何度も 一騎の元へ
足を向けた。



だけど、その結果は。







『一騎!!!お願いだ、僕の話をっ・・・・』



『いや、だっ!!!もう・・・・・何も聴きたくないッ・・!!!』



『一騎っーーーー!!!?』



『知らない!・・思い出せないんだッ・・・、そもそも
思い出したくないーーー!!!・・・もう、疲れた・・っ・・』



『ーーーーーーっ、・・・かず・・』



『もう俺のことは ほっといてくれ!!!!』




『・・・・・!!!・・・・かず、き・・・・』




『ーーー・・これ以上、期待されても困るよ・・。
おれは・・今の生活に満足してるんだ・・・だからーー』







”僕との想い出は 必要ない”







一騎が出した、全ての答えだ。










その日から数日間 一騎は学校を休んだ。
そして、久しぶりに彼が出てきた今日。


本当に・・久しぶりに、彼を帰り際 呼び止めた。






一騎は僕に ”ごめん”しか言わなかった。









もう・・・終わりだ。










「・・・・なんでだろうな。あんなに逢いたいと焦がれていたのに、
今は会うのが辛い・・・。矛盾してるなーーー・・」






静かに響き渡った僕の声は 水中に吸い込まれるかのようだった。
無数の泡が 上層へと上がり、 神秘的な情景を僕らに見せてくれる。
僕の傍らに佇むカノンは 一瞬躊躇いがちに 俯くと すぐさま強い光を
瞳に宿して 僕の方へと振り向いた。





「総士・・一騎は、お前のことをずっと待っていた。
お前の記憶を失くしてしまったあの日だって ・・お前を探しに
一騎は キールブロックへと足を運んでいたんだ」



「−−・・・キールブロックへ・・・?」



「一騎はそこで倒れていたらしい。・・一騎が倒れている所を
真矢が見つけて 医務室へ運んだらしいんだ」




「そう・・・・か」




カノンは 淡々と一騎に何があったのか教えてくれた。
僕は 密かに彼女の話に耳を傾けるだけだった。

余計な思念は 冷静な判断を鈍らせる要因になるからだ。
もし、可能性があるのなら 手がかりを見つけたかった。
少しでも 一騎に近づけるように。



何故なら 僕は・・





諦めたくないんだ。







どうしようもなくても、それでもまだ



忘れられない。












一騎を。
このままなんて、絶対に ・・嫌だ。










「カノン・・・ありがとう。キールブロックに・・行って来る」








「・・・あぁ。頑張れ」







少しだけ元気の出た僕に 希望を与えてくれたカノン。
小さく微笑んで 軽く僕に手を振った。
僕は彼女の合図に応えるかのように 軽く左手を上げた。


深く沈んでいく記憶の中で
微かな光を見つけ出す。


とても難しいことかもしれない。
だけど。







今も あの頃の君が僕の中で輝いている限り、






諦めてはいけないんだ、きっと。











僕らの過ごしてきた日々には
それほどの価値がある。











少なくとも、僕には。












+++














蒼白く光る液体状のコンピューターが辺り一面に広がっていた。
白く浮き上がるジークフリード・システムは卵型のカプセルになっている。
久しぶりに来た、この場所。少しだけ ほっとする。

頭上のカプセルに続く透明のエレベーターの前で、不意に僕は足を止めた。
強大な情報とサーバーが蓄積している この島の拠点ともいえる重要な管理室でもある
この場所は 僕の主な仕事場のひとつだった。

一騎はおそらく この場所で記憶を失ったのだ。
何かここに原因があるはず。−−そう、思った。


そのとき。


地下だというのに突き上げるような風が下から吹いた。
僕は驚いて 思わず地面に視線を落とした。


液状のコンピューターが水のように波紋を作り、
微かな風に揺れていた。




「・・・・・乙姫なのか・・・・?」





今は島の大気、そして母なる大地となって深く眠る僕の妹。
その妹が、何かを僕に教えてくれるようだ。

僕は 妹が教えてくれた自分の目に留まったモノを
信じて そっとソレヘと指先を伸ばした。




液体状のコンピューターに触れた瞬間。





自分の意識が薄れていくのがわかった。






「っーーーーーーーーーー!!・・」




膨大な量のデータが脳に送られてくる。





これは北極で一騎たちが収集したデータだ。
それだけじゃない。







これはーーーーーーーーーーーー・・








沢山の記憶・データ・感情が入り乱れて
頭の中を駆け巡る。

それこそ光の速さで。







『総士・・・・・っ総士ぃぃぃっーーーーーーーーー!!!』









!!!






これ、は・・・・・一騎の?







記憶だ。







そう、・・確かここで僕は一度
一騎の前から 消えたんだ。










”もう・・・・嫌だ。あんな想いをするのは・・”








ーーーーえ・・?







”もう、総士を失いたくないのにっ・・・”








一騎の、声・・?









”居なくならないで・・・・総士・・・・”












一騎、お前・・・・もしかして
僕を失ったショックで・・・?











止め処なく流れてくる感情と
言葉の数々の中で



君の確かな記憶を見つけた。









僕は 自分の中に入り込んでくる
一騎の全てを ただ流れのままに受け入れた。






刹那。





一騎の想いが 





僕に届いた。















”・・・・・・・お願いだよ、総士。”








一騎?








”もし、お前が帰ってきたときに
俺が俺じゃなくなっていたとしても、どうか”





”どうか”













”待っていて。”










一、騎・・・・・・














”きっとお前を”














”想い出すから・・・・”

























見つけた。























一騎、












「お前・・・・・こんな所に、居たんだな?」























ずっと 逢いたかった・・、お前に。

















+++























「一騎・・・・お客さんだぞ。総士くんだー・・・」




階下から聞こえた父さんの声に 俺は一瞬ドキリと心臓を高鳴らせた。
彼にまた、あんな哀しい声で苦しい表情を浮かべられるのは
正直 とても辛かった。今は・・・あまり会いたくない。


出来ることなら、このまま ずっと 誰にも会わずに 独りで。
そんなマイナス思考なことを考えてしまう。


俺は 父さんの呼びかけに気付いていないフリ・・いや、
正確には気付いているのに 寝たフリを決め込んで 部屋から
出ようとはしなかった。暫くして 二階に上がる階段の音が
部屋中に響いてくる。−−・・・父さんの足音じゃない、この音。




「・・・・・・・皆城」




その名を口から思わず零して、即座に口を噤んだ。
布団を頭からバサッ、と被り 丸くなる。




現実世界を遮断するかのような自分が
どこか幼く見えて、笑えた。



思ったとおりというべきか、丁度俺の部屋の前で
足を止めた その人は 襖越しに 俺へと
話かけてきた。俺は寝たフリを そのまま続けようとしたけれど
ダメだった。



「一騎・・・・起きてるんだろう?」





その声を、聴くだけで 身体が微かに怯える。





身動ぎをしたせいで 布団の擦り切れた音が
室内に微かに響いた。



皆城は、俺が起きていることを知ったようで
少し擦れた声を出して 呟いた。 







「そのままでいいから・・・聴いてくれ」







何だろう・・・いつもと雰囲気が、違う・・?







「−−・・・この前は、悪かった」









ーーーーーーーーーえ・・?






「僕は、帰って来てからずっと・・
お前を責めていた、気がする」








皆城・・・。








俺の方こそ、お前のことだけを忘れて
酷いことを言ってしまったのに。





布団の中で蹲りながら、今まで彼にしてきた事を
改めて見つめ直してみた。


本当に・・・酷いことばかり、言った気がする。
俺の紡いだ言葉に 皆城は ただ耐えるような、
喰いしばるような表情を見せて、それでも俺の前に立っていた気がする。




皆城の真剣さに、胸が熱くなることもあった。
だけど、・・どうしても恐怖感が拭いきれなくて
俺はーーー彼から逃げ続けていた。

彼だけじゃない。・・・自分からも、だ。




思考を沢山巡らして、感情を鎮めようと努力してみる。
出来るだけ落ち着いた状態で 皆城の言葉を聴きたかった。

せめてそれくらいは、出来るんじゃないかと思ったからだ。








不意に、訪れた沈黙を破ったのは
他でもない、彼の方だった。







「待つよ」










・・・・・・・?







突然そう零した彼の言の葉は
直ぐに宙へと消えていった。




どういう意味なのだろう?







「今度はきっと、僕が待つ番なんだ」





明確な声色にのせて、微かな柔らかさが見え隠れした。
きっと今 皆城は 優しい表情を浮かべているのだろう。
・・そんな気がする。







「−−でも、僕は不器用だから・・お前みたいに
器用に・・ずっと待つことが出来ないかもしれない」




自嘲気味に呟いた彼の言葉が 胸に波紋を作る。
どこか寂しく響く声音に、胸が張り裂けそうだった。





「だからその時は・・もう一度作ろうと思う。お前が・・
隣で微笑んでくれるような場所をーーー」





・・・・・え?







「もう、無理に思い出してもらおうなんて思わない。
忘れたままで、構わない」






どうして・・










「お前は何も しなくていいんだ」









どうして俺・・
























「ただ、傍に居てくれるだけでいい」



























泣いてるんだろう・・・?























「お前さえ居てくれるなら、・・頑張れそうな気がするんだ」
























先生。











遠見先生・・・




















俺・・思い出したい。

































この人を。






















+++


















あの日、キールブロックに行ったとき


俺はおそらく あの液体のコンピューターに触れた。








でも何故触れたのかまでは覚えていない。







まだ少しの曖昧さが残る、あの日。






俺は自分の軌跡を 順序よく辿って見ることにした。
それが 全てを紐解く鍵になることを信じて。











俺の隣で 穏やかに笑っていてくれる、この人のためにも。
















「今日のカウンセリングはどうだったんだ・・?」





「うん・・・液状のコンピューターに触れたことまでは
感覚として・・思い出せたんだけど・・・・」




ゆっくりと、ゆっくりと二人で歩く 夕暮れの坂道は
不思議と何故か心地よくて ・・前にもこんな感じを
味わったような気さえした。






あれから、皆城は俺に何も強要してこない。
ただ、優しい瞳を俺に向けて 穏やかに微笑んでくれるだけ。


静かで平和なときを、刻むだけに留まっていた。



必要以上に 思い出も記憶のことも 訊いてこない。
嘘のように 落ち着いた日々を 過ごしていた。




いつも傍で 黙って見守っていてくれる皆城。


あぁ、なんだろう・・・。
心の穴が、塞がった。







俺にもう 足りないものは 何もない。
自分は今、満たされている。






夕焼けの紅をふと、仰げば
胸に焼きつくほど 鮮やかな色へと煌いた。




丁度、潮風が頬を掠め、俺たちの髪を空に掬い上げる。
そんなとき。



隣を歩いていた皆城が困ったように笑いながら
躊躇いがちに 言葉を紡いだ。






「一騎・・・・・そ、の・・・・頼みがある・・」





「・・・・・え?」






歯切れが悪そうに 言葉を濁す皆城の様子に
俺は少し驚いて 彼の方へと身体を真っ直ぐに向き直した。




「なんだ・・・?」




改めてこちらから聞き返せば、どこか照れたように
視線を落とす皆城。・・ほんの少しだけ、可愛いと思った。







「−−−・・お、”おかえり”と・・・言って欲しいんだが・・・いいか?」







「・・・・・・・・・・えっ、・・・・・・う・・うん・・・・?」







拍子抜けするような軽いお願いに、俺は気が抜けてしまった。
そういえば、今までどこかに行っていた皆城。
まだちゃんと出迎えていなかった気がする。



彼にとってこの言葉が、どんな色に響くかは
わからないけれど


皆城がそれを望むなら 出来るだけ応えてやりたい。
そう思った。






「でも・・・それだけ、でいいのか・・?」






「それがいいんだ」





気持ちよく言い切った彼の想いがどんなモノなのか
知りたいと思った。













「今の僕にとっては、百万回の”愛してる”より
遥かに嬉しい言葉なんだ」














嬉しそうに、そう呟いた皆城の瞳が 儚く揺らいで
俺は何も言えなくなった。



胸が、痛い。








「わかった・・・・・」






頷いた俺は 早速彼へと その言葉を贈った。








大切に・・・大切に響くように。





































「おかえり・・・」



































「・・・ただいま一騎」







































”おかえり総士”













ーーーーーーーー・・・?













えっ・・・・・・











































「おかえり・・・・・・総士」









































「え・・・・・・・?」



































瞬間、自分の中の記憶が
声になって蘇った。







































そうだ。







おれ・・・・・あの液体のコンピューターを覗いて





練習していたんだ。











『おかえり、総士』








お前がいつ帰ってきてもいいように、って。






不意に態勢を崩して、液状のデータたちに触れたあと、
俺は記憶を失くしたんだ。





お前が居なくなった場面を 再び見せられたショックで





大切にしていた一番の想い出を





おれは、潜在的な恐怖から 抹消しようとしたんだ。














そうだ。
カレンダー・・・・。










カレンダーを眺めて、一日 一日に斜線を引いて









総士が帰ってきた日を 記念日にしようと






待ち焦がれていたんだ、おれ。








































想い出した。















































「おかえり総士」























「一騎・・・・・いま、・・・総士って・・・」




































「総士っ・・・・・・!!!」




































思わず、抱きついていた。















全てが嘘のように 儚い。




























「一騎・・?−−・・一騎なのか・・?」



















抱きついた俺をきつく抱きしめながら

総士はくしゃっと顔を歪めて呟いた。




































「おれだよ、総士。
・・お前の左目に傷をつけた俺だ」






































「一騎・・・・・・・っ!!!」






























なぁ 一騎。
随分僕ら、遠回りしたみたいだ。











やっとお互いを求め合える
瞬間に出逢えた気がするよ。














あの日々より確かな 瞬間が、今












僕たちを包んでいる気がする。


























一騎





































俺の、大切な 愛しい人。

























夕暮れの坂道。
触れ合う唇の彼方に、未来の足音が聴こえた。











透き通るようにキラキラと輝く 漆黒の髪が
僕の頬に優しく触れて 微かな甘い匂いを漂わせては消えた。









もし、この瞬間が再び 夢幻となって消え失せたとしても










僕はもう 放さない。




































あの日々より確かな君が









今、ここに居るから。




































何度でも、君と廻り逢い








恋に落ちる瞬間こそが







































僕の求めた










確かな日々なのだから。
































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お疲れ様でした〜!!!青井聖梨です!!
長々と読んで下さった方、本当にありがとうございましたvv

改めて 22222hitありがとうございました★☆
月也様、おめでとうございました!!
リクエスト通りにいったかは不明ですが(汗)
とりあえず、こんな感じになりました。


総士の苦悩がテーマの今回はいかがでしたか?
是非、感想など頂けると嬉しいですvv

それではこの辺で失礼します。
またお会いしましょう!!(笑)


2007・1・8・青井聖梨